「投げ捨てる勇気」それは本当に大切?
他の学校が出て来るまでに投稿目安の1000行に至ってしまった…
劇用の台本と並行してたら時間食っちゃうし、非才なる凡人の何と非力な事よ。ヒイイィィorz
…商売じゃないからこの辺気楽でいいよね。
時間経ってるんで今一度補足。
この作品は肌の色で人種を言い分けてます。「シルキッシュ=絹色人・ヴィリジアン=褐色人・サルファラス=地色人」とし、現実世界の「白人・黒人・黄色人」に相当するものとして扱っています。肌の色で差別のある世界なので、現実世界の表現そのままだと何かイヤなの。
いつか来た時と同じ窮屈で暗い店内。こんな処まで出張らないとおちおち話も出来ないものか、厚手の黒いコートを着込んだ大きな男は黒い帽子の下で内心嘆くが実の所言葉ほど気にしていない。地理的にも仕方がなかったのだ。身体を何処かにぶつけつつ尚せせこましい通路を進むと、カウンターと思しき奥まった暗がりから何処かうらぶれた若い娘の声が掛けられた。
「いらっしゃい。~……お一人?」
「中に連れが居る。」
「─飲み物は?」
「入れておいたボトルで飲んでいるはずだ、」
「あぁ……」
あの客か、中へどうぞ。少し汚れた白い手袋の人差し指が暗がりから生えて来るものの、それだけでは連れの居る席が何処か分からない。指し示されたとて指し示す当人の顔もよく分からないこの店内では同じ事か、特に反応するでもなく男は勘を頼りに突き進んだ。通路からでは中の席の様子は窺えない。ここではない、ここでもなかろう、
「ここに居たか。」
「よくお分かりで、」
燭台の揺らめく明かりが調度品やらで凸凹した狭い卓を怪しく照らし出す。ウイスキーの瓶と二つのグラスの光の反射が酒席である事をそれなりに演出していた。グラスの片方を傾けている白髪の混じったシナモン色のボサボサ頭は爆発物のエキスパート、「爆弾」ことイグナーツ・クリューガーである。軍服のようで軍服でない衣装に包み込む身は大きいが、痩せ気味で席の隙間に程好く適合している。頬のこけ具合や目付きが輪を掛けて悪くなったような。
一方、そんな彼の居場所を迷わず突き止めたのは「業突くなインテリ」と評される国家ブラスバンドの「准将」だった。渾名のようなもので彼は退役して久しい。そう呼ばれるのは本意でないが、呼ばれ続ける内いい加減慣れもして来た。席は隣国在住の監察医ベルノーゲン・アルゴルと酌み交わした場所と同じ、その場で何とかコートを脱ぐと年不相応の頑健な体躯を難儀して席の隙間へ捩じ込む。ほうら肩がまたぶつかった、眼帯で覆われていない方の瞳を閉じ難しい顔をする。
「×──辺鄙な処へ呼び立てて済まんな、」
「何、この後すぐまたトランプへ発つので。」
爆弾がボトルの口を差し向ける、准将はグラスを取り酌を受けた。やはり黒皮の手袋は着けたまま帽子も脱がない。軽く乾杯の素振り、グラスの中身を一口含んでみれば、甘味と芳醇な薫りに続いて強酒特有の焼くような感触が口内の隅々まで容赦なく広がる。それを喉の奥へ押し込むように飲み下せば胃の腑までが熱く潤い、ご機嫌な息がふわりと鼻腔を抜けた。腹の底から沁み渡るように熱くなるこの感じ、寒風で冷えた身体にありがたい。
次に木の実の盛られた小皿へ手を付ける、何か違う所があるような。
「───。」
「ナッツの彩りが侘しくなってますな。…自分が平らげたのではありませんよ、」
「場末も場末の酒場だ、木の実ですら入手困難な高級嗜好品になりつつあるとはな。北方戦争終結時と比べても随分生き辛い時世になった。」
「最近まで東西分かれて争い合ってましたからな、周辺国に復興支援を乞えるはずも無し。そもそもこの国は信用が無い所か恨まれるネタに尽きない、手を差し伸べてくれる国などありますまい。──亡命客に甘んじてみては如何ですか?」
「俺は……お前達のように生きられん。」
祖国を後にした同輩達との若き日の姿が手元の琥珀色の中に朧気ながら浮かび上がる。そう言う物なのだ、この液体は。
「自分はこの国を捨てた訳ではないのです。自由に振る舞っているだけで。」
「戦いが忘れられんか、」
「それが普通なのです。自分は他の生き方を知らない。」
「お互い、業の深い国に生まれたものだな。」
軍属であった頃の二人は上官と部下の間柄だが、今は仕事の依頼人と請負人の関係にあった。生き方は違えど互いに血と硝煙の匂いから離れる事が出来ないのか、爆弾は口元のグラスを机上に置くと静かに切り出した。
「闇巫女が動きました。」
■■■ 「投げ捨てる勇気」それは本当に大切? ■■■
「喪服の麗人は相変わらずトランプから出んのか、」
「乗り込んだ汽車の行き先からの憶測です、汽車の中で煙に巻かれてしまいました。乗車して一般客室に居たのは確かですが、恐らく走行中に脱出したものかと。停車する各駅で降車した客の中に不審者は無し。」
「走行中でもその気になれば飛び降りる事は出来よう。それとも隠れ果せたか。監視の眼を掻い潜ってとは恐れ入る。不気味な女だ───
テーブルターニングの宝石商が被害に遭ったらしいが、目的は何だ?」
「皆目。何でもそこは闇巫女に関する噂の出処らしいのですが、その情報自体が噂のレベルで話になりません。他に共通項と言えば、代表取締役を筆頭に雇い入れている多くの従業員がヴィリジアンである事くらい。」
「ヴィリジアンが起業経営とは、…あの国も大らかになったものだな。」
半ば呆れ気味に盃を呷る。国号も変わり目覚ましい発展を遂げた隣国を純粋に羨ましく思ってはいるが、旧国帝政時代のシルキッシュ至上主義を呪いのように引き摺る為体を蔑んでもいた。しかし人種差別の実態はブラスバンドも大差無く、社会問題としての意識は本人にあまり無い。
「希少鉱物を海外から取り寄せ加工販売している、その筋では名うてのヤリ手だそうです。」
「この国に欲しい逸材やも知れん。しかし闇巫女との接点が分からんな、噂に対する報復とも取れるが…──まぁ、相手は本物のブラック・ドゥーかも怪しい輩だ、傍目はヴィリジアンに見えんのだろう?考えてみた所でキリが無い。喪服の麗人はもういい、」
「とは言え、渦中の人物ではあります。」
「いいんだ×。俺が気に掛けているのは周りで渦を形成している連中だ。」
「少なくとも宝石商はその渦に入らないでしょう。あくまで私見ですが───────
今回の騒動、我が国もトランプも関わっていません。」
ここからが爆弾の本題。国軍が性懲りも無く厄介事を起こすのではないかと危惧する准将に雇われた請負人、それがかつての北方戦争の若き英雄「強襲する火薬庫」と恐れられた荒事師・爆弾なのだ。私財を擲った准将の憂いは残念ながら現実のものとなっていた。
いがみ合っていた東西陣営も今は手と手を取り合い国威発揚に動き出している。
好材料とする標的は前回の好材料を闇へ葬った怪人物「闇巫女ブラック・ドゥー」なのだ。
そして本家と分家を未だに見定められていない、「黒ワインのブラック・ドゥー」と。
「『魔法警察』は動かなかったのか、公安も?」
「気配はありませんな。他国が燥ぎ過ぎなければ以降も出ては来ないでしょう。」
「軍にも動きが無い。──そんな物が介入して来れば、民間は余程の組織や個人でない限り争奪戦から退場せざるを得ん。奴らは今の膠着状態を良しとするのか…」
「長引かせたいのですよ、ゲームを。その舞台役者として魔法警察は当たり役でしょう。」
