第二十四話 小谷パパは見極めたい
気を失った小谷を家まで送る固本は、小谷父に遭遇。
こんな駄馬に娘をさらわれてたまるか!
娘だけでなく、父までフラグ折りに奔走する羽目にーー?
早朝。
目覚ましが鳴る前に、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いで目を覚ました。
「うわ、今日めっちゃ豪華! ……なんで?」
歯磨きと洗顔を済ませてリビングに入ると、小谷は思わず料理の数に目を見張った。
それなりに大きいダイニングテーブルは、色とりどりの皿に埋め尽くされている。スパニッシュオムレツにシーザーサラダ、ベーコンとアスパラのソテー、フルーツヨーグルトが並び、クラムチャウダーが湯気を立てている。
「パパがね、『今日の朝飯は俺が!』って、張り切っちゃって」
小谷ママはすでに食卓に着き、コーヒーを啜りながら、肩をすくめて見せた。
「おっ、るか、今日は早いな! もうちょっとで焼きあがるから、先に食べてていいぞ」
オープンキッチンの向こうにいる小谷パパは食卓を顎でしゃくった。フライパンがじゅるじゅると音を立て、フレンチトーストのバターの香りが漂ってくる。
「ちょっとしたブッフェだ。どれから食べよ」
サラダのレタスを手でつまみ、そのまま口に入れた。しゃきしゃきでおいしい。
『のろしゅく』のアプリを開き、ログボを受け取ってデイリーミッションをこなす。小谷の毎朝の日課である。
「お知らせ」の欄をタップし、その内容に思わず目を見張った。
「『アニメ放送に先行し、コラボカフェを開催する』って……うそ、急すぎない? いつから⁉ 予約取っとかないと」
大慌てでスマホの画面をスワイプしていると、チャットアプリのプッシュ通知が届いた。
送り先は「冬輝先輩」とある。
【冬輝先輩 おはよう! 昨日は大変だったね、ちゃんと休めた?】
小谷は急いで返信を打つ。
【おはようございます。ご迷惑をかけたようですみません、今元気です!】
秒で返信が来た。
【冬輝先輩 ほんと? 無理しちゃだめだよ】
小谷は食卓に並べられた料理を撮り、その写真を送った。
【エネルギーチャージして、今日も頑張りますっ】
「るか、誰とやりとりしてるんだ」
フレンチトーストの皿を手にいそいそ近付いてくる父親を見て、小谷はとっさにスマホの画面をロックし、机に伏せた。
「……しつこい」
「しつこいとは何だ。パパはな、るかのためを思ってだな」
小谷パパはきれいな黄金色に焼けたフレンチトーストを妻と娘の前に置き、黒く焦がしてしまった分を自分の席に置いた。「いいか、男は見た目だけで選んじゃだめだぞ。経済力はあるか、甲斐性があるか、いざとなったら頼れるか、総合的な面で判断しなければならないんだ」
豪華な食事も、小言付きとなるとおいしさが半減してしまう。小谷はげんなりした顔で黙々とオムレツを切り分け始めた。
「例えば、昨日うちまで来やがった、固本とかいうやつ。あれはダメだ。まずその女の子のような長い髪、ちゃらちゃらしてみっともない」
パパに応戦したのは、娘ではなくママだった。
「パパ、今の時代、髪型で人格否定はダメよ。身だしなみがちゃんとしてて清潔感もあるんだから、いい子そうじゃない」
途端にパパの目の色が変わった。
「なっ……! いいやつな訳あるか! 昨日会った時、まともに挨拶もできなかったんだぞ」
「パパが頭ごなしに怒鳴るから、挨拶するどころじゃなかったでしょう。パパの声でかいんだから、部屋にいる私にも丸聞こえだったよ」
容赦なく切り捨てるママの言葉に、パパは涙目になっていた。
