闇巫女さまは○○がしたい
▲▲▲ 前回までのあらすじ ▲▲▲
現役女子高生「ミーシャ・メリーベル」は老舗の酒蔵のお転婆娘。
彼女に課せられた密命は、名門「聖アレゴリー女学園」地下深くに根差す
巨大な図書館に秘蔵されている「と或る本」を探し出す事だった。
彼女らの生活環境改善の取引のため、使用人「ジェズ」が誘拐犯を演じ
「マイユネーツェ」の望まぬお見合いをブチ壊しに馳せ参じたものの、
「歩く屍」を操る錬金術師「屍男爵」と洞の荒事師「繰り鉤」「食人」の乱入で
見合いの席は大混乱。
挙句その場に居た者らは傀儡にされ、手駒として屍男爵に連れ去られてしまった。
ジェズはマイユネーツェに父親の救出を懇願されるも正直乗り気でなかったが、
屍男爵の行き先が巨大図書館と聞いては引き下がれない。
疲れ切った身体に鞭打ち、彼は洞の荒事師二人と共に屍男爵の追撃に乗り出した。
※ 作中に造語が幾つか出て来ます。
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『シルキッシュ』作品に登場する大半の人が該当。
『ヴィリジアン』弱肉強食の自然に生きる人々でシルキッシュの差別対象。
『サルファラス』シルキッシュの差別対象だが独自の文明を持つ人々。
『脆灰』シルキッシュの蔑称。
『蛮緑』ヴィリジアンの蔑称。
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星空が枯れ木のように細長く切り取られている。所狭しと立ち並ぶ建屋の陰や灯りで遮られ、天上の煌びやかな光景は地上から仰ぎ見れど満足に眺められない。もっとも、そこを徘徊する者達は例外なく建屋の灯りの方に夢中で、キラキラ光るお星様になどまるで興味を示さなかった。ここは開発の進む衛星都市『ダウジングロッド』の裏路地に形成された繁華街。妖しげな光を湛えた怪しげな店が軒を連ね、それに相応しい客らが今夜も賑わいを見せている。
そんな中、周囲の派手さに比べると幾分質素な赤い光を灯す店が一軒紛れていた。微かに揺れる赤い提灯と年季の入った暖簾。草臥れてはいるものの何処か心安いこの雰囲気、名店と見抜くには酒飲みとしてこれまで積み上げて来た経験と技量が問われよう。
「#@↑↑あーーーっひゃひゃひゃひゃひゃ☆!←大将!お銚子もおぅ一本、二合でっへええ♪!」
「あいよっ。…兄さん、いい飲みっぷりだねぇ。」
「あぅえ?えへ、…うフん───#ぅえっへ♪うえっへっへっへ♪♪。@だーあってンンンまいしぃい?!↑↑えひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「…──ちょいと嬢ちゃん、兄さん大丈夫かい?」
「@あー、そこの阿呆んダラなら放ったらかして大丈夫ですわ。お構いなくー。
~大丈夫やないのはむしろウ・チ・の・方~やああぁ…~~~」
「へぇ…×→→」
行燈の心許無い明かりに照らされながら座敷でアヒャヒャしている黒髪おかっぱ頭の軍服モドキは剣客『シャキ・ウイロウ』。その真正面、両手で支えたお猪口をぴちゃぴちゃ舐めている小っちゃいのは相方であり上司でもある『イヨ』だった。火鉢を傍らに暖を独り占めしている。頭巾付きの白無垢のような外着を脱いだ丈の短い着物姿で剥き出しの白いニーソを横へ崩し、ツインの桃色お下げな姫カットの下から若草色の瞳を虚無にして阿呆んダラの為体を見詰めていた。本邦は学生でなく労働者であれば未成年だろうと一応飲酒OKだったりするが、少女の舐めている中身はノンアルの甘酒だ。
やさぐれた桃色が行儀悪く胡座をかいて机上に頬杖を突くと、鎖骨の下にぶら下げた重たい胸も乗り上げる。体躯に見合わぬその豊満は白を基調とした上着に清く正しく収められているが、ピンク髪のロリに組み合わると些か品を欠く乳袋へ成り下がる。
「~誰が乳袋じゃいっ卍、」
「んえ?いけふくろう??」
「↓──別に何も。それはさておき、ぼちぼち現実逃避やめぇや。」
「@逃避じゃないし~ぃい?今日わも仕事終わったんだから、☆ぉおお疲れ様あああ♪!!」
「×こーらーぁ、戻って来~い。────
───↓
───────真面目な話どないする?あの、………何て言うたかな?あれ、あの都に戻ろか?」
「ぅうん?んーー…いやあぁ……今までぇ色んな処廻って来たけど、あそこはーぁ望み薄っしょ?だって何も無いもん×。仮に『姫』が居たとしたら、夏のあの騒動で顔を出さない訳ぇ…無いっしょお?」
「でも『歩く屍』って口、臭うやん?あの姫かて流石に嫌やろ。」
「そりゃね。でも姫って何考えてるか解からんじゃん?それ差し置いても、そもそも食うに困らんほど豊かな自然があるでもなし、だからって仕事ー……×いや、姫が人の仕事なんて出来る訳ないな@。してもコソ泥を働くくらいがせいぜいか。ヘンタイの古都だっけ?ヘンタイじゃさあぁ…ぅへへ、姫が棲み付く?うへへへ@ないないない×。」
ヘンタイではなく倦怠、彼らが今夏数日滞在した辺境『フォーチュンストック』は「倦怠の古都」とも呼ばれている。シャキは眉を八の字にヘベレケ顔で後ろ手を付きつつもう片方の掌を返してパタパタ。ほーれ話が進まへん、下顎も横へ崩し酷い渋顔をするイヨの横から角刈りの大将が割って入ってヘイお待ち。ヘベレケが徳利と小鉢の乗ったお盆を受け取り顔を作画崩壊させる、もう見ちゃおれん。徳利は熱燗、小鉢は寒ウドの梅肉和え。彼らと同じ地色の人が比較的多く暮らすこのダウジングロッドならではの粋な一品。
「!おおう、この色っ#…甘くない梅干しじゃん*。↑大将解かってるぅうう♪。後でヌタも頼んじゃおっかなー☆。」
「~~シャキいっ?」
「×分かってるって、『薬師』様。」
人差し指と親指を徳利の首と自分の耳たぶの間で楽しそうに往復させる。お猪口に酒精を満たし、いそいそと唇を吸い付けてキュッ。顔をくしゃくしゃ、打ち震えてから湯気と共に「くはあ」と熱い吐息。酒臭ハリケーンを正面から浴びせられた桃色は頸を落として溜め息をついた。上機嫌のシャキが勢いよく右を指差す。
「←to be continued!」
「~終わらすなボケ。始まっとらんのや。」
■■■ 闇巫女さまは○○がしたい ■■■
狭い小鉢の上であわや迷い箸。春先なら木の芽が添えられ彩り豊かな所なのに、冬場は赤紫のグラデーションオンリーで戸惑いがあったのか。しんなりした短冊切りをおもむろに一口すると顔はまたくしゃくしゃ、そこへお猪口を追い掛ける。口の中の水分を全部持って行かれそうな容赦の無い塩味と酸味、馴染み深い爽やかな梅の香りが暖かい清酒のふくよかな味わいと相まってこれは堪らない。
「×#くぅうううふっ#*───」
「↓頼むで本当、」
「──あの売人の言葉は気にしなくていいって。正確な事は何一つ話しちゃいないし情報が古い。もし俺達が戻るとすれば、大港のあるテーブルターニングでしょ。」
「?姫がこの国から出た、…ヒノワに引き返したん?」
「そう思ぅう??どの島に逃げたって直ぐ足が付くじゃん、社が居るんだもん。」
社は群島国家ヒノワの隠密集団である。
本邦『トランプ』において精霊信仰の下「教会」が力を持ち国家運営を担うまでなったように、ヒノワは八百万の神への信仰を支える「神社」が地域社会の運営基盤となって政治体制を築き上げていた。そのうち本州を支配下に置いた系列社の擁する組織が『社』で、彼らは自警団のような働きをしている。しかし治安の維持と言う名目は表向き、本職はいわゆるスパイ稼業であり、その結果犯罪や内乱などを抑止出来ているに過ぎない。活躍の場は神社が縄張りとする島々を専らとしており、シャキとイヨのような外遊は社の長い歴史の中でも稀有な出来事だった。
「ほな何?姫が遊郭にそのまま売り飛ばされた言うんかっ?」
「かも知れないってだけの話じゃん。幾ら『逃げるため』ったって、あの姫が売人風情の言う事を大人しく聞く訳が無い。売られたと言うならそれは姫じゃない……そう言う事☆。」
「せやなぁ。…でも内らが追ってる事に勘付いて、煙に巻こうとしてるかもやで?」
「いちいちそんな事気に掛けないってば。─────☆ぷはー#。」
「~呑気しとんなっ×。もう【総本宮】へ報告しに行かなアカンのやで!」
「←それな、」
互いに真顔で人差し指を差し合い一拍置いてからアハハハハハハ。
「↑何がおかしいっ。」
「卍卍いいいやああああぁぁぁ、マ~~ジでどーしよ↓↓。尻尾も掴めませんでしたアハハなんて白状しようものなら、お頭直々に折檻されかねないなああぁ卍卍……」