「遊び感覚とは大したものだ。魔法警察といい、人を小馬鹿にした連中め、~いけ好かんっ。」
困窮に喘ぐこの国への当てつけかと被害妄想に浸るつもりもないが、何処か腹立たしく憮然としながら木の実を咀嚼する。旧友がバリバリ言わせていたジャイアントコーンは今回入っていない。
「当面注視すべきは『洞』ですな。…海軍の送り込んだ諜報員がまた一人、連絡を絶ちました。」
「…前回のザンゲを引き合いに出すのもどうかと思うが、この短期間に幾ら何でもやられ過ぎだ×。世界大戦後も度々戦時下にあった軍属だと言うのに─────」
ザンゲ。戦後を類を見ない猟奇的な大量殺人事件を起こした大罪人で、世界大戦中は悍ましい人体実験を繰り返すなど「禁断医療」の研鑽に絶大かつ余計な貢献をしてくれた狂気の天才軍医、ルードヴィッヒ・シュペルハイム・ザンゲの事である。隣国の国立美術館館長と言う役職を隠れ蓑にしていたこの男と接触を図った工作員は、接触先で悉く惨殺されていたのだ。相手は自分と変わらぬ老い耄れだぞ不甲斐ない、そう思う准将の語気が僅かながら苛立つ。
「←貴様は洞の仕事を請け負った事もあるのだろう?果たして奴らはそこまで手強いか?」
「歴史が長いだけ存在し続けるしぶとさはあります。打たれ強いと言うよりは、奸智が巧みと言いますか。個人の帰属意識めいたものに国境は無く地味に強いですが、幹部の他はまともに組織化されておらず軍隊のような戦力比較は出来ません。兵士は軍人として教育訓練を受けた一般人、対して洞の雇う荒事師は一般に留まらない技術知識・身体能力の傑出した特殊な人間。そんな奇才を敵と想定した訓練など受けた兵士は居ません。」
当の奇才が言うなら成程納得、天才のザンゲも「模型屋」の名で洞の仕事を受けていた。ブラスバンドの誇る天才奇才が他に二人も三人も居たらそれだけで手強いな、妙に合点の行った准将は何か虚無感を抱き落ち着いてしまった。我ながら愚かしい質問をしたものだと頭を掻く代わりに帽子を暫し持ち上げ下の禿頭を撫で擦る。
「↓──今回洞の動きも無かったのだろう?」
「連中は闇巫女の所在を正確に把握出来ていません。それはどの陣営も然程変わりありませんが、交通網に入りさえすれば探知・追跡能力は我が軍に分があります。…自分もそれに肖っている訳でして。」
「それでも重視は洞か?」
「連中はかなり以前から闇巫女を手中に収めんと画策してました。シルキッシュを目の敵にするヴィリジアンをダシに碌でも無い事を企んでいるのは間違いありません。また、トランプの民間が闇巫女を目当てに浮わついていられるのは、同じ物を目当てとする洞が教会の手先である魔法警察に楯突いていると言う背景があります。洞さえ退けば、明日は我が身の有象無象も自ずと退くでしょう。」
「そうなれば残るはまた国同士のイザコザ。構図がシンプルになる分、その方がトランプはやり易くなる訳だ。
要衝は洞にあり……、教会も織り込み済みと言う事か×。」
「それがそうとも。───1つ気掛かりな事がありまして、」
「ん?」
淡々と答えていた爆弾の表情に険が差す。グラスの縁を五指で押さえて横へ除け、両肘を机上へ乗り上げると手を組み合わせた。
「本件、【ヒノワ】が干渉して来ているようなのです。」
「─────…東方の島国だったか。矮小国家が遠路遥々こちらに何の用だ、」
『ヒノワ』とは、トランプやブラスバンドより遠く離れた東の海に浮かぶ南北に細長い小さな群島国家である。遠方とは言え彼らの持つ移動手段でなら、運が良ければ辿り着くまで一ヶ月程の距離に位置していた。彼の地は大陸の険しい山脈と砂漠と海で隔てられている上、かつては長きに渡って鎖国状態にあり、こちら側との交流が始まったのは比較的近年になってから。そのため彼らの文化・思想の詳細はあまり知られていない。当然ながら先の世界大戦にも参列していなかった事から、准将もヒノワに関する知識を殆ど持っていなかった。サルファラスが治める東方世界はシルキッシュの歴史の舞台に上って来なかったのだ。
「情報は魔法警察から。当時は奴らも把握出来ていなかったのですが、闇巫女を嗅ぎ回る洞の荒事師と軍人と思しきサルファラスが一戦交え、洞を撃退したそうです。地元住民の話では大量の死体がどうのと要領を得ませんでしたが、口を揃えて大騒動だったと。取り上げているメディアは皆無。」
「洞……死体?…闇巫女の噂を聞き付けわざわざ遠征して来たのか?例え事情通だったにせよ暗礁密林と所縁は薄かろう、俄に信じ難い。…規模は?」
「少数精鋭です、かなりのスピードで各地を転々としている事が判りました。その範囲を迅速に走破出来る乗機など我々の知る物では到底考えられません。」
「…ヒノワにそんな代物が、」
「使命を只管に遂行するこの感じ、」
「密偵だな。洞に匹敵、もしくはそれ以上の手練れか……で、魔法警察の動向は?」
「現在は国家レベルの活動でないと見て動かず。洞と闘争があろうとトランプ側にしてみれば全くの無害。…とは言え何分相手はサルファラス、未開なヴィリジアンと違い何を考えているか知れた連中ではありません。
この勢力だけ闇巫女争奪戦への影響がまるで読めないのです。奴らの動き次第では我が軍もトランプからとばっちり、或いはそれ以上の事を受ける可能性も。」
「とばっちりは自業自得だがな。そいつらも今回登場しなかった───宝石商の一件、ヒノワの出て来ない事に真実を解き明かす鍵はありそうだが、単純にこれは不味い流れだ。そんな異文化の組織まで動き出していると分かれば、我が軍は嬉々として闇巫女確保にでしゃばるぞ×、」
「確保した後を作戦本部はどう考えているのやら、」
「俺達が考えねばならんのは如何にして我が軍の手を退かせるか、それだけだ。」
「仰る通りです。」
二人してグラスを口に仰け反り、空になったその底でテーブルを小突いだ。さてそろそろ、
「自分は戻ります。」
「うむ。古都とは言え名前負けも甚だしい寂れた街だ。連絡手段にも難儀するが、必要な物があれば直ぐ言ってくれ、」
「助かります。今の所我が軍は洞と魔法警察の衝突を窺っているだけなので、当面は自分も派手な活動が無いかと。……しかし何か臭いますな、あの土地は一言『怪しい。』」
「闇巫女に雇われたと言う男共の供述が、まさかの大当たりだ。あんな処を闇巫女の潜伏先などと誰が思うか。」
「片や傭兵崩れ、片や強盗犯。そんな胡散臭い連中にあの暗礁密林の闇巫女が一抹でも自身の隠し事を伝えるなど、話の頭の上から尻尾の先まで自分には想像つきません。」
解れたシナモン色の髪を揺らし爆弾が珍しく呆れたような顔をする。「闇巫女に雇われた男共」とは彼女がメリーベルの果樹園へ訪れた際に帯同していた黒服二人の事である。彼らを魔法警察ことフー・セクションが野放しにした結果、そのまま取り逃がしてしまったその身柄をブラスバンドの偽装警察が逮捕していたのだ。二人は連続猟奇殺人事件を起こしたザンゲを巡るブラスバンドの諜報活動中に東西それぞれで偶然拘束されたに過ぎず、ブラック・ドゥーに因み捕らえられたものではない。が、
「我々のこの動きも…闇巫女が仕組んでいるように思うのです。魔法警察の対応まで含め全て。」
「──伝説の怪傑とて所詮は一個人、そもそも暗礁密林の未開人だ。企てがあったにせよ、高度文明にある国家間レベルの情勢をどうにか出来るものでもなかろう。伝説は文字通り伝説に、世界は新しい時代を迎えたのだ。気にするな。」
