第十五話 冬輝詩音は手助けしたい
小谷は約束通り、お相手(笑)の固本を夏野冬輝コンビに引き合わせた。
しかし何かわだかまりがあるようで、二人はぎくしゃくしたまま――
「……約束通り、固本を連れてきました」
夕食タイムの学食の片隅。
ご機嫌斜めな小谷は先輩二人に向けて、隣にいる固本をぞんざいに指さした。
「一年に転入された固本レイです。冬輝家の詩音さんと、結魂相手の夏野さんですね。よろしくお願いします」
律儀に頭を下げる固本に、冬輝は恐縮したように手を振る。
「固本家の方にさん付けで呼ばせるなんて恐れ多い!」
「いいえ、お二方は三年生ですので、こちらの規則に従えば私のほうが後輩です」
「では、お言葉に甘えて……」
「おい、ここでそういう話していいのか。学食だぞ」
夏野が指摘すると、固本は頷いた。
「ご心配なく。対人結界を張らせていただきました。この机を中心とした半径三メートルの領域を意識の死角に置くことで、誰もこちらのことを気にしなくなります」
「へえ~さすが結界の力を所持する名家、便利なものはいろいろとあるね。ぼくらは相談事がある時、いちいち得物を取り出して、自動展開の人よけ結界の力を借りなければいけないのに」
「お二方の能力をお伺いしても?」
「ぼくは雷の弓、久毘矢を使ってるよ。で、なっちゃんの言霊は……」
「白牙だ」
冬輝は手帳に「久毘矢」と「白牙」の字を書いて見せた。
「ねえ、『白牙』って名前、どうやって決めたんですか?」
固本とぎくしゃくしている小谷も、冬輝相手だと話しやすい。
「決まりはないよ。強いて言うなら言いやすくて、破壊力のある響きが好ましいかな。言葉は性質を表す。『バズーカ』と名付けば炎属性、『吹雪』と名付けば氷属性寄りになる」
冬輝はふと夏野に目を向けた。「そういえば、なんで『白牙』なのか、ぼくも知らないのよね」
夏野は一瞬ためらい、口を開いた。
「……あのトカゲが襲い掛かった時、とっさに思いついた。固そうな皮膚を貫いて急所に届く鋭い牙。だから白牙」
「初戦はすごかったよね! なっちゃんが激おこだったから、顕現した言霊もまさに乱杭歯のように、獣をずたぼろに噛みちぎってさ~今は安定した三点一面の形で出てくることが多いかな。指定した場所の空間を断つ力」
「ふむふむ、魔法攻撃は相性の良し悪しがあるから、あえてそれを避けての物理攻撃……」
ゲーム脳で勝手に納得した小谷の隣で、固本は手帳に文字を書き足す。
「私が使用するのは霊縛術です。結界構築のほかに、獣の封印や足止めにも使います。媒体を経由せずに霊流を操作しますので、獣を長時間拘束した場合、やつらに力を吸収されてしまう恐れもあり、近距離短期戦のほうが向いてます。お二方は遠距離戦が得意のようなので、いろいろご支援頂けると助かります」
その時、冬輝の注意力はふと別のものへ向けていた。
手にトレーを持った福田だった。
部活終わりの生徒たちが詰め寄る食堂に訪れた彼女は、またふくよかな体を横にして、窮屈そうに机と机の間を通り抜けながら、席を探しているようだ。
耳をそばだてると、その周りの声が耳に届く。
「ちっ、邪魔」
「道、通れないじゃん」
福田は、四人掛けの机を挟んで座っている二人の男子生徒の前に止まった。
「すみません。ここ、空いてますか」
「はい?」
彼らは談笑を中断し、無遠慮な視線を福田に寄越す。
一人はすぐに興味をなくしたように食べ始め、もう一人は半目のまま、彼女の頭からつま先まで視線を巡らせてから、肩をすくめた。
「空いてねえけど」
「そうですか」
福田は背を向けた。
「きっしょ……なんだ、あのデブ」
「『空いてますか』、だとよ。隣に座られてたまるか」
「先輩はどう思います? ……先輩? 冬輝先輩?」
小谷の声にはっと我に返り、冬輝は笑顔を取り繕った。
「ごめん、ぼうっとしてた! 何?」
「満月の前後は獣が増えるから、対策を練ろうって話でしたけど」
「そうだったね! やあ、おなかが減って集中力途切れてた……そろそろ混んできたし、ぼくらも早く食べちゃおう。満月対策は、またあとで決めようっか!」
冬輝の返答はいたって自然で、四人はそのまま夕食を食べ始めた。
