第五話 固本レイは付き従いたい
体調を崩して早退した小谷を待っているのは、お決まりの「お見舞いイベント」。
欲しいのは力だけで、おまけのイケメンはいらない!
誓って全てのラブコメフラグは、叩き切るっ――
事件や事故が増える物騒な世の中、親たるものは、もっと警戒心を持って来訪者対応をすべきじゃないのか。
なぜ我が母は、この長身長髪、表情筋年中ストライキ中のいかにも胡散臭い男子生徒をあっさり家に上げてしまうのか。
あなたの娘は、この役に立たない顔だけイケメンのせいで、獣の餌食になりかけていたというのに!
……やっぱり顔か。美が顔パスを成立させてしまうのか、おのれ見た目重視の現代社会め――
怒涛のツッコミを心の奥に押し込め、小谷はデザートの入ったコンビニ袋をひったくり、固本の背中を押し、自室へ歩かせた。
「わー、プリントを持ってきたんだねありがとう固本くん宿題について確認するから部屋に来てくれないかなさあこっちこっち! ああ、お母さん茶は出さなくていいから、こいつ…ごほん、固本はすぐ帰るんでっ」
彼が親の前でなんか変なことを言い出す前に部屋に押し込み、隔離。
バタン。カチャリ。
「人の家までついてきて何の用? 言われた通り、獣はちゃんと退治したよ」
ドアに背中を預けて、小谷は笑顔の仮面を外し、固本を睨みつける。
「はい、お見事でございました」
「まずはその敬語、やめてくれない?」
「私は小谷様にご助力を乞う従者の立場でございますゆえ、そういう訳には……」
「ここは平等が叫ばれる現代社会! 同級生に敬語使ったり、いきなり跪いたりしたら、周りから変なプレイだと思われるでしょうが! あんたも高校に通ってるなら、ちゃんと溶け込む努力をして、この世界のルールに従いなさい!」
反論を許さない気迫は、まさに従者を顎で使う主人そのものだった。
固本も彼女の言い分に納得できたのか、ゆっくりと頷いて見せた。
「おっしゃる通りでご……小谷…さん、の言う通りですね。ご学友に接するように言い方を改めます」
「……それはどうも」
小谷は袋からアイスを取り出し、残りを固本に差し出す。「好きなのを取って」
「いいえ、それは体調がすぐれない小谷さんが召し上がるもの」
「あっそ」
押し問答をする気力もない。小谷は袋を手近の棚に置いて、アイスをカリカリ噛み砕く。ミント味の氷が火照った体に心地いい。
「ジョウカイの人間が初めてレイスウを開くと、跳ね上がる力に適応できずに体調を崩すことが多いので、念のために様子を見に来ました。突然の来訪、失礼しました」
頭痛を引き起こす話し方に、小谷は軽く額を押さえた。
「まーた小難しい用語を挟んでくる……。とりあえず私が質問するから、それに答えてくれればいい」
「分かりました」
「あなたは、いわゆる異世界から来た者でOK?」
「はい」
「その異世界ではこちらの世界と異なる原理の力が存在している。まあ、魔法や魔術のようなものね」
「はい」
「獣はそちらからこちらに迷い込んだ害獣で、それを倒すには、こちらのいわゆる『適性をもった選ばれた人間』が必要って合ってる?」
「はい」
「あんたのあの詠唱で、私の力を覚醒させ、それで剣が使えるようになったんだね」
「はい」
ダークファンタジーにおいて、悲惨な運命をたどる主人公たちに落ち度があるとするなら、それは「契約内容の精査」であると、小谷は考えている。
マスコットがゲスコットと呼ばれ、勇者と魔王が血縁関係を持ち、無比な力は実は人の命を燃料に稼働している事例は、後を絶たない。
同じ轍を踏まないためには、自分の置かれた立場やリスクを、ちゃんと確認しなければならない。
「ここから肝心な確認をさせてもらうわ。力の行使によって、私がひどい目に遭うことは?