「その伝説が、過去に止まらずこの現代にも見えざる所で着実と根を伸ばし侵蝕している。そんな薄ら寒い恐怖を実感するのです、殊あの土地柄には。」
「貴様の口から恐怖と言う言葉を聞くとはな。何某か因果な土地と言う事か。」
「…ではまた、」
「頼む。」
薄手のコートを片手に爆弾が立ち上がる。背もあり肩も張っているのだが、周囲の凸凹などまるで気に留める様子も無くスルスルと隙間を抜けて行った。准将は思わず首を伸ばし爆弾の進む暗がりの先へ視線を飛ばす。北方戦争時のもう一つの渾名に「忍び寄る火薬庫」と言うものがあった事を思い出した。敵からすれば自分の直ぐ傍へいつの間にかスルスルと火薬庫が忍び寄っているのだ、恐怖以外の何物でもない。昔も今もあいつは頼もしい。
これで引き揚げようと思っていたが、奥歯に何かが挟まってるつまらない感触に気付いて閉じた目の眉尻を上げる。口内を濯ぎ流そうと再び酒瓶へ手を付けた。空っぽだったグラスは再び琥珀色を注がれ輝きを湛えて行く。
(───俺としてはブラスバンドが軍の手を退き、トランプとの協調路線が築ければそれで良い。しかし周りがそう簡単にさせてはくれんだろうな、どうにも「渦に入り込む風が多過ぎる」。
あいつは洞こそ重要と言っていたが、それは恐らくあいつ自身が負える範囲での話だろう。
先ず在るのは騒動の大きい下地である善良な庶民面をした「トランプの裏社会」だ。奴らは
『邪魔者を抹消するため・されないために都市伝説のブラック・ドゥーを利用したい。』───詳細こそ流布していないものの利用する方法があると知れた今、暫くは話題に欠かんだろう。この流れが無くなる事はそうあるまい。裕福になるのも考え物だな、@身体に養分が廻り過ぎて頭は腐ったと見える。
そしてその流れをほくそ笑んで視ているのが反社勢力の「洞」だ。あの不逞の輩は
『悪巧みに登用すべくブラック・ドゥーの存在感が欲しい。』───客寄せの道化としてこれ以上の材料はあるまい、モノにして裏社会での組織の影響力を強めるつもりだろう。ヴィリジアンを利用して社会の腐敗を煽り、行く行くは国家転覆か。小賢しさは鼻に付くが……利用する手が無いでもないか。
困り者が我が「ブラスバンドの陸海軍」だ。彼らは
『富国強兵の切り札「禁断医療」をブラック・ドゥーの呪術で復活させてやりたい。』───先端医療で世界を牽引しようと言う結構な理念が、兵士の強化手術の技術をどうにか売り物にしようなどと言う外道へ堕してしまった×。~元帥閣下は何を考えておられるのかっ、前回の轍を踏みかねんぞ。
これらの状況を踏まえ、トランプの「魔法警察」ことフー・セクションは
『活発化した洞を抑え込むためブラック・ドゥーを確保したい。』───目的は組織の存在理由であり、ブラック・ドゥーは洞のいい餌だ。ブラスバンドが洞の敵勢であると強調出来れば正面衝突は避けられよう。前回同様、またあいつに一肌脱いでもらうのが無難かも知れん。
忌々しいのはトランプの最高機関たる「教会」だな。連中は
『一連のブラック・ドゥーの騒動を意のまま操りたい。』───裏社会が醸造する騒ぎの匂いを利用し物陰から虫を誘い出したいのだろう。~ゲームメーカーを気取りおって。我が国も踊らされている虫の一匹に過ぎんが、気に食わんと一泡吹かせる訳にも行かんな。また国と国の争いになりかねん×。
そこで捨て置けないのが「ヒノワ」だ。得体の知れん東方のサルファラス共は
『ブラック・ドゥーに因み絡んで来るかも知れない。』───密命を帯びて来ているのは間違い無い。トランプ国内がブラック・ドゥーに沸き立つこのタイミングで洞と一悶着、騒ぎに全く関連が無いと断ずるのは些か抵抗がある。渦から切り離して考えたいがそうも行かん、注力は割きたくないのだが…)
しかめっ面をする。急に酒が不味く感じられた。馴染みのご機嫌な薫りこそするが、世界大戦の真っ只中で医療室からくすねた消毒液を口にした時の事を思い出したのだ。兵站の伸び切った最前線で奮闘する階級の低い彼らの手に出来るような嗜好品などあるはずも無く、当時は酒の代わりに消毒液をチョロまかす者が後を絶たなかった。因みに実行犯は衛生兵だったアルゴルで、半ばヤケクソで二人隠れて水割りを飲んでいた所を出張って来ていたザンゲに見付かり、二人揃ってクソミソに馬鹿にされている。
あの男の名がラベリングされた酒瓶に目を遣ると、琥珀色の中に憎たらしいザンゲの顔が浮かび上がった。悪魔の如きあいつの煽りに敵う者はこの世に居るまい、飲み下すと恨み言のようにめいいっぱい溜め息を吐き出し立ち上がる。脳天を小さい収納棚の出っ張りにぶつけ「ぐおお」と暫く身を縮めた。
昏いカウンター際で会計を済ませる頃には全身が散々な状態に。それとそう言えば、
「以前来た時はバーテンが居たように思うが、」
「あぁ。…店主なら出稼ぎです。戦争は終わったけど、こんな酒場じゃやり繰りが厳しくて。」
「出稼ぎ?国外か、」
「お隣の国で船に乗ってますよ。港運は払いが良いらしくて。」
「お前が代理を任されたのか。歳は随分若そうだが兵役はどうした?」
「~~←地雷撤去の訓練中に事故に遭いましてねえっ、一週間ばかり生死の境を彷徨いましたよおぉ卍。顔にヒドい火傷の跡が残っちゃいましたよっ卍卍、何の手当も補償も無く↑おーヒーマーをー戴きましたよおおお卍卍!」
「───」
「~好き好んで入隊した訳でも除隊した訳でも無いんですけどねえっ!お疑いならお見せしましょうか?!~~私の風貌っ*!」
「いや、いい。……ボトルがまだ残っている。キープしておいてくれんか、」
「~~この店は軍人から隠れて飲める所が売りでしてねえっ、」
「だから俺もこの店で飲んでいる。───隠れたりせずとも済む世の中にしたいものだな、」
「~──────毎度…→」
未だ自分は現役の軍人と見られるようだ、この眼帯のせいか会話の内容を聞かれたか。慣れている准将は気にするでもなくそう思う。骨の髄まで軍人気質な自分に気付かない。
狭くて締まりの悪い木戸を何とか開け閉めして階段を上り地上へ出る。酒精で身体が温まったはずだが、身体どころか心の底まで寒風に晒され底冷えする確かな実感があった。カウンターの闇から出て来ない店主代理は以前会ったバーテンの娘だったのかも、そんな事を考えるとこの世の無情に吐き出す溜め息が幾らあっても足りない。ガス灯の明かりも惨めったらしい戦場跡然としたボロボロの街中で准将はコートに腕を通しながら帰路に就く。
(……俺のやっている事は無意味なんだろうか。老い先短いこの俺には……
戦い奪う事に明け暮れ疲弊するばかりのこの国を、少しでも違う道へ導く事は出来んのか、)
停滞、閉塞感、苦痛に苛まれれば誰しも救われたいと思う。救いの手に焦がれる。
(今尚世の中を振り回す伝説の闇巫女「ブラック・ドゥー」なら、或いは……───────)
不思議と気分が楽になった。件の怪人物ならこんな現状も打破してまいそうな奇妙な予感に期待を抱いてしまうのだ。伝説が今もと言っていた爆弾の気持ちが、闇巫女に群がる者達の感覚が少しだけ解かったような、今はそんな気がしている。片手で帽子の天辺を押さえ目深に被る。
「最前線は【フォーチュンストック】だな。」
あの荒事師「爆弾」に恐怖を覚えると言わしめる彼の赴く地、伝説の闇巫女ブラック・ドゥーが潜伏していると目される隣国の辺境。話題に上ればド田舎と揶揄され、その都度すぐに忘れられる、それが「倦怠の古都」フォーチュンストックである。此度の闇巫女を巡るバトルロワイヤルはそこで行われよう。