「福田さん、福田さーん」
どこかの席から、女子生徒が小さく手を振っている。
「ここ、席あります」
福田は一瞬ためらったが、言われた通りに、手を振る彼女のほうへ近づき、机と席の間に体を詰め込んだ。
「ありがとう……えっと、どなた、ですか」
「私、演劇部衣装係の原幸子、一年です。さきほど演劇部に来られましたよね。みなさん、噂してましたよ~」
「噂……」
「はい! この弱肉強食の尚明実験高校で不動の学年上位! かっこよくて憧れます!」
「はあ……」
「この時間帯、学食混むんですよね。私はいつも早食いの男子の後を付けて、食べ終わったところを狙うんです! 友だち連れはだめね、しゃべりながら食べるから遅くなる。狙い目は一人で来てる男子ですっ! ……あっ、しゃべりすぎですよね。先輩も気にせずに食べてください。頂きますっ」
「……だきます」
「冬輝先輩? 箸、止まってますけど」
困惑顔でのぞき込んでくる小谷に、冬輝はにっと笑い返した。
「ちょっとね、食後に、シュワシュワレモンでも飲もうかなって考えてた」
~~~~~
「なぁ、吉川。友だちの友だちの話だけど……」
手芸同好会の部屋の中、佐山は作業しながら、手芸雑誌を読んでいる吉川に話しかけた。
「友だちのAが無人の教室に入ると、男子Bが、女子Cの上着を脱がそうとしてるのを目撃し」
「えっなにそれもっと詳しく」
目がギラリと輝いた吉川は、雑誌を閉じ、取り調べに臨む刑事のように机に両肘をついた。
「いや、俺も友人伝いに聞いただけで……そのAは先生に報告しようとして、女子Cに止められたっぽい。実は彼女、ケガをして、それを心配したBが確かめようとしたところだって言うんだ」
「……何、その見え透いた嘘」
吉川はガクッと肩を落とした。「それで佐山くんは信じたわけ?」
「あぁ、いや……俺じゃなくて、友だちの話……」
「私がC子だったら……とりあえずAくんの口封じ……コホン、口止めをするんじゃないかしら」
「なんかさらっと物騒な言葉が聞こえた気が……」
「もしケガのことが本当なら、C子は、ありもしない噂をばら撒かれるかもしれないから、Aくんは死すべき。もしその話が嘘で、BくんとC子が両想いなら、邪魔なAくんは馬に蹴られて死すべき」
「おっ、おぅ……。女子視点、厳しいな」
「あと……あんまり言いたくないけど……三つ目の可能性もあるわ」
吉川は雑誌を筒状に巻き、穴を通して佐山を覗く。
「三つ目……?」
「Bくんが、C子に乱暴しようとした可能性」
「やっ、それは、さすがに」
「ないって言いきれる? 学校にバレて、Bくんは退学処分喰らっても、C子は二人きりになったのが悪い、自分から誘ったでしょとか、ずーっと言われ続けるよ。
そう考えたら、乱暴されそうになったなんて言えないし、嘘をつくしかなかったかも」
「じゃあ……Aはどのみち、何もしないほうがいいのか」
「Aくんが本物の王子様なら、Bくんをボコるのが一番の正解ね!」
「ボコるって」
吉川は首を切る仕草をした。
「だってどう見てもTPOを弁えないBくんが悪いでしょ! Aくんが駆け付け、しっかりBくんを締め上げて、『お前みたいなくずはC子に相応しくない、とっとと失せろ』って、C子と心を通わせるの~これで大団円よ」
「あれ、そういう話だったっけ……?」
「大体そのBくん、女の子に恥をかかせて何とも思わないの? 前に出て事情を説明しなさいよ! きっと意気地なしで卑怯者のブサ男ね‼ 一生彼女できない呪いをかけてやるわ‼」
吉川の憤りに圧倒され、佐山はA、B、Cの正体を明かせなかった。
そして扉一つ隔てた部室の外で、二人の会話を耳にした固本もまた入室を諦め、その場を去っていった。
「――という次第です」
夕食後、固本は冬輝だけ引き留め、一連の騒動を打ち明けた。
「なるほど。固本は小谷ちゃんのケガが心配で確かめようとしたら、部外者の佐山ちゃんに見られた。彼が小谷ちゃんの言い分を信じようとしないから、固本に説明に行かせたのに、君は彼女の友人たちの話を聞いて、入るに入れなかったと」
冬輝は、ひときわ輝く笑顔で結論を出した。
