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梅雨を迎えた初夏の風は、ぬるく、肌に纏わりつくような湿気を含んでいた。
「あっちー」
真っ白な半袖シャツをパタパタと仰ぎ、珍しく晴れた青空の下で駿平は愚痴をこぼす。校庭の隅にある、日陰で風通しの良いベンチにて。膝の上に弁当箱を広げていた星は、隣に駿平が座るスペースを作った。
「だねー……」
星は弁当に入っていた肉団子を頬張ると、溜息を一つついてがっくりと項垂れる。
「模試の結果、散々だった……。頑張ったのになぁ……」
「俺も。流石に本腰入れないとヤバいって感じ? もうそろそろ部活も引退だしなぁ……。気が滅入ることばっかりだぜ」
隣にどっかりと腰掛けた駿平も、購買の争奪戦で勝ち取った焼きそばパンを大きな口で頬張りながらぼやいた。ソースの香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「そういえばさ、知ってるか? この前の中間テストの学年偏差値一位、篠宮光汰らしいぜ」
「えっ!? すごい……!」
思いがけず飛び出した名前に、星は思わず顔を上げた。
「仕事で滅茶苦茶忙しいからって、先生とカメラ繋いでWeb受験だったんだって。すげーよな、そんな環境で学年トップとか。確か兄貴もここの首席卒業生なんだよな。篠宮家は次元が違うわ」
「次の期末テストもそうなのかな。一人で受けるのとか、大変そう……」
星は眉を下げ、水筒の蓋を開ける。白い首筋に浮かぶ小さな喉仏がコクコクと上下した。
「まー、俺達には他人を心配してる余裕なんて一ミリも無ぇけど。あと二週間後だぜ? 期末テスト」
「はは……やばー……」
拗ねたように唇を尖らせて愚痴った駿平の言葉に、星は苦笑いを浮かべて肩を竦める。余った時間は現実逃避しようとゲームアプリを開いた瞬間のこと。ピコン、と通知音が鳴り、画面の上部からポップアップが表示された。差出人の四文字が目に入った瞬間、星の胸がトクンと跳ねる。
「あっ」
ぽろりと溢れ出た声とともに、星の表情がパッと綻んだ。ゲームの画面から視線を外し、その変化を間近で観察していた駿平が、胡乱な光を宿した瞳をじっと星に向ける。
「お前……好きな奴でもできたの?」
「え!? ち、ちがうよ!」
斜め上からの問いかけに、星は目を丸くし、首が取れそうなほど激しく横に振った。その動揺を隠す間もなく、星の元へ追撃するように二通目のメッセージが届く。
『次のテストもwebになりそう』
「あ……」
画面にうつるたった一文に内包された「会えない」という現実を突きつけられ、星は露骨にしゅんと眉を下げた。そのあからさまな感情の起伏を目の当たりにした駿平は、目をかっぴらいて星の鼻先に指を突きつけて叫ぶ。
「ほら見ろ! やっぱりいるだろ! スマホの画面見て一喜一憂するとか、そんなの女相手しかいねー! 誰だ! どこの馬の骨よ! 塾か? クラスか? その泥棒猫ちゃんは!」
「ちがうってばー……」
駿平は身を乗り出し、スマホの画面を覗き込もうとした。星は逃げるように慌てて画面を胸元に抱え込み、背中を丸めてガードする。駿平がなおも追求しようと強引に手を伸ばしかけたその時。まるでタイミングを見計らったかのように、五限の開始を告げる予鈴のチャイムが校庭に響き渡った。
「くそっ、タイムアップか……! じゃあな、後でまた吐かせるからな!」
駿平は名残惜しそうに歯噛みすると、パンの包み紙をポケットに突っ込んで北校舎へと走り去っていく。一人残された星は、静かになったベンチで手短に荷物をまとめると、溜息を一つ吐いて南校舎へと向かってゆっくりと歩き出した。
(好きな奴……)
じめっとした空気の籠る校舎に入り、階段を一段ずつ上っていく。踏みしめる足音に混じって、駿平の言葉が何度も頭の中でリフレインしていた。星はポケットからスマホを取り出して画面を開いた。
『勉強も撮影も無理しすぎないでね。応援してる!』
そう打ち込んで「頑張れ!」と描かれた炎神ブレイズシリーズのスタンプを添えて送信する。そしてそのままくるりとスマホをひっくり返した。透明なケースの裏側には、ポーズを決めるフェニクスレッドの小さなデフォルメステッカーがキラキラと光っている。
「好き、って……なに?」
踊り場で足を止め、星は俯いたままぽつりとその問いをこぼした。熱を帯びた初夏の風が、窓の隙間からそっと吹き抜け、星の髪を揺らす。
「……光汰くん、今、なにしてるのかな」




