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第二十三話 固本レイは釈明したい

理性を失った小谷は、固本や夏野、冬輝らを襲った。

別人のように凶悪な剣技を見せる彼女を、三人がかりでようやく制圧し――

真人たちの力に隠された秘密とは?

 これは、大昔の真界での話。

 霊子に満ち満ちた真界は、気候変動が激しく、災害が絶えなかった。

 人々は生き延びるために、龍神に加護を希(こいねが)い、霊子を操る力を授かった。

 やがて強力な力が込められた真法(まほう)道具が生まれ、人々の暮らしは一気に豊かになった。


 職人が腕を磨き続け、真法道具の製造は黄金期を迎えたが、その後に訪れたのは、破壊の暗黒期だった。

 最高の技術が軍事へ転用され、真法兵器による戦火が国々を焼いた。

 人々は深く反省し、再生の道を歩むために、真界中の真法兵器をかき集め、力の源である龍淵に封じ込めた。


~~~~~


「龍淵を巨大な収納箱にたとえるなら、人はそれぞれ、自分の引き出しにしか接続できない。引き出しの大きさは基本同じで、扱える霊子には上限があります。ただ、例外はあります。引き出しの中にコトホギが収められている場合です」

 固本は冬輝に集めてもらった翡翠をつなぎ直しながら、夏野に説明をした。

 三人に襲い掛かった小谷は、まだ目を覚まさない。


「コトホギ?」

 眉をひそめた夏野に答えたのは、冬輝だった。

「祝(いわ)うに器(うつわ)と書いて、祝器(ことほぎ)。真法道具製造の最盛期に生まれた最高傑作。凄腕の職人が何代にもわたって霊子を注いで作った代物で、一つで国の勢力図を変えてしまう。実際に今の真界の六大家は、それぞれ不世出(ふせいしゅつ)の祝器を家宝に持ってて……」

 冬輝の顔も、みるみる強張っていく。「まさか、小谷ちゃんが持ってる剣って、祝器……?」

 さっきまで小谷の霊紋と共鳴し、淡い紫色に輝いていた剣は、今は混じりけのない銀色に戻り、地面に転がっている。


 固本は頷いた。

「祝器は、その持ち主を飲み込みかねないほど強大です。名前の字は力の座標ですので、それを伏せることで小谷さんの霊枢と龍淵との繋がりを抑え、祝器の力を制御していました」

 固本はつなぎ直した翡翠の結界装置をそっと小谷の手首に通す。「――この腕輪も、祝器の力を押さえ込む強力な結界が施された特製品です」


 夏野は自分の左手を見る。小指のリングには、雨粒大の結界石が一粒だけあるが、小谷の腕に通された腕輪は、数珠玉大の翡翠が九つも連なっている。

 女子向けのファッションだと思っていたが、ガチガチの実用仕様だった。


「実は尚明祭で、小谷が危機に陥った時、祝器の力は一度発露しかけましたが、結界を張り直して事なきを得ました。お二人がそれを獣の気配だと勘違いしたのなら、そのままにしたほうがいいと思いました。祝器をめぐった争いごとは絶えませんから、秘密にしたほうが安全だと。

 ……小谷さんが成長すれば、祝器の力も少しずつ扱えるようになると思っていましたが、まさかこんなに早く結界が破られるなんて」


 冬輝の顔が青ざめた。

「さっき、小谷ちゃんに『最近の戦いはいまいち調子が出ない』って相談されて、助言しちゃった。

『自分の名前に漢字を当ててみて、力の属性に合った字で、もっと強い力を引き出せるはず』って……」

「そうでしたか。では、彼女が心に浮かべた字がたまたま祝器に噛み合い、一気にあふれ出た力が結界を破き、彼女の理性を飲み込んだのでしょう」

「ほんとごめん! ぼく、そんなつもりじゃ……」


 固本は小谷に膝枕をしたままの姿勢で、二人に頭を下げた。

「いいえ、私が二人に事情を伏せていたばかりに、巻き込んでケガまでさせてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。厚かましいお願いですが、小谷さんが祝器の持ち主であることを、どうか秘密にしてくれませんか」

「それはもちろん……」

 冬輝は言いかけ、はっとしたように夏野を見た。


 小谷との攻防戦でかいた汗は、もうすっかり引いている。ただ、シャツはまだじっとりと肌に張り付いている。

 夏野は小谷を見下ろす。

 固本の不誠実な行動の一番の被害者は、何も知らされておらず、昏睡状態に陥ったこの一年の女子じゃないだろうか。

 小谷は悪くない――

 夏野は理屈で自分を説得しようとした。

 だが思い返してしまう。自分の腹を刺そうとしたためらいのなさ。自分の思惑を見透かした上でそれを利用した攻撃。

 怒り。恐怖。そして、今まで味わったことのない、圧倒的敗(・)北(・)感(・)。

 こんな屈辱的な気持ちを味わわせてくれた相手が、今、呑気にすやすやの寝顔を見せている。

 何とも腹立たしい。


「満月は明後日だ。獣と小谷を同時に相手取る余裕はねえぞ」

 夏野はむすっと答えた。

「夏野さんには負担はかけません。支部に事情を説明して応援要請を出せば、人員をこちらに寄越してもらえるでしょう」

「支部……? 支部の人間は祝器のことを知ってるのか」

「機密性の高い情報ですので、知っているのは支部長と副長だけです」

「……小谷は」

「小谷さんは回復するまで戦わせません。不測の事態を防ぐためにも、彼女のことは支部長に相談しようと思います。今回のことで、自分の至らなさを痛感しましたので……」


 夏野はしばし考え、続けた。

「俺を、その支部長とやらに会わせろ」

「分かりました。明日の放課後、一緒に支部に行きましょう」


~~~~~


 また変な夢を見た。ここ最近ちょこちょこ見る。

 白い霧が立ち込める空間に、ただゆらゆらと漂うだけの夢。

 どこまでも広く、上下も左右も分からない霧の世界。

 退屈だし、ここから出よう――

 そう考えた小谷は、夢景色の霧を振り払うように、宙を泳いだ。

 

 うっすら目を開け、まだ視界がかすんでいる。

(あれ……私、寝てた……?)

