第十六話 固本レイはお供したい
固本に襲われかけた(かのような)ところを佐山に見られた小谷。
喫緊の課題は誤解を解くこと!
冬輝詩音の機転でようやく難を逃れたと思いきや――
「ねえ……これ、何の集まり……?」
放課後のファミレス。
小谷は、吉川と佐山、固本の三人に囲まれ、ボックス席の一番奥に座らされている。
「……なんだろうな」
佐山は、なぜか目が泳いでいる。
部室での一件以来、小谷との会話をひたすら避けてきた佐山が、挙動不審ながらも口を聞いてくれるようになった。
つまり、固本がちゃんと誤解を解いてくれた、と小谷は信じたいのだが――
「まあまあ~あえんきえんっていうじゃん、知り合ったのもなにかの縁だから、とりあえずドリンクバー四人分頼んじゃうね!」
吉川は取り仕切るように手を叩いた。
「あえん……? あっ、合縁奇縁?」
「そう、それ!」
なぜこの場に三度の飯より恋バナ大好きな吉川がいるのか。
というか、旋風のごとく登場し、小谷ら三人をファミレスに連れ込んだ主犯は、まさに彼女だった。
固本が変なことを言って、誤解の上塗りでさらにやばい誤解が生まれたのでは?
小谷にはそれが恐ろしすぎて想像もしたくない。
(頼むから、これ以上変なことは言わないでよ……!)
小谷は警告の意を込めた眼差しを正面の固本に向けた。
表情筋の動きが一切見られない。まるでロボットのようだ。
「ねえねえ!山盛りポテトをシェアしよ? 限定のハバネロソースがあるんだって~」
吉川は液晶画面に映ったメニュー表を小谷に見せた。
「ええ? ポテトは普通にケチャップがいいよ」
異議を唱える小谷に続き、佐山も「俺はマヨネーズがいい」と続き、
「いいですね。ハバネロ。おいしそうです」
店に入ってからほぼ無言だった固本の一言に、視線が集まる。
「きゃっ、レイ様は霞を食べているイメージしかないのに、意外~でもそういうギャップも、す・て・き♡」
「……辛いの、好きなの?」
小谷の質問に小さく頷く固本を見て、佐山がメニュー表を指さした。
「だったらこれは? 『暑気を吹っ飛ばせ! 激辛特集』、辛さ五つ星の激辛担々麺があるぞ」
「えっ、スープ真っ赤……これ人間が食べれるもの……?」
四人の会話を耳にしたホールスタッフの女性が満面の笑みで話しかけてきた。
「その制服、尚明の学生さんですか? 実は、この激辛特集の監修をした汪シェフが今店に来てて、なんと裏メニューの鬼辛担々麺を作ってくれます! ぜひチャレンジしてみてくださいね!」
「いや、俺は辛いのはちょっと……」
「では、それでお願いします」
固本は眉一つ動かさず、注文を決めた。
先に頼んだポテトがなくなりかけたところに、それぞれが頼んだ主食が次々と運ばれてくる。
固本が注文した鬼辛担々麺に、三人が注目する。
真っ赤なスープに浸る細麺の上に、鮮やかな緑色のチンゲン菜と肉みそが小山のように盛られ、周りにパクチー、ピーナッツ、謎の香辛料が彩りを添えている。
「おっ、思ってたよりも食えそっ」
佐山は彩りに引きつけられて麵に顔を近づけたが、一瞬息を詰まらせ、激しくせき込んだ。
「ゲホッ! なっ、んだ、これ……湯気だけでもっ、ゲホゲホ! のどにしみっ」
「もう、佐山くん、動画撮影の邪魔! レイ様の顔が見えないじゃない」
吉川はスマホを掲げながら抗議した。
小谷は残りのポテトを一つつまんで、ハバネロソースをつけてみた。
「……辛っ」
固本は無造作に黒いヘアピンを取り出し、頬にかかった髪を耳の上で留めてから、箸を手に取った。
「いただきます」
いつも俯き気味で話しかけてくる固本の顔は、いつも髪がかかって表情が見えにくかったのに、髪を上げて顔周りがすっきりした姿にひどく新鮮味を感じた。
(差分CG、来たこれ。……っ、んん?
