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イヤよイヤよもイヤだっつってんだろ

まったり下手の横好き更新中。

女子高へ辿り着くのにエラい時間が掛かったなぁ。ちょっとホモらせて、先っちょだけ。


因みに話に出て来る「洞」とは、悪い事をやって生計を立てているこの世界の反社会的組織です。その生きる力を何故真っ当な活動に向けられないのか。いけませんね、

■■■ イヤよイヤよもイヤだっつってんだろ ■■■


 冬の始まり。暦は12月となり学園プラチナプラタナスは(にわ)に騒がしくなっていた。時期的には期末試験を控え、それさえ乗り越えれば後は待ちに待った冬休み。ハッピーニューイヤーのお祭り騒ぎとなる訳だが、新年を迎える前から既にイヤーでお祭り騒ぎとなっている面々があちらこちら居たりした。


 陽の光も照り返しも当たらぬ寒い1階の階段裏、イヤイヤで一人カッカと地団駄を踏んでいるのは女子高生の姿をした洞の荒事師「食人(グーラ)」だった。今更ながら彼女は現役の女子高生である。階段の薄暗い影の下で胸元から上は見えない。

 対面には同じく学生姿の「繰り鉤(くりかぎ)」ギギシ・カカシが腕を組んで壁へ寄り掛かっていた。眉間へ皺を寄せギザギザの歯をへの字に剥くこの男の体温は同僚と比べ随分低い。


「まぁ落ち着けや、」

「↑~これが落ち着いていられるかっ×!一体どう言う風の吹き回しさ!?~あんんんの萎びたメガネザルうっ、どうしてくれよう~~」

「酷ぇ呼ばれようだな。アレでも洞の協力者だぜ?」

「知るかい!役に立たないねっ、」


 彼女に罵られている萎びたナントカとは、洞の息が掛かった当学園の一教師である。洞に属してこそいないが某かの恩恵を受けている者の一人で、そのような者達は自らの社会的地位を悪用し大なり小なり洞に便宜を図っていた。入学早々騒ぎを起こしたギギシが何のお咎めも無かったのは箝口令のあった事もあるが、洞の隠れファンの支えもあった訳なのだ。


「↑↑『交換留学』って一体全体何なんだい!今までそんな制度無かったってのに、しかもすぐ年越ししてすぐ年度末だよ?!★こんな時期に頭おかしいだろ?!」

「相手校が秋入学でこっちとサイクルが違えんだ。流石にこっちの学年末は外して12月から三ヶ月と言った所だな、」

「~そんな事どうでもいい!!」


 あ、ダメだコイツ。今の食人の台詞を聞けばギギシでなくとも一発でそう思うだろう。どうにかお怒りを鎮めないとロクな事にならねーぞ、こちらの気苦労など当の相手は知った事ではない。萎びた協力者の取り計らった便宜、食人を激怒させた不手際とは、


「←よりによって留学の対象者が何で『メリーベルのあの子達』なんだい!!」


「…特別成績がいいとかスポーツ・芸能で優秀と言う訳じゃねえが、少なからず社会的知名度のある家柄で、数少ない付き人制度の適用者だ。この学園の受入方針アドミッション・ポリシーを示す分かり易い記号として実はお誂え向きなんだぜ。」

「~~あんたはそれでいいのかい?!あいつらは私達が特命で見張ってたって言うのに、梯子を外されたも同然なんだよ!」

「いいも悪ぃも、…教会が直に絡んでんだよ。」

「~────…どう言う事さ?」


『教会』とはトランプにおける最高機関である。


 本邦や周辺国で古来より広く信仰の対象とされている存在は、万物に宿るとされる数多の「精霊」であり唯一神は存在しない。かつて教会は信仰の対象を標榜する事無く倫理や道徳を説き、民衆の間で心の拠り所として機能していた小さい規模のものだった。しかしそれは境遇を異にする様々な者達の思惑が重なり合って次第に大きくなり、遂には(まつりごと)を一手に担う国家の中枢にまで肥大してしまった。とうとう教皇を頂いて先制君主の真似事を始めてからは、力を失いつつあった王室に代わり国号を改めた現在になっても未だ権威を振るい続けている。

 教会を敬うような者は居なくなって随分久しい。しかし国の舵取りの手腕は結果だけ見れば民衆も認めざるを得ず、それを今もズルズル引き摺っていると言う訳だ。それが故に洞の目の敵たり得ている。


「教育委員会から役人がプラプラと相手校に寄越されたんだが、どうやら同行に教会の遣いも居たらしい。留学の話もそこから始まってる、…こいつぁブラック・ドゥーを相手校へ送り込む口実なんだよ。」

「───何で…そんな事になる?大体奴らはあの子達が噂のドゥーと掴めてる訳じゃないだろ、」

「目星が付いてねーはずねーだろ。魔法警察を張らせてたんだぜ?ドゥーはもう裏社会であれだけ注目を集めてんだ、教会がドゥーを捜してるってのは『ポーズ』だ。」

「?目星はさておき、ポーズってのが解らない。」


 ギギシはまた話の流れの不味さに気付いてトレードマークのバンダナの上を掻き毟った。こっちまで頭の中がとっ散らかる。


「今のは俺様が悪かった、ポーズの話は一旦忘れろ↓。先ずは教会がドゥーを送り込みたい理由だ。相手校の素性を知れば察しも付くだろ、」

「~勿体ぶるんじゃないよ、」

「知らねえのか。向こうは上流階級の生粋のお嬢様校と誉れも高いあの名門『聖アレゴリー女学園』と来たもんだ、恐れ入るねぇ。」

「……何だ。それなら国内じゃないか、↓留学だなんて大袈裟な。

 それにしたって、さしもの名門もお前が言うと何だか薄っぺらいね。」

「俺様にとっちゃその程度のモンだからな、それより問題はその所在地だぜ。

 アレゴリーが在んのは例の───『フォーチュンストック』なんだよ。」


 重要事項を聞いた気もする。そこに一切の情動はなく、食人はスカートの上から腿の横を掻いて暫しポカンと固まる。伝えられた事実を自覚するのに若干の時間を要した。


「────ああ、『屍男爵(しかばねだんしゃく)』が姿を眩ませたあの田舎か。聖アレゴリーと言えば外国でも結構有名じゃなかったかい?そんな大層なモンが随分と辺鄙な所に在るもんだ。」

「───」


 重要事項を言った気もする。そこに一切の情動はなく、食人は乾いた唇を上下擦り合わせて暫しポカンと固まる。伝えた事実を自覚するのに若干の時間を要した。


「!男爵にあの子達をけしかけようってのかい??」

「他に無ぇだろ。魔法警察との小競り合いもすっかり形を潜めちゃいるが、あのネチッこい白粉(おしろい)変態野郎が手前ぇの目的を諦める訳が無ぇ。」

「へぇ。」

「奴を相手に出来るポリ公を常駐させておくのは維持が馬鹿にならねーし、人間の無駄使いにも程がある。一思いに片付けちまおうとするなら軍の一個師団が必要だ、そんな派手を打てば国の沽券に関わる。その点で歯が立ちそうな噂のブラック・ドゥーを宛がうのは合理的かもだが、ポリ公との共闘に奴らが応じる訳が無ぇ。何より、ドゥーをそう言う『分かり易い形』にしちまうのは教会が一番させたくない事だ。」

「その教会の辺が解らない…」

「←どの道この仕事は一日二日じゃ片付けられねぇ。その上で場所が場所だ。」

「住み込みにさせて奴らの鉢合わせを誘い、何とかさせようって??…そうだったとしても───~やっぱり解らない。その昔に男爵が洞の仕事を請け負った事があるからって、そいつのために教会がそこまで動くのは違和感だよ。」

「──────」


 繰り鉤は知っている。自称錬金術師「屍男爵」パーリ・ゴ・レーのそもそものお目当てが「謎の書物」である事を。夏に救援の要請を受けて洞から出向いた際、フォーチュンストック県知事の旧貴族がひた隠しにしていたあの必死な様を繰り鉤は忘れられない。レーの意気込み具合も異常の一言に尽きる、当人が既に変人であると言う事はさておき。


 そして今回の留学の一件で確信した。

 レーの口から発せられた謎の書物『精髄憲章』、

 その存在は教会にとって相当都合が悪い脅威なのだと。


(…あの変態をご自慢の魔法警察だけで抑えきれなかったのが運の尽きだな。軍や他のお仲間に知られる事すらマズいのか、ブラック・ドゥーを巻き込むのは完全な悪手にしか見えねぇ。反って本の存在をバラしかねねぇぞ。それとも魔法警察で掻き回せるつもりかよ?

 リスク回避のこのギリギリ感、精髄憲章とやらは余程の代物に違え無ぇ。教会がビビるくらいなら変態パイナップル頭がそれを欲しがってもおかしかねぇが、何だってそんなモンが今になって出て来やがった?あれから俺様が幾ら調べても手掛かり一つ見付けられねえのに……


 確か奴は本をブラック・ドゥーが漁ってるとか抜かしてやがった。フォーチュンストックはこの辺からは車を吹っ飛ばしても1日掛かり。ドゥーがあんな糞ド田舎に通ってた素振りは無かったし、その辺の話が×まるで繋がらね~ぇ↓……)


 繰り鉤は知らない。ブラック・ドゥーは黒ワインと別に「本家本元」が存在する事を。


「────りかぎ、……~繰り鉤!」

「!←おうおぅ×、」

「どうしたんだいボーッとして、」

「→何でもねえよ。」

「それでどうするのさ、このまま指を咥えて黙って見てるつもりかいっ?」

「この件で洞は教会の動きを殊更警戒してやがる、ジジイ共はどいつもこいつもダンマリだぜ。洞の後ろ盾ナシでお前はあの糞ド田舎に通いつめるつもりか?暇だってんなら止めねーよ@、俺様はゴメンだね。」

「~~ぁああぁあ、そうかい!↑私は好きにさせてもらうから、邪魔すんじゃないよっ!→」

「とは言えだっ。…洞と関係あるあの白粉野郎がまた厄介な騒ぎを起こすってんなら──見過ごす訳にも行かねぇだろうぜ、」


 激昂し踵を返した食人が繰り鉤の台詞を聞くと立ち止まってスカートを靡かせ振り返る。


「……首を突っ込めるって言うの?」




 一方、大学側の大食堂ではウィル・アム・バーモントが昼前からケチャップとジャガイモばかりのピザトーストに噛み付いていた。仕事用の制服ではなく紺色をしたカジュアルビジネス風の私服だが、何だか薄汚れて随分とくたびれている。野獣の如き貪食ぶりに嘆息するような感心するような、彼と同じくフー・セクション研修生の同僚アンことアンカーサシャ・アーチボルドは赤いジャージ姿でウィルの対面に座り、何とも言えない顔をしながらティーカップを口にした。大学が試験期間に入り彼女らは久々にプラプラへ戻って来ているのだ。

 ムシャムシャもりもり、いきなり発狂したように胸の真ん中をドラミングしたかと思えばけたたましく傍らのコップを呷る。オレンジジュースが瞬く間に吸い込まれて行った、宙でコップを逆さまにしただけよりも絶対速い。今頃の採れ立てオレンジは酸味が強め、胸を詰まらせたのだろうがよくもあんな酸っぱい物をとアンは自らの頬を両手で擦る。目の前で繰り広げられるコレは一体何なのか、


