痴女が跋扈する墓地
▲▲▲ 前回までのあらすじ ▲▲▲
現役女子高生「ミーシャ・メリーベル」は老舗の酒蔵メリーベルの次期当主。
彼女は実姉リュアラの起こした秘密の裏サービス「黒ワイン」の使命を帯び、
「倦怠の古都」と呼ばれる地方都市フォーチュンストックに在る
由緒正しき名門「聖アレゴリー女学園」へ半強制的に交換留学生として編入して来た。
登校初日から彼女はお嬢様学校の表と裏の洗礼を受け散々な目に遭ってしまう。
性別を偽り連れて来た使用人「ジェズ」の不思議な力で難は逃れたものの、
裏サービスの仕事はまだまだこれから。
果たして彼女達は無事使命を果たす事が出来るであろうか…
※ 作中に造語が幾つか出て来ます。
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『シルキッシュ』作品に登場する大半の人が該当。
『ヴィリジアン』弱肉強食の自然に生きる人々でシルキッシュの差別対象。
『サルファラス』シルキッシュの差別対象だが独自の文明を持つ人々。
『脆灰』シルキッシュの蔑称。
『蛮緑』ヴィリジアンの蔑称。
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冷たい小雨のそぼ降る静かな森の片隅に箱のような形をした石が立ち並ぶ。自然石そのままの物もあれば丁寧に切り出され細工された物、経年劣化の著しい物など様々だが、それらは一様に苔むし閑寂としていた。その内一つだけある真新しい石の前で喪服姿の婦人が独り、傘も差さずにひっそりと佇んでいる。
その少し離れた後ろの方、傘を差し枯葉色の中折れ帽とトレンチコートを身に着けた男が声を掛けた。
「───何方が亡くなられたのですか?」
「……夫で御座います。」
「お怪我で、」
「…つい先日、事故に遭いまして……」
「お痛わしい。このような静かな土地柄だと言うのに。」
「ここは昔からずうっと何にも無い、寂しくて静かな所でした。ですが……近頃は街の方で治安が良くないらしく、ここも何か被るのではと、夫が……」
「嘆かわしい事です。『倦怠の古都』となどと呼ばれているのが嘘のようですな。」
「───────────」
重たい沈黙、周囲は風も無く樹々の葉から雨水が滴る気配がするだけ。大切な者を失い空っぽになってしまったどうしようもない虚無感だけがこの場に立ち込める。男は喪服の許へ歩み寄った。
「そのままでいては身体に毒です。」
「───……もう少し、このままで……」
「せめてこの傘を、←」
「…それでは貴方が」
「何、良いのです。──亡くなられたご主人の分まで、貴女はこれからも健やかに生きて行かねばならない。ご主人を悲しませてはいけない、」
「────────……お心遣い、有難う御座います**………」
男は自分の差していた傘をそのまま婦人へ手渡すと、帽子を目深に被り手ぶらになった両手をポケットへ突っ込んで静かにその場を後にした。傘を携え婦人は去り行く男の背を暫く見ていたが、程なくして夫の墓石へと向き直り再び長い沈黙の中に佇む。雨滴は粉雪よりもきめ細かく濃密になって行き、やがて寂れた墓地もろとも婦人を白い闇の中へ覆い隠してしまった。
男は草茫々の森の中、足下に見える轍らしきものを目印に歩を進める。
足取りこそ確りしているが、実はこれから行く先を決めあぐねていた。
(ほとぼりが冷めたのかと思えばやはり形を潜めていただけか。情報規制の徹底ぶりが恐ろしい、依然としてこの辺境にフー・セクションが陣を構えているとは…)
深い森の中に不似合いなコート姿で道無き道を突き進んでいるのは「爆弾」の二つ名を持つ爆発物のエキスパート、イグナーツ・クリューガーだった。彼はかつての上官で軍のご意見番「准将」の要請により南の隣国トランプの辺境「フォーチュンストック」へ独り潜伏中である。彼の使命は古巣であるブラスバンド陸海軍が、標的とする闇巫女ブラック・ドゥーに因んでトランプと衝突せぬよう「調整」する事、それには武力行使も含まれている。目的の如何に依らず自国の軍隊が異国の地でドンパチするなどあってはならない。ブラスバンドは既に前科持ちだが、幸いこの辺境においてこれまで表立った動きは無かった。
しかしそれは自軍の話、隣国の様子が最近どうもおかしい。連日の調査続きでまた頬がこけて目付きが更に悪くなっている。もみあげからシナモン色の髪が水気を吸い解れて零れた。
(…ここ最近の「事故」は異常だ。数える程の人間しか居ないこんな町外れの集落でそうそう事故など起きようはずもない、死傷者まで出ている。警察は対応に出ているが間違いない、奴らは全員「フー・セクション」だ。恐らく事故に見せ掛け某かと交戦を続けている、事故として不自然でも奴らはそうせざるを得ないのだ。
しかし……そうせざるを得ない某の正体が未だに分からん×。
事故を起こしたとされる当事者は土地の者で、陸海軍やヒノワなど他国の勢力でない事は確認済み。理由は分からんが心当たりがあるとすれば────ブラック・ドゥーしか材料が無い。
奴の手掛かりは「喪服に身を包みフォーチュンストックで書物を読み漁っている」この一点だけ、住人の目撃情報に符合するものもあった。交通網を隈なく監視している陸軍が漸く捉えたブラック・ドゥーは、半月程前に県境を一度越えただけで、翌日には戻りの汽車の中で行方を眩ませている。フォーチュンストックまで戻って以来消息は途絶えたきりだ。
『この辺境でブラック・ドゥーが消えた』、奴を付け狙う有象無象は一斉に沈黙した……だがこの土地から動かない。)
情報を整理するうち眉間に皺を寄せ爆弾はイラつく。先ほど墓地で遭遇した未亡人と接触したのも相手が喪服の女性だったからに過ぎない、伝説の闇巫女ブラック・ドゥーと言う「フワフワした情報」に自分がまんまと振り回されている。情報操作は奸計に長けたフー・セクションの十八番、忌々しいこの連中だけが今フォーチュンストックで生き生きとしている。連中が戦っている相手とすれば、
(他国でなければ「洞」しか居らんだろう。──かつて荒事師として仕事を請け負った事のある身と言え、俺は他の荒事師に関する情報を殆ど把握していない。…もっとも、荒事師は自分の手の内を晒すような真似を嫌う。当の洞も頭数くらいしか押さえていないし、それで事足りるのだろう。~よしみで照会を掛けようにもこんな辺鄙な処では連絡が付かない。テーブルターニングへ赴くかブラスバンドへ引き返すかすれば連絡は出来ようが………それ以前に、果たしてフー・セクションにそこまでさせる荒事師が存在するだろうか?複数人が展開していると言う事も考えられなくは無い、しかしブラック・ドゥーに洞がそこまで注力するとも───~~~)
握り拳で口を塞ぎゴホゴホと咳き込む。冬だと言うのにこの辺りはここ暫く湿度が高い、冷たい霧雨は次第に濃くなりいよいよ霞み掛かって来た。これは、
(──霧か。療養に適した気候の穏やかな土地と聞いていたが、どうなんだこれは、流石に今は気が滅入る。身動きが取れなくなる前に次の集落へ移動するか。…→)
ブラック・ドゥーを付け狙う連中は教会の掌の上でいいように弄ばれる。
彼らはこのド田舎で互いを意識し息を潜め地味な活動を強いられていた。
■■■ 痴女が跋扈する墓地 ■■■
穏やかな晴天、聖アレゴリー女学園の大食堂は朝食を摂る生徒らで賑わう。慎ましく穏やかで喧騒の無い辺り流石はお嬢様学校、建屋は都内有数の高級ホテルに匹敵する豪華な造りでビュッフェスタイルとなっていた。獣の肉を食する習慣があまり無く海からも遠いため、肉と言えば干物かせいぜいが鶏卵。季節柄青野菜は遍くピクルスで果実はドライフルーツが殆ど、その他は雑穀類。これだけ見ると随分質素に思えるが、隣県が酪農の盛んな土地である事からバター・チーズ・ヨーグルトなどの乳製品が充実していた。この国の食事事情にこれら乳製品は欠かす事の出来ぬマストアイテム、都心では入手が難しい。
浮かない表情で朝食の席に座るのはデコマヨことマイユネーツェ・メディスンだった。今朝はデコの輝きに精彩を欠いている。机上のトレーにはコップと皿がそれぞれ一つずつ、オーツ麦にヨーグルトをぶち込んでドライフルーツをばら蒔いただけの大胆なメニューが清々しい。注文した当人はそれを見詰めスプーンを携えたまま固まっており、時折思い出したように混ぜ返してはそれを口に運ぼうとしない。溜め息をついてまた混ぜ返す、ふう。
「「←お早う御座います。」」
「──お早う御座います。」
「…どうかなさって?マイユネーツェ様。」「お顔の色が優れませんわ、」
「──何も無くてよ。」
「?そうですか。」「今朝も冷えますね。…こちら、暖かいジャスミン茶などは如何でしょう?」
「あぁ…いえ、結構ですわ。お気遣い有難う存じます。」
「「………。」」
「────────↓
─────────────うん。どうも…いけませんね、食欲が湧きませんわ。やはり私、身体の具合が何処か良くないのかも知れません。→私はこれで失礼します、皆様はごゆっくり。」
