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「女だらけ」の異世界に断末魔の小夜曲を

自分は商業高校だったんで女子生徒の数が多く、グループの中で自分以外は全員女子みたいなアニメみたいな状況がちょくちょくあったの。でもアニメみたいな出来事は何も起きなかったの。起こそうとしてたら壁一枚隔てて隣に在る警察署にしょっ引かれるだけなの。やらない後悔よりやった後悔の方がいいと聞くけどどうなんですかそれわ

「…初めまして、(セント)アレゴリー女学園の皆さん。わたしは学園プラチナプラタナス高等学部より今回の交換留学で参りましたミーシャ・メリーベルと申します。時間の限られた学生生活の中で決して短くはない三ヶ月の間ですが…、ご指導っご鞭たつの程…よろしくお願いします。───」

「「────────────────────────」」


 頭を上げたミーシャの顔は、前面から向けられる冷たい視線の一斉照射に引き()っていた。

 大学付属の名門女子高に交換留学登校初日、世話になる教室での挨拶である。

 通用門へ入って漸く手渡された特徴的な縁取りの学生服と共に自分自身の何もかもがゴワつく。

 本日はお日柄も良く、上流階級のお嬢様達を前にしてミーシャは気の利いた言葉が浮かばない。


(あたしさー、帰っていいかなぁ↓↓。)




■■■ 「女だらけ」の異世界に断末魔の小夜曲を ■■■


 質素で時代を感じさせる外見とは裏腹に、聖アレゴリーの内装は近代的で気品に溢れていた。豪華と言うよりは清潔さが隅々まで行き届いている、そんな印象を受ける。廊下や教室やらに生花が花瓶で飾られているなどミーシャは生まれてこのかた見た事がない。人口の増加傾向にある本邦において1クラスの生徒は十数人と少なく思えるが、お嬢様と言う人種の個体数を考えれば多い方かも知れない。

 教室の面積は一般校と変わらぬものの縦に空間が設けられており、直射日光ではない自然光がよく入る。生徒同士の席は間隔が広く国立図書館にあるような立派な物が備えられていた。それらの席に座る面々もさぞや高貴な方々とお見受けするが、見た目の優雅さに反して冷淡なオーラを憚りも無くお放ちあそばされている。完っ全っに上から下を見る蔑んだ目、態の知れたものだがこの純度密度は()しものミーシャも流石にキツい。


 そして状況の変化を彼女は鋭敏に察知した。クラスは農家出身の土臭い留学生などとうに飽きている、彼女らの視線の針先は教室の隅に立つ二人のメイドに向けられていると。入学式から春の終わりに掛けての母校を髣髴とさせるこの感じ、いけ好かない。とっとと紹介して使用人達は下がらせよう。


「──この子達はわたしの身の回りの世話をしてくれる家政婦であり、学園プラタナプラチナスが実施する付き人制度の恩恵でわたし達と勉学を共にしています。皆さんの右からジェズー……『ジェズ子』、その隣がタタリと申します。聖アレゴリー女学園の授業に参加は出来ませんが、どうぞよろしくお願いします。」

「「────────────────────────」」


 紹介された自分の不思議ネームにジェズ子は若干驚きつつもお辞儀をするが、タタリは全くもっての無反応。そもそもこの少女はジェズに付き纏ってプラプラに来ているだけで、付き人制度とは全く関係無い。その自覚が故の無反応か。

 紹介を受ける側に拍手する者も無作法を指摘する者も居なかった、然もありなん。


(…そりゃーね、そこに突っ立ってるのは蛮緑(ばんろく)ヴィリジアンと薄気味悪いサルファラスだもんね。シルキッシュ至上主義な上流階級のお嬢様方にとっては「多少は躾られているペット」か、それ以下にしか見えないでしょーよ@。ジェズも慣れたものだけど、タタリは……やっぱりよく分かんないわこの子↓。ま、あたし達としては他の生徒に関心を抱かれない方が都合いいか。)


 本邦を含めこの大陸に生きる人間の殆どを占める絹色人種の間には、肌色の違いによる人種差別の意識が依然として深く根付いている。無論、全員が全員差別的な民衆ではない。しかし理解ある人々は半数にも満たず理解ある事を表沙汰にしたがらないため、差別を被る側は生き辛い環境からいつまでも脱却出来ない。人種差別が深く根付いていると言う「歴史」が差別する側される側双方の血に染み付いてしまっているのだ。

 ことフォーチュンストックのような時代に取り残された土地は人々の血の中の歴史を事ある毎に呼び覚ます。生々しく上塗りして更なる醸成を重ね、いつまでも新鮮なまま変わる事が無い。とにかくシルキッシュの上流国民からジェズとタタリは遠ざけておかねば、付き人として主と常に一緒でなくて良いのは不幸中の幸い。


 担任は裁縫の針刺しのような頭をしている背筋がやたらと張った小柄な老女で、教室最後尾の窓際に用意した席へ着けと余所者らを素っ気無く促した。たった数m程の長い道程、周りは華やかな見た目の年頃の娘達ばかりだと言うのに空気最悪、異物に対する彼女らの負の感情が目を閉じても容易く感じられる。


 中程を通り過ぎた辺りで声を掛けられた。


「お待ちなさい、」


 ミーシャが立ち止まる。目線だけ声のした方へ僅かに。


「…何かしら?」

「失礼は承知の上。あまり言いたくはないのだけれど、銀色髪のお連れの方…──少し匂うわね。」

「─────」


 声の主へ見返ると真っ先に品のある蜂蜜色のロングヘアが視界に入る。睫毛の長い意志の強そうな眼は瑠璃色の瞳、細くて長い眉毛に細くて高い整った鼻と引き締まった口許。小さい頃に読んだ少女向け文庫の挿絵から飛び出して来たようなご令嬢が厳しい視線でミーシャらを見詰めていた。ストーリー的には主人公のライバルポジションで取り巻きを侍らせていそうな、ああ居る居るこう言うキャラ。


「…ごめんなさい、初登校でドタバタしていたの。」

「そうかしら、」

「どう言う意味?」


 すんすん、音が聞こえた訳ではないが鼻を利かせる気配を周囲に感じる。ジェズを狙い撃ちにしたのは蛮緑だから臭いと言う難癖か、ミーシャが喧嘩腰になり掛けていると蜂蜜色のご令嬢は眉をひそめた。


「主人に仕えるメイドだからこそ普段からの身嗜みは大切、貴女が確り規範を示さないと。それが上に立つ人間として生まれ来た者の務めよ。」

「─────

───────────参考にする。→」

(…ただ因縁つけたいだけって訳でもなさそうね。…もしかして──ホントに匂いするのかな?いつもジェズと一緒だからあたしが気付いてないだけ…って、そう言いたい訳?)


 指摘されたジェズは何を言わんやと全く聞く耳を持たない。涼しい顔でお嬢様に続く。


(やれやれ@。身だしなみだか何だか知らないけど、この学園のお嬢様方の方がよっぽど匂うけどな。寮から通学路の間も香水の匂いばかりでこっちは鼻がどうにかなっちゃいそうだ×。もしかして外敵の嗅覚を鈍らせる作戦か?ふふん☆、その点うちのお嬢様は清潔感があって…いいよねぇ#。)


 くんかくんかくんか、ジェズが後ろからミーシャの顔のすぐ傍に迫りお嬢様の香りを嗅ぐ。嗅がれた方はギョっとして(ひるがえ)った。


「☆?なっ×…何よ?!」

「あはぁ♪。やっぱりミーシャお嬢様からする石鹸の香り、僕好きですよ◎。」

「─────☆##×!?!?っ#←←」

「☆★フぁが?!あぢょ×!おじょっほじょじょ*!?」

「お馬鹿言ってないでさっさと席に着くっ#!→」


 ジェズの何気ない台詞にミーシャは顔を真っ赤にさせて、ひったくるように彼の鼻を摘み自席へヅカヅカと引き摺った。彼から好意的な言葉を不意に受けた事は勿論だが、実のところ彼女らは今までお風呂をいただけていない。そのデリカシーにこの少年はあっけらかんと触れて来るのだ、いくらお転婆娘でも歳相応に恥ずかしい。やっと席に着いたが周囲の眼は間違いなくこちらを窺っている、決して気のせいではない。


(#~もぉおぉお、★ジェズのせいで余計に注目を集めちゃったじゃないっ×。)


 入浴出来なかった。彼女らは活動の土台となる生活環境を整えられない状況にある。


 メリーベル一行は住処となる寮の自室へ案内されたまでは良いものの、生活に必要な最低限の情報をまともに聞かされておらず食事すらろくに摂れていなかった。彼女らの質問に受け答えする寮母を初め教師陣の態度もつっけんどんで、名門の誉れもちゃんちゃらおかしいド排他的なド田舎丸出しのド歓待ぶりに心底呆れさせられるばかり。

 このような超塩対応は、聖アレゴリーが何の前触れも無く教育委員会から交換留学を押し付けられた事に起因していた。反対派は学園長を筆頭に某かの圧力が遍く掛けられ、委員会に対する運営側の印象は学園史上最悪。言われる通り留学生は招き入れたものの、全校集会で紹介する事も無く周知は陳腐な紙切れ一枚を掲示板へ張り付けたのみに留まっている。


 女学園云々以前の社会にあるまじきお粗末な応対、しかしそのお陰で留学そのものを把握していない生徒も多い。使用人を帯同しなければミーシャが普通に過ごせる可能性はあるかも知れない。


 ホームルームが終わると担任と入れ替わりでズボンを履いた中性的な女性教師がぶっきらぼうに入って来た。起立、一同礼。生徒らの着席を待たず、そして新参者に気を留める様子も無く教師はチョークで黒板を連打し始める。書き出された文字列は綺麗なものだが、書き出される様はタイプライターがヒステリーを起こしているようで見ていて落ち着かない。


