第四話 吉川陽葵は応援したい
何とか獣を撃破し、教室に戻った小谷を待っていたのは、クラスメイト達の質問攻め。
どうやって乗り切るか――
数学教師尾西。
無骨な顔だちに太い眉、への字に結んだ口が上がるのを見た生徒はいない。サボる生徒には容赦なく宿題を増やす所業から、ついたあだ名が「鬼先生」。
全力ダッシュもむなしく、小谷が教室に入った時、尾西はすでに教壇に立っていた。
「なんだそのかっこうは……まあいい、席に着け」
小谷は教室の後ろに立たされることを覚悟したのに、なぜか鬼先生はあっさり着席を許可してくれた。
教科書を開いてしおらしい顔を装っていても、実は全然授業どころじゃなかった。
先ほどの獣との戦闘(ほぼ逃げてばかりだったが)を思い返し、胸の高鳴りが収まらない。
(やばいやばいやばい、私って、かなりかっこよくなかった? やっぱり才能に恵まれてる天才肌タイプ?)
にやけてしまわないように、小谷は口周りを手で隠し続けた。
授業が終わり、鬼先生は教卓に手を付き、一つ咳払いした。
「え――、尚明に在籍している生徒は、みなそれなりの知能を備えている前提で話す。尚明にいじめはない。あるとしたら名誉毀損、恐喝、窃盗、器物損壊等に分類される犯罪行為だ。嫌がらせを受けたと感じた人は――」
そこで小谷に意味深な視線を止め、尾西先生が続けた。
「やり返せ! ……と、先生の立場からは言えないが、まあ、大人に相談しろ。以上」
(???)
「るーちゃん、大丈夫だった⁉」
鬼先生が教室を出るや、真っ先に駆け寄って手を取った吉川をはじめ、クラスメイトたちは心配や好奇の色を目に浮かべ、小谷の周りに集まった。
「ああ、うん……大丈夫、かな…?」
小谷はあいまいに笑って誤魔化した。
(結界で見えなかったはず、よね……? なんで皆心配そうにこっちを見ているのだろう?)
「だって制服がぐちゃぐちゃになってるじゃない!」
吉川は怒るように声を張り上げた。
「えっ……」
小谷はやっと、周りの視線が自分の制服に集中していることに気付いた。
獣の白い血で、制服が派手に汚されている。
(獣は一般人には見えないのよね、なんで血が見えちゃうの? そういうのは都合よく見えないようにしてよ‼)
アフターフォローの不親切さを呪う小谷のそばで、クラスメイトたちは同情の声を上げた。
「いくらイケメンにプロポーズされた小谷が羨ましいからって、かげから牛乳をぶちまけるのなんて、ひどいわ!」
「ちょっと陰湿だよな」
(牛乳……?)
白いシミ
↓
牛乳の跡
↓
尋常じゃないほどの飛び散りよう
↓
誰かが投げつけたと思われる
↓
「イケメンに連れ出された平凡女子への嫉妬で、誰かが小谷に嫌がらせをした」シナリオの出来上がり
小谷はやっと状況を飲み込めた。
鬼先生が遅刻に目を瞑ったのも、いじめは許さないと釘を刺したのも、小谷がいじめられていると勘違いしていたからだ。
小谷は心の中で死んだ獣に合掌し、その血が白色であることに感謝を捧げた。
しかし、クラスメイトに言われた言葉に引っかかった。
いくらイケメンにプロポーズされた小谷が羨ましいからって――
「プ、プロポーズゥゥ――⁉」
すっとんきょうな声が出てしまった。小谷は慌てて手を振る。
「いや、ない! ないから‼ なんで私いきなり初対面の人にプロポーズされたことになってんの、怖いんだけど⁉」
「固本が食堂で小谷に跪いて誓いを交わしたの、みな見てたし……」
小谷は脳内CPUが焼き切れるほど回転させた。
「あっ、あれだ! 片膝をつく礼は彼の地元の習慣らしいよ! 大げさよね、私はただ通学路でたまたま彼を助けただけなのに、完全に忘れてた! あはははは」
「あの美の化身を目にして忘れられるもの……?」
