第九話 小谷るかはもっと知りたい
親切な先輩方による異世界座学授業が開かれ、小谷は今まで知らなかった情報に触れる。
真界という異世界来た真人たちの身に宿る特別な力。知れば知るほど面白く……なるのか⁉
「夏野先輩の力って、言霊だったんですね......すっごく納得いきました」
先輩に向かって「口が悪すぎて言霊使いになったんですか」とはさすがに聞けない。小谷はマイルドに感想を述べた。
「なっちゃん、まったく隙がないから、見つけ出すのにすごく時間かかっちゃったよ~」
夏野は小谷を一瞥した。
「良かったな、結魂相手すぐに見つかって。新学期初日から居眠りでもしたか」
小谷はぎくりとした。
「なんで分かって……⁉ えっ、言霊使いって読心術まで使えるの⁉」
冬輝はくすりと笑った。
「小谷ちゃん、素直~空っぽの霊枢って気配が薄くて気づきにくいんだ。持ち主がリラックスしてる時、少しだけ反応が強くなる。それで固本さんが、眠り姫を見つけたわけね」
全力で「眠り姫」という茶化しをスルーし、小谷はしげしげと二人の顔を見つめた。
「もしかして、お二人の周りに漂ってるキラキラが、霊子ってやつ?」
「おっ、小谷ちゃん見えてる? 目がいいね」
「固本もすごくキラキラしてました……普通にイケメン御用達のエフェクトかと思いました」
「キャッ、聞いた? なっちゃん、ぼくらイケメンだって」
冬輝は頬に手を添えて嬉しそうにはしゃいでいる。
「俺は最初、ストレスのせいで光視症になったかと思ったな」
「なっちゃん、気ぃばっか張ってるからね、もう少し肩の力を抜きなよ」
「ストレスの根源が何ほざいている」
小谷は小首を傾げた。
「私、自分の周りのキラキラ、ほとんど見えない……」
冬輝は小谷の左の手首の腕輪を指さした。
「それは、結界装置のおかげじゃない? 戦闘の時だけじゃなく、普段も霊枢の気配を抑え、カモフラージュを手伝ってくれるんだよ。見たところ、ぼくらのよりずっと強力な高級品っぽいし。だから初めて小谷ちゃんに会った時、ぼくも気づけなかったんだよね、固本さんのお相手だったって」
「お相手って言い方、やめてくれません⁉」
「何で一年生相手にさん付けなんだ」
夏野の不愛想な問いに、冬輝は大きく目を見開いた。
「だって固本さん、六大家の一つに数えられる固本家本家の出身だよ⁉ ぼくのような平民にとっては雲の上の存在、なんなら様付けでもいいくらい‼ はあ~今度会ったらサインとか頼んでみようかな」
夏野は肩をすくめた。
「お家柄やら身分に固執するなど、どこの中世貴族社会だ」
「なっちゃんの目から見たら、おかしいかもしれないけど、真界では、龍神様の力は血脈に宿るもの。血が濃いほど才に恵まれるわけ。鶏がいくら羽ばたいても、鷹には追い付かないのと一緒」
「文字通り、住む世界が違うんだな」
小谷はノートに書かれた文字を眺めながら、気になっていたことを口にした。
「冬輝先輩に初めて会った時、やたら名前の書き方を聞いてきましたけど、それも何か理由があったんですか?」
「あるよ。真界では、名前は龍淵の力を霊枢まで導く、ナビのような存在なんだ。
例えば火の力を使う人は、名前のどこかに『火』の文字を入れると、龍淵との繋がりは深くなる。逆に水へんを名前に入れたら、繋がりが一気に弱まってしまう。ぼくは雷系統の力を扱うから、雷光の光が、名字に入ってる」
「なるほど、だから『冬輝』で……。もう一つの力が言霊だから、下の名前に言の『詩』が入ってるんですね」
「自分の力に関連する字は名字に、結魂相手の力に関連する字は下の名に、というのが基本。このルールは常界の人間には適用されないけど、不思議とほとんどの場合、結魂相手の名前にはそれらしい字が入ってるんだよね」
「俺の場合、『言』が『誉』に入ってる」
「ちなみに固本さんの家は、ぼくらの世界でも守護の力を誇る名家なんだ。守護は囲って守り切る。だから本家も分家も名字に口が入る」
冬輝は「固本」の字を書き、せっせと周りにエフェクトのきら星を足している。
「手当てしてくれた時言ってた、サカエケは……?」
冬輝は紙に「栄家」と書いて見せた。
「治癒の名手を輩出する栄家。治癒は生命力、だから名字に木へんや草かんむりが多い。力は基本九種類のいずれかに属する。
火・水・雷・守護・武器操作・言霊・治癒・探知・知恵
でも小谷は、名前にそれらしい字が入ってないレアケースっぽいね」
「九種類もあるの? すごっ! 私はどれだろう、めっちゃ気になるぅぅ」