 ドガガダダダドガダダドガドガッ、ダダダドガダダダドッドドダッ、


「──昨日はここまでだったな。この通り、長きに渡る自然主義と反自然主義との対立の構図は我が国の古典文学を語る上で欠かす事が出来ない。その反自然主義が台頭し始めるのは11世紀末期、俗に錬金術と云われる精錬技術の副産物として医学が発達し始めた頃だ。傾倒していた当時の研究者らは一様に(ふいご)吹き等と揶揄されたものだが、彼らの遺した著書がやがて貴族の間で文芸作品として評価され浸透して行った事は文学史上意義が大きい。特に影響力を持っていたのは大陸の西側だ。

 12世紀以降、反自然主義が隆盛を極めるに至る呼び水となった些か享楽的な主義が2つある。←【カトリ・ラトキエ・レーベンブロイ】、代表的な著書と作者を述べよ、」


 はいと答えて蜂蜜色のご令嬢が立ち上がった。

 ミドルネーム持ち、先程のお嬢様は旧貴族出らしい。


「『雌雄の分岐』を記した生理学者ムーモス・バルドー、『悪魔の滴り』の詩人メドネガル・ハルキゲに代表される夢想派が一つ。そして『天地流転』の天文学者シャネーワ・ロドリゲスや『地界三十四階層』を翻訳した言語研究家イザッテ・ミド・グリシャらの耽美派の二つです。」

「『地界三十四階層』の作者は誰だ、」

「作者は不詳。近年は古代プベルタの哲学者グプレイソの手による物との説が有力のようです。」

「宜しい。──貴族の間に受け入れられる過程で彼らは思想・感性を共にする仲間として派閥を築き互いを意識し始める訳だが、夢想耽美と聞いて何故それらが反自然主義にと思うだろう。これには当時起きた世界恐慌が絡んでいる。発端はやはり北の隣国だ。→」


 サーーーーッ、サッサッサッサッサーーーーッ。ドガダダダドダドダドダダダタガガガ


(★うっわ、板書消すの早過ぎだ×。あの先生さっきからガチャガチャ何を喋ってたんだろう、これ一体何の授業?文~~学?国語じゃなくて?何だい主義って?対立って何?錬金術がどうしたって?文芸??文が芸するの?さっきのお嬢様もよく答えたものだ、誰が何の本書いたのかなんてわざわざ暗記したのか?@暗記大戦争かっ??この学園の授業ってば先生も生徒もどっちも凄いなぁ…


 言葉は頭の中にゴリゴリ入り込んで来るけど、何一つ残らないや@。


 …まぁ、いいか。僕は勉強しなくていいし。──それにしてもおかしな事になったなぁ↓。)


 彼らが名門「聖アレゴリー女学園」へ訪れたのは勉学や文化交流のためではない。あくまで酒蔵(ワイナリー)メリーベルの裏サービス「黒ワイン」遂行のためである。

 今回の任務は黒ワインを送り先へ届ける事ではなく、と或る本の争奪戦に乱入して正体不明の敵達を出し抜き本を獲得する事を目的としていた。いつもと勝手が違う道理が違う、頭の回転に自信のないジェズでも今回は妙だと感じている。現地へ到着して改めて考えさせられた。口先を尖らせ明後日の方を見る。


(精……ぇえーがー~なんちゃら?って本を見付け出せって言うなら、それはそれで別にいいよ。でも、欲しがってる連中はその本がこの学園にある事をまだ知らないんだろう?ある事は仕事の依頼主が知ってるんだから、それなら自分でとっとと持ち出せば済む用件なんだよなぁ、本当は。──探し出せって言ってるくらいだから、きっと何処にしまってあるかまでは分からないんだな。図書館なら誰かしら本を管理してるんだし、その人に訊けばいいだけか。……あーでもなんか危険な本なんだよね、ひょっとしたらその人達にも知らされずにしまわれてるって事かも知れないなぁ。)


 分かった気になるがそれに気付いた彼は双眸を眉間に寄せる。


(?ちょっと待て。危ないんだろう?誰がどうやってしまったんだ?──って、あれ?そもそも危ない「本」って……何?毒でも擦り込んであるのか?それとも呪いの類いか?なんだって皆そんな物欲しがるんだ??


 ×ぁあ~~~~やめやめやめ!とにかく得する何かがあるんだよっ、どうせ僕が考えた所で何も分からないんだから↓。…そう言えば斡旋してくれたガノエミーの頭領は「黒ワインの試飲会だ」なんて言ってたけど、どう言う意味だろう?───まぁ、お嬢様がやるって言うんじゃやるしかないんだけど…


 うっわ~また、板書消すの早い×。あの先生喋って書いて消してって、生徒に憶えさせる気あるのかな?質問された生徒は皆答えられてるけど×。ミーシャお嬢様が僕みたくてんてこ舞いになってる……あ。)


 捲し立てるような講義がピタリと止まり一拍置いてから鐘が鳴った、教師は間際に授業の終了が告げたらしい。起立、一同礼。古文の授業だと言うのに秒刻みに計ったかの如き精密な事の運び、棒立ちのジェズは聞き流していただけのはずが大嵐にでも巻き込まれたような気分になる。ミーシャお嬢様も机上に両肘を付き茫然と項垂れていた。


「お疲れ様です、ミーシャお嬢様…」

「…~流石名門と言った所ね。やっぱりお姉様の方が適任だったわ。望んでなった役じゃないけど、フツーに悔しい……、

 ───────────」

「…お嬢様?」

「あたし達…ずっと見られてる。当たり前だけど。」


 一見日常的な様子の周りのお嬢様方、しかし遠巻きから確実にこちらを伺っている。第一声を浴びせ掛けたカトリ嬢の視線は殊更キツい。ただ、敵視と言うよりは何か品定めをしているような、そんな空気が感じられた。

 しかし従者の方はまるで意に介していない。


「まぁこのくらいは。大丈夫ですよ、危険な相手は居ません。」


(…普段はちょっと頼りなく思う事もあるけど、荒事に掛けては本当頼もしいわ。まぁ、ジェズを危険な目に遭わせられるようなヤバい奴がこんな温室育ちの中に居る訳ないんだけど。)

「それは良かったー……あれ?」

「はい?」

「タタリは?」

「あれっ?」


 確かジェズの隣にずっと立っていたはず、いや本当にそうだったか?気付けばタタリが居なくなっているではないか。ちょっと待て厄介事をこれ以上増やすな、一時限目早々に疲れ果てたミーシャが立ち上がると開け放された教室の入り口から何事も無かったかの如くタタリ登場。あのさあ、


「×タタリ、あんた勝手に」

「→──。←────────、」

「──?」


 タタリは一旦引き返し姿を眩ますと入り口の陰から上半身だけ出して、お出でお出で。屋敷に来て以来見せた事の無いリアクションにミーシャとジェズは互いの顔を見合わせる、自分達を何処かへ導こうとしているのでは。なんじゃらホイ、二人はクラスのお嬢様方の視線を尻目にタタリヘ付いて行った。


 行き交う聖アレゴリーの生徒らはメイドを引き連れた一行を一瞥すると一様に顔を強張らせる。廊下は次第にザワつき始めた。


「?!……→何ですの?あれ、」「信じられませんわ。」「この学園にあんな方居らっしゃいましたかしら……」「こんな処にヴィリジアン…」「ヴィリジアンがメイド??」


 メイド自体はこの学園において珍しいものではない。


 都心から程遠い不便極まりない陸の孤島の如き秘境に在る学園へ良家のお嬢様方が通うのだ。学園の前身が上流階級の結核療養所であり、そこで生活する上級国民に身辺の世話をする者が付いて回るのは至極当然の事。聖アレゴリーの生徒達は専属のメイドを常に随伴している訳でないが、メイド姿は学園内に日常風景的に存在している。そんな環境においてもミーシャ達は異様だった。この学園の教師や生徒は勿論、仕えるメイドらは遍くシルキッシュなのだから。肌の色が異なる人間はこの学園において最早「人の形をした別の生き物」に等しい。その感覚はメイドらも全く同じ。


「──────」「…あまり良い趣味とは思えませんね、」「好事家でいらっしゃる。」「←お嬢様、あまり御覧になられぬよう。」「~ヴィリジアンなどにメイドが務まるものですか……」


 タタリの目許の見えない髪型は異形だが、地色の人(サルファラス)でも大層な色白であり小柄なせいかまるで注目されていない。圧倒的に集弾率が高いのは緑色の人(ヴィリジアン)特有な褐色の肌をしているジェズである。彼の地毛に合わせた銀色のロングストレートのウイッグ、白い手袋と厚手の白いロングソックスで肌の露出は極力抑えているものの、覆いきれない顔面の褐色がどうしても目立ってしまう。

 聖アレゴリーの生徒らにも奉公人としてヴィリジアンを雇う者は居るが、中でもヴィリジアンはヒエラルキーの最下層に位置付けされ、多くは重い労働や汚れ仕事、良くて愛玩動物のような身分を強いられている。それをメイドとして帯同する者が居ようなど彼女らにとって前代未聞の珍事なのだ。


 周囲の様子にミーシャは雲行きを危ぶむがそれも想定内、次第に面白いと思うようになって来た。


(♪そこのけそこのけ、(しもべ)を従えあたしが通るっと。────何?この無敵感◎。


 そうだそうだったそうでした、あたし達は黒ワインのためにこんな処まで来たんだったわ。生活環境やら勉強やらでヘコたれてる場合じゃないっ、何たってこっちは「伝説のブラック・ドゥー」なんだもんね!ご令嬢皆様方の温室なんて怖くなんかないわっ☆、畏まる必要なんて何も無い。あたし達はいつも通り堂々としてればいいっ!)


