人目を盗んでこそこそ「ナニ」を
▲▲▲ 前回までのあらすじ ▲▲▲
現役女子高生「ミーシャ・メリーベル」は老舗の酒蔵のお転婆娘。
彼女に課せられた密命は、名門「聖アレゴリー女学園」地下深くに根差す
巨大な図書館に秘蔵されている「と或る本」を探し出す事だった。
女装の使用人「ジェズ」の不思議な力で図書館に「番人」の居る事が判ったものの、
その人物は本探しを依頼して来た「教会」の手先である疑いが浮かんで来た。
対策を講じる間も無く、滅多に起こらぬ濃霧の一件でミーシャ達の噂は学園中に広まり…
どうするミーシャ?
※ 作中に造語が幾つか出て来ます。
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『シルキッシュ』作品に登場する大半の人が該当。
『ヴィリジアン』弱肉強食の自然に生きる人々でシルキッシュの差別対象。
『サルファラス』シルキッシュの差別対象だが独自の文明を持つ人々。
『脆灰』シルキッシュの蔑称。
『蛮緑』ヴィリジアンの蔑称。
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鋭い一閃、続く風切り音。シャープな刀身が弧を描き突進を繰り返す。迎える刃と交われば四方から四方へ薙ぎ弾き、舞い踊り、鍔を絡め取って対戦者の手から細剣を剥ぎ取った。
「★ああっ×!」
「まだですっ。もう一勝負、」
「×お許し下さいお嬢様、私ではもうお嬢様のお相手役が務まりません。剣術でしたら御実家へ戻られてから男性の指南役をお申し付け下さい。」
「──分かりました。お手合わせ感謝しますわ。…今日はもうお戻り下さい。私はもう少しここで身体を動かして行きます。→」
「………」
踵を返すと下ろした切っ先を再び前へ突き出し、仮想する敵を相手に一人レイピアを振るう。瑠璃色の瞳は唯々真っ直ぐ前を見詰め、踏み込み突く度に蜂蜜色の長い髪が優雅に靡く。激しい体捌きだが唇は固く閉ざしたまま呼吸も乱していない。タイトな純白のトレーニングウェア姿で一人剣技に研鑽を重ねているのは聖アレゴリー女学園1年A組のクラス委員長、カトリ・ラトキエ・レーベンブロイである。彼女は寝泊まりしている邸宅のだだっ広いトレーニングルームで剣術指南に対戦相手を願っていた。
指南役はかなり前からコーチに徹していたのだが、カトリと渡り合えるような武術の使い手が学園内に居ないため無理やり借り出された次第だ。歳は若いが国外の大会でも優勝経験を持つれっきとした剣豪、そんな指南役も成長した今のカトリにはもう歯が立たない。腕を買われレーベンブロイ家に招かれたはいいが最早教える事など何も無い、教え子の雄姿を垣間見ながら自らの引退を思いつつ彼女は部屋を後にした。
カトリは一心不乱に振るっていた剣を天へ掲げてから構えを正す。彼女の目前には或る虚像が映っていた。
(あの子の事が頭から離れない。~何の知性も感じられない、ヴィリジアンの分際でっ……)
苛立つ。ヴィリジアンとは勿論、交換留学生が連れて来た異色のメイド「ジェズ子」だ。
(図書室でノン・ノ・フランクリンへ詰め寄った時、当人を庇うように少しも物怖じせず私の前へ立ちはだかった。──無思慮や感情だけの稚拙な行動ではない、対峙する者に負けないと言う絶対の自信、覚悟があった。私だって…相手が熊みたいな大男ならいざ知らず、あの体格の相手であれば負けない自信はあるっ。でも、手ぶらのあの子に見詰められただけで私は自信を失った、眼力に怖じ気付いた。背負うものと言うか……~格の違いのようなものを感じさせられた!×)
あの「霧」とは違う強烈な圧、深緑色の二つの瞳がひ弱なこの自分をいつも見詰めている。
そんな幻に囚われている。何と言う屈辱、虚像の眉間へ切っ先を穿つ。穿つ。穿つ。穿つ。
(←悔しい!悔しい!!悔しくて堪らないっ!!××~…けれど、
───今胸で燻っているこの感情は、単に悔しいと言うだけのものとは違うような気もする……)
そのメイドが風を纏い無礼者のノンを抱え宙を飛んだとの荒唐無稽な噂を耳にした。また、光の下に影が差すかの如き尋常ならざる速さで夕闇の中を疾走して行ったなどと言う大袈裟な話も聞き及んでいる。一部の生徒らによって隠れ家的に仕立てられている保健室奥の「休憩室」破壊に留学生らが関わっている事も把握済み。初めて目にした時から抱いていた奇妙な違和感、何か予感めいたものが形を成そうとしている。あのメイドは自分が識る野卑で粗暴な未開人などでは断じてない。
「確かめてみる必要があるわね。」
鋭い一閃、風切り音。
■■■ 人目を盗んでこそこそ「ナニ」を ■■■
薄暗く肌寒くも清々しい朝、聖アレゴリー女学園の寮の外れでは竈が賑わってしまう。腹は満たせど心はひもじい糊口を地で行く孤高の外飯、野外の食卓を囲っているのは交換留学生ミーシャ・メリーベルと愉快な仲間達である。名門のお嬢様学校に在りながらいつまでサバイバル生活を続けなければならないのか。コートを纏い火に当たりつつ木製のスプーンと皿を手に難しい顔で口をもちゃもちゃ。
「あたし麦粥キラいかも。」
「そんな事言わないでくださいお嬢様×。…暗礁密林だったら食べ物なんて周りにいくらでもあるんだけどなぁ…」
「バナナとか#。」
「蛇とか。」
「×食~べ~もーのーの話をしてるんだけどっ、」
「?食べ物の話ですよ。」
「↓↓」
「タタリを見てください。文句一つ言わずにちゃあんと食べてます。」
「~引き合いを出さないで、そう言うのズルいっ。大体タタリは文句どころかいつだって一言もマトモに喋らないじゃない。→」
「──────────────────────」
タタリは明後日の方向を向き匙を止めていた。ミーシャの視線を感じ取ったのかこちらへ振り替えって「なぁに?」と言わんばかりに少し首を傾げる。
「タタリ飽きない?」
「─────。」
「…あんた何処かで美味しい物でも食べてるんじゃないでしょうね?」
「×もう、お嬢様。そんな訳ないじゃないですか、」
「分かってる。@冗談よ冗談。→」
ほんの一瞬だけ何か不穏な空気を感じた。タタリがまだ酒蔵へ来たばかりの頃、夏のプールで起きたゾッとする感覚、でも今はちょっと詳細を思い出せない。まあそれはさておき何はともあれ、
「とにかくジェズは学園の中を偵察ね。」
「今日も?本探しは?」
「いい。夕方またあたしが見て来る。どうせノンに付き合って図書委員活動で行かなきゃだし。」
(まさか昔のHな本探しに付き合わされるなんて思ってもみなかったけど……)
ノン・ノ・フランクリン16歳。今一つ垢抜けない気の弱そうな女生徒だが、態度は勤勉かつ至って真面目。しかしその正体は「むっつりスケベ」であり、図書委員の立場を利用して図書館に入り浸っては本棚3m上の古書の地層から官能小説などを発掘していたのだ。代々フランクリン家に仕える司書メッツィー・ラブクラフトに呆れられる要因の一つである。何と図書委員会自体が同じ性癖を持つ者達の集まりであるらしい、その栄えある同志にミーシャは選ばれた訳だ。
他人の嗜好をどうこう言うつもりは無いがこちらを巻き込まないでほしい、ミーシャはそう思いつつも貸してくれた秘蔵のお宝を確り読んでガッツリ堪能してしまった。まだ全部読みきれていないのだが、ミーシャのお気に入りは「ひょんな事から海賊に攫われた性悪令嬢が破天荒な美丈夫の頭領に好意を抱かれイチャイチャしたりHなお仕置きをされたりする」アクションコメディーで、題名もそのまんまの昔の小説である。お宝は小説ばかりでなく漫画もあり、絵柄こそ時代を感じさせるものの正直もっと色々読んでみたいと思う。
認めたくないものだな、あれはいいものだ。
「##→───
ここの生徒と一緒に活動する事で顔馴染みが増えれば状況も変わって来るでしょ。…多分↓……」
「本棚の高い所は気を付けてください、」
「大丈夫、@墓の肥やしになんかなってやらないから。──とりあえず番人の司書が大した事無いって判ったのは良しとして、他の仲間が何処かに隠れてたりするのが一番怖い、充分目を光らせて。昼間なんだから黒ワインの恰好は勿論ダメよ?いつものメイドの恰好でね、」
「僕このスカートって履き物、×嫌いなんですよね。」
「贅沢言わないの。タタリを見なさい、文句一つ言わずにちゃあんと履いてるでしょ。」
「───」
ゼータクって。ジェズが哲学に遠い目をしていると樹々の向こうに人影を見付ける。その人物の目的地がこの食卓である事は直ぐ分かった。暗い森の中でも映える豊かなブロンドにゲジゲジ眉毛とデコ、コート姿で鞄など手荷物を携えている。デコマヨことマイユネーツェ・メディスン、学年はミーシャより1年上の2年。
「←やっぱりここだったの。」
「先ずは『お早う御座います』でしょ、」「おはようございます、マイユネーツェお嬢様。」
「お早う、冷えるわね。」