いや、いやいやいやいや‼ 乙女ゲーじゃないよ! 陽葵が伝染しちゃったじゃないっ)
額を強く卓上に叩きつける小谷を見て、固本は動きを止めた。
「どうかしましたか」
「いえ、ちょっと精神統一を……気にせずに食べて」
「俺も味見を……あっ、マジでちょっとでいい」という佐山の声と、「イケメンが 何を食べても 尊いわ」と謎の俳句を読み上げる吉川の声を耳にしながら、小谷は左腕の腕輪をもてあそんだ。
固本と二人きりで食事する無言地獄に比べれば、小谷にとって普通に会話できるこの集まりは、涙が出るほどありがたかった。
「尚明祭は今週末かぁ、週末テストがなくなるから嬉しいよね~」
「吉川んクラスは喫茶店をやるんだっけ」
「そうよ、売り上げに貢献しに来てね~レイ様なら半額サービスしちゃうからぜひいらして!」
「……扱いの差」
「佐山のクラスは、なんか出し物やる?」
「俺らは固本のクラスと合同で、校内を回る謎解きスタンプラリー」
「ゴールしたら賞品もらえるの?」
「尚明のロゴ入りポケットティッシュ」
「超絶要らない」
「ごちそうさまでした」
固本の一言に、三人の視線が集まる。
「……完食、してる」「猛者だ」「さすが固本様!」
「美味しかったです」
誰にともなくそう言った固本は、ほっと和らいだ表情を見せた。
いつもロボットのように……もとい、静謐な表情しか装備していない固本の顔から、満足げな色が読み取れるだけでも、新大陸発見並みの衝撃があった。
おっと思った小谷の隣に、吉川は完全に撃沈され、友人の肩にもたれかかった。
「ごちそうっ、さまでした……‼」
~~~~~
「固本、辛いのが好きなの?」
店の前で吉川と佐山と別れ、小谷は固本と一緒に家路についていた。
「好き、と言いますか……味がするのはありがたいので」
固本は首を傾げながら言葉を選んだ。「真界では、霊子が空気中に満ちていますが、この世界ではかなり稀薄でして。霊枢の活動を支える霊子が薄いと、どうも味覚が鈍くなるようです」
「……ああ、酸素が薄い空の上だと味覚が鈍くなって、機内食がまずく感じるのに似てるのか」
「はい。私たちにとって霊子は、酸素のように生命活動には必要不可欠なもので、空気中の濃度も体調に大きく影響します」
「おお! じゃあ、霊子の濃い場所なら、もっと力を発揮できるってことだよね!」
小谷が食いつくと、固本は「霊枢持ちの人や獣は、みな強くなりますね」と答えた。
「全員底上げされちゃうのか……そりゃそうか」
また分かりやすく落ち込んだ。
「満月は大潮を引き起こすように、龍淵の霊子の流れ――霊流を大きくかき乱し、外にまき散らします。そのせいで常界と真界との間にはより多くのひびができ、より多くの獣たちがやってきます。空気中の霊子が濃いほど、やつらも手ごわくなります」
「満月は来週の水曜だっけ……気が抜けないね」
「城南区域の獣退治に当たる人員は、現在四組いますので、戦力としては十分かと思います」
「四組も? えっ、ほかの二組はどんな能力を?」
俄然テンションが上がった。
「さあ、お会いしたことがないので」
そうだった、こいつは同じ校内にいる夏冬コンビも把握していない無関心コミュ障だった――
小谷ががくりと肩を落としたところ、四軒先にある自宅が見えてきた。
「そういえば、固本の家はどこ?」
「都市大学付属明星小中学校の近くです」
「……って、うちと真逆の方向じゃん! ナチュラルについてきたから、家の方向が同じなのかと! なんでついてきたのよ」
小谷は即座に彼の肩に手をかけて後ろへ向かせ、ぐいぐいと押し戻す。
「自分の家に帰れ、ついてくんな!」
「なるべく小谷さんにお供しようと……」
「――しなくていい! 獣が出たら一緒に戦うけど、それ以外は、適切な距離をっ、保ってください! 通学路イベントはいらない‼」
これ以上のフラグを立てられてたまるか、と小谷は改めて決意した。
~~~~~
小谷家の朝食は、家族三人揃って食べるのがルール。
小谷はトーストをかじりながら、テレビの音声を聞き流していた。
「特別展示中の美術品が、ケースの中から消える事件の続報ですが、博物館側によりますと、なくなったのは個人の収集品で、『泰阿剣』と呼ばれていた古代の剣です。
展示ケースに壊された跡はなく、不審な人物や機器の異常などは確認されていないとのことです。
持ち主は昨夜被害届を提出し、警察が詳しい経緯を調べています」