「冬眠前のゴリラ。」

「@××っ……昨日の昼から何も食べてなかったんだ、~仕方ないじゃないかっ。」

「せめて落ち着いて食べない?食べ物は逃げないし誰も盗らないってば。そもそも折角学園に帰って来たんだから、学生の本分を全うしたらどうかしら?」

「!←教会を話題に挙げたのはア」

「★←しーっ!しーっ×。」


 瞬時に周囲を見遣る、幸い他の人間はこの場に居ない。フー・セクションの端くれとしていい加減所作も板に付いて来たはずだが、迂闊な発言は減点行為。机に片腕で身を乗り上げていたアンは口先から人差し指を収め席へ着く。


「──↓私のせいにする気?とにかく静かにしなさいって。でも今回ー…って、@ちょっと何処行くの??」

「飲み物。おかわり。→」


 渇いているのか溜め込もうとしているのか、恐らくその両方。

 アンは垂れた(こうべ)を片手で受け止める。マリンブルーの髪からアホ毛が零れた。


(あー×、教会の特使になんて気付くんじゃなかった~。これも職業柄って言うのかしら…それとも蛇の道は蛇?──まぁ、ウィルに相談したのは確実に藪から蛇と言えるわ↓。)


 巷は既に「留学」と言う不審なワードで溢れている。対象者がメリーベルと小耳に挟み、ウィルは酒造業界主催の酒宴で教会の協力者だと名乗る怪しげな占い師「ウイドナ」の台詞を思い出したのだ。彼の顔面から血の気が引いたのは言うまでもない。当時リュアラは国外への用事は無い旨を告げていたが、今回の留学の件は国内での話。肝心の対象者がメリーベルの姉なのか妹なのか昨日の時点であやふやだった事がまた良くなかった。


 彼は直接本人に訊いてみようと高等学部へ馳せ参じるも、将たる姉は大学プロレス同好会の看板レスラー、ヴァーミリア・セシル女史とそのファンらに揉みくちゃにされて近付く事(あた)わず。さしずめ馬の妹はタタリら付き人達の大騒ぎに撹乱され、謎の高速移動をする彼女らに追い付く事もままならなかった。端くれとてフー・セクションの面目丸潰れ、真面目な仕事の一場面でない事がせめてもの救いと言う始末。自身が学園の人気者と言う自信すらも危うい。

 ウィルは決意する、事の真相を暴いてやると。そしてアンの制止も振り切って高等学部への潜入捜査を強攻するに及んだ。これはもう独断専行でも職権濫用でも何でもない、私的な家探しでありただの犯罪行為である。そんな彼をアンはどうしたものかと見詰める。


(この分だとウィルはまだ調べる気満々、留学生がミーシャちゃんって分かったならもういいじゃない↓。リュアラさんも愛されてるねぇ、…私ならちょっと退くけど×。


 ただ、教会関係者の口から聞いた言葉が現実になっているのは確かに気になるかな。この件に関して警部からは何も聞かされてない。ブラック・ドゥー絡みで最も近しい私達を差し置いて何か事が運ぶとは思えないけど、何せそこはフー・セクションだもんね×。──前回の張り込みの交代チームなら何か知って……いや、知ってた所で連絡手段が無いか↓。)


 張り込み、春から秋に掛けて彼らが携わっていたブラック・ドゥーに因むメリーベル姉妹の監視の件である。学園で比較的近しい仲とは言え、たった二人で姉妹の広い行動範囲を24時間尾行し続けるなど到底不可能。実は二人の他に要員が居て、彼らは交代で任務に当たっていたのだ。しかし交代要員らと顔を合わせる事は無く、交代時の接触は姿を隠し口頭だけのやりとりのみで相手の素性を互いに全く知らない。任務にどのチームが携わっているのかを同じ組織内ですら隠蔽するための措置である。


(それはそれとして、ウィルはちょっと意気込み過ぎよ。今回私達は関係無いんだし、そこまで血眼にならなくても良さそうなものだわ。やっぱり「占い」ってのが気になるのかしら?警部も苦手がってたみたいだけど、ウイドナって占い師……どんな人?胡散臭いったらありゃしない。そもそも現代の国の最高機関が占いをアテにしてるとか@、それってどーなの?何も無かった大昔の王侯貴族じゃあるまいし。)

「この国ホント大丈夫??」

「大丈夫じゃないから僕達みたいなのが居るんじゃないか。」

「あらお帰り。──って、@まだ食べるのー?」

「君もお腹減ったろう?一緒に食べよう、」

「いいの?ウィルのおごり??☆ありがとう食べる食べる!いただきま~す。←」


 何人前を注文したのか、ウィルの持ち帰ったボウル一杯のポテトサラダとバゲットの皿へアンが嬉しそうに手を伸ばす。炭水化物×炭水化物でバランスもへったくれも無いが、寒い季節は生野菜が不足しがちで高値のためこれも致し方ない。果物も大半が保存用に加工され事情は野菜と同様、彼は飲み物を安い紅茶に切り替えたようだ。旧貴族の出自のうえ多少の収入はあれど、ウィルの懐事情もその辺の若者達とそう変わらない。実家が一般農家のアンも贅沢を言えた口ではないが、


「……このポテサラ、美味しくない…」

「油っぽいね。湿気ったポテトチップの残りを頬張っている気分だ。でもテーブルターニングの食事と比べちゃうのは酷ってものさ。このダウジングロッドも今でこそ衛星都市と言われているけど、まだまだ田舎だし────

 田舎と言えば交換留学の相手校、聖アレゴリー女学園の所在地がフォーチュンストックだって知ってたかい?」

「フォーチュン、フォーチュン~…───何処?」

「トランプの外れ…と言う程でもないか。ここからだと国道6号線をずっと北上してウォール山脈を越えた先…だったかな、凄い田舎地方だよ。車で行くにしろ汽車で行くにしろ丸一日掛かる。それでもヴェガール王朝時代は首都だったろう、」

「あー?……歴史で習った事あったようなー…無いような。」

「一時的だったにせよ、首都だった割には凄く印象薄いよね。遷都されてからはすっかり人気が無くなって、お陰で自然が豊かになったせいか、近代では結核療養所が幾つか設けられたらしい。その内の富裕層向けの施設が、どうもその聖アレゴリーの前身みたいなんだ。」

「へぇ。お身体のお弱いお嬢様方のためのお学校だったって事?」


 アンは手元のスプーンをひらひらと玩びながらウィルの方を見ようともせず上の空で聞き返した。対面のウィルはウィルで手元に集中しながら仇敵でも屠るようにボウルを掘り返しバゲットを貪る。


「当初はね。ただ、名士が集まった事から教会の中での意味合いと言うか、学舎の立ち位置が変わった節がある。」

「今や名門校だもんね、」

「寂れた土地のはずなのに、大戦中は貴族達の疎開先にもなっていたようだ。寂れているからこそ戦火を免れられると考えればおかしな事は何も無い。ただ、間違い無く『教会の庇護下にあった』とは言える。旧首都なんて多少歴史があるだけの古臭いほったらかしな凄い田舎ってイメージしか無いけど、それでいて目を確り行き届かせているんだよ…教会は。」

「…何か怪しいと思ってる?」


 ウィルは初めて手を止めた。口中の物を呑み込む。


「それだけだったらまだどうでもいい話なのさ。でも、←『ブラック・ドゥーの監視が今回の件でペンディングにされてる』。~これで怪しくない訳が無いだろうっ、あれだけ特別視していたのがまるで掌を返したかのように!

 ──留学の話は特使を遣わせて来た教会がきっかけだ、無関係のはずが無いっっ。」

「お目当ての彼女はプラプラから出ないのでしょう?だったら別にいいじゃない、拘らなくても。」

「←安心なんか出来ないよっ。本当に彼女が無関係なのか教会の真意を突き止めないと!」

「@結局そこ↓。…まぁ、警部に怒られるような事だけは勘弁して、」


 珍しくアンはとうに興味を失っていた。またぞろウィルが問題を起こせば二人合わせて警部からキツいお叱りを受けるにも関わらず、しかも教会絡みの事なればフー・セクションの見習いと言えど只では済まない。それなのに何故か今の彼女は自らの身の安全すら軽んじ、それを不思議と毛の先程も感じていなかった。


「今夜も調べるつもりでしょう、」

「理事長周辺を探ろうと思う。」

「ああそう。──ごちそうさまでした。くれぐれも無茶はしないでね、→」

「ありがとう。頑張るよ。」


 何が彼をあそこまで狂わせるのか、酒宴で聞いた占いはひょっとして呪いではなかろうか。席を立ったアンはそんな事を思いつつも、昼飯時に改めてもっと美味しい物を食べようなどと考えていた。




 そして当事者のミーシャ一行は汽車で移動中だった。早朝に出発したものの現地着は夕方過ぎの見込みである。人気の殆ど無い汽車に揺られてかれこれ半日近く、道のりはまだまだ長い。居眠りから覚めた彼女は旅行気分にも飽いて車窓で頬杖を突き延々と流れる景色をただただ眺める。荒れた岩山の代わり映えしない光景が結構なスピードで水平に流れ、他は時折通り過ぎる河川や常緑樹くらいしか見る物が無い。勉強でもすれば時間の有効活用にはなるが最早そんな気すら起きない、渋い顔の眉間に皺が寄る。


 ミーシャにとって交換留学は大いに不満だった。過大に不満だった。超巨大に不満だった。


(あ~~~~~~ムシャクシャするっ。@そりゃーね、あたしとお姉様のどっちが行けるかって言ったらあたししか居ないよ?~居ないけどさ×、……はぁ↓。────)


 苦い記憶を人知れず反芻する。



 あれは金曜夜、訪問販売から帰って来て直ぐと思しき姉が部屋へ立ち入りのたもうた。


「←貴女はもっと外の世界の物に触れるべきだと思う!」


 ミーシャは自室で淡いピンク色のパジャマの上からチェック柄のフリースカーディガンを羽織り紅茶片手に一人勉強していた。姉の唐突な切り出しにキョトンとする。今思えばその時既に悪い予感はあったかも知れない、外は寒かったでしょうにと席を立ち小さい暖炉へ薪をくべた。


「こんな時間までご苦労様──なんだけど、~人の部屋へ入って来ていきなり何を言い出すのか、」

「これは人の生涯の中でそう何度も訪れない絶好の好機、良い気運の高まりと言って過言ではないわ。今この時期の貴重な体験は必ずや貴女の見聞を広め、お金では手に入れる事の出来ない一生物の財産となるでしょう。」

「持って回った言い回し。まるで胡散臭い占い師みたいね、」

「…あらやだ。」


 リュアラが片手で口許を隠す。ミーシャは舞い散る火の粉の前から肩越しに姉を返り見た。


「それで?用件は何?」

「×コホン、───新しい注文が入ったの、黒ワインの。」

「───」

(ああ、今日のお出掛けは「裏」の方か…)