「折檻だけで済めばええなっ。社を追い出されて島流しならまだマシ、サイアク仕置人の手に掛けられるかも知らん卍卍。──姫を連れて帰れんかったらお頭の顔を丸々潰す事になるんや…~ヤバい、ヤバいくなるで本当っ!」
「@成果ゼロが現実味を帯~びて~来たあぁぁ…」
「卍どどどどないしょシャキ?!いざ考え出したら急に恐ろしゅうなって来た!←大体あんた前の街出る時『伯父貴の住む土地に姫が居るかも~』言うたやん×!ここでも肩透かしなんて堪忍やでええ×!」
「♪堪忍堪忍、」
二人揃って印を結び「にぃいいんにん♪」。
イヨの手にしたハリセンがシャキの顔にヒットする。
「★痛いじゃんっ?」
「↑何やらせとんじゃ己わ!」
「イヨヨもしたじゃん、ノッてたじゃん、」
「真面目に考えやっ。」
ダメ剣士を叱りながらイヨも小鉢から摘まみ出したウドを一口、小さな唇に箸を差し入れたままザクザクザク。続いてダメ剣士も小鉢から一摘まみザクザク、二人して両腕を組んで「う~む」。
彼らは社の元締めである「総本宮」からと或る密命を背負わされていた。
御家から逃げ出した聞かん坊の「姫」を連れ戻さなければならないのだ。
そもそも原因は宮司の不謹慎によるもので事件を大々的にはしたくない。
そこで珍しく姫と近しい仲のイヨとシャキに白羽の矢が立った訳である。
「───いや、こうなる事は最初から判ってたんだ。そうだろ?」
「…せや。そもそも無謀だったんや、こないな広い土地から姫を捜し出すなんて…」
「この街に来たのは言わば『保険』。」
「←いよいよか、」
「イヨヨだけに。」
今度はハリセンの横で顔が叩かれた。
「★それわ痛いじゃん*!?」
「~真面目に言うたやろっ。」
「×─────
───
───────…ここは敢えて姐さんに口利きしてもらうと言うのはどうだろう?」
「…?───先輩?先生やのうて?」
シャキの「姐さん」イヨの「先輩」とは、この街に在る「プラプラ」こと学園プラチナプラタナス大学側の保健室に務める看護婦トキミの事である。薬剤師を生業とし、薬の処方のみに留まらず医療全般を手掛けるが、本国での肩書は「薬師」であり、世俗を離れ密かに秘法を取り扱う特殊な身の上にあった。調合した仙薬などを通じ神社とは多少の関りがある。
背格好はまるで子供。額の左右へ分けたハッカ飴のような透明感の白い長髪を後ろで結い、大きな黒い瞳と小さな眉と鼻と唇の端整な顔立ち、白い着衣に身を包む姿は清楚の一言。生真面目で大人びた性格もあって彼女を知る者達からの人望は厚い。そんな彼女の後輩がイヨであり、妹弟子に当たる。
そしてシャキの「伯父貴」イヨの「先生」とは、この街で診療所兼薬局を営みプラプラの保健室にも赴いている医師ユウキ・ジュウモンジである。トキミを携えるこの男、実は彼女に師と仰がれる者で、本国では神社などの組織と直接的な関りが無いものの、個人の繋がりで多方面に強い影響力を持っていた。腕の良いお医者様ともなれば当然だろう。
空を裂いて現れた闇のような黒いコートを常に羽織り、片目を覆う光沢の無い黒髪と、もう片目に長く抉れた傷を跨がせる凶悪な面構えはとても医者に見えない。しかし世話になった者らからは一様に敬愛を持たれ、この男のお陰で九死に一生を得られた内の一人がシャキである。
そんな実力者が何を思ったか神社の支配の及ばぬ海外へ出ている。神社にとってトキミとジュウモンジは謎多く得体の知れない相手ではあるが、決して蔑ろには出来ない存在なのだ。
「総本宮に書簡をしたためてもらう。こう、例えばーあー…『私のイヨヨとシャキに手を出したら、天に代わってお仕置きよ☆』って。」
「阿呆くさ@。先輩がそないな寝言口にする訳無いやろ、説得力に欠けるっちゅーねん。そもそも頭にクソが付く程のマジメ人間に代筆頼んだ所で突っ撥ねられるのがオチや×。」
「なら、……『姫は死んだ!』」
「縁起でも無い事言わんときっ。姫やで?万が一にも死ぬなんて事あるかぃ、神社どころか村のチビッ子かて信じひんわそんなん。」
「じゃあ『シャキとイヨヨが死んだ!』これならどうだ!」
「★☆えっ?#────
えっと、それって…つまり、社から…足抜けするって事?……その…内と…一緒に……#」
シャキから思わぬ言葉を聞いたイヨは少し肩を竦め俯き加減。目線を横へ流し片手でもみ上げの辺りを直してみたり、上目がちに相手をちらちら覗き見る。おかっぱ黒髪に三角眉と杏子色をした瞳の垂れ目、低めの鼻と笑みを絶やさぬ大きな口元、イケメンと言う程でもなく平素アヒャヒャだが黙って立っていれば身長高めな好青年。いざと言う時は頼もしく、体型こそ一見細身だが脱いだら凄いんです系細マッチョである事もイヨはそれとなく見知っていた。
イヨはいつも思う、アヒャヒャさえ無ければいいのに。
「×←いやちょと待てよ?それならそれで……社から姫探しの『おかわり』連中が遣わされるよな?俺達の足取りを確認しに伯父貴の処へも来るだろうし。もしも俺達が見付かったりしたら、──裏切者認定されるっ×卍…」
隠密集団を後にした者の末路。機密保持は当然ながら主に構成員への見せしめ目的として、足抜けは必ず「口封じ」にされる。その生命が刈り取られるまで刺客から執拗に追われ続け、生き延びた所で真っ当な人の生など送れぬ生き地獄を味わわされる運命だ。何を今更、
「↓↓↓それを覚悟の上で言うてたんやないんかっ××。」
「ダメ、やっぱダメ!却下却下!やっぱり姫よサラバ!!」
「アカ×、お頭の顔が潰れるのは同じや!」
「月に代わって」
「↑シバいたろか!先輩動かへん!」
「伯父貴が筆を代わって!」
「!ほんで何て書いてもらうん?」
「姐さんに代わって」
「↑↑仕置きから離れんかあああい×!!」
「★いいいっいいいっ☆じゃあじゃあ、それならそれなら!!」
「~~~?~~~」
ヒートアップしたイヨがとうとう机を周って両手でアヒャヒャの胸倉を掴み上げると、当人は開き直った笑顔で人差し指を立てた。
「姫の『身代わり』を立てる。」
「─────?───身代わりぃい?」
「♪そうそう。別人を姫のそっくりさんに仕立てて…←お頭へ献上するんだよおぅ♪。」
片手を口の横に添えイヨの耳元へヒソヒソそばだてる。一頻り聞いたイヨは両の瞳を眉間に寄せて上半身を離すと怪訝な表情でシャキを見た。しめしめゲヒヒなゲス顔をしている、何この小者臭。
「正気かいな↓、」
「俺はいつだって正気だぜ!」
「←その発言が狂気の沙汰やっ。赤の他人やろ?姫様役が務まるかい!」
「そこで必殺『記憶喪失』だあああし!」
「@ハァア??」
「『捜索隊が駆け付けた時にはもうっ、姫は過去の記憶を全て無くしてしまっていたあああ!』ドッギャアアアアン!↑嗚呼、何とっ!嗚呼ああぁあ何ンンと数奇な運っ命っ……」
「芝居掛かっとるなぁ。そもそも身代わりなんて誰が引き受けるん?何も得せえへんやん、」
「そこはほら、←◎────」
「─────────!……『傀儡』にするんかいっ×。」
「さっすが薬師様☆、察しのいい事でうえっへっへっへ♪。」
イヨは静かに瞳を閉じその場の空気を改める。言い聞かせるように小声で諫めた。
「…アレは元々『心の病を治療』するためのモンや。
百歩譲って隠密ん時は仕方ない所があるとしても、人の意思を無視して術を使うてええ訳があらへんっ。~『歩く屍』を操ってた外道と何も変わらんで?己に人の心は無いんかっ?」
「◎冗談だようっ☆、」
「★×~~↑↑内 も 酒 貰 お か い な しかしいいいっ?!」
「人攫いに攫われた人を攫って自由にするってんならどうだ?こちらの願いを聞いてもらう事が条件って事で。」
「~──人攫いから人さら…さらー………何て??」
「人攫いから、人攫い☆。これなら商売成立だろ?姫様役だって記憶喪失が押し通ればそいつはそのまま『玉の輿』だし、悪くないと思うんだよねぇ。」
「玉の輿て、……内ならお断りやわそんなん→。
──姫に似てて?成り代わりの人生を受け入れられる…そない都合のええ人が早々居るかい×。」
「見付け出すのは楽かもよ?少なくとも、神出鬼没のあの姫よりは。」
「★×!?~~~~……↓↓↓」
「─────☆ぷはー#。」
