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第二十八話 シーラちゃんは仲良くなりたい

乙部に課題を出された小谷は、さっそく修業に打ち込む。

剣の使用を禁止された小谷の代わりに、支部は助っ人を寄越す約束をしたが――?

「七限目、やっと終わった~」

 大きく伸びをした冬輝は、立ち上がる夏野に合わせて席を立ち、いつものように彼の肩に腕を回した。「なっちゃん、これからどうする?」


「あいつの面倒を見る約束だろ」

 ほかのクラスメイトに聞かれないように、低い声で短く答えた。肩にかかる重みがうっとうしい。

「ああ、小谷ちゃんの」

 冬輝もすぐに察して、子供がおもちゃをねだるような口調になった。「二人っきりなんてずるい、ぼくも混ぜて~」


「お前が茶々入れると進まないだろ。固本と校内巡回でもしてろ」

 夏野は絡みついてくる腕を引き剥がすと、

「ひどーい、人を邪魔虫扱いなんて……」

 しくしく泣くふりをしながら、冬輝はすんなり腕を離した。「分かったよ。なっちゃんの邪魔はしない。じゃあ固本のところに行ってくる。小谷ちゃんによろしくね」


 小走りで去っていく冬輝を横目に、夏野が教科書を片付けていると、クラスメイトの女子が話しかけてきた。

「夏野くん……冬輝くんとけんかでもした?」

 夏野はちらりと彼女を見やる。

「してない」

「ほんとに? なんか今朝から二人の絡みが少ないなあって、いつも目の保養に楽しく拝見してるのに……」


 残念がる女子の言葉に、夏野は少し眉をひそめた。

「いつも通り付き纏ってきてるだろ。てか拝見ってなんだ、人を珍獣みたいに言うな」

「だって冬輝くん、なんかよそよそしい感じじゃん。悪ふざけでもして怒らせて、絶賛けんか中なのかなって。してないならいいよ、私の勘違いかも。……でもけんかなら早く仲直りしてね、双子星の名が泣くよ」