「今回の注文は今までの内容と少し性質が違っていて、それで困った事があるの。だからここは…是非、貴女の力を借りたいっ。


 ←貴女には(しもべ)を連れてフォーチュンストックに赴いてほしいのです。」

「え?」

「そこで『と或る物を探し出す』事が目的なの。」

「えっ?…探すって、───何で…わざわざ『黒ワインのブラック・ドゥー』がそんな事しなきゃなんないの??」

「その探し物を狙う輩が居るからです。物探しを請け負う探偵では危険と聞いています。数もどれだけ居るものか分かりません…」

「★ええぇえぇ~え×?そんな危険そうな仕事を請け負ったの?!しかもそれをあたしに押し付けるってどおお言うつもりっ?!勝手過ぎ!」

「→貴女の言う事は全く以ってその通りよ、ごめんなさい×。とりあえず──話を聞いて頂戴、」

「~~~っ、」


 リュアラは手袋を脱いで頭上の小舟のようなキャップを取り外すと手袋と一纏めに携える。部屋の中央にある小さな丸テーブルの一席へ歩み寄り、腰掛けて瞳を閉じ居住まいを正した。


「─今回の依頼主は教会と深い関わりがあって、かなり影響力の強い立場にある人らしいの。仕事の結果次第では、黒ワインに関する私達の事が表沙汰にならないよう便宜を図ってもらえるわ。」

「教会関係者?裏サービスを利用するとか世も末ね×、関わって大丈夫なのその人?…情報のやりくりはヤクザ屋さんがやってくれてるんでしょうけど。」

「ガノエミー一家の頭領にはいつも本当に良くしていただいているわ。でもその影響力を頼れるのは裏社会の範疇だけ。もしも、──もしも黒ワインが表社会に大っぴらになったら、流石にその時はどうしようも出来ない。そうなれば百年続いた老舗メリーベルもそれで終わり……『保険を掛けておいて損は無い』と頭領からも勧められたわ。」

「~その保険は宛に出来るの?便宜って保証はある??そんなフワー~ッとしたもののために妹の生命を差し出したって訳?!」

「×だからそれは↓、……そもそもこの仕事は私が臨むつもりだったの。だけど訊けば場所は随分遠い地方だし、数日で何とかなりそうもなくて…」


 ミーシャも分かっていた。姉のリュアラは長きに渡り眠っていた蔵を復活させ、酒の増産体制を構築すると言う一大プロジェクトを推し進めている。現当主らの助力も得られてはいるが、その助力を得る事の罷りならない裏サービスまで単身で回すのは流石の姉とてキャパオーバー。裏家業が世間一般に露見すれば、裏稼業の功績のお陰で動き出した大きな歯車も止まってしまう。心配事は少ないに越した事が無い。


 イヤと言う程それは解かるのだが、


「探すにしたって、──~よりによってそんな処なの?」

「そう。そのうえ場所は『聖アレゴリー女学園の図書館』よ。」

「★うっっげ×!?」


 ミーシャはあからさまに嫌そうな顔をして片腕で上半身を庇うように身を退く。

 ミーシャはと言うより、メリーベルにとってそこは因縁浅からぬ場所だからだ。


「──行くの、↑×イヤ過ぎるんだけどー!?」

「そんなに嫌がらなくてもいいでしょう。『お母様にも会える』んだし、」

「だからよっ。別に、→会いたい訳じゃないし……」

「××何て子なの。お父様やお爺様が知ったら悲しむわよ、」

「~仕方ないでしょーがっ、あたしがそんな風に思うのはあたしが悪いっての?!」


 彼女らの母『ローシェ・メリーベル』は屋敷の在るジェムブルームに通年不在であり、遠方の学園に住み込み非常勤講師として勤めを果たしている。その勤め先こそが当に聖アレゴリー女学園なのだ。


 次女であるミーシャは自分の母親にちょっぴり苦手意識を抱いていた。ローシェとの面識はせいぜい年に数える程しか顔を合わせない程度のもの。正真正銘の生みの親とは言えど、毎年訪れる自分の誕生日にも居てくれなかった母親をミーシャは実の母親などとどうしても思えない。彼女にとっての母親はいつも側に居てくれたいつも頼れる家政婦長、未婚の肝っ玉母さんカルヤ・ハロルなのである。


「そんな事を言うのはおよしなさい、貴女も決して本意ではないでしょう。」

「言わせたのは誰か~~っ。それに──聖アレゴリーには『デコマヨだって居る』でしょう!?あのデコこないだも裏サービスを探りに屋敷へ来たじゃない!あいつの居る地元へ自分から足を踏み入れるなんて、それこそ黒ワインがバレかねないわ!あたしはイーヤーよっ。→」


 デコマヨ、酒蔵(ワイナリー)メリーベルの商売仇メディスン・ビバレッジの社長令嬢にしてメリーベル姉妹の親戚筋に当たる来歴もデコも輝かしいマイユネーツェ・メディスンの事である。マヨとは彼女の元々の徒名マヨネーズに由来するもので、マヨネーズが大好物とかそう言う話ではない。家柄も生業上も確執はあれど、リュアラとは学園で所属する地政学研究部の活動を通じ学友としての交流があった。

 半年近く前マイユネーツェは夜の工場町で人拐いの被害に遭ったが、ブラック・ドゥーの巻き起こした騒動に難を粉砕される形で逃れる事が出来た。都市伝説のブラック・ドゥーと直接言葉を交わし、メリーベルとの符号に好奇心を刺激されたマイユネーツェは事件のショックもそっちのけ、何かに利用出来ると踏んでメリーベルの周辺をゲリラ訪問している昨今である。


 因みに、平素マイユネーツェは聖アレゴリー女学園の寮で寝泊まりしているが、週末などは実家の在る近隣の衛星都市とを度々往復している。そこからなら首都テーブルターニングとの行き来に都合が良く、田舎のジェムブルームとも比較的アクセスし易い。実は同じ理由でローシェもそこに本来の居を構えており、彼女の父がリュアラ乱心の際に相談のため突撃した先もそこだったりした。兎にも角にもフォーチュンストックは遠くて住むのに不便なドドドド田舎なのだ。

 そんな場所だから普段の生活圏から足繁く通う事など到底無理、リュアラは困った顔で言い淀む。


「それが…その、非常に言い難い事なのだけれど………

 貴女には『留学生』となって聖アレゴリーへ潜入してもらう手筈になってるの↓。」



 汽車が鉄橋へ差し掛かった。車輪が線路の継ぎ目を乗り越える度、ガダンゴドンと酷い震動が客室をリズミカルに揺るがす。自分の手で掌底の連打を食らい、ミーシャは肘を窓際に掛けたまま頬杖をやめた。


(いっそあの勢いでキッパリ断ってれば良かったんだっ。向こうでデコマヨに一学年上だからって先輩風を吹かせられるとか冗ぉおぉお談じゃないわっ!それにひょっとしたらお母様と授業で会うかも知れないし……↓─────とは言え)


 次いで汽笛が鳴る、トンネルに差し掛かる合図である。ミーシャは窓を閉めようと気だるそうに腰を浮かせたが、枠へ手を付ける前にその窓は素早く閉じられた。目の前のメイド服がさらりと腰を下ろし、ミーシャに視線が合うと無言で笑顔を見せる。ミーシャは笑顔を返せない、そんな気力も無い。


(ジェズがなあぁ↓↓…──────)


 酒蔵メリーベルにおいては使用人、学園プラチナプラタナスではメリーベル姉妹の付き人、

 正面のメイド服を着た人物こそ彼の者、ジェズことジェズワユト・ウ・ナパンティである。


「どうかしたんですか?」

「いーえ別に。──時間が経てば見慣れるものね、あんたのメイド服姿も。」

「×ヤめて下さい、好きでこんな恰好してる訳じゃないんです。これも黒ワ」

「!←しいっ。~────」

「★×っすみませんお嬢様。」


 ミーシャが人差し指を唇の前に立てたのを受け、ジェズは慌てて両手で口を塞ぐ。程なくして車内は真っ暗になり彼の顔も姿も見えなくなった。ガタゴトが更にも増して喧しい、現在トンネル通過中。ローカル線なので電燈は備え付けられておらず、昼間のトンネル内は客室が暗闇に包まれる。


 あの時キッパリ断っておけば良かった、返答を渋ったから運が変な方へ向いてしまったのかも知れない。そう噛み砕いても溜飲が下がらない、下げられない。ミーシャには地元の環境からジェズを速やかに遠ざけたいと強く思う事情が生じてしまったのだ。



 姉からのたってのお願いを保留にした翌日の土曜、ミーシャが屋敷に在る事務室で帳簿などを付けていると、駐車場としては整備していない駐車スペースへ一台の見慣れぬ高級車が停まるのを部屋の窓から見掛けた。現当主らは外出中で次期当主の姉も今は屋敷から出ている、訪れたのがご愛顧様なら迎えに出るべきは同じく次期当主たる自らの務め。執務室で仕事をしていれば良かった、私服だがラフな恰好ではなかった事からミーシャは取り急ぎ販売ホールへ向かった。

 関係者用の通路を駆け抜け販売ホールの入り口手前でソフトブレーキ。颯爽とホールへ立ち入れば、中央のカウンター付近に蠢く人影から販売員ミソッカス・チマーの上半身が生えて出た。この娘は何かしら身体を動かすと胸がいちいち揺れる、藤色の髪に隠れてしまいそうな愛くるしい顔を曇らせ助けを乞った。


「☆ああお嬢様っ、ちょうど良い所に×!」

「←いらっしゃいませ、おきゃ★★卍?!」


 言い掛けて絶句する。こちらへ振り向いたお客様と思しき見覚えのある人影は、トパーズ色のスーツでキメている灰色髪をした女性のヴィリジアンと大きな鞄を携えた黒いモジャモジャ髪の学生風シルキッシュ。半月程前ガノエミー一家を伴い殴り込みに入った先で出会ったビアリス・レズリ・メズリにヒュギィことヒュゲルギア・ケンプフェルトではないか。


「★卍!?~~……────」


 ミーシャは咄嗟にジェズを呼ぼうとしたが、今頃彼は長老マルチーズもとい農夫兼エンジニアのジュゼッペ・グレムリーのもとでバンガロー建設の手伝いをしているはずだし、彼の家臣ザクレア・ナスカとユーディー・ナスカは姉に同行している。用心棒不在だが自らここまでお出まししておいて引き返す事など今更出来ない、ビビッていると舐められて堪るもんか、ミーシャは瞬時に腹を括った。


「──いらっしゃいませお客様、酒蔵メリーベルへようこそお出で下さいました。」

「…『表』の身分でこうして会うのは初めてだな、」

「ご贈答でしょうか?内使いでいらっしゃいますか??どうぞお手に取ってご覧ください???」

「訪問販売の事で当主と話がしたい。」

「───畏まりました。どうぞこちらへ。

 ミソッカス、お茶の用意はいいからこのまま販売を続けてて。いい?」


「?分かりました。お嬢様…」


 酒蔵の在るここジェムブルームも充分田舎、販売と言ってもこんな処へわざわざ買い付けに来る客などシーズンを過ぎれば早々居ない。恐らくも何も話題は黒ワイン絡み、普通の従業員に聞かれる訳にはいかない。ミーシャは問題の二人組を販売ホール脇の応接間へと案内した。あくまでいつもの通り、いつもの通り。