「窃盗か。もっといいニュースはないのか」
小谷パパはチャンネルを変えた。
画面が切り替わる。
「……売春をあっせんした疑いで先日逮捕された斜見孝一容疑者(23)ですが、取り調べの中で、去年発生した女子中学生駅前ビル転落死事件への関与が浮上しました。警察は――」
また画面が切り替わる。
「『作業現場の鉄骨が崩れた』との通報を受けた警察は、現場に駆け付け、幸いけが人がいないことが分かりました――」
小谷パパは諦めたようにリモコンを机に戻した。
「暗いニュースばっかりだな。あっ、るかも、貴重品はちゃんと肌身離さず持ち歩けよ」
「出たぁ、説教タイム……」
「怪しい人に金稼ぎのいいバイト紹介されてもついていくな、お小遣いは全部パパが出すから」
「はーい」
「建築現場には近づくな、何が降ってくるか分からんから、遠回りしてもいいからそばを通るなよ」
「……」
「そういえば、ゆうべ、るかと一緒に下校したお友だちがいたな。朝も一緒に登校するのか?」
牛乳が気管に入り、小谷は激しくせき込んだ。
(だから家まで来るなって言ったのに……! しかも見られたしっ)
湧き出る殺意を固本に向けるべきか、父に向けるべきか葛藤する娘の心中も知らず、小谷パパは続けた。
「すらりとしてて、きれいな髪してたな。後ろ姿しか見てないけど……まあ、うちのるかの可愛さには負けるけどな!」
どうやら父は長い髪にミスリードされ、固本を女子だと思い込んでいると気づき、小谷はほっと胸を撫で下ろした。
「あら、背が高くて、緑がかった髪色の子?」
小谷ママは聞いた。
「そうそう! そんな色だった! 最近の子はおしゃれだな」
「なら、固本くんね」
「あぁ、コモトっていうのか。……ん? 『くん』……?」
コーヒーカップに手を伸ばしかけた小谷パパは、唇を震わせた。
「うっ……うちの……うちの、るかに……おっ、おお……おおお男……」
あほくさくてため息が出た。
「……言っとくけど、そういうのじゃないし」
「そうよ、るかだって、彼氏できる時はできるし、嫉妬するのは無粋よ」
「ちょっとママ⁉ 何援護射撃を装って火に油注いでんのっ」
「彼氏候補だぁぁ⁉ んなちゃらちゃらした長髪野郎に娘をやれるものか!」
「だから彼氏じゃないっての! あんなやつが彼氏なら鬱で寝込む自信あるわ!」
「あら、固本くんがうちに初めて来た時、るか熱出してたわね。彼に告白でもされて寝込んでしまったってこと?」
「天地がひっくり返ってもありえない!」
「なぬ⁉ あいつうちに上がり込んだことがあるのか⁉ なんでそんな大事なことを教えてくれなかった!」
「ママはいいと思うけどな。律儀で育ちがいい感じで、芸能人みたいな綺麗な顔だし、まさに白馬の王子様って感じね」
「はっ、白馬の王子、だとっ……! るか、彼を一度家に呼んでこい、パパがしっかり検品してやる」
「今時白馬の王子はないでしょ、いつの時代よ!」
「違うなら、いったい何の関係だっていうんだ」
泣きが入った小谷パパの訴えに、小谷は一瞬言葉に詰まった。
異世界から来た結魂相手です、なんて言ったら、自分が病院送りにされてしまう。
でもたまたま帰り道が一緒だっただけと言っても、信じてもらえない。
何の関係?
持ちつ持たれつの関係?
「あっ、そういう意味で、白馬の王子は合ってるかも……」
ひとりごとをつぶやく娘の声を、神経をとがらせた小谷パパは聞き逃さない。
「やっぱりうちの姫を奪いに来た自称王子(笑)なのか⁉」
「いや、王子じゃなくて、馬のほう……かな」
真界からはるばるやってきた固本は、まさに小谷が一番欲しかったものを運んでくれた駿馬だった。
言葉にしてみるとすとんと腑に落ちた気がする。小谷は我ながら自分を褒めたくなった。
「……う、馬……?」
予想外すぎる答えにぽかんと口を開けた両親をよそに、小谷は玄関ドアを出た。
(そっか、馬か。でかいし、表情がいまいち読めないし、ちゃんと指示出さないと動かない。人だと腹立っちゃうけど、馬だと思えば、なんかしょうがないって気持ちになるのね)
小谷は昔、馬にニンジンをあげた時のことを思い出した。
ぷにぷにの唇を器用に動かし、手からニンジンを巻き上げてぼりぼり食べる、大きな生き物。
それがふいに鬼辛担々麺を完食した固本の顔と重なる。
ちょっとだけ微笑ましいと思ってしまった小谷は、小さく口角を上げた。