「ママはっ……ママだけは味方だと思ってたのに!」
小谷は顔も上げずに聞いた。
「ねえ、ママはこんなすぐ泣き落としを使ってくる男のどこがよくて結婚したの?」
「ううん、強いて言うなら……素直に感情表現するところ?」
「経済力は?」
「新卒の時はママのほうが高かったわね」
「甲斐性は?」
「ゴキブリが出た時、悲鳴を上げて抱きついてきたわね」
「いざとなった時頼れたの?」
「るかを生む時、立ち会いで過呼吸になって運ばれてったわね」
「……マジで何で結婚できたのよ」
娘に憐れみと呆れが混じった目を向けられ、小谷パパは意気消沈のまま、丹精込めて作った朝食を機械的に口の中に詰め込んだ。
「ほら、料理がうまくて家族思いじゃない。あと……娘の彼氏候補をライバル視するなんて、いじらしいわよ」
「だから彼氏じゃないっつの」
ケチャップをかける手につい力が入り、ぴちゃっと赤いソースが飛び散る。
「まあ、るかはオルガ様が好きだもんね、固本くんとタイプが真逆の」
小谷ママは目で壁に張られたポスターを示すと、小谷パパも、目に光が微かに戻った。
「そうだよな、るかが好きなのは、さわやか短髪熱血少年だよな! 固本なんて眼中にないよな‼」
推しゲームの話になると、小谷もつい熱くなる。
「私は、オルガ様と主人公との関係性が好きなの! 真っ直ぐ気持ちをぶつけて信頼し合って、背中を預けられる関係性がっ! ちなみにこの二人は男女ではあるけど、恋愛なしの厚き信頼関係が推せるの分かる⁉」
ケチャップまみれになったオムレツを平らげ、すぐさま手づかみでフレンチトーストにがぶりつく小谷は、まるで食べ物で怒りを発散しているようだ。
「好きなタイプの話になると、なんで皆、付き合う付き合わないとかの話をしたがるの? 生き方とか価値観とか、いいなあと思ったら、同じようになりたいって思うものじゃないの?」
(私だって、『のろしゅく』のヒロインとオルガ様のようなバディを組みたいのに……!)
両親は顔を見合わせる。
「うちのるかに、恋愛はまだ早いか……」
朝食を食べ終え、食器を流し台に運んでいると、ドアホンが鳴らされた。
真っ先に反応したのは小谷パパだ。腕まくりしながら廊下に出た。
「おのれ、固本! やはり出迎えに来たんだな⁉ 今度こそお灸を据えてやる」
応答ボタンを押し、父親の威厳を込めた声を発した。
「はい、どちらさん⁉」
「おはようございます! 冬輝という者ですが、小谷るかさんのお宅ですか」
ドアホン越しに聞こえた快活で人懐っこい声に、小谷は危うく皿を落としそうになった。
「――っ!?」
(いやいやいや、なんで先輩が⁉)
外へ駆けながら引っ掴んだスマホを開く。
【冬輝先輩 旨そう、食べたい! やっぱり小谷ちゃんが心配だから、固本の代わりにぼくが迎えに行くよ~】
時すでに遅し。
玄関ドアを開け放した小谷パパは、娘と同じ制服を着ている二名の男子生徒を目撃する。
整った顔立ちに、黒縁メガネの奥から知性をのぞかせる目を持ち、落ち着いた雰囲気を纏う黒髪男子。
彼と対極にあるような愛らしい顔立ちに、とろけるような笑みを湛え、さわやかな雰囲気を纏う金髪男子。
玄関先の日常風景が途端に美術館に飾られていそうな名画のワンシーンに変わり、小谷パパの目を焼き、仁王立ちの姿勢を崩させた。
「目がっ、目がぁぁぁ――‼」
冬輝はいつもの軽い足取りで数歩進み、卒倒しそうになった小谷パパの手を親しげに握った。
「初めまして、小谷ちゃんと仲良くさせていただいている、冬輝と言います。後ろの彼は、夏野です」
夏野は失礼にならない程度に、こくりと頷いてみせた。