 後ろ手でドアを閉める。三人棒立ち、気不味い沈黙が流れる。


「────死王(しおう)はどうした?」

「…ピンピンしてる。今頃外で大工仕事よ。」

「自分の身を護る者が居ない状況で敵を招き入れるとは大した度胸だな、」

「あんた達が粗相をしに来た訳じゃない事はすぐ分かったからね。」

「ほう。」


 ただのハッタリ。本当は心臓バクバクだが努めてポーカーフェイスを決め込む。


「それで?用件は何?」

「そう構えるな、今日は謝罪に来た。」

「え?」

「前回の騒動は社長個人の、言わば私怨に端を発している。それが解消された。」

「───」

「今では心機一転、酒蔵と良い関係を築いて行きたいと切に願っている。本来なら商店として正式に謝罪すべき所だが、お互い表社会で露わに出来ない事情を抱える身の上、揃って公事(おおやけごと)は何かと都合が良くない。故に止むを得ず簡略ではあるが、当事者たる次期当主へ商店を代表して私達が謝罪の意を表したい。

 ───すまなかった。」


 来客二人は会釈の程度に軽く頭を下げた。相手はメリーベルの関係者らに執拗な嫌がらせ工作を続けて来た許し難い連中だが、こちらも反社会的力を以って倍返しと言わんばかりの甚大な損害を与えている。ビアリスらの表明をミーシャは「宝石商側からの酒蔵への歩み寄り」と捉えた。


(お互いにねぇ…──「酒蔵の後ろめたい事は知ってるからな」って言いたい訳でしょ@。


 こいつらのお陰で身内ばかりか先生や友達まで怪我を負わされた…~あたしは文化祭に殆ど参加出来なかったし、成績は落ちるわ、裏世界に巻き込まれるわで恨み辛みのオンパレードよっ。でも裏事情が表沙汰になってどちらのダメージが深刻かと言えば、百年もの積み重ねが一撃でパーになるあたし達側なのは明白。~脅迫込みの「体の良い和解」って所がムカつくわ~~っ……)

「…解かった。そちら側の謝罪を受け入れる。前回の揉め事はこれで手打ちとしましょう。」


 かなり思い切った判断である。ミーシャは自らの考えだけでそう決した。

 自らも酒蔵メリーベルの次期当主であると言う自負が彼女をそうさせた。


「あたし達から関係者の被害に対する賠償請求はしない。そしてそちらからの賠償請求も受け付けない。いい?」

「こちらも同じだ、それでいい。委細禍根を残さず互いの秘密を口外しない。宜しいか?」

「結構。」

「今ここで取り交わした内容は口約束と言ってしまえばそれまでだ。しかし、これらが確実に遵守される契約である事の証として私達からこれを渡したい。──→ヒュギィ、」


「←─────。」

「……?」


 ヒュギィは手元の黒いアタッシュケースを近くのテーブルの上に置くとミーシャへ向けてそれを開けて見せる。中から覗いた物は艶のある赤い敷布に(うず)まった大皿程の大きさもある翡翠に似た石だった。全体的に紡錘形で中央部分の厚みはソフトボールくらい、形は巨大な眼のような渦巻きのような、凡そ自然物には見えないが加工された様子も見受けられない。単純に大きな翡翠と考えれば造形は美しい、しかし表層の状態が良くなく何処か苔生した見た目で輝石としての魅力を削いでいる。一体これは?


「あの時お前達が持ち出す事の出来なかった物だ。

 これこそが虹族『緑の死王の呪珠(じゅず)』───名を【樹群の牙(じゅぐんのきば)】と言うらしい。」

「★☆!?」

(ジェズが必死でザクレアとユーディーに探し出させてたって言う「呪珠」!これが!?

 こんな…───@こんな小汚い物がぁあああっ×?!)


 流石に言い過ぎ。加工品として捉えたなら正直な感想と言えなくもないが。


「私有していた社長は断固として返すつもりが無かった。しかし私達が何とか説得して、手放させる事を『勝ち取った』のだ。傍から見れば粗野な石細工だが、虹族の王族にとっては不可欠の宝物……どうか死王に宜しく取り計らってもらいたい。」

「ブラック・ドゥーに返せって言われたから持って来ただけでしょっ。…でも、あんた達の誠意として受け取るわ。ジェズ達にはあたしからちゃんと伝えとく。──これケースごと貰っていいの?」

「構わない。誠心誠意かと言うと正直思う所はあるが、これで私達は晴れて対等な立場と言う訳だ。~死王にはいいように傷め付けられたがな。」

「禍根は残さないんじゃなかったの?」

「@個人の問題だ。それを口実にお前たちを害するような事は無い…」


 間違いなくビアリスは死王に痛め付けられた事を恨んでいる。しかし、自分の出自たる鉄血族を滅ぼした今の主である燈王(ひおう)を死王が破った事にほんの少しだけ憂さを晴らしていた。正しくは死王でなくその身体を借りたブラック・ドゥーの後継者によるものだが、傍若無人の燈王に痛い目を遭わせてくれた事はちょっぴり気分が良かったのだ。

 しかし、それはそれとして自分とヒュギィを痛め付けてくれた礼は何処かでキッチリ返させてもらおうとも考えている。恨み晴らさでおくべかない。


「そっちの筋肉男はその後どう?結構血だらけだったけど、」

「胴体に獣が引っ掻いたような大きな傷は出来たが、何せあの筋肉だ。大した事は無い。」

「まぁ、あの筋肉だもんね。よっぽどの事が無い限り」


 一瞬、部屋の奥の窓に大きな影が差したような。言葉途中でミーシャは窓へ視線を向けるが、暫し注視していても特に変化は見られない。気のせいかと目を手許に戻せば今度は「あひゃー」と言う間の抜けた若い男の悲鳴が窓の外を通り過ぎる。気のせいではない、間違いなくジェズの声。客人らが苦虫を噛み潰したような顔で互いを見合わせるそこへ、ドアを開けるけたたましい音と共に薄汚れたジーンズ姿のジェズが涙目で飛び込んで来た。


「←←卍×お嬢お嬢様っお嬢様!お嬢様!!◎おぢよおおうさまあああああっ*▼卍!!」


 言葉を掛ける間も無く彼はミーシャの背中へ逃げ込むように抱き着きガクガクと打ち震える。


「☆ちょ×…ちょっともう何??くっつき過ぎっ#、どうしたの?」

「××たたた……ったすけたすけ〒&◇↑おたおたお助けお助けえええええっ**卍!!」

「お助け?」


 ズドオオオオン、巨獣の足音の如き地響きを聞いた気がした。開け放しのドアを見返すといつの間にやら入り口が何かで塞がれている。上に隙間が開いてそこを潜るように何かが部屋へ立ち入りまたズドオオオオン。面を上げてビックリ、闖入者は仇敵燈王こと暗礁密林の虹族「橙」の第二王子ブンドド・ヰ・ナパンティだった。ズドオオオオン、ミーシャはド胆を抜かれる。


「★★卍!?」


 相変わらずの巨躯、相変わらずの筋肉、スーツが今にもはち切れそう。見た感じ空気をいっぱい入れた風船に近いが、そこに詰まっているのは褐色肌の純度100%ムキムキ筋肉。こいつ本当にジェズの兄弟か?本来ならこの部屋で生じ得ない暑苦しい圧迫感に身悶えさせられる、ええい鬱陶しい。


「!あんた来てたのーーっ?!?」

「喪服の小娘、闇巫女の贋者か。──ブツは渡したのか?」


「───。」


 ヒュギィが無言で答えた。彼は言葉を話せないが彼の周りに居る者なら彼の意志を読み取れる。


「ならば良しっ!」

「×良かあないでしょっ。こっちは次期と言え組織のトップが応じてんのよ?対等を謳うならそちらもトップが応じるべきでしょうがっ、」

「今の俺はオレンジロードの代表ではなく第四王子の肉親としてここに訪れている。つれない事を言ってくれるな、次期当主。」

「肉親って×、散々死なすだ何だのと殺意満々だったクセにっ。→……ジェズがメチャメチャ怖がってるじゃない!あんた何したの?!」

「←断じて荒事ではない!ブラック・ドゥーは後継者たるフォースの生を認めたのだ、今は俺も異存は無いっ。しかし事情を知らぬ他の王族に知られれば、俺がそうだったようにフォースを放っては置かぬだろう。闇巫女ブラック・ドゥーに認められた死王…いや、ドゥーの後継者の生命はドゥーの意志をこの身体で直に受けた俺が護らねばならぬ!だからこそより親密になるべきだと俺は想っているのだああああああっ!」

「→だあああ×、あんたの気持ちと勢いは解かった。でも、それなら何でジェズが泣きながら逃げ回ってたのかって事を訊いてるのっ、」

「←フォースよ!いい加減観念して『俺 の 女 に な れ』ええええええいっ♂!!」


「★!×イひいいいいいいいいぃいぃいぃいっっ卍?▼%×〒◎**!」


 ジェズが総毛を逆立てミーシャの背中でガクブルと縮こまる、ミーシャは目を白黒慌てふためいた。筋肉男の妄言も相まりジェズに密着されてミーシャはまた心臓バクバク。


「☆ちょっジェ#!……~→筋肉お化けが何言っちゃってんの!ジェズは男でしょーがっ!あんたにそっち♂♂の気があってもジェズには無いの×!!」

「←莫迦な事を言うなっ!」

「←どっちが馬鹿よ馬鹿!」

「俺との死闘で見せた後継者としての真の姿!この燈王を下す程の力を振るったあの美しいいい姿が俺には忘れられぬのだ…」

「あー、」

「あれからと言うもの、あの姿を一時も忘れた事など無い!忘れさせてくれぬのだっ!この俺がまんまと虜にされたのだあああああ!!」


 タハーッ参ったなと言わんばかりの上機嫌で顔を痛快に綻ばせる。父や叔父が仕事終わりに一杯引っ掛けた時の表情とよく似ている。あの悪辣で厳つい男がそんな顔もするのかとミーシャは呆れのような感覚を抱く、その虚を突かれた。


「↑↑俺は女性(にょしょう)となったフォースを(めと)ると決めたのだああああああああああしっ!!#」

「★★×えぇえええええええええぇえぇえぇえっっ!?!?」


 ファハ、ファハハハハ、筋肉スーツが息遣いも荒く仰け反って歓喜に満ちた高笑いを上げる。取り巻き二人は一様に肩を落としていた。ただただ喧しい限りだがそこに敵意なようなものは無く、親しくなりたいと言う意思表明は信じて良さそう。しかし、かつてその手に掛けようとしていた血の繋がる弟を嫁に迎えると豪語されてもこちらの情報整理が追い付かない。


(×あぁいやいや「女性」って言ったもんね、だから男のジェズじゃなくって、女のキズの方にベタ惚れしたって事か。まあそれなら男と女の自然な形にはー…)

「★ってなるか!@そおおゆうう問題じゃあなあああいっ×!!」


 ジェズの身体の中には人の形を捨てて陰から彼の生命を支える双子の姉か妹か『キズ』が潜んでいる。何が引き金となっているのか未だ不明なるも、彼の肉体は女性であるキズそのものに入れ替わる事が燈王との戦いで発覚した。ややこしい事にブンドドはそのキズに大層熱を上げている模様で、これまで狙っていたものがフォースの生命からハートに刷り変わった格好である。