乾ききった冷たい風の中、准将もその渦の風になろうと決意を固めた。
☆☆☆
夜の帳が降りて来る、アングラ感の漂うダウジングロッドの界隈にはお似合いの頃合い。まるで異世界へ続いていそうな入り組んだ小路には、一見して何を売り物にしているか分からない怪しげな店が窮屈そうに軒を連ねていた。如何わしい色の入り混じった灯りが地下迷宮のような建物の細溝を彩り、道行く人影に静かな興奮を誘う。
そんなこの街で唯一無二の異彩と言うか、異臭を放つ店があった。興奮とは程遠い生物的とも化学的とも違う、骨董品のように変化する事無く長い時間を経て来た物特有の匂い。軒先は暗くてよく分からないが、明かりの灯る店内は匂いに似つかわしくなく少しばかり騒がしい。青年の陽気な笑い声が聞こえて来た。
その店の中、ストーブの薪の明かりに照らされ暗闇の中に仏頂面が白く浮かび上がる。
男の笑い声に辟易しているのは学園プラチナプラタナス大学側の看護婦トキミだった。
「~ここは飲み屋じゃないのですよ?後ほんのちょっとだけでも静かになりませんかっ?」
「うへ?↑@うへひゃひゃひゃひゃひゃ!固い事言わないで下さいよ姐さん@!酒もう飲んじゃったしーい、飲み屋も飲み屋じゃないも~←同じっしょ☆!うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「~~…→【イヨ】、あなたそこの口喧しい酒乱を何とかなさいっ、一応上司でしょうにっっ×。」
騒々しい待合スペースの机から少し離れている診察ベッドにトキミが座る傍ら、彼女の物とは意匠の異なる白を貴重とした丈の短い着物姿の少女はぐい呑みを手に心底困った顔をする。背格好はトキミと同じく小学生高学年くらい。桃色の姫カットにツインのお下げ髪、若草色のくっきりした瞳、眉と鼻に口はちんまり控え目。トキミが身体つきの割に大人の雰囲気を漂わせているその隣へ並ぶと乳臭さが目立つ、お子様ではなくエロ方向に。イヨは露出した膝小僧を擦り合わせ管を巻いた。
「×ぇえ~…まぁ。───はぁ↓…無茶言わんといて下さい先輩。そこのウスラトンカチ、先生が居るんで気が大きゅうなっとるんですよ?先輩こそ何とかして下さい、内もーイヤですわあっ×。」
「↑私だって嫌ですよっ。お陰で↓一緒になってお館様も…って本当にっ××……」
「トキミ。見ろ、ホヤの塩辛だっ。これは酒が幾らあっても……↑足りんぞ!」
「~~一晩の内に一体何ヶ月分の塩分を摂取なさるおつもりですか!塩漬けで干からびて木乃伊にでもなろうと仰いますか!?いっそ塩の柱にまでなってみては如何ですっ!?」
助手の叱咤も何のその、海から離れた異邦の内陸に在って貴重な珍味にありつき元来の凶悪な面相が珍しく綻んでいる。万年黒衣の医者に見えぬ医者ユウキ・ジュウモンジ、ここは彼の住居を兼ねた診療所かつ薬局である。辺りの異臭は収集した古今東西の薬に由来している。狭い路地でガラクタの雪崩に負わされた傷はまだ癒えていないが、今夜は酒の席で大盛り上がりと言った所。昔懐かしと言う程久しくはないものの珍客が来訪しているのだ。
「↑うへひゃひゃひゃ!めっちゃ塩っぱいでしょ?☆めーっちゃ塩っぱいでしょ?!こんなん舐めてたら酒どころかぁ、……命がっ@いーくーつーあっても←足りませんぜ?伯っ父っ貴#!」
「うむ。×これはいかん、いかんな。これはマズいっっ、『旨くて』…♪マズいぞ?」
「☆@あーーーっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ♪!」
アヒャヒャしている異国の軍人っぽい黒髪おかっぱ頭の名は「シャキ・ウイロウ」と言った。
今夏、洞の荒事師「繰り鉤」ギギシ・カカシが駆り出されたド田舎で錬金術師の「屍男爵」パーリ・ゴ・レーの騒動を鎮圧するのに一役買った、あの陽気なサルファラスの剣客である。彼はジュウモンジを伯父貴と呼ぶ非常に親しい間柄であり、ジュウモンジがトキミと賭けをした際に暑中見舞を装い助勢を請った相手は彼なのだ。
黒墨仏頂ヅラーとおかっぱ陽キャは「下らない好奇心が旺盛」と言う点で全く同じ属性、コンビ結成時のユニゾンと言うかマリアージュはトキミにとって超最悪なものだった。
「××~~↓↓何とかして……↑@誰か何とかしてこの呑兵衛共ーーーっ卍!」
「★←おぉ落ち着いて下さい先輩!そんなでっかい糸切バサミ何処から出したんです×?そのトリカブトの壺もしまって!卍」
「~×はぁああぁ@、はぁああぁ、×っはぁああぁ……↓。
~私はもう……人だった物を殺めてしまうかも知れないっ*…」
「アレかて現役で人やないですか。…あーまぁ、今はヒトデナシかも知らんけど↓。」
「↓あなた達、何時帰りますか?」
「←ご挨拶伺って早々ご挨拶やわ×!*あんまりじゃありませんの?こーんなカワイイ妹弟子が丸々三年のご無沙汰ですよー?」
「悪気は無いのです。只ひたすら…厄介と感じるだけで、」
「あははハハハ@、ケ~ンカ売ってますもしかしてーえ??↑おっ買い上げですわ本当ー!」
「分かりましたっ×。分かったからもういいから───~シャキだけでも連れて帰って↓↓、」
シャキと同郷のイヨはその彼を従える立場で実質陽キャの手綱を引く御者、ギギシが目撃したシャキと一緒の白装束の子供は彼女だ。遠いお遣いの次いでで挨拶に立ち寄った次第ではあるが、常日頃敬いやっと逢えた彼女らの大先輩トキミからとっとと帰れと言われショックが怒りに。
「連れて帰れって、↑結局内も帰らなやないですか×!~~~もおぉおぉおぉお怒りましたわ!そないにお邪魔言うならもっともっともーーーおっとお邪魔させてもらいます~うっ@!お別れが惜しゅうて寂しゅうて内無しじゃ生きてけんくなる程お付き合いさせてもらいますんでっどおーーぅぞ宜しゅーっ!!→」
「★★そんなっ卍!←ぁああ×あなたはそれでも人の子ですか!人の心が無いのですかーっ!?」
「★←心無い言葉で内を傷付けたのは先輩ですわー!!故郷を離れて久しゅうどーんな想いをされてんかと心配してれば@何ですのこのテーたらく?この仕打ち?!内と言う愛しい存在を改めて先輩の身体のあないな所やこないなトコロまで念んんんん入りに擦り込んで差し上げますわ!~嬉し涙や嬉しょんやらで汁塗れになって下さいっ!」
「★なーにーわーのーはーにーわー~~~っ*卍〒▼!!↓↓」
とうとうその場に泣き伏してしまった。実はこの場の全員が既に飲酒済みで、その上トキミはヤケクソ気味に酔いが回っている。呑兵衛二人はその様を見てまたアヒャヒャ、マジでコイツらマキシマム最低野郎である。ヘベレケのシャキは「しょうがないにゃあ」と席を立ち葛籠から漆塗りの小さな箱を取り出して、箸を携えトキミの蹲る隣へ腰を掛け彼女の肩を揺すった。
「@まーまー姐さん、そんな泣かないで×。」
「↑**泣きたくなる元凶が何を言いますかあっ×!ぁあわあああっ↓↓、」
「お土産に姐さんの好きなスイーツもありますよ?機嫌治して下さいよ、」
「~~………────」
「ほら、←あ~ん、」
「────#←──……×…ぅうん↓、小エビの佃煮じゃありませんか。確かに甘いですけど、甘味で海の幸なら寒天に黒蜜とか」
「貴重な山の幸っすよ?これーザザムシ☆、」
「↑↑↑何食わせんとんのじゃ主ゃああああああーーーっ!!」
ズドオオオオオォォォーーーーーン!!
