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『光汰くん? どうしたの? 電話なんて珍しいね』
何回目かのコールの後、スピーカー越しでざらついた星の声が届く。鼓膜を揺らすその心地よさに光汰はスマホを強く握り締め、じっと空を仰ぎ見た。
「星の声が聞きたくなった。ねぇ星、何か話して」
『何かって……そんな無茶振り……。ええっと……』
通話の先で戸惑う声が聞こえる。それでも光汰がひたすらに言葉を待てば、やがて星は意を決したように息を吸い込んだ。
『あの、さ、5月の連休の時、僕、光汰くんに進路を聞いておいて、自分ははぐらかしたじゃん……? すっごくずるいことしたってずっと思ってたんだ。ごめんね』
「……え」
予想もしなかった告白に、光汰の喉からかすれた声が漏れる。
『光汰くん、僕、やっぱり『炎神ブレイズ』の制作に携わりたいんだ。だから……僕が尊敬するプロデューサーの出身大学で、ちゃんと勉強をしたい。これが僕の答えだよ』
スピーカー越しでもはっきりとわかる、凛とした芯のある響きがまっすぐに光汰の胸に染み渡った。光汰は目を細め、星の声を味わうように何度も頷く。
「うん。応援してる」
光汰は星の決意を受け止め、きつく唇を噛み締めていた口を開いた。胸の奥に燻る醜い感情を吐き出すように自らをさらけ出す。
「星……俺は、本当は星が憧れてくれるような人間じゃなくて。本当はどうしようもなく醜くて……」
堰を切って溢れ出す自虐の言葉は一度始まってしまえば、そう簡単には止められない。
『そんなことない! そんなこと、ないよ!』
それを星の切迫した強い声が無理矢理に遮った。その剣幕に押し切られ、光汰は思わず息を飲む。
『どうしたの急にそんなこと……? 撮影大変?』
「星……」
追い詰められた状態を見抜かれ、光汰は弱々しく星の名を呼んだ。
『……確かにアンチもいるよ? でも、僕は烈火誠が最高に魅力的なヒーローだと思うし、それを演じる光汰くんがどれだけ頑張ってるか、少しだけだけど知ってる。光汰くんが烈火誠に選ばれて、アクションも演技も努力してここまでやってきたことは、間違いなく本物だと思うんだ』
星の切実な訴えを聴きながら、光汰はじっと自問自答を繰り返していた。
なぜ、役者になったのか。
兄という巨大な影に囚われ続ける、惨めな自分から逃げたかったから。
じゃあ、ヒーローになりたかったのは? オーディションを受けたのは?
売れたかったから。兄ばかりにスポットライトを当てる家族の鼻を明かし、自分を見せつけるため。
でも、今は違う。役の重みを知ったから。
――君のアクションは手足が長くてダイナミックだった!
役に向き合いつつ、誰も『篠宮光汰』など見ていないと思っていたあの頃、星のくれた言葉が脳裏を駆け巡る。はじめから『烈火誠』としての自分も、その奥にいる素顔の自分も真っ直ぐに見てくれたあの眼差しを、絶対に手放したくなかった。
「どうして、星は俺を見てくれるの?」
『え?』
無意識のうちに漏れ出た問いに、光汰はハッとして慌てて取り繕おうとする。
「ごめん、変なこと聞い――」
『はじめは、烈火誠がカッコよかったからだよ。……それは、今も変わらないけど』
星は光汰の言葉を優しく遮り、どこか照れくさそうに言葉を紡いだ。
『……でも、烈火誠に真っ直ぐに向き合って、最高の感動を魅せてくれる光汰くんも、カッコよくて……尊いなって思うよ』
(尊い、って……)
星らしい言葉のチョイスに、ふっと張り詰めていた緊張がほどけて笑みが零れる。光汰は足に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。
「……ありがとう。大丈夫。星に胸張れる誠になってくるから」
『……うん。頑張って、光汰くん』
「じゃあね。星も、無理しないで」
通話を切ると同時に、物陰の向こうからスタッフの活気ある声が響き渡る。
「神谷さん到着しましたー! 篠宮君、撮影再開しまーす!」
光汰はスマホをポケットに仕舞い込むと、迷いのない足取りでカメラの前へと向かった。