 とどのつまり、これからもジェズを付け狙う方針に変わりは無い。


「←ぇええええいもどかしい!!今この昂り!身の猛りをどうしてくれよおおうっ!…」

「ウチの果樹園通っていいからその辺の山でも沼でも走って来なさいっ、いい発散になるから。」

「ぉぉおぉおおおおお!!↑興奮冷めやらぬ!どうにも治まらぬっ!抑えられぬううっ!!~もう間に合わぬのだ!極限状態なのだあああっ!この身の滾りが…ぁあぁあぁああ溢れ出そうだっっ。」

「たぎらないで、溢れ出ないで、」

「~↑今にも噴き出しそうなのだああああああああああっ*!!」

「★↑噴き出すんじゃねーわよっ卍!環境破壊も甚だしいっ!!」

「↑↑俺の肉体は爆発寸前なのだっ×!!~@最早っ…男の身のままでも構わぬううううっ、

 (みなぎ)る思いの丈、ぶ ち 撒 け て く れ る わあああああああああっ♂◆〒%◎▽!!」

「↑↑↑ 自  重  し  ろ  ケ  ダ  モ  ノ ★★!」


 大騒ぎ。あわやパンドラの箱を開ける寸前まで至るが、ブンドドの色めき立つドラ声を聞き付けた家政婦長が乱入してくれたお陰でジェズの健やかな心は辛くも護られた。何かもうこの人さえ居ればどんな無理難題もスムーズに解決してもらえるんじゃなかろうか。ミーシャは夜の荒野で独りこの世の無常を噛み締めているような、そんな幻覚に囚われる。


 家政婦長の怒りのブルドッキングヘッドロックを食らい気持ち良く気絶したブンドドの引き取りをオレンジロードの二人は頑なに拒絶した。嫌々連れて来たまではいいが、フラストレーションを臨界までチャージさせてしまった今の状態のまま持ち帰ればその捌け口にされるのは間違いなく自分達、くすぐりフェチを拗らせどんな変態プレイを迫られるか知れたものではない。しかしそんな痴情など酒蔵の知った事ではないし、こんな性欲時限爆弾を置いておかれるのはテロ以外の何物でもない。メリーベルとオレンジロードで喧々諤々しているとジェズが恐怖のあまり幼児退行を起こし始めたため、ミーシャは額に青筋を立てながら家政婦長に客人らを追い返すよう頼みその場は何とか事無きを得る。悪夢のような半時だった。



 トンネルを抜けるとトンネルの外だった。


 また代わり映えのしない岩山が延々と続いている。悪夢が晴れたかと思いきやそんな事は無い、悪夢ではなく現実なので晴れるも晴れぬもないのだから。ミーシャは乗り物酔いをしたような感覚に陥り首をもたげた。


(そーよ、あれわジェズを守るためにやったのよ、まだそこまでは良かったのよ、まだ…)


「どうしたんですかお嬢様、酔ったんですか?」

「あたしを取り巻く世の中に悪酔いしたのよ、」

「───なんだか凄く哲学的ですね、」

「──哲学の意味、分かって言ってる?」

「『僕には理解出来ないや』って意味です。」

「ぁああそぅ、正しい理解と言葉の使い方だわ────

 ~あんたのその正直で素直な口答えに時々イライラする事あるのよねっ、あたし!←」

「なん★ふぇ!?~~はがっ×!はひゃああはは!?あひゃはは、ぅあははひゃは×*!?」


 伸ばした両手でジェズの頬を水平に引っ張る。口の閉じないジェズは目元を不等号にしてお嬢様にやめてと手をあれこれバタつかせるが、その腕を解きほどこうなどとは決してしない、お嬢様にはあくまで逆らえない。ミーシャもそれを分かって普段から大いに活用しているものの、彼がそれに甘んじている事を何となく面白く感じない時もあったりした。今がそう当にそれ。

 度々起こるおかしな事の要因に居るのは大概ジェズなのだが、それに巻き込まれ、よりおかしな方に発展させているのは他でもない自分自身である事も否めない。ミーシャは膨れっ面で唇を尖らせる。


 彼女に交換留学を決意させた出来事はプラプラの在るダウンジングロッドで起きた。



 筋肉電気野郎から貞操を狙われる絶体絶命に瀕し情緒不安定となったジェズを連れ、自身の心のケアも兼ねてミーシャはユーディーと共に万年黒衣の医者の診療所へ訪れた。悪夢のあった翌朝の日曜は、女体化したジェズを診てもらってから丁度一週間。その当時居合わせた珍客らが未だ診療所に留まっていてミーシャの眉間に皺が寄る。白衣を纏う桃色ツインのお下げ髪イヨと、軍服モドキの黒髪おかっぱシャキ・ウイロウの二人だ。おかっぱ頭の陽キャぶりがミーシャは何となく苦手。チーズフォンデュを鱈腹ごちそうになった後で健康に良いからとオリーブオイルをマグカップ一杯飲まされるような、そんなイメージ。


 彼女は事のあらましを真っ黒医師ジュウモンジへ伝えるが、この男は内科もイケる専らの外科医。下らぬ好奇心は旺盛なるも、メンタルな悩みをハチャメチャ見聞で聞かされては退屈しなくて済むと言うより退屈させてくれとも考えあぐねる。再び応対に難儀する伯父貴を見兼ねたシャキは、鬱なら身体を動かした方が良いなどとジェズを剣の稽古に引っ張り出した。皆俺に付いて来な、相手の心の準備もブレイクオンな眩いばかりの陽キャパワーにミーシャまで翻弄されてしまう。

 シャキが一同を連れ込んだのは診療所すぐ近くの通行人の来ない路地裏。少し広い場所でジェズに竹刀を振らせてみれば、始めこそ拙かったものの見る間に太刀筋が良くなって行く。シャキはいたく興が乗った様子で「ようし」と後ろの建物の壁を伝い、屋根の一番上へ跳び上がった。常人の身体能力ではない。


「お前は筋が良い!試しにここに居る俺に一発入れてみろ!竹刀じゃなくても何でもいいぞ!」

「えっ?」


(…何でもいいなら爆弾でイチコロね。)


 ジェズと一緒に稽古を付けられていたミーシャはぜぇぜぇ息を切らせながら竹刀を地面に突き立て物騒な事を考える、そんな手段をあのジェズが思い付くはずも無い。ユーディーとイヨの他にご近所の野次馬さんらも見守る中、シャキは踵を返して無防備な背中を見せた。


「何処からでもいい!掛かって↑来いやあっ♪!」

「……←」

(このシナイを使うにしろ接近しない事には………───★!)


 相手はどうやら剣豪で善意の人、胸を借りるつもりでどう攻めよう。ジェズは竹刀を逆手に持ち替えシャキへ接近するルートを探ろうと踏み込んだが、その足で瞬時に後ろへ飛び退いた。片膝を地面に着き前傾姿勢で周囲へ視線を滑らせる。彼の異変をミーシャも察した、ジェズはその場にあった違和感、大きな嘘を気取ったのだ。


 標的は15m程先の上方、あの背中は決して無防備などではない。


「×───←───→─────」

(隙が無い。それどころか……一歩踏み込んだらもうあの人の間合いだっっ!腰の剣を使うんだろうけど間違いない、あの人はあんな所からここまで攻撃が届く!!こちらに目もくれずどうやって?────


 とりあえず建物の陰から近付くのは良しとして、あの人を攻撃するにはどうしても陰から出なきゃならないっ。あの人の攻撃を僕はシナイで受け止められないだろう。それなら…)


 逡巡する。俄に信じ難い驚異的な間合いの外縁を。


(黄のヤドリなら攻撃を耐えられるけど、僕が一発入れる前に距離を取られてしまう。

 青のヤドリなら攻撃をすり抜けられるかも。でも攻撃が「毒」になる、それはやり過ぎだ。

 『夜魔の爪(やまのつめ)』の「裁断」ならこの距離でも充分届くが、こんな練習で血を出してられない×。


 …ここは一発もらう前提で橙のヤドリを使おう。とりあえず雷は封印で。)


 ジェズは豊富な手数の内、第二王子燈王が見せた『首無竜(クビナシリュウ)』のヤドリによるカウンター攻撃「爆雷」で挑む事を選択した。破壊力こそ本家に及ばないがスピードなら引けは取らない、先ずは近付かねば。竹刀を携えたまま密かに呪言の唱を呟くと、褐色の肌に橙色の矩形模様が浮かび上がる。接近ルートを見定めいよいよ跳び込もうとしたその刹那、自分のすぐ左側に向かってオートカウンターが炸裂した。

 遅れてドンと言う花火を打ち上げた時のような音が路地裏に響く。ミーシャを吃驚させたそれは音速を超えるジェズの空振りが生み出した衝撃波、伸ばした腕から湯気を上げつつ彼は右へ跳んだ。


(★××…なんだ今の?!ほんの一瞬だけ間合いが突き抜けて来たぞ卍!さっきまでの間合いは僕が分かっている事を見切って騙していたのか?爆雷が発動したなら攻撃はあったはずなのに、その跡が無い??……@背中を向けてるだけなのに何をしたんだあの人は??!)

「×─────っ、←←」

「少年ー、ちょい待ち~い、」


 ジェズの出し掛けた本気に横槍が入る。声を上げたのは桃色の頭の後ろで手を組み建物の壁に背もたれていたイヨだった。目を瞑り解いた手でお下げを整えながら歩み出ると、険のある若草色の瞳でジェズを見詰めて腕を組み斜に構える。


「シャキの前に…(ウチ)とヤりぃや───────」

「え?」


 ゴツッ、姫カットの脳天にゲンコツが落ちてイヨが拉げた。頭を抱えて目を瞬くといつの間にか後ろにメイド服のヴィリジアンが立っている、いつもはゲンコツを貰う立場のユーディーだ。瞳を閉じて澄まし顔だが額はピキッていた。


「何をだ、ナニをっ×。~こんのマセガキがっ。」

「×ぅ痛うぅぅ~~~↑いきなり何しよんねん!あんたは関係あらへんやろ!引っ込んどき!」

「←関係アリ寄りの大アリだが?お前みたいなチビッ子の方が関係無いんだよっ、10年早い!」

「何や、~内とヤりたいんか?」

「★うえっ→。ガキんちょのクセに、しかも両刀使いとか×。セカンドじゃあるまいし流行ってんの?そうゆうの?!男も女も見境無しか!?」

「@なるたけ痛くせんようヤッたるわぁ、覚悟しい!」


「あんた達、話噛み合ってないよ↓。」


 あーハイハイとミーシャが仲裁に入る。イヨはジェズが只者ではない事を確かめようとしただけなのだが、そもそもイヨの見た目がまあまあ良くない。背格好は完全に子供で当然童顔、そこはまあいい。いい加減寒い時期だと言うのに振袖が肩無し腕留めタイプ、且つ褄下(つました)から白い太腿を晒している。髪の毛がピンク色で淫乱、これは個人の主観で完全な偏見だが、トドメは子供にあるまじきデカパイ。これだけ並べられ「自分とヤれ」などと啖呵を切られたらユーディーなら余計に勘違いする。