「お早い登校ね、朝っぱらからこんな処へ何?」
「つんけんしないで。ちょっかい掛けようなんて思ってないわ。」
「あそ。」
(普段はちょっかい掛ける気満々か×。)
「→←……─────まさかこの学園で貴女と会えるなんて思ってもみなかったわ。私はこの巡り合わせに、…何か縁を感じているの。」
「何よ改まって、×気持ち悪い。お互い長~い因縁の付き合いでしょ。」
「~やめて。中々言い出せなかったのだけど、朝食の今時なら邪魔も入らないと思って来たの。───…是非とも貴女にお願いがあるのよ。」
「はい?」
「恥を忍んでお願いするわ。───ジェズ…子に一晩、私の……#相手をしてほしいの。」
竈から火の粉がパチパチと散らばり、煙が長閑に立ち上る。遥か遠くから野鳥達の囀る声。
「ウチ酒蔵なんで。♀指名制のお店じゃないんで。」
「★#分かってるわよっ。私を何だと思ってるの×。
はぁ↓、───ふりだけでいいから、ジェズ子に…そのっ、私を……襲って欲しいのよっ。」
「なにいってんの卍。」
一触即発。話の発端は酒蔵メリーベルにおける所謂「メディスン・ショック」の頃まで遡る。
当酒蔵の商売敵であるデコマヨの実家メディスン・ビバレッジが今春打ち出したカクテル・キャンペーンにおいて、次期後継者候補として名乗りを上げたデコマヨは自ら現場へ赴き、身体を張った陣頭指揮で一大キャンペーンを成功裏に終える事が出来た。
滑り出し順調で売上も右肩上がりだったのだが、その波も夏を迎える前に勢いを失い横這いに。次の手を打たんと画策するも供給側の意志と生産体制の間に軋轢が生じ、打開策を講じていたデコマヨが誘拐事件に巻き込まれた事もあって、メディスンから好い話題が途切れてしまった。本来の主力商品である清涼飲料水の夏の売上があったから良かったものの、例年と比べ売上低迷が経営陣の頭を悩ませていた。
「そこで彼らは起爆剤が必要と考えたの、『新たな次期後継者と社長令嬢のご成婚』と言うハッピーニュースよ。」
「☆#!?───◎結婚するの?」
「★~冗ぉおお談じゃないわっ!!」
「は?」
「顔を見た事も無い相手よ?!得体の知れない男と無理矢理くっつけられるなんて真っ平御免だわっ卍!」
「おー。まるで時代物の恋愛小説みたい。」
「~私の事情を綺麗サッパリ忘れてくれたようね×。キャンペーンの時に言ったでしょう?私がビバレッジの後継者に選ばれなかったら、私は後継者に選ばれた男性と結婚させられるのよっ。」
「ぇ、───…ぁあー言ってた言ってた、思い出した。で?相手はどんな男性なの?」
「←つい今し方『顔を見た事も無い』って言ったばかりよねっ?」
「大企業の後継者に選ばれるくらいなんだから、どのみち優良物件じゃない?」
「×他人事だと思って……~↑私の立場を自分に置き換えて考えてみて?!貴女は素性も知らない用意された相手とこれからの一生を過ごせるの?!それで貴女は幸せなの?!心は満たされるの?!」
エラい剣幕でデコマヨが詰め寄る。仰け反り気味に身を縮こめるミーシャは少しだけ申し訳なく思いながらどうしても親身になれない、正直に白状した。
「ゴメン。真剣なのは分かったし意地悪したい訳じゃないんだけど、ちょっと…想像出来ない。」
「××↓↓↓─────」
酒蔵にアポ無し電撃訪問していた頃のデコマヨはもっと活き活きギラギラだったが、聖アレゴリー女学園で会ってからは覇気を失っているように見受けられる。消沈し頭と肩を落とす今の様子が実情に対する彼女の素直な気持ちなのだろう。ミーシャは話題の挙がった時の様子を完全に思い出した。
「自分が望む相手と結ばれるため頑張る…って、言ってたね、」
「…まだ後継者争いから脱落した訳ではないから、家の方針に則った話ではないの。ただ、労働者側から突き上げられている経営陣の中には私の結婚を本気で考えている役員も居て、社長であるお父様も無視出来ない状況なの。」
「それで、どうするつもり?」
「──今度の水曜午後一に推進派の役員が後継者候補を連れてフォーチュンストックまで来るわ。そこで『私が誘拐される』───騒ぎで事の運びを有耶無耶にする。それで時間を稼ぎたい。」
「…稼いだ時間であんたが会社を立て直すって事?~出来るの?」
「するの。時間が無ければそれも叶わないっ。」
拳を握り締めてやや下の宙を睨み付けている。デコマヨの気骨にはミーシャも素直に感心、でもね。木の食器を傍らへ置いて腰掛けている大きな石に座り直した。
「異義あり。」
「何、」
「何もへったくれも×。その役、ジェズ子がする必然性…ある?他の人だっていいんじゃない?」
「×その子の他に誘拐なんて芸当の出来る人がこの学園に居ると思って?仮に居たとして、とても頼める話ではないわ。」
「~あたし達ならいいのか×?」
「貴女達しか居ないでしょう、」
「あたし達だって他と同じよっ、誘拐なんて出来る訳ないでしょう!?」
「いいえっ。出来る事を私は判っているの、ミーシャ・メリーベル。」
「×なっ→、~~っ………何よぅ?」
「私、味覚には絶対の自信があるの。←───この意味が解るわね?」
「味覚ぅ?───
───────────────……っ!?↑」
ザワつく、鳥肌が立つ。数日前デコマヨはジェズ子の顔を舐めた、味わった。味に対する彼女の執念、こだわり様はミーシャも認めざるを得ない所。そんなまさかとも思うがこの感じ、デコマヨはジェズ子の正体が使用人ジェズである事を完全に把握している。
(→くっ×、やっばりバレてたか!流石は宿命のライバル…まぁ相手はデコマヨだし、味云々以前にジェズの事なんてバレバレよねそもそも↓。
────────────────────★じゃあ味関係ないじゃん!×)
心中でツッコミをかましている間にデコマヨはグイグイ迫って来た。頭と頭が真正面、ミーシャの顔へデコマヨの影が落ちる。
「←学園の生徒の中でも貴女達は噂になっているわ、ヴィリジアンのメイドについては殊更ね。…私は前々から目を付けていたもの@、工場町で私が拐われた時の『ブラック・ドゥーの騒ぎ』から───」
「★っ~~~、」
「お願い、メリーベル妹!」
「────────────────────────条件がある。」
「貴女達の待遇改善を根回しすると言う事で如何?」
「…話が早いね、」
「この食事風景を見れば察しが付くでしょう×。安心なさい、もう然るべき筋に話を通してあるわ。」
「実現性はあるんでしょうね?やっぱりダメでしたじゃ話にならないんだけど?」
「それはこちらの頼み事も同じ×。──私も…四の五の言ってられないのよっっ。」
「…………。」
やや脅迫混じりではあるが、自らも口にした「四の五の」と言う言葉を聞き、当人の本気の度合いを悟ったミーシャはマイユネーツェの申し出を受け入れる事にした。自分達の負っている任務遂行のため、この成果を生活環境改善に少しでも繋げたい。
良い取引きが出来た、頑張ったとミーシャは鼻息勇ましく自賛する。もっとも、現場で直接仕事をこれから頑張るのはジェズなのだが。
「で?あんたにそこまでさせる『自分が望む相手』って、…誰なの?」
「────────」
デコマヨは自分のデコをぴしゃりと叩き目を逸らしてサイレントモードに移行した。ミーシャはジト目視線照射でデコマヨを苛む。角度を変えようも避けられる避けられる。
マイユネーツェがあれほど声高に掲げた望むお相手は未だ実体を持っていないらしい。
☆☆☆
昼間でも木の生い茂る森の中は鬱蒼としている。丈の高い草木が密集する道らしい道も無いその斜面には昏い廃墟が在った。孤立した石造りの建屋は最早遺跡と呼べるかなりの年代物で、かつての敷地は相当大きかったと思われるが、今では何処から何処までが内か外かも分からない。夜はさぞかし不気味な事だろう。
人目を嫌う後ろめたい連中にはお誂え向き、その建造物の闇の中では迷彩服姿の男共が疲れ切った様相で息を潜めていた。ブラスバンドの工作員が隣国トランプの辺境フォーチュンストックの森の中に設けた野営地である。陽の差さない暗い屋内でランプの明かりを頼りに彼らは仲間内で喧々諤々としている。側頭に酷い古傷のある厳つい壮年が対面のインテリ眼鏡の若者を相手に平手でキャンプテーブルの上をバンと叩いた。空のコーヒーカップが宙に舞い躍り転げる。
「★↑フザケるな!!~このままおめおめ撤退しろと言うのかっ!?」
「物資の調達もままならんのです!何より人員がっ×!……戦況を覆すためにも一旦ここで後退し体勢を立て直すべきです!」
「~~我々は要人確保に悉く失敗しているっ×。それが幾ら伝説の闇巫女でも『相手が悪かった』などと言い訳出来んのだ!↑我々こそが国威発揚の口火とならねばならんのだ!!~海軍の奴らに嗤われてなるものかっ!!」