咄嗟に反論しようとしたイヨだが、瞬く間に顔色を無くしてしまう。捜し出す事自体が非常に困難である事は百も承知、仮に見付けた所で身柄を確保して本国へ連れ帰る事は更なる困難、ミッション・インポッシブル味チョモランマと言っていい。相手が一般人ならいざ知らず、姫に対しイヨ達は幼馴染と言う間柄以外に何のアドバンテージも無い。社が追い求める姫とはそれ程までに扱いの厄介な強者なのだ。人身売買者を裏社会から捜し出し締め上げるくらいならシャキ達にとって断然楽まである。
あっけらかんなシャキの言い分は正鵠を射るもの、イヨはグウの音も出なかった。
「──────
───
←大将っ。内ぃ梅蜜貰えます?アチアチお湯割りで。それとトンブリもー。」
明日頑張るでもいいじゃない。
抱える問題は何も解決しないが、心にやすらぎが必要な時もある。
☆☆☆
丁度その頃、全く異なる場所で事件は進行していた。
倦怠の古都フォーチュンストック、名門『聖アレゴリー女学園』の図書館地下深く。
閉館時刻をとうに過ぎ本来なら僅ばかりの星のような光源しか無くなるはずの館内。しかし今は昼間同様に明かりが灯され、地下に聳え立つ超高層の本棚を摩天楼の如く煌々と照らし出す。天地に広がる空間の最下層、開け放しの入り口には黒服の大群が屯していた。その先頭中央で屹立するスレートグリーンのトゲトゲ髪の毛は左右を見渡すとおもむろに頭を上げる、白と黒の幾何学模様が彩る奇妙な面に血のような赤い瞳。
「実際目の当たりにすると絶景だな。呆れる程に。」
台詞を吐いた顔の方も大概、自称錬金術師パーリ・ゴ・レー。大群の「歩く屍」を操るこの異常者を人は『屍男爵』と呼び忌み嫌う。男爵成分は白シャツ黒ネクタイを黒紫色の燕尾服でキメている辺りか。身形も姿勢もスタイリッシュだが、先端をカールさせたパイナップルの葉のような髪と白黒顔はどうにかならなかったものか。因みに、黒スーツを纏う歩く屍は催眠術を以ってゾンビのようにされた女性達であり死んでいない。所々に混じっている黒スーツ以外のオッサンは「お見合い現場」に居合わせた者達だ。
物騒な団体客を迎えに大慌てをしていたホストはビル三階に匹敵する本棚の上から現れると、高い天井からの眩い光を派手に頂いて最下層を見下ろした。
「呆れてどうぞ?お帰りは回れ右してそちらから~。」
魔法使いのようなローブの内側の黒バニー風ボンテージを恥ずかしげも無く見せびらかす痴女は、この地下図書館で「古本の墓守」などとも揶揄される司書『メッツィー・ラブクラフト』。美しい水色の長い髪を靡かせ涼しげな笑みを見せつつ腰に手を宛てポーズを決める。しかし彼女は心の内で大いに焦っていた。トンガリ帽子の下に光る細い丸眼鏡の裏では赤紫色をした瞳の垂れ目がピクピクと引き攣る。
(侵入者が歩く屍の大群だったなんてね↓。この人集り、全部今日のカップリングの見張りで借り出された連中か。そして手前中央のピエロ面が恐らく「屍男爵」…あれが夏に街中を歩く屍だらけにしてくれた「洞」の荒事師か。学園周辺に潜伏していると思わなかった訳ではないけど、まさか緩めた結界の隙を突いて紛れ込んで来るとはね…不味ったわ×。それも)
「~タイミング最っっ悪。」
「露出趣向のその痴態、やはりラブクラフト派の仕業だったか。お前達が古都の至る所に仕掛けてくれた小細工のお陰で私はまんまとハズレを引かされ続けたよ。~巧みの妙に敬意を表そう。」
「さあて。お褒めに与るような事は何も無い。」
「多元的な『知脈』の誘導。一体如何なる理によるものかな、」
「……」
「───観測対象へ向こうとする意識の収束を阻害し、存在の事実すら思考から隔離せしめる魔法の陣…いや、所詮は小賢しい煽動術に過ぎぬか。しかしたったそれだけ、それの連続で人間は思う事に疲れる、厭きる。……倦怠の呪い、幾重にも張り巡らされたその中心に術師が居た。その事実だけで首謀者は識れるだろう。」
ぱち、ぱち、ぱち。拍手と笑顔、目は笑っていない。そして恨み言。
「謙遜には及ばぬ、『理を歪める者』よ。」
「フー。…洞の道理など知った事ではありません。@ハッピーニューイヤーにはまだ早いわ、パーティーなら他所でどうぞ。」
「私は洞になど加担していない。純粋に一人の錬金術師として行動しているまでだ。」
「その失言は全ての錬金術師に謝罪すべきね、貴方はただの変質者。学園の女性達の意思を奪って自分の周りに侍らせるなんて、気持ちの悪いっ×。」
「これらは自らの意思で私に従っている。お前達の誘導と私のやっている事は、理こそ違えど性質はそう変わらぬよ。」
「~品性の有無と言う決定的な違いがありますっ。@支配欲に色欲が透けて見えるわ、行く行くは私まで従わせるつもりなのかしら?」
「求道者にあるまじき破廉恥な出で立ちのお前が品を語るか。…古よりこの地に根差すラブクラフトの錬成技術には同じ志を持つ者として一目置いていたのだが、俗物嗜好のその言動は個人的に馴染み難い。辟易すると言っていい。」
「↑ 美 し き は 尊 し っ ! 可 愛 い は 正 義 っ ☆!
それが分からないのに志同じとは異な事を。…私達と貴方の目指すモノは大きく違っている、どうぞお引き取りを。」
「詭弁は聞き飽きた。ネクストゲームへの褒美を頂戴するとしよう────
───大人しく『 精 髄 憲 章 』を差し出すが良い。」
錬金術師メッツィーは帽子のつばを指で摘まみながら「うふヒ」と嗤う。
傾げるように顎を上げて地の底を俯瞰し、左手に握ったステッキの五芒星を差し向けた。
「@詭弁でないのに聞き飽きない?様式美と言うなら付き合いましょう、少しだけ。
『そ ん な 物 な ど こ こ に は 無 い』!!」
「答え合わせと行こうか。此度は自信がある。←」
指パッチン。前傾姿勢で立ち尽くしていた黒スーツが一斉に顔を向けると、メッツィーは思わずビクつく。歩く屍達がいよいよ本棚へと近付き始めた。
「!×──この期に及んで何をするつもり?本は無いと言ったでしょ!」
「大方察しは付いているのだろう?私が欲しているのは『情報』…なのだよう……」
白い手袋をした左の掌を上の司書へと翳し五指をムカデの脚のように蠢かせてみせる、ウッホッホ。メッツィーは背筋に悪寒の走った勢いで小さく跳ね上がった。屍男爵の睨め上げる笑顔と気色の悪い手付きを見て察する。あの変態はハイパーお愉しみタイムを迎えている、心行くまで悦に浸ろうとしている、私で。
「★卍!…私の脳から直に記憶を吸い上げると?全く、~悪魔の証明も極まれりって所かしら?」
「私は数多の図書館で本の無い事を証明し続けて来た、そしてまたする。悪魔などとは心外だ。」
「↑↑人の身体を穿り返す悍ましい行為が悪魔だと言っている!!」
「大丈夫だぁ@、脳に痛覚は無いぃ。」
「←穿頭するでしょ!脳を巡ってる血管には痛覚がある!×とかそう言う問題じゃないっ卍!!」
因みに、彼らの住まう世界は医学が発展途上であり、脳の痛覚だ何だは錬金術など「秘法」の領域に在る知識だった。人々の間では未だ治療を「魔法」に頼る事もまかり通っている。しかし、高らかにヒールなどと唱えた所で身体から光が湧き上がって怪我や病気が治ったりしない事も人々はよく知っている。
メッツィーは即座にローブの裏から古風なライフルを取り出し何の遠慮も無くブッ放した。発砲音に続いて硬質な破壊音、弾が人体に当たっていないのは威嚇でなく技量不足と精度の低い銃の構造に因るもの。しかし彼女はこの骨董品を気に入っている、コレが彼女の美学なのだ。
「私は生きている内臓を素手で弄ぶような悪趣味など持ち合わせていないので。──やっぱりコレよね~◎。手を汚さずに脳天ズドーン、おつむがパーンよ。」
「良く狙いを澄ますがいい。私ではなく、ここに居る学園関係者がパーンだぞ?」
「多少の犠牲は止む無しです。←」
「ならせいぜい弾丸を潤沢に用意する事だ。」
「貴方の活動を停止させるだけなら数は要らない。」
「私を止めても女共は止まらぬよ。一個体を止めるだけでどれだけ弾丸を消費するだろうな?」
「うるさいですね。」
メッツィーの立つ本棚の下が黒い塊に分厚く囲い込まれるとそれらは上へ伸び始めた。全員死者の如き虚ろな顔面を向け呻き声を上げながら諸手をこちらへ伸ばして迫る、ホラー作品にありがちな窮地の主人公のワンシーン正にそれ。本棚は裏面まで幅があり床と一体なので倒壊の危険は無いが、下から立ち上って来る圧倒的な気配に足が竦んでしまう。
(さてと…恰好付けて見せたは良いものの、実際犠牲が出ちゃうとフツーに責任を問われるのよね立場上×。大切な上流階級のお嬢様方を傷物にしようものなら教会も黙っていない…パトロンを失う所の騒ぎじゃないわ、私の首が危ないっ、それもリアル首が卍卍!