 こと乳成分は彼女にとって冒されざる聖域、看過など到底出来ない。お嬢の峠を越え自分達だけで勝手に話を進めた。


「何か私お前キライっ。殿下には近付けさせないぞ!」

「あの銀髪『見えとる』な?~お前ら何者や!?」

「見えてんのはお前の方だろ!この寒い中そんなに見せびらかしたいかあああっ!←←」

「誤魔化そうたって、~そうはイカのキンタマやああああっ!←←」


「ちょっと?←→★卍あんた達!?」


 仲裁人を挟み尚イキり立つユーディーとイヨが互いに立ち向かう。ミーシャを巻き込んであわや激突と思いきやヒョオッと言うシャープな突風が三人を分断し、ユーディーとイヨは後ろへよろけた。風の送り主は勿論ジェズ、風を司る緑のヤドリ『蜻蛉王(セイレイオウ)』の力。緑色の唐草模様を身体に浮かび上がらせ彼は立ち上がる。紋様は敢えて見せびらかしている、無礼者に対する威嚇だ。


「ユーディー。お嬢様を巻き添えにする気か?」

「★×→っ申し訳ありません殿下!」

「──←臣下が思い違いをした。申し訳ない。」


「─────」

「平素より御世話になっているジュウモンジ先生の御客人。しかし我が主に危害を及ぼすなら容赦はしない。…我との闘いを御所望か?」

「─────────────────←」


 両手の人差し指と中指を揃えると腰を落とし雪駄を擦らせて踏み込む。軽く息を吸い込んだイヨは相手を睨み付け(まじな)いのように横へ縦へと腕を振るった。間髪入れずジェズは地表をジグザグに跳び、地へ伏すと次の瞬間には上空で車輪の如く高速回転、後方の建物1階の屋根の上へ膝を着いた。地面から屋根の上までひとっ跳びするのはシャキでも流石に不可能、イヨは確信しジェズは見極めた。


(内の金縛りを全部避けよった×。完全に見えとる…あの身のこなし、南蛮の忍びか!)

(見た事無い術だが紫のヤドリに似てる。それなら、───蜻蛉王のヤドリ「波濤(はとう)」っ!)


 ゴオッと唸る風音がその場に居る者達の恐怖心を煽る。両の五指を羽ばたくようにして前方へと薙ぎ放つ風の奔流、掌握した周辺の大気を管状の渦として押し流すもので竜巻とは原理が異なる。これは物語に登場する魔法みたいな不思議現象ではなく、彼の尋常ならざる肉体能力が引き起こした純粋な自然現象である。この世は何かゴニョゴニョ唱えて光る魔法陣は現れないし、火の玉が飛び出したり傷が治ったりもしない。


 木片や小石が舞い散り、周囲の建物は壁ごとガタガタ震え道端の用具入れやらがひっくり返る。突如現れた嵐に野次馬ギャラリーはミーシャ共々頭を抱え、堪らずその場へしゃがみ込んだ。見た目で捉えられない渦の幅は凡そ2m、風速は20mを超え華奢なイヨではその場に踏み止まる事すら難しい。


「★うっっぶ×!?!~~~~~ぅぎぎ×…~~ぶふっ!!→→」


 直撃を受ける彼女はその場から飛ばされ掛けたが、そうはイカのキンタマと片手で褄先(つまさき)を押さえて足許へ追い縋り根性で地面にしがみ付く。息をしたくてもまともに出来ない、人間は風に吹かれるたったそれだけで手も足も出せなくなるのだ。

 これほど物凄い羽無し扇風機を生身の人間がいつまでも続けていられるはずは無い。相手の行動不能を確認したジェズは早々に力を収めようとするが、招いた強風は突然の『見えない斬撃』によってあっさり蹴散らされてしまった。風を操る彼ならばこそ分かる衝撃の出来事、ジェズは鳩が豆鉄砲。


「!?」


「←二人共ー。そのくらいにしときなよ~×、」


 向こうの屋根の上ではシャキが振り返り両手を広げてヤレヤレ笑顔。力を収め掛けていたとは言え蜻蛉王の波濤を破ったのは間違い無くあの得体の知れない陽気なサルファラスの青年。腰元の剣によるものか、距離は先ほど見切った間合いよりも遠いはず。見えない斬撃、お株を奪われた格好だがジェズは驚愕すると共に深い感銘を受けた。


(……弓矢のような飛び道具でもなく、シルキッシュの使う銃や爆弾みたいなズルい武器なんかじゃない、自分の心と体を鍛え上げる事で出来る「技」。さっきの子もそうだけど、ヤドリに匹敵するこんな事を出来る人が暗礁密林の他に居るなんて…───☆なんだろうっ、なんか凄くカッコいい#!!)


 己で磨き上げた精神と身体で成せる技術、自ら操るヤドリにも通じた小賢しさの無い潔さは、ジェズが彼らに抱いていた得体の知れなさを神秘的な憧れへと昇華するに至る。シルキッシュでもヴィリジアンでもない近しい年上の同性であるシャキはジェズにとって解り易く親しみ易い人物であり、実の兄に諸々こっぴどくヤられた反動もあってジェズはすっかりシャキの男らしさに惚れ込んでしまったのだ。


 地上に降り立ち頭を掻きながら飄々とイヨの許へ歩いて来るおかっぱ頭を迎えにジェズも屋根から飛び降りた。シャキはイヨに突っ掛かる。


「余計なちょっかい出してからに×。折角俺がジェズの腕試しをしようとしてたのにさぁ、」

「何を呑気なっ。見たやろ?忍びどころの騒ぎやない、あんなん妖術やんけ!こいつら普通やないでっ、これは姫を狙う輩に通じとるかも知れん!」

「いやいや、こいつらはそんなんじゃないさ。信用して大丈夫。」

「~何を根拠に、」

「☆男の勘だね!」

「こん阿呆わ↓。──能天気底無しかい×、」


 イヨは横へ項垂れた。シャキが言うなら大抵そうなのだ、長い付き合いで判っている事とは言え疲れるゲンナリする。そこへ今度はミーシャが突っ掛かった。


「ウチの家政婦が手を出したのは謝るけど、物騒を起こしたのはそっちだからねっ。こう見えてウチの使用人達…結構強いんで、下手な真似するとタダじゃ済まないよ。」

「まあでも、緊張感あったろ?いい感じに引き締まっんたんじゃないか?」

「え?」


 あっけらかんと言われてみれば確かにそうかも。気分の居所と言うか在り様と言うか、心がいつもの通りに戻った感触はある。それはジェズも同じようで、二人して目をパチクリ顔を見合わせた。こうなるとおかっぱ頭は途端に得意気になる。ジェズの両肩をバンバン叩き、続いて背中をバンバン。肩へ腕を回して前屈みに、


「☆なっ?なぁあ♪?↑ハッハハハハハハハ☆!だろ?だろ!俺の言った通りだろう!?そーなんだよ、気が滅入っている時こそ確り身体を動かすもんなんだ!病は気からなんて言うけど、身体さえ健康なら心の方も良くさせる事が出来るんだぜ!凄ぇだろ☆?」

「×あっ★、あ…アハハハ、」

「しっかしお前には驚いたよ、大したもんだ!俺の間合いの外側をキッチリ丁寧になぞってさあ◎、そんな器用な奴見た事無いぜ!ウチのチビッ子の縛を躱した体捌きといい、風の術といいたまげたね☆。何をどうしたらあんな事が出来るんだ?!」

「ぇえと#、ちっ……血で風の精霊をおびき寄せて、ち血の流れでそのまま…こう前へ、くっ…こう?押し出して……」

「☆精霊とか◎、面白い奴だな!流石伯父貴の眼鏡に叶っただけの事はあるわっ、気に入った!

 ←改めて自己紹介するぜ、俺は『シャキ』ってんだ。これからヨロシクな、ジェズ☆!」

「あ、はい。…ぇえと、あのっ」

「そう畏まるなぃ、好きに呼んでくれよ♪、」

「ぇええと、あのその…それじゃ、────────『兄貴』って、呼んでいい…かな#?」


「「~ぁあン??!」」


 ミーシャとユーディーが並んで酷いしかめっ面をする。男二人の向こう側に立つイヨも年季の入った梅干しのような顔をしていた。男と男のイチャイチャ、片手で頭を掻きながら上目遣いにシャキを伺うジェズを見てミーシャは並々ならぬ不安を感じた。


(★っな卍……何?あのジェズの目×、完っ全っに「恋する乙女」#じゃないっ↓↓。───まさかあの欲情筋肉のせいで性癖が捻じ曲っちゃったんじゃないでしょうねぇ……~××そっちなの?そっちの道を歩もうと言うのコイツわっ×?)

「←ちょっとジェズ?ちょっと待ちなさい、ちょっちょっと落ち着こうか?ね?×……そう言う事はもっとこう、交友を重ねてからと言うか、~何て言うかその」


「☆兄貴かぁ…↑おういいぜ!なら今日から俺達は『義兄弟』だっ!」

「義兄弟##…──☆兄貴♪!!」


 あははあははは、リーンゴーン、リーンゴーン。ミーシャの頭の中では教会の鐘の音が鳴り響いていた。イメージは完全に結婚式、様式は全く異なるがユーディーもイヨも同じ錯覚を抱く。数多の星が煌めく二人だけの白銀の世界の中で近付いて行く義理で結ばれた兄と弟、やがてしっとり抱き合い笑顔を見合わせ瞳を閉じ互いの唇へ…


「★☆#↑↑イヤイヤ駄目駄目!そんなのダメっ!絶対ダメ!!不純同性交友反対!男と男とよ?何考えてんの!?断固阻止っ!そんなの許さないからっ!!」「★↑↑殿下のバカ!虹族以外のしかも男相手に何色目遣ってんの?!バっカじゃないの!?×私達を差し置いてどーゆー事よバカっ!!」「★×いい加減やめえやこの唐変木!男色とか悪趣味も大概にせえや野寺の坊主共じゃあるまいし、本っっ当に見境無い奴っちゃな!ケツの毛引ん剥いたろかいっ!!」


 キスシーンは彼女らの勝手な妄想だが、ご近所の野次馬さんまで加わって騒ぎに脂が乗りまくり。



 流れる車窓の景色の横でミーシャは腕を組み渋い顔をしていた。見ず知らずの異国の陽キャにジェズを任せてしまった自らの判断の甘さが悔やまれる。ジェズもあの陽キャの何処がそんなに良いのか。


 あの後揉めている所へ割って入った診療所の白黒コンビにより事態は収拾するかと思えたが、陽キャが子供看護婦をロリ巨乳に掛けて茶化したもんだから焼け石にガソリン。半狂乱のミーシャは始末悪く快癒したジェズと不満たらたらのユーディーを叩き出し、お礼も程々に診療所を後にしていた。実の兄といい義理の兄といい、ホモホモしさがジェズに纏わり付いて離れない。何故自分が立て続けでジェズのホモマシ現場に居合わせるのか。ジェズが悪い、あいつが脱ホモするには取り巻く今の環境から彼を遠ざけるしか無い。

 とうとうミーシャは交換留学に臨む事を決断した。何かもう色んな(しがらみ)から逃避行したかったのだ。逃避行の先も柵だらけなのだが。


 お嬢様にやっと許してもらえたジェズは赤く痛む頬っぺたを両手で包みながら嘆く。


「↓お嬢様なんだか怒ってばっかり×。」

「あたしを不機嫌にさせる事が起きてばっかりいるからよっ。あんただってそうやって女装しなきゃいけない目に遭ってるじゃないの。」

「そうですね↓。」

(女装なら黒ワインの初めの頃リュアラお嬢様にさせられたけど…)