内紛の末に東西合併し陸軍と海軍は仲良く団結したように見えるが、長きに渡る組織間の確執がこの短い期間で綺麗サッパリするはずもなく、両者は依然として陰ながら互いにいがみ合っているようだ。傷頭は部下から挙げられた撤退の進言に激しく憤るがインテリも負けていない、口角に皺を寄せ絶望的な面持ちで食い下がる。
「↑しかし自分達は同じ部隊の『仲間からも攻撃されてる』んですよっ!?負傷者が出れば捕縛され『洗脳』されてしまうっ…~その分敵の手駒が増えてしまう卍!それが現状なんですよおおおっ×!」
「よもやトランプにそこまでの技術があろうとはっ。~忌々しい教会の手先めいっ、我々を嬲り者にして国力の違いを周辺諸国へ知らしめようと言う魂胆かっ卍!~~」
「~疲弊してる今の自分達では敵だけ打ち倒し仲間を救い出す力が無いっ……最早本来の任務を遂行する事も出来んのです×!」
「←多くの裏切者を出した挙句に尻尾を巻いて逃げ帰ったとあれば、我々はおろか陸軍もっ…~我らの家族も!国中から負け犬の売国奴と誹りを受けるぞ!!」
「卍このままじゃ『同士討ちで全滅』すると言っとるんです!!」
「←我々は祖国再興のため国の威信を懸けて組織された特務隊なのだぞ!?それがっ…~それが*、………↑↑それがこんな醜態を晒したまま!いられるかあああああっ!卍卍」
「★命あっての物種でしょうがあああああっ!!」
傷頭の上官は額ばかりか白眼にまで血管を浮き立たせたギャグ漫画一歩手前の表情で俯き、ワナワナ震わせる両拳の間へ脂汗を滴らせた。眼がイッている、おっさんは完全にキマッていた。
「~みっ……自らの意思を弄ばれ不様に操られているとは言え、祖国のため尽力して来たあいつらが反逆罪の汚名を着せられるなど断じてあってはならんっ、正気なら奴らも決してそれを望まない!~しかし操られてしまっている今、ブラスバンド陸軍軍人としての尊厳を奴ら自身が取り戻す事は叶わんっ*×。──ならば……」
「?~~」
「せめて同じ特務隊である我々が、奴らに代わって尊厳をっっ……尊厳ある『死』を与えてやるしかっ卍!!」
「★?××なにをゆっとるんですか、↑あんたわあああああっ卍!?」
「↑それが誇りあるブラスバンド陸軍軍人として!同胞としての情け!!唯イイイイ一の慰めなのだっ!!」
「仮にそうだとしても今の自分達では戦力が持たない!←あんたは自分達に『玉砕しろ』と言うのかーっ?!?」
「~↑長らえ生き恥を晒すとほざくか貴様ああああっ?!我々に次があるなどと思うな!!…今を逃せば恥辱は免れん、↑↑なればこそ奴らだけを残す訳には行かんだろうがあああああっ!!」
「**↑死ぬのわイいいヤああだああああああああああっ*!!→←→←」
「~~取り乱すな↑↑バ カ モ ノ お お お お お お お お っ**!!!」
「★?ぶっ卍!→★ゲフうッ×!!←★卍ぐふあっ××!→★ぶゲえええっ卍!!←」
「←いや~、お取込み中のトコロ申し訳ありませぇえん。」
「「★★?!」」
プライド至上の玉砕け命令で理性を破壊され涙と鼻水を撒き散らすインテリに傷頭の上官が石頭を紅潮させ激しく私刑を加える、そんな鬼気迫る場面に大凡相応しくない女が馴れ馴れしく割り込んで来た。立端のある細身で民族衣装のような土色の帯を身に纏っているが、肌は絹色でセルリアンブルーの髪に黄色い瞳の切れ長の眼をしていた。赤いアイシャドウと口紅で煽情的に彩ってはいるが、隈といいこけた頬といい祖国の栄養失調患者によく似てる。
「どもー毎度☆、お疲れ様です~。」
「★←!!」
「→ああっ待って待って!銃はご勘弁×!──アタシゃお仲間さんに案内してもらったんですよぅ。」
「~~?─────…、
?ヘリング…ヘリング上等兵!?←何だ貴様☆、戻って来れたのか!洗脳が解けたか?身体は大丈夫なのか?──なぁ、おい?!どうしたっ??」
「×ぁああ、えっとですね…───大丈夫じゃなかったんで、ちょいとキメさせてもらったって言うか……少しだけアタシ好みにしたって言うか…」
「ぁあ?」
「→まあ@、お疲れでしょうから、込み入ったお話は後にしていただきまして、え~と……
申し遅れました。アタシ『洞』の伝手で参りました、軍人さん方にはホントお世話になってます。」
ハイハイどうもと頭を下げるが、洞の伝手と名乗る彼女はブラスバンドの軍と取引関係にない。彼らと直接関りがあるのは彼女も世話になっている洞である。資源に乏しいブラスバンドは諸外国へ攻め入り略奪を働いた歴史のある事から、未だどの国にも多かれ少なかれ恨まれているため物資の調達にはいつも難儀している。この国の人々は官民合わせ洞にとっての貴重な資金源なのだ。しかし、支払いが滞り気味のクセ何かに付けて値切ろうとするため、洞側の客としてのランキングは中の下と言った所だったりする。
「我々は作戦行動中であるっ。有用な物資であれば取引に応じるが、洞の紹介とて只で帰す訳には行かんぞ。」
「◎お仲間をお一人お連れしたんですよっ?アタシのお願い聞いてもらっておくれでないですかね?勿論タダでとは言いません、耳寄りな情報をお持ちしたんで…」
「それで?」
「え?」
「情報だ、持って来た情報とやらを先に聞かせてもらおう。それが我々にとって真に価値あるものであれば、そちらの用件を聞くだけ聞いてやらんでもない。」
「ぇ……ァハハ、成程、ですよ・ねっ?@えーもーぜんぜ全然それで構いませんですわ★。アハハ…」
高圧的かつ横柄な態度にいちいち癇癪を起こしていたら商売人など務まらない、彼女は密かに額をピキらせながらも低姿勢かつ笑顔で応じる。傷頭の部隊長はドカリと席に座り直し、こっ酷く殴られていたインテリも口元を拭うと落とした眼鏡を拾い上げその場に腰を落ち着けた。無言でへたり込む他の負傷者らは耳を傾けるでもなくそれぞれの場で話を聞く。
「先ず一つ、軍人さん方がお相手してるのは魔法警察じゃありません。」
「何?」
「もっと言えばトランプの軍とか、公的組織でもありません。」
「そんなはずは無い、襲撃者の中にはフー・セクションと思しき者も居たぞ。」
「居たとしましょう。しかしその人も…」
「…そいつも洗脳されてると言う事か?」
女は立てた細い人差し指に中指を加える。
「二つ、その人達は洗脳?されてません。」
「──洗脳にしては、連行から敵対行動を現すまで時間が短過ぎると言う疑問は確かにあった。洗脳されていないのだとしたら何故我々を攻めて来る?脅しに屈する者達ではないぞ、」
「アタシにゃその洗脳の何たるかイロハも分かりませんが、皆さんどうなってるかと言えば『心神喪失」状態にさせられてるんです。ブラック企業よろしく高ノルマな仕事を課せられ、朝から朝まで月月月月月月月の社畜みたいなモンでして、判断力が働かず言われるままに動いてる。」
「?…~戦闘はこなしているが?」
「身体が覚えてれば身体は動いてくれるモノ、厳しい訓練を積んだ軍人さんなら尚更でしょう。頭は攻撃すべき敵が居ると分からせられても、それがお仲間とは判らない、解ろうと言う発想すら起きない、とにかく撃つべし撃つべし。…そう言う訳です。」
「~~~、」
薬指も立ち上がった。
「三つ」
「何処に居るっ?」
「ん?」
「トランプではない第三者が介入していると言うのだろう、我々すら実態を把握していない勢力が。何故それを洞の遣いが知っているのかまでは訊くまい、~~そいつらは何処に居るっ?」
「──首謀者の居所は分かりません。でも、そいつの手駒がこのフォーチュンストックの至る処に居ると言う事は分かってます。」
「分散して潜伏していると、」
「分散はしてるでしょうが…それぞれ普段の生活を送ってます、一見。お仲間も何処かで野営してると思いますよ。」
「??正気に戻ってると言う事か?」
「普段通りをやらせられてるんです、心神喪失したまま。カモフラージュを兼ねての放し飼いですね。養う手間要らず、必要に応じその場その場で使える便利な手駒って所です。」
「コケにしやがってっ!~一体何処のどいつなんだ!!そのクソッ垂れはあああっ!?」
「×それを言おうとしてたんですが…まぁ、それも踏まえてここからお願いでして~、」
「←待て。話はまだ終わっとらんぞっ、」
今までの情報はあくまで補足。ここから本題、女は引っ込めた手を腰に半目で軍人達を見据えた。
「大変申し訳ないんですが、───ここから…手を退いちゃあもらえませんかね?」
女の一言に傷頭の目付きが変わる。厳ついその全身からドス黒い殺意が立ち上るのを見て取れた。
やおら席を立ち拳銃の口を女の痩せた胴へ向ける。こめかみの血管が今にも切れそう。
「話を続けろと言っておるのだ。」
「ご自分の国の中で大っぴらに戦争するってんなら気兼ね無く派手にヤれたんでしょうが、そうじゃない今の軍人さんらじゃそのクソッ垂れの手駒を増やすだけ……。それじゃあ魔法警察と変わらないんですよ、『こっちが困る』んですわ×。」
「~~答えろっ↑貴様の目的は何なんだっ!?」
「はぁ↓、奴に利用されるくらいなら~……いっそもうアタシが」