「はぁ…」「ご自愛を……」
「…マイユネーツェ様、近頃ご様子がおかしくてはなくて?」「確かこの前のお休みの日もご実家に帰られたのだとか。」「何事も無ければ良いのですけれど……」
普段は快活でエネルギッシュな人物が大人しいと、周りの者は静かで落ち着くと言うよりやたら不安な気分にさせられる、落差の激しさに妙な恐怖を感じるものだ。女生徒らがクラスメートの身を案じている中、当人は消沈した様子で独り食堂を後にした。
女学園の朝食には大別して3つのスタイルが存在する。1つは先の学園敷地内にある大食堂、2つ目は寮に付属している食堂があり、定番のモーニングが提供されるこちらは比較的に庶民的。3つ目は自室で摂ると言うものがあり、厨房と専属の料理人を抱える上流階級のスタイルである。このレベルになると生徒は寮でなく別荘のような専用の邸宅に寝泊まりしており、必然的に該当する建屋も限られた。
今朝はこれらのスタイルに当て嵌まらない場所で竈が地味に賑わいを見せている。
石を積み重ねただけのワイルドな竈が煙と湯気をほんわか立てていた。
寮に程近い森の直ぐ傍、自然石へ腰掛け竈を囲っているのは交換留学生ミーシャと従者達だ。
木の食器を手に三人揃ってコレジャナイ感マシマシで匙を口へ運んでいる。
「…麦粥ってさ、口に入れて頼り無いってゆーか、何て言うの?『何食べてんだか判らないー』みたいな感じ…しない?」
「…あんまり力が出そうにないと言いますか、雲を呑み込んでるような…そんな気になります。──タタリ、美味しい?」
「─────@@……、」
木製のスプーンを差し入れた口許が波打っている、少なくとも好みの味ではないようだ。ジェズはああ言うものの麦粥自体の栄養価は高い。
素の麦粥に味付けで粉チーズを振ってみたがどうも微妙。添え物は焼いたトビウオの干物とキャベツのピクルスで若干塩分過多。干物の頭と骨をダシに鶏卵でスープに仕立ててみるも、熱くて磯臭いだけの溶きタマ塩水にしかならなかった。調理法がなっていないのに旨いはずがない、こんな代物でも摂取出来るだけ初登校の昨日と比べ遥かにマシ。実の所キャンプ飯の食材と食器は深夜の内にジェズとタタリが大食堂からチョロまかして来た物で、スパイスの類いは管理が厳重なため持ち出す事を諦めた。彼らは未だまともな食事にありつけていない。
同様に風呂にもありつけておらず昨晩は濡れタオルによる水拭きで対処し、ジェズはラッキースケベにありつけたりありつけなかったり。身に着けていた下着なども手洗いのうえ部屋干ししている。時代に取り残された辺境なれど生粋のお嬢様学校で何でかサバイバル、食事内容と相まって何か追い詰められたような気分を味わいながらミーシャは思った。
(…本探しが目的だけどこれはマズい……×いや、コレも確かにあんま美味しくないんだけど、この状況が!マズい↓。生活水準の低い状態で社会的に体面を保ち続けるのはかなりキツいわ××。ジェズが自由で自然に動けるためには、あたしが極めて普通じゃなきゃならないのに↓………
先ずはこの学園で誰かしら仲良しを作って、それを足掛かりに生活の土台を確りしないと、皆の身が持たない…~~あたしがしなきゃ。)
「…そうよ、いつまでもこんなキャンプご飯をするつもりは無いんだから。」
「?キャンプなんてしていたの貴女達、」
「~好きでしてる訳ないじゃないっ。────?→───★っでげえええっ卍!?」
不本意なキャンプ飯の場にエンカウントしたのは寮まで引き返して来たデコマヨである。先ほど朝食を取り止めた時とは打って変わってデコに幾ばくか輝きが。眉間に皺を寄せ虫の巣を見付けたような顔をしている。
「↓人の顔を見るなりいちいち下品な奇声を上げないでもらえるかしら。それと、先ずは『お早う御座います』でしょう?」
「×トートツに現れたトーヘンボクに対するトーゼンの反応よ!いきなり出て来て何!?」
「~相変わらず不遜だこと、煙の立つはずも無い場所で煙が立っていたら火事かと思うでしょうに×。……メリーベルでは普段から朝食を野外でいただくものなの?」
「@自然豊かなフォーチュンストックに来たのでキャンプ気分を味わってるのよアッハッハ卍!!×放っといてよ、→」
「火なんか使って放っておける訳が無いでしょう。趣旨はさておき、寮母に許可は取ったの?」
「~←話もろくに聞いてくれないのに許可もへったくれも無いじゃないっ×。こっちは死活問題なの、四の五の言ってられないの!」
「…?──それに、この学園で生徒がメイドと一緒に食事だなんて…………」
「メ~」
(★★↑↑どっほおおおおおおおいっ卍!!@×◆〒&▽!?!)
ミーシャがヤバいと思った時には遅かった。使用人はあっけらかんとフツーに挨拶する。
「あぁ、マイユネーツェお嬢様◎。お早うございます。」
「貴女…、いえ、←…………お前ひょっとして、」
「←←★あああああああっこの子ね@!あのね!!ウチで働いてるメイドねっ!ジェズの妹の『ジェズ子』ってゆーの♀!似てるでしょ?似てるよね?!まあ兄妹だもんね~!☆仕方ないよね♪!アハ!アハ!アハハハハハハハ!!」
「メリーベル妹…──────」
「×←ほ~らジェズ子!ちゃんと挨拶してっ!『初めましてジェズ山ジェズ子です☆』って!!」
「えっ?ミーシャお嬢様、なんか僕の名前長くなって…ジェズやー……?なんて??」
味方の方が唐変木だった。取り繕う事で必死のミーシャは飛び付いた唐変木の背中から肩を取ってコマのように回し、高速に渦巻く彼を襟元から両手で締め上げストップ「ぐえっ」。座った目を血走らせ歯を剥いてジェズにひそひそ声で迫った。
「!…ぃいいいからハナシ合っわっせっなっさいよ~~っ×、」
「@×@×……え?」
「↑ここが男子禁制で女しか居ないって忘れたの??!男ってバレたら、あんたなんか女に寄ってたかって頭からバリボリ丸かじりだからねっ卍!」
「★卍ひっ?↑いひいいいいいいいっ卍卍?」
女しか居ない暗礁密林の女傑「闇族」の『食料として男を喰らう』と言う恐ろしい習性を思い出し、反射的に怯えたジェズは心のスイッチを切替え瞳を煌めかせ素敵な笑顔でジト目のデコマヨへ向き直る。背後の主とシンクロ舌ぺろキュピーンでウフフのフ。
「↑はぢめまして☆!メイドで女の子をしてるジェズ田ジェズ子で~ぇす#!」「↑♪よろしくねぇえええっ☆!!卍××」
「──ほおぅ…────←」
如何な女の園とて男がバリボリ喰われる訳は無いのだが。ヤケクソでぶりっ子を決める二人と対照的にデコマヨは至って沈着冷静、次は彼女がジェズ子に迫る。顔の右から左からふうんほおん、息を殺し続けるジェズは次第にジェズ田ジェズ子がキツくなって来た。そんな彼の周りを一周してデコマヨはすんと鼻を空き、片手でジェズ子の顎を取り更に間合いを詰めて彼の眼を凝視する。ひええ、
「××ぇと、……ぁ…ぁあの、×ちょと……」
「────────────────────←」
ベロ~~~リ、突如デコマヨが彼の顎を捕まえたまま頬を下から舐め上げた。
「★☆×↑ひにゃあぁあぁあぁあぁあぁあっ#!?!?」
「★×ちょ?!~ちょっとあんた←←何してるのよっっ!?」
艶かしい音をさせ舌を唇の隙間に引き入れ瞳を閉じるとまるで味わうような思案するような。
「─────→
───…忠告しておくわ。この学園の生徒はとても鼻が利くの。呉々も注意なさい、」
「ぇ、」
「この食事の有り様も事情がありそうね……分かったわ。→」
「え?ちょっと何よ、←待ちなさいってば!」
「←その子、女の子なのよね?分かったと言ったでしょう。→」
「?───
──────────何よもう…」
(××絶っっっ対バレてる↓。でもあの口振り、ひょっとして内緒にしててくれるって事かな。どうしたんだろ、何か…変。)
ジェズ子を女の子認定してくれたようだが、奇行とも言えるデコマヨの様子は一体何だったのか。ミーシャは一抹の不安を覚える。
一難去って気を取り直しキャンプ飯へ振り返ってみれば、見てくれが貧相と言うか稚拙で必死に食い繋いでいる感が半端なく、段々惨めな気分になって来る。自分達の恥ずかしい姿を一番見られたくない相手に見られた屈辱にミーシャは顔色を失い肩を落とした。それでも食べ物を粗末にしてはいけない、三人揃って干物をオカズに残りも美味しくなくいただきます。今日もこれで何とか一日生き延びねば。
因みに、デコマヨがとっとと引き揚げなかったら今ごろ彼女は危険な目に遭っていたかも知れない。彼女らの意識の外、直ぐ傍らでは目許の隠れた不気味で小さなメイドが殺意の業火を静かに燃やしたりしていた。
☆☆☆
放課後になるとミーシャは図書館へ向かった。その中から「精錬憲法」なる本を見付け出さないといけないのだが、探索を言い付けておいたジェズはどうしてどうして見付けられないおよよと嘆く。昼休みの間に聞いた彼のおよよ節では要領を得ないので問題の現場へ自ら臨もうと言う訳だ。姉は言っていた、「的確な指示であなたが彼を導くのだ」と。言われなくたって。
それはさておき、
(人目が多い。気のせいか……尾行られてる?)