「うん、だいたい固本が悪い!」
「そうですか。今後は誤解を招かないように、小谷さんと会う時は結界を張るようにします」
固本はまつ毛の長い両目を伏せ、改善策を述べた。
「聞きたいのは改善策ではなく、解決策なんだけどね」
どこかボタンを掛け違えたような受け答えに、冬輝は直情的な小谷が固本を嫌がる理由を察した。
「……固本の対人結界、人の注意をそらせるんだよね。その応用で記憶の重点をずらせない?」
「注意を向けられる前に使えば効果はありますが、すでに定着した記憶は、あいにく対処できません」
「強く印象に残っている事象を、そう簡単に忘れさせられないってことか……同郷として固本の肩を持ちたいけど、正直ぼくは吉川ちゃんの意見に全面的に賛成するな」
冬輝は困ったように頭をかいた。
「いくら結魂相手が心配だったと言っても、行動が短絡的すぎだし、アフターフォローもない。彼女の意見を尊重して行動しているようで、どうも投げやりなんだよね。言われたらやる、みたいな」
「そんなことは……」
「今日の集まりでさ、固本は一度でも、小谷ちゃんと目を合わせて話した?」
冬輝の問いに、固本はわずかに目を見開き、押し黙った。
「初対面で、それもぼくなんかよりずっと格上の方に聞く話じゃないかもしれないけど……固本は、小谷ちゃんと結魂したこと、後悔してる?」
「……」
「ここだけの話、ぼくもなっちゃんが結魂相手だと分かった時、ちょっとがっかりしたよ。
『よりによって、彼が結魂相手か』って……ぼくだって同じ目を向けられてきたのに……」
冬輝は自嘲の笑みを浮かべ、固本に向き直る。
「だから余計に分からないんだよ。小柄で、天賦があって、自信家の女の子、これ以上理想的な結魂相手がほかにいる? それとも、古き良き固本家から見たら、まだ不足なのかな」
「決して不足などとは」
冬輝はすっと目を細め、どこか夏野のしゃべりに似たきつい口調になった。
「小谷ちゃんから聞いたよ。君は一切の説明をせずに唐突に儀式を行ったって。
本当は獣を封印して、力が完全に覚醒するまで待つこともできたのに、彼女が苦戦するように仕向けたのは、なぜ?
腰まで伸ばした髪、何年かけて伸ばしたの? 大事な髪を切って見せてさ、彼女への当てつけ?
言霊の力を司る譚家の血を半分引いたぼくが、固本の気持ちを言い当てようか。
『ああ、俺の力を半分分け与える相手はこんな小娘か。しょうがない。結魂しても、彼女がこの力を扱えず、運悪く命を落とすことになれば、次こそ、もっといい相手を――』」
「やめてくださいっ」
「何、図星?」
固本はせせら笑う冬輝を睨みつけ、声を張り上げた。
「私は、二度と仕える人を間違えませんっ。二度と小谷るかをケガさせませんし、彼女を守り切りますっ」
「あっそう、感動的な台詞をどうも」
冬輝はあっさり引き、なぜか大げさに手を広げて見せた。
「まっ、百発百中の占い師から、小谷の身に危険が及ぶのを聞かされ、心配のあまり誤解を招くような行動に出たことは、どうせ誰に言っても、信じてもらえないだろうけど‼」
「……?」
急に舞台で見栄を切る役者のように声を張り上げた冬輝に、固本は困惑した。
「まあ、君では役不足と判断したら、その時は、ぼくらが彼女をもらってくから!」
妙に通る声で言い捨て、冬輝は軽やかな足取りで男子寮のほうへ去っていった。
宙ぶらりんのまま、置いてけぼりにされた固本は、しばらくベンチから動けずにいた。
冬輝の突拍子のない行動に、何の意味が――
ごそごそとかすかな物音に、はっと振り返る。
部活棟へ通じる道の曲がり角に、会話を盗み聞きしていた風の人影が二つ。
佐山と吉川だった。
固本は二人に近付いた。
「この前のことですが……」
「いいよ、誰にも言ってねえし。占いを信じるのは……まあ、個人の自由だし」
冬輝の迫真の演技にまんまと騙された佐山は、気まずそうに答えた。
「るーちゃんを……もらってくんだって‼ きゃ――‼ まさに、恋のライバル出現‼」
吉川はといえば、興奮で涙まで浮かべ、壁をガシガシ殴っている。
「……こいつが何を言いふらすか分からねえから、そこらへんは勘弁な」