 寝起きのけだるさを覚えながら、小谷は心の中で小首を傾げた。

 夢から醒めたはずなのに、体はなぜかまだゆらゆらと揺れている。

 何度か瞬きし、小谷は自分が誰かに背負われていることに気づいた。ひたひた進む足音と共に、コンクリート舗装の道がゆらゆらと視界の中で上下する。

「……ふぇ……?」

 寝ぼけて変な声が出た。


「起きましたか、小谷さん」

 聞きなれた温度低めの声が間近で響き、小谷はようやく自分が枕代わりに頭を預けていたのは、固本のうなじだったことに気づく。

 氷水を浴びせられたように、眠気がふっ飛んだ。

「――っ! えっ、はい⁉」

 威勢がいいのは声だけで、腕に力が入らず、ただ固本の背中で小さく身じろいだだけに留まった。「いや……いやいやいやいや、何がどうなってんの、状況説明プリーズ‼」


「小谷さん、蛇の獣を退治した後、気を失ったのを覚えていますか」

 いつもの事務口調だ。

「……えっ、私、気絶してた……?」

 小谷は慌てて記憶を掘り返す。

「蛇を切って、冬輝先輩と夏野先輩が来て……あれ……? そのあと、なんかあったっけ……」

 固本は少し間を置いて答えた。

「おそらく、連日の戦闘で疲労がたまっていたのでしょう。あまり無理はなさらないでください」


 倒れたというより、気絶したんじゃないか、と小谷は自分の失態を呪った。でも素直に認めるのが嫌で、固本の言葉尻にケチをつけてみた。

「……敬語。また戻ってる」

「失礼しました」

 固本のさらさらの髪から、かすかにシトラス系の香りがした。

「寝込んでしまった小谷さんを放っておくわけにはいきませんので、家まで送り届けようとした次第です」


 背筋が凍り、脳内のサイレンが鳴り響く。

「まっ、まさか……学校からおんぶっ……担いでうちまで行こうと……?」

 小谷の声の震えに気づいたか、固本は続けた。

「ご安心を。学校の周りではちゃんと人よけの結界は張っていました」

 空気の読めない固本もさすがに学習したかと、ほっとしたのもつかの間、小谷は彼の言葉が過去形で締めくくられたことに気づいた。「『張ってい(・)ま(・)し(・)た(・)』……?」


 一刻も早く下ろしてもらわないと、またフラグを立てられてしまう――

 警戒の眼差しで慌てて周りを見渡す小谷は、家路の先に、愕然とこちらをガン見している父親の姿を見た。

 時はすでに遅し。

 通勤路を帰ってくる小谷パパの手から、ノートパソコンの入った鞄が大きな音を立てて地面に落ちた。


「るかぁぁぁぁぁ――!!!」

 ひったくり犯を追いかける勢いで一気に距離を詰めてきた父親は、宝物を奪い返すかのように娘を固本から引き剥がし、抱き上げた。「どうした⁉ 怪我でもしたのか⁉」

 火事場の馬鹿力か、小谷パパはまるで幼稚園児を抱き上げるように、高一の娘を片手抱きしてあやそうとしている。

 おんぶより恥ずかしい姿勢に、小谷の羞恥心が爆発した。

「バカ! アホ! 今すぐ下ろせ――‼」


「おい小僧、うちの娘に何しやがった、返事次第では生きて返さないぞ!」

 じたばたする娘を抱えながら、小谷パパは据わった目を固本に向けた。

 獣以上の殺気を向けられた固本はたじろぎ、言葉に詰まった。


「あっ、足をくじいて歩けなかったから、助けてもらっただけだよ! 大声を出さないで、近所迷惑でしょうがっ!」

 指を動かすのも億劫だったのに、子は親に似るのか、小谷もまた、火事場の馬鹿力を発揮する。

 問答無用に父親の口を塞ぎ、腕を振りほどいて地面に降り立つ。足をくじいた設定も忘れ、重めの蹴りをその脛に入れる。


 小谷パパは涙目で娘に訴えた。

「電話してくれれば、パパが迎えに行ったのに! なんでパパよりこいつをっ……はっ! こいつが、あの白馬の王子(笑)の馬のほうか‼ ……おのれ、誰がうちのるかをのっけていいって許可した、この駄馬がっ」

「……馬……?」

 さすがの固本も訳が分からず、困惑気味に復唱した。


 小谷は臨戦態勢の父親に膝かっくんをくらわせ、口と首を同時にロックして叫んだ。

「ここは私に任せて、早く行け!」

 獣退治の時よりもスムーズに展開されるコンビネーションに気圧され、固本は小さくお辞儀をし、命令通りにそそくさと退散した。

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