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病弱ヲタクが推しを前にして褒めちぎったら、来るはずのない青春が始まりました。  作者: 安藤未粋
3章:【6月のはなし】 ※光汰のはなし

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『光汰くん? どうしたの? 電話なんて珍しいね』


 何回目かのコールの後、スピーカー越しでざらついた星の声が届く。鼓膜を揺らすその心地よさに光汰はスマホを強く握り締め、じっと空を仰ぎ見た。


「星の声が聞きたくなった。ねぇ星、何か話して」


『何かって……そんな無茶振り……。ええっと……』


 通話の先で戸惑う声が聞こえる。それでも光汰がひたすらに言葉を待てば、やがて星は意を決したように息を吸い込んだ。


『あの、さ、5月の連休の時、僕、光汰くんに進路を聞いておいて、自分ははぐらかしたじゃん……? すっごくずるいことしたってずっと思ってたんだ。ごめんね』


「……え」


 予想もしなかった告白に、光汰の喉からかすれた声が漏れる。


『光汰くん、僕、やっぱり『炎神ブレイズ』の制作に携わりたいんだ。だから……僕が尊敬するプロデューサーの出身大学で、ちゃんと勉強をしたい。これが僕の答えだよ』


 スピーカー越しでもはっきりとわかる、凛とした芯のある響きがまっすぐに光汰の胸に染み渡った。光汰は目を細め、星の声を味わうように何度も頷く。


「うん。応援してる」


 光汰は星の決意を受け止め、きつく唇を噛み締めていた口を開いた。胸の奥に燻る醜い感情を吐き出すように自らをさらけ出す。


「星……俺は、本当は星が憧れてくれるような人間じゃなくて。本当はどうしようもなく醜くて……」


 堰を切って溢れ出す自虐の言葉は一度始まってしまえば、そう簡単には止められない。


『そんなことない! そんなこと、ないよ!』


 それを星の切迫した強い声が無理矢理に遮った。その剣幕に押し切られ、光汰は思わず息を飲む。


『どうしたの急にそんなこと……? 撮影大変?』


「星……」


 追い詰められた状態を見抜かれ、光汰は弱々しく星の名を呼んだ。


『……確かにアンチもいるよ? でも、僕は烈火誠が最高に魅力的なヒーローだと思うし、それを演じる光汰くんがどれだけ頑張ってるか、少しだけだけど知ってる。光汰くんが烈火誠に選ばれて、アクションも演技も努力してここまでやってきたことは、間違いなく本物だと思うんだ』


 星の切実な訴えを聴きながら、光汰はじっと自問自答を繰り返していた。


 なぜ、役者になったのか。


 兄という巨大な影に囚われ続ける、惨めな自分から逃げたかったから。


 じゃあ、ヒーローになりたかったのは? オーディションを受けたのは?


 売れたかったから。兄ばかりにスポットライトを当てる家族の鼻を明かし、自分を見せつけるため。


 でも、今は違う。役の重みを知ったから。


 ――君のアクションは手足が長くてダイナミックだった!


 役に向き合いつつ、誰も『篠宮光汰』など見ていないと思っていたあの頃、星のくれた言葉が脳裏を駆け巡る。はじめから『烈火誠』としての自分も、その奥にいる素顔の自分も真っ直ぐに見てくれたあの眼差しを、絶対に手放したくなかった。


「どうして、星は俺を見てくれるの?」


『え?』


 無意識のうちに漏れ出た問いに、光汰はハッとして慌てて取り繕おうとする。


「ごめん、変なこと聞い――」


『はじめは、烈火誠がカッコよかったからだよ。……それは、今も変わらないけど』


 星は光汰の言葉を優しく遮り、どこか照れくさそうに言葉を紡いだ。


『……でも、烈火誠に真っ直ぐに向き合って、最高の感動を魅せてくれる光汰くんも、カッコよくて……尊いなって思うよ』


(尊い、って……)


 星らしい言葉のチョイスに、ふっと張り詰めていた緊張がほどけて笑みが零れる。光汰は足に力を込め、ゆっくりと立ち上がった。


「……ありがとう。大丈夫。星に胸張れる誠になってくるから」


『……うん。頑張って、光汰くん』


「じゃあね。星も、無理しないで」


 通話を切ると同時に、物陰の向こうからスタッフの活気ある声が響き渡る。


「神谷さん到着しましたー! 篠宮君、撮影再開しまーす!」


 光汰はスマホをポケットに仕舞い込むと、迷いのない足取りでカメラの前へと向かった。

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