私が雲隠れすれば本の存在は把握されない、けどそうなればあの変質者は歩く屍に本を家探しさせるはず。…勝手に高い所へ登って勝手に転落死なんてされたら堪ったもんじゃないっ×!──)
「そうなるとつまり、←」
「ァァアアアア…」「ぅうううぅうう…」
「★卍ひいいいいっ*!近い近い近い卍!!~ぁあああもう!→→」
「?──観念して降りて来たのではなく逃げ出したか。構わん、←あの痴れ者を捕らえろ、」
黒服達が二階の高さまで登り詰めるも、捕獲対象は狼狽えながら稜線から姿を眩ます。ガタガタバタバタ騒がしい音がしたと思えば今度は屍男爵達の立つ最下層の本棚の陰から現れ、腹いせのつもりか数発ライフルを放って踵を返し駆け出した。メッツィーは床に降り立ち、歩く屍を高所へ登らせないよう自ら囮となって誘導しつつ逃げ回る作戦に出たのだ。
屍男爵はその誘いに乗る、しかし興が乗った訳ではない。
(ふん。…遠来の要人は教会由縁の者に非ず禁書に関わる情報は得られなかったものの、手ぶらのあの場で手駒を揃えられた事から良しとした訳だが……この常軌を逸する蔵書数×。かつ危険な場所に保管された状態とは、全く想定外だ。たった一冊を探し当てるのにどれ程の時間を要するか見当も付かん。
──地底図書館【孤峰絶岸】…と言ったか。
この類いの言葉遊びは嫌いではないが、教会の奸計由来ともなれば小賢しさが鼻に付く。建造は当時のシビュラが入れ知恵したに違い無い、~忌々しい奴らめ。
歩く屍は所詮その場凌ぎ、それもひ弱な女子供では陽が当たらぬ地下とて傀儡の状態は朝まで持つまい。それなら在処を知る女一人を捕らえる方が速く済む…)
速く済む捕らえられる方は生来より根っからのインドア派、美容以外で動く事をして来なかったメッツィーの身体は既に悲鳴を上げていた。大した速度でも距離でもないが、ひらひらローブの妖艶な魔女のコスプレ姿で走るのはインドアでなくとも無理がある。その上逃げ道を塞がれたらアウトなのに追っ手を引き付けねばならない。時折射撃で鈍足な追っ手を挑発し自分へ誘導する。
纏わりつくローブを左手で払った拍子に足をもたつかせ転倒するが、両腕の握り拳で鬱憤を叩き付けるかのように直ぐさま半身を立ち上げた。俯き加減に歯を食い縛る、こんな事がしたい訳じゃない。
(*くそ!負けて堪るかっ!↑私は負けない!!
思い出せ!私は…自分の実力だけでラブクラフトの本家を出し抜き『導師』の称号を手に入れたんだ!この若さでっ!その実力を教会に見せ付け、国中の禁書を掻き集めた図書館管理人の後継者として政治家達の後ろ盾まで勝ち得たんだ!↑そうだ!確りしろ私っっ!────
同門のみならず錬金術を志す者の中で今最も古代の叡智に近しい存在は「この私」なんだ!私は生命の神秘を、真理を解き明かす!そして、何者にも負けない…*脅かされない、究極の美『不滅の魂』を手に入れるんだ!)
「↑私は今居る立場を失う訳に行かない!!」
美しさに対する飢えの如き執念、こんな見た目でメッツィーは自分の容姿に根深いコンプレックスを持っている。それが彼女を高位の錬金術師にまでした、そして今も突き動かしている。
前を黒服に回り込まれたので銃口を差し向け引き金を引くが、発するのはカチカチと言う虚しい音だけ、予備の弾も使いきってしまった。忙しなく辺りを見渡すが、本棚の内部に張り巡らされている隠し通路への出入り口は近場に無い。想定はしていた危機の現実味に血の気が引く。後ろから大人数の気配と共に忌々しい男の笑い声が遅れて来た。
「@何処へ行こうと言うのかね?かけっこはお終いかな??」
「××~~…チェックメイトと思ったかしら?お生憎、これはチェスじゃない。→」
「ほぉ、ラグビーだったとはな。さしずめボールは自身の脳か。それなら真面目に走れと言うものだ、自らの脳をフットボールのように放り投げる訳にも行くまい。」
「ハァ、ハァ、~…残念、正解は『錬金術の課外授業』よ×!特別にっ、倦怠のタネをっ、少しだけ×…見せてあげましょう、」
「──ほお。」
屍男爵が来た方の反対側、逃走経路に立ち塞がる黒服達へ振り向きざまメッツィーは薄ら笑いを浮かべ、胸の谷間から銀色の小さな一塊を取り出す。垣間見た屍男爵は、水銀を固めた凝脂のようだなどと考えていた。それをメッツィーは揉みしだき、ステッキを携えた右手で摘まんで上へと振り上げる。銀色は熱した飴細工の如く宙に弧を描くと一瞬で細かく枝分かれし、有刺鉄線のように刺々しくなった。同業者は心当たりに眉を吊り上げる。
「それが知脈の導体かっ?」
「ご慧眼、これはその原料。これが周辺からあらゆる『波動』を取込んで、一定方向へ流し、そして放出する!地水火風の気、生き物の思念!魂魄までもねっ。」
「信じ難い、」
「ご存じない?古代遺跡、それも地脈を制御しているとされる超古代の遺跡群で見付かる希少土類──『三叉子の心臓』よ。」
「………古代文献の寓意画に下半身を融合させられる双子の絵があったな、あれか。そんな物を呪いのため地域一帯に布設したと?希少なのだろう?」
「◎うふヒ、悪いけど私天才なので~。これは…『私が錬成した。』」
「悪趣味でないとの発言は大嘘だな。それの錬成には相応量の『人間の脳』が必要のはずだ。」
「悪趣味の第一人者が戯れを@。確かに原材料はその通り、けれど私は嘘をついていない……即ちこれは模造品。~『賢者の石』の作り損ねよ。」
「失敗作で何を?この状況で倦怠の呪いを掛けられるとでも?」
疲労困憊のメッツィーは黒服の目前まで迫ると、右手で懐から取り出したコンパクトなゴーグルをそのまま装着した。肩越しで屍男爵を尻目にふヒヒ。
「凄く燃える。放射性物質に触れると~?←」
ステッキ先端に飾られた五芒星の結晶部分で左手に持つ有刺鉄線を軽く小突いた刹那、辺り一面は真っ白になった。金属の溶接を彷彿とさせる激しい閃光が影すらも呑み込んだ。圧倒的な光の暴力に屍男爵は言うべき事を叫ぶ。
「★?!目がああああああ!目がああああああっっ×!!」
「@良く出来ました~☆。──私は、少し…休ませてもらおうかしら…←」
念のため姿勢を低くし、棒立ちの歩く屍三体の間を忍び足でまんまとすり抜けた。光はもう消えるが、この先を曲がれば直ぐに秘密の出入り口、補給を兼ねて一休み出来る。そんな事を考えているとメッツィーはつんのめってゴーグルを飛ばし尻餅を突いた。不吉な予感に飛び起き振り返ってみればローブの先で黒い塊が蠢いている。収まりつつある閃光をバックに何かが伸び上がった。
虚ろな瞳の死人のような顔が三つ、やり過ごしたはずの黒服達がしがみ付いていた。
「★★ひいいっ!……どっ卍?どうしてっ!?!」
「ぐぬぬ…~~ホッホッ、傀儡は鼻も利くのだよ。殊、脳ミソの匂いには敏感だ◎。」
「~×そんな物が匂うかっ!卍★ひぎっ*!!」
「どうも眼孔から匂うらしい。私は知覚出来ないが。←」
目を覆う手の指の隙間から外を睨み付けても屍男爵の視界はまだ焼けたまま、獲物の声を頼りに歩を進める。メッツィーはヒステリックにローブを取り外し四つん這いから立ち上がろうとするものの足が言う事を聞いてくれない。ジタバタする内、向かうその先は既に第二陣が迫り来て逃げ道を閉ざしてしまった。
「★卍ちょっっ×!?!」
「怖いかね?怖いだろう??歩く屍が怖いのなら、自分も同じになってしまえば良い。」
「くっ卍!~~~~**冗談じゃないわ!!↑」
傍の本棚に掴まりガニ股で藻掻きながら上へとよじ登る。最早美しさなどと拘っていられない、捕まってしまえば自慢の髪ごと頭蓋骨を砕かれ全ての記憶が暴かれる。天才錬金術師として積み重ねて来た知識と誇り、生命よりも大事な女性としての尊厳、全てが踏み躙られる。死後自分の肉体を凌辱される、それだけは絶対に嫌だ。鼻水混じりで顔をくしゃくしゃにさせ上を目指した。
右足首に鈍い衝撃と圧迫感、それが脚を地獄の底へと引き摺り込む。沸き上がる死者の大音声。
「「アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」」
「★★↑↑*い や あ あ あ あ あ あ あ あっっ卍卍!!!」
しがみ付く手は無情にも本棚から離れてしまう。目指していた行き先、追い求める理想が目の前から急激に遠ざかって行くのを如実に感じさせられた。悲痛な叫び声と共にメッツィーは絶望の闇の中へと墜ちて行く。
下でなく上に。
「卍卍卍!!……──────────??─────→──←★☆?!」
肩へと周る背中、両膝の裏、身体の右面が支えられている。身体全体に力強い躍動感。