昨日あれだけ目立っている。注目されるのは仕方無いが、追跡される謂れも無いっちゃ無い。念のため撒くように進路を迂回したつもりだが、余計目に付いて却って人を引き寄せてしまった気がしなくもない。
ジェズの言う通り図書館入口に辿り着いた。縦長で重たそうなドア、おもむろに取っ手へ手を掛ける。するや否や即座に振り向き!
「→っ!」
「「★×!?」」
「←っ!」
「「★×!?」」
「─────────……………。」
留学生のガンマンの如き早撃ち視線に周りの生徒は驚き慌てて眼を背ける。バレないなどと本気で思っているのか、こちとら尾行術には一日の長があるのだ。培われた経緯からしてとても誉められたスキルではないが。
ドアを開けると重たそうな見た目に反し手応えは軽く蝶番は大して音を立てなかった。開いた隙間から微かに乾いた風が吹き抜け、古紙とそれらに使用されているであろう薬品の非日常的な匂いが鼻を掠める。中は更に通路が続いており、直ぐ突き当たりを曲がると下り階段の天井が目に付いた。側面の壁には電燈が点り視界良好なるも、そこそこ急勾配で下りて行くには些か勇気が要る。一度コケようものなら踊り場までまっしぐら、ミーシャは固唾を呑んだ。
(…他の生徒だってここ使ってるんでしょ?~怖くなんかないんだから。ちゃっちゃと行く!←)
とは言うものの手擦りを頼りに慎重に下って曲がる、下って曲がる、曲がる度に曲がるまでの距離が長くなっているような。見掛ける人影の多い気がしないでもない、下りは居れど上り無し。空調と暖房が利いているらしく外より中は暖かい。下に見える煌々とした光は最下か。
やっとの思いで辿り着き曲り角の出入り口を潜る。中の様子を目の当たりにしたミーシャは思わず、
「☆←ぅうううううわあああああああああ→あああああああぁぁぁぁぁ………」
遥か上の天井から眩いばかりの光を頂き、断崖絶壁のような巨大な本棚が厳かに聳え立っていた。
呆気に取られる。
「@×───…どーなってんのよ、何階くらいある?この本棚。横幅もそうだけど、こんな…縦方向に大きくする必要あるー??フツーの大きさにして階を分けるか高さ無くして横方向に広くしなさいよ×、お馬鹿なの??」
他にも生徒がチラホラ居て恥ずかしいのだがもうそれ所ではない、どうしたって上が見たい。距離感がおかしくなって高さはよく分からない。絶壁を回り込んでみれば表裏の厚みは2m程もあり、棚同士は迷路のように入り組んでいて高さはまちまちである事が分かった。小鳥になって追い掛けっこをしたら楽しそう。
「…さながら『書庫の摩天楼』と言った所ね。金持ちの道楽か×──」
「あら、貴女居たの。」
「え?───あ。」
振り返るとそこには同じクラスの委員長、カトリ・ラトキエ・レーベンブロイが蜂蜜色の豊かな長い髪を靡かせていた。鞄を手に取巻き三名を侍らせ、瑠璃色の瞳は如何にも異物を眺めていると言わんばかり。
「図書室に何の用?…まあ、部外者には珍しい光景でしょうけど。」
「まあ珍しいわ。観光に来た訳じゃないけどね。」
「貴女一人?」
「?──ウチのメイドがここに来てるの。」
「……暇なら何処かの委員会で働いてもらおうかしら。」
「あーあたしそーゆーのいーので。お構い無く。→」
ハイソでサエティなお嬢様方に付き合っている暇は無い、ミーシャは探索活動を続けているはずのジェズ子を捜し始めた。地上の建屋の大きさは一般校の体育館程だったが、地下空間は下に行けば行く程広くなる四角錐台。昼休みのジェズ子の嘆きもナルホド納得、常軌を逸したこの本の量で単純なローラー作成は時間的に無理。外側の壁は棚になっておらず斜めへつるりとして光をよく反射する、まるで磨かれた大理石のよう。見れば見るほど奇妙な空間。
あちこちを眺め回し、掲げられている案内板と棚に並ぶ背表紙を比較して或る事に気が付いた。
「全部最近の物ばかり…」
「どの棚も3mより下は近年の物しか無いわ。それから上の物がそれより昔、旧国帝政以前の物よ。」
「………何で付いて来るのよ、」
「私達の行く方に貴女が進んでいるだけでしょう。~言い掛かりはお止めなさい、」
「~?──────」
まだ後ろにカトリ達が居る。まさか教室からずっと尾行られていたのか、知らずの内に自分が他人から某か目当てにされていると思うと何処か薄気味悪い。
それはそれとして良い事を聞いた、間近の本棚を前に上を見渡す。
(探すなら3mより上って事か。──…高い所の本を普段はどうやって取り扱ってるんだろ?)
「一応梯子はあるみたいだけど、止めておいた方が身のためよ。」
「×─────あの~~、」
「物の序でです。貴女は交換留学で来たのでしょう?三ヶ月しか無いのだから、勉学は勿論この学園の歴史・文化も確り学び取りなさい、」
「──ならついでに訊くけど、上の本は何がどう並べられてるの?」
「手付かずで把握されていないわ。それこそどんな書籍があるのかすら、誰も知らない。」
「×死蔵と変わりないじゃない。司書は何してるの?」
「この量を掌握しろと?随分無体ね。それに生命が幾つあっても足りない、上から落ちれば普通に死ぬわ。事実、過去には死亡事故もあったの。その中には在学中の生徒も含まれている…」
「皆3m以下の平たい空間しか使っていないからここを『図書室』と呼んでたのね、それでも結構な広さだとは思うけど…。でも昔の物を上に追いやる理由が分からない、」
「貴女達なら…中等部の公民の授業で習うのではないかしら。国号が変わる時の『悪書追放運動』のせいで、悪書ではない本まで失われてしまった国の恥とも言える大失策を。」
「ハイハイ。」
瞳が明後日を向いている。忘れた訳ではないのだが、記憶の引出しがちょっと見付からない。
「その不幸を免れたと言う意味で貴重な本の内、旧貴族からの供出分がこの学園に集められたわ。国政混迷の時期であり、実際は『取り扱いに困った教会が、この学園に管理を押し付けた』と言うのが真相よ。元の持ち主へ返却する事も検討されたそうだけど、書籍から持ち主の家柄を特定する事に禁忌があったため、どんな本があるのかは敢えて把握されて来なかったわ。」
「~特定が嫌がられるって何??そんなにいかがわしい物ならむしろ取っとかない方が良くない?」
そうでしょうとも、期待していた返答にカトリは気を良くして右手で髪を薙いだ。
「事実の証明のためよ。
悪書ではない書物は間違いなく在るのだから、国の顔たる名門校にそれを置いて『御覧の通り近代国家の名に恥じる古臭いオカルトな本はもうありません。』と衆目に堂々と晒しているの。」
「×なら尚の事フツーに閲覧出来るようにしときなさいってば。人なんか居ないし来ないこんな寂れた田舎で男子禁制の女子高で?本を手に取る事すら命懸けじゃ、いかがわしいかそうじゃないか他の人が評価出来ないじゃない、」
「それら事実を以って…『余計な詮索はするな』と脅しているのよ。静かに、クリーンにね。」
「卍─────」
「止めておいた方が身のため……色々と解ったでしょう?憶えておくといいわ。」
そうなると過去の事故が本当に事故だったのかも怪しい。自分達の直面する状況がグッと黒ワイン寄りになって来て、ミーシャは胸の底まで息を吸い込み上の方へふうと空かした。
『書庫の摩天楼』。勝手に名付けたものが、道楽どころの騒ぎではない。
(つまりここは教会管理下の「ヤバい物の隠し場所」って事じゃない×。そんな中から曰く付きの本を取って来いって?ソレ言ってるのが当の教会関係者なんですけど?教会まで敵になるとか聞いてないんですけど?どう言う事なの??