「←←女アアアアアっっ卍!!」
パンと軽快な音が鳴る、絵面に反して素っ気無く味気なく。命中精度の低い粗悪な銃とてこの至近距離なら外さない、激昂するまま弾丸を見舞うと洞の遣いは何かしようと思う間も無く右腕を押さえ後ろによろけ膝を落とした。
「ギッ卍卍、───ぢょっ×~~ぃ…いきなり撃つなんて……あれだけ情報を伝えたってぇのに、…~っヒドいじゃないのさ、旦那ァ×………」
「→へリング上等兵。貴様が連れて来たこの女、手当てをして俺の部屋に軟禁しておけっ。」
傷頭は片手でセルリアンブルーの髪を乱暴に引き摺り上げ、仰向けとなった女の苦悶の表情に鬼の形相で肉薄する。痩せてはいるがモノは良い。
「←減らず口をいつまで叩けるか、棒切れみたいなその身体に俺が直接訊いてやるっ。知ってる情報を洗いざらい吐き出させてやるぞ…」
「~~ハッ×。お愉しみの暇なんかっ……↑無いんだよオオオオオオオVoch卍卍!←」
「★×ぶっ?!?→→ぐむうっ×!?」
女の吠える声と同時にボウルいっぱいの生卵を床へブチ撒けたかのような妙な音がして、傷頭は慌てて仰け反った。拳銃を放り出し翻って自分の顔を両手で押さえると忙しなく弄る。何かの破片を掴み取り振るい落とすものの破片は次第にその手にもこびり付き、傷頭は狼狽え低い声で呻き出した。
小刻みに震える上官の丸めた背中を見てインテリ眼鏡の若者は戦慄する。遂に悲鳴を上げ振り返った上官の顔面は赤いブツブツに埋め尽くされ、鼻や口の中はおろか目玉にまで濡れた枯れ葉のような黒い破片がこびり付き蠢動していた。若者は腰を抜かす。
「★卍★卍!くこここっ?→これわあああああっ×!?!」
「@ちゅるちゅるチュルウウウ~…あぁ、お兄さん離れて離れて。今触ると大変だよ。」
「×いいいひいいいいっ!?……た、隊長に何をををっ!?」
「自衛ですよ。正当防衛でしょ。──★いたたっ×。」
穿くり出したようには見えないが、血の付いた弾丸が1つ床に落ちた。女は腕の傷を擦り口許をしわしわさせながらしかめ面で立ち上がる。入れ替わりで賑やかしいご尊顔の隊長殿がバタンと俯せに倒れて痙攣を始めた。
「隊長おおおおおおおっ★?!」
「あーアタシに攻撃はご勘弁×、そこの旦那なら身体がピックリしてるだけでさあね。…蕁麻疹はさておき、起こる症状は痛風みたいなモンでして、二ヶ月もすれば治まりますから。」
「××症状?何を言って×……それより顔に付いたアレわっ??!」
「!────→~…不味い、←奴ら5~6km程先まで近付いてる。」
「は?何で……そんな事が分かるんだ?」
「虫の知らせってヤツですよ。奴らの目的地は多分ここじゃない。でもお仲間が混ざっててここが目に付いたりすれば十中八九襲って来ますわ、手駒は幾つあってもいいからねぇ@。」
「え??」
「~いいから!さっきも言ったでしょう、これ以上ここに居ても全員ヤられるだけ、アタシは厄介者が増えて大困り、誰も得しやしないのさ×。このド田舎から離れてくれさえすれば何処だって構わない、どうかフォーチュンストックから隊を引き揚げておくれでないかい?」
「「───────」」
参謀役のインテリ眼鏡と負傷者らは互いに見合わせると全員が一斉に動き出した。工作員達は異郷の地での想定外の戦闘に損耗し疲弊し切っていた、継戦能力などとうに喪失している事を身を以って理解していたのだ。堅物の厳つい隊長殿はショックで気絶したまま、負傷者達の行動を邪魔する者は居ない。
彼らが急ぎ撤収準備に取り掛かるのを見て洞の遣いは立ち去ろうとするが、インテリ眼鏡はそれを呼び止め、聞きそびれの情報を改めて訊き出した。三つ目の情報、彼らの活動を阻害した敵の正体は自称錬金術師であり死体を自在に操る妖術を使うと言う。かつて魔性の国と呼ばれた本邦ではあるが、今時そんな話を聞いても子供ですら鵜呑みにしない。
得体の知れない敵の渾名は「屍男爵」。
手品師に道化師を足してゼロで割ったような頭のおかしい風貌の変人だそうな。
見た目も然る事ながら、操る軍勢は撃退に一個師団を要する程の危険な存在らしい。
字面からは人物のシルエットすら想像し辛いが、国外での隠密活動とは言え平時が戦時のブラスバンド兵をボロッカスにしてくれたのは紛れもない事実。インテリ眼鏡は部隊の惨状を物証にその変人の情報をせめてもの手土産とする事を画策していた。闇巫女の他にも好材料が隣国に転がっている、自分達に次があると未練がましい想いを馳せて。
次に彼が気になったのは洞の遣いの素性である。
変人に囚われていた同胞の一人へリング上等兵は正気を取り戻した訳でなく、彼女がステータス異常を一時的に上書きしただけとの事。時間が経てば再び変人の言いなり、治す術があるかは判らないと彼女はエア匙を投げる。
因みに、隊長を昏倒させたのは彼女がどうやってお見舞いしたものか一塊のヒルの群れで、付着した生物の体内に潜り込んで延々と血を啜りアレルギー症状も引き起こすえげつない珍種らしい。薬漬けで弱らせているため一世代の内に全個体の命は尽きるそうだが、宿主の栄養状態が良いと回春して苗床コース確定、末路はお察しだと。屍男爵と言い彼女も大概である。
そんな彼女はトランプの闇市でアングラ商品の売買を生業としており、この秋に洞の末席へ名を連ねたものの、人使いが雑で待遇はあまり良くないと愚痴を零す。
蟲を使役する婀娜っぽい洞の荒事師、通り名は「月曜日」と言った。
☆☆☆
聖アレゴリー女学園校舎の非常階段の裏、薄暗い物陰でメイド服が周囲を警戒しつつ鼻をスンと鳴らす。褐色の肌には眼のような形をした紫色の紋様が浮かび上がっている、暗礁密林から来た噂のメイド「ジェズ子」ことジェズワユト・ウ・ナパンティ。顕現するは紫の「百目梟」、暗殺に特化したヤドリで索敵もお手の物。しかし、幾ら優れた能力があると言えど数の暴力は如何ともし難い。
(本の次は目かあぁ↓↓。)
ジェズ子の本日の使命は「司書メッツィー以外に教会の番人が居るか」どうかを確認する事、極力人目に付かぬよう物陰から物陰へと学園内を隈なく巡る。あくまで目的は人探し、学舎と言う場所だけに平日昼間では人目を完璧に避ける事などほぼ不可能。
(こちらの存在に少しでも気付かれたら視線を振り切るのは厄介なのに、ここから隣の校舎へ行くには…やっぱり普通のメイドの振りをした方が目立たないか×。)
ヤドリを解き、下ろした両手を前へ重ね合わせ何食わぬ顔で外の道を行く。既に放課後なので生徒らは其処彼処を歩いているが、人目の数だけで言えば授業の間よりマシだったりした。特に三時限目は窓と言う窓から視線の集中砲火を浴びせられ、ヤドリを使う余裕も無い始末。これら視線の大盤振る舞いから敵のものを析出するのは如何なジェズでも至難の業、桁外れた強烈な気配でも無くてはノイズに埋もれてしまう。
また、向けられる視線の質にも問題があった。教職員から向けられるそれは大抵蔑みなので、慣れっこのこちらは親しみすら湧いて来るが、困るのは大多数の生徒から向けられる物色するような視線だ。来たばかりの頃と打って変わって珍しい南国の果物でも見詰めるような眼、何かを想像してクスクスうふふと面白がっている。どうしてそんな眼で見られるのか解らずジェズ子はゲンナリ。
(そうだなぁ、…僕だったらワニを見掛けたらここの生徒と同じ眼をして見ちゃうかな。あーワニ~、ワニかー…#久し振りに食べたいなぁ……
──でも今僕はワニの気持ちを理解してしまった卍。食べられたく…ないよね。)
男も食料とする暗礁密林の女傑「闇族」の恐怖のイメージが女の園と直結している。荒事で敵うような生徒は居ないと判っているが、夜中の図書室で遭遇した正体不明の全裸少女達の件もあり、ジェズは異性の集団に対し苦手意識が払拭出来ない。半日以上目を光らせているが流石に疲れた。
校舎の中に入ると廊下奥から向かって来る二人組と目が合う、クスクスうふふ。いい加減嫌気の差したジェズ子は二人の視界から何の予備動作も無く一瞬で姿を消してみせる。
「「☆★!?────────っ、←」」
突然の珍事にビックリした二人は確かに居たはずの褐色メイドの処まで駆け寄って辺りを見回す。何処にも見当たらない、そんな馬鹿な、
「←→?……あのメイド、確かにここを歩いていましたよね?」
「そのはずですわ。──夢でも見ていたのでしょうか…」
「私達二人で?」
「………」
ジェズ子は天井を背に心張棒の如くつんのめり、壁のモールドを素早く伝って階段通路側の天井へと移動していた。こちらに気付かず下で困惑する二人を高い天井から見下ろし、「見世物になってやらないぞ」とプチ仕返ししてやった気分になる。しかし、登校初日にノンを助けた時の事が頭に浮かんで自分にゲンナリした。
(×またつまらない事を。何やってるんだ僕は↓…──
────────────────────────────★!?!)