「えぇと、その聖ナントカー女学園って男子禁制なんですよね?恐怖しかありません。」

「聖アレゴリー女学園ね。まあ、男ってバレたらそれなりに大変───イヤ×かなり大変だけど、そこまで怖がる要素ある?」

「えぇと、……暗礁密林には『闇族』と呼ばれる一族が居て、そこには男が居ないんです。」


 何処かで聞いた名前、ミーシャはそんな気がした。まあいいか。


「へえ、男が居ない。何で?」

「簡単に言えば闇巫女に由来してて、男を取り除いて女の血の力を強めた恐ろしく強い部族なんですよ。」

「男が居なきゃ一族が途絶えちゃうでしょ、」

「自分達の集落に迷い込んだ他の部族の男を捕まえます。狩りをする事もあるようですが。」

「まあ、それで途絶えないとして。いくら強いったって、何でそんな怖いの?」

「連中の男に対する用事は種付け役でしかないんです。」

「…まあ、そうなるか。」

「他は要らない、だからそれが済めば男は『食べられ』ちゃいます。」

「──カマキリじゃあるまいし@。え?それでもし…子種を取って、男の子が生まれたら?」

「だから、」

「卍卍~~~↓、」

「男は闇族の住処の中ではモテモテです。生かされてる内はいい思いをするでしょう、でも二度と帰る事は出来ない。モテモテな分オチが怖いんです、男子禁制と聞けば暗礁密林の男はどんな強い戦士だろうと皆怖がります。」

「~~───少なくとも今から行く聖アレゴリーは男を獲って食うような社会じゃないから、それだけは安心なさい。」


 とは言ったものの本当にそうだろうか。行き先は現代社会から隔絶された絶海の孤島の如き秘境、その上指折りのお嬢様学校と来ている。真っ先に思い浮かぶのは人間関係の問題、上下関係や派閥の抗争など大昔の貴族の因習が絶滅する事無く今も色濃く息づいていはいまいか。余所者のしかも豪農止まりの平民風情が入り込んで果たして健全でいられるだろうか、黒ワインと言う使命の事より生活面での不安が膨れ上がった。そうではあってもジェズが頭から取って食われるような事はあるまい、少なくとも。

 ああ、それならそう言えば、


「黒ワインだからってあんたをわざわざ女装までさせて連れて来たけど、よくよく考えたらメインは物探しなんだから、ザクレアやユーディーでも良かったのよね。」

「あれらの得意とするものは偵察なので今回の仕事に向いていると言えます。でも敵と正面からぶつかるような荒事はあまり得意じゃない、その点では僕の方が向いてるでしょう。」

「図書室から本を探す事がそんなに危険だなんて、一体何がどうなっているのやら…。お陰で女子高に通わなきゃならないし?メイドが男とバレないようにしなきゃいけないし?気に掛けなきゃいけない事が多過ぎよ×。ぁああああ↑↑もう考えるのがイヤっ×!もうこれ以上気掛かりを増やさないで!」


 頭をワシャワシャ、諸手を揚げてイヤイヤするミーシャはそこで不吉なモノを感知し息を呑んだ。冷や汗を滴らせながらのっぴきならない様子で恐る恐る視線を左へ泳がせると、ジェズの座る右隣にいつの間にやら人の姿が在るではないか。ちょっと待て冗談じゃない!


(★★いつの間にっ!?不味い不味い卍!今までの話を聞かれてしまった×!?)


 即座にジェズへ隣の人影の捕縛を命じようとしたが、その必要が無い事は判っていた。??

 その人物は最初からそこに居た。居た事は判り切っていたのに今まで気付かなかった。??


「!!卍……────────────タタリ↓……」

「───────。」


 そうなのだ、ジェズが居るのだからこの小さい不気味な少女も当然居るのだ。ガノエミー一家から託された口だけオバケ2号、タタリ・アマガミ13歳。その場に実在しながらいつも人の意識の外に居る、目立たないとか気にならないとかそう言った日常から掛け離れた理に生きる者。普段の不思議な行動は元より、この小柄この細身であの恐るべき攻撃力を誇る燈王の生命を狙える程の能力の持ち主である事も判明した。ミーシャは所謂フツーの人である所のサルファラスを見た事が無い、彼女の知るこの人種は尽く変人しか居ないのだ。


「あんた……そぅ、ずっとそこに居たのよね。気付いてたけど…気付いてなかったわ。↓」

「────────。」


 真っ黒な長い前髪で目許は見えないが「何言ってんの?」張りの今更な表情をしているように窺える。隣のジェズは普通にタタリを認識しており、お嬢様の反応にはハテナを呈した。タタリはジェズの言う事ならそれなりに聞くものの、ミーシャ自身の言う事まで聞いてくれるかは今一保証が無い。今から帰れと言った所で聞きはしないだろうし無下にも程がある。これからフォーチュンストックと言う異世界へ身を乗り入れようとしているセンシティブな状況で、この御し難い付き人とも付き合って行けるのか。新たな課題を突き付けられたミーシャは、奇声を上げてこの場から飛び出し汽車と並走した上ぶっちぎりたいと言うトンチンカンな衝動に駆られる。


 気が付けば目的地の駅に着いていた。彼女はどうも脳味噌が熱暴走のため気を飛ばしていたらしく、長旅の退屈を効率的に回避する事が叶ったようだ。時計の針は19時を回ったばかりで駅の外はほぼ真っ暗闇。出発地ジェムブルームも田舎なので慣れたものだが、曇天のようで星明りも乏しくこの暗中模索な雰囲気には只々呆然とさせられる。

 ミーシャ一行の到着を見計らったように寮の手配した車が迎えに来た。カンテラ片手に中から出て来た背の低いチョビ髭運転手との挨拶もそこそこ、ジェズに後部座席のドアを開けられたがミーシャは暫し佇む。不意に「帰ろうかな」との想いも過ったが、上りの汽車は翌日の始発まで無いローカル線あるあるを思い出してヒャッハー。三白眼でモヤモヤしている所を使用人に促され、彼女はイヤイヤ搭乗し諦観に塗れ寮へと向かった。




☆☆☆


 夜になっても首都テーブルターニングでは雨が降り止まなかった。冷たい霧雨、傘が無くとも短い間なら然程濡れはしないものの、少しでも風がそよげば頭の上から足の先まで確り湿る。何かと陰鬱な気分にさせられる天気だが、それをこの国の人々はあまり気にしない。何せ霧雨であって霧ではない、『霧魔(むま)』に出くわす事が無いのだから。

 お陰でこれ程冷たい雨の中だと言うのにガス灯の明かりの下には手ぶらで歩く人影も。トレンチコートの襟を立てて中折れ帽を被れば多少の雨露もしのげよう、流石に進める足は少し急ぎ気味。


 その建物は相当な古屋だった。パズルのように建物同士が犇めき合う隙間で殊更窮屈しているが、中は1階から地階までが吹き抜けとなっていて垂直方向にならば広かったりもする。外からは崩壊寸前に見えても中の造りは木造ながら堅牢で、何処か人知れぬ古城の最奥にひっそりと奉られた祭壇のような風格を備えていた。

 地下4階にも相当する縦長空間の底では四角いテーブルの傍らに座る女性の姿が暖炉の明かりに照らし出されている。ネイティブ柄のカーペットの上にまで流れ落ちる長い髪は滾々(こんこん)と湧き出た水の如し、光を反さない黒い瞳は奈落の孔の如し、優し気で怪し気な笑みを湛える麗しの透き通る君『占い師ウイドナ』。ここは彼女の住居兼仕事場である占いの館、表の看板には【ザナドゥ】の屋号が控え目に表されている。


 占い師としての仕事着であるドレスの上着だけを脱ぎブランケットで脚を覆った楽な恰好、仕事も終わり彼女は酒に酔っていた。ワインボトルとツマミの入った小皿を横へ避け、グラス片手に何枚もの紙片を机上へ並べている。紙は全て同一の幾何学模様が描かれており、これまた随分と古びていてまるで呪いか何かが染み込んでいるかのよう。縦横へ配した数枚をパタパタ裏返して行くと固有の絵柄が姿を現した。やはり裏面も古臭い意匠、タロットカードだ。


「領地に『運命の輪』それも正位置。身も蓋も無いと言うか、何の捻りも無いわねぇ。門扉に『恋人』の逆位置、回廊には『女教皇』……×ありがち。本当につまらないこと。」


 独り言が何か辛口。贔屓にしている老舗より取り寄せた白ワインが好みにぴったりな事から気を良くしていたのだが、遊び半分で始めた占いの結果が端から面白味に薄く早くも興醒めし掛けている。何より彼女はもっと刺激的でドラマチックな歴史が欲しい。小皿に手を伸ばしてタラの干物の切り身をひと摘まみ、ペッパーも効いて塩抜きしてない分旨味は強いがそれだけ塩辛い。そこへ甘味豊かな少しピリ辛スッキリ後味のワインで追い掛ければもうご機嫌、呑兵衛のしがちな身体に良くない酒の飲み方。


「広間に『悪魔』、竈に『魔術師』、書斎は……『隠者』。寝室には『月』の逆位置、ふうん。蔵には…──『塔』の逆位置……まぁ、ここはそんな所かしら。そうなると来訪者は~、」


 手前に置かれたカードの山はカードの短辺が3方向の扇状に伏せられており、上からカードを取った彼女は短辺が左側を向くカードを左へ横に並べ、短辺が右側を向くカードは右に。短辺が上側を向いているカード1枚を机上の全カードより奥の中央へ移動させると、まだあるカードの山は纏めて最右へ避けた。

 配置はこれで完了らしい、次に左へ並べたカードからひっくり返して行く。


「招かれた客は『太陽』、『愚者』、『女帝』…は逆位置。あらそう◎、ウフフ。なら」


 コンコン、────────


 頭上からノックの音が聞こえた気がした。とうに営業時間を過ぎてこちらはもう晩酌の最中、水を差されたくないので居留守を決め込もうかと思案していたら扉がガチャリと開いて何やら中へ入り込んだ様子。入り口は灯りが無く足下も真っ暗だろうに着実な足取りで四角い螺旋階段を下って来る。


(…施錠はしていた。客人を迎え入れる商売屋敷ではあるけれど、人様の家に不躾だこと…)


 冷気を伴い暖色系の明かりの中へ降りて来た男は「夜分に済まない」など抜け抜けと日常的な台詞を吐いた。先程外を足早に歩いていた黒いトレンチコートの男である。右手をポケットに突っ込んだまま帽子も取らない、ウイドナは表情一つ変えずに応じた。


「『私の前で人は裸になる。』───こんな夜中に、占い師にどのようなご用件かしら?」

「申し遅れた。自分は」

「ダミアン・ドッペル伍長。」

「……」


 間髪入れず身分を言い当てられ男は内心かなり動揺する。しかし微動だにしなかった。

 占い師も微笑んだまま瞬きすらしない。


「公僕として仕事熱心なのは結構だけれど、その姿勢は息子さんから大層嫌われているわよ。奥さんの愛情も薄れて来ている。もう少しご自分のご家庭を顧みられてはいかがかしら?」