N字に畳まれた彼女の身体は風を切り本の壁を悠々飛び越え本棚の上へと舞い降りた。
支えが退いたので否応も無しにその場へ立たされる。
彼女を抱き抱えビルの如き高さを一っ跳びしたのは「ボロを纏う怪人」だった。
「お前はっ……『 ブ ラ ッ ク ・ ド ゥ ー の 僕 』★?」
「ハァ、ハァ、~~××…何をしている、墓守、×ハァ、」
絶体絶命の危機から自分を救ってくれた生命の恩人。しかし初対面では訳の分からぬ電気ショックを食らわせられた相手。そいつが既に疲労しきっているせいか、間一髪で助かった感動がメッツィーの心中に今一つ湧かない。情報を整理出来ておらず感情が困っていた。謎多き暗礁密林の力で敵対する者に等しく死を与えると言う恐怖の都市伝説、闇巫女ブラック・ドゥー。その僕を名乗る怪人がこの図書館に居るのだから。
その怪人『ジェズ』ことジェズワユト・ウ・ナパンティは、奉公先『酒蔵メリーベル』の裏サービス「黒ワイン」のためブラック・ドゥーの僕に扮している。彼はここへ来るまで既に過酷な注文をこなしてクタクタだった。その場へしゃがみ込むと酷く難儀そうに下の様子を窺う。
その後ろでメッツィーはよろめきながらも気丈を装った。
「…助けてくれた事は感謝する……でも何故」
「あの『見えない娘ら』は居ないのか?」
娘らとは、二人のファーストコンタクト時に怪人をコテンパンにした少女達の事である。体術に長けているらしく、不思議な事に姿を消す事が出来るのだ。しかも全員全裸。
「──居る。」
「何故術師を仕留めさせない?」
「今は動かせない。」
「歩く屍にされる事を恐れるか、」
「違う、今日が駄目。安息日だから。」
「?休ませている間に本を奪われるぞ、」
「←日付さえ変われば動かせる!あと半日辛抱すればっ×。」
「???」
「↑そこの、『ブラック・ドゥーの僕』──そう言ったか?理を歪める者よ、」
やや浮わ付いた嗄れ声が聞こえて来て二人は再び視線を下へ向ける。いつの間にか屍男爵が真下にまで迫っていた。顔一面が白黒模様なので表情はピンと来ないものの、どうやらしかめっ面をしているように見える。まだ眼がやられているのかも知れない。
図書館へ辿り着いた黒ジェズが真っ先に目撃したのは強烈な閃光。光源が騒動の現場と即座に直感し本棚の横や上を伝って急行したが、歩く屍に襲われる墓守の上げた悲鳴を聞き反射的に救出を優先してしまったのだ。僕いつも人を抱えて下から上へ跳んでいるな、などと自らの判断を悔やむ。
「如何にもっ。我は主ブラック・ドゥーの僕なり!」
「──お前は夕刻邸宅で風を操った蛮緑だな?近頃耳にするブラック・ドゥーは騙りと思っていたが、あの異常な力を目の当たりにしては…噂も腑に落ちる所がある。」
「主の所望する本を狙っているのであろう?あの本は我が主の手にする物、何人たりとも触れさせる訳には行かないっ。」
ふんス、言ってやったもんね。しかし速攻で後ろから物言いが付けられた。
「×←だからそんな本は無いと言った!」
「→───貴様が知らないだけだろう、」
「××無い事を知ってるって言ってるでしょ!」
「←『精髄憲章』は何処にある!?」
「←『精錬憲法』は渡さないっ!」
「「────────────────────────」」
屍男爵と僕の間に微妙な空気が流れ始める。傍らに立つメッツィーは追加された気疲れで眩暈を起こし、その場でよろけた。ああもう頭が痛いと額に片手を宛がう。
(×…「精錬憲法」と言う本について私は見聞きした憶えが無い。けれど私もここの蔵書全てを把握している訳じゃないから、ひょっとしたら実際は存在しているかも知れない。どの道探し出す事なんて到底不可能、それは無いのと一緒。
僕を名乗るこのヴィリジアンは確かに得体の知れない能力を持っている、でもブラック・ドゥーなんて虚実だ、本だって嘘っ八に決まってる。
一方「精髄憲章」は存在しない『事になっている』。やはり探し出せないからこれも無いのと一緒…は同じだけど、歴史の噂上は確かに存在している。その筋の人間には本が『旧国帝政を滅ぼす要因となった』事実を知られてしまっている。
教会としては存在を曖昧にしたまま人々の関心から逸らせておきたかったのに、ブラック・ドゥーが余計に紐付いたお陰で興味を抱く者が出て来た。それを真に受けた洞の手先が騒ぎを起こしたものだから信憑性が生じてしまった…
~まるで『精髄憲章の存在を大々的に広めようとする陰謀』か何かに嵌められた気分×。)
一人ヤキモキするコスプレ司書を背にジェズは困っていた。ここへ来るまで既に飛んだり跳ねたり疲れ果てている上、身体に栄養が巡ってないせいで頭も回らない。自分の代わりに戦局を考えてもらえる主さえ居てくれたらと心の底から思うが、主である黒ワインのブラック・ドゥー「喪服の麗人」代理のお嬢様『ミーシャ・メリーベル』は此度の防衛戦を欠席している。
何せ外はまたぞろ濃密な「霧」が蔓延っているのだ。寮のミーシャの自室には対霧最終兵器「ジェズ子」の庇護に与ろうと霧恐怖症の女生徒達が殺到する訳である。図書館仲間の『ノン・ノ・フランクリン』、教室を同じくするクラス委員長『カトリ・ラトキエ・レーベンブロイ』とその取巻き、そして実家の商売敵であり遠い親戚でもある『マイユネーツェ・メディスン』が小さな部屋に詰め寄っていた。
但し、マイユネーツェだけはジェズ子によって連れて来られている。メディスン・ビバレッジ幹部らによって強行されたお見合いの現場である彼女の別邸は、歩く屍の群に蹂躙され今は藻抜けの殻。気絶させたとは言え婿失格のゲス男とマイユネーツェを二人きりにするのは忍びないとジェズ子は考えたのだ。
所が、実際にマイユネーツェを部屋の窓の外まで連れて来たのはジェズ子ではない。
招かれざる客が犇めく狭苦しい部屋の端でミーシャはジェズの身を案じていた。
(…大丈夫かなジェズ、あたしが居なくて。……×やっぱり、今からでもあたしが行って)
「!↑」
「←そんな心配そうな顔しないで☆、ミーシャさん!」
「………」
憂いのホストを元気一杯に励ますのはノンである。青緑の小さな瞳の奥に五芒星を宿らせ肌の張りも艶もノリノリ、何ならミーシャは若干ウザいとまで感じていた。マイユネーツェの案内役が実はノンの想い人だったりした事も少なからずある。
「スーパーシークレットエージェント↑『繰り鉤様』が付いてるんだもの☆!歩く屍だろうと霧魔だろうと敵ではないわ!!」
「…ノンはあの人、知ってたんだ。」
「#あのお方はそうっ…薄気味悪い大男から今正に襲われようとしている私を←颯っっ爽ーと救い出してくれた◎、強く!優しく#!紳士に!!──前代未聞の恐怖に脚を踏み留める大の大人を叱咤し!奮い起たせ!!自らは勇猛果敢に突如現れた歩く屍の群の中へと☆飛ーび込んで行かれたのお#!!」
「へえ。」
ミーシャの三白眼の前で頬を上気させ目を瞑り自分を抱き締めクネクネ、ヘーゼルブラウンのくせっ毛セミロングを左右へ揺らせている。この窮屈空間で幸せ悦びオーラ全開は普通にムカつく、ミーシャは顎がしゃくれた。
繰り鉤、ミーシャと同じプラプラに通うもう一人のヴィリジアン「ギギシ・カカシ」がその二つ名で洞の荒事師をしている事はジェズから聞いている。登校初日にジェズと対峙し退けられるも、事ある毎にいちいち付き纏って来る鼻持ちならない男。態度は不良そのものだがまさかの頭脳明晰・成績優秀で、エージェントと呼び表わされるのも解からないではない。馬鹿にしたい訳ではないが、アレ相手にお熱を上げる女子がこんな近くに居ようとは思いもよらなんだ。何と言ったかな、
「拗れたグルメ。」
「#────グルメ?」
「珍味が行き過ぎてゲテモノ食いになる。」
「?─ふぅん…」
あの男のニヤニヤ、どうしてここに居ると驚くミーシャにジェズ子の状況を報せ、託された怪人の衣装セットを受け取る時のギギシの表情が忘れられない。何もかも俺様の睨んでいた通り、オマエらの事は何でもお見通しだぜ、そんな勝ち誇ったイケ好かない顔。こちらがポーカーフェースを頑張っている直ぐ隣でノンが無神経に黄色い声を上げるのだ、ミーシャは怒っていい。
(…空気読めないと言うか。やたらとジェズに絡んでたクセに何?このノロけぶり×。)
「ノンって、ジェズーー『子』!の事が、好きなんじゃなかったの?」
「好きですよ。」
「?さっきの黒服男の方が好きじゃなくて??」
「☆#二人とも好きですよ!」
「★@はぁあ?」
(#→くっ!こいつ、男も女もどっちもイケるかっ?!)