 横幅の広い大きな階段を上がる。踊り場の階段は直角に繋がっており、階を移動するには二回曲がる必要がある。各階の天井が高く二階と言っても高さはプラプラの三階に近い、メリーベル邸も似たようなものなので彼女らは慣れっこだ。踊り場の天井からぶら下がっているのは電燈を用いたシャンデリア、眺めたミーシャは「はえー」と変な息を漏らした。電気の灯りはまだ一般に普及しておらずプラプラ屋内の灯りも普通に蝋燭や篝火、聖アレゴリーはかなり近代的と言える。廊下の壁にはいつの時代の物か分からない大きな額縁に収まった風景画があちこち飾られていた。地方らしい素朴な学び舎と言うには違和感のある独特な雰囲気。

 タタリが二人を案内したのは二階のトイレだった。物珍しさにジェズは戸惑う事無く付いて入る。


「←うわあ☆、二階にトイレがあるなんて凄いなぁ、しかも凄くキレイ♪。ひょっとして上の階にもあるのかな??」

「×ちょっとあんた、普通にスルッと入って来るんじゃないのっ。少しは躊躇したら?」

「あ。──あぁでも今(ぼく)は女だし、他に人は入ってなさそうだからいいじゃ」

「~しっ!─────

 ←…言葉使いに気を付けてよっ。あんた裏サービスん時はあたしに口調がどうのと散々言っといて、自分の時はホント無頓着なんだから。」

「えへへへ、」

「えへへじゃないっ×。」


 本邦のトイレ事情は周辺国と比べとても良い。世界大戦後の復興事業の一環として教会主導の(もと)トイレの水洗化が促進されたお陰で、水洗式トイレは都市部を中心に一般家庭まで広く普及していた。しかし、トイレなどの水回りを上階へ設けようとする際は更にその上まで水を汲み上げるポンプや大きな貯水槽など高価な施設が必要のため、トイレは一階にしかない場合が殆どだった。地方では依然として汲み取り式も多い中、聖アレゴリー女学園の設備の充実ぶりは前身を踏まえても異常と言う他無い。


「そうか、僕の代わりにタタリが学校の中を調べてくれてたんだね。」

(…どうやって抜け出したんだろう。僕が気付かないなんて↓↓。)


「────。…←─────────」

「──なんだい?」


 廊下に出てからタタリはジェズに近付くと背を向けてお辞儀したまま固まった。頭を下げた先には誰も居ない、さっきはお辞儀をしなかったくせに、ジェズには意図が分からない。


「?お嬢様、」

「──…ああ。勝手に離れて出歩いた罰を、って事じゃない?」

「あぁ。…→でもタタリは僕の代わりをしてくれたんだし、罰を受けるような事は何も」

「それはそれ。勝手な行動は駄目でしょうが。罪の意識には罰が必要なの。あんたは先輩で躾役なんだから、いつも通り確りして、」

「んー、でも~…」


「────────────」

「………」

(ペンペンのためにお尻を向けた訳か。でもなぁ、タタリは誰にも迷惑を掛けていないし、勝手に離れちゃいけないのは判ってるんだけど、どうやって叱ればいいか分からないしー……)

「─────←……」

「★☆ひんっ#!?→」


 見た目からは想像も付かぬ可愛らしい悲鳴と共にタタリがその場で跳ね上がる。お尻ペンペンをしかねたジェズが何の気無しにタタリの尻を撫で回したのだ。彼の頓狂な行動はさておき、ミーシャはタタリが初めて目許を見せた事に驚いた。乱れた前髪の隙間から覗いた目はミステリアスな切れ長で、この子の姉貴分を思わせる乳白色の大きい瞳は貝殻の裏のような虹色を映し出している。目の下の隈は酷いが赤らめた頬も相まって何とも愛らしい、そんな素顔を普段は何故隠しているのか。

 などとミーシャが思っている傍で狼狽えるタタリがお辞儀をするように両手を前へ突き出し、次の瞬間ジェズが向こう側へ天地逆さまに吹き飛んで腹から壁にぶつかりドゴオンと轟音を上げた。8の字にへばり着いた男メイドが一息おいてべちゃりと床へ崩れ堕ちると、タタリは締めた脇を左右に振りながら脱兎の如く走り去る。思いもよらず尻を撫でられた事が心底恥かしかったのだろう、意外な一面があったものだ。


「×いっっったい、何すんのっ?!」

「~いっぺん自分の胸に手を宛てて考えてみたらどうなのこのバカちんがっ、」

「だってお尻ペンペン出来る訳ないでしょうっ!」

「それで撫で回していい訳でもないでしょーが!」

「~もうっお嬢様、最近怒ってばっかり。」

「何膨れてんのよあんた×、──────────!?」


 うふふクスクス、彼女らのやりとりを怪訝な表情で見ていた周辺の生徒らの中から極微かに笑い声のようなものが聞こえて来る。正味せせら嗤いならミーシャも余裕で鉄面皮を押し通せるが、そのクスクス笑いに悪意らしいものは感じられない。一瞬だけ肩透かしを食らったような気にもなるが彼女は把握した、微かなこの笑いは自分達の感覚と近しい客観により喚起されたものなのだと。これではこちらに羞恥心が芽生えてしまうではないか。


 ミーシャもタタリよろしく真っ赤な顔から湯気を立たせてジェズの首根っこを掴まえると堪らずその場から逃げ出した。


(#×前言撤回!堂々はさておきいつも通りは駄目×!裏の顔は秘密なんだから目立っちゃダメ!!出来るだけ人目を避けて慎ましく大人しくしとこ~~おっ#!→→)


 異質な面ばかり目に付く世界ではあるが、異質な感性の持ち主ばかりではないのかも知れない。




☆☆☆


(タタリのお陰で調べに回るのが楽だな。──うん、やっぱり僕はあそこでお尻ペンペンしなくて良かったんだよ。うん。)


 五時限目がそろそろ終わりそうな頃、ジェズは単身で学園内を見回っている。心配していた昼食もタタリが持ち前のステルス能力で確保し、彼らは何とか食い繋ぐ事が出来た。しかし購買で入手出来る食べ物は小洒落たお菓子のようなパンしか無く、育ち盛りのうえ二食抜きの彼らにとっては全く物足りない物であった。空腹を抱える際ジェズは常々思う、見なくなって久しいワニを鱈腹食べたいと。


 食糧難の恒久的な解決は喫緊の課題であるが、課せられた本来の仕事は果たさねばならない。


 ジェズは部屋の片付けなどをタタリに任せ、各施設の様子を窺いつつ目的地である図書館を目指す。タタリにばかり恰好を付けさせないぞとちょっぴり躍起になっていた。校舎の中を移動するメイドらに度々姿を見止められるが、ヴィリジアンを忌み嫌う彼女らは悉くジェズ子から離れて行く。これは都合が良い。


(いい気はしないけど邪魔されない分だけ気が楽でいいや◎。───…見られてると言えば僕、今は心臓を見られてないな。やっぱりあれプラプラに通ってる時だけなんだ。でもそんな事出来る人間が虹族の他に居るかなぁ?見るの結構大変だし、大体見てどうしようって言うんだろう、変態かなぁ。

 あ、──ここ……か?)


 砦を想わせる建ち並びの校舎の中央、北と南の棟の群を繋ぐように三階建て程の高さの施設が存在していた。周辺の校舎と比べ低いため離れからでは視認する事が出来ない、タタリの下調べが無かったら彼らの置かれる今の状況では気付くのに時間を要していたろう。体育館ほどの大きさのこの建屋が丸々図書館らしい。陽の当たらない中庭遠くの木陰から全貌を見渡す。あれ?


(出入り口、何処?─────←)



 同じく陽の当らない校舎の影では何やら揉め事が起きていた。生徒と生徒が3対1。


「きちんと前を見て歩いていなかったアンタが悪いんじゃない。~何被害者ぶってるのよっ、」

「×→…──……そんな事…無い………ぁ…貴女達がぶつかって来たでしょう、」


「人のせいにする気?三人並んで歩いてた姿が見えなかったなんて言うつもりじゃないわよねぇえ?」「それとも…何?私達みたいな平民上りは『人として見ない』って、そう言う事かしら??」

「!──そんな事、無いっ。言い掛かりは止めてっ。」

「~ハン!どうだかっ。どうせ見えない処で私達を成金の雑草呼ばわりしてるんでしょ?」「お城の中では下働きが平身低頭アンタに傅いて道を開けてくれるものねぇ?」

「~~………そんな事無い!」


「←アンタ、~私達が手を出さないからっていい気になってるんじゃないわよっ、」

「×違っ……ぶつかって来たじゃ×……いい気なんて、私は…そんな事っ~~」


 三人から因縁を付けられていた生徒が一歩退くと背中に何かがぶつかって、


「「★あ痛っ!?」」

「「?」」


 三人組がしかめ面をする、口撃相手の背中からゆらゆらと人影が生えて出た。それは見た事も無い、シルクが水銀を吸い込んだような光沢のある長髪をした褐色肌のメイドだった。


「あぁご免なさいです×。建物の入口探してたら曲り角でうっかりしてました。」

「×……っ?!───────」

「以後注意しますので。それじゃ僕はこれでー…→」


「★~待ちなさい!───アンタ↓……↑ヴィリジアン?何、一体…何家(どこ)のメイドよ?!いつからそこに居たのっ?」

「何処って、…決まってるでしょう?『暗礁密林』から来たメイドですよ~@。いつからって訊かれれば、それなら『ついさっき』と答え、そしてすぐに居なくなります。→」

「←待ちなさいって言ってるでしょ!──~アンタ、何処まで見たのよっ?」

「?~~いやぁ、別に何も…」

(ああもうっ、謝ったじゃないか×。面倒臭いなぁ…)


 ジェズはイジメの現場と知って仲介に入った訳でも何でもない、余所見をして歩いていたら角の向こうの取り込み現場に偶然立ち入ってしまっただけである。腹を空かせているせいなのか、人の気配に敏感な彼にしては珍しい。彼にとって相手は赤の他人のうえ他人を見下す上流階級のお嬢様方、シルキッシュだから十把一絡げに「脆灰(ぜいばい)」と蔑むつもりはないが、そんな連中の諍いなど果てしなくどうでもいい。ここはとっとと退散するに限る。