「耳が痛いですな、ご忠告感謝する。一見しただけで分かってしまうとは、流石は噂の占い師と言った所ですかな、」


 心当たりはあるが占い師の常套句のようなもの。返し文句は小馬鹿にしている。


「今のは占いでも何でもないわ。1+1は2なのよ、当たり前の事なの。…貴方が訪れた事で次に捲るカードが何か分かってしまった。」

「何某か占っておられたと。…そのカードで自分がここへ訪れる事は分からなかったのですか?」

「知っていたようだけどまるで気付かなかった──と言うのが正しいかしら。タロットカードは謂わば算盤と同じ、答えを目に見える形で捉えるための道具なの。」


 ウイドナは漸く表情を変えた。困ったような拗ねたような呆れたような不思議な顔。


「あくまで計算する人間が必要、取りも直さずそれはカードを扱う自分次第。タロットは古代叡智の産物であり真髄の賜物、一つの結果に至る連続をカード同士の相対位置と絵柄で知覚出来るようにした法則の具現……大層な言葉で飾り立てたけど、意識の表に計算の対象が無ければ解答は不確定となる。森羅万象を把握する事の出来るマジックアイテムではないわ。」


 そこまで言うと彼女はほくそ笑んだ。口にした言葉が我ながら面白いなどと思っている。


「そして貴方が私の許へ訪れた、確定したのよ。だから私はこれから捲るカードが分かってしまった。つまらない。」

「ご高説の計算で求められると?」

「つまらない消去法。ここへ展開しているカードはと或る課題を『屋敷』に見立てたもの。そして今から捲るカードの示すものは屋敷に対する『招かれざる客』───」


 ウイドナは先程右側へ並べたカードの左端を捲った。ほうらやっぱり、


「…『戦車』の逆位置─────

 悪い事は言わない、貴方達はこの国から撤収なさい。」

「自分が何者なのか、目的が何なのか、そんなカードでお分かりか?」

「貴方が聞いてもただの無駄、私が解くのもただの徒労。貴方自身占いに懐疑的でしょう、情報部の意向に反対なら意見を具申してみてはどう?」

「解りませんな。──言われる通り自分は占いなど似非だと思っている。しかし貴女はこの自分の名前と階級を言い当て、その上でこう述べた、『占いでも何でもない』と。

 …占いはさておき、上は『貴女の情報能力を買っている』と言う事だろうな。」

「私はブラスバンドに行かないわ。貴方も拉致と変わりない勧誘なんてもうお止めなさい、」

「←この屋敷は我々が既に包囲している!どのような抵抗も無駄だ!

 一緒に我が国へ来ていただこうっ、伝説の『シビュラ』ウイドナ!」


 中折れ帽を毟り取って息巻く坊主頭は、かつてキーニング国立美術館の地下で荒事師「模型屋」こと元天才軍医ルードヴィッヒ・シュペルハイム・ザンゲの確保に失敗した伍長殿である。性懲りも無く異国の地で未だ拉致活動に勤しんでいたのだ。今回の標的は、古より本邦の政治に深く関わり数多の災禍を退けたと吟われる伝説の巫女「シビュラ」。どうもウイドナがその人物ではないかとの怪情報がブラスバンドの諜報部内で取り沙汰されている。別動隊からの報告であり伝説絡みの与太話などこれっぽっちも信用していなかった伍長だったが、今の一幕ですっかり本職としてのヤル気に火が着いた。


 伍長らの部隊に与えられた任務は、あくまで「ブラック・ドゥーを巡る各勢力の『管理』を謀っていると目されるトランプ要人の確保」だった。可能ならば本国へ連行しその価値を利用する。出来なければ、


「手荒な真似はしたくない。大人しく従ってもらおう、」

「手荒な真似はしたくない、それは本心なのね。」


 ウイドナが握り拳を猫の手のように持ち上げ小指からゆっくり開いていく。そこから零れ落ちた黄銅色の何かが机上でカタコトと弾け、楽しそうに小気味よく踊り転げた。ギョッとした伍長がポケットより右腕を引き抜けば確り拳銃が握り締められており、そんなまさかの弾倉は期待通り空になっていた。


「★卍卍!?」

「トランプ製の拳銃ね。まぁ、何もブラスバンドの物を使って証拠を残す事は無いものねぇ@。」

「……貴様、何をした?」

「私は何もしていない。強いて言うなら貴方にさせた事になるかしら。」

「何ぃ?!」

「言ったでしょ、『私の前で人は裸になる。』──手荒な真似はしたくないと、この弾丸は貴方が私に差し出した物よ?」

「~そんなはずが」

(!?いや待て、確かに……そんな気がす…る?───そうだ、自分がここへ来る前に装備をチェックしていた時だ、女一人を相手に大袈裟なとは思っていた。祖国の物よりマシとは言え、拳銃の取柄は携行性だけで銃撃に使いたくない。そこから弾を装填した記憶が…~どうだったか────

 ★いやいや!装填してなかったとして何故それをあの女が持っている×?@何だ一体、これはどう言う事だ?!)


「銃声で外へ合図しても─────────←←←←← 誰 モ 来 ナ イ ワ ヨ ?」

「──★卍う!?っっな!?→→」


 合図しても、その台詞までは確かに彼女は机の前の椅子へ座っていた。その彼女がいきなり自分の直ぐ後ろに張り付き耳元へ囁き掛けている、伍長の心の中でイヤの連呼が止まらない。彼女は最初からそこに居た?自分の認識能力がおかしな事になっている?しかもそれは自分自身のせいであると分かっていた?いやいやイヤイヤ。

 混乱する哀れな隣国の公僕に、気味の悪い占い師は追い討ちを注ぐ。


「そうねぇ、なら今判る話をしましょうか♪。仮に私が非常に優秀で国から重用されている凄い大物だとしましょう。そんな逸材を、国が独りで放っておくと思って?」

「?!」

「───ね?御覧の通り私はこうして独りで放っておかれている。貴方達が望むような者ではないと言う事よ、判るでしょ?」

「…貴様の護衛は居ないと言うのだろう?我々の行動を邪魔する輩が居ないならこちらはそれで好都合、任務遂行に変わりは無いっ。合図が無くとも後数分で自分が戻らねば我が部隊は突入して来る、詭弁を弄するな、」

「お為ごかしなのだけどね。でも、突入するはずの貴方の仲間はここに辿り着いていない。」

「~何を言っているっ、」

「貴方が約束の日時を間違えた。」

「↑いい加減にしろ!こうなれば」

「腕尽くで?その傲慢が家庭の不和に」

「~ペテンがっ!!←←」


 のらりくらりに腹が立つ。憎たらしい薄ら笑いを浮かべる綺麗な顔へ容赦無く張り手をぶちかまそうと翻ったが、伍長は入り口のドアの外で静かに佇んでいた。翻った勢いも怒りも何も無く感心するほど心穏やかで、固く閉ざれたドアに向かって直立し冷たい霧雨に晒されている。


「─────────────────────────────────」


 何が起きたのか分からなかった、そうではなく何も起きていなかったのかも知れない。

 決して混乱している訳ではなく、混乱している事が冷静に分かっている。どう言う事なのか。

 いずれにせよ、この男は今自分の意識の中にある情報が何も信じられなくなってしまった。


 工作員にあるまじき醜態。気を取り直してドアに手を掛けるが、施錠されていたため先程使用した合鍵で改めて解錠しドアを開ける。しかし入り込んだ真っ暗な空間は普通に一階で床があり、上階に通じる階段の他はガランとして何も無かった。ほんの数分前に自分が立ち入って俯瞰した下階へと降りたはず、怪奇譚の1シーンのような状況に肝を冷やし思わず外へ飛び出して仲間の居場所を目指した。

 伍長は愕然とする。本当に誰も居ない。そんな馬鹿なと捜し回るが占い師の言った通り仲間は一人も居なかったのだ。全員何処へ行ってしまったと言うのか、半月前から入念な下調べを重ね侵入直前に全員の配置は再三確認している。間違える事などあり得ない、店の看板を確かめようと仰ぎ見た。


「!ザっっ……────」


 ザナドゥのザの字も読み取れない。看板だったのかどうかも分からない板がそこでボロボロに朽ち果ている、伍長は恐怖のあまり吐き気まで催しその場から脱兎の如く逃げ出した。この男に店名の意味は分からないが、走りながら一つだけ気持ちの悪い話を思い出した。今だから気持ち悪いと理解出来る、トランプ首都に在る倉庫街から西へ外れたこの一帯は妙な徒名が付いていた。


 ザナドゥが在るのはこの迷路のような旧街道、世迷の『騙絵(だましえ)横丁』と。


 ウイドナは小皿に手を伸ばしてタラの干物の切り身をひと摘まみ、ペッパーも効いて塩抜きしてない分旨味は強いがそれだけ塩辛い。そこへ甘味豊かな少しピリ辛スッキリ後味のワインで追い掛ければもうご機嫌。


「───…ふぅ#。さて、招かれざる客はもう見なくていいわ。あれこそ正しく『ザ・招かれざる客』よね×。

 でもまぁ、今回の件で迎える結末だけは一応見ておきましょうか♪……」


 彼女にとってそれは自分のために出来上がる料理の味見をするような感覚、自らのワクワクを高める大切な儀式なのだ。今このタイミング、気分のノリと勢いで一番最後に配置したカードを捲る。机上に展開された屋敷の天頂に座すそのカードが示すものとは。

 捲った直後に彼女は嫋やかなその指を止めた。止まってしまったのだ、透き通る君が目を瞠る。


「────────…」


 無地、セピア調の紙面には縁取りの他何も描かれていなかった。


 いつの間にやら予備のカードが紛れていたようだ。今まで食べて来たパンの数よりも遥かに多くカードをシャッフルして来たが、予備のカードが混ざり込むなどお目に掛かった事は無い。お遊びで始めたとは言えこれでは占いの結果が分からない。現役シビュラともあろうこの己が。

 ウイドナは笑った。片手はお腹を抱え、もう片手はちょっとちょっとと宙でヒラヒラ、うふふからアハハと大笑い。一頻り笑い通した所でグラスを空ける、ふう。


 押し入った不躾者の事もすっかり忘れて彼女は〆に何を食べようかなどと考え始めた。今日の晩酌に抜かりは無い、その時の気分で選べるよう複数用意してある。とっておきのチーズケーキか、鉄板のフルーツケーキか、どちらも捨て難い。ニヤニヤしながらとあるグルメの印象的な言葉が思い出された、「迷った時は両方だ」と。さあてどうしたものか、ああ愉しい。


「面白い事があるものね☆、益々楽しみになって来ちゃったじゃない#!

 ズクメノミコがまた顔合わせ……この『役者は揃った』って感じが最高だわっ!

 ブラック・ドゥーとブラック・ドゥー、二人はこの先どうする事やら…


 貴女達、次は私に何を魅せてくれるのかしら♪♪?」




 人差し指を頬っぺに舌ぺろウインク、キュピーン。

 ミーシャが留学する羽目になったこの事件の首謀者は勿論、舌ぺろの彼女である。






見たい所だけをショートカットで飛ばしたらこんなんなっちゃった。

本当はジェズの帰省や文化祭などあったんだけど無くなってしまった…

次からはやっと女子高編!絶対エロい事させよう!!待て次号!!!

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