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第十三話 小谷るかは謝りたい

面倒ごとに関わらない主義の佐山。

しかし同好会メンバーでもある小谷を見過ごせず、彼女と固本の橋渡しをする。

小谷、余計なフラグを立てずに、仲直りのミッションを遂行できるか⁉

 休み時間に教室でぼうっとしていた佐山は、よく知っている人を見かけた。

「……小谷?」

 上五クラスの前の廊下をうろつく彼女は、三歩進んでは二歩戻り、檻の中の小動物のようにくるくると円を描いている。

 ちっとも佐山のいる教室内に視線を寄越さないので、自分を探しに来たわけではないようだ。

 二限前にも見かけ、三限目にも見かけ、とうとうスルーしきれず、四限前に声をかけた。


「小谷、ここで何してる?」

「ひぃっ」

 後ろからのかけ声に飛び上がり、小谷は慌てて振り返る。

「……って、なんだ、佐山か。何でここにいるの?」

「ここ、俺のクラスだし」

 佐山は【1-上-5】と書かれた教室プレートを指さした。

「あぁ、そうだったね……」

「あんたのクラスは一個下の階だよな。なんで回遊魚みたいに休みになるたびに上がってくるんだ?」

「げっ、見てたの」

「げって……」

 小谷は周囲の目を気にしつつ、佐山を階段の曲がり角まで連れて行った。


 誰にも見られていないと確認し、「これ、絶っ対! 陽葵には内緒ね」と念を押した。

「実は……その……。こ、固本、に……用があって」

「固本? あぁ……」

 特進クラスは上五クラスの隣、廊下の突き当たりに位置する。そこに行くなら上五クラスの前を通らなければいけない。

「――とっとと呼び出せば?」

「ばかっ、噂が立ちすぎて今更声かけづらいんだよ! 公開処刑、ふたたびだよ!」

 悲壮な表情すら浮かべた小谷を見て、佐山は首を傾げた。

「じゃあ、スルーすれば? 小谷は彼に関わりたくないんだろ?」

「いや、それはだめっ」

 あんなに煮え切らなかったのに、なぜかここだけ即答だった。

「詳しい事情は……まあ伏せておくとして……私のせいで、彼にかなり迷惑をかけちゃったっぽくて。……やね、ぶっちゃけこっちだって散々迷惑かけられてるんだよ風評被害とか! でも……自分がやらかした分は、謝らないと」

 彼女の拙い説明を聞き、佐山は少し考え込む。


「……呼び出せばいいんだな」

「えっ……」

「同性の俺が呼び出せば多分目立たない。人に聞かれたくない話なら、同好会の部屋を使えばいい」

「ほんとに?」

 小谷の死んだ魚のような目がみるみる輝きを取り戻した。

「昼休み、小谷が手芸同好会で待ってるって伝えとく。俺もちょうど吉川に話があるから、連れ出して食堂でも行くわ」

「吉川まで捌いてくれるの⁉ 神様仏様佐山様‼」

「部屋の資材を汚さないようにな。汚したら固本だろうと先輩だろうと、全員出禁だ」

「……えっ。……なんで先輩のことまで知って……?」

「あっ」

 間違いなく吉川を伝って佐山に色々筒抜けになっている。

 そう察した小谷の目から、またすっと光が消えていった。


~~~~~


「「いただきます」」

 混み合う食堂の隅の席で、佐山と吉川が向かい合わせで昼食に手を合わせた。

 吉川はアジフライ定食のご飯小盛り。

 佐山はにんにく豚スタミナ定食のご飯大盛りに、山盛り唐揚げの単品を追加。

「カフェ奢るって言ったのに、本当に学食でいいの?」

 吉川は聞いた。

「こっちのほうがたくさん食えるから」

 佐山は唐揚げを丸ごと口に放り込み、食べながら器用にしゃべった。

「はぁ~ あんな修羅場を見て、すっかり分からなくなったわ」

 吉川は箸でアジフライを切り分けながら嘆いた。

「何が?」

 吉川が一口食べる間に、佐山は山盛り唐揚げを半分ほど腹に収めた。

「誰がるーちゃんの本命かってことよ!」

「女子はいちいち恋愛目線で考えるよな。趣味が合うとか、親同士が知り合いとか、いろいろあるだろ」


「もっとロマンのある関係がいいもん!」

 吉川は抗議した。

「るーちゃん、昔からじっとしてられないタイプでさ、バスケにサッカー、バレーボール……。ハマるととことんやるけど、飽きたらあっさり離れるの。

 あたしが思うに、きっとどれにも心を動かされたことがなかったのよ。そんなるーちゃんが、もし心を動かされる人に出会えたら、きっと今まで以上に素敵な子に成長すると思うのっ」

 唐揚げを平らげ、佐山はご飯がほとんど減っていない吉川のトレーを一瞥した。

「……本音は?」

「きらめく青春ラブコメを、最前線で鑑賞したい!」

 佐山は肩をすくめ、食べるのに専念した。


 食べ終わると、佐山は昨夜、フリマアプリ「サーブル」でアクセの試着写真に目を付け、迷惑メッセージを送ってくるユーザーがいたことを話した。

「あたしの写真を見て、佐山を女子高生だと勘違いしちゃったか……営業妨害、許すまじ」

 吉川はあまり重く捉えていないが、佐山は違った。

「写真の背景とかから本人を特定してくる迷惑なやつもいるから、やっぱ試着写真は載せないほうがいい。学校まで特定されたら厄介だし」

「でもイヤリングやネックレスは、試着のイメージが大事よ。サイズ感とか目で見たほうがいいし。あたしもいろいろ試せるの、楽しみなのに」

 吉川は残念そうに口を尖らせ、「なんなら、佐山くん自分でつけて写真を撮ったら? 魔除けになるっしょ」と提案した。

「メインターゲットは女性なのに、俺が付けてどうすんだ」

「ちっちっ~古いわね、佐山くんは。冬輝先輩もイヤリング付けてて、すっごく似合ってたよ。男女兼用のものも作って見なよ」

「……とりあえず俺は出品済みのものの写真を見返してみる。特定されそうな箇所があったらモザイクかけるわ。悪いな」

「佐山くん、ネットリテラシー意識高~い、ありがと」

「じゃあ、ごちそうさん」

 佐山はトレーを持ち上げ、先に席を立った。