「とにかく! 改めてお礼を言われただけで、変な展開は一切ないから‼ この牛乳だって、うっかり落としただけかもしんないし、私は気にしてないから!」
変に嘘を膨らませて犯人捜しが始まったらきりがない、小谷はとにかく事態の鎮静化に全力を振った。
「なーんだ、本当に何もなかったの?」
「まっ、プロポーズはさすがに盛りすぎっしょ」
「俺は固本が小谷とくっついたらありがたい。ライバルを減らして感謝感激!ってな」
「学力査定試験頑張るわ! プリンセスはただ待ってるんじゃだめ、王子様には自分から会いに行くものよ!」
クラスメイトたちは、程よく好奇心を満たされ、それをネタに楽しそうに話しながら散っていき、吉川と一学期も同じクラスだった高野だけが残った。
「うち、そんなロマンチックな展開を見たかったな。運命の恋人が目の前に跪き、『小谷るか様、我が人生をかけてあなたを幸せにすると誓い、わが身全てをあなたに託します』って言うんだよ? 女の子なら、誰でも一度は夢に見るシチュエーションでしょう~?」
高野は頬杖をついて感想を述べた。
「うわ、何その歯の浮きそうな台詞、私は一度も夢見たことはないわ」
小谷は寒気で思わず身震いした。吉川はそっと小谷の手を離す。
「だって、そう聞こえたって証言したんだもん」
「証言? 誰が?」
「陽葵が。そりゃもう、会う人会う人に話してたよ、一番近くで聞いてたから間違いないって」
いつの間にか背を向け、こそこそと逃走を図る吉川の腕を、小谷はがしっと捕まえた。
(どおりで固本が実際に言ったセリフと似てるなと思った……!)
「ひ~ま~り~?」
小谷は特大の笑みを顔に張り付け、友人を目の前の席に座らせた。
「な~に~か~、いうことは~?」
吉川は髪の毛をもてあそびながら、無垢な眼差しで小谷を見つめた。
「だって、あたし聞いたもん。すごく小声だったけど、なんとかかんとか『あなたに託します』って」
「それがどうして『幸せにするぅ~』とか、『わが身を託すぅ~』とかになったの?」
吉川は拳でこつんと自分の頭を突き、てへぺろの顔を見せた。
「ラブコメ的には、このほうが盛り上がるかな~と思って、一番自然なセリフを入れてみたわ♪」
「ふむ。もう言い残すことは、ないね?」
「やめてぇ――!あたしはただ、るーちゃんを応援したいだけなのにぃぃぃ――」
~~~~~
汗と獣の血を吸い込んだ服を着たまま、冷房の効いた教室で授業を受けたせいか、小谷は六限目の授業の途中から熱を出し、そのまま早退した。
無人の家に帰り、小谷は自室の布団にもぐりこんだ。家の匂いが落ち着く。
ふわふわと力が入らないけど、気分はそんなに悪くない。別の意味で熱に浮かされている。
(表では普通の女子高生、裏では化け物ハンター……。なかなか楽しい高校生活になりそうじゃない! 早退で質問攻めから逃げられたし、病気の神様まで味方だわ)
眠りに落ちる直前、固本の氷のような冷ややかな顔立ちが、一瞬脳裏をよぎった。
(そういうタイプの人間、苦手なんだよね……)
七限目が終わると、放課後の時間を迎えた学校はにわかに賑やかになる。
部活棟四階の突き当たりには、手書きの「手芸同好会」の札がかけられた部屋がある。
吉川はその部屋のドアを押し開ける。
「おっつかれさま~もう来てるんだね、佐山くん」
小さな部屋の真ん中に、二台のミシンの置かれた机が鎮座し、その周りには布やら紙やら道具やらがうず高く積まれている。
机の前に座った男子生徒は、手にピンセットを握ったまま、軽く頷き返した。
佐山進、吉川や小谷のクラスの一つ上の階にある五組の男子生徒。
175センチの小太り体形からは想像しにくいが、彼は手先が器用で、刺繍やパッチワーク、フェルト工作が得意だ。
入学当時、手芸同好会を立ち上げようとした佐山は、最低三人のメンバーは必要と教師に断られて悄然としていた。その時偶然通りかかったのが、吉川と小谷だった。