目を輝かせた小谷を置いて、夏野は昼食の入った購買の袋を開けた。
「座学はその辺にしとけ。休み時間終わるぞ」
「それもそうか。ごめんね、いっぱいしゃべっちゃって、退屈じゃなかった?」
「とんでもない! すっごく楽しいです、なんかこう……本当に異世界なんだなって感じで」
お約束のイケメンとの密室イベントに神経をすり減らしていた小谷は、異世界情報をたんまり浴びてすっかり元気満タンになった。
「ええ~そんなに喜んでくれるならいくらでも話しちゃうよ~もう授業サボって、小谷ちゃん専用講座開いちゃうよ~冬輝先輩なんて堅苦しいから、冬輝とか、詩音と呼んでいいからね!」
「あっ、いえ、下の名呼びはフラグが立ちそうなので遠慮します。冬輝先輩で呼ばせていただきますっ」
すっと真顔に戻った小谷を見て、夏野は言った。
「それがいい、こいつは調子に乗ると収拾つかなくなる。それと、飯の時くらい静かに食べさせろ」
昼食を済ませると、休憩時間も残り少ない。
冬輝はごみを片付けながら小谷と雑談を続けた。
「翡翠の腕輪、小谷ちゃんに似合ってるね。ちなみにぼくらの結界装置は、これ~」
冬輝が開いて見せた右手の小指に、黒い石がはめ込まれたシルバーのリングが輝く。
「なっちゃんとお揃いだよ~ 絆を結ぶペアリング!」
今までの夫婦漫才のようなやりとりといい、あからさまに狙ったような匂わせ発言といい、小谷は二人が双子星と呼ばれる理由がなんとなく分かった。
すでに成立しているカプに、自分は巻き込まれることはない。
なんて心強いんだろう。
「五指は霊枢に通じる、中でも特に小指のつながりが強いから、霊力を高めるアイテムは大体小指に着けるんだ」
フラグの心配はしなくてもいい気楽さを噛み締める暇もなく、冬輝は突然小谷の手を取り、指を絡めた恋人繋ぎにした。
パーソナルスペースを一切考慮しない図々し……もとい、親しげな行動が、芽生えかけた安心感を焼き払った。
「っ!」
「――儀式の時もこうやって……指を絡めなかった?」
耳にまとわりつくような甘い声に、ぞわっと鳥肌が立つ。
しかし冬輝は小谷が防御行動に出る前にすっと手を離し、いたずら成功の笑顔で続けた。
「指を絡めて霊枢への通路を開き、相手に力を受け渡す。固本さんはちょっと説明不足だったかもしれないけど、彼のしていることにはちゃんと意味があるんだよ」
彼は固本の行動をフォローしているのだと気づき、小谷は複雑な気分になった。
「……だとしても、せめて前もって説明してほしかった……」
「それでね~真界では結魂相手のことを、『小指の相手』とも呼ぶ。つまり、なっちゃんは、ぼくのこれさ」
少し恥じらうような笑顔で小指を立てて見せる冬輝に、背後の夏野がペットボトルを投げつけた。
「だから誤解を招くような言い方をするなっつったろ‼」
しっぽと愛嬌を常時振り回している大型犬のような先輩が、どこまで本気でどこまで冗談なのか、一生分からないかもしれない。
教室へ戻る途中で、冬輝はもったいぶって小谷に耳打ちした。
「儀式の話だけどさ、おまけの裏情報、教えてあげよっか」
「裏情報? なんですか⁉」
小谷は食いついた。
「実はね、力の種類によって受け渡し方が違うんだ。小谷の剣のような武器系は手で扱うから、指を絡めるほかに、手のひらを合わせてたと思う。もし足が速くなる身体強化系の力なら、足を触れさせる必要があるし、念動力系の力ならおでこを合わせる必要があるんだ」
「ふむふむ。なるほど合理的ですね……」
小谷は興味深げに頷き、数秒を置き、
「……んんん?」
冬輝と夏野を交互に見る。
前を歩く夏野の歩幅が大きくなっている。二人を振り落とそうとしているようだ。
「あのう……失礼承知でお伺いしますが……夏野先輩って、確か……」
前へずんずん進む夏野の代わりに、冬輝は真夏の太陽より眩しい笑顔で答える。
「そっ、こ・と・だ・ま♪」
「なるほど私は恋愛フラグはへし折らせていただくスタンスを貫きたく思いますが人様の事情というのはなかなか興味をそそられるものがございますねちょっと陽葵の野次馬根性が分かった気がしますこれは言われたら気にしないというほうが無理ですねなんと申し上げればよいか」
「聞きたい?」
「はい!!!」
今までで一番元気な返事を聞き、冬輝は交換条件とでもいうように、人差し指を立てて見せた。
「じゃあ、ぼくらの話を教える代わりに、固本さんを連れてきて。ぼくも、噂の名家の跡継ぎに会いたいからさ」




