↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
病弱ヲタクが推しを前にして褒めちぎったら、来るはずのない青春が始まりました。  作者: 安藤未粋
3章:【6月のはなし】 ※光汰のはなし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/37

25

「カット。もう一回」


「……すいません」


「カット。……もういいよ。次のシーン行こう」


「…………すいません」


 日の出より早く始まった撮影は、梅雨の終わりかけ特有の、湿り気を含んだ重苦しい空気に満ちている。昨日からの絶不調を引き摺った光汰は、負のスパイラルから抜け出せないまま、過酷な撮影スケジュールにただ呑み込まれていた。


「休憩後、白石さんのシーン行きまーす。その後一ノ瀬くんのシーン、神谷さんが到着次第、昨日の撮り残しの撮影入りまーす」


 太陽がすっかり真上へ昇った頃。スタッフの声で現場が一時解散のアナウンスがなされると、役者もスタッフも各々解散して昼食へと席を外す。光汰は一人物陰に膝を折り、膝の上に広げた台本を睨みつけながら項垂れた。このままだと、制作陣にも、画面の向こうの視聴者にも見放されてしまう。そんな焦燥が、冷や汗となって背中を滑り落ちた。


(どうすればいい……?)


 立ちはだかる壁の高さと分厚さに、光汰は血の味がするほど強く唇を噛む。その時、深く思考の渦へ沈み込んでいきそうな光汰を引き止めるかのように、ポケットの中でスマホが短く震えた。アプリを開くと、星からの新着メッセージが届いている。トーク画面を開けば、そこには今日配布されたであろう学校の連絡プリントの写真と、短いメッセージが並んでいた。


『暑いから健康に気をつけて、撮影頑張ってね!』


 脳内で再生されるのは、星の無邪気な声。光汰はそれを噛み締めるように強く目を閉じた。保健室の静けさと、薄暗い階段の匂い、そして水族館で見せてくれた星の眩しい笑顔が瞼の裏を駆け抜け、光汰は思わず頭を抱える。


「会いたいのに、会いたくない。星……」


「よっ、」


 突然、ひやりと首筋に冷たい金属が押し当てられ、光汰は肩を跳ねさせた。見上げれば、缶ジュースを手にした一ノ瀬が白い歯を見せて笑っている。一ノ瀬は戸惑う光汰の手へ強引に缶を握らせると、その隣へゆっくりと腰を下ろした。


「……自分自身と烈火誠が噛み合わなくて苦戦してる感じ? 確かに、光汰の中身ってどっちかっていうと藍之介に似てるもんな」


 一ノ瀬はもう一本の缶のプルタブを弾き、ゴクゴクと勢いよく喉を鳴らす。光汰は結露で濡れた缶を両手で握り締め、力なく笑ってみせた。


「……何で俺が選ばれたんだろう、何で俺が誠なんだろうって思うところまで来てます」


「はは、そりゃ重傷だ!」


 光汰の静かな叫びに、一ノ瀬は弾かれるように声を上げて天を仰ぐ。そしてひとしきり笑った後、じっと射抜くような鋭い眼差しで光汰を見据えた。


「……藍之介の登場が、お前のコンプレックスを刺激してんだろ。どう?」


「翔さん……意外と鋭いんですね」


 光汰は目を丸くする。痛いところを突かれ、目元がピクピクと小刻みに痙攣した。一ノ瀬は呆れたように大きなため息を吐き出すと、光汰の額を拳で軽く小突く。


「おいおい、先輩舐めんな? アドバイスしてやるとすれば……藍之介を『兄貴』だと思うから駄目なんじゃねぇの? 誠にとって、藍之介はただの家族以上の存在だろ? 憧れとか、尊敬とか、好きとか……そういうプラスの感情を全部向けてる相手だ。お前にも、そういう奴いない?」


「プラスの、気持ち……」


 首を傾げて問い掛ける一ノ瀬に、光汰は投げかけられた言葉を口の中で転がした。悶々と黙りこくる光汰へ、さらに一ノ瀬は言葉を重ねる。


「そいつが自分に牙を剥いてきたらどう思う? 兄貴なんて、ただ同じ親から生まれただけの他人だ。今のお前が向き合うべきは、『烈火誠』と『藍之介』だろ。お前にとって、実の兄貴より藍之介に近い奴、思い当たるんじゃないのか?」


「……近い存在」


 光汰は再び一ノ瀬の言葉を呟くと、手の中の缶を歪むほど強く握りしめた。


(思い浮かぶのは……ただ一人)


 顔を上げた光汰の瞳には、強い光が宿り始めている。それを見届けた一ノ瀬は、満足そうに立ち上がって大きく伸びをした。


「俺が言えるのはここまで! じゃ、ジュース代は出世払いで100倍にして返せよ」


 一ノ瀬の足音が遠ざかり、再び一人残された物陰。光汰はゆっくりと立ち上がり、ポケットからスマホを取り出す。画面に映る自分の顔を睨みつけ、震える指で通話ボタンを押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。