小谷パパはすっかりうろたえ、二人を交互に見る。黒髪のほうはともかく、爽やかな笑みをたたえた高身長の金髪少年は、娘の推しであるオルガに似ていなくもない。
固本の彼氏嫌疑が外さたと思いきや、またも本命らしき男子勢の新登場に、小谷パパの危機感は一気に高まる。
「あっ、あああんたらは、うちの、うちのるかとは一体……」
少年の笑みは天真爛漫のように見えて、一分の隙もない。
「そんな特別な関係じゃないんですけど、手芸同好会で集まったり、一緒に活動したりする、趣味仲間、かな? 昨日小谷ちゃん……あっ、お父さんも小谷なんですよね……るかちゃんが足をくじいたでしょう、治ったのかなと心配で、お迎えに上がりました」
「おっ、お父さん、だと⁉」
話の内容はどうでもよくて、その呼称だけは聞き逃せない。
「ちょっとパパ、先輩にちょっかい出さないでくれる⁉」
小谷パパの肩越しに、猛然とダッシュしてくる小谷の姿が見えて、冬輝はさらにその笑顔の光度を倍増させた。
「あっ、るかちゃん‼ おはよう! 迎えに来たよ」
「……うそ、夏野先輩まで」
「散歩がてらに寄っただけだ」
スルーしかけた黒髪少年は、低くも通った美声の持ち主で、不愛想な見せかけとは裏腹に、気を遣わせまいと放たれた言葉には、男らしい心遣いが見て取れる――
と、小谷パパの目にはこのように映っている。
爽やか美少年よりも、堅実で硬派な男こそ、我が愛娘と釣り合うのでは?
さらに間の悪いことに、騒ぎを聞きつけた小谷ママも、後ろからひょっこり頭を出した。
「まあ、さらに増えたわね。パパの仮想敵が」
【ヒロインの前に、入れ替わり立ち代わりに出現する個性豊かな攻略対象たち。どなたが、彼女の心を射抜く本命なのか。親であるあなたの審美眼が、いま、試されている――‼】
「……るかよ、パパの頭に今乙女ゲームのようなナレーションが流れてきたんだが、どうすればいいんだ?」
小谷は震え声で訴えてくる父親の腰を掴み、回し投げで室内へ飛ばした。
「EXITボタンを押して、ゲームをアンインストールしなさいっ」
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「足はもう大丈夫? ぼくがお姫様抱っこしてあげよっか〜?」
「パパをごまかすのに使ったネタ、いつまで擦るんですか⁉」
「冗談だよ、小谷ちゃんったら、からかい甲斐があるな~」
三人で学校へ向かう道すがら、冬輝は軽口を叩きながらかいつまんで事情説明をした。
小谷が前後のことを覚えていないのを幸いに、固本と口を揃え、彼女が正気を失い、三人に切りかかった事実を伏せて。
「――という訳で、小谷ちゃんの霊枢は今かなり不安定な状態で、剣との繋がりも切れている。固本は先に剣を持って獣対策の支部に行ってるけど、ぼくらも放課後そっちに合流するよ」
いつも剣を抜き出す光の渦を探ろうとし、小谷は慌てた。
「本当だ! 私の愛剣がない!」
「今さら気付いたか」
夏野はむすっと漏らした。
「詳しい対処策は、支部の人が説明してくれるから、それまでは力を使わないこと。獣が出たら、ぼくとなっちゃんに任せて」
冬輝の言葉に、小谷は仕方なく頷いた。
「迷惑をかけてごめんなさい。それと、今度うちの親に顔を見せるような行動は控えていただけると助かります。もうこれ以上余分なイベント回避に身が持ちません……」
小谷家の家族構成
父
小谷多嘉博 二人兄弟の次男
システムエンジニア
母
小谷真唯 旧姓 東 一人っ子
市役所職員
娘 小谷るか 一人っ子
ヒーロー志望の高校一年生