吉川曰く、「動物園の人工岩のてっぺんに悲しそうに座ってるホッキョクグマに似てたから、思わず声をかけちゃった」という。
小学校入学時の名付けシールやワッペンを自分でできるくらい手芸が得意な吉川は、帰宅部の小谷を巻き込み、佐山と一緒に手芸同好会を立ち上げた。
「うわ、めっちゃキレイ、花のつまみ細工?」
吉川は興味津々に佐山の手元をのぞき込む。
「そう、校内誌で『季節と花』のコラムに、写真用に作ってほしいって言われた」
佐山はピンセットで大輪の菊に慎重に蕊を付けながら答えた。
「さっき二年の先輩が来て、スカートにポケットを付けてほしいって。ミシンの隣のかごに入れてある」
「おーけー、まっかせて~」
吉川は手慣れた様子で髪をくくり、腕まくりをして作業に取り掛かった。
タタタタタ。
ミシンの小気味いい音に交じって、二人の会話は続く。
「小谷は?」
「るーちゃんは熱で早退」
「イケメン転校生にいきなりプロポーズされたって、俺のクラスまで噂が広がってた。あいつ何やらかしたんだ?」
「えっへへ、実はその噂を流したの、あたし☆」
「…………あんたな」
「るーちゃんにも、ようやく春が訪れてきたのかと思うと、もう、お母さんうれしくてうれしくて~」
「……ただの野次馬根性じゃないか」
「だって二人が付き合ったりしたら、私は特等席で観られるんだよ⁉」
「自分と付き合ってほしいとか、思わねえの?」
「ううん……確かにかっこいいのはかっこいいんだけど、観賞用? みたいな」
「俺のクラスの彼女持ちたち、みなピリピリしてる」
「きゃっ、ライバル登場で嫉妬してるのね~ それを乗り越えてこそ、愛が深まるものよ」
「ふーん、よう分からん……。ところで、見舞いに行かないのか、小谷の」
「いいのいいの、ふっふふん~ るーちゃんには、と――っておきのサプライズを用意したから♪」
うつらうつらしていると、どこかで物音がする。
額に冷たいものが当たり、小谷はうっすら目を開けた。
「ママ……」
「学校からるかが体調不良だって聞いて早めに切り上げてきた」
母はにっこりして、小谷の髪をくしゃくしゃに撫でまわした。「なんか食べれそう? かゆとか。プリンとブドウゼリーと、バニラアイスも買ってきたわよ」
好物ばかりのラインアップに釣られた小谷は、頑張って上半身を起こした。
「……全部、食べたい」
母は親指を立てた。
「食欲があって大変良し」
小谷はスリッパに足をつっかけ、ベッドサイドに置いてあったスマホを手に取った。
新着メッセージが五件。
【陽葵
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【陽葵
今日の宿題.PDF
(ファイル送信が取消された)】
【陽葵
固本様、放課後にまたうちのクラスに来たよヽ(♡>∀<)ノかっこよすぎて気絶♡】
【陽葵
固本様がるーちゃんのことを気にしてらしたから、宿題プリントのお届けを任せたの!るーちゃんちの住所、教えちゃった(・ω<)ゞ♡】
【陽葵
応援してるよん
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┃ ファイト!┃
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( >ω<)
/ ノ
しーU 】
ひどい頭痛に襲われ、小谷はスマホを落としそうになった。
「じゃあ、お母さんはおかゆ作ってくるから、デザートはお友だちと分けて食べてね」
(お友だちって、まさか……)
リビングに出ると、一番会いたくない相手がそこにいた。
固本レイが椅子から立ち上がり、小谷に向けて深々とお辞儀をした。
「お邪魔させていただいております」