───とにかくジェズと合流しなきゃ、マズい事になった××!←)
堪らずミーシャは駆け出した。闇雲にここで活動するのはそれだけで危険と判断したのだ。
それにしても何だか後ろが騒々しい。嫌な予感に振り返ってみれば、
「★?だから何で付いて来んのよ!」
「←図書室では静かに!運動場ではないのよ!行儀の悪いっ。」
「→あんた達だって走ってるじゃない!」
「←貴女が走るからよ!」
「→→付いて来ないでよ!」
「←←お待ちなさい!!」
うおりゃああああズドドドバダダ、追い掛けっこ楽しくないじゃん。ミーシャは結構本気で走っているのだがカトリ達の猛追を振り切れない、箱入りお嬢様のクセにと雑草根性が芽吹く。束の間トップをぶっちぎっていたが、幾つかの本棚が平行に並ぶ広めの通路を駆け抜ける途中でミーシャは突如Uターン、傍らの本棚の側面に背を付け角の向こうへ耳を立てた。ぜーはーぜーはーフー。
その彼女と同じく角の向こうを注視する者らが彼女の周りにありおりはべりいまそかり。
「★×いやだから何であたしに付いて来るのかっ??」
「貴女が走るから注意しようと!」
「~あたし止まったでしょっ、もういいでしょ?好きな所行きなさいよ、」
「私達もこっちに用があるのよっ。」
「じゃあ何でとっととここに来なかったのよっ、おかしいでしょ!」
「~貴女こそ、何故急にここで止まったの?」
「×いや、それは~何て言うか……→」
角から横顔をはみ出させ向こうを覗く。カトリらも続いて覗き見が嵩張りミーシャの眉間に皺が寄った。彼女らの見詰める先はL字状に曲がった本棚小路の突き当り。タイヤ付きの脚立の上に腰掛けバインダと筆記用具を取り回している女生徒と、それを支えるメイドが二人きりで談笑していた。その内一人は目的の人物、水銀を流したような髪の褐色メイド・ジェズ子である。
「あはは☆。そんなに長い梯子があるんですか、」
「あるにはあるんだけど、凄く重たくて運ぶのが大変だから使われた事は無いんだって。運べたとしても、そんなのが倒れたりしたら危ないし。あ、──ちょっと立つから支えててね、よいしょ↑。」
「はい。───☆★#!?」
見上げてジェズ子は思わず眼福にありついてしまった。脚立の上に立たれればその下はスカートの中の様子を遮る物など無い。上から降り注ぐ強い光で影は濃くなるも明瞭に見えてしまうよりむしろ生々しく、本を取り扱う度にひらめくスカートがとても健康的かつ煽情的。美しい花柄のレースの施された淡いピンク色の下着が影の中で刻一刻と表情を変える様にジェズの眼は釘付け、うひゃあと頬を赤らめる。上の女生徒も状況に気付いた。
「あ、」
「☆★×はうわっ#!」
「あぁ→、#これは…失礼しました。」
「★ああいえっ!×えと、その、──結構な…お点前で#……」
「ヲイ、」
「はい、───★★卍!↑↑ミぃーーーシャおぢょおおおおさまっはああああああっっ?!?!」
既に在る。一切の過程を経ずジェズ子の直ぐ斜め後ろにミーシャが幽鬼の如く佇んでいた。ジェズ子は驚きのあまり髪が逆立ち、ウィッグまで宙に飛び上がる。音も無く瞬間移動した距離は20m程、取り残されたお嬢様方があまりの展開に付いて行けず本棚の陰で何事かと取り乱していた。ミーシャはとうとう家政婦長カルヤ・ハロルのテレポート技を会得したとでも言うのだろうか。
「~~人が心配していれば…こんんんな処で色ボケかましてぇえぇえぇえぇ……」
「★ちょ×ちょちょちょっと待って!×お嬢様!!」
「~何よっっ、」
「×ぁああのですね、そのですね!今の僕はですねっ、─────
───
───────♀『ジェズ田ジェズ子』なのだからー♪…」
「↑↑あんたそのノリで調子ぶっこいてると『 も ぎ 取 る 』わよっ卍卍。」
「すみませんでした。」
「───~~フン、」
恐怖の言葉の終わる間も無く一切の過程を経ずしてジェズ子は深々と土下座っていた。仕方ないね。
「何をもぎ取るの?」
「♂ナニをよっ。──?←」
「こんにちはミーシャさん、」
「だれだったかしら。」
「B組のノンです。昨日帰り道でお会いした。」
「そうだったかしら。」
(~まったっコイツかぁあああぁぁ×。)
ジェズ子と睦まじく談笑し彼の眼に幸福をもたらしてくれていたのはノン・ノ・フランクリンだった。バインダを小脇に挟みながら棚で本を扱っている。ジェズを呼び捨てで呼ぶ馴れ馴れしい女、ミーシャは不満を隠さない。
「ウチのメイドが世話になってたようだけど、ウチはウチでやる事があるの。人手を使わないでもらっていい?」
「この子は好意で脚立を支えててくれてただけよ、でもごめんなさい。─ありがとねジェズ、」
「────→
←…~で?あんんたは何やってんのよっ、」
「?本を探してました。この車輪付きの脚立をずっと使ってたんですけど、さっきノンさんが来てちょっと使わせてって。」
「~@はぁぁああああん?」
(似たような物ならあっちの本棚の前にもあるじゃないっ!…確かにここからだと距離あるけど。いちいちジェズに付きまとって来てからに~。──この女、↑絶えええっっ対ジェズに気があるっ!この雰囲気…~間違い無い!!)
ミーシャは同性カップルに偏見を抱きつつあった。この女学園では超特殊な環境下で趣味を拗らせた爛れた性癖の持ち主同士が恋人を取っ替え引っ替えイチャニチャしており、その営みに巻き込まれたミーシャはあわやSMプレイの生贄とされる所だったのだ。女同士と聞いただけで警戒してしまうのも無理はない。
(これでジェズが男とバレようものならどんな地獄になるか…判ったもんじゃないわね×。──でも只でさえ人種差別のキツい環境なのに差別の対象と仲良くなりたいだなんて、よりによって「聖アレゴリー女学園のお嬢様」が果たして思うかな?会ったのだって昨日の今日だし……)
ミーシャが訝しんでいるその前へノンが降り立ち、胸元にバインダを抱えて歩み寄る。
「古い本を探してるんでしょう?『精錬憲法』だっけ?」
「★え?!──えぇ、まぁ…→」
(~もう、ジェズが教えたのねっ×。ペラペラと危機意識の薄い…)
「#うふふ。ねぇ☆、←『図書委員会』に入ってみない?きっと貴女の為になると思うの#!」
「!?……いや、あたし委員会とか活動はちょっと…」
「本に興味があるんでしょう?」
「???」
「←留学生に何の用かしら?ノン・ノ・フランクリンっ、」
ミーシャを追って来たカトリ嬢と取巻き達である。ノンに目が合うと四名は一様に表情を硬化させ、ノンは花が萎れるように委縮してしまった。先程までの元気が嘘のよう、彼女は明らかに怯えている。そして何か思い立ったようにジェズ子の斜め後ろへ駆け込んで縮こまり、それを見たカトリ達は更に顔を険しくさせた。
「~っどう言うつもりかしら?」
「……………………」
「~~どう言うつもりかと訊いているのよ!ノン・ノ・フランクリン!」
「あの」
「←お黙り!お前は身分を弁えなさい!私はその女と話しているっ、メイドが口出ししない!」
「…×あの、ジェズ……」
「…────←」
「★×!→───何よっ?」
「───────────────────────────────────────────」
両者の間に割って入ったジェズ子はカトリから叱責されるが、構わず進み出て彼女の直ぐ前に立ちはだかりその眼を見据えた。ノンを庇い立てする格好、しかしジェズにそんなつもりは全く無い。この世界の迫害対象であるヴィリジアンの彼にとって威圧するシルキッシュが居たならそれは「敵」、心と体が動いてしまうのだ。
彼は視線の圧を強め更に踏み込む。カトリはほんの一瞬たじろぐが、負けじとその場に踏み止まりジェズ子の瞳を睨み返した。全身が痺れに見舞われ汗が吹き出る、そして、
(卍卍~ぅ……動けない×?…これでは……蛇に睨まれた蛙も同然っ─────
★×蛙?!この私が…蛙ですって??──~何なのこのヴィリジアンっ!?下働きの分際でよくもこの私に!こんな×、~~~こんなっ!)
「↑関係無い者は引っ込んでなさい!!」
「──────────────────── ↑ ↑ ↑ ↑ ↑」
「★★ひっ卍→!?」
ジェズが右手を顔の傍まで持ち上げる。たったそれだけの所作でミーシャには巨大な暗黒の異形「夜魔の爪」が地の底から掴み掛かって来る幻影に囚われた。伝説の闇巫女「ブラック・ドゥー」の闇の力、弱肉強食の人外魔境「暗礁密林」に由来する、是非も無く万象を圧倒する絶対的で強大な力。今の彼は夜魔の爪を現出させている時と同じく、得体の知れぬその力を右手に鎧っている。自分達がこの場ごと魔性の闇に呑み込まれてしまうような異常な感覚、ミーシャとノンは理解不能に恐怖した。
その理解不能は他のお嬢様方も同じだった。中でもカトリは武術に通じ剣豪と謳われる程の心技体を誇っているが、これまで経験した事の無いあまりの恐怖に耐えかね思わず後退ってしまう。それは彼女にとって生まれて初めての堪え難い恥辱だった。
(この私が…退いた?────恐怖に……★恐怖に×、!!負けたと言うの?!この私がっ!?!)