「私、子供の頃からヴィリジアンってあまり良い印象持ってなかったんだ、野蛮な人しか居ないイメージ。でも違った、危険な目に遭っている人が居れば相手の肌の色に関係無く護ってくれる、野生の力で助けてくれる!強くて優しい人達なんだって……気付いたの#。」
(────何だ↓。繰り鉤に助けられた事が印象的だったんで、同じヴィリジアンのジェズを頼って来たって訳か。皆がジェズみたいなのばかりじゃないってのに。これが箱庭育ちって事かしら×。)
「どうかな。それは遇った人が偶々そう言う人だったからってゆうか~…」
「!←それってつまり、『私だから』助けてくれたって事!?」
「@あーあるいわそーかもねー。」
このピントの外れ具合よ、ミーシャは「一応友人」の間近で密かに額をピキらせる。しかしピキッていたのは彼女だけではなかったようだ。
「~少し静かにしては如何?!ノン・ノ・フランクリンっ。」
「←ごめんなさい◎。私には今何の心配も無いの。」
「×心配無い?!←外には歩く屍が居るかも知れないし、『霧魔』が居るかも知れない!出払っているジェズ子だって無事では済まないかも知れないのよ!何を浮かれているの!!」
癪に触っているのは部屋の真ん中にある丸机の椅子に座るカトリと、彼女を文字通り取り巻くクラスメイトらだ。ほぼ八つ当たりだが、歩く屍について県知事の娘であるノンとは因縁がある。
「街中はあの男の英雄的行動で何とか鎮圧出来たのでしょうが、郊外はその恩恵をまるで受けていない。助かった中央の行政が歩く屍に関する報せを遅らせたせいで町外れの被害を悪戯に拡大させた!明白な人災なのよ!!~その大罪を犯しながら英雄が来たなどと悪びれもせず、よくもそんなに浮かれていられるものねっ!」
「★×、………夏の事件について言い訳はしません。それに、私がすべきとももう思わない。」
「★×なっ?!」
「そして私は事件現場であの方の活躍を目の当たりにしている、絶対の信頼がある!だから、今は心配無い。」
「!!~~~↑↑そ う 言 う 話 で は」
「お止しなさい貴女達、」
「「!」」「☆★?」
衝突する両者を静かに且つ張りのある声で制したのは勉強机の横に立つ「デコマヨ」ことマイユネーツェだった。見合いの正装を幾分湿らせたままの彼女のその声に、隣の席で腰掛けるミーシャは大層ドキッとする。デコマヨの毅然とした有様に姉『リュアラ・メリーベル』の面影を見てしまったからだ。
「直面している脅威に怯え勇者の力に縋るしか術の無い今の私達が、既に過ぎ去った脅威の事で喜んだり憤ったり騒ぎ立てるのは果たして分相応かしら。不謹慎だと思わない?」
「←私には安心があります。」
「貴女にはね。」
「私は先輩と同じ指摘をしたまでですわっ。」
「視点が違う。…二人共お黙りなさい。」
「「★!」」
「私達は慎ましく無事を信じて待ちましょう。──大丈夫、彼ならやり遂げてくれるわ…」
「「…………」」
両手をスカートの前で重ね合わせマイユネーツェは黙して双眸を閉じる。一年上の先輩の淑女然とした佇まいに釘付けとなった聴衆は暫く固まるが、ふと我に返りそのまま押し黙った。一人だけ違和感を覚えたミーシャは程してからその正体に気付き全身の毛を逆立てると、デコマヨは白々しく思い出したように補足する。
「…あぁ。『彼』と言うのは勿論、私をここへ連れて来てくれた黒服の彼の事だから。聡明な貴女達だもの、敢えて言うまでも無く、当然分かっている事とは思うのだけど。」
「分かってます。」「言われるまでも無く。」「………?→………←………」
なんじゃいこいつら。そこはかとないビミョーな空気にミーシャの女の勘が反応する。彼女は周りの者の顔をとっかえひっか見詰め入り、一人気を揉み訝しんでいた。
そんな主の置かれる状況など露知らず、使用人はブラック・ドゥーの僕として孤軍奮闘する。
「精錬憲法を欲しているのではないのか?」
「精髄憲章だ。闇巫女は読んだのだろう?」
「御目にすらされていない。主の求められている本は精練憲法だ。」
「僕と言ったな。取り違えてはいないか?」
「何をだ、」
「本の題名だ。」
「ゆめゆめにと託っている、我の探している本に相違は無い。」
「…~お前は本当にブラック・ドゥーの手の者か?」
屍男爵の台詞に怒気が籠る。脂汗を垂らし幾何学模様の顔を皺くちゃに強張らせた。
大錬金術師パーリ・ゴ・レーともあろう者が受け入れられる状況ではない。
(…ブラック・ドゥーの僕の言葉が真実であれば、「私の行動の根拠が崩れる」……
噂で聞いた本の題名は確かに少し違っていた。伝言ゲームだ、精髄憲章より変じたものだ、と私自身が高を括っていたのは事実。何せ知る者こその奇書中の奇書っ、凡人なら名も誤ろうと識者なら迷わずそう判じる。加え絹色社会の破壊を企てるあの闇巫女が狙っていると言うのだぞ?精髄憲章に相違無いと考えよう。
それが…~違うだと?…~~これで闇巫女や僕が望む本を取り違えているならまだしも、僕と名乗ってはいるがあくまで自称っ…理を歪める者とて所詮は何処のとも知れぬ馬の骨、結局ただの偽者で闇巫女が関わっていないとしたらっ×!~~私はっ、……~~私は××!!)
季節を跨いで数多の敵とゲリラ戦を繰り広げて来た尽力は水の泡どころか全くの無意味。
その憐れな老人の背中に「少しだけ報われる言葉」が掛けられる。絶対の自信、女の声。
「←その通り。其処な戦士は『我』の僕だ。」
屍男爵が慌てて振り向くと、燦然と降り注ぐ光の筋の中に女性の影が一つ映えていた。
(★★『喪服』!?……噂に聞く、あれがまさか×?)
(あれっ、ミーシャお嬢様!外は霧が止んだのかな?寮からここまで結構あるのに……わざわざ僕のために着替えて来てくれるなんて#!)
「えへへ☆。」
「…お前が…───←お前が『ブラック・ドゥー』だと言うのかっ?!」
「さて。自ら名乗る事など無きに等しいが、余人は我を指して計ったようにその名を口にする。…そう言う事ではないか。」
「~持って回った物言いだな。お前が伝説の暗礁密林の闇巫女ブラック・ドゥー?……良いだろう、↑では疾く答えよ、お前はここで秘蔵されている【傾国の書】精髄憲章を読んだ!そして禁忌とされる【初源の力】について知識を得た!!←そうだなっ?そうだろう?!」
刺々頭の白黒顔が怒号のような質問を浴びせた。この男は自分の主張に矛盾がある事を気付いている。それを正すと自らを肯定し得る材料を自らの手で損失してしまう、そんな自分に苛立っているのだ。
離れでは僕と魔女が固唾を呑みながら熱い視線を向けている。歩く屍の近寄らぬ独壇場と化したスポットライトの下、喪服の麗人はベールの裏で悪戯気味にほくそ笑み少し顎を上げた。
「『 否 』──知らぬ。」
ド オ オ オ ン ッ ッ 、
大きな衝撃が観客席を襲う。地下に建造された広大なこの施設全体がまるで直下型大地震に見舞われたかのようなインパクトだった。台詞は大した内容でもないが。
「★★★!!!!×××~~…ょんで……読んでいないと…言うのかっ…」
「何せ斯様にこの場へ訪れたのはこれが初めてだ@。そして秘蔵なのだろう?我が読める道理は無い。…汝のお陰で我はここへ来れたのだからな、礼を言う。」
「?何いぃいいっ?!」
「我も長らく『倦怠の呪い』に弄され、在処の目星こそ付けど近寄る事すら能わなんだ×。辺りは身を潜める輩共があちらこちらで小競り合いに興じ、巻き込まれては詰まらぬ面倒を強いられ静かに探訪する事も叶わなかった。…それら困難な環境に在りながら良くぞ此処まで道を拓けたものだと甚く感心する。改めて礼を言おう。」
「×××!……~であれば、ここへ来たのなら『精髄憲章』を狙ってと言う事だな?なっ?!」
「@はて、そんな名前だったか。──←僕よっ、所望する物は何処に?」
いきなり話を振られて黒ジェズは戸惑った。今日はマイユネーツェお嬢様をお見合いの場で誘拐する支度とその本番のため本を探す余裕など無い事を知っているはずなのに、と素に戻ってしまう。
(あ、そうか。今は黒ワインのブラック・ドゥーだんもね。)
「×えと、←精錬憲法はまだ見付けてないですー!」
「おお、そうか。しかしそれもまた一興、探し出す愉しみが増えたとも言えよう…
──そう言う事だ賢者よ。汝の望む本がここに無いのは残念だ。」
「───────
─────────────────────←」
