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第十二話 佐山進はスルーしたい

他人の不幸(ラブコメ)は蜜の味。

しかし新しい仲間と親交を深める小谷はまだ気づいていない。深淵を覗く者は深淵に覗かれる。

自分の後ろにも、ちゃっかり野次馬がのぞいているのだ――

「と、いう訳で、ぼくらは双子星(ツインスターズ)というあだ名を付けられ、学年公認のベストカップルとなりました。めでたしめでたし~」

 学校の近くのカフェで、冬輝は約束通り夏野との出会いを小谷に語った。

 やっぱりラブコメの当事者は絶対勘弁願いたいが、対岸の火事として眺めるのは実に楽しい――

 と小谷は不謹慎ながら思ってしまった。


「なっちゃんの名誉のために補足すると、あ(・)れ(・)は階段から転んだ勢いで偶然口が当たった、不幸な事故扱い~実際ぼくは三針縫ったしね」

 冬輝は子犬のような目をぱちぱちさせながら、自分の唇を指でそっと撫でた。

「まっ、ぼくは別に事故扱いじゃなくてもいいけど~目撃者の女子が義理堅くてさ~」

 擦られすぎて虚無の境地に達したのか、夏野は無表情のままコーヒーを啜った。

「これで分かったろ。食堂で手を繋がれた程度でぎゃあぎゃあ騒ぐな」


 比較対象があ(・)れ(・)なだけに、小谷は自分が受けたダメージがそんなにひどいものでもない気がしてきた。

 すると冬輝はすっと肩を寄せて、耳元で囁いた。

「ここまで話して一発も殴られてないんだよ、ぼく。なっちゃんはね、小谷ちゃんを励ますために、自分の古傷をさらけ出してくれたんだよ。優しいよね~」

 しかし地獄耳の夏野はそれを聞き逃さず、

「お前は帰って始末する」

「やあ~ん、暴力反対!」

「犬のしつけは暴力に入らない」

「ひどい、こんな銅像を建てられて代々語り継がれるほどの忠犬は、ほかにいないのにっ」

「じゃあ、銅像を建てるためにも、先にお前を葬ってやらないとな」


 小谷は羨ましそうに二人を見た。

「いいなあ、仲良くて……」

「でしょ~?」「どこが⁉」

「固本も、こんなに話しやすかったらよかった……」

 冬輝が夏野と視線を交わし、口を開いた。

「真人とその結魂相手は、基本共に行動しなければならない。なぜか分かる?」

 小谷は、目をしばたたかせた。

「安全のため……?」

「それだけじゃないよ。小谷ちゃんがもらった龍淵の力は、元の持ち主である固本さんの霊枢を経て、何年もかけて、小谷ちゃんの霊枢に流れ込んでくる。その過程で中継者に相当な負担がかかるんだ」