褐色のメイドは自分の口の前に人差し指を添えただけ。彼女らの動揺などお見通し。
「図書館では 静 か に ───ですよね?」
「★くっ×~~~…」
「図書館では静かにする~。」
「「!?」」
聞き慣れぬ声、明らかに高等学部の生徒ではない人物がそこに居た。落ち着いた水色の長い髪に白いカチューシャ、細長い丸眼鏡に垂れ目な赤紫の瞳。鼻筋も顎も首も細く、小さい唇は色付きリップで色鮮やか。白いブラウスに黄色のスカーフがアクセント、赤銅色のスーツとやや薄着。自分達と歳も近そうだが教師には見えない、大学生か。
「あなた達。あまり騒がしいと摘まみ出すけど、いい?」
「~取り込み中っ。口出し無用です。」
「お取り込みなら外でする~。ここは図書館、喧々諤々して良い場所じゃない。」
面倒臭いと言わんばかりの言い回しにジェズ子の後ろでノンと並んだミーシャがカチンと来ていた。
「…何アレ?」
「…この図書室の司書さんですよ。」
「司書?───あ~ぁ、死蔵の管理人か。いや、さしずめ『古本の墓守』と言った所ね@。」
「墓場とは聞き捨てなりませんねっ。←」
ノンに対するミーシャの受け答えを小耳に挟んで司書もカチンと来たようだ。
「上の本の事を指してるようだけど、閲覧はあくまで自由。それを死蔵と言うなら書物でなくそれを嘯く閲覧者こそが自らの価値を省みるべきだわ、」
「本の価値はそれを読んだ人が決めるもの。本があっても手に取って読めないんじゃ価値は付けられない。死んでもいいならお手にどうぞ?これを『死蔵』以外に何て言うのよ、@むしろぴったりでしょ?実質、上はお見舞いに来た人皆を死に誘う本の共同墓地、そのドン底のここは『墓の下の図書室』とでも呼ぶのがお似合いねっ卍。」
「~これら蔵書を含めこの図書館はトランプの重要文化財に当たります。母国の文化を貶める発言は止めなさいっ。…あなたは自分の母親に気に入らない事柄があるとそれを口汚く吹聴して回るの?」
思いもよらぬ単語が出て来てミーシャは驚くと共に激昂した。
「★~~←うるっさいわね!母親がどうとか今関係無いでしょうがっ!!」
「←ミーシャお嬢様、────」
「!?~~~~*っ×…×……───もう分かった↓。今日は帰るよ、ジェズ。……子っ。→」
「────。→」
「★?お待ちなさい貴女達っ、まだ話は!─────
────
────────メっ……~【メッツィー・ラブクラフト】おおおっ!」
「口を慎みなさい。あなた達はあくまで学生でしょう?それとも『身分を弁えろ』と言った方が分かり易かったかしら?」
「~~…───────私達も、もう行きましょう、→」
色々と燻らせたまま留学生一行が去ってクラス委員長と取巻きも去り、その場には司書とノンだけが取り残された。彼女は気不味そうに身体を背けるが、その背に向かって司書は諫言する。
「──『歩く屍』の一件で県政に対する心象は未だに悪い。そんな中、あなたが蛮緑と交流している所を他の者に見られるなど以っての外ですっ。人目に付く事は避けて下さい、」
「…私が…何かした?私は普通に学生として過ごしたいだけなのに……」
「県知事の娘でなければそれも叶ったのですけどね~。──古くからのフランクリン家の思し召しがあって私はこの図書館でお役目を戴いてる訳ですが、そのお嬢様のお世話は本来なら範疇外なんです。面倒事はご勘弁下さい×。」
「←私はそんな事頼んでない!」
「~あなたもっ、自らの身分を弁えて下さい。あなたが望もうと望まざるとも関係無いんですよ、こう言う事は×。…それは私も同じなんです。我侭は図書委員活動だけにして下さい。→」
「~~────────────」
あんまりな物言い。「古本の墓守」と揶揄された聖アレゴリー女学園図書館の司書メッツィーは、ノンに優しく恨み節をぶつけると彼女の横を素っ気無く通り過ぎた。ノンは一人で暫し立ち竦むが、ふと我に帰って臆病な小動物の如く周囲を見回すと、視界に入った他の生徒らが遠巻きながら確実に横目でこちらを窺う様が目に付く。いつも以上に感じる負の視線とその濃度、身と心を苛むそれから逃げるようにノンもその場を去って行った。
そしてその夜、書庫の摩天楼では小競り合いが起きた。
夜間は照明が最小限に絞られ、本棚の谷間はまるで深夜の工場町のよう。それらを覆う四角錐台の巨大な外壁が鏡の如く光を反射し、非日常的な雰囲気に拍車を掛けている。暗く広大で静寂なこの空間に突如としてパーンと破裂音が響き渡り、バタバタ騒がしい音が続いて直ぐにまた静まり返った。
本棚の一角、T字突き当りの灯りに映える梯子の下へ何やら下りて来て、モソモソとその場で伸び上がる。スポットライトのような光の中で形を成すトンガリ帽子と襟の立ったローブ、傍目はこれぞ魔法使いと言わんばかりの出で立ち。
「…まさか本当にこんな事が起きるなんてね……」
五芒星を頂く小さなステッキを握った左手で帽子の前のつばを摘まみ少し横へずらす。懐から持ち手の付いた筒のような物を取り出すと、孔の開いた先端から細い煙が立ち昇った。ライフルよりは小さく拳銃よりは大きい野暮ったい意匠の古風な火器。
魔法使いの見据える先の棚の陰ではジェズが肝を冷やしていた。裏サービスお決まりのボロを纏った怪人の姿で片膝を突く。
(~~っ…いきなり撃って来るか…)
彼は主の命により威力偵察のため図書館へと訪れた。この施設が教会の管理下にあるなら番人は必ず居る、本の確保に際し衝突は免れない。目的を達成するまで出来るだけ接触を避けたく、一刻も早く大まかにでも実態を把握しなくては。
いつもの衣装に身を固め異性の振りをする必要も無く妙な解放感を味わいながら図書館へ潜入したジェズだが、最下層へ辿り着いて間も無く殺気を感じ、飛び退いた所を銃撃されたと言う次第。校舎と異なり図書館は施錠されていなかった、何かあるとは思っていたが。
(でもまあ目的通り×。今は相手の情報を収集するだけだ。──片付けちゃった方が後々楽だと思うんだけどなぁ、↓ミーシャお嬢様が言うんじゃ仕方ない。早速相手の手の内を見てみるか。さて、銃の他にどんな物を隠しているか…←)
棚の陰から大胆に飛び出しそのまま魔法使いへ向かって猛然と突き進む。辺りはほぼ闇だが彼は敢えて相手に自分の姿を見せていた。一瞬強く踏み込むと傍らの本棚の前面を斜めに駆け上がり、その後を破裂音が追い掛ける。既にこの時ジェズは相手が身体を動かす事に疎いと把握した、警戒すべきは罠。
踏み締める本棚の対面へ跳び移って天地を逆転し尚も絶壁を地面のように疾走する。魔法使いの方は銃へ弾を込めるのに手一杯の模様、そんな有り様で施設の守護者が務まるか。もういい、ジェズは相手の首根っこを取りに上から跳び込んだ。
殺気は感じられなかったのに、
「★★!?×っっ卍!」
伸ばした左手が相手の頸に後1mの所まで迫るが、脇腹に強い衝撃を受けて彼は右方向へ吹き飛び、体勢を崩して向こうの床へ派手に転げ込んだ。
ボロの怪人が床を20mほど愉快にスライディングしたのを見て魔法使いは安堵する。
「莫迦が相手で助かった。」
聞き覚えのある女の声、ジェズの予想通りだったがこの迎撃は予想していなかった。
「×~~~ガハッ★、ぐ×ゴホッゴホゴホ!!卍~~ゴフッ×!………ぐっ、」
「お前の如き不逞の輩がここへ来る事はとうに判ってました。大人しくした方が身の為です、←」
「×ゴホッ!~~~」
(宙に浮いてる所を蹴られた×……何も無かったのに蹴り飛ばされた?~あのトンガリ帽子とは別に誰か居る!…でも、気配が全然感じられない……なんだ?何が起こった?~~)
「←──顔を上げなさい。@は~い下手な事は考えない~。脳天ズドーン、おつむがパーンよ。」
「……」
俯せの状態で息を整えつつこちらの目元を見せないよう顔を上げる。光沢のある黒いレザーのブーツに黒い網タイツ、ガーターベルトがレザーのハイレグに伸びてむっちりムチムチ、ダイヤカットで臍丸出し胸元丸出しのボンキュッボン。相手の魔法使い然としたローブの下はゴテゴテの黒バニー風ボンテージだった。目の前の物がどう言った代物なのかはよく分からねど、ハレンチな恰好と言う事だけならジェズでも判る。
(#!~~…この学園の女達は本当になんなんだ↓。昨日の連中といい、マトモな顔して変態ばっかりじゃないかっ#×。)
ハレンチ魔法使いが更に歩み寄り、溺死体の顔を見るかの如く銃身の先でジェズの顎を持ち上げた。見える胸から上は黒いレザーの首輪と細い頚、水色の長い髪と特徴的な丸眼鏡、そしてこちらを見下す垂れ目な赤紫の瞳。会敵早々銃をぶっ放して来た物騒な魔女ならぬ痴女の正体は、放課後この図書館で出くわした司書メッツィーだった。ジェズは一目会った時から司書の異質を本能的に見抜いていたのだ。幸い向こうはボロの怪人がジェズ子だとまだ気付いていないらしい。
「…蛮緑か。この図書館へ忍び込んだのだからただのコソ泥ではないでしょう。何処の手の者かしら、お目当ては何?」
「──────────」