~~~~~


 慣れ親しんだ手芸同好会の部屋なのに、小谷は針の筵に座っているような気分だ。

 今目の前にいるのは、いつメンの佐山と吉川でもなければ、会話をリードしてくれる冬輝夏野コンビでもない。

 自ら接近禁止命令を言い渡した相手、固本だからだ。


 佐山のおかげで固本と二人きりで会えたのに、どこから切り出せばいいか分からない。

 そして小谷は、「とりあえずランチ食べよう」と問題の先送りに逃げた。

 机を挟んで、黙々と持参の弁当を食べる二人。

 無限に引き延ばされる静寂の時間。

 自分が何を食べているのか、味も分からない。

 かなり苦痛な時間だ。


 小谷はこっそり固本の顔を窺い見る。

 十日ぶりに見た顔は明らかに憔悴して青白い。もともと細身の体も、さらに肉が落ちたように見えた。

 後ろめたさがないと言えば嘘になる。

 小谷はひそかに自分を励ます。


(謝らないほうがカッコ悪いぞ……私はカッコ良く活躍していきたいから、謝って、戦闘の時だけ一緒に行動するって伝えるんだ! ……まずは、無難な話題を振ってみよう)


「昨日、さ……三年の冬輝先輩と夏野先輩に会った。冬輝先輩も真界から来た人だったよ。びっくりした、私以外にも力を持っている人がいるなんて」

「そうですか」


(反応うっす!)


「夏野先輩は言霊使いで、冬輝は雷の矢を使ってた。(一名を除き)すごい話しやすかった」

「三年生に一組いるのは知っていましたが、どなただったのかまでは知りませんでした」


(関係もうっす! 仲間意識ないの?)


「冬輝先輩が、固本に会いたがってた。固本家が名門だとか、いろいろ教えてくれた」

「そうですね。今後協力する可能性もありますので、一度会ってみたほうがいいかもしれません」


(何その言われたらやる感……全然話が広がらない……もう世間話はいいや、パパッと謝って、この拷問の時間を終わらせよ)


「それで、だ……。えーっと……ご、ごっ……」

 たった三文字なのに、すんなり口から出てこない。

「……こんご! 今後……獣が出てきたら、固本も一緒に来てくれない?」

 口をついて出た言葉は、遠回りのものになってしまった。

 

「小谷さんは、自分の身は自分で守ると言いました。実際に拝見しておりませんが、死体の状況から見て、どれも鮮やかな剣捌きでした」


(あれ、一緒に行動するのが嫌だってこと……? って、死体処理係はあんただったんかい!)


 噛み合わない会話に、小谷は頭が痛くなった。

 これは、「自分の身は自分で守るって言った人、もうしーらない」という、固本の意思表示だろうか――

 事情も聞かず、自分を突き放してしまった人に、嫌みの一つや二つ、言いたくなるのも分かる。

 小谷は後ろめたさを覚えながらちらりと彼の目を見る。

 凪いだ湖面のように、さざ波一つない。

 

(あれ……これ、嫌みとかじゃなく、普通に言いつけを守っているだけ……?)


 小谷はがくりと肩を落とした。

 すべて額面通りにしか受け取れない人間に、「察して」と望むのは、自分のわがままだ。


「……離れて戦うのは固本に負担がかかるって先輩から聞いた。だからごめん! 倒れられたらこっちだって寝覚めが悪いから、今度獣が出たら一緒に来てくれると助かる」

 早口で一気にしゃべった。


「死ぬほどの負荷ではないので、ご心配なさらずに。たった四、五年の辛抱で力の譲渡が完了しますので」


「いや死ななければいいって話じゃないでしょ⁉ てか四、五年って、思ってた以上に長いなおい!」

 もしかして、自分は固本に血も涙もない冷血女と認定されてないか、小谷は本気で心配し始めた。

 彼を納得させる理由を、なんとか提示しなければならない。

「昨日出た獣、飛んでるやつに、ちょっとやられちゃった。肩を。さすがに命の危機を感じたから、固本が一緒にいるほうが」


「っ……おけがを⁉」

 固本は初めてうろたえた表情を見せた。効果てきめんのようだ。

「あぁ……先輩が手当てしてくれたし、大したケガじゃな――」

 小谷の補足が耳に入らなかったかのように、固本はすっくと立ち上がり、詰め寄るように近づき、両手を彼女の肩に置いた。


「ケガした場所を、見せてください」

「へっ、あっ、はあ……?」


 昼休憩が終わるまであと十分。佐山は教室に戻る前に部活棟に寄ってみた。

「小谷、話は終わったか」

 声をかけながら同好会のドアを開けると、予想外の光景を目にしてしまった。


 壁際に追い詰められ、必死で固本の腕を押しのけようとする(かのように見える)小谷。

 小谷のブレザーに手をかけ、無理に脱がそうとする(かのように見える)固本。

 永遠にも思われる静寂の間。


「警察と先生、どっちを呼んだほうがいい⁉」


「どっちも呼ぶな――‼」

 悲痛な叫びが響き渡った。

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