 そう考えた矢先、先程うっかりぶつかってしまった女生徒が窮鳥の如くジェズ子に(すが)って来た。


「×えっ?ちょとっ!?」

「!!~~~どっ……どうか、どうかお力を!←」

「は?」


「←ちょっとアンタ何逃げようとしてんのよ!」「ヴィリジアン相手にお願いとか見境無いのアンタ?!」「~アンタも何家のメイドだか知らないけど、口外したら只じゃ置かないからね!飼い主ごと潰してやるから覚悟なさい!!」


 ピッキーンッ、努めて繕う平常心を逆撫でする姦しさに彼は笑顔のまま額へ青筋を立てる。暗礁密林なら自力では半日も生き延びられぬひ弱な人種、しかもその小娘の分際で酒蔵メリーベルを潰そうなどと声高にほざくか。この虹族緑の第四王子「死なずの死王(しおう)」が守護するメリーベルを、ほほう。

 事情は知らねどジェズの気が変わった。おもむろに人差し指を天へ突き上げ一気に振り下ろす。


 ドウウンオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


「「★×卍っ!!?」」


 風を操る緑のヤドリ「蜻蛉王(セイレイオウ)」が直上の大気を手繰り寄せ凝縮し、彼を中心に四方へ爆風をお見舞いした。突拍子も無く起きた超小型のダウンバースト、女生徒らがスカートを両手で押さえながら面白く翻弄されているその隙にジェズは懐の生徒を連れてその場から逃れた。


 天高く。


「★?!~~っ!?!」

「大丈夫、支えてる。」

「………*×─────」


 あっと言う間に二人は四階相当の中空まで到達していた。身体の周囲を怒濤の如く風が吹き抜ける。二人はまるで羽毛のように滞空し、下の三人組が方々の体で逃げ出す様を鳥瞰しつつ弧を描いて図書館の屋上へと降り立った。抱っこしていたお姫様を降ろすとジェズは呆れ半ばで感心する、彼はお姫様もビビらせようと考えていたからだ。


「宙を飛んだのに悲鳴を上げないなんて、随分落ち着いた方ですね、」

「────。」


(並みの人間ならミーシャお嬢様みたく取り乱すはずなんだけどなぁ……)

「それじゃ僕はこの辺で。→」

「ぉ…お待ちをっ←、」

「×───↓…あのっ、僕はただの通りすがりなんです。ぶつかったのだって謝ったじゃないですか。あの場からも逃げられたんだし、もういいでしょう?」

「→…ぇえと、助けて…いただいた事には……とても…感謝してるのですが、こんな場所に…置いていかれても……困ると言いますか、…そのっ………」

「……→──←────」


 振り返れば屋上は一面真っ平で出入口も何も見当たらない。外縁には柵すら無く、首を伸ばして見下ろすと上下方向に凹凸の無いシュールな絶壁となっていた。縦長で格子状に配された窓はガラスに金網を封じ込めた高級品、外部からの侵入をこれでもかと拒絶する鋼の意志が感じられる。驚きの堅牢さに眉をひそめるジェズの後ろからまた声が掛けられた。


「──あの、」

「~え?」

「図書室に……行きたいんですか?」

「えぇ、まあ。…そうですけど。」

「図書室はあっちとこっちの校舎の二階から伸びてる渡り廊下からでしか出入り出来ないんです。☆お礼と言っては何ですが、私で良ければ案内しましょう。」

「えっ?」

「その前に──ここから、下へ…下ろしていただければ…」

「─────」


 結構大変な事をあっさり言ってくれるが、そうする以外に埒が明かない。ジェズは色気を出してカッ跳んで来た事を悔やみつつ案内役を再び抱きかかえる。復路は往路で活用した風に依らず、渡り廊下の壁の出っ張りを経由して筋力のみで地表へ降り立った。常人にはとても真似の出来ない高さ4階相当を上へ下へのアクロバティック、それなのに運ばれる相手は大して表情を変える事も無く全く怖じ気付いていない。段々ジェズは隠し持つ力を見せびらかした事を恥しく感じ始めた。あの時の自分は彼女ら同様に他者を見下していた、力は見せ付ける程の大したものでもなかったと。


 案内人は図書館に通ずる南側の校舎へとジェズ子を導いてくれるらしい。後ろから見る背格好はミーシャとほぼ同じ、くせっ毛の強いヘーゼルブラウンのセミロングと緑掛かった濃い青の小さな眼、ぺちゃっ鼻に小さい口。その辺を行く煌びやかなお嬢様方と比べてパッとしない垢抜けない。

 彼女は道を行きながら振り向くまでもなく肩越しにジェズ子へ話し掛けて来た。


「──貴女、プラチナプラタナスから交換留学で来たメイドさんでしょ?」

「はぁ。よくご存じで。」

「噂になってますよ、貴女が一番分かっているでしょうけれど。この学園を一人で歩き回るのは良くありません、偏見の目はきっと街中よりも酷いと思います。」

「お気遣い…ありがとうございます。」

「今も周りの生徒が変な目で見てる。」

「慣れっこです。」

「あぁでも、今のこれは……私のせいかな。」

「?」

「────『私が貴女に助けを求めた理由』───…訊かないんですか?」

「…ぇえと……」


 力ある者と見込んで助けを求めて来た、ただそれだけとジェズは思ったが、よくよく考えれば相手はこちらの素性など知る由も無い。人種差別の対象に上流国民が助けを乞う理由は不明だが、あまり踏み込んで事情を聞きたくない気も彼はしている。答えを返しあぐねていると、屋敷の玄関にあるような縦長の扉が渡り廊下の先に見えた。この学園は何から何まで縦長だ。


「着いちゃった×。…図書室はあそこです、」

「ぉ。──あれ、入れるんですか?」

「学園の教職員と生徒の他に御付きの方も利用していいんです。日中なら自由に出入り出来ますよ。」

「…助かりました、わざわざありがとうございます。」

「いえ、こちらこそ危ない所を有難うございました。…私は委員会と部活動を兼ねて放課後は大体あの中に居ますから。見付けたら声を掛けて下さいね、」

「はあ。」

「←私、1年B組の【ノン・ノ・フランクリン】って言います。ノンって呼んで下さい。──授業始まっちゃうのでもう行きますね、それじゃ。→」

「あぁ…ご丁寧に。ありがとうござ…」


 何処か憂いのある素朴な笑みを翻しノンはパタパタと駆けて行った。程無くして鐘が鳴り、ジェズは何気無く宙を見上げてから再び彼女の行く先を見詰める。


(悪い人じゃなさそう。…なんとなく雰囲気がミソッカスに似てるかな。いつも図書室に居るなら本にも詳しいはず──力を貸してもらえたら、本を見付け出すのは結構早いかも知れない。これはお手柄の予感がするぞうっ☆。←)



 ジェズが意気揚々と目的地へ入り込んだ一方、ミーシャは息も絶え絶えになっていた。移動教室の帰り道、額に縦線を垂れ流しアホ毛を全弾発射させつつ前傾姿勢でトボトボ廊下を歩いている。六時限目の音楽において生来触れた事はおろか半径10m以内へ近寄った事も無いバイオリンをいきなり弾かされ赤っ恥を掻かされまくり、ご令嬢皆様方の結構なお点前に完膚なきまで打ちのめされた。同じ高校生でこうも能力に差があるものか、文化に差があるものか、今更ながら自分の場違い感に絶望する。


(……ホント、おぢょうさまガッコーだわねぇ……まっさっかっクラスの全員がお高い楽器を自前でお持ちでいらっしゃるなんてどーなってんのよ×?持ってて当たり前?~生徒も先生も揃いも揃って人を小馬鹿にしてくれちゃってええっ×、上流社会の必須スキルっての??花嫁修業の一環ってえの?!体育なんかでお乗馬とかやらされたりしないよねえっ×?あ~~~ぁもう、こんなのやっぱりお姉様がやるべきだったのよっ!何であたしがこんな)

「「★あ痛っ!?」」


 曲り角でうっかり向こう側の誰かとぶつかり目許をバツにして後ろへよろけた。使用人のやらかしが一時間越しで主人に伝染(うつ)ったか。


「*つうぅ~~×、ごめんなさいっ、うっかりしてた~」

「×ごめんなさい、これは失礼したわ。───…おや?」

「────…★★あへっ!?×」

「?~あへとは何、あへとは、」


 ぶつかった相手を目にして疲労困憊の腹の底から謎の驚きブレスが噴出する。豊かなブロンドの長い髪とゲジゲジ眉毛、ミントブルーの瞳に少し鼻ペチャ大きめの口、そしてそれらの特徴を霞めるビームフラッシュなデコ。対峙したのは対峙したくなかった旧知の宿敵、デコマヨことマイユネーツェ・メディスンだった。アウェーの洗礼に打ちひしがれた今ならこのデコの輝きはむしろ気安い。


「生きてたの。」

「殺さないでもらえるかしら人を勝手にっ×。姉妹揃っていつもいつも本っっ当に不遜だ…こ──?こんな所で何をしているのメリーベル妹、女学園の制服なんか着てどう言うつもり?」

「仮装パーティーに来たとでも思う?」

「仮装パーティーなら再来月の文化祭でどーぞっ??」

「お生憎さま退屈してないわ。あんたこそ何してるの、廊下をボケーっと歩かないでくれる?フラフラ邪魔よっ。」

「×っ、フラフラの貴女に言われたくないわね、余計なお世話よ!放っておいてもらえるかしらっ。」

「あっそ。気が合うわね。→」

「~──────!…←お待ちなさいメリーベル妹!」

「×何よデコマヨ、放ってあげるから放っといてよ、」


 片手を(かざ)し呼び止めるポーズと両手ぶらりの前傾ポーズが暫し硬直、その場に居合わせた他の生徒らも何故か足を止めて硬直する。あのデコマヨが珍しくとりとめの無い表情を見せている事にミーシャは気付いた。いつもの自信満々な気迫が感じられない、と言うか何と言うか。でもまあ、


「それじゃ、→」

「×だからお待ちなさいって!」

「~もうだから何??」

「ひょっとして、噂の留学生って…貴女?」

「そーよ。それが何かー?」

「じゃあ、ヴィリジアンのメイドって………」

「──────★☆!?↑↑」


 ドジョウ(すく)いのような格好でミーシャが総毛を逆立てた。本当に今更ではあるが、


(!デっっ×↑↑デコマヨはジェズを知っているうぅうぅうぅううううっ★卍!!いくら女装させてたってデコマヨにはバレバレじゃないっ卍!!何でこんな簡単な事に気付かないのあたし!×~こいつをジェズと会わせちゃいけない!今はとりあえず誤魔化さなきゃ×!ぇえと、ええと~~…)

「卍そっ…↑そーよ、メイドよぉう?メイドだって言ってるでしょ?!と言う事はだから!それはつまりいわゆる一つの『メイド=女』な訳に決まってるじゃな~ぁい☆バッカねー@、あーハハハハハハ!!」

(★★バカわあたしだーーーっ×!何余計な事言ってんのおおおおおおおおっ卍!?)