 手をひらひら振って去った彼女を見て、夏野は少し手を止めた。


 言われてみると、いつも嫌がってもべたべたしてくるくせに、今日は三割増しで振り解きやすくなった気がする。

 理由は分からないが、距離感を弁えてくれるようになったのは進歩だ、と夏野は結論付けた。


~~~~~


 目をつぶり、余分な視覚情報を遮断。

 意識はへその下、丹田にある霊枢に集中。

 霊枢から流れ出る霊子の流れを意識しながら指先まで引き寄せ、圧縮し――


 指先に辛うじて留まっていた霊子が、ふと煙のように散っていった。

「――んあああ! また失敗した! 何これ、めちゃくちゃ難しいんだけど⁉」

 何度目かの失敗に、小谷はたまらず懊悩の声を上げた。


 放課後、男子寮と管理棟の間にあるガーデンテラスで、夏野と小谷のマンツーマン霊流制御レッスンが始まった。

 近々剪定が入る山茶花(さざんか)の枝を霊流だけで落とす――

 これが夏野の出した課題だ。

 問題は、枝切り以前に、小谷はまともに霊流を指先に集束させることすらできていないことだ。


「ギャーギャー騒ぐな。まだ三十分も経ってないぞ」

 藤棚の下のベンチに腰掛け、夏野は読んでいる本から目をあげずに答えた。

「乙部さん、あんなに軽々と机の角を切り落としたから、誰にだってすぐできると思ってたのに……」

 小谷は悔しげにつぶやいた。


 今朝夏野に課題を言い渡されてから、彼女は授業そっちのけで練習に没頭した。

 夏野の前でパパッと課題をクリアできれば、自分の強さは、剣のおかげではなく、ちゃんと才能によるものだと証明できる。

 でもうまくいかなかった。どんなに集中しても思い通りにいかず、ひたすら失敗を重ねた。

 夏野は「まだ三十分」と言っているが、本当は半日間ずっと練習していた。言ったら言ったで情けないだけなので、小谷は口が裂けても言えない。


 そんなささやかな意地も知らず、夏野は悪気なく言葉を重ねた。

「は? 普通に誰だってできるだろ。白牙はそうだし、冬輝が使う久毘矢も霊流が練り込まれている。固本の霊縛術も霊流を操作した技だ。お前は自分の剣ばかり見て気づかなかったのか」

 夏野は無自覚の天才肌だ。学年一位の成績も、言霊使いの才能も、彼自身はそれをただの努力の賜物と考えているから、ほかの人もやればできると考えている。

「難しいことはない。ぐっと力をためて、がっと指先まで引っ張って、ぎゅっと圧縮すればいい」

 夏野は手を上げて見せた。その指先には、凝縮された霊流の塊がひときわ強い光を放っている。


「ぐっと……がっと……ぎゅっと……」

 小谷にはそれを繰り返すのが精いっぱいで、真似ようとしてもできることじゃない。

 つい周りを見渡し、冬輝の姿を探してしまう。

 いつも夏野の言葉を分かりやすく解説してくれる彼がいれば、自分にも分かるように教えてくれるんじゃないか――


(いや、先生が悪いから成績が上がらないみたいな言い訳、しちゃダメでしょ‼)

 小谷はすぐに思い直し、パシッと自分の頬を叩いて、ネガティブな考えを追い出す。

 夏野が無自覚天才肌なら、小谷は自称天才肌である。

 何かにハマればとことん追求し、つまずいても食らいつく。努力の末に目標を達成すると、苦労などけろっと忘れて、「できちゃう私、天才じゃない?」と得意げにはしゃぐ。

 そんな彼女が、夏野の説教くらいで再起不能になるわけがない。


「もうっかい、やります。よろしくお願いします!」

 返事は大変威勢がよかった。

 ただ、気を取り直して挑戦しても、形の定まらない霊子の煙は、何度も立ち上っては消えるのを繰り返した。


 夏野が地団駄を踏む音に顔を上げると、何度目かの失敗に悶える小谷の姿が目に飛び込んだ。

 口に出して愚痴を言わなくなったのは進歩だが、分かりやすく悔しがっている。一歳差しかないのに、動きも表情も忙しない様子は、夏野にはひどく幼く見えた。

 数日前に剣をかざして切りつけ、ぞっとするほど無表情だった姿とは、とても結びつけられない。


 夏野には、小谷がどこにでもいるそそっかしい女子高生にしか思えない。普通の家に生まれ、ちょっと過保護気味な両親がいて、勝気で自信家なのは、たぶん一人っ子だから。

 そんな普通の女の子と無理に結魂し、戦場に引っ張り出す固本の気が知れない。

 自分は男だから、多少ぶっ飛んだ状況でも平気だが、身体的にも精神的にも幼い女をそんな目に遭わせていいのか。

 現に彼女は力を扱いきれず、それに呑まれかけた。

 あのうさん臭いピアス男(乙部)は、力を制御しろと言うが、一番の早道は、彼女を戦場から離脱させることではないだろうか。

 

「小谷」

「っ、はい!」