「フフフ…↑ハハハ☆!言いたくなければそれでもいいわ、私の愉しみが増えるだけだもの♪。私達一族はこのフォーチュンストックにおいて図書館で狼藉を働いた者に対する生殺与奪の権利が与えられてる!その特権を実際にこの手で揮えるかと思うとゾクゾクするわっ#。」
「~~~」
(ああもう×、ヴィリジアンがよく知る如何にもシルキッシュって感じでウンザリだ。~少し痛い目に遭わせてやろうかな…)
「↑『男を捕えなさい』っ!」
「?───★っ!?」
魔法使いが声を張り上げるとジェズの身体は何者かに無理やり引き起こされ、頭や首と言わず身体中をもの凄い力で拘束された。人間に纏わり付かれるような感触だが、どんなに眼を凝らしても姿は全く見えない。これは如何なる魔法か、機械気触れのシルキッシュがこんな術をとジェズは存外ショックを受ける。
大いに狼狽える怪人の不様を見た魔法使いは口を三日月のようにしてけたたましく嗤った。
「☆アハハハハハハハハハハ!!…… 無 知 よ !無知無知無~知無知!!何の知識も持たずこの『ラブクラフト』の護る図書館へ忍び込んだとは☆救いようの無い莫迦ね!お前の不幸はこれから身の上に起こる事ではなくこれまで無知に生きて来た事よっ!せいぜいその愚を呪うがいいわ!☆アハハハハハハハハハハ!!」
「………───────なら教えてやる、」
「@ハァん?」
そう呟いた怪人がほんの少し身震いするとそこかしこで何かの崩れ落ちる音がした。敵の自由を一瞬で察知したメッツィーは直ぐさま銃を構えるが、その腕は間髪入れず宙を舞った怪人に掴まれる。しかし撃てば当たる、迷わず引き金を引こうとしたその刹那、身体全体に走った強烈な衝撃で手から銃とステッキは弾け飛び、長い髪が毬栗のようになってしまった。同時に近場を照らしていた電球が幾つか割れ、彼らの姿は微かな輪郭を残すのみ。
傍らに降り立った怪人は腕を放さない、メッツィーは自分の身に何が起きたのか理解していた。
「★★卍↑↑?!!?…………?……っ………卍…で…………でん…きっ……??卍…」
「相手が『ブラック・ドゥーの僕』と知っていたら──戦いを挑んで来たか?」
「!?ブラ★あっっ×!?……×あっぐ!……★あっ卍……×あがっ!?…」
掴まれた腕から断続的に電気が流される。雷を司る橙のヤドリ「首無竜」の能力。
暗礁密林の一部族、それも王族の持つ秘技などを彼女ら絹色人種が知る由も無い。
「★やめっ!……×やっ卍!………★あっっ!………×ああっ!」
「我の目当ては『精錬憲法』。…何処に在る?貴様ならそれを知っていよう、」
「?あっっ×……そ……そん★なっ卍………ほ★おっ×!…」
「~疾く答えよっ、」
「しっ……知らな★いっ!………卍いいっ*!……い★ひあっ××!」
「言いたくなくば其れも良い、言いたくなるようにしてやろう…」
「★×待っ*!……知らな★いっ!ほぅ本どうに★卍じらないのおっ**!」
「──────────」
(…本当に知らなさそう。お嬢様の言ってた通り本がいっぱいあり過ぎだし、どうせ読む人居ないから管理なんかしないんだ。×じゃあどうやって本を手に入れればいいんだろう↓。…まぁ、教会の番人が大した事無いって分かったから今日はもういいか。───あ、)
しまった、電気のスイッチ切り忘れ。魔法使いは依然として息も荒く電撃の度に身を震わせるが、涙鼻水ヨダレに塗れ虚ろな目で放心していた。ジェズが手を放すと脚を横に折り尻を付いて頭を垂れる。肩で息をしながら時おり痙攣したり呻いたり、こちらが仕掛けておいて何だがちょっと怖い。電気ショックを与え続けていたのだから覚醒状態は維持しても朦朧とするはずは無いのだが、この様子では仲間の存在やら他の情報など訊き出せそうにない。
少しやり過ぎかと溜め息をついた途端、彼は心臓が口から飛び出そうになる程ビックリする。
いつの間にか「一糸纏わぬ姿で蹲る少女の群れ」のド真ん中に自分が取り囲まれていたのだ。
(☆★!?……←えっ#?→ええっ!?なんだこいつら#×?!こんな近くにいつから居た?何人居るんだ?!何処から出て来た?!何々っ??なんで裸#?────
───…
!…───────?これってもしかして、)
始めから居た。カラクリは取り敢えず考えない事にして、姿も気配も感じさせない彼女達が魔法使いの周りに最初から控えていたならこれまでの不思議は不思議でも何でもなくなる。床にヘタり込んでいるのは全員で寄ってたかって拘束した怪人からまさかの電撃を食らったダメージだろう。
彼が慌てたせいか少女達は一人また一人と正気付き、座り込む魔法使いの周りへと集まって裸体を隠そうともせず怪人を睨んだ。小競り合いの舞台から一転して異様な雰囲気。
(~素っ裸のくせに#……全然恥ずかしがらない×。暗いから見えないと思ってるのか?…まぁ、このままじゃよく見えないんだけどさ↓。度胸があるのかな?この学園の生徒?なんか変だぞ……
こいつらの正体とトンガリ帽子との関係は分からないけど、この連中が番人として教会から認められそうな力を持ってる事は判った。──僕の敵じゃないけどね。)
彼にとって余裕の相手かも知れないが、悲しいかな彼は相手の背後に居る教会の及ぼす影響力を少しも考慮していない。とりあえず任務は果たしたが、それにつけても何故地下深くの怪しい施設で全裸の少女達にこぞって睨視されねばならないのか。ジェズはその場から動こうとしない全裸の少女達にちょっとでも触れぬよう慎重に避けつつ、何処か負けた気分を味わいながら逃げるように夜更けの図書館を後にした。
☆☆☆
翌朝、寮の中は何やら騒然としていた。タタリに揺さぶり起こされたミーシャが眠たそうな目を擦りながら凝らして時計の針を見てみれば、短い方はまだ6の字の線を越えたばかり。冬の今頃において起きるにはほんの少し早い頃合い、しかし如何せん部屋の外が落ち着かない。彼女は廊下の様子を窺おうとパジャマ姿のまま部屋の扉を開けた。電燈の明かりが起き掛けの眼に優しくない。
そんなミーシャの目の前を寮母が何やら喚きながら急ぎ足で通り過ぎて行く。他のお嬢様方も寝間着姿で顔を出していた。一部にメイドの姿もちらほら、朝っぱらからうるさいなあ。
「←皆さんお早うございます!本日の授業は全て中止っ、お休みとなりました!各自極力自室から出ないよう、それと絶対に部屋を開け放さないよう厳重に注意して下さい!」
「あの、…何かあったのでしょうか?」
「××~外をご覧なさいなっ!」
寮母に促され改めて自室の窓の外を確認した生徒達がそこいらで悲鳴を上げ寮内は大音声、顔面蒼白でそのまま気を失う者も出る始末。日の出前で天気が悪いのか窓の外は一見何も無い暗闇のようだが、明かりに照らされるとそれは憚りも無く真の姿を曝け出した。漠然として圧倒的質量の曖昧模糊、音も無く無慈悲に彼女らの居場所を埋め尽くしていたのは只管に白く昏い領域。
建屋はすっかり濃い「霧」に呑み込まれていたのだ。
「!!中等部より5年以上もここで生活していますのに、こんな事は…かつて無かったのに!」「ここは霧が掛からないのではなかったの?話が違うわっ×!」「怖い……私怖いですわ!→アガサ、←アガサは居ませんの??*」「←!お嬢様、早くお部屋の中へお戻り下さいっ。部屋の隙間を直ぐに目貼り致します!」「「★痛っ!…×失礼しましたわっ。→」」「×ああっ、古の清き精霊よ!どうか憐れな私共を邪なる者から御守り下さいっ!!」
この国の人々は霧に怯える。
あらゆる物を覆い尽くすこの気象現象を過剰なまでに恐れている。
本邦の霧の濃さは尋常でなく、酷い時は前へ翳した手に持つ灯りが見えぬ程で自分の身の回りを視認する事すら叶わない。そこはもう日常から隔絶された冷たく孤独な異世界、そして溺れ死んでしまいそうな冷たい湿り気の中には悍ましい狂気が彷徨っているのだ。万一その狂気と遭遇したなら生命は無い、霧の失せる頃には惨たらしい死に様を世に晒す事となる。犠牲者は歴史の中だけに留まらず、時をおきながらも幾度となく惨劇は繰り返されて来た。
古来より人々の心深くに絶望的恐怖を刻み続ける狂気、人はそれを「霧魔」と呼んでいる。
生まれ持って霧恐怖症の彼女らは霧の滅多に掛からぬここフォーチュンストックでの生活に馴染んでしまい、霧に対する警戒心が薄れていた。そこへ何の前触れも無く霧が現れれば彼女らは恐怖のどん底へ叩き落とされるまでもなく自ら身を投じる羽目となる。聖アレゴリー女学園が丸ごと上から下への大騒動に陥るのは必定、ミーシャは頭の横を両手で押さえた。
「~もおおぉおぉおぉ、うるさいなぁ。休みになってもこれじゃ眠れないじゃない×。────←→?…タタリ、ジェズは?」
「──→────。」
「…あ、そっか。もう起きてて食材の調達に行ってるのね、はああああぁぁぁ↓↓。…いつまでこんな事続けるんだろ×。あんた達にも苦労掛けるし、そろそろマトモな食事も摂りたいもんね、」
タタリが廊下のてんやわんやを見てから再びミーシャへ向き直る。少し首を傾げているような。