「───……↓そうよね。学園は男子禁制だもの、いくら付き人だからって、男がこの学園に入れる訳……ないわよね。」

「!卍そっ!そうそうそう卍!!@男が入れる訳!ワケ~、えー…

─────────訳…ないじゃない。何でジェズの話が出て来るの?」

「~~!何でもないわっ、放っておいて頂戴っ!!→」

「───────────────────────────~はぁあ?!」


 プイッと顔を背けマイユネーツェはご機嫌斜めで去ってしまった。人を呼び止め絡んで来ておいて何のつもりか、拳を握り憤るミーシャは内心自らの奇行に焦りまくりだったが、デコマヨの問い掛けに違和感を覚え早々とクールダウンする。メイドと謳っているのだから当然女、酒蔵のヴィリジアンと言えばザクレア・ナスカやユーディー・ナスカの居る事をデコマヨなら忘れるはずがない。

 そして忘れ物繋がりで自分が筆入れを持ち忘れている事に気が付いた、トラウマになりそうな音楽室までまた行かねば。疲れていた事も思い出して縦線の復活した目許を片手で覆う。


 ボケーっと歩いてデコマヨなどに出くわさなければ良かった、

 ミーシャがそう悔いるトラブルに彼女は巻き込まれてしまう。


 引き返して来た音楽室後方の出入り口は施錠もされておらず半開き。冬場で時刻も夕方に近く、室内は分厚いカーテンが全て閉められ出入り口から光が差し込むほど暗い。お疲れのミーシャは心ここにあらずと言った感じにフラフラとドアの隙間へ入り込み、先程自分の座っていた席の机の中から手探りで筆入れを掴み出した。手許の忘れ物を見詰め軽く溜め息をつくと彼女は暗いこの室内に自分以外の者の居る気配を感知した。室内前方の黒板の左端、大仰なグランドピアノの傍に人影らしきものが1つ。いや2つか、それらが重なり合っている。


「──────…☆#!?!?」



 キスをしていた。

 恋人同士が愛し合う現場にミーシャは鉢合わせてしまった!─────女同士の─────



 名は知らねど二人とも先程まで同じクラスで見掛けた顔。攻め手は少し背が高く赤い長髪でチョコレート色をしたキツネ目のご令嬢、受け手は背が低くアイボリーホワイトのボブで縁なし丸眼鏡を掛けた赤い瞳の美少女。二人は両の指同士を絡めてねぶるように顔を合わせ、愛欲を抑えきれぬと言わんばかりに互いを求め合っている。二人の熱い吐息や身体の火照りを離れから見ているミーシャが自身に錯覚してしまう程その様子は情熱的、欲情的だった。


(#×!☆?~~っ##?★~~おぉ女の子!?↑女の子同士でキスしてるうううっ#?!)


 ミーシャは衝撃のあまり金縛りに掛かってしまう。口付けそのものに驚く程ウブではない、経験こそ無いが恋愛小説や漫画などで知識だけは実に豊富だ。しかし同性同士である事と行為の生々しさがミーシャの健全的思考の許容を遥かに超えるものだった。なまじ上流階級の名門校と言うお堅いイメージを抱いていたからショックは尚更、二人の少女から視線を逸らせず瞼も動かせない。心臓の鼓動に全身が打ち震え汗が滲み、呼吸器から幾ら空気を出し入れしても息苦しい、喉がカラカラに渇いて行く。

 ダメ、見てはいけない物を見た、この場に居てはいけない。咄嗟にそう思い至り彼女は二人に気付かれまいと脱出を試みるが、思うように動いてくれない脚が傍にあった椅子を荒っぽく蹴飛ばしてしまった。


 ガダダンッ!


「★卍卍!?↑↑」

「「!──────────、」」


 狂おしく蠢いていた二人が動きを止める。指を絡め合ったまま重々しい空気を醸しつつ重ねていた顔をゆっくり放すと互いの唇から微かに光る糸を引かせた。二人が冷め切った眼で蔑視するのは邪魔に入って来た不粋な余所者、責めるような視線にミーシャは罪の意識と底知れぬ恐怖を覚えた。


「…ぁ……ぁあ……あたっ~~」

「「─────────────────」」

「ごっ…ごめ*……~~~ごめんなさい*!あたし…見てない、何も……何もっ×、

 あたし見てないから!卍何も見てないからっ!!→→→」


 まるで子供の言い訳、そこらの壁にぶつかるも形振り構わずミーシャは衝撃現場から一目散に逃げ出した。その無様を暗がりから見詰める女生徒二人は再び寄り合うと舌なめずりをして無言で妖しい笑みを浮かべる。可笑しくもあろう、逃げ出した所で彼女らは同じクラス、次のホームルームですぐ同じ教室に集うのだから。


 ほんの十数分の間ミーシャは机上から顔を上げる事が一切出来ないでいた。先の二人が教室へ戻って来てからと言うもの、彼女らの視線が恐ろしくて気が気でない。肩で息をしながら一刻も早くこの場から逃げ出す事を真剣に画策する。担任の針刺しの話す言葉などまるで耳に入らない、一斉に席を立ったクラスメートを見て起立の礼が掛かった事を把握した。終礼、かつてこれ程までホームルームを長く感じた事は無い。


(よし!一先ずこれでここから出られる、早く支度っ!××~~~)


 ガサガサガタドタッ。カンマ2桁台の秒の戦い、真剣勝負の借り物競争みたいな勢いで鞄を手に取り出入り口へ猛ダッシュ。手を掛けようとした引き戸は目前で勝手に開き、別のクラスより訪れた生徒らが教室へ入り込んで足止めを食らった。ならば教室前側の出入り口とミーシャは機敏にサイドステップを決めるが、宛てにした逃げ道も先の出入り口と同じく自動ドアの通行止めコースで彼女は急制動を余儀なくされる。


「★くっ!」

「「───────♪♪卍←───────────」」


 出入り口の通せん坊は嗜虐的な笑みを浮かべてミーシャの顔を覗き込むように室内へ押し入って来た。それらは前から横からミーシャを壁際へと追い詰めるように歩み寄り、やがて廊下への進路を絶つ。女生徒らが用のある相手は間違いなくあたし、ミーシャは異常事態に戦慄した。舐めるな温室育ち、出入り口が駄目でもまだ窓がある。めげずに踏み込み踵を返すが、すぐ目の前には音楽室で出くわした例のカップルが立ちはだかっていた。フラッシュバックする衝撃の光景にミーシャは目を瞠り尻込みしてしまう。その憐れな姿をキツネ目で満足げに見届けたご令嬢は意地悪な作り笑いをしてミーシャに迫った。


「ね~ぇ留学生。私達、アナタの『歓迎会』がしたいのだけれど、ご同席いただけるかしら?」

「………ぁ……く*…………」

「遠い処からこの学園に来たばかりでアナタは解らない事ばかりでしょう?色々と知っておいてほしい事があるのよ。この学園の事、……と言うより『私達の事』…かしら。」

「××~─────、」

「主賓はアナタなのだもの☆、勿論…───←一緒に来てくれるわよねぇえ??卍────」


「←貴女達、何をしてるのっ?」


 凛々しい声で割り込んで来たのはカトリ嬢だった。蜂蜜色の長い髪を後ろ手で薙ぐと斜に構え、瑠璃色の厳しい瞳で留学生とそれに群がる生徒らを睨視する。キツネ目がカトリへ向き直り露骨にメンチを切った。


「なあに委員長?貴女に咎められる事なんて何もしてないわ。」

「私にはクラスの風紀を監督する責務があります。大勢で一人を取り囲み威圧するかのような行為は到底看過出来ないわね。」

「人聞きの悪いこと。私達は純粋に親睦を深めようとしているだけよ、~干渉しないでくれるかしら?」

「…どうなの?留学生、」


「─────

───

─────────────…親睦を深めようと言う提案なら事実よ。」


 騒ぎにならないよう勇気を振り絞って断言したのだが、1分と経たずに後悔する事となる。


「~いいっ加減放してくれない?」

「つれないこと@。私達はこんなにアナタと仲良くなりたいのに。」

「笑えない冗談ね。」

「あら本当よ?誓って嘘は言っていないわ。」


「「ごきげんよう。→」」

「「ごきげんよう。→」」


 沈む陽の光が映し出す黒々とした山林の影の中、不自然な四角い影が人工物の存在をありありと主張している。電燈特有の暖色系の明かりの下ではコートなどを羽織った生徒らが穏やかに下校していた。或る者は友達同士、或る者はメイドを引き連れて、そんな彼女らの流れに逆行してミーシャは拉致被害の真っ最中だった。六人掛かりで取り囲まれ何処を歩かされているのかよく分からない、それでも連れ込まれた部屋が保健室と言う事は見当が付いた。漂う消毒薬の匂いで自分の鼻が化粧の香りに慣れていた事を実感する。

