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第二十六話 乙部蘭は助言したい

支部長を務める天道茱萸は、優れた治癒能力の使い手だった。

彼女の結魂相手、乙部蘭という男は、実質支部を取りまとめている副長でもある。

彼は小谷らが持ち込む問題にどんな解決策を打ち出すか――?

 天道財閥という後ろ盾を持つ天道茱萸。彼女が支部長を務める組織なら、信頼してみてもいいかもしれない――

 夏野は少し様子を見ようと思ったが、いい年してピアスだらけの副長の登場で、また警戒心が高まった。

 しかし、身構えているのは彼だけで、小谷はと言えば、注意力は完全に固本――もとい、固本が携えているもの――に奪われていた。

「あっ、私の愛剣!」


 机の上に置かれたカモフラージュ用のバイオリンケースを開くと、小谷の武器が鈍銀の剣身を見せた。

 昨日その凶器を向けられたことを思い出し、夏野は一瞬身を固くする。

「もう! 今度持っていくなら、ちゃんと教えてよ」

 小谷は文句を言いながら剣を取ろうとしたが、すっと腕を伸ばしてきた乙部に制止された。


「――っと。悪いが、嬢ちゃんは触らないでくれ」

「えっ、なんで?」

 乙部はそれには答えず、固本に目配せした。

「とりあえず固本、剣を龍淵に戻してやれ」

「はい」

 固本の手によって剣が光の渦に送り込まれていく。


 乙部は手近にある椅子を適当に引き、どっかと座った。

「茱萸の結魂相手の乙部だ。ついでに副長をやってる。辰見市全体の動向監視者として、不測の事態を見落としてしまった落ち度を詫びよう。悪かった」


 夏野は顔をしかめた。

「謝罪にしてはずいぶんと軽い言い方だな。本当に悪いと思ってんのか」

「なっちゃん」

 乙部は諫める冬輝に手をひらひら振ってみせた。

「いいよ、おじさん気にしてねえから。若者はつんけんしてる方がちょうどいい。じゃまあ、全員に分かるように順を追って説明するか」


 乙部はピアスだらけの耳に手をやった。次の瞬間、空中にモニター画面が次々と現れ、あっという間にがらんどうだった部屋を埋め尽くしていく。

「わっ! 何これ!?」

 小谷は天井や壁に投影される映像を見回す。軽く五十は超えるスクリーンには、様々な場所が映し出されている。

 街道や住宅街、公園、学校……


「辰見市の監視映像だ。おじさんは普段こうやって、画面越しにみんなの生活をそ――っと見守ってるわけ。この世界は霊子が薄いから、補助石を大量に使って、やっと市全体をカバーする通信網を構築できたがな」

 乙部は舌を出した。その舌先にも、二つの黒い石が冷たい光を放っている。

「常界だと、アクセサリーはただの装飾品だが、真界では力を増幅させる必須の装身具だ。つうことで、夏野くん、あまりそっちの常識にのっとって不審人物を見るような目で見ないでくれ。やりづらくてしょうがない……」


 夏野は乙部の言葉を遮った。

「その釈明はどうでもいい。俺が知りたいのは、監視体制があるならなぜ昨日のようなことが防げなかったのかってことだ」


 乙部は中空に浮かぶ画面のうち、赤く縁取られたものを指さす。

「赤は警戒エリア、空間にひび――空隙――ができやすい箇所だ。それらのエリアには霊流探知網が張ってあって、一定値以上の霊流を探知すると警報が鳴るようになってる」


「あおぞら幼稚園、南が丘中学校、都市大学附属明星小中学校……そっちは城北公立九野中学校……なんか、学校ばかりだ」

 食い入るように画面を見つめている小谷に、乙部は答えた。

「学校は墓地の跡地に建てられることが多くてな、生死が混ざる場所に、空隙ができやすい。さらにガキは龍淵の力との親和性が高いから、獣らを引き寄せちまう。だから重点的に探知網を張って監視して、必要に応じて人員を派遣している」


「じゃあ、なんで尚明校(うち)の画面がないの?」

 小谷が不思議そうに聞くと、

「もともと尚明実験高校にも霊流探知網は張ってあったが、役に立たなくて撤廃したんだ」

 と乙部が答えた。

「役に立たない?」

「嬢ちゃんと夏野くんが強すぎるから、獣が出なくても、探知警報が鳴りっぱなしになっちまう。だから探知網を切るしかなかった」


(……あれ? これ、ストレートに才能があるって褒められてない?)