賢者と評されたレーは息を荒げブルブル打ち震えながら額に血管を浮き上がらせると、怒りに歪む凶相で指を鳴らせた。自らを取り巻く歩く屍が一斉に喪服の麗人へ振り向き、フラフラと前進を始める。尋常ならざる殺気を気取りボロの怪人は主の許へ向かうが、当の主は至って冷静だった。
「─賢者よ。此れは如何なる所存か、」
「~~~お前は『ニセモノ』だ……◎そうだ、@そおおおに違い無いっ。↑わああああたしわは騙されないいいい!そおおおでなくては辻褄が合わぬからなああああっ!」
「人は自ら信じたいものこそを信ずる。──それは良いのだが、それで事実は覆らぬぞ?」
「……伝説のブラック・ドゥーを騙る女狐め、屍男爵と畏れられたこのパーリ・ゴ・レーが身の程を思い知らせてくれるわ!←」
「←←主よ!!←←」
焦燥に駆られる僕は主の右前へと降り立つ。迫り来る歩く屍から主を庇おうと立ちはだかったが多勢に無勢、急ぎ口に手を添え主の耳許へそばだてた。
「←…挑発してる場合じゃないですお嬢様っ×、一旦退きますよ!」
「退くのはご老体だよ。」
「★☆#!?」
ベールの隙間からジェズを横目に見詰める瞳の色は薔薇の如き真の紅、漂わせる懐かしい雰囲気に彼の心は一瞬で和む。喪服の麗人の正体はミーシャお嬢様でなく、彼の命の恩人「姐御様」だったのだ。僕は余程疲れているのか、声質や言い回しを聞いて直ぐ気付かなかった自分の不甲斐無さにジェズは情けなく思う。どうして姐御様がここへ来たのかなどとは考えもしなかった。
そして『呪言の唱』が謳われる。
「Hiirka airmi aayr aeb. Uitaskuus oh yikyuorn oodkaott aokwiar, suh si awnoo mwo it etse...」
左手で右肩を掴みその腕を薙いで翻る。宙を舞う喪服の黒、スローモーション。
「Yiak mair yuokr iiri odye itmeay, yoak mi imwoonm iamt as yuur...」
黒の端々から覗く羽根飾りの白と黒。金属質に黒光りする紋様、美しい絹色の肢体。
「Si or haan wear ra ew naah rois.」
いつしか黒は闇に融けていた。露わになる褐色の肌、後ろ手に握られた得物を振り翳す。
床を衝いたそれは長物で、白と黒の羽根の形をした両刃を備える薙刀のように見えた。
見開かれる真紅の瞳、この広大な地下空間に暗澹たる弱肉強食の異世界が顕現する。
恐怖の「闇の法」を操る正真正銘、暗礁密林の闇巫女『ブラック・ドゥー』ここに降臨。
「言ったはず、───↑↑ 事 実 ハ 覆 ラ ヌ。」
「★×?×?ぉおお前はっ、ぃいぃいい一体?!?!」
「…我にとって汝は恩人のようなもの、無粋な真似はしたくない。どうだろう、今宵は退いてくれまいか?汝に暴れられては困ってしまう。」
「おっっ×、↑お前がまさか←←」
「疾く為すが良い。外の者達も汝を只では置かぬだろう。」
「!何だと?」
ドオオオオオオンッ、今実際に揺れた。地鳴りか、いや違う。轟音と震動は上の方から。
「倦怠の結界が弱まったため汝の『号令』を感知出来たのだろう。学園を取り巻く森の至る処に忍ばせていた汝の傀儡がこの地へ集まりつつある。地上ではそれを阻む者らが必死に抗っているのだ。」
「!倦怠の呪いが?元通りに戻ったのでは」
「さ て お き 。どちらか分からぬが勝者は何れこの地の底へと雪崩れ込んで来よう。道を塞がれてしまえば…汝は行き場を失うぞ、」
「★ぬうっ卍!?~~~ぐうぬぬぬぬぬぬっっ×××……」
認め難い事実に屍男爵は頭を抱え懊悩する、状況が完全に詰んでいるのだ。突如として現れた異形は恐らく本物のブラック・ドゥー、その本人が精髄憲章を読んでおらず目的の物でもないと断言した。噂を自分が都合良く勝手に解釈した自業自得、覆ったのは傾国の書「精髄憲章」の存在の確証性。
外の歩く屍なら制御も利くが、この場に居る歩く屍は女子供ばかり且つ急拵えのため程無くすれば使い物にならなくなる。このままここへ留まり強攻に及んでもブラック・ドゥーを相手に勝てるカードは手元に無い。最早虚しい夢想を追い求める亡者も同然。
悶え苦しむレーの目前でブラック・ドゥーは不意に薙刀を上へ掲げ再び振り下ろした。目の覚めるような打突音が空を揺るがしたかと思うと、近付きつつあった黒服達が一斉にその場へ倒れ込んだ。ただ一人の例外も無く、全員が崩れるように。姐御様の隣で黒ジェズは感嘆の息を漏らす。本棚の上では錬金術師メッツィーが驚嘆の声を上げていた。如何なる原理が働いたのか微塵も判らなかったからだ。
絶句するは目を瞠って硬直するもう一人の錬金術師、レーただ一人。
「─────────
────
────────────────後学になった。今は…失礼しよう。」
因みに、地上では洞の荒事師『繰り鉤』と『食人』が獅子奮迅の働きをしていた。
二人は先ずメディスン・ビバレッジの役員達がマイユネーツェの別邸まで乗り付けて来た最新式の高級な石油自動車を拝借し、ジェズ子を伴いマイユネーツェをミーシャの寮まで送り届ける。急いで着替えた後、黒ジェズ共々ゴミ捨て場へ立ち寄り薪用の木材と着火用の油を車へ詰め込めるだけ詰め込んで図書館を目指した。暗闇だろうが濃霧だろうが食人の眼とジェズの赤のヤドリがあれば見えぬ物など何も無い、車の運転・道案内もバッチリ。
一行は作戦として、持ち込めるだけの木材を燃やして歩く屍を煙攻めにしようと考えていた。しかし図書館に着いて早々、夕方の黒服達とは別の歩く屍が群がって来たため急遽迎撃体制にシフトする。黒ジェズを図書館内部へ急行させると近場の校舎入口を封鎖し、ばら撒いた木材に火を放って「炎の緩衝地帯」を築いた。霧を晴らし光源を兼ねる炎、その煙に巻かれ呼気を乱し動きの鈍くなった歩く屍を長めの角材でドツいてやる。トドメは鳩尾、角材のこの使い心地良さたるや、
「←っしゃああああっ!やっぱコレだぜ!!」
「#カイ…カンっ☆。」
でも調子が良かったのは初めの内だけ。元々相手は地元の警察官だったり『魔法警察』ことフー・セクションだったり隣国『ブラスバンド』の軍人だったりしている、ヒキョーにも奴らは火器を使って来たのだ。食人の剛腕を揮るい投石で応戦するも軍隊相手は如何せん分が悪く、二人はジワジワと追い詰められて行く。
そんな二人の泣きっ面に蜂がエンカウント。何故かそいつも泣きっ面で奇声を上げながらこちらへ猛然と跳び込んで来た。
「☆ああああ**はああああっ#!誰かと思えばァアンタだったのねっ!く・り・か・←←ギイイイイイイイイイイイイイイイインンっ♪#!」
「!?ぁ★★卍ギャーーーーーーーーっ×!!」
サイコクラッシャーアタックで繰り鉤の首根っこにしがみ付き角材ごと地面へ押し倒したのはアングラ商品を扱う闇市の元薬屋、洞の新米荒事師『月曜日』だった。砂漠の民を思わせる土色の帯を巻き付けたエキゾチックな魔法使い風の衣装は相変わらずだが寒い季節だからかネイティブ柄のマントを羽織っており、セルリアンブルーの髪を随分取り乱し黄色の瞳は涙目、酷い隈に赤いアイシャドウが少し落ちてしまっている。訊けば洞の命によりここフォーチュンストックでブラック・ドゥー目当てに暗躍する勢力を消耗させていたそうな。そんな月曜日は繰り鉤と一緒に居る食人を一瞥して、
「~出えたねこの泥棒猫っ、」
「泥棒猫なら他に居るけど、」
「★卍ハァアん?」
食人は繰り鉤の様子を思い浮かべる。寮から戻って来た直後のあの男は久々に会したノンの反応をヤレヤレ話の体でプチノロけして来やがったのだ、ヤキモチではないが食人は何となく面白くないと思っていたりした。渦中の男は無神経全開で月曜日に涙目の理由を問い質す。すると、
「ブラスバンドの連中をそそのかしてたら…←卍卍襲って来た歩く屍の群に連中をゴッソリ取り込まれちゃって×、↑↑命辛々ここまで逃げて来たんだよおおおおうっ*!!」
「★卍↑↑何してくれてんだおめーーーわ!?!このタイミングにマシマシで連れて来んじゃねえええええっ卍卍!!」
「「アア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」」
「「★★卍↑キ イ イ イ イ タ ー ー ー ー ー ー×〒%▲+*!?」」
「起爆。」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!