気が緩んだ所でギョッ、余裕でステルスを決めた自分の直ぐ右隣にタタリが自分と同じ格好をして貼り付いているではないか。虚を突かれたジェズは驚くあまり脚を滑らせるが、必死に裏返り横渡の出っ張りへしがみついて足で宙をシャカシャカ駆ける。四苦八苦しながら両足でも出っ張りにしがみつき何とか落下は免れた。目も当てられないド根性ガニ股メイドの酷い有り様。
(★☆ぃいぃいっ×いつの間にタタリ?!……えっ?僕、結構本気で潜んでたのに…この子どーやってここに来れたんだ?しかも僕が気付かなかった?×なんで?なんで??)
「…ちょ×、ぁの……タタ…リ?」
「────────────────────……→」
二人並んで天井に張り付きながら慌てるジェズを気にする様子も躊躇も無くタタリはそのまま下へ飛び降りる。10m近くの高さをスカートふんわり、軽やか且つしなやかに着地した。夜間タタリと一緒に食材をチョロまかす時も思うのだが、あの身のこなしなら暗礁密林すら単身で生きて行けるに違いない。ひょっとしてサルファラス全員がタタリのような体術の達人なのかとジェズは戦慄した。
忘れがちだが、生身の人間が高所から落ちて無事でいられるには相当の好条件を必要とする。
落ちる高さがたった1mだとしても死ぬ人は死ぬ、例えヘルメットをしていたとしても。
10mなら半日以上生存、20m以上は即死、それが現実だ。
先程まで居た二人組は既に立ち去った模様、微妙な気持ちで彼も飛び降りる。傍らに立つタタリの眼は垂れ流しの真っ黒な髪で相変わらず見えないが、酷い隈だけは不思議とよく見える。サルファラスには思えぬ病的と言ってもいい程の白い肌、特徴的な口許、小さい鼻、小さい背格好。こんな小さい女の子に能力発揮中の自分が追い付かれたとジェズはそこそこショック。
「…ぇぇえと、あの↓、タタリ~…?」
「────←………、」
「?なんだい、──外?」
バツの悪そうな顔で覗き込むジェズをタタリは無言で見上げると、とりとめなく出された彼の腕の袖を摘まみ外へ引っ張り始める。女学園に来てからこの子は自分から他者へ働き掛ける行動を見せるようになった。いい事なのかも、そんな風に感心していたジェズは暫くして興味深い事に気付く。
(向けられる視線が変わった…──向けられても長くは見続けられなくなったぞ。面白がられてもいない。気楽でいいんだけど、どうしてだろ?……まさか、これもタタリの術なのかな??)
或る意味そう言って良いかも知れない。ジェズ子を見る者達にとって纏わり付いているチビメイドは余計な情報であり、知覚は興醒めさせられるのだ。
そうこうする内タタリは建造物から遠く離れた学園敷地の外側近くまでジェズを連れ出していた。そこそこ歩かされている。外縁は壁や柵が無いものの針樅の木の森に囲まれており、学園の敷地である事を示す立て札が点在していた。一通り見渡すとタタリに見上げられる。こちらの反応待ち、こんな処で一体、
「──→───←────……」
ジェズは直ぐに察知した。ヤドリを使うまでもない、こそこそ物陰に潜み獲物の様子を窺う卑しい血を吸う虫のようなこの気配、さっきまで自身もそれに近しい存在だった訳だが。タタリが伝えたかったのはこれかな、ジェズは風景に馴染むようタタリと一緒にお散歩メイドを決め込んだ。
森の中は背の高い植物が生い茂り、所々高低差があるように見受けられる。中を行くには立体的な移動を余儀無くされるだろう、ジェズがそんな事を思っていると樹々の暗い陰に気配の本体を見付けた。
(農家の人…──かな?)
茶色系統のキャップ帽と衣服に身を包む中年が、境界の茂みの裏から学園の敷地内を死んだ魚のような眼で眺めている。森の中に農夫が居たとて特別不思議でもないが、耕作地から随分離れた深い森に何の装備も持ち合わせず一人でいるのは極めて不自然。とは言えそのオッサンが果たしてジェズの探していた「教会の番人」なのかと問われたら、そうではなかろうとも彼は思う。この独特な薄気味悪さ、覚えはあるものの肝心の記憶が何処かに引っ掛かって出て来ない。
そろそろ最接近、距離5m程の処を道なりに通り過ぎるコース。
そこで強烈な殺気を感じた。真後ろからこちらへ急接近。
「★速い!」
殺気はジェズ子の横、チビメイドが居る反対側を一直線に素早く通り抜けて茂みの中へ跳び込んだ。ジェズはヤドリを使わない素の状態で農夫に神経を集中していたため、通り過ぎた存在の気配に全く気付けなかった。一瞬焦るが全く動じないタタリを見て気を取り直し殺気の後を急ぎ追う。
突入した茂みの裏では農夫の身体がCの字に少し浮き上がっていた。足掻くように両腕を広げ、眼を剥いて窄めた口先を繁吹かせる。引き伸ばされた時間は元に戻り、勢い良く後ろへひっくり返った下から殺気の本体が人の姿へと伸び上がった。
咲き誇る花の如く煌びやかに舞う蜂蜜色の豊かな髪、現れたのはクラス委員長カトリだった。
伸ばした右腕は細剣を収めた鞘を逆手に携えている。柄でボディーブローを見舞ったらしい。
倒した相手を薄目で見据えお嬢様は「ふう」と細長い溜め息、一体何が起きたものか。
(何これ……色々あり過ぎてちょっと解っかんないぞ~×。ぇえと、つまりこれは…)
「そっか!タタリは僕に気分転換させたくて、二人の勝負を見せようと僕をここへ連れて来てくれたんだね☆!」
「~~勝負事をしている訳ではありませんっ×。何故私が武芸に疎い一般人と闘わなくてはならないの?物事を確り観て状況を理解なさいっ、普通に考えておかしいでしょう!」
「あははは、でもいい気分転換になりました◎。それじゃ僕達はこの辺で。→」
「★←待ちなさい!緊急事態なのよ!?」
「え?でも…」
疲労のせいで感覚が鈍っているのか、森の更に奥10m程の処に在る谷間のような窪みの下で農夫の仲間と思しき連中がうろついている事にジェズは漸く気付いた。漂う怪しい気配は確かに異様だが。
カトリは細剣を腰に脇を絞め尚も猛然と立ち向かって行く。
「←←鳩尾を狙うのが、効果的っ!→水辺に突き落としてもっ~~いい!←呼吸が暫く止まりさえすればっ、……~戻せるっ!!」
相手は曲がりなりにも大の男、彼女は体格差もあるその三人の間を縫うようにして台詞も終わらぬ内に人数分の打突だけで全員倒してしまった。武装して一対一での条件なら戦闘力は臣下のナスカに匹敵するかも知れない、ジェズ思わず拍手する。
「お見事です。」
「~↑お前はまだ現状が解かっていないのっ?」
「学生が跳び出て男達を凶器でノックアウトしたとなら。」
「×↓───
──────────さっきの彼等は…『歩く屍』だったのよ。」
「?──死んでないじゃないですか、」
「見た目の印象が架空の存在『歩く屍』のイメージ通りだからその名で呼ばれているだけよ。生きている人間が催眠術のようなもので操られていると言うのが専らの噂、正体は結局判っていない。情報も一般的には伏せられているから、本当に動く死体の化け物だと未だ信じている人も多いわ。」
「はぁ。」
何の疑問や関心を抱かない如何にも頭の悪そうな反応を見てカトリは溜め息を吐き捨てる。左腕で長い髪を一薙ぎして姿勢を正すと前へ立てた剣の柄に両手を置いた。
「…まぁ、確かに余所者は知らないかも知れないわね。
あれは忘れもしない半年程前の事、満月が赤く輝く不気味な夜にこのフォーチュンストックは未曽有の危機に晒されたわ。──あの歩く屍が街中に溢れ、その幾つかがこんな郊外にまでやって来たの!想像上の化け物に現実で襲い掛かられたものだから民衆は大パニックになった、信じられないでしょうがこれは事実よっ。」
「───」
「創作と違って死体ではないけど、襲われれば被害者も歩く屍になってしまう。←お前はさっき危険な状態だったの!その危機から私がお前を救ったのよ!?誠心誠意感謝なさい!」
「それはありがとうございます。…この辺はさっきみたいな人達が普通に居るんですか?」
「×普通に居られて堪るものですかっ。事件当時に全員正気へ戻した、はずだった。~まさか学園の近くにまだ残っていただなん…」
(いえ、あれから随分時間も経っている。──もしかして残っていたのではなく…)
「それで編み出された対抗策が『息を止めさせる』事なんですか。」
「…戻し方などの情報は県警より地方自治体を通じて齎されたわ。それも、~事件が起きて一週間も経ってからっ×!