「えっ、体に負担がかかるの?」

 初耳の事実に、小谷は驚いた。

 冬輝は小指のリングをさする。

「魂が結ばれているからね。なっちゃんが言霊を使えば、ぼくの霊枢も一部ふさがれてしまう。幸い、寮もクラスも一緒だから、めまいや吐き気程度で済んでるけど。

 小谷ちゃんは、ずっと一人で戦ってきたって言ったよね、固本さんは体調を崩したりしなかった?」


【実はね、固本の話なんだけど……。土曜の授業中に倒れて保健室に運ばれたらしいの】


 吉川の言葉が蘇り、小谷は慌てた。

「私、ちゃんと確認したよ! 力を使ってもひどい目に遭うことはないって……!」

「実際にひどい目に遭ってないだろ。遭ってんのは固本のほうだ」

 夏野の言葉の棘が小谷に刺さる。

「……そんな大事なこと、教えてくれなきゃ!」

「どうせお前が一人で戦えるっつって、さっさと彼を突き放したんだろ。自分の無知を人のせいにするな」

「なっちゃん、人は誰だって無知から始まるものなんだよ」

 すっかり夏野の剣幕に呑まれた小谷の手に、冬輝はそっと手を添えた。

「――もう一度、固本さんと話し合ってみたら」


~~~~~


「ぐぬぬぬ、よく聞こえない……! 何を話してるのかしら」

 小谷ら三人のコーナー席から離れたテーブル席から、吉川が懸命に耳をそばだていた。

 佐山は向かい側に座り、呆れたように見守っている。

「急に俺を引っ張り出すから、緊急事態かと思ったら……」

「緊急事態じゃない! 三年の大人気イケメン、双子星コンビがるーちゃんとカフェデートしてるんだよ⁉ これ以上の大事はある???」

「あるだろ。演劇部の衣装直し、まだ半分以上残ってる」

 佐山は憮然とした様子で答えた。「というか、なんで俺を連れてきた。女友だちのほうが」

「女子同士は色々制御が利かないから、佐山くんがちょうどいいの! 衣装直しは手伝うし、好きな物じゃんじゃん頼んで! 全部あたしのおごりね‼」

 吉川は小谷たちから目を離さず、鼻息荒くまくし立てた。


(おごりって……。親の金じゃん)

 尚明実験高校はバイト禁止である。佐山は机に置かれたメニュー表に目を落とす。

 季節のおすすめフラッペ、九百円。ナポリタン単品、千六百円。

(学食なら、四倍の量が食えるのに)

 佐山がそう考えている間も、吉川は三人の動向を実況し続けている。


「あっ、るーちゃんめっちゃ笑ってる! どんな面白い話をしてるのかしら?

 きゃっ、夏野先輩コーヒー飲んでる! コーヒー飲んでるだけであふれ出る美のオーラ……! るーちゃんの分からず屋っ、冬輝先輩ばっか見てないで夏野先輩も拝んでおかなきゃ!

 おお? 今度は先輩二人がなんか言い合ってる……? ははーん、痴話げんかね完全に理解したわ。もぉ~イケメン二人の絡み、絵になるぅぅ~

 いいないいな、あたしも混ぜてほしいぃぃ」


「小谷、どうやって三年の先輩と知り合ったんだ」

「なんか昼休みに突然教室まで来てね、小谷ちゃんと話がしたいって言うから、同好会の部屋を貸したの♡ そしたら放課後まるで騎士様のように再臨なさって、颯爽とるーちゃんを連れていって……」

「小谷、前もなんかやらかしてなかったか。俺らと同学年の……そう、固本と」

 その名前を聞き、フィーバー状態だった吉川はわずかに理性を取り戻した。

「……レイ様も、似た感じでぐいぐい小谷にアプローチしてたわ」

「やっぱ吉川の勘違いじゃないのか?」

「違うよっ、レイ様、るーちゃん以外眼中にない感じだったもん! だからあたしも二人が仲良くなれるよう、るーちゃんの家の住所を教えて……。なのに次の日、二人が大ゲンカしたっぽくて、それっきり」

 吉川の声がだんだん沈んでいき、自分の席で小さく縮こまった。

「今度は先輩とくっつけようと? 懲りないな」

 しかし吉川は持ち直し、持論を展開した。

「これが、るーちゃんがレイ様になびかなかった理由よ!

 そう! 三年の先輩! 文武両道、才色兼備の双子星のどちらかが、るーちゃんの本命ってことよ‼ 今日という今日こそ、真相を突き止めて見せる!」

 佐山が何か言い返す前に、


「そんな大事なことなら、教えてくれなきゃ――」


 耳に届いたのは、切羽詰まったような小谷の声だった。二人とも、思わず振り向く。

 夏野は腕組みしたまま席に座り、冬輝が立ち上がった小谷に何か言い聞かせている。

 次の瞬間、小谷はその手を振り切り、カフェを駆け出した。

「……修羅場か」

「うそ、あたし、まだ何もしてないよ……」

 佐山は吉川の要請をスルーし、部室にいればよかったと後悔した。


~~~~~~


 尚明から電車で片道八十分、降りて自転車で十五分の郊外に建つ、古びた賃貸マンション。その一階の西側の角部屋が、佐山進の家である。

 自分の部屋の床に通学リュックを下ろし、佐山はまず今日の成果物を引っ張り出す。

 余り布で作ったつまみ細工のイヤリングが二つ。

 筆で重ね染めしたダリアの花はいい感じのグラデーションに仕上がっているし、ネジバナはきれいならせんを描き、ワイヤも目立たない。

「いい出来だ」

 小さくつぶやいた彼は、携帯で写真を撮る。

 いつも吉川に試着を頼んで写真を撮っていたが、今日の放課後は吉川の「どきどきカフェデート! 小谷とイケメン先輩たちを追え」ミッションに付き合わされ、すっかり写真を撮りそこねた。


(そもそも小谷が誰とデートしようと、俺と関係なくないか……? 最初からスルーしとけばよかった……)

 思い返すと、ちょっとだけもやもやする。佐山はフリマアプリ「サーブル(sable)」を開き、「商品説明欄」に素早く文字を打ち込む。


【 今週の新作

秋に咲く花で、耳元のおしゃれを楽しんで

① ダリア

  直径1.5㎝ 

  華やかで主張しすぎない大きさ

② ネジバナ

  全長6㎝

  涼やかな色とユニークな形


※ハンドメイドにつき色とサイズに誤差あり

 ピアスに変更可 】


 最後に写真を添付し、【出品】ボタンを押す。

 