 窓際の席に居る白衣を着た人物が丸椅子を回してこちらを顧みた。濃紫色のロン毛で黒縁眼鏡な影の薄い保険医、口から発せられるつまらなそうな声には面倒を看ようと言う気配が少しも感じられない。


「どうしました。」

「『お見舞い』に来たのだけれど、」

「…分かります。」

「暫くいいかしら?」

「保健室ではお静かに。それと──あまり遅くならないように。」

「宜しくどうぞ。→」


 まるで女生徒らの方が偉いかのよう。ミーシャは保険医に助けを求めようかとも思ったが、あのロン毛もどうせろくな人物ではあるまいと直ぐに諦める。保健室の奥には別の出入り口があり、個室の連なった専用の通路に続いていた。完全に病院そのものの様相、隔離病棟を連想するミーシャには不吉な予感しかない。


 一番奥の個室の中は存外広かった。


 窓は全て清潔そうな白いカーテンで二重に閉ざされ、暗い室内ではカンテラの放つ些か心許無い光が揺らめている。電燈が備わっているのに何故点けない。拘束されていた腕をやっと放してくれたかと思いきや、背中をぞんざいに突き飛ばされミーシャはつんのめって床を転びそうになった。怒り心頭で顔を上げれば室内には他にも人が居り、カンテラの置かれた横机の傍で金髪縦ロールが分かり易い悪役令嬢然とした笑みを湛えていた。


「聖アレゴリー女学園へようこそ、留学生さん。歓迎するわ。」

「…これがアレゴリーのやり方?それとも上流社会って皆こんな感じなのかしら?あたしみたいな一般人が想像してたのと違って生徒も教師も人の扱いがなってないわね、街のゴロツキと変わりないじゃない。」

「人を犯罪者呼ばわりとは躾がなってないこと。自分の身分を弁えなさい、こちらはアナタに相応の扱いをしているまでよ。」

「それがゴロツキと同じって言ってるのよ、」


 身分相応の扱い。遠い余所から来た縁も所縁も無い下民などこのご令嬢達にとっては壊しても構わない手頃なオモチャに過ぎない、ゴロツキと何が違おう。


「勘違いしないで、私達はアナタに暴力を振るおうなどと考えていないわ。何も知らないアナタに『罪を償わせて』あげようとしているだけなの。」

「~人を無理やり捕まえてこれが暴力じゃないっての?!あたしが何したって言うのよっ、」

「この期に及んでどの口が言うのかしら?自覚があるからこそアナタもここまで来たのでしょう?」


 自ら顎を上げて相手を見下ろす絵面を決める。自己顕示欲の権化がしたがる常套手段、首は疲れないのか馬鹿馬鹿しい。その権化が勝気に腕を組むと、ミーシャの後ろより女生徒が横を通り過ぎて左右から権化さんを挟み込んだ。カンテラの明かりの中に入って来たのは先の同性カップルだった。熱に()てられたかの如き淫蕩な眼差しで眺められるオモチャの方は血の気の引くあまり眩暈がする。