~~遭遇当初、化け物と信じ込んでいた私達は自衛のため戦わざるを得なかった!!
歩く屍と化した人々は大切な人までも皆↑!!卍………傷付けしまったのよっ………」
「───」
「化け物退治をしたつもりが只の殺人行為だったと判った人々は後悔と苦悩に苛まれた。だから情報開示をどうするか県議会で議論に時間が掛かった、……らしいわ。~でももっと早く事実を伝えてくれていれば悲劇は避けられたのにっ!被害者には強い社会的影響力を持つ旧貴族も含まれていたけど、その彼らがどんなに訴え掛けても県議会は何の責任も果たさなかった!それ所か事件に関するあらゆる主張を封殺したのよ!!教会ぐるみでっ!!
私は幸い人を殺めるまで至らなかったけど…~~行政の不手際を私は赦さないっ、絶対に!!」
下唇を噛み締め悔恨の沸々たる怒りに柄の上の握り拳を振るわせる。彼女や他の生徒らが県知事の娘であるノンにきつく当たる主な原因はこれだった。怒りの矛先をノンへ向けるのは単なる八つ当たりだが、ノンの人間関係における距離感の不器用さを嫌っている事も要因の一つだった。
与り知らぬ事情をクドクド聞かされる余所者の身としては、
(教会の番人じゃないならこっちはもういいんだけど…──あぁでも倒された連中どうしよう。僕は何もしてないし?放っといていいかなぁ…)
「↑ちょっと!~私の話を聞いているの?!」
「え?はい。えと……対抗策が一週間ですね。」
「お前っ、~自分より私の方が弱いと思って馬鹿にしているでしょう、」
「別にそんな事は。今ちょっと忙しいので。」
「忙しい?@校舎や周りを只うろうろ視て廻るだけの行為が??」
ジェズ子はあからさまにビクつく。今の彼は動揺を隠せるほど器用が働かない。
(…この人、ず~っと僕を監視してたのか。──さっきはいきなり跳び出して来たように見えたけど、この辺に居た訳じゃなく僕の後をずっと尾行てたんだ×。いつからだろう、放課後ずっとかなぁ?気付かなかったよ↓。今日の僕は何か本当に駄目ダメだなぁ…)
「この学園は広いので、アハハハ。それじゃ僕達はこの辺で。→」
「↑↑待てと言っているの!人を愚弄するのもいい加減になさいっ!」
「~見て回るのはミーシャお嬢様からのお言い付けなんです。勘弁してください。」
「お前が他者に礼を欠いたなら、それはお前の主が礼を欠いたも同然!お前が主の顔へ泥を塗る事になると理解なさい!!」
「××───…どうすればいいんですか?」
射るような目付き、カトリが足を揃え背筋を伸ばした途端その場の空気が一気に張り詰めた。寝かせた剣を左手で厳かに前へ翳し、右手で柄を握り締め両腕をゆっくり広げて行く。一筋に伸びる銀はやがて屹立する十字を上下に分け、風音を伴い真上へと掲げられた。天頂に輝く切っ先は軌跡を描いてジェズ子へと向けられる。左手で鞘を腰に臨戦体勢。
「私と決闘なさい─────敗者に要求を突き付けるつもりはない、安心していいわ。」
(最初からそれが目的か。そうでなきゃ剣を持って後を尾行る訳がないもんな×。)
「僕は武器を持っていません。」
「自分が対等な立場だなどと思わない事ね。」
氷の視線、冷酷な表情、ジェズ子へ向けた刃も微動だにしない。
「私は支配する側、お前は支配される側。それ以前に私はシルキッシュ、お前はヴィリジアン…
その差は天と地程の隔たりがあるの、決定的な!↑自分の立場を弁えなさい!」
「──」
「私が剣を持ち、お前は武器を持たない、それが何?@卑怯だとでも言いたいの??
私は私の全力を以っているだけ、お前はお前の全力を以てば良い。ただそれだけの事っ!」
「…あの、学生が余所ん家のメイドと決闘って、この学園じゃ普通なんですか?」
「関係無い。私は私を弱いと見下すお前のその態度が気に入らない。」
「見下していません。ミーシャお嬢様やメリーベル家を害する事さえ無ければ何も思わない。」
「~っだから見下していると言っているのよっ!」
(面倒だなぁ。もう風で吹き飛ばしちゃおうか@、雷で痺れさせちゃおうか…──いや、ヤドリの力を見せびらかすような事はヤめよう×。何かこの学園じゃ足しにならないって言うか、やっても大した事ないって言うか…)
「僕には闘う理由が無い。」
「なら棒立ちのお前を私が気の済むまで斬り刻むだけだわ。この剣でお前の身体を魂の尊厳もろとも完膚無きまでボロボロにね!…そして私が勝つ。ただそれだけよ。」
「分かりました。ではどうぞ攻めて来てください。──タタリはちょっと離れてて、」
「闘う気になったようね。──────」
シルキッシュによる虐待。それなら話は別、むしろジェズには慣れた手合いだ。
タタリはジェズの身を案じるでも無く言われた通り少し離れて欠伸に掌を宛がう。
対峙するシルキッシュの女剣士とヴィリジアンの使用人、両者微動だにせず。
鋭い一閃、風切り音。
「★!!」
「───」
鍛え抜かれた身体の素晴らしい瞬発力、カトリは一瞬で間合いを詰め凄まじい刺突を放つ。しかし敵の左肩を貫通するはずの剣先が穿ったのは肩の上の虚空で、彼女の右腕は敵の片手に捕らえられてしまった。刹那左手の鞘を敵の横っ面へ振るうが、その顔は既にカトリの右腕の下を身体ごとするりと潜って背中へ滑り込む。後ろから両手でがっちり掴まれたカトリの右腕と左肩は有無を言わさず背中側へ反らされ、卵の殻を割るように胸ごと両腕が開かれた。負けじとカトリは右足を横へ上げるが即座に身体を後ろへ傾けられ蹴りも放てない。
たった数秒の出来事。上半身をジタバタさせても拘束はビクともせず。
「ひっ×~~卑怯者っ!正々堂々と闘いなさい!!」
「正々堂々↓。斬り刻めばいいじゃないですか、全力で。」
「★!?~~~何処までもっ何処までもっっ人を馬鹿にしてぇえぇえぇえぇえっ!」
これは分からせタ~イムのお時間が必要か。別に楽しい行いでもないが。
ジェズは蜂蜜色の髪を避けつつ彼女の耳元へ口を寄せた。
「…僕に全力で闘わせたいなら」
「☆#っ?!」
「あなたと同じくらい強い人を10人連れて来てください。」
「……★はあっ?!!」
「倒したいのであれば20人連れて来てください。」
「卍っ…────」
「一人でも死なせずに成し遂げたければ30人です。」
「★卍#!?」
「40人居れば一人か二人は無傷でいられるでしょう。」
「………」
「連れて来れないなら『貴女自身がその人数分強く』なってください。だけど仮に……
40倍強くなれたとしても、
30人近くが死ぬ程度の攻撃を1人で受ける覚悟をしてください。」
「!!卍~~~~~卍#~~~~~卍#っ、」
腰から上を後ろへ傾けられているため押さえられる腕と肩にも体重を預けざるを得ず、腹の下に気合いを込めるが腰から下は言う事を聞いてくれない。震える足のガクガクが上へ這い登り背中をゾクゾクさせる、こんな恥ずかしい格好をよくも私に。背面の輩から耳元で囁かれる内カトリの怒りは怯えに変わり、ダメ押しの下りでは彼女の中の恐怖が更に異質な何かへと変容しつつあった。まだ隣にある顔へ噛み付いてやろうか。胸の鼓動が徐々に高鳴り、声を忍べど息はどんどん荒くなる。
もういいか、ジェズは縛めを解きカトリの背を軽く押して身を離した。足下の覚束ない彼女は息も整わぬまま再び戦闘体勢を取る、ジェズ子は構えない。
「この決闘、僕の負けです。」
「────────────────★何ですって?!」
「あなたの腕を取ろうとした時、かわし切れず手の横を斬られてしまいました。僕は傷を負わず出来ると思ってたんです、でも出来なかった。油断していた、だから……僕の負けです。」
肘から下を差し出すと左手側面の小指の付け根から手首に向かって手袋が切り裂かれ血を滲ませていた。カトリは攻撃を中てた手応えを感じていない。
「…………」
「侮っていた事を謝ります。それと、屍から守ってくださってありがとうございました。→」
「★?待ちなさい!!まだ用は終わって」
「←僕の住んでいた暗礁密林は弱肉強食の世界です!人間であれ何であれ負けた者は勝った者に食べられる、常に死と隣り合わせなんですっ。」
まーだ分からんか。あれだけ脅し何とか一区切り出来そうだと踵を返した処でまたもや呼び返されジェズは流石にイラついた。
「勝つとは生きる事、負けるとは死ぬ事。
あるのは自分自身の力のみ、卑怯もへったくれも無い。あなたの言う通り!」
「───────」
「あなたはこうも言いました。自分が対等な立場と思うなと────」
「★★卍卍っ!!」
カトリは目を瞠る。今感じる強烈な恐怖は図書室において詰め寄られた時の比ではない。
(自分と対等な立場だと思うな……
『弱肉強食を生き抜いた』自分と、~そうではない私が対等などとっ★?!