 また夏野からありがたいアドバイス(お説教)が来ると思った小谷は、落としていた肩を張った。


 夏野は少し前から考えていたことを口にする。

「お前、解魂を考えないのか」

「……はい?」

「支部で見ただろ。背中にひどいけがを負った、霧生とかいうやつ。このまま続けば、お前も同じ目に遭うかもしれないぞ」

「でも、霧生さんのケガは獣によるものじゃないって話じゃん? それに、天道さんが完璧に治したし」


 夏野はそもそも話すのは得意ではない。そんな危機感を持っていない呑気な答えを聞くと、余計イライラが募る。

 分かりやすく危険性を提示して、警告しているのに、何故通じないんだ。

「……これはただのヒーローごっこじゃねえぞ」


 自分があまりにも進歩しないから、夏野が腹を立てているーー

 そう受け取った小谷は慌てて口を開いた。

「そりゃヒーロー願望はありますけど、ごっこ遊びだなんて思ったことないよ! 練習はちゃんとしますから、もう少し……」


 やっぱり伝わっていない。

 夏野は重いため息を吐き出す。

「分かってねえな……女(・)は意地張ってねえで、限界を見極めてもっと安全な場所にいろ」

 ここには「女じゃなくて、女の子!」とフォローする冬輝がいない。

 見下しているようにも聞こえる言葉が、ダイレクトに小谷に突き刺さる。小谷が何かの反応を示す前に――


「ああ、ここにいた――! るかおねえちゃん‼」

 蜂蜜のように甘くとろけた愛らしい声が割り込んだ。


 幼女だった。

 幼稚園の年長組にいそうな幼い女の子が、無邪気な笑顔を見せながらとことこ駆け寄ってくる。

 血色のいい丸い顔が愛らしく、ツインテールに結んだ薄金色の髪は歩くたびにぴょんぴょん跳ねている。

 真っ白いフリフリのワンピースと、赤の子供用パンプスの組み合わせが、いっそうプリンセス感を際立たせていた。


(かっ、可愛いぃぃぃぃ――‼)

 小谷は一瞬で可愛さのバズーカに心を貫かれ、夏野に言われた言葉など秒で飛んだ。


「誰だ。お前の知り合いか」

 夏野は怪訝そうな目を向けると、小谷もはっと我に返って首をぶんぶん振った。

「全然知らない子! えっ待って、なんでこんな天使ちゃんが私の名前を知って……?」


 小さなプリンセスはすぐ目の前まで来て、片手でドレスの裾をつまみ上げた。

 片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる、プリンセスらしい挨拶の仕草。

「初めまして、シーラ・ヴァンだわ、よろしくね、るかおねえちゃん~」


 カナリアのような愛らしい声を耳にすれば、何故彼女が自分の名前を知っているなんて、どうでもよくなる。

 小谷はすっかりメロメロになり、声まで変に猫なで声になっている。

「シ、シーラ、ちゃんね! 素敵なドレスね、すっごく可愛い!」


「ほんと? えっへへ」

 首を傾げた無邪気な笑顔は、もはや殺人兵器の領域に達した。「カイにぃも、ご挨拶」

 シーラちゃんのオーラ(可愛さ)が強烈すぎて、周りのすべてが霞んで見えなかったが、彼女にはちゃんと同伴者がいた。


 俯き気味でシーラと手をつないでいた人物は、恐々と顔を上げる。

 尚明実験高校と同じ南区にある、南が丘(みなみがおか)中学校の制服を着た生徒だ。

 背丈が小谷より少し低く、セミロングボブの髪型がよく似合う少女。切り揃えた前髪からのぞく瞳が大きく、緊張のせいか、少し潤んで見えた。


「はっ、初めまして! 南が丘中一年、はっ、秦諧人(はたかいと)と言います」

 緊張で上ずった幼い声は、ガラスのような透明さを持っているが、しゃべり方や語調がどことなく違う。

 小谷はやっと自分の勘違いに気づく。

 少女ではない。少女と見間違えるほど、透き通った綺麗さを纏う少年だ――


「春の下に禾(のぎへん)の秦、言(こと)へんに皆(みんな)で諧、それと人、諧人です」

 馴染みのある自己紹介の仕方に、夏野と小谷ははっと目を見合わせる。


 少女のような柔和な顔立ちをした少年は、年上の二人にすっかり怖気づいた様子で、目を落として小さく続けた。

「支部の応援要請を受け、こっ、ここに来ました……」

尚明実験高校の時間割

一限 7:40-8:30

二限 8:45-9:35

三限 9:50-10:40

四限 10:55-11:45

昼休 11:45-12:45

五限 12:50-13:40

六限 13:55-14:45

七限 15:00-15:50

朝が早く、校内移動に時間がかかるため、休憩長めなのが特徴

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