たとえば、獣を倒しまくってたら私自身が獣になってしまう、力を使う代わりに寿命が削られる、能力者同士が集められてデスゲームをやらされる、とか」
「いいえ。獣と人間は異なる存在であり、獣人以外の変化は起こり得ません。
私は小谷さんのレイスウを覚醒させるお手伝いをしたに過ぎません。力の行使で小谷さんが損なわれることはなく、むしろ身体の活性化で寿命が延びます。
潜在能力を持つ人間は獣に狙われやすいため、その身の安全を考慮しての力の受け渡しです。ご自分の身を守ること以外の義務はありません。二つの世界の均衡を保つのは、我々の役目です」
「ふーん……とりあえず鬱要素はなさそうね。……あっ」
食べきったアイスの棒に、「あたり」の文字が出た。
「じゃあ、最後の質問」
小谷はハンガーラックに掛けた白い血が染みついた制服を指した。
「血を見えなくすることはできる? クラスで騒ぎになった。さすがにこれから毎回言い訳を探すの、だるい」
「それは安心してください、二度と血は飛び散らないので、大丈夫です」
「ならいいや」
頭がまだふわふわしている小谷は、深く追求するのをあきらめた。それより、自分の部屋に長身の人間がもう一人いると、どうも狭苦しくて居心地が悪い。
「……聞きたいことはもうないから、帰っていいよ」
「では、お持ち……持ってきたプリントと、これを受け取ってください」
固本が持ち出したのは、翡翠の腕輪だった。九つの小さな石が連なったそれは、かすかに柔らかい光を帯びている。
彼は小谷の左手を取り、それを腕に通す。
「小谷さんが剣を抜けば、レイリュウに反応して自動的に人よけの結界を張ってくれるお守りです。これでより行動しやすくなるでしょう。肌身離さずつけていてください」
うつむいた彼の肩からひと房の髪が流れ落ち、小谷の指先に触れる。ぞわっと鳥肌が立ち、小谷はさっと手を引いた。
「それは助かる。……んん? ちょっと待って」
小谷はあることに思い至った。
「獣と戦う前にそれを渡してくれれば、固本は結界の維持の手間が省けて、もっと私のサポートができたんじゃ……?」
固本は悪びれず、今思い出したかのように頷いた。
「そういえばそうでしたね」
「……っ」
有能な敵よりも無能な味方のほうが恐ろしい。小谷は、ますますこの顔だけのイケメンは信用ならないと再確認した。
「あら、もう帰っちゃうの? もう少しでパパも帰ってくるし、一緒に晩御飯でもどう?」
小谷母はキッチンから顔を出して、玄関先に向かう二人に声をかけた。
小谷は無言のまま、「こいつとだけは! 絶対に! 食卓を囲みたくない‼」と表情筋だけで表現した。
しかし、小谷母はけろっとした顔で続ける。
「違ってたらごめんなさいね。もしかして、うちの子の彼氏?」
固本が言葉を発する前に、小谷は廊下の壁を手のひらでパンと叩き、そこに貼られた長剣を背負ったキャラのポスターを指さした。
「私が好きなのは! こんな感じの、さわやか短髪で! 熱いハートで! 人々を苦難から救う! 主人公タイプ! ママも知ってんでしょ⁉」
小谷母は娘の切実な訴えを受け流し、申し訳なさそうに固本に頭を下げた。
「るかがすみませんね。こんな子だけど、仲良くしてあげてね」
翌朝。
快復した小谷は、軽い足取りでいつもの通学路を行く。
澄み渡る空に白い雲。なんていい天気。セミの鳴き声まで音楽のようだ。
ほかの人とはちょっと違う、特別な自分。秘密裏の活劇。
わくわくがどんどん膨らんでいったが、校門前に佇む姿を見た瞬間、一気に萎んだ。
(どうしよう、今すぐにでも家に帰りたい……)
必死に存在感を消そうとする小谷の努力に気づかず、固本は目線を彼女へ寄越した。腰まであった髪は、なぜか肩にかからないほど短く切り揃えられている。
「固本くん、髪を切ったの⁉」
「えええ、きれいだったのに、もったいなーい!」
「君たち、校門前に突っ立ってないで早く学校に入りなさい!」
素通りはさすがに失礼だから、小谷はすれ違いざま短くあいさつした。
「……おはよう」
「おはようございます」
固本はきっちり挨拶を返し、さも当然のように小谷のそばに並んで歩き出す。
周りの視線が痛い。
「……髪、切ったの」
「はい、短髪のほうがお好みだと言ったので」
視線の矢に一層殺意が加わったのが分かった。
ぐさぐさ刺さる。
異世界から来たイケメン騎士に守られるお約束の乙女展開のフラグを叩き切ったと思いきや、イケメンがイメチェンでヒロインを口説きにかかるという、さらにやばい気配が漂うイベントフラグが立った。
このままでは、せっかく確立させたバトルもののジャンルが、またラブコメに書き換えられかねない。
悪い芽は、一刻も早く摘み取らなければならない――
「ちょっと話をさせて、すぐに済む」
人気のない部活棟の裏で、小谷は改めて固本に問いかける。
「あなたは私の従者の立場にあるって、昨日言ったよね」
「はい」
「じゃあ、私のお願いも、聞いてくれるね」
「はい」
「では、お互いの平和な高校生活のために、ささやかなお願いを三つ。
一つ、絶対にポイントでクラス変更申請をしないこと。
一つ、誤解を招く言動は慎み、特に私との関わりを匂わせる言動は一切禁止。
一つ、自分の身は自分で守れる。獣が出たら全部私が片付けるから――」
小谷と固本の仲を取り持とうとした吉川が、こっそり二人の後を付けていた。
しかし、告白でも聞けるんじゃないかという期待とは裏腹に、吉川の耳に届いたのは、小谷の最後通牒だけだった。
「――今後一切、そっちから私に近づかないで!」