…このヴィリジアン、褐色の肌の内にまだまだ恐ろしい力を秘めている……この前霧を恐れなかったのは単なる無知蒙昧に非ず、霧魔さえ凌駕する力を普通に持っているから何の関心も無いのだわっ卍!~やはり私が知る下賤な蛮緑達とは生きて来た世界が全く違う。───
私が感じた「格の違い」は言わば目測誤り。巻き尺を用いるべきモノなのに、私は物差ししか測る物を知らなかった。そして多分…測れる巻き尺を手に入れられたとしても、私には使い方が解からないのでしょうね…)
自らが歯牙にも掛けられぬ存在なのだと思い知らされカトリは肩を落とす。
そんな彼女の心中を想ったのかジェズ子は困ったように微笑んだ。
「剣術同士での勝負だったら、あなたの圧勝だったのに。」
「!──────」
茫然と膝を落とすカトリ、ジェズ子は再び背を向けタタリを伴いその場を後にする。これで呼び止められる事は無かろうと言う安心感があった。
暫く並んで無言のまま歩いていたが、二人きりになるといい加減ジェズの目がバッテンになる。
「ぁああああっ×、かなり痛いんだけどこれえええ*~…」
「─────、」
「?…僕が何もしなかったのかが不思議かい?──本当なら色々出来たんだ。でも変な事考えてたら、あっちの攻撃が意外に速くってさ×、あんな事しか出来なかったよ↓↓。」
「───←」
「*─────?──手当してくれるの?」
右隣を歩いていたタタリはジェズの左へ回り込み、彼と比べ小さな両手でジェズの傷付いた手を取る。それだけでもジェズは痛くてビクビク。鮮やかな赤が痛々しい手の端をタタリはまじまじ見詰めるとおもむろに顔を近付け、ちんまりベロを出して手袋から覗く傷口を舐め始めた。
「☆★↑いっっっった!?×痛い痛い痛い!*痛いってばタタリっ×!」
ペチャペチャペチャペチャペチャペチャペチャペチャペチャペチャペチャペチャ…
「★*だから痛い痛い痛い痛い!!卍痛いよタタリいいいっ!××」
「───…↑」
見上げるタタリの不思議そうな顔。消毒のつもりか痛いの痛いの飛んで行けか、一体何を考えているのやら。ベソをかくジェズを見詰めながら舌舐めずりすると、タタリは天啓を受けたかの如き衝撃ぶりを見せた。
黎明、見た目の陰気な少女に眩いばかりの光が降り注ぐ。
「☆☆☆#!」
←←チュパチュパチュパチュパチュパチュパチュパ!
チューーーッ、チューーーッ、チューーーッ、チューーーッ!
「★★あだだだだだだだだだだだだだだだ卍*!?!ダッ×!タダ★?卍痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっ×!!」
それはまるで広大な砂漠の中を延々と彷徨い歩いた果ての果てに漸く辿り着けたオアシス、口にする瑞々しさが渇ききった身体と心を髄の髄まで潤して行く。生命に満ち溢れる悦び、生きていると言う確かな実感に身が打ち震えた。一心不乱に鼻息をうんふうんふ言わせている辺り、雰囲気的には海老の頭に後ろからしゃぶり付いて美味いミソを啜るのと大差無い。
ジェズは首をブンブン歯軋りギリギリ堪えていたが、あまりの痛みに耐えかね涙目で吸血鬼を引き剥がした。右手で額を押さえられ遠ざかるオアシス恋しやタタリは両手バタバタ。
「★*ぅヤあああんっ×、もっとおお##!」
「★ダメダメダメダメ!もっとじゃないでしょもっとじゃ×!これ以上はめっ!!*」
「**ぅぐううううぅぅぅ~……─────」
「★!?→」
咄嗟にジェズは膨れ面タタリの必殺股間クローを警戒するが、気配がチラつくだけで強襲される事は無かった。玉ヒュンしつつ固唾を呑みドキドキする内タタリは不機嫌そうに前へ歩き始める。ジェズは右手で左手首を押さえながら或る事に気付いた。
(!スカートはチャックが前に無いから僕の股を掴めないんだ☆。───いやまぁ、だからって一生スカートを履く訳にも行かないし、今はそんな事どうでもいいや↓。結局何がしたかったんだあの子は…
──単純に歩く屍とか言うのが来ている事を教えてくれたのかな、僕は捉えてなかったし×。クラス委員長の人と勝負になるなんて思わなかったけど、お陰で人に襲い掛かる変な奴らが居る事も分かった。…襲われると同じ屍になっちゃう?よく解からない事言ってたなぁ、悪魔にでも取り憑かれたのかな?教会の番人じゃなくてもひょっとしたら何処かで邪魔になるかも知れない、早くミーシャお嬢様に知らせなきゃ。
~うううんっ*。ロクな食べ物も無いし、この傷簡単には治らないぞ~↓。)
この学園ではまともな治療も受けられそうにない、カトリとのやりとりで自身の取った行動は最良だったのか自信が持てない。これでは夜中の食材確保にも支障がある、て言うかメチャクチャ痛いんだが。ジェズは抱える悩みを意識の棚に上げ下げしつつタタリの後をついて行く。
そして、一人取り残されたカトリ嬢はその場に佇み夕日の照らす愛刀を未だ見詰めていた。確かに僅かながら血液は付着しているもののやはり実感が無い、ジェズ子の巧妙なトリックではないかとの思いが過ぎる。それでも相手が凄い事に変わりは無い。
(試合に勝って勝負に負けたと言った所かしら。敢闘賞のつもり?~大いに屈辱だけど…それでも、
戦闘に負けて戦争に勝ったわ!確かめたい事は確かめられたものっ。
闘ったからこそ分かるあの力、そして何よりこの血の「匂い」…──思った通りね#!)
腕比べで勝ちたかったのは無論だが、彼女の本来果たすべき目的は他にあったのだ。まんまと達成する事が出来て恥辱も忘れ思わずほくそ笑む。機嫌を直し剣を下斜めに振り払い鞘へ収めた所でふと疑問が湧いた。
(それにしても…あれだけの実力を持つヴィリジアンが、どうしてこの国でお行儀良く使用人なんかしているのかしら?実力だけで考えれば裏社会のもっと汚い仕事の方が打って付けよね?それが何の変哲も無い酒蔵の娘の付き人をしているだなんて──
圧倒的力を従えさせているあの女…~一体何者なの?)
自分で不穏な空気を醸すとカトリは先ほど緊急事態に直面していた事を思い出す。
「★そうだわ、歩く屍!←」
続け様に電光石火の勢いでボディーブローをお見舞いした男達は暗い森の中で昏倒したままだった。初めに倒した農夫へ駆け寄り横から肩を揺さぶる。
「もし、……~もしっ、確りなさい!」
「───
────────────……んん…──んん゛ん゛ン★ゴッホゴッホゴホッ!……×?」
「!気が付きましたかっ。起きられますか?」
「×イデデデデ、@────んん×、何だ?……何で俺ゃあ…こんな処で寝てん★うわ!口ン中臭えええっ×!─────!?…あんたは何だい??」
息を止めさせるなどして呼吸を乱すと正気に戻る、そして今まで何をしていたのか憶えていない。歩く屍の典型的な特徴を見て、元へ戻せた事にカトリは安堵した。
「…良かった。ここは聖アレゴリー女学園の外の森です。貴方達は歩く屍となってこの辺りを徘徊していたのですよ、」
「歩く屍?───…何だいそりゃあ?」
「★×夏にあれだけ大騒ぎになったでしょう?!」
「?──いやぁ、分からんねえ。」
「?そんな馬鹿な!」
(事件はおろか歩く屍自体を知らない??学園よりも街から離れた情報源に乏しい集落の人達なのかしら?──!そんな事より)
「←貴方っ、直近の記憶は?何処で何をされていました?」
「えっ?───牧場で…サイロの修理をしていたさ。」
「何が起こりました?」
「壁が崩れて干し草が漏れ出たんでね。」
「!そうじゃなっ×……ならそれは何時っ?」
「昨日。」
「~日付は?!」
「×ぁああ?えぇと、──12月…8日だったか9日だったか、それが何だ??」
歩く屍となる直前に起きた出来事を聞きたかったカトリは思うような回答を得られず苛立つが、日付を聞いて確信した。この農夫は数日前まで歩く屍と無縁に過ごしていたのだ。
(やっぱり…──生活能力の欠如した歩く屍が単身で長い間生き続けられるはずは無い。事件のあった初夏から存在し続けていた歩く屍でなかったのなら『歩く屍を成す何某かが学園に近づいて来ている』事になるっ!学園の誰かが歩く屍になって暴れ回る可能性もあるわ卍!!)