「卍卍×××~~~

~~~~────────────…そう、↓そうよね。」

「そう言う事。宜しくて?」

「……わざとじゃないし、望んでした事じゃない。気付いてあげられたら良かったんだけど、あたしちょっと疲れてて……────あの時は邪魔をして悪かったわ、ごめんなさい↓。」


 少し膝を折って手許の鞄を床に置くとミーシャは姿勢を正し軽く頭を下げた。瞳を閉じた彼女からは下げた先の三人がしたり顔になるのを見る事が出来ない。期待にニヤつきながらカップルがミーシャの左右へと寄り添い、金髪縦ロールは子供を諭すように言葉を繋げる。


「素直ね♪、物分かりの良い娘は好きよ。頭をお上げなさいな、留学生…」

「─────。」

「彼女達、引いては私達の『秘密』に断りも無く踏み入り、幸福な一時を台無しにした行為は私達にとって許し難い暴虐、その大罪は万死に値するわっ。──しかしその罪を認識し、理解し、こうして謝罪の意を表した事を私達は評価しようではありませんか。」

「───、」

「罪の意識には罰が必要。アナタが誠心誠意に罰を受け、罪を償うのであれば……私達は寛大なる慈悲の心を以ってアナタを赦しましょう。」

「────…それで?何をすれば赦してくれるの?」

「アナタは既に見ているでしょう?私達は───秘密を隠し持っている。──────」


 同性同士と言う一般には相容れない禁断の愛を。


「知っているかしら?秘密とは他人に知られたくない、隠しておきたい事情を指すものだけど、隠しておきたいと言う心理には『他人に知られたい』と言う願望が常に裏返しで潜んでいるの。他人に知られたいからこそ大事に、大切に秘密にしているものなのよ。」

「何処かで聞いたような台詞ね。」

「秘密を守る秘訣って、←#………何だと思う?」

「……そんなの知らない。」

「→それはねぇ、……『秘密を共有』する事なのっ☆。」


 くるりと回ってスカートひらひらお耽美ポーズ。何言ってんのこの金色渦巻、ミーシャが素で理解に苦しんでいると、左右の二人が密着して来てそれぞれミーシャの片頬を取り慈しむように撫で摩った。否応も無く二人の鼓動と息遣いの熱さがこちらの身体に侵蝕して来る、彼女らの秘密を共有するとどうなってしまうのかミーシャは察しが付いた。


 このお耽美百合ップラーズに沼入りなど生命を掛けてノーサンキューだ。


「★#卍放してよ!←放してっ×!」

「↑さあ、私達と融け合いなさい!交わりなさい♀♀!同じ色に染まってしまえばアナタはそれを公に口にする事など出来ないでしょう?そして秘密は守られるっ☆、オーホホホホホホホホ!」

「~→何するつもりよ!←放してったらっ×!」

「←お黙りっ!アナタは私達に負い目があるのよ!?罪の意識が本当にあるのならその身を以って(あがな)いなさい!尽くしなさい!!」


「←おめでとう◎、アナタはとっても幸運よ。だって私達と一つになれるのだもの#。」「←巡り会えた私達は恵まれている。何て素晴らしい出来事なのかしら##。」

「×あんた達はあんた達で好きにしてればいいでしょ!あたしを巻き込まないでよ!」

「「関わって来たのはアナタよ。#←」」


 纏わり付く彼女らをミーシャは渾身の力で振り解こうとするが、五人掛かりで腰ごと持ち上げられてしまいどうする事も出来ず、ベッドの上へ仰向けに押し込まれ「ぐふ」と変な声を漏らした。起き上がろうにも四肢をそれぞれ彼女らの尻に敷かれては如何ともし難い。小悪魔的な笑い声より抑えきれぬ興奮に塗れた荒い息遣いの方が怖い、その彼女らの背の向こうで自分の手首足首に何かを括られる嫌な感触がした。生来感じた事の無い深刻な身の危険、貞操の危機。揉みくちゃにされながらミーシャは必死で叫んだ。


「↑↑↑ ジ ェ ズ ー ー ー ー ー ー っ !!!」


 呼んだ相手なら今頃何処とも知れぬ図書館で本探しに没頭している、悲しくて歯を食い縛る。


「↑オーホホホホホホホホ!誰を呼んだって無駄よ!こんな場所で叫んでも声は外に聞こえないわっ!ここはそー言ー場所なの←、だから私達はこの部屋に来ているのっ♀♀……#解かるでしょう?」

「↑卍あんた達こんな事して只で済むと思わないでよね!←放しなさいよっ!→放せったらっ!!」

「~本当に躾のなってない。これじゃ外に聞こえなくても私達が煩くてかなわないわ×。──コティー、マシェリ、このじゃじゃ馬の口に猿轡(さるぐつわ)を噛ませてあげなさい、」

「★ちょっと何すんのよっ×!?」


 枕元に陣取るキツネ目が暴れるじゃじゃ馬の頭を後ろからがっしり掴み抑える。息ぴったりに向こうから丸眼鏡が何かを持ってベッドの脇へと歩み寄って来た。その右手には幾つもの穴の開いたピンポン玉に革紐を付けられた物が携えられており、彼女はそれに口寄せじゃじゃ馬を見詰めながらぺちゃぺちゃといやらしく舌を這わせる。かつて味わったその味を思い出し、そしてこれから然るべき所へ用いた時の味に妄想を捗らせ。

 さあもう辛抱堪らない、それを口許から離し然るべき所へと左手を添え差し向けた。


「はい♪、#ぁあああぁ~ん←……」

「卍やめてったら!×そんなのいやっ!やめっ★★×?っ**!~~*ふっ×~~~ふうううっ×!!」

「うふふ、素敵#。可愛いわよ♪。」

「×ううっうーうーぅううっ!~っふ、っふ…×↑ふううう!ぅふうううううっ*!」


 声は出せるがくぐもってしまいまともな言葉に出来ない、手足が縄で四方へ引っ張られ強引に大の字にさせられた。こんな屈辱は味わった試しが無い。ベッドの周りを取り囲む生徒は八人程か、上気した頬に手を宛てクネクネと身悶えする者、両手を挟み込んだ股を擦り合わせる者。何がご令嬢だ、どいつもこいつもご馳走を前にした卑しいケダモノにしか見えない。


「はあぁ#、制服のままではきつくて緊張しちゃうでしょう。…これから熱くなるのだし、上だけ少し緩めてあげるわ。←」

「★ぅううう!ふぅううううっ×、ふぁあああう!ふううううううっ×!!」


 絶対泣くもんか、悔し涙を滲ませ打ち震えながら制服のボタンを外して行く縦ロールを睨み付ける。その後ろの方では数名が大きいアタッシュケースのような箱の中を物色し始めていた。手に取り眺め回しては箱へ収めまた別の物を。細長い耳掻きのような物、歪な棒状の物、鶏卵ほどの大きさの球が数珠繋ぎになった物。ミーシャにはそれらの用途が全く分からない、そんな物で一体何をしようと言うのか。娘らは口枷(くちかせ)()む顎を恐怖に震わせる大の字と手元のオモチャをとっかえひっかえ見つつキャッキャウフフ。


「ねぇ御姉様、どれがいい?」「@いきなりソレはキツいんじゃない?」「プラグってこの中に入れて無かったかしら、」「グリセリンはこの間切らしていたはずですよ。」「どの道ベッドの上で使うような物じゃないわ×。」「流石に私も今日はそこまで…」

「→もう貴女達×。少し落ち着きなさいな、初めての娘がそんなオモチャに耐えられる訳ないでしょう。早々に壊してしまってどうするの、───←」


 ミーシャの制服を緩める所か上着を丁寧に剥いた縦ロールはベッドへ乗り上げ、そのままミーシャの腹を膝で跨ぎ自身の上着を脱ぎ出した。ネクタイを解き捨て首元のワイシャツのボタンを外すと四つん這いになり、憤怒と羞恥に頬を染めるミーシャの顔を間近に見詰める。舌なめずり、


「#先ずは味を見てからでしょう?初めは…私が戴くわ。」

「!!卍っ、」

「この学園では味わう事の出来ない『活きの良いジビエ』よ#、どんなお味かしら~?←……」

「↑↑↑★卍卍う~~~っ××~~っ×*~~~~★うっっ**うううう~~~*×っ★★!!!」



 ガ シ ャ ア ア ア ア ア ア ア ン ッ !!



「「★?★!!」」


 けたたましくガラスが砕け布の裂けるド派手な音が響き、衝撃と飛散する破片が室内に渦巻く淫靡な世界を粉々に粉砕する。窓の外から突入して来たと思しき大きな何かが女生徒らの群がる暗い部屋の中央へ激突し、まるで黒い毛の塊が紐解れるように拡がって白銀の光を(なび)かせ伸び上がった。


 そこには凄まじい怒りの形相をしたジェズの姿があった。


「~~~ぉぉおおおっ、のっ、れっ、らぁああああああぁあぁあぁあっ↑↑↑↑…」


(☆!##───*ジェズ!!)


 どうしてここまで来れたものか、ミーシャが置かれるこのあり得ない窮状を吹き飛ばし得る何よりも心強い味方。その頼もしさと自分を想ってくれる優しさにミーシャは泣き出しそうになるが、それより彼女はジェズの眼から迸る煮え滾るような殺意に恐怖を抱いた。あの視線は獲物へ至る動線と急所のみを確実に見定めている。宝石商のビルを襲撃した際に屋上で彼が見せた怒りの比ではない、この部屋が血みどろの地獄絵図になる悪夢のような光景が目に浮かび、ミーシャは涙を堪えながらジェズを見詰め必死で首を横に振った。


「↑↑ぅううう!うふううう~~~っ、ふうううっ!ぅうううううううう×!!」

「★何よアンタ?!どうやってここに来たのよ!!」「下働きの分際でこんな事していいと思ってるの?!」「ヴィリジアンのクセに、汚らわしい!!」

「↑↑うううう!!ふうううううっ×!ううっ、ぅうううう!×ううううう!!」

「~→アンタもうるさいわね!大人しくしてなさい下民っ!」

「★卍ううっ!ううううぅうぅう~~っ**!」


「★★↑お嬢様から離れろっ、無  礼  者  共  っ!!!」

(あんな乱暴をされてるのに「こいつらを害するな」だなんて、お嬢様っ!~~~

────こんな部屋の中じゃ風は起こせない、それなら……)

「←お嬢様!少しの間ガマンして!!」


「××!?────、」


 ミーシャは見た。

 ジェズが身体の前で交差させた腕をゆっくり上げて顔の前で振り払うように解き放つ、

 俯くその顔には水色をした鱗状の紋様が走っていた。


(【氷滑鮫(ヒナメザメ)ノヤドリ「氷咬(ひょうぎょう)」】っ!!!)


 次の瞬間、開けたジェズの口から生き物の発する声とは到底思えぬ強烈な「音」が部屋全体に轟いた。強いて言うなら恐ろしくキーの高い断末魔の叫び、黒板を引っ掻く音がもの凄く大きくなったような極めて不快な震動で、女生徒らは両耳を押さえてのたうち回った。


「「★?×イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ卍卍!!!」」


 喉と耳の奥の奥がチリチリイガイガ痒くなり、全身の骨が共鳴する意味不明なおぞましさに身の毛がよだつ。自分の耳を押さえられないミーシャには口枷を噛み潰してしまいそうなほど耐え難いものだった。電燈や時計のガラスが割れる、カンテラのガラスが割れる、部屋の隅に飾られた花瓶が割れる、部屋中の窓ガラスが割れる。

 やめてお願いと赦しを乞う悲鳴が上がり阿鼻叫喚の音地獄は間を置いて漸く止められた。ジェズは口から湯気を立て激しく咳き込む。口元を拭いつつ主の側に立つと口枷を外してやった。


「卍ぷはあああっ×!~~ゴホッゴホッ!×……───

 なで××っゴホ!~何て事してくれたのよこの壊れた蓄音機!死んじゃうかと思ったじゃない×、」

「?ちく…──ごめんなさいお嬢様、手っ取り早く蹴散らそうと思って。大丈夫ですか?」

「~大丈ばないっ。もっとスマートな方法無かったの??」

「そんな事言われても↓。」

「まぁ、でも助か★痛っ!」

「×すみませんっ。…~この縄、雑な結び方して~……僕が居ない間に何があったんですか?危ない事しないでくださいよ、」

「誰が好き好んでこんな……はぁ↓。」


 縛めから逃れられた手首を揉み解しつつ周囲を見れば室内は死屍累々。細々と(うめ)く者、ぐったりする者、皆瓦礫とごちゃ混ぜに埋もれている。上流階級のお嬢様もへったくれもありゃしない。


「───特別な環境の中に閉じ籠ってると人は、…色々拗らせちゃうって事かしら。────」


 自らを常識人ぶるつもりは無いが、人の心のあまり見たくはない領域を見てしまった悲しいような虚しいような、ミーシャはそんな想いをしていた。それにしても、


「あたしの居る場所がよく分かったね。どうやって来たの?」

「走って来ました。」

「×そうじゃなくて。どうしてここに閉じ込められたあたしのピンチが分かったのかな、って。」

「え?お嬢様が僕を必死で呼んだからに決まってるじゃないですか。」

「え?」

「えって×。僕は確かにお嬢様から呼ばれましたよ?」