「ぅん?…あたしは霧が怖くないのかって?ふふ、やっぱり……怖いは怖いよ?でもジェズが居れば安心だから。あいつに掛かれば霧魔なんてイチコロだから、◎心配しなくたって大丈夫なの。」
「──。」
「そう言えばタタリは霧、平気なの?」
「──────」
ん?なあに?と言った素振り、意志の疎通が全く取れない異国育ちの猫とでも会話している気分になる。相手は一言も喋っていないが。
頭はまだまだ眠たいけれど身体の方が冴えて来てしまった。部屋の中へ戻るとミーシャは仕方なく学生服に着替えて部屋の整理などを始める。昨晩のジェズの偵察結果を踏まえ今後の活動方針を決めねばならない。
(図書館の第一人者が本の在処を把握してないんじゃ頑張って探すしかない、期限に間に合わなきゃそれならそれでもう仕方ないでしょ×。↓仕事の失敗は黒ワインの評判を下げちゃうなぁ。お姉様に何て言い訳すりゃいいのよ……まぁ、正直に全部伝えるだけなんだけどさ↓↓。折角持って来た喪服もこれじゃ着る機会無さそうね。)
トランクの1つを開けて裏サービス専用のコスチュームである喪服を取り出し溜め息をつく。もっともこの衣装は戦闘中のジェズに代わって物事を分析・判断し彼へ助言するための備え、出番が無いに越した事は無い。それとは別に姉から他の衣装も託されているが、やはり万が一の緊急時用で中身は見てもいない。着られないのはちょっぴり惜しい気もする。
あれこれ考えている内に聞こえて来た「見た見た見ましたわ」。どうせ霧魔を見たとか仕様もない事を言い出しているんだろうとミーシャは気にも留めなかったが、入り口のドアを忙しく叩かれては上の空も決め込めない。何もう、
開けたドアから中に飛び込んで来たのは学生服姿のデコマヨだった。顔がキャラ崩壊している。
「←★ででででで出ましたわ卍!出た出た出た出たんですのメリイモっ!!」
「~略すな誰がメリイモかっ×。……?何であたしの部屋知ってるのよ、同じ寮だったの?それより先ずは『お早う御座います』なんじゃなかったの?…一体何の騒ぎ×?」
「↑↑出たんですのっ、むうっ×……むっむっむっ~『霧魔』があああぁあぁあっ卍!!」
「あぁそぅ↓。霧には付き物だもんね。霧の風物詩だもんね。→」
「↑↑卍卍!!───
──────────────…ちょいとメリーベル妹、何よそのアッサリ反応わっ?」
「あっさりもどっさりも無いでしょ。こんだけ電気の明かりが点ってるんだし、建物の中に霧さえ入って来なければ何の心配も無いじゃない、」
「私が都市伝説如きを怖がってると思ってるの??私が怖いのは現実的に『人攫いかも知れない』って事よ卍!←貴女は被害に遭った事が無いから落ち着いていられるのよっ!」
「自慢にならないけどあたしは被害に遭った事がありますぅうう@、でもジェズが────」
「────」
おっと言葉が躓いた、ミーシャはちょっとカワイイ顔で口を噤む。
「~『子』!…ジェズ子が居れば人攫いだろうが皿洗いだろうが全然怖くないの@。平気なの。」
「──────」
「あんたまさかジェズー…子!──××──目当てにここまで来たとか?」
「★→───────ええそうよっ、~↑悪い?!」
「別に悪かないけど。…って、?何であたしキレられなきゃなんないのよ、」
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン、ノックを何処まで刻む今度は誰、
「←…っ御免下さい、お早う御座いますミーシャさん!」
「だれだったかしら。」
「★×B組のノンです!昨日も図書室で会ったでしょうっ?」
「そうだったかしら。」
(×あーもーこの流れ、もう嫌な予感しかしない↓。)
「あたしの部屋よく分かったね、同じ寮?朝から何の用?」
「←ジェズに霧から護ってもらおうと思って!!」
ミーシャは前へ倒れそうになる自らの顔を掌で受け止めた。然もありなん、突然の来客の用件に黙っていられないのは突然を同じくした先客だ。
「~←ちょいと貴女、一体あの子の何なの?何処の何方??」
「───高等部1年のノンです。ジェズとは『図書室仲間』なんですっ。」
「…例の知事の……──図書室仲間?新鮮な概念ね@、私の識っている仲間とは理を異にしているようだわ。高々一日二日の僅かな付き合いで相手との距離感を見誤ってはいないかしら?」
「仲間でない貴女に指摘されるような事ではありませんっ。」
「←それが見誤っていると言っているのよ!自らの身の際を弁えて相手に臨みなさいっ、」
「★!!ご指摘…~痛み入りますっっ。────←そう仰る貴女こそあの子の何なんですか!」
「◎私は2年のマイユネーツェ・メディスン、ここに居るメリーベル妹とは『親戚』なの。そしてその使用人たるあの子とはプライベートで既に顔馴染みなの♪。貴女とは違うの、お・わ・か・り?」
(卍あーやっぱりそうだ、デコマヨにはジェズだってバレてるわー……いやまぁ、当り前か↓。)
「顔馴染みって、あんただってせいぜい数回会ったこっきりじゃない。」
「←メリーベル妹~?貴女も是非身の際を弁えて相手に臨んでどーぞっ??貴女達が置かれている今の状況下で誰を味方に付けるべきなのか……賢明な貴女なら、もうお解りでしょう?卍」
コンコンコンッ。ややこしい所でいい加減にしろ、
「×開いてるからっ!」
「←失礼。お早う御座いますミーシャ・メリーベル、」
「~おは★×───なっ…何よ、大人数でっ?」
「緊急事態なので失礼するわ、←←」
「★え?ちょ…×ちょっとお何なんのよもうっ?!」
ミーシャの部屋に制服姿でゾロゾロ押し入って来たのは委員長カトリと同じA組のクラスメート達だった。決して狭い部屋ではないが10人近く収まると流石に窮屈。皆が立ちんぼの中、一人カトリは部屋の主を差し置いて中央の小さい丸机の席へ遠慮無く腰を下ろした。
「ふぅ。…ああ、お茶は結構。」
「いきなり転がり込んで来といて図々しい、ここお湯沸かせないしお茶出す気も無いけど。何の用よっ?」
「貴女と言う人は……寮母があれだけ注意喚起していたのを聞いていなかったの?『霧が出た』のよ?!大事件だわっ、」
「~それは聞いた耳に入った把握した×。それと、あたしの部屋へ押し掛けて来た事に何の関係があるのかって話よ!」
「貴女、霧に潜む霧魔の性質を知らないの?もし本当にそうなら貴女の疑問も納得出来るけれど…」
「…何の話?」
「霧魔に因るものと思われる惨殺事件は全て、──被害者がシルキッシュなの。」
未就学児でも知っている当りマエストロ、その手はクワイエット、ミーシャは論法に付き合わない。
「──」
「他に襲われた人種は長い歴史の中で未だ存在した事が無い。霧魔がシルキッシュの生命を好むのなら、それ以外の人種の近くに居る貴女の周りが一番安全と言う事よっ。」
「理論雑×!」
「→──←─────ヴィリジアンのあの子、居ないわね?」
「えーちょっとね。@悪いね。残念ね。ここにはシルキッシュしか居ないって事ね。じゃ帰ってもらっていいね?」
サルファラスであるタタリを敢えて無視しているが気付く者はここに居ない、彼女らにとって同性の子供で掴み所の無い使用人など興味の範疇外なのだから。腕と脚を組み机上へ視線を落とすカトリの一挙手一投足をクラスメートらが見詰める、カトリは瞳を閉じ面を上げ気安くミーシャへ言い放った。
「あの子は何れ貴女の許へと帰って来るのでしょう?なら待つ事にしましょう。」
「↑かあええれっ!こんな大人数で狭っ苦しいのよっ、朝ご飯にでも行って来たらどうっ?」
「!この暗い霧の中を別邸まで引き返せと言うの?~何て酷い人!×」
「☆★別邸から霧を潜ってここへ来たんでしょ?!あんた全然平気じゃない!!」
「↑霧魔に襲われるかも知れない最大のリスクを冒して私達はここまで辿り着いたのよ!~貴女まさか、自分一人さえ助かれば他はどうなってもいいなんて言わないでしょうね、」
「××歩く屍が大挙して押し寄せて来てるようなホラー小説みたいな状況でもないでしょ?!仮にそれが現実だとしたらここだって危険な事に変わり無いじゃない×、避難場所の必然が無い!」
「←貴女は被害に遭った事が無いから落ち着いていられるのよっ!」
部屋に居る全員がカトリとミーシャのやり取りを見守る中、ノンだけが俯き加減で彼女らから視線を反らせる。そこで声を上げたのはデコマヨだった。さっきの慌てぶりから一変して真剣な眼差し。
「大変申し訳ないのですが私はメリーベル妹と大事な話があるの。関係の無い方々には席を外して頂きたいのだけれど、」
「霧が晴れてからお望みのままなされば良いのではなくて?書簡を認めても事足りましょう。…今は人の生命の懸かった緊急事態ですっ、避難して来た私達を阻む権利など貴女には無いわ!」
「~私はメリーベル家と縁あるメディスン家の者です!私達一族の庇護を求めようとしている他所の家筋の者が権利を云々する資格など無いわ!!ここから出てお行きなさい!」
「~~何ですってぇぇええええっ卍?
