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病弱ヲタクが推しを前にして褒めちぎったら、来るはずのない青春が始まりました。  作者: 安藤未粋
3章:【6月のはなし】 ※光汰のはなし

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「う~ん……もう一回。神谷君はOKだから、そのまま篠宮君を引っ張ってやって」


「は~い」


「……すいません」


 何回も響き渡る監督の「カット」の声。その度に光汰の背中には冷や汗が伝い、喉の奥がカラカラに乾いていく。休憩の度に飲み干すペットボトルの数が虚しく増えた。光汰は台本を何度も読み込み、セリフの抑揚を口の中で反芻しては毎テイクに臨む。しかし、光汰の必死の足掻きが監督の納得する演技として結実することはなかった。頭上に広がる真夏の快晴とは裏腹に、現場の空気はどんよりと淀んでいく。


「……すいません、監督。神谷さん、後ろに別の予定が控えていて……そろそろ出ないとマズいんです」


 今しがた撮ったテイクを確認しようとモニターを睨んでいた制作陣のもとへ、神谷のマネージャーが申し訳なさそうに身をかがめて駆け寄った。


「そうか……じゃあこのシーン終わり。明日撮り直そう」


 あっさりと放たれた監督の声に、張り詰めていた現場の緊張感が一気に解ける。足早に着替えへ向かった神谷とは対照的に、光汰はまるで足に釘を打たれたかのように立ち尽くした。


(駄目だ……できないなんて、そんなの、許されない……)


 くらりと目の前が霞む感覚に襲われ、光汰は何とか足を踏ん張る。ふつふつと腹の底から湧き上がる焦燥感に拳を強く握り締め、光汰は監督に向かって声を絞り出した。


「監督、俺、まだちゃんとできま――」


「一ノ瀬君、白石さん、今から二人のシーン撮れる?」


 光汰の叫びを遮るように、監督は手元の資料に視線を落として指示を飛ばす。キャストの控えるテントで、光汰の撮影を不安そうに眺めていた一ノ瀬と白石は、急に名を呼ばれ、慌てて台本を手にして立ち上がった。


「え、あ、OKで~す!」


「了解でーす」


「あ、あの……!」


 バタバタと撮影の準備が忙しなく始まる中、光汰はひとり取り残されたまま何とか声を振り絞ろうとする。しかし、監督は手元から一度も目を放さずに言い放った。


「篠宮くんは休んでていいよ。次のシーンはあの二人が終わってから撮るし。気持ち、立て直しておいて」


「……はい」


 置き去りにされた返事は、スタッフの足音と機材の喧騒の中に虚しく消える。光汰は唇を噛み締めると、キャスト陣のテントへ戻り、残りの水を一気に飲み干して項垂れた。握り締めた拳が、ぐしゃりとペットボトルを潰す。


(演じろ。求められる形を作れ。正解を……)


 そう自分に言い聞かせた努力も虚しく、その後の単独カットや別シーンの撮影も目も当てられない結果となった。何度もNGを出し、現場の空気は鉛のように重くなっていく。最終的に監督が出したのは、光汰の演技に納得したからではなく、「これ以上粘ってもスケジュールが押すだけ」という、あからさまな妥協のOKだった。


 ★★★


 とっぷりと日が暮れた夜闇の中を、ロケバスがエンジン音を低く唸らせながらひた走る。普段なら他愛のない雑談が弾み、オフショットを撮り合うような和気藹々とした車内は、まるで通夜かと見紛うほどに重苦しく沈み込んでいた。背を丸めて項垂れる光汰へ、後ろの席に座っていた一ノ瀬と白石が菓子やら茶やらを手にしてそっと身を乗り出す。


「どうした? 最近調子悪そうじゃん」


「うん……思うような芝居、できてない感じがする。大丈夫?」


 心底心配そうに顔を覗き込んでくるふたりに、光汰は薄く目を開き、くぐもった声を絞り出した。


「……大丈夫、です」


「あー……これ、全然大丈夫じゃないやつだ。今日暇? この足で焼肉でも行こうぜ? 翔おにーさんが奢ったるからさ」


 まったく気持ちを浮上させることができない座長を見兼ね、一ノ瀬が光汰の肩をポンと叩いて努めて明るく笑いかける。しかし、光汰は首を横に振って小さく頭を下げた。


「すいません、今日……テスト受けなきゃいけなくて」


「うわー……現役高校生大変ー。この時期だと前期期末?」


 その言葉に白石が「うげぇ」と苦い顔を見せる。すかさず一ノ瀬が軽快なツッコミを入れた。


「いや、花音ちゃんだって現役高校生じゃん」


「私は通信だし? 全日制の光汰に比べたら全っ然だよ!」


 そうして何気ない会話を繰り広げる二人を横目に、光汰は小さく息を吐いて窓の外へと視線を投げる。二人は顔を見合わせ、光汰のバッグに菓子やらを詰め込み、乗り出していた身をそっと座席に戻した。そしてしばらくすると、ロケバスは撮影所の駐車場へと滑り込み、そのまま解散の流れとなる。


「篠宮くーん! こっち! 夜遅いから送ってくよ~!」


 バスを降りると、事務所の送迎車の傍らでマネージャーである朝野が大きく手を振っていた。


「あ……お先に失礼します」


「おう、ちゃんと休めよ」


「また明日ね~!」


 光汰は皆に深々と頭を下げて踵を返すと、背中に突き刺さる心配やら気遣いの視線から逃げるように足を早める。

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