「───────うん、そっか。#そうなんだ…」


 髪を振り乱し床に転げていた縦ロールが両手を付き方々の体で半身だけ起き上がる。


「………××いっ………~一体、な×~~~何なのよっ、アンタ達×?」

「…遠い処から来た事情を知らない一般人と高を括っていいように(もてあそ)ぼうと思ってたんでしょうけど、とんだ思い違いね。こっちはただの一般人じゃなかったって事よ。」

「~~私達にこんな真似をしておいて、このまま済むと思ったら大間違いよ!アンタの家がどうなっても知らないからねっ!」

「やれるものならやってみなさい、それまで貴女達が無事でいられたらいいけどね。」

「~何んんですってぇえええっ?」

「さっきウチのメイドをあたしが止めなかったら、今頃ここはそっくり死体安置所になってたのよ?この部屋は貴女達ごと封印されて立ち入り禁止の『開かずの部屋になる』でしょうね。@感謝してほしいわ、あたしの寛大なる慈悲の心を。」

「↑お黙り下民!!身の程を知りなさいっ!」

「身の程を知るのはそっちよ。──貴女さっき言ったよねぇ?『秘密を守る秘訣』が何かって。」

「……それが…何だと言うの?」

「貴女達の秘密の片棒は担がないけど、折角教えてくれたのにそれじゃ平等じゃないよね?少し可哀想だから───←あたし達の秘密を教えてあげる。」


 床にぺたんこ座りのボサボサ縦ロールの顔のすぐ前に陰険な表情で肉薄する。

 隣でぎょっとするジェズ子を放っておいてミーシャは悪役を気取った。


「異例の交換留学───血統と格式を重んじる由緒正しきこの名門校が、最新の試験校とは言え自分達よりレベルの低い一般社会の学園なんかを相手に、何故そんな『馬鹿げた事を急に始めた』と思う?」

「…知らないわ。趣旨や学園の意向は発表されていないし、私達も興味無い。」

「でしょーね。そう言う感じの貴女達だもの、その貴女達の事情にお構い無く、貴女達より偉い人から貴女達が命令を強制されたら…──貴女達は面白い訳ないわよね~?」

「何が言いたいの?」

「察し悪いなぁ。あたし達はその『貴女達より偉い人』の手配によってこの学園へ遣わされたのよ、ある使命のため留学生に扮してね。──教えてあげられるのはここまで。でももう分かったでしょ?」

「~~~~~~~~、」

(名家の集まるこの学園に影響を及ぼせる程の力を持つ後ろ盾があると言うの?!この学園には教育委員会は(おろ)か教会にすら顔の利く家柄だって居るのよ?!)

「←そんな事、誰が信じるものですかっ馬鹿馬鹿しい!!」

「信じる信じないは貴女の勝手。…この部屋の有り様を見て信じないと言うならそれでもいーわ。」


 外から冷たい風が吹き込んで来る。改めて見返さずとも部屋の惨状は分かっていた。周辺の物体を振動で破壊する雄叫びなど人が成せる所業ではない、しかし得体の知れぬその力は紛れも無く現実のもの。異能のヴィリジアン、そしてその異能者を従える主人が何処の馬とも知れぬこの交換留学生なのだ。そう分からせられる金髪縦ロールは留学生の並べた言葉を強引に否定する威勢を顔色と共に無くして行く。床に付く握り拳の震えは悔しさからでなく脅えからのものに変わっていた。

 縦ロールの額に縦線が垂れ下がるのを見たミーシャは自分の鞄を取りジェズ子を伴ってこ出入り口へと歩き出す。ドアの前で立ち止まると破片の散らばる床上で項垂れる縦ロールを顧みた。


「あたし達のコト内緒ね?」

「卍ひっ?!」

「この辺の事情、他の人には知られたくないんだ、動きにくくなるから。その代わり貴女達の事と今日の出来事は、あたしも偉~い人達には内緒にしといてあげる。何せあたし達は…『秘密を共有』する間柄だもんね??」

「!!するっ、★します!秘密!秘密っ卍卍!」

「そう怖がらなくてもいいわ、どうせあたし達が学園に居るのは三ヶ月の間だけ。春には居なくなるから安心しなさい。→」

「×××、」


 気持ち悠然と部屋を出る。適当な言葉で保険医に片付けを任せるとミーシャ一行は校舎を後にした。既に空は真っ暗だが周辺には電燈の光が溢れ、女生徒らがご機嫌ようと優雅に下校している。電気の光はテーブルターニングなどの都心で見慣れたものだが、山や森に囲まれた自然豊かな場所では不自然な事この上無い。人の流れから少し外れた所でミーシャは大きく溜め息をついた。


「はーあ~ぁぁ、…疲れたぁ↓↓。」

「お疲れ様です、お嬢様。」

「やっっと一日が終わったって感じね×。こんな生活を三ヶ月××…先が思いやられるわ。」

「そうですねぇ。」

「何よ他人事みたいに、軽々しい。」

「別にそんな事は。でも仕事が終わればおしまいですよね?」

「×それはそれ。仕事が済んでも交換留学は交換留学なの。」

「教会が留学をキャンセルしてくれるんじゃないですか?」

「↓する訳無いじゃない。」

「え?だってさっきお嬢様の寛大な慈悲の心がって…」

「?───…あぁ、あたしがジェズを止めなかったら~って、あの話?あたしの匙加減で教会が動いてくれる訳無いでしょ、あんなの口から出任せよ。真に受けるんじゃないの、」

「えっ、ウソ?僕、騙されたんですか×?」

「×別にあんたを騙そうなんて思ってない。ああ言うのはね『方便』って言うの、方便っ───


 …でも、あの時は助けに来てくれて…ありがと。その、……ぅ…──#嬉しかった……」

「……ミーシャお嬢様☆。」

(↑やたっ!お嬢様から誉められた!やっっと手柄が立てられたぞ!うへへ♪、えへへへへへ☆。)


 ミーシャはジェズの視線を避けるように反対の斜め下へ向いている。赤らめるその頬をジェズは見逃さない、ホクホク顔でサムズアップし、お嬢様可愛いなどと暢気な事を思っていた。ミーシャは沈黙に耐え切れず話を切り替えようとする。


「#…そう言えば『仕事が終われば』なんてまるで本が見付かったような口振りだけど、図書館はどうだった?」

「×あぁ、それなんですけど。その精ナントカって本、無いみたいなんです。」

「───え、」

「一応探してはみたんですけど見付けられなくて。それで訊いてみたんですよ、そしたらそんな本は無いって言われました。」

「…誰に?」

「いつも図書館に居るって人が教えてくれたんです。」

「それで終わり??」

「無いんじゃ仕方ないですね♪。」


 ほんわかムードがこれで終わり。血相を変えてミーシャは向き直る。


「←いやいやいやダメでしょそれじゃ×。誰から聞いたか知らないけど、本の事をその人が知らないだけかもしれないじゃない。もしかしたら秘密にされてるって事があるかもっ。」

「え、でも」

「でーもーじゃーないっ×。──あのね、探し物を頼んだ人の身になってみなさい、『無いって聞いたから仕事はおしまい』だなんて、頼んだ相手から聞かされてあんた納得出来る?ザクレアやユーディーはそんな事言わなかったでしょ、」

「あぁ、確かに聞いた事は……────え?」

「★×~~…っでしょ?!@そーでしょ?そーでしょーとも!」


 ジェズが虹族緑の第四王子である証、橙の第二王子に奪われていた呪珠(じゅず)樹群の牙(じゅぐんのきば)」を緑の家臣であるザクレアとユーディーに探させていた頃の話である。当時ジェズは事情をメリーベル姉妹に明かしていなかったが、その事をミーシャは尾行・覗き見などストーカー三昧で把握しており、何でもお見通しと彼に啖呵を切った経緯があった。藪蛇にならないようここはさらっとお茶を濁して水に流して。


「と×…とにかく、ちゃんと自分で探さない内から探し物が無いなんて決め付けちゃダメっ。」

「うぅん、図書館の本に詳しい人から聞いたんだけどなぁ↓。」


(何それ?ヴィリジアンをまともに相手する人間がこの学園に居るなんてとても思えない。騙されてたりしないでしょうね…)

「本に詳しいって誰よ?司書が居たの?」

「あぁ。えっとですね、」


「あっ、ジェーズーーぅ☆、」


 メイドとしての仮初めの名ではなく素の愛称が後ろの方から呼ばれる。振り向いてみると遠くの暗がりから手を振り誰かが走って来た。結構な健脚、電燈の下に現れたのはヘーゼルブラウンのくせっ毛セミロングと緑掛かった濃い青の小さな眼、ぺちゃっ鼻はお嬢様と同じ。


「あぁノンさん、さっきはどうもです。」

「×もう、いきなり飛び出して行くんだもの。どうかしたの?ビックリしたわ。───ぁ、ぇえと…ひょっとしてこちらの方が、御主人様?」

「はい。ミーシャお嬢様です。」

「交換留学生☆。←遠い処から遥々ようこそ、辺鄙な場所でビックリしたでしょう?」


「──…そーね。ビックリなら今一番してるかな。」

「田舎なのに電燈がこんなにあって、変でしょう?」

「いえべつに。それよりウチのメイドを呼び捨てでお呼ばわりけつかるあなたは一体何処のどちら様?」

「?──申し遅れました、初めまして。私、1年B組のノン・ノ・フランクリンって言います。」

「これはどうもご丁寧に。あたしは交換留学で1年A組に来たミーシャ・メリーベル。ウチのメイドがお世話になったようだけど、余所者とはあまり関わり合いにならない方が身のためよ。」

「…穏やかではないですね、」

「その穏やかでない事情のせいでこいつが飛び出したのよ。騒がせて悪かったね、それじゃごきげんよう。→」

「あぁ、ちょっと待って、」

「×もう何?」


 よく呼び止められる日だ、とっとと帰ろうとした所でミーシャは不機嫌そうに見返った。先の助言は自身に降り掛かったトラブルを踏まえ相手の身を想った事は本心だが、どうせこいつもまともじゃないとの警戒心が先に立つ。また、それとは別の本心が彼女を仏頂面にさせてしまっていた。ノンは気を悪くするでもなく親しげにミーシャへ近付くと口許に掌を添え顔を赤くさせながら耳打ちする。


「あの#、……『精』がつくみたいなHな本、図書室には無いから。その事はあの子によく言っておいて、」

「へ@?」

「私はこの辺で、ごきげんよう。──ジェズ、明日また図書室でね☆。それじゃ、→」


 ジェズがおやすみなさいと呑気に応えるのを見てノンは脇に鞄を抱え走って行った。シルキッシュで彼が唯一気さくに接する事の出来る酒蔵の同僚ミソッカス・チマーと会話するような気安さに彼はすっかり身も心も緩んでしまう。

 そんな彼の機微などミーシャにはバレバレだった。それではここで、


「←問題です。」

「え?」

「あたし達は本を探しています。その本の題名は何でしょ~か?」

「頭に『精』が付くんですよね?」

「ブブー。やっぱりちゃんと憶えてなかった。←『精錬憲法』だってあれ程言ったでしょ!」

「×ええでも、そんな本無いって」

「言い方っ。そんな風に言うから聞いた相手も勘違いするんでしょーが!──まぁでも、正しく伝わらなかったのは結果的に良かったかも。」

「なんでですか?」

「曰く付きの危ない本よ?もしも聞いた相手が曰くに一枚噛んでたりしたら、何かしら厄介事になっていたかも知れないでしょ?あたし達が探している事は他の人に知られない方がいいの、分かった?」

「はい、お嬢様。」

「←問題です。」

「またあ×?」

「さっきのあれ、ノンとか言う娘──────

───

─────────~何アレ、何んんであんたの事…呼び捨てで呼ぶ訳っ卍??」


 ドスの効いた声と険のある三白眼でギロリンヌ、でも相変わらずジェズはのほほんとしている。


「あぁ、初めは『ジェズ子ちゃん』だったんですよ@。でもそれじゃ言い難いからって」

「ブブー!」

「え?本当ですよ?」

「~ブブーッ!ブーブーブー!!」

「×なんなんですかお嬢様~ぁ↓。」

「↑ブブブブブー!!ブーブーブーーーうっ!!#フンっ、→」


 結局ジェズは正解を当てる事が出来ず、ミーシャお嬢様のご機嫌を取り戻せなかった。真正の馬鹿正直で鈍感鈍ちんの彼にこの問題の正解は一生を懸けても解けないだろう。




 辺境の女性だらけの異世界に色んなメンツの様々な思惑が入り乱れている。

 果たしてメリーベル一行は決してHではない曰く付きの本を見付け出す事が出来るだろうか。

 本の題名は「精錬憲法」と言うらしい、探し物はまだ始まったばかり。







書いてる本人の愉しみの戦闘シーンは次回以降。

クラス委員長のカトリ、図書委員のノン、久し振りのデコマヨと女性ばかりだけど、男性陣にも活躍してもらうぜい!

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