「…情報感謝しますっ。離れた処から来られたようですし今日はもう遅い、急ぎ学園側に事情を説明しなくてはなりませんので同行下さい。他の人も起こしますっ、手伝って頂けますか?→」
「え?あぁちょっと、」
夜、古臭い寮の一室に菜種油の心許ない灯が揺らめく。皿と芯だけのなんちゃってランプの明かりの許で教科書とノートを広げているのはパジャマにカーデガンを羽織ったミーシャだった。一人静かに今週の復習中、部屋によっては電灯もある名門校の寮で何が悲しゅうてこんな。デコマヨとの取引が巧く行く事を願うばかり、頑張ってもらう男役はチビメイド共々早々に休ませた。
ジェズの左手の切り傷は調理用の白ワインで清め、森に自生していたハーブを練り込んだバターを軟膏代わりに塗布し、乾燥した清潔なハンカチでくるみ応急処置とした。山間部に伝わる民間療法である。
手にする鉛筆をノートの上へ転がし傍らのティーカップを無気力に呷る。晩飯時に淹れておいた冷めきった紅茶、実家と違い温かい物も気ままに飲めない。眉間に皺を寄せ左手で目頭をぐにぐに、ちょっぴり溜め息をついた。明日は待ちに待った日曜日、図書館の出入りも許可は得ているのだが。
(手の届く場所の本はざっくり一通り探した。でも、ノンの言ってた通りホントに「精」の字すら見付からない×。明日は外国語で書かれた本を辞書と睨めっこしながら調べるつもりだけど…アッッタマ痛いわー×。それで無いならいよいよ上を探すしかなくなる。図書委員会でもっと上まで届く梯を発注してるったって、……いやまぁ、助かるっちゃ助かるかなぁ…
ジェズは歩く屍とか何とか言ってたけど…例によって話が今一要領を得ないし、クラス委員長と喧嘩して傷を貰って来るし×。人の見えない処でウチのジェズに何してくれてんのあのお説教女~~っ。
…明日朝ご飯が終わったらジェズには少し休んでもらおう。×あたしも休みたいなああぁ。)
両腕を上にぐんと伸び、緩んでから自分の肩揉み右左、主も従者もお疲れ様。
所が、実は疲労の一つも無く隠れて美味しいモノにありついている者が居た。そいつはミーシャの居る部屋からトイレを挟んだ奥の物置のような狭い部屋の暗闇でオンボロ布団の中に潜んでいる。白い肌小袖を纏い抱き枕へ覆い被さるように絡み付いているのはタタリ・アマガミ、その抱き枕になっているのは仰向けで眠る肌着姿のジェズだった。
この部屋は当初「男女同じ部屋は宜しくない」とジェズだけ押し込められたのだが、タタリは至極当然の如くジェズに付いて行ってしまい、なあなあの内に使用人二人の部屋と言う事になってしまった。この状況をミーシャは二人の年齢差とタタリの未発達ぶりを鑑みて問題視せず、それぞれ与えた布団が中で一緒くたになっても気にしていない。
ぺちゃ、───ぴちゃ、──じゅる、じゅるる、─────────
布団の中でタタリはジェズの上へ憚りも無く這い蹲り顔を重ね合わせる。開いた口が蠕動する肉の柱を介し彼の口へと繋がって妖しい水音を立てていた。一つの生き物のような巨大な舌がジェズの咥内と言わず食道までをも凌辱し縦横無尽に弄ぶ、最早妖怪の所業である。凄まじい事になっているが当の本人は時折くぐもった声を上げるだけで全く目を覚まさない、尋常ならざる深い昏睡状態にあった。
ふううふううと獣のように鼻息を荒げて妖怪が頸を右へ左へとくねらせる。顎を上げると舌全体が生え際から脈を打って細まり、次には太くなってとぐろに巻き付いたジェズの舌を外へ引き摺り出した。解けそうになって彼の舌が沈み始めると再び顔を寄せとぐろを締め直しまた引き摺り揚げる、そんな事をまだだまだまだと繰り返す。人目の及ばぬ暗く狭い限定空間に繰り広げられる常軌を逸した光景、実は彼らがこの部屋へ訪れてから連夜の事だった。
ぢゅちゅうううぅぅ……ちゅるちゅるちゅぷ…────
舌の柱が元在った場所へ糸を引きながら啜り戻される。粘液の感触に狂喜した妖怪が両手でジェズの顔を挟んで自らの上半身を持ち上げると、布団の隙間から差し込む弱い光が貝殻の裏のようなタタリの瞳の色で限定空間を微かに映し出した。いつも黒髪の下で見えない瞳が今は丸々爛々と輝く。一度閉じられた小さな唇は大きく笑みの形に開かれ、はあはあと熱い吐息が漏れ出た。両手でジェズの肩にしがみ付き再びぶら下げた舌をジェズの唇へ捻じ込んで彼の舌をまた引き出す。そしていよいよ顔を近付け、舌を自分の口中へ引き摺り込みつつそのまま口付けた。
ディープキスと言えばエロい、聞こえは良い。しかし、
(カミチギリタイカミチギリタイカミチギリタイカミチギリタイ卍ヂュウヂュウレロレロヂュウレロレロ#カミチギリタイカミチギリタイカミチギリタイカミチギリタイ卍ヂュルヂュルエロエロヂュルエロエロ#カミチギリタイカミチギリタイ卍!カミチギリタイカミチギリタイ#!!)
狂おしいばかりの破壊衝動と肉欲。妖怪少女にとってこのヴィリジアンの舌は、
摩り減る事の無い「キモチイくなる水飴」みたいな物だったのだ。
本当なら欲望のまま貪るように噛み千切り余す所無く心行くまで味わいたい。噛み千切らずにいるのは、そうしてしまったらもうそれっきり二度と味わえなくなるからに過ぎない。そして、いつでも噛み千切れる余裕があるからこそ、敢えてそうしない焦らしプレイもお愉しめると言う寸法である。当人にその自覚は徐々に芽生えつつある。
かつて身を寄せていたガノエミー一家の擁する「表札の無い病院」でジェズを嗅ぎ付け味見してからと言うもの、タタリはこの肉の水飴が病み付きになってしまったのだ。ただの水飴判定で留まれば、もしかしたら燈王相手と同じく噛み千切りに及んでいたかも知れない。そんなタタリの性癖を良く知りジェズの命冥加に感心した姉貴分ヂャリコ・ワラスボの紹介で、タタリは水飴の居る酒蔵に住み着く事が叶った。しかし同じ屋根の下にはザクレアとユーディー、とても逆らえない最強生物の家政婦長カルヤ、まさかの珍客ケイトなど邪魔者が多く、タタリは中々ムラムラを晴らせない日々を送っていた。丸っきり日照り続きだった訳ではないが。
今回の交換留学はタタリにとって水飴を存分に味わえる絶好の好機。毎晩とろけるような快楽に浸れて髪サラサラお肌ツヤツヤ活力が漲る訳である。
そして今日、タタリは法悦を知ってしまった。
「………………………」
今宵はこれでフィニッシュと心に決めていた。口中へ引き込んでいる彼の舌の左側半分を器用に裏返す。舌触りだけで彼の舌の血流が手に取るように分かる、彼の顔を間近に眼を細めた。彼の舌の裏、太い血管を避けて犬歯の先で慎重にほんのちょっぴり傷を付ける。一瞬で仄かにピリピリと痺れるような血の味が広がった。
「☆★☆!!↑↑↑##◎▽↑↑◆〒※#!%↑↑*@##!#!!▼↑↑###!!!!」
強烈な快感が怒涛のように全身を駆け巡る。暴れる背筋を興奮の勢いで抑え込み、しがみ付いている彼の両肩も、股に挟み込む彼の腹も潰さんばかりに締め付けブルブルと打ち震えた。あわや白目を剥く寸前に辛うじてジェズの舌を釈放すると、力尽き崩れるように彼の頭の隣へ項垂れる。肩で息をし、玉のような汗で身体中がしとどになった。こんな遊びを憶えてしまっては知らなかった頃の自分に戻れない、心地良い疲労感に暫し微睡む。
(………トノ###…)
満足げに「はあ」と熱い息を吐き出してタタリは両手でジェズの頬を取り、べちゃべちゃになった口の周りを少女らしい小さな舌で慈しむように舐め取った。一通り舐め終わると軽く口付け静かな寝息を立てるその顔を見入った。
「──愛いのう…───」
自分が生きていると言う確かな実感にタタリはこの上無い幸せを感じている。
心中で殿と慕うこの者とでしか得られぬ幸福を失いたくはないと考えていた。
この幸せを奪おうとする者があれば何人たりとも許さぬと。
前回投稿から随分時間が空きました。2023年の夏はヤバかったね暑かったね!
実は色々な話を書いては没にしまくって時間が掛かりました。
途中まで話が進んでも「何かツマんね」となると、そのブロックは即お蔵入りにしてます。
サッパリ削除した物もあって何話書いたか分からない(><)。あー才能のある人が羨ましい。
楽しんでやってるだけだから別にいいんですけどね(^^)。
しかしー……今のこの舞台、ホント女ばっかだなあぁ…