 太鼓判を押された小谷は、俄然テンションが上がった。

 ピアスだらけの胡散臭いおじさんだと思ってたけど、けっこういい人そうじゃない――


「――だから嬢ちゃんの霊流が急激に振り切ったことに気づけなかった。獣に気を取られて、結魂対象者のケアに気が回らなかったのは悪かった」

 乙部の言葉で、小谷はすっと現実に引き戻され、戸惑った。

 ちょっと気絶して恥をかいたけど、体調は悪くないし、ひどい目に遭わされたわけでもない。

 なのに夏野先輩がいつも以上に苛ついているし、楽しい支部見学のはずなのに、副長が謝罪する重い空気が流れている。

「えっと、これ、私が思ってる以上に、大ごとだったりする感じ……?」


 乙部は一度宙に浮かんだ映像をすべて消し、小谷に向き直った。

「ほかのエリアの適合者たちに比べたら、嬢ちゃんははるかに強い。けど、それは嬢ちゃん自身が強いからじゃねえ。剣が強いから、その恩恵にあずかってるだけだ」

 バッサリ断言した乙部は、露骨にがっかりした小谷を見返している。

「今までの獣対処記録を見せてもらったよ。持ち前の素早さと剣の切れ味で勝ち続けてきたようだが、嬢ちゃん自身、体をめぐる霊流をほとんど使ってねえんだ。

 龍淵に眠る武器は、霊流を流し込んで制御することで真価を発揮する。嬢ちゃんが霊流の扱い方に疎いから、剣に弾かれて気を失った。今のままだとまた同じことを繰り返す」


「えっ、そんなダサいこと、絶対やだっ」

 条件反射のように口にした感想は、小谷らしいと言えばらしかった。


「そうか、ダサいのは嫌か。なら精進しねえとな」

 乙部も彼女の短絡的な答えを気にせず、そのまま続ける。「おじさんは情報収集が得意分野だけど――」

 乙部は右手を上げた。いくつもの指輪がはめられた指の先に、霊子が集まり、光が強くなる。

 手刀を切るように、右手をさっと振り下ろすと、会議机の角が小気味いい音を立ててそぎ落とされた。

「霊流そのものを攻撃に転用するくれぇはできる。嬢ちゃんも、この要領で制御の仕方を学んでくれ。そうだな……十日間、きっちり練習するように。霊流だけで獣を退治できたら合格だ。それまで剣の使用は禁止な」


 彼の手元を凝視していた小谷は、思わずこぼした。

「すごい……ほんとに霊流だけでこんなことが……」

 あごを引いて姿勢を正し、乙部の課題を真正面から引き受ける。「分かりました! 練習します。できるようにします‼」


「さすが、若い子はやる気があってよろしい。嬉しいことに、嬢ちゃんの近くに霊流を扱う名人もいるしな」

 乙部が指さすのは、まさかのご機嫌斜めの夏野だった。

「言霊ってのは、純粋な霊子の塊で、照準を合わせるのが難しい。言霊を何かの武器に乗せて使用する言霊使いが多いが、彼は目視だけで言霊を飛ばしてる。同じ学校だし、つまずいたら彼に教わればいい」


「えっ、夏野先輩に……?」

「受験生の俺が何故下級生に時間を割かなければならない」と拒否される未来しか見えない。小谷は恐る恐る夏野のほうを見やった。

「……引き受ける代わりに、一つ質問がある」

「引き受けてくださるの⁉」

 驚きのあまりすっとんきょうな声を上げた小谷に目もくれず、夏野は乙部に聞き返した。「結魂関係を解除する方法は?」


「あぁ、そう来たか……」

 大きくため息をついた乙部は背もたれに寄りかかり、後ろ髪をかき回した。「あんまお勧めできねえが、あるよ。解魂の儀式。ただ、結魂して日が浅いのに解魂すると、記憶の欠落や精神の崩壊をきたす。力を中継する真人側にとくに負担が強く、最悪の場合、死ぬ」


(えっ、何で夏野先輩が解魂のしかたを聞く? そりゃ冬輝先輩とケンカップルっぽい感じだけど、喧嘩するほど仲がいいっていうし、そこまでこじれてるように見えないのに???)

 びっくりした小谷はとっさに冬輝のほうを見る。

 冬輝は夏野ではなく、誰もいない中空を見つめたまま、いつもの笑みを崩さない。ただ、一瞬だけ、諦観のような色を浮かべたように見えた。


 乙部の話は続く。

「――ただし、力の受け渡しが完了した後なら、霊枢と龍淵は真界人を介さずに繋がる状態になるんで、解魂しても互いにダメージをほぼ与えねえ。まっ、夏野くんが言霊を完全に支配下に置けば、円満に解魂できるってこった」

 夏野は少し考え込むように目を伏せ、「そうか」とだけ言った。


「嬢ちゃんが強いのは分かるとして、おじさん的に不思議なのは、むしろ夏野くんの強さだよ」

 乙部は片眉を上げ、興味深そうに夏野を見つめた。

「言霊の家系は、教育界や政界の人材を輩出するが、実は実戦の領域ではそこまで強くねえんだ。それも既存の武器にバフをかけるくらいの使い道で。なのに城南区の言霊使いだけは、異常に強い。どうもそれがすっきりしねえんだよな」


 夏野はちらりと乙部を見返す。

「勝手に押し付けられた力だ。俺が知るわけがねえだろ」

「夏野誉、17歳。174センチ、AB型。父親は民俗学の教授で、母親は発達心理学の教授。生まれつき体が弱く、ご両親もたいそう気をもんでいた。小学校に上がるごろ、療養のために遠縁の親戚の家に預けられたこともあり……」

 勝手に個人情報をばらされ、夏野の顔色はみるみる険しくなった。

「……何が言いたい」


 乙部はおどけるように手を挙げた。

「なぜ常界人に霊枢持ちが生まれるか諸説あるが、その人が背負う因果によるものだというものがある。強い人ほど、業が深い……まあ、迷信だから信じなくていいよ、ただのおじさんのひとりごとだ」

 やや間を開け、乙部はすっとぼけるように畳みかけた。「そういえば、夏野くんの言霊は、なんて名だったっけ?」


 挑発には乗らず、夏野は立ち上がった。

「失礼する」


「お困りのことがございましたら、またいらしてくださいね」

 天道が申し訳なさげに退室していく四人に挨拶をし、乙部に顔を向けた。

「蘭さん、お客人にちょっと失礼ではなくて?」

「そうかぁ?」

「その会議机も、自費で弁償してくださいね」

「そうかぁ……」

夏野だけ身長をばらされては不公平……?まとめて身長公開

小谷るか 155センチ

固本レイ 176センチ

冬輝詩音 (企業秘密だそう)夏野より高い

天道茱萸 161センチ

乙部蓮  (見た目)180センチ

吉川陽葵 164センチ

佐山進  (猫背で見えないが)175センチ

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