立ち込めていた霧が一瞬光輝き中から校舎の影を浮かび上がらせると轟音と共に爆散した。凄まじい衝撃と爆風は入り組んだ校舎の内側に在る図書館へも押し寄せ、飛び散る大量の火の粉と割れた窓ガラスの破片に荒事師達は身をまさぐり悶絶する。校庭一帯の霧が晴れ、一網打尽にされたと思しき新手がガラス片と一緒に地面へ転がっているのが一望のもと眺められた。死んではいないようだが、て言うかまだ爆風火の粉。
「「卍*★★あちあちあちあち××!?!」」
「!────貴様らっ、こんな処で!」
「★↑あーーーーーっ!?!」
テロリストを真っ先に見付けた食人が大声を上げて指差す先、硝煙混じりの残光を背に現れたのは襟の高いマントを纏うかつての洞の荒事師『爆弾』ことイグナーツ・クリューガーだった。依然治まらない爆風でマントが暴れて内側に着込む軍人然とした衣装が姿を見せる。シナモン色の髪は相変わらずボサボサ、近視の者がよくする悪そうな目付きで精悍な顔立ちはまた一段と痩せこけたような。
爆弾はこちらの存在に気付くと周囲を見回し、昏倒する者達を足早に避け近付いて来た。
「…貴様らまで『倦怠の古都』に借り出されていたのかっ、」
「べっ×、別に借り出された訳じゃ…」「~←手前ぇこそこんな処で」「*◎いやあ恩に着ますわー、旦那ぁ。」
食人と繰り鉤が月曜日を見て「は?」。爆弾は古い恩師の願いを受け、隣国で粗相を働く同胞を祖国へ帰還させる手筈を進めている事を打ち明かす。また月曜日も屍男爵の手駒の増加を防ぐ観点からブラスバンドの工作員らへ撤収を積極的に促しており、偶々同じ現場で遭遇した両者は共闘関係となった事が分かった。食人は先程まで繰り鉤に感じていた何かを爆弾に対しても抱く、自分が誘った仕事を途中で放っぽり出された過去の事を未だ根に持っている。
そうかそれは分かった。その爆弾がこんな処で爆弾していた理由は?
「↓トランプの武装勢力との交戦中に歩く屍の急襲を受けた。状況は元より数が圧倒的に不利だった、故に窒息爆弾を使用するため開けた場所へ奴らを誘い込んだのだ。」
「×手前ぇも歩く屍を呼び寄せたクチかよ、」
窒息爆弾とは燃料気化爆弾の一種であり、爆発で空気中へ拡散した高温高圧の液体燃料が爆発を大きくさせ周辺生物に窒息症状を起こさせると言う代物らしい。加え全方位への強力な爆轟効果と持続性の高い爆風効果も期待出来るが、森の中での使用は効果が望み薄かつ当り前に森林火災を発生させ自分も巻き込まれてしまう。説明を聞かされ事情を理解出来たのは繰り鉤だけだった。
一難去って一息ついたのも束の間、月曜日は自身の周りを叩きながらふと気が付く。
「×あれ旦那、そう言やさっき『武装勢力と交戦中』って…」
「奴らも突然の歩く屍の対処に手を焼いていた。そしてあの規模の爆発だ、さしもの奴らも俺の追跡は続けられんだろう。」
「夜、霧。爆発も凄かったし、まだ風が息苦しい×。…目眩しがこれだけあれば」
「↑↑そいつぁあどうかなあ?爆弾サンよおっ。」
「「★★!?←」」
何処からともなく太々しいぶっきらぼうな男の声が木霊し一同は周囲を警戒する。爆弾の睨み付けた向こう、校舎の陰から細長い影が生えて来てそれは火器を構える男の形に変じた。カツカツと近付いて来る靴音はまるで哀れな犠牲者を追い詰める殺し屋のよう、校舎裏へ入って来るとその後ろから更に影が飛び出して立ち止まった男の両脇を固めた。爆風に晒され消え掛かっていた木材の火が再び勢いを取り戻し、夜闇の中に影の正体を照らし出す。さしもの奴らは追い付いていた、爆弾が交戦を余儀無くされる武装勢力はたったの三名。
左サイドはブロンドの男。細い眉と蒼い瞳の気品ある若々しい顔立ち、片膝を付き低く身構えているが長身と見て取れる逞しい体型。紺色を基調とした制服に身を包む二丁拳銃、フー・セクション見習い『ウィル・アム・バーモント』。
右サイドはマリンブルーの長い三つ編み、マリーゴールドのくっきりした眼差しの前にはアホ毛のような房を揺らせている。両膝を折りクロスボウを構える制服姿がとてもセクシー、同じくフー・セクション見習い『アン』ことアンカーサシャ・アーチボルド。
センターでそそり立つのは黒革のジャンパーとズボンに身を固める筋肉系。右手のダブルバレルはこちらへ銃口を定め、左手のダブルバレルは肩に預ける余裕の構え。荒ぶるレディッシュブラウンの髪、古傷を鼻筋に横切らせ不敵の笑み、夜でもグラサンナイスガイ『ヴァレンタイン・マードック』。
公安とは別に国内から国外勢力を排する遊撃手、俗に【狩人】と呼ばれるフー・セクションの構成員が彼らだ。見習い二人は今朝合流したばかりのあくまで助っ人だが、マードックを「師匠」と慕っている。今夏の連続猟奇殺人事件を経て見習い二人をスキルアップさせた銃の凄腕、『問答無用』の二つ名持ち。
「こいつぁあ飛んだサプライズだな。洞の名立たるお歴々が雁首揃えてこんな処で何をしている?ニューイヤーの前夜祭にしちゃ少しばかりハシャギ過ぎだ。」
(俺の窒息爆弾を免れるとは……)
「手の内はお見通しか。恐れ入る。」
「まあまぁ。この片田舎へ来てからそう時間は経ってねえが、お互い手の内を披露し合って来た仲だ。←殺るか殺られるかを乗り越えたからこそ気心も知れるってモノだ。…そうだろう?」
「聖アレゴリー女学園運営と県議会の『洞との癒着』──これで決定的ですね、師匠。」
「ウィルの潜入捜査は無駄じゃなかったって事だ。@まさかお前さんの通う学園から手掛かりが見付かるとはな、世も末だぜ。」
「学園外周に居ながら内側へ入ろうとしなかった歩く屍が一斉に行動を始めた……工作員と何か関係があるんでしょうか?」
「それを知るには奴らを捕まえればいい、楽しい話がゴマンと聞けるだろうよ。取り調べ、試しにやってみるか?アン、」
食人が繰り鉤の傍らに口を寄せ小声で話掛ける。
「←…どうする?あいつら相手にすると騒ぎが大きくなる。上手くないよ、」
「…違え無ぇ。でも俺様、魔法警察のあの兄ちゃんとは因縁があるんだよなあぁ。」
「×馬鹿をお言いっ、目立っちゃ駄目だって言うんだよっ、」
「←ちょいとそこっ、~二人でひそひそナニしてんだいっ、」
「×→ああもう面倒臭い、ややこしい所に割り込んで来るなっ。」
(俺の爆弾で気絶させた者達が正気を取り戻す時間を稼がねばなるまい…)
「…これ以上事を荒立てたくないのだがな、」
「建物一つ吹き飛ばしておいてこれより上があるのか?笑えないジョークだ。」
「あの場における最適解だ。貴様らとて歩く屍にやられる所だったのだぞ、」
「助けてやったみたいに言いなさんな@、誰が歩く屍ごと吹き飛んでやるかよっ。お前が全方位型爆弾を使う事なんざ素人でも判る。」
「爆発の規模まで計れるものか。貴様は自身の賭けに勝ったに過ぎん。」
「↑ああそうとも☆、そして俺は賭けに勝ち続けるっ。…ぉおおっと、妙な事は考えるな。手元が狂って頭をスイカみたいにカチ割っちまうかも知れねえ。」
二つ名は伊達ではない、この男は人命を奪う事にこれっぽっちも躊躇が無いれっきとした危険人物なのだ。狩人らには教会から公務として殺人が許されており、本邦で犯罪行為に及んだ外国籍の人間なら幾ら殺めても罪に問われないと噂されている。爆弾にとって本国VS隣国の構図となる事だけは何としても避けたいが、問答無用を相手では加減を利かせる余裕など無い。
「止むを得んな…」「★ちょっ卍?」「ヤるしかねぇだろ、」「★繰り鉤いいい?!」
「病院送りにされたメンバーの礼もまだだしな、落とし前…~~付けてもらおうか?」
「───
──────────爆破する。←←」
洞VS魔法警察、戦争勃発。夜霧の学舎は人目の心配無用をいい事に一同好き放題大暴れ。
そこへ地上に戻った屍男爵と他所から来た歩く屍が合流して戦いは三つ巴の泥沼化。
巨躯を誇る袋頭の歩く屍は銃撃をものともせず、マードックが全身打撲を負ってしまう。
爆弾の放つ炸裂爆弾と焼夷爆弾の猛攻に責め立てられた屍男爵らと魔法警察は退散した。
火薬庫ぶりを見せた爆弾は、歩く屍にさせられていた同胞の回復を待って撤収すると言う。
屍男爵の動向が読めない洞の荒事師達は、この先どうしようと途方に暮れていた。
さておき、闇巫女ブラック・ドゥーは何のために地下深くの図書館へ訪れたのだろう。
長い夜だった。
何回書き直したか分からない。目が回るほど。
仕込んでいたギミックが上手く噛み合わず、読んでて気に入らず、書き直し書き直し。
最終的にカタチに出来たものの、切り捨てたギミックは回収出来そうもなく悲シヒ。
下手の横好きでやってるから誰にも迷惑掛けないのが唯一の救いだなー。
プロやガチでやってる人は凄いなと思います。
そんな事より、ピンク髪ってエロいよね。