柄に似合わぬ怒号と共に怒涛のジャーマンスープレックスが決まり、シャキは仰向けで天井へガニ股を開き目元に渦を巻いて沈黙した。投げ技を決めたトキミが開けた着物で起き上がりガニ股でゼエゼエ言っている姿を見て、隣のイヨが片手で目許を覆う。
「@あちゃー×……止めときゃいいのにこん阿呆わ↓。今年獲れたザザムシ、カワゲジばっかでエグ味あるからウケん言うてたのにー。…内食わんから知らんけど@。」
「←ムシの内訳が問題なのではなくて、昆虫食が苦手なんです卍!私がっ!」
「もー文句ばっかり×。これ先輩の地元料理やってわざわざ仕入れて来たんですよ?そないな事言うてるから背ぇ伸びないんですわ。」
「~←背ならあなたと大差無いと思いますけどねぇ?私の場合その気になれば背どころか身体のあっちもこっちも幾らでも調整は利きますのでー、」
「~←調整言うのはとどのつまり今が素っちゅう事違いますのん?私の場合まだ若いんでー、伸びしろたっぷりありますんでー、」
「~~~、」
「~~~、」
「「←★っフンン~ぬらばああああああああああっ!↑↑~~~」」
ベッドの前で両者互いの両手を組み合いがっぷり四つの勢い。胸から当たりに行って頬で相手の顔を押し退けようとふぎぎぐぎぎ、本当に先輩後輩の仲なのだろうか。児童がじゃれ合うような微笑ましい光景を眺めつつ塩辛をひと舐め猪口に吸い付く、善い哉善い哉はっはっは。
宮廷貴族のように雅な笑みをこぼしている真っ黒男の口へさっきの漆塗りの小箱が強襲した。
「★☆×@?──────◆っ!?…&▽◎×〒■%!×」
「~ぬあああにさっきっから余興を楽しむ酔客を気取っちゃってるんですかお館様っ~~」
「~内ら一応お呼ばれで来てんけど、先輩のこのご対応どお言う事ですのん?先生っ~~」
「●◎●◎●◎~~×────────っ、ふー↓。
…佃煮は頬張って食うような物ではない、一度に何ヶ月分の糖分を摂取させるつもりだ。」
「←←当分は摂らずに済みますね!ムシは無くなりましたけど私の腹の虫は未だ収まりつきませんよっ!」
「イヨも落ち着け。トキミはこれでも内心は歓迎している。シャキと二人してこんな処にまでよく来てくれた。」
「…いえまぁ、内らお遣いのついでなんで別に良いんやけど。でも危なかったですよ?出発がもうちょっと早かったら先生からのお見舞ともすれ違いでしたわ、本当たまたまですよ。──で、」
「うむ、」
「文面にあった『よろしく頼みたかったあの子達』て、どないな子達ですのん?内らが何します?」
「まぁ、事はもう終わってしまったから今更なんだが。実は」
ドンドン、──────ドンドンドンドン、
表出入り口の木戸を叩く音。時刻は20時を回り診察時間をとっくに過ぎている。急患か、今は少し面倒だなどと思いつつジュウモンジは席を立つが、見越したトキミが先に出て戸を開けると知った顔が押し入って来た。
「←ちょっと先生っ、診療所開けておいてってお願いしたのに何で閉めてるんですかあ!」
ミーシャ・メリーベルである。ジュウモンジはイヨに眼を合わせると無言で来訪者を指差した。
家に帰って早々コートを羽織り来たであろうミーシャは大層不服そうな顔でかかりつけ医に抗議する。そう言えば昼の間に大学側の保健室で訪問する旨を申し立てていたかも知れない、その事を黒い医者も白い看護婦もすっかり失念していた。自分達が巻き込まれた酒蔵メリーベルに関わる抗争も酒の入った今は完全にすっぽ抜け、医師に至ってはミーシャ来訪の理由も聞かされなかったため全く印象に残っていない。
そして漂う違和感、多かれ酔っていようと気付きもする。ミーシャと言えば、
「ジェズはどうした、」
「~だからぁ、それが!~って………×いや、分かんないですよね↓。その事で先生に診てもらいたいんですよ。」
「?」
「→ザクレアっ、」
声に応じてコートを羽織ったメイド服のザクレア・ナスカが戸口の陰から姿を現した。浮かない表情でそのまま中へ入ると、同じくもう一人コート姿を引き連れている。隣へ引き寄せ戸を閉めて、ザクレアは連れの被るファーに縁取られた円筒形の帽子を取った。水銀を吸ったかの如き光沢のあるシルクのような髪と白い肌、長い睫毛に意志の強そうな太い眉。ちんまりした鼻、艶々な小さい唇、シャープな輪郭、細い首。そして見開かれる紅い瞳。何処かで見た気はするがどうにもピンと来ない、紅い瞳が部屋の中を注意深く見回す様を見詰めながらジュウモンジは訝しむ。
ミーシャは脇を締め両拳を胸の前に上げて医師へ訴えた。
「ジェズが女になっちゃったの!治して先生!!」
「経緯は分かった。…いや…、分からんが───」
ジュウモンジはジェズが性転換したあらましをミーシャから伝えられるも、黒ワインだの虹族の抗争などが伏せられた曖昧な話で脈絡を掴みあぐねていた。夜中の街でゴロツキ達に絡まれていると激しい落雷に襲われ、結果助かったものの雷の直撃を受けたジェズが女になってしまったと言うハチャメチャストーリー。傍で聞いているザクレアは何処を見るでもなく人差し指で頬を掻く。メリーベルとしては本物の魔性ブラック・ドゥーが登場したなどとストレートに言えるはずも無く、言った所で医者の出番もありそうに思えない。
ジュウモンジの分かった事はミーシャの気持ちが切迫に至る時間経過だけである。
「←お前がジェズなのか?」
「───」
ジェズと呼ばれ紅い瞳の少女は一応反応を示す。何か含みのある視線をジュウモンジに寄越すと、フンとばかりに横を向いた。コートを脱いで学生服姿へ戻ったミーシャは手許の湯呑を机に置いて溜め息をつく。
「ロクに喋らないから会話にならないし、意思の疎通が出来ない。×何かもう別人になっちゃったみたいで、学園に連れて行く訳にも行かない↓。今は風邪を引いたって事にしてるけど、学園はそれで良くても酒蔵の仕事が溜まっちゃって皆困ってる×。
──大体、男が女に変わるなんて事あるかなぁ?」
斜向かいで湯呑を口にしつつトキミが首を傾げた。
「弱り切った視力や禿頭が『雷に打たれて全快した』と言う話なら聞き覚えはあります。でも、性が変わってしまうなんて例は聞いた事がありませんね。…先生、」
「うむ。栄養状態などで性を換える生物は居るには居る、それ自体は自然界においてそう珍しい事でもない。そしてその摂理とは全く異なるが、人間でも性が変わる事はある。が、──それも全く無いではないと言う程度に極々稀だ。」
「←元々女性だったのでは?」
「そんな事は無い。殿下は間違いなく男だった。」
トキミのあっさり見解をミーシャの横からザクレアが真向否定した。彼女はジェズを男と言わしめる物がそこにあった事実を実体験の下に把握している。
因みにトキミらとザクレアは初顔合わせ、殿下と言う耳慣れない呼称も今はスルー。とりあえず訪問団の代表者を説き伏せよう。
「←ならその方は男性なのでしょう。」
「だからそれが違くて。その…×~~裸見ちゃったのっ#、今は男じゃないんだってば!」
「なら別人が彼と入れ替わったんですよ。打ち身やら身体中の傷も治ったと言うのでしょう?肌の色が変わった?その上男性から女性に??──症例が無くはないと言っても、人間の身体がそんな瞬間的に仕組みまで変化する道理は無いのです。」
「先輩なら出来るん違いますのん?」
「…性別なんて変えられるはずがないでしょう。」
他なら変えられるのか。イヨと初対面のミーシャは風変わりな異国の先客を見ながら率直にそう思ったが、今そんな事はどうでもいい。
「目の前で変わった、確実に本人ですっ。←先生しか頼れる人居ないの!半年前も瀕死のジェズを助けてくれたじゃないっ、お願い!」
「その結果、残酷な現実を突き付ける事になるやも知れないぞ。それでもいいか、」
「★っ×………どう言う事?」
「最悪の事態は覚悟しておけと言う事だ。それにだ、もし治せるとして───
……『その身代を酒蔵は支払えるのか?』」
「★×?!」
その一言にミーシャは目を瞠った。何かと付き合いはありそれなりに親しみを抱いていたが、急に掌を返されたような強烈な失望と、人の生命と金銭を秤に掛けるような物言いに怒りを憶える。身動ぎも瞬きすらもせず相手の傷の跨いだ凶悪な片目を静かに睨み付けた。
「…お金の話なら患者を治してから言ってほしいわね。」
「治せるかどうかも分からない患者だ。恐らく外科手術になる、先ず生命の保証が無い。たった一人にどれだけの資材・労力・時間を要するか全く分からん。治してからなどと…些か虫が良過ぎではないか、」
「~~~~~~、」
「持ち得る物を何もかもかなぐり捨てて、微塵も悔やまぬ覚悟が無いのであればやめておけ。誰一人として幸せにはならない。」
この黒い医者の中で結論は既に出ている。彼らが住まう世界の医療技術では輸血の方法すら未だ確率されていない、性転換手術など以っての外なのだ。
尤も、出来ない以前にこの男はヤル気をこれっぽっちも持ち合わせていないのだが。
「お医者様さ、あんた…自分が治せないからそんな事言ってんじゃないのかい?」
「★ザクレア!?」
「デカい事言っといて本当は怖いんだろっ。治せなかった時の事が、」
「←ちょっと×やめなさいっ、」
「治せるも治せぬも無い、これは『断り』だ。身体を切り張りして男に仕立て上げた所でジェズが帰って来る事にはならんのだぞ、」
「★×!~~~っ、」
「身体は健康なのだろう、ならば医者の出る幕は無い。精神を病んでいるなら話は別だが、生憎それは私の専門外だ。」
「「××~~~~~~~~~~」」