 携帯が振動した。手元を確認すると、サーブルではなく、母親からのメッセージだった。


【冷凍車故障 詰め替え中 遅くなる】


 佐山は即座に返す。


【分かった。腰に気を付けて】


 中学一年の時に両親が離婚して以来、佐山は母と二人で暮らしている。

 専業主婦だった母は、離婚後フォークリフトの免許を取り、現地の物流倉庫で働き始めた。スーパーやコンビニのバイトに比べればはるかに給料はいいが、その分勤務時間が不規則で体力的な負担も大きかった。

 クラスメイトたちはよく佐山を嘲笑した。

 服がぼろぼろで貧乏くさい。口臭がきつい。暗くて気持ち悪い。母子家庭なんてまともじゃない。

 テンプレ過ぎる嘲笑の数々を、佐山は全部スルーした。

 気づけば自分で服のほつれを繕えるようになり、クラスで一番の成績を収めていた。


 佐山が尚明実験高校の受験を決めたのは、成績上位者向けの学費減免制度があるからだ。

 尚明実験高校では、学年上位四十名――いわゆる特進クラス枠――は毎年学費の減免を受けられる。そこに入れば母の負担を減らせる、と佐山は考えていた。

 しかし十把一絡(じっぱひとから)げの公立校のクラス一位など、しのぎを削るライバルたちの前では歯が立たず、彼は二点差で合格ラインにすら届かなかった現実に直面した。

 尚明には学費減免制度と対になる、「入試救済制度」がある。足りない点数分を金で補う制度だ。

 本当は優秀なのに訳あって実力を発揮できなかった生徒に、巻き戻す機会を与えるとして設けされた制度だが、希望者が多いため金額が恐ろしいほど高く、実質金持ちの家だけがベットできるものだった。

 しかし佐山の母は親戚中に頭を下げて回り、借金までして尚明への入学の道を整えてくれた。


 母の期待に応えようと、佐山は懸命に努力し、上位クラスまでのしあがったが、それが限界だった。

 尚明にいるほとんどの学生は、知力か財力に恵まれている。

 人の目を奪う美貌を持つ特進クラスの固本しかり、才色兼備で学校の人気者の夏野冬輝コンビしかり。彼らのような存在を目の当たりにすると、ただ巨大すぎる隔たりに圧倒されるばかりで、嫉妬すら湧かない。

 他人に関心を持ちすぎず、自分でどうにもできない事柄はスルーする。それが平穏な学校生活を送るための、佐山の心構えだ。


 宿題を終わらせた佐山は、サーブルのアプリを開く。

 新着のいいねが五件、メッセージが二件来ている。

 一件目のメッセージを開く。ユーザー名「シマエガナ」、以前購入したことのある人。


【先月パッチワークハンカチを買わせていただいた者です。

 イヤリングもとても素敵です!ダリアの色がキレイで……

 ピアスではなく、指輪にすることは可能ですか⁉】


 佐山は返信を打つ。


【ご購入ありがとうございます。

 指輪にすることも可能ですが、今週は少々立て込んでおり、

 発送は木曜日になっても大丈夫でしょうか。】


 間を置かずに返信が来た。


【まだだれかに買われていないのですね、嬉しい!

 全然待てますので、よろしくお願いします!】


 佐山は微笑んだ。


【分かりました。なるべく早く発送します】


 続けて二件目のメッセージを確認する。

 ユーザー名「user11802」、いつもいいねをくれるが、一度も買ったことのない人。


【なんでイヤリング付けた写真じゃない???見たい✨】


 佐山は返信を打つ。


【すみません。ダリアのイヤリングはさっきほかの方に買われました】


 しばらくすると返信が来た。


【売れたとしても、まだ手元にあるんだろ(笑)

 付けて見せて☆彡いつも楽しみにしてたのに】


 首を傾げていると、立て続けにメッセージが入ってくる。


【君さ〜 女子高生でしょ?

写真見たら一発だよねぇ、肌が若いもん(笑)

せっかくだし顔も見せてよ〜

顔わかるやつ送ってくれたら、倍の値段で買ってあげてもいいよ☆

俺こう見えて結構モテるから(笑)

お礼に俺の写真も送ってあげる】


(そういうことか……)

 呆れかえった佐山はスルーを決めてスマホをベッドに投げ、注文の入ったイヤリングのパーツを外し、指輪に作り変える作業を始めた。

 どうも気が散って集中できず、一度作業の手を止める。

 スマホを拾い上げ、さきほどの迷惑メッセージの画面をスクショし、「性的なメッセージのやりとり」の欄にチェックを入れ、通報ボタンを押した。

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