Act1 樹家の日常
航聖は「移動時間が非効率だ」とぼやきながらも、希が作った手ちぎりの豆腐入り味噌汁を口にしている。しかし、彼が誤算だったのは、その食卓には希だけでなく、さらなる「非効率の伏兵」が居たことだった。
希の妹の花苗、中学2年生。それまで、航聖のことは「希お姉ちゃんが連れてきた、ちょっと怖そうなインテリの人」と遠巻きに見ていた。
ある土曜日の朝食後。ダイニングテーブルには、数学のワークを広げて半泣きになっている花苗と背後で腕組をする厳三郎の姿があった。
「花苗っ!その『関数』とやらが解けぬのは、お前の腰が据わっておらんからじゃ!気合を入れて数字の動きを心眼で見極めろっ!!」
「じーちゃんっ!……心眼じゃグラフの座標は見えないんだよ……。もういいよ。月曜からの試験は最悪確定だわ」
横で希が笑っている。
「あははっ、大丈夫だよ、花苗。……なんなら鉛筆に番号振って転がしちゃいなよ」
同じ姉妹でも花苗の方がずっと真面目である。龍輝も当然、見て見ぬふりをしながらスルーしていく。
問題は『二次関数の変域を出す』ものであった。
「違うよ、お姉ちゃん。二つの数字を代入した答えと正解が違うんだもん。意味分かんないよ」
「花苗、それはねえ、そのグラフが途中で油断してUターンしたからだよ多分。気合を入れてUターンを阻止すればいいじゃん」
傍でやり取りを聞いていた航聖が、花苗の向かい側に割り込んできた。
「花苗ちゃん、君はグラフを『生き物』だと思い過ぎだ。要はルールなんだよ」
航聖は、シャーペンを借りると、滑らかな放物線をすっと描いた。
「いいかい。二次関数は、必ず原点で一番低くなる(または高くなる)。君がさっきやったのは『両端の代入』。それは山登りで例えるなら、スタート地点とゴール地点の標高だけ確認して、その間にある一番深い谷底(または山上)を無視したという事だよ」
「あっ、そっか……!マイナスからプラスに移動する途中で、絶対に一番下の座標(または一番上の座標)を通っちゃうんだ!」
「そうだね。計算式に惑わされるな。ただ数字を入れても無意味なんだよ。チェックするのはそれだけだ。跨いでいるなら最小値(最大値)は自動的に固定される……これのどこに気合が必要なんだい?」
「……凄いや、お兄ちゃん。私、ずっと計算間違いか、ミスプリだと思っていたけど。グラフで見れば一瞬だったんだ……!」
花苗は、航聖の頭の中にある「明快な世界」に魅了されたようだった。ただのインテリお兄さんではないようだと再認識したようだ。
このやり取りを聞いていた龍輝は、全く別の意味に捉えた。航聖の二次関数の講義……一度ゼロになることでより高く飛べる__自らの立ち位置を再認識し始めるきっかけであった。
書いてる本人が一番分からないのは何故?
とにかく勉強嫌いでした。




