第八話 冬輝詩音はとりなしたい
小谷のピンチを救ったのは、三年の先輩たちだった。
新たな仲間の出現に喜ぶのもつかの間、うかうかしてると、またジャンルが変わってしまう――⁉
冬輝の適切な処置のおかげで、授業が終わった頃には、肩の痛みもすっかり引いた。
しかしほっと息を継ぐ暇もなく、明るい声が小谷のいる教室に響き渡った。
「いたいた。ヤッホー! 小谷ちゃん」
クラスの外から姿を見せた冬輝は、満面の笑顔でこっちに手を振っている。隣には、いやいや連れてこられた様子の「なっちゃん」が無言で立っている。
次の瞬間、小谷は吉川に襟元を掴まれ、激しく揺さぶられた。
「ちょちょちょちょちょちょっとちょっと‼
るーちゃん、三年の双子星と知り合いなの⁉ めちゃくちゃ親しそうに話しかけてきてんのよ⁉ わざわざ東棟からお越しになって……えええ!?!?」
またもクラスがざわつき出し、小谷はいやなデジャヴ感を覚えた。
「ツッ、ツインスターズ……?」
「わが校の期待の星と呼ばれたお二方じゃない‼
三年特進クラスの夏野誉と冬輝詩音、顔も成績も運動神経も何もかも非の打ち所がない奇跡の星に生まれた尊い存在! いつもペアで行動する大の仲良しだからついたあだ名が『双子星』! ほら、六月の運動会、借り物競争の時のお二方よ‼」
吉川の超高速マシンガントークを浴びた小谷は、運動会というキーワードで記憶の箱をこじ開けた。
さわやかな猫っ毛少年が「一番の宝物」のお題で大親友をお姫様抱っこして一番にゴールを切り、女子勢の黄色い悲鳴と写真のシャッター音に包まれた光景と、それにドン引きした気持ちが、鮮やかに蘇る。
(そうか、あの時の二人……)
獣退治に気を取られて気付かなかったが、並び立つ二人は、確かに固本に負けず劣らずの男前で、ツーマンセルという点においては単体の固本を上回る魅力がある。
恋バナに餓えた吉川は鼻息荒く、にやけた顔で小谷に迫った。
「知り合いになった経緯、早く教えなさい! るーちゃんは夏狙い? 冬狙い? はっ、固本様を避けるのも、心に決めたお相手がいるからなのね⁉ 言ってくれればこの陽葵」
小谷は近すぎる顔を押しのける。
「だからなんでも恋愛がらみで考えるのはやめてって……! 先週演劇部の衣装のサイズ直しに行ったじゃん、その代役が冬輝先輩だったんだよ」
「まあ、衣装直しの相談? だったら手芸同好会の出番ね‼ あんまり先輩方を待たせるものじゃないわよ、ささ!」
吉川は問答無用で小谷を二人のほうへ連行した。
「あのう、三年生の夏野先輩と、冬輝先輩ですよね! はじめまして、るーちゃんの親友の吉川といいます。うちのるーちゃんがお世話になってます」
吉川はすっかり保護者ポジションだ。
「はじめまして、吉川ちゃんね。その髪型、すっごくかわいい!」
不愛想な夏野の分までカバーするように、冬輝は特大な笑顔で答えた。
「先輩方も、噂通りとっても素敵です。間近で見るとドキドキしちゃいます~」
「いやだな~褒めてもファンサくらいしかできないぞ♡」
「えー、うそ! ファンサしてくれるんですか! 嬉しくて気絶しちゃいます」
「じゃー、指ハートで♡」
「キャー! ありがとうございます‼」
(陽葵が、二人いる……)
キャッキャする二人を虚無の目で見守っていると、同じく呆れ顔で傍観している夏野が見え、小谷はちょっとだけシンパシーを感じた。
「今日はどんなご用でいらしたんですかぁ? 衣装の話なら、ぜひ手芸同好会へ!」
「吉川ちゃんも手芸同好会だったの? 衣装直しありがとうね! 同好会にも行ってみたいけど……」
冬輝はふと何かを思い出したように付け足した。「お昼休みって、手芸同好会の部屋、空いてたりする?」
