18
「あの、さ……光汰くんは、大学行くの?」
カフェから駅へ向かう帰り道で、星はふと思い立ったように問いかけた。光汰は隣を並んで歩きながら、静かに頷く。
「うん。学歴は持っておきたいし。特進抜けたから、もう理系とかそういうのにこだわりないし。指定校か一般かは迷ってるけど、外国語とか、国際系の学部に行きたいと思ってる」
「すご……。もしかして、将来は海外進出を目指してるとか?」
星は目を見開いてマスク姿の光汰を見上げた。英語をペラペラと喋る光汰を思い浮かべ、「かっこいい……」と声を漏らす。大それたことを言われ、光汰は目を細めてクツクツと控えめな笑い声を上げた。
「そこまでは考えてないよ。ただ、英語得意だし、洋画とか好きだから。……星は?」
問い返され、星は一転して視線を足元へと落とす。白く細い手が、バッグの紐をギュッと握り締めた。
「僕は……まだ分からないかな。出席日数もギリギリだし、成績も悪いから……」
「星……」
急にしゅんとした星を見て、光汰の声が低く沈む。端正な顔には心配の色が差していた。そんな重い空気を察した星は、慌てて両手を振ってパッと無理やり笑顔を作り、見えてきた改札へと足を早める。
「ごめん、変な空気になっちゃった! 改札前まで送ってくれてありがとう! もう大丈夫、一人で帰れるよ!」
「星……っ」
咄嗟に呼び止めた光汰を振り切るように、星は改札の手前でくるりと振り返り、手を上げる。
「今日は本当に楽しかった! お仕事頑張って! それじゃ!」
光汰は星が引いた一線に勘付いたのか、伸ばしかけた手をそっと下ろし、足を緩めて立ち止まる。そして、作り笑いを浮かべる星に向かい、目を細めてひらりと掌を振った。
「……うん。またね」
光汰に見守られる中、星は逃げるように改札を抜けて電車に飛び乗る。ガタゴトと静かに揺れる電車の中、星は窓に頭を預け、夕闇が溶けていく外の景色を見つめた。
(僕、最悪だ……。せっかくの時間を台無しにした)
別れ際の光汰の顔を思い出し、星は頭を抱えて項垂れる。今でもヒーローとして第一線で活躍し、将来の設計もしっかりと立てている光汰。片や、何も持っていない自分が酷く惨めで、ちっぽけに思えてしまった。
『俺も星のヒーローになりたい。だから、頑張るから……ずっと見てて欲しい』
脳内で光汰の声がリフレインする。光汰にそれほど望まれるような価値が果たして自分にあるのだろうか。星は膝の上で拳を握り締め、きつく唇を噛んだ。
(……見てるだけで本当にいいの? 僕は……僕は、このままでいいの?)
自らに問いかけた瞬間、胸の奥でずっと塞ぎ込んでいた気持ちが一気に決壊する。
(本当は、やりたいことなんて最初から決まっていたんだ。でも、僕には無理だから、失敗して傷つくのが怖いからって、できない理由ばかりを探していただけ)
窓に映る自分の情けない顔を見つめ、星は強く首を振った。
(ヒーローが目の前で全力で頑張っているのに、自分だけがぼんやり見ているだけなんて……そんなの嫌だ!)
星は弾かれたようにポケットからスマホを取り出し、光汰へメッセージを送る。
『今日は本当に楽しかった! お礼を言いたかったのに、最後は変な空気にしてごめんね。撮影も、受験も、心から応援してる!』
送信ボタンを押し、深く息を吐き出した。電車は夕闇を切り裂き、星の住む町へとひた走っていく。
「……ただいま!」
玄関のドアを勢いよく開き、星はそのままリビングへと駆け込んだ。バッグをソファーへ置き、ローテーブルにノートとスマホを勢いよく広げる。星は画面を滑らせ、『炎神ブレイズ』をはじめとする歴代特撮作品のプロデューサーや監督、脚本家の名前を片っ端から検索し、その出身大学や学科を一心不乱にノートへ書き留めていった。
「星、お帰り……って、どうしたんだ?」
「……そっとしておいてあげよ」
風呂場から出てきてタオルで髪を拭いていた父親が、猛烈な勢いでペンを走らせる息子の背中を目を丸くして見つめる。未来を描く星の頼もしい背中を見つめ、母は嬉しそうに微笑んだ。
★★★
「篠宮くんお疲れ! いい写真たくさん撮れたよー!」
「ありがとうございました。お疲れ様でした」
都内の撮影スタジオ。眩しい照明が落ち、セットの片付けが始まる中、毎年恒例である夏映画に向けた番宣用の写真撮影を終えた光汰は、カメラマンやスタッフ陣一人ひとりに向かって丁寧にお辞儀を重ねていた。
「お先に失礼します」
控え室に戻り、緊張の糸をふっと緩める。私服へ着替えながらスマホ手に取ると、ロック画面にひとつの通知が浮かんでいた。
「星……」
別れ際に見せた、あの無理に作った笑顔。撮影の最中も胸に引っかかっていた小さな棘も、そのメッセージを見た瞬間、すぅとどこかへ消えていく。
「よかった」
画面を見つめたまま光汰はそっと頬をゆるめ、目を細めた。