下らない好奇心を逸らせるかと見ていれば思いの外消極的。しかし油断は禁物、どの道ロクでもない事を考えているに違いない、助手は冷たい視線を医師へ向けて憚らない。ピンク髪の後輩が二人を交互に見比べる内、医師は微かに溜め息をついた。
「───…まぁ、診るだけは診てみよう。」
「「…☆!」」
「←──────→────?」
患者が会話の輪に居ない。いつの間にやら席を離れ、壁に貼り付けられた大きな鏡の前で自分の姿を見詰めていた。少しダブつく質素なジェズの服から細い腕を伸ばし、左右反対になった自分と掌を合わせ合う。顔を覗き込むように身体を近付け、右から左から紅い瞳を凝視していると眉間に皺。何かがお気に召さないらしい、それでも尚鏡を見詰め境界へ面を寄せた。
ミーシャが小さな溜め息をつく横からトキミが問い掛ける。
「……あれは何をしてるのです?」
「何って、…ご覧の通り、鏡を見てんのよ。いつもあんな調子なの。」
「いつも鏡を?」
「まぁ、大体↓。」
困ったマイペースさん──────
コレが宜しゅうされようしてた相手か。そこはかとない既視感に疲れを感じ、呆れるでもなくイヨもほんの少し息をついた。その拍子に後ろの診察ベッドの上でシャキが跳ね起きる。
「★☆↑↑【姫】っ?!」
「阿呆が起きた@。──←姫がこないな所に居る訳ないやろ、あんたはもう寝とき、」
「あれ?←→☆おっ、……んー?───んん↓。
確かに姫じゃないけど、でもその娘…何か凄く───姫っぽくない??」
「あー?───ぁあー…まぁねぇ。感じは何となくー…でも南蛮人やん、」
「ニオい!姫っぽいニオいがしたんだけどな~ぁ#。」
「×こいつは本っっ当下品な奴ちゃな~、」
南蛮人とは彼女らサルファラスから見た他の人種を指す言葉である。西側諸国との交流前に度々口にされた蔑称だが、今のご時世既に差別的な意味合いは薄れてしまっている。
「姫とは何です?」
「ぁあいえ、こちらの話ですー。…先生は何かこれからお仕事みたいやし、お邪魔せんよう内らは先に休ませてもらいますわ。」
「あぁ…まぁ、そうですね。客間は好きになさい、飲み物や食べ物ならお勝手でご自由に。」
「おおきに先輩、先生も。ほなお休みなさい。→」
「俺はまだ…『飲・め・る』ううっ↑!」
「喧しいわっ。クソ切り包丁に一升瓶ぶち込んで永眠させたろか?とっとと休むでー→。」
「★伯ー父ー貴ーいいいぃぃ↓↓、」
まだまだ飲み足りないシャキはイヤイヤイヨにズルズルドナドナされて行った。
「はぁ↓。…全く×、他人の事を下品だなどと一体どの口が言いますか。」
「お客さん?」
「えぇ、@招かれざる方の。──今日はもうこんな時間です、彼ー…彼女?えぇと…」
「『彼』でお願いします×。」
「とにかくジェズさんは一晩与ります。あなた達はもうお帰りなさいな、」
「治療が終わるまでここに居るけど、」
「×こんな時間にお構い出来ないと言っているのです。しかも治療などと…傷一つ無い者を連れて来て、医者を何だと思っているのですか。」
「~~………………」
「──↓診察するだけです。なので期待はしないでください、朝になっても何も変わりませんから。」
「×~~~よっろっしっく。→帰るよザクレア、
←─────ジェズ、」
「────」
「───また…明日ね。今は一旦帰るけど、朝になったら迎えに来るから───」
「………」
「いい?先生達に迷惑掛けちゃ駄目よ、─────…→」
未練を匂わせつつ帰ろうとするミーシャの後ろにザクレアが続く。そして紅い瞳の少女も。
トキミは慌ててそれを制した。
「★×←ちょっとお待ちなさいっ、あなたまで帰ってどうしますか×。あなたは今晩ここに残るのですよ、」
「!~~←」
刹那、鋼を打ち付けたような打撃音がしてザクレアは瞬時に翻りミーシャの前で身構える。向けた視線の先では紅い瞳の少女が右手を左手で押さえ戦闘体勢になっていた。トキミは異音に驚いて後ろへよろけたが、外傷や痛みはこれと言って無い。今一瞬物騒な事の運びがあったはず、何があった。
建家の奥から呑気な声が聞こえて来る。
「@おイタは駄目だなー、お嬢ちゃん、」
「──────」
「ここは診療所だ。人を助けこそすれ害する所じゃあない。物騒なモンは…しまおうぜ☆、」
廊下の奥でイヨにドナドナを食らってるシャキだった。くにゃくにゃしながらだらしない赤ら顔をしゃくり上げ紅い瞳の少女を諭すが、説得力は欠片も無い。少女がトキミに何か仕掛けようとしていたのを「腰の物」で阻止してくれたらしい。彼と彼女との間はトキミを挟んで約6m、鬱陶しい程のらりくらりの陽キャだが、トキミも剣客としての彼の腕前は認めざるを得ない。
認めざるを得ないのは紅い瞳の少女も同じようで、構えていた右手を静かに収め渋々姿勢を戻した。戸惑い気味のトキミの誘導にも無言で従い、促されるまま席へ着く。少女の素直な態度を見届けるとミーシャとザクレアは顔を見合せ診療所を後にした。
ジュウモンジが自席に着いてグリップボードに紙など敷きながら患者の座る方へ椅子を回す。
「人払いは済んだか。」
「──────」
「お前は───────ジェズではないな?」
そう訊かれ少女はほんの少し医師と視線を合わせると、それを横へ逃がし俯きつつ頷いた。
「ジェズはどうしている?」
「───
─────────
───────────────────眠っている。」
ジェズの声ではない。妖精が呟くような澄き通った聞き心地の良い娘の声。
「お前が眠らせたのか?」
「違う。──私を呼び出した後、入れ替わりに。」
「それまでお前は眠り続けていたのか?」
「違う。この男の生理と私の活動は直結している。でも、正確に同期するものではない。」
「……何かしら隠れていると感じてはいたが、お前のようなモノだったとはな。」
前々からジュウモンジはジェズの特異性に気付いていた。メリーベル姉妹の許へ転がり込んで来た重症のジェズを初めて診た時、既に彼の内に何かが潜んでいる事は把握していたのだ。それはトキミも薄々勘付いていたが、よもや中に異性が隠れて肉体を変化させ現出するなど思ってもみない。トキミは未だ半信半疑でいる。
しかし、二人はその正体まで見透かしていなかった。殊、この男にとってそれは容易い事なのだが、当人は決してその行為に及ぼうとしない。それは何故か?不粋と言う事もあるが話は簡単、容易いが故に、
それでは面白くないからだ。
「ここへよく来てくれたと思う。かつて生命を救ってやっただの下らん事は考えていない。が、その甲斐はあったと言わざるを得んな。」
何せ一つ面白いモノが観られたのだから。そして次には何を魅せてくれるのか、
「────────」
「私はお前をどうこうするつもりはない、だが念のために訊いておく。──お前は今、何を望む?」
「私を見透した慧眼を見込んで切に願うっ、←この男を起こして!……ほしい…」
切り出しに迷いは無かったが、言葉の終わりは消え入りそうだった。
斜め後方で佇んでいたトキミは少女の心中を察する。
「良いのですか?それが出来たとして、あなたは恐らくまた…彼の中へ引き戻される事になりますよ?」
「××~叶うものなら……この身体を分けてほしいっ←!」
「お前とジェズは肉体の殆どを共有している。分ける事は罷りならん。」
「×卍卍~~───恨めしい……私達をこんな目に遇わせた奴らが、恨めしいっ、~~~恨めっしいっっ卍卍*、」
顔を臥せたまま両膝の上で握り締めた拳を震わせる。その甲に雫が散った。
「心当たりがあるのか?」
「*決まっている、~妃達の差し金よっ。
『緑の王妃は緑たる事を強制された』のだ!私達を身籠った上で『毒を盛られて』な卍!!」
暗礁密林の虹族、それも王族に纏わる込み入った話である。ジュウモンジらには当然分からない。彼の好奇心を十二分に擽る格好の材料だが黒い医師は至って冷静だった。少女の話が事実と仮定して、当時は赤子未満であったはず。
「毒を盛られた事が分かったと言うのか、」
「そのままでは二人とも死ぬと悟った。だから、」
「一人になった──────」
「腸は女の身の方が強い。しかし妃ら他の王族へ復讐するには王子、男の身である必要がある。故に私は骨肉を譲り、代わりに身体の内側を集約し司った………自我のあった私がやらざるを得なかった××…」
宝石商襲撃時にザクレアがミーシャへ語った「ジェズの生まれた時の白い肌」はジェズの内臓に自らを集約したと言う彼女の名残。黒い瞳はジェズの緑に彼女の赤が重なったものだったのだ。
「復讐か。」
「~そうだ…全ては復讐のため。下らない掟に縛られ蒙昧に追従する者共の愚行で私達はこんな卍卍!こんなっ…**~恨み晴らさでおくべきかっ~~~…」
「ジェズが目を覚まさんのはそれだ。」
「★!?」
少女が面を上げる。どうして何故にと目を見開いていた。
ジュウモンジはその悲壮な視線をただ静かに受け止める。
「過程は判らんがジェズはお前に自身の全てを委ねた、だからお前が現世に出られたのだ。お前の気が勝ち過ぎる内はジェズが目を覚ます事はあるまい。」
「××どうして?×」
「お前の力が常軌を逸していると言う事だ。人間の身体の仕組みを変えてしまう程にな。究極、ジェズはお前の中に融けてしまうだろう。」
「★←そんなっ!?」
「これはお前達二人の問題。ジェズとの均衡は単に──お前の気持ち次第だ。」
「…気持ち次第と言われても……私は、…私のこの気持ちを……どう伝えたら良いのだ?この男に??