「活動は基本放課後ですけど、部屋自体は入れますよ」
冬輝は少し身をかがめ、そっと吉川に耳打ちした。
「実は、小谷ちゃんと話がしたくて来たんだ。でもほら、ぼくとなっちゃんって目立つじゃん。できれば三人だけで話せる場所があると助かるんだけど……いい?」
ねだるような甘みのある声色に、吉川の耳が真っ赤になった。火照った頬に手を当て、彼女は小声で聞き返した。
「るーちゃんと内緒話? 変なことしませんよね? うちのるーちゃんピュアだから、傷つけたら先輩でも」
「しないしない! そんなことしたら、なっちゃんに針千本飲ますから」
「じゃあ……分かりました……!」
吉川は覚悟を決めたような顔で、手持ち無沙汰の小谷を押し出した。
「るーちゃんを、よろしくお願いします!」
涙目でハンカチを振るパントマイムをする友人に、小谷は突っ込まずにはいられなかった。
「どこの嫁入りを見送る母親よぉ――!!」
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手芸同好会の机を囲み、冬輝は初手から爆弾質問を投下した。
「さてと。小谷ちゃん、ケッコン相手は誰?」
「けっ、けっこぉぉぉん⁉」
効果抜群。小谷の脳が一瞬で焼け野原になった。
「だれと、だれが???」
冬輝は不思議そうに聞き返した。
「いるんでしょ? 小谷ちゃんとケッコンの儀式を執り行った人。それで剣が使えるようになったんだよね」
「待て待て待て待て! あの儀式、結婚式だったの⁉ 何そのやべー設定、婚約から始まる恋物語⁉ させないからね絶対‼ 家庭裁判所に行けば離婚できる? 必要な書類は???」
すっかりパニックになった小谷を目に、夏野はため息をついた。
「どうやら情報の非対称性が一番の問題だ。婚姻の『婚』じゃないから落ち着け。魂を結ぶと書いて、結魂の儀と呼ぶんだ」
「結、魂……?」
小谷はへなへなと椅子に座り込んだ。「よかったぁ……次回、婚約破棄の章にでも突入するかと思ったぁ……」
「うんうん、だから小谷ちゃんの結魂相手は?」
夏野はじろりと冬輝を睨んだ。「こいつは確信犯でやってんだ。お前の反応を楽しんで」
「もお、人聞きが悪いな、なっちゃんは~ぼくはそんなこと、これっぽっちも思ってないのにぃ」
天真爛漫な笑みを浮かべながら夏野を突く冬輝を見て、小谷はようやく自分がからかわれたことに気づいた。むっとなって言い返す。
「じゃあ、先輩たちもケッコンしてるわけですね。仲睦まじいですね」
冬輝は楽しげに夏野の肩に腕を回し、片手を頬に添えてハートを作った。
「そうだよ~ぼくたち、相思相愛~」
まったくのノーダメージのようだ。
夏野はその悪ふざけに辟易したように、冬輝の顔を押しのける。
「冬輝、煽るな茶化すなとぼけるな。お前が口を出すと話が進まん。俺の昼休みを無駄にするな」
夏野は小谷に目を移し、改めて聞いた。
「相棒は、なぜ一緒じゃなかった」
「儀式を行った人なら、固本……一年特進クラスの、固本レイ」
小谷は敢えて相棒という言葉を避けた。
「何だそいつ。女一人に戦わせて無責任にもほどがある」
「女一人」という言い方がチクリと刺さる。
「女ですけど、一人で戦えますよ。今までだってずっと一人で戦ってきたんですから」
「今日危ない目に遭っただろう。俺はそういう目に遭わせた相棒の責任問題だと言ってるんだ」
助けてもらった身として、それには反論できない。小谷はすっと目をそらした。「……儀式をやってから、会ってない」
「一緒に行動してないのか?」
「……クラスが違うし、一人で戦えるから……」
冬輝はくっついていた夏野から身を離した。
「小谷ちゃん、固本さんとなんかあったの?」
悪ノリの抜けた声は優しく、聞き心地がいい。小谷はつい口を開き、固本をめぐる騒動を打ち明けた。
食堂で強行された儀式。
武器が使えず苦戦した初陣。
空気を読まずに接触してくる固本に接近禁止を命じ、一人で獣退治をしてきたこと。
「私も、力をくれた彼には感謝してますよ。でも衆人環視の公開処刑はきついって! 食堂で跪くわ、戦いで役に立たないわ、家まで追い回すわでもう……一瞬たりとも関わりたくないっ!」
小谷はずっと抱え込んでいた怨念を一気に吐き出した。
耳を傾けていた二人の先輩は顔を見合わせ、少なからず驚きの表情を浮かべた。
「……てことは、小谷ちゃん、ほんとに援護なしに一人で戦ってきたの? 普通ありえないよ」
冬輝の言葉に、小谷はつい頬の筋肉が緩くなる。
「……そう、ですかね~まあ、運動は得意だし、RPGも遊んでるから、こういうの、願ったり叶ったりだなって」
「だから結魂の儀式の意味も知らないほど、無知だったのか」
夏野は呆れたように言い放った。「この様子じゃあ、マカイのことも、レイスウの仕組みも知らないだろう。よく今まで生き延びてきたな」
小谷はきょとんとした。
「魔界? 異世界だって知ってたけど、あんなやばそうな世界だったんですか?」
「これは、色々教え甲斐があるね」
冬輝は楽しそうにペンを取り、ノートを広げた。
「ぼくたちが住んでる世界は、『真界』。真界の創造主、龍神様がぼくらに授けた力は、真の力と呼ばれ、それを使える人は『真人』と呼ばれる。それに対して、小谷ちゃんたちの世界は『常界』と呼ばれてるよ」
冬輝は真界、龍神、真人、常界の文字を書いて見せた。
「真の力の大元は、世界を包み込んでいる巨大な力の源、龍淵と呼ばれている場所から流れ出ている。力の最小構成単位が『霊子』だから、真の力は『霊力』とも言う」
小谷は思い出した。
「固本が言ってた。龍淵がれいすう? につながるとかなんとか……」
「れいすうは、『霊枢』。おへその下、いわゆる丹田と呼ばれた位置に存在する機関。それが龍淵と繋がり、霊子を引き出して使えるわけだ。常界の人でも、まれに霊枢持ちが生まれる。なっちゃんや小谷ちゃんがそれだ。
ただし、霊枢は龍淵に繋がる扉のようなもので、鍵がないと開かない。そして鍵を持っているのは、龍神様に祝福された真人だけだ」
「つまり結魂は、その鍵を渡す儀式ですね?」
ピンときた小谷に、冬輝は頷いた。
「その通り。真人はみな、両親から一種類ずつ力を受け継いでいる。つまり、鍵を二本持っている。でも霊枢は一つしかないから、どちらかを持て余してしまう。そこで相性のいい常界人に分け与えるんだ。
龍神様の力は魂に宿る神聖なものだから、それを分かち合うのは、魂を分かち合うことに等しい。二人の魂を結び合う儀式、だから『結魂の儀』。小谷ちゃんも、誓いの言葉を伝えられたんじゃない?」
「そういえば、なんかよくわからない外国語……あっ、真界語か。最後だけこっちの言葉で『二度と違わぬ忠誠と最後の希望をあなたに託します』って」
口に出してみると大げさすぎて背中がむずがゆい。
「仰々しくて引きますよね……」
「魂を分かち合う誓いなんだ、もう少しその重みを理解しろ」
夏野に言われ、小谷は一瞬言葉に詰まった。
「おっ、さっすが言霊使いのなっちゃん、重みあるぅ~」
「お前の軽いノリでいつも台無しにされるがな」
「なっちゃんが厳しすぎるから、ぼくがムードメーカーを引き受けてるんだぞ」
じゃれあう二人を見て、小谷は興味津々に質問した。
「夏野先輩は儀式の時、なんて言われたんですか?」
夏野の頬がぴくっとつったように見えた。
「……覚えてない」
(あっ、これ絶対なんかあったやつだ……)
あとでこっそり冬輝先輩に教えてもらおう、と小谷はひそかに思った。