~家柄でっ……人の心を自分の好き勝手に御せるなどとっ↑↑本気で思って卍?!!」
「ぁの、お二人とも」
「「←←部外者は引っ込んでっ!!」」
互いに尻尾を踏み合い怒りの形相となったデコマヨとカトリ双方から怒鳴り散らされる。
しかしノンは挫けない。両の拳を握り締め、二人の顔を確り見詰めて毅然と言い放った。
「!~~←ちょっと待って下さいっ!!家筋を持ち出すのであれば、
私は古くから長きに渡りこのフォーチュンストックを治めて来たフランクリン家の末裔です!!」
「「↑知ってるわよっ!」」
「★→──…歴史的に殆ど見舞われた事の無いこんな濃い霧が掛かるのは異常ですっ。また、今年の夏には市街地で『歩く屍』による襲撃事件がありました。今のご時世、フォーチュンストックは異変とも言えるおかしな事が現実に起きてもおかしくない状況なのです!これは緊急事態と捉えますっ。よって、
メディスン先輩!貴女の主張は認められませんっ。速やかにこの場をお引き取り頂き、自室で護身に努めて下さい。」
「!何ですって??×私だって霧魔を」
「そしてクラス委員長!ミーシャさんの発言にもある通り根拠の稀薄な貴女の主張も認められませんっ。同様にお引き取り下さい。」
「★?何を勝手な×!~~幾ら県政トップの子女だからって、高々学園の一生徒でしかない貴女が一体何の権限があって私達に指図すると言うのっ!!?」
「↑↑権限は無くとも私には宿命付けられた『 社 会 的 影 響 力 』がありますっ!!」
バアアアアンッ。身も蓋も無い言葉を突き付けられカトリとデコマヨは唖然、ノンは言葉を重ねる。
「私の口から言わせたいんですか?『自らの身分を弁えろ』と。
それとも否定されますか?ご自身のお口から出たその言葉を。」
今一番癪に障る台詞、カトリは脇目も振らず両拳を震わせギギギと歯軋りをした。
「★~~↑憎っったらしいいいいっ×!!」「~そう言う貴女はどうなのよ!図書室っ!?」
「××……っそれは、私も…同じです。だから、自分の部屋へ…*戻ります………→」
「「×───────────」」
「待ちなさいよ、」
ノンはこの世の終わりのような顔で女生徒らを丁寧に迂回して出入口を目指すが、ドアノブへ手を掛けた所で背中からミーシャに呼び止められた。認識に少し時間を取ってから肩越しで彼女の方へ振り向く。
「?───」
「──鼻っ柱の強いそこの二人に言うべき事キッパリ言って自分も筋を通したのは…感心した。周りの人達との距離感についてはあたしもデコマヨと同意見だけど、……↓委員会活動だけなら……誘いに乗ってあげも…いいよ#、」
「───────────!………ミーシャさん**…」
「ぇと、→同じ図書委員ってだけだからねっ?#そこんとこ、ちゃんと分かって……」
「*ぅううっ*…私、★☆ミーシャさんと←←友達で良がっだああぁあぁあぁあぁああっ**!」
「★↑いやだから距離感って言ってるでしょ!?精神的にも物理的にもっ!!」
心の蟠りが取れてノンがミーシャにわあわあ泣き付いた。一本取られたと言う雰囲気にその場は一旦落ち着くものの、デコマヨと委員長は互いにチラ見がカチ合ってジト目で尚も火花を散らせる。
やっちまったと横へ項垂れるミーシャの頭の傍でノンは暫くわあわあ泣いていたが、ふと或る事に気付いて鼻水混じりの涙目を恐怖に見開いた。彼女の急変ぶりに他の生徒らも異変を気取る、いつの間にか室内の温度が急激に下がっているではないか。
庭へ出られる大窓は開け放しで濃密な霧が室内へ侵蝕し始めていたのだ。
「「★★↑↑いやあああああああああああああああああああっっ卍×卍!?!」」
「!×皆落ち着いて!窓から離れて!タタリは前衛っ!タタリ!──…→タタリ?←ちょっと!?」
居ない。先ほど主に頭数から省られて機嫌を損ね何処かへ行ってしまったのか。居なきゃアテにしない、ミーシャの判断は速く、窓近くの生徒へ窓を閉じるよう言い放つも相手は恐怖のあまり腰を抜かしてしまった。その白い脚を爪先から白い霧が冷酷に呑み込んで行く、部屋の中で狂乱が津波のように沸き起こった。
ミーシャだけが冷静だった、しがみ付くノンをデコマヨと委員長の方へ突き飛ばしゴチャゴチャの生徒らを掻き分け腰まで霧に浸かって窓際へ躍り出る。乱暴に霧の中へ手を突っ込んで窓の縁を掴んだが、その手首は冷たい何かにがっしり捕まえられてしまった。
「★卍★卍★!?!~~──────────」
「「★★卍卍!?───────────────────────────」」
騒然としていた室内が一気に静まり返る。ミーシャの感じる血の凍るような恐怖は他の者達も共有していた。その彼女の本当に目と鼻の先、もうもうと無機質に蠢く霧の奥に人ならざる人影が浮かび上がり黒々とその存在を増して行った。顔中を嫌な汗がしとどに伝い、高鳴る鼓動で心臓が破裂していまいそう。しかしミーシャは諦めない、一縷の望みを掛けて死に物狂いで叫んだ。
「卍↑↑↑ ジ ェ ズ ー ー ー ー ー ー ー ー ー っっ★!★!」
「××朝から大きな声上げないでくださいお嬢様、」
「────────」
ミーシャの手を取り霧の中から姿を現したのは髪の毛シナシナのジェズ子だった。
ミーシャを除く全員がその場で一斉にズッコケ、Yの字の脚を天へ仰いだ。
「僕を締め出そうだなんて酷いじゃないですか×。お茶の仕度がもうすぐ……って、────なんですか?この人達、」
「#×~~~↑あんたねえ!あんただったらあんただってちゃんと言いなさいよバカっ!」
「★え?何が??もうっ、お嬢様怒ってばっかり×。そろそろ霧も晴れますからお茶でもして機嫌治して下さい、」
「晴れる?……霧が?」
「篝火に使えそうな物が見付からなかったので、そこら辺に落ちてる木の枝やら何やら集めて大き目の焚火を幾つかこしらえました。」
そう言ったジェズの後ろにまた影が生じミーシャは一瞬ぎょっとするが、緊張を煽るまでも無くそれはタタリの姿へ変じた。大窓が開け放たれていたのは、恐らくこの小さなメイドがジェズの手伝いに庭へ出て閉め忘れたものだろう。袖を引かれタタリに向いたジェズは主へ見返り把握した状況を伝える。
「火が充分大きくなったみたいです。この庭だけなら霧は心配ありません。」
「そう…─────★×そうだ!ねえっ←、この辺りに何かうろついていなかった?!」
「寮の周りは何も居ません。」
「えっ?───でも、霧魔を見たって…」
「@またまた×、変なモノは何も居ませんって。もし居たら僕がとっくに捕まえてますよ、アハハハハ☆。」
「……そう。───そう…よね。」
ジェズがそう言うならそうなのだ。寮生の見たと言う霧魔の正体は多分彼、どちらも人騒がせな。
「×あーでも、すみません。そんな事ばかりしてものだから、朝ご飯の食材が確保出来てなくてですね……昨日確保したチーズとお茶の残りで今朝はガマンしてください…。すみません↓、」
「ふう。…ホイホイ謝るんじゃないの◎、仕方ないなぁ。」
「あ……あの~、メリーベル…妹?」「**ミーシャさん×…」「~ミーシャ・メリーベルうぅ…」
「×××~~~お茶飲んだら皆帰ってちょーうだいっ、ぃいーーーーいっ卍??」
深い霧に覆われ聖アレゴリー女学園敷地内の関係者らは固く戸締りした室内で恐怖に打ち震えながら息を潜めていたが、交換留学生の滞在する寮の庭先では粗削りのなんちゃってキャンプファイヤーが催され、限られた生徒達だけが呑気にお茶などを楽しみ風変わりな朝のひと時を過ごせたそうな。
濃霧は昼前に靄へと変わり、正午を過ぎる頃には跡形も無く消え去っていた。休校のはずだったが一部の部活や委員会は自主的に集まり活動を始め、そこで「風変わりな朝組」の噂が広まった。
『恐怖の霧を物ともしない交換留学生が聖アリゴリーの生徒らを導き霧魔を退けた。』
当の留学生はそんな事などつゆ知らず、瞬く間に女学園は噂で持ち切りとなった。
そして噂が駆け巡ったのは女学園の中だけではなかった。フォーチュンストックに潜むあらゆる者達が、膠着している現状を打破し得る決定的な情報をドミノ倒しの如く入手していたのだ。互いが互いに見えぬ場所で或る者は顔をしかめ、或る者は武者震い。ほくそ笑む者、舌なめずりをする者、嬌声を上げる者、十人十色が幾つあるやら。
フラストレーションを貯め込んだ輩共を色めき立たせる耳寄りの情報はこうだ、
『闇巫女ブラック・ドゥーは地下に居る。
聖アレゴリー女学園の図書館で「精錬憲法」なる本を探している』──────と。
ふと、前書きを前回までのあらすじにしようと思った。
これまでの投稿文も書き直すかな…
出て来るキャラが女ばっかなんで冒頭ムリヤリ男をねじ込んだけど、
女ばかりの状況って疲れるね……文章だけだと絵面がさぁ。