………この男に、~今私の声は届かないのだぞっ!?*」
正確には届かなくもない。彼女が内へ戻り、ジェズに内なる声を聞く気があれば叶いもしよう。しかし、今の状況でそれは望めない。
「他の者に言伝てれば済む話だ。ジェズと最も親しい者にな。」
「言伝て×?…─────この男と……最も親しい?……………」
「→トキミ、」
「──。→」
気持ち前のめりだった身を起こした黒い医者が俯く少女を越えて声を掛けると、稜線上の助手は無言で軽く一礼し奥の廊下へ姿を消した。この不思議な二人の「問診おしまい、お茶持って来て」のやりとりである。
ジュウモンジは椅子を戻して机上に散乱した書類を見回し、どうしたものかと上の空で考えた。暗礁密林の白い少女に言える事はこれくらいだが、このままでは最悪パターンを辿る可能性も否定出来ない。それではこの男が困るのだ。
面白くなくなってしまう。
曰く「自らは傍観者である」。自らの在る妙味、此に極まれり。
だからしなくて良い余計な事をしたがる。
「──←どれ、身体の方を診てやろう。」
「**………………──?」
「筋肉系の殆どはジェズの、元来男の物だ。女の姿を維持するため骨格も通常ではあり得ない変形をしている。女の姿をしているだけでその身体には当人が思う以上の負荷が掛かっているのだ。」
「──そうだろうか。……→…←………骨肉に異常は感じられないが…」
「考えるな、感じろ。」
「───────────?…だから」
「見込んでくれたのだろう?この眼を、」
名医が少女の撫で肩を優しく取り診察ベッドへと導く。少女は困惑しながらも医師の手に応じ席を移した。しかし不安は否めない。
「上着を脱いで横になれ、」
「ぇ、」
「上着を脱いで横になれ。──気にする事は無い、私は医者だ、気にしない。」
私の気を気にしてくれ。少女の上着の下はパンツ一丁、因みにこれはザクレアからの借り物である。ジェズのトランクスは少女の臀峰を乗り越えられなかったのだ。更に因みに、上の下着は合うサイズを所有する者が酒蔵女性陣に居ないため割愛されている。凄く大きかったとか、そう言う訳ではない。
堂々と大胆な事を言う黒づくめの相手は自分ら二人を見抜いた稀代の名医。それを信じ少女は身体の前で両腕を交えて下から上着を捲り上げると、頭から服を脱ぎ去り片腕で胸を隠しつつ身体を横たえる。
「→#………………」
「腕を退けんか。胸郭が診られん。全身の力を抜け、内臓もだ。」
「##××~─────、………」
「良し。」
少女は顔を赤らめ羞恥に悶えながら不承不承両腕を身体に揃え目を瞑った。黒医師の方は患者と言うよりは、取って置きの肴を前にした時のような期待を眼の奥に潜ませている。その気配を察する少女がのっぴきならないこの心細さをどうして拭えよう。
医師は両の掌で少女の顔を包み、親指で眉間を押さえる。手は下へ滑り人差し指で鼻筋を捉え、中指で顎の下をなぞる。それから首、胸元と触診して行った。触れる箇所の移動する度少女の身体が敏感に震える。
(神経系は単一……共用に見えはするが。筋肉系は──内筋に著しい発達…これはジェズの生活習慣によるものだな。循環器系が…………ほほぅ。まさか免疫系も…────…血管だけでなくリンパ管までも…)
「よく鍛えられているな、」
「お人好しなのだ、この男は。──いつも馬鹿正直に働き過ぎる×…」
「外も内も物理的な損傷は無い。」
(治癒の痕跡がまるで見当たらん。ミーシャの話を鵜呑みにするならこれでは辻褄が合わない…───まだ何か隠し持っているものが在ると言う事だな。)
「身体を強目に掴む。痛みや違和感があれば直ぐに言え、良いな?」
「……良い…」
ジュウモンジは片手で少女の白く細い頸を掴んだ。絞め殺しそうな体勢だが、物騒な見た目ほど被術者に負担は無い模様。今度は内臓の具合を読み取る。
「ふむ、」
(───この細い身体によくもここまで……甲状腺の劣化が……───いや違うな、これはそもそも未発達なのか。思った通り、内臓の造りも常人とかけ離れている。)
「消毒薬ー、要りますか?」
「気が利くな、貰おう。」
「どんな具合です?」
「うむ、───#ふう。…見ての通り健康体だ。呼吸器系も───良好だな、肺腑が瑞々しい。」
「呼吸、少し荒くないスかね?」
「そんな事は無い。←───」
グラス片手に空いている方の掌を少女の胸の脇へ容赦なく差し入れれば当然その身も跳ね上がる。揉みしだかれれば震えもする、ううと呻き声も漏れた。呼吸が荒いのは要らない緊張によるものである。
「胃腸は?この細身、ちょっと心配です。」
「消化器系は─────、───…満遍なくか、確かに活動が鈍いかも知れん。しかしこれは恐らく今休んでいる、決して虚弱ではなかろう。」
「?すると気になるのは泌尿器系スね、」
「それと生殖器系か。」
「………~?────────……」
何かが変々何か変、漂う不穏な空気に恐怖を募らせ少女が固く閉ざしていた瞼をゆるゆる開ける。そこには赤ら顔でガラスコップを口にした黒い男が少女の唯一身に付ける下着に手を掛けようとしていた。そしていつの間にか先程のアヒャヒャ男がその傍らに。左手に一升瓶、右手に升、だらしない口角と目尻、
酔いどれ野郎共が少女の身体を弄る。これは一般的に性犯罪と呼ばれるものである。
「★★#↑↑↑ア ギ ャ ギ ャ ギ ャ ギ ャ ア ア ア ア ッ!!?卍!×?」
「×おおぅ。こんな夜中に静かにせんか、~」
「★卍何をする貴様ら×!!ぶぶぶれ★↑無礼者おおおおおっ!**放せ!放さんか*×!!」
「へっへっへ@、往生際が悪いぜお嬢ちゃんんんんっ◎☆!」
「★卍×いやあああああああああああああっ×!!」
悲鳴の次に炸裂するは豪快なデュクシ音。いたいけな少女を手籠めにしようとする外道二人の横っ面へ、怒濤のW真空跳び膝蹴りが命中した。言わずもがな、鬼の形相をした白いのと能面の如き無表情の桃いのだ。人影が吹き飛び向かいの壁が爆散すると、跳ね返った先の床へ俯せになった外道へ空かさず白桃の追い討ちが掛かる。息ぴったり二人揃って両手で印を結び、
「~『臨』!」
「↑『兵』!!」
「「以下略っ!←←卍」」
処刑執行ドビュッシー。件のナニ切り包丁×2が硬く結ばれた印に突貫され、いと罪深き者共は「うごっ」と息を吐き出し僅かに蠢いてから動きを絶えた。執行人らは険しい表情のまま不浄となった指先を酒ではなく本物の消毒薬で濯ぐ。
乱れた横髪を繕いながらトキミは深い溜め息をついた。
「~だから嫌だと言ったのです、お館様とシャキを合わせるのは↓。なけなしの一般的感覚も酔っ払ったら跡形も無く吹き飛んでしまうのですもの、本っっっ~~当に始末が悪いっ×。」
「~えろー済んませんなぁ卍。内かて好きでこないな阿呆を相方にしてる訳やないですわ×。」
後ろのベッドには両腕で自身を庇い涙目で打ち震える少女が一人。白桃は表情を改め少女の傍らに寄り添うと、その細い肩へ優しく手を掛けた。
「「だから言ったでしょ@、」」
「★~↑~↑~何がだっっ×*!?!?」
正義を行使したこの二人もそこそこ酔っ払っていた。
翌朝。まだ陽も昇り切らない内に黒い医者の許へミーシャとザクレアが再び訪れた。ザクレアの恪好は昨晩と同じだが、ミーシャのコートの下は他所行き物ではなく普段着。昨日の今日で待ちきれないの待った無し、逸る気持ちそのまま戸を開けたミーシャが開口一番、
「×★さっけっくっさーーっ卍!?→→」
独特な薬の匂いが酒一色に塗り潰されていて面食らう、反射的に身体が跳び退き片手は口許を押さえていた。応対に現れたのは瘴気の如く酒精を纏う着衣の乱れも甚だしいトキミだった。いつもの清潔感は何処へやら、酷いしかめっ面のボサボサ髪で着物も恐らく昨晩からそのまんま。何よりとにもかくにも、
「ぅもっ××~お酒臭ぁい×。医者の不養生とは言うけど、不摂生とは言わないでしょうにっ。」
「~~→ぁまり…ぉ大きな声を出さなぃでくださぃ……」
「ジェズを迎えに来たの。先生は?」
「……先生は…まだっ×~………彼岸です……」
「は?」
「ですから、その………帰られてなくてですね……」
「こんな早くに何処かお出掛け?×もう、何かあったのー?」
「……~朱に交わり、穢れきった男菊は……鉄の楔を穿たれ…散華しました。」
「────え何?」
「~除災戦勝の九字切り、……そう、あれは……あれは必要な処置だったのです@@………」
駄目だこの白いケバケバ話にならない、ミーシャはステータス異常を起こし頼りにならない助手を端へ寄せて早々とお邪魔させてもらった。この辺の切り替えの早さは流石お嬢、ザクレアは感心しつつ後に続く。
開け放たれた診察室は死屍累々だった。薄暗い陰気な空間に腐臭よろしく生体から立ち昇る酒の悪臭が漂う、これは当に地獄絵図。先生居たけど昨晩の酔客らと一緒に俯せ、なるほどこの有り様では現実世界に帰れそうにない。ザクレア共々ミーシャは鼻を摘まみながら落胆した。
「駄目だこりゃ↓↓。昨日はとんだムダ足よ、…ヘンな客さえ来なきゃこんな事には……~もぉおおいいっ、とっとと連れて帰る。→ジェズ!←ジェズ何処?!」
「お嬢、あそこじゃ…」
カーテンの仕切り、確か診察ベッドがあったはず。歩み寄り一応静かに開けてみれば布団が堆く丸まっていた。ミーシャが労るように彼の名を呼び掛けると少し間をおいて布団がモゾモゾ動き出す。中から紅いジト目が覗いた。
「…ジェズ、怖かった?大丈夫?」
「───────」
「一人で置いてけぼりにしてごめんね、」
「……。」
真っ赤な瞳孔が微かに動く。
「先生なら何とかしてくれると思ったけど、昨日はちょっとツイてなかったわ。また……次来よ。今日はもう帰ろ、」
「…───」
「大丈夫だから……あたしがきっと何とかしてあげるから。ね?ジェズ、」
「───────────
─────←」
「☆?!」
ベッドの傍らに立つミーシャへ縋るように布団が飛び付く。少し震えているように思える、ミーシャは布団の上からジェズを両腕で優しく包んでやった。怖がらせてしまってごめんなさい、そんな事を思っていると布団から白い手が伸びてミーシャの左手を取る。次の瞬間、
ガブリっ!
「☆×★↑↑あ痛ーーーーっ!★?×」
「~~~!~~~!~~~」
ビックリ箱のように頭が伸び出て指へ齧り付いた。鼻息も荒くちゅうちゅう吸いまくり、危機感を抱くレベルの外気圧との差にミーシャは堪らず右手で銀色の頭を押し戻した。
布団が開けて下着一枚の白い身体が露になる。紅い瞳の少女は片腕で口許を拭い、えらい剣幕で押し戻した相手を睨み付けた。飼い犬の表現こそあれど噛み付かれた上にそんな眼で見られる覚えは無い、痛みも相まってミーシャは結構なショックを受ける。
「→いっ×~~たいなあ!もうっ、何すんのよ!!」
「────────────────────────この男へ言伝てろ、」
「言…──どう言う事?」
「『お前は……わっ……私の…モノだ……」
「何??」
割と本気でよく聞こえない。ミーシャの聞き返し方は少女の神経を逆撫でた。
「』~~~っ虹族への復讐はお預けだ!今はお前の血と引き換えに引っ込んでやる!
←でも決して忘れるな!お前になんか、この男を渡さないっ!」
「×えっ★?」
「…この男は…────~~~↑↑『私のモノ』なんだからなああっ*!」
「×××」
顔をくしゃくしゃにしながら若干涙目でミーシャに向かい裏返った声を上げると、少女は糸が切れた人形のように項垂れた。ベッドの外へ倒れそうになったその身体をミーシャは慌てて抱き留める。心配で心配で仕方なかったのに願いは叶えられず、手痛い仕打ちを受ける、謗りを受ける、何だかもう散々。懐の銀色の頭の上で大きな溜め息が出た。
(この男を…渡さない────)
強烈なその一言が頭の中で悪夢のように反響する。男とはジェズ以外にあり得ない、ミーシャは紅い瞳の白い少女がジェズとは全くの別人だと確信した。雷を操る虹族第二王子を退けたブラック・ドゥーの愛弟子は、悪魔の如くジェズに取り憑いているのだろう。所有物たる彼が危機に晒されると顕現し、仇なす者を遍く完膚無きまで駆逐するに違いない。ジェズが女になってただでさえ大変なのに、事態はそれだけで収まらない事が判明した。
お姉様に釈明のしようが無い、虹族への復讐をお預け、血と引き換えに引っ込む、
「──…!今引っ込むって言った??」
急に抱える重量が増した気がして体勢を立て直す。気付けば支える身体は褐色へと変わっていた。
「!──……☆#ジェズ!!←」
一週間ぶりのご無沙汰、時間はたったそれだけ。
いそいそと銀色の髪の毛の下を覗き込んでみれば、瞳を閉じたいつもの彼の顔が戻っているではないか。気持ち手応えの厳つくなった褐色の肌を全身で支えミーシャは顔を綻ばせる。自分の身体へ沈み込んで来る確かなその重みに安堵し、目許に涙を滲ませた。
一週間ぶりのご無沙汰、それほどの時間だった。
「良かった……。」
「──~ふうっ↓↓…何はともあれ殿下が元に戻って何よりだ。あのままずっと女だったらと思うと生きた心地がしなかったよ。」
「王子が王女に変わるだけじゃない@、」
「一族にとって大問題だっ×。家臣にとっても『ハイそうですか』で済む事じゃない、冗談じゃないよっ。お嬢だって焦ってたクセに…」
「まあ、──ね…」
不意に指へ負わされた傷の痛みを思い出し片目を瞑る。
私の事を忘れるな───そんな事を言われたような気がした。
「…←聞こえる?ブラック・ドゥー。あんた、本当の名前は何て言うの?」
「お嬢?」
「────────やっぱりいいや。
あんたが本物のブラック・ドゥーから何て呼ばれてたかは知らないけど、名前が分からないんじゃ不便だなって思っただけ。またいずれ」
「…ズ…」
「えっ?」
ジェズの口から紅い瞳の少女の声が微かに漏れた。
「【キズ】──それが…わた…し…の────」
「───分かった。あんたがいつもジェズと一緒に居るって事、肝に銘じとくわ。」
かくして彼女らはやっと目を覚ましたジェズと再開が叶った。
彼の記憶は第二王子との死闘止まりで、雌雄を決してから一週間以上経った今までの記憶はそっくり持っていなかった。自身の身体に潜む「キズ」と言う少女のお陰で助かった事を伝えるも、実感の湧かないジェズの反応は今一。それより唯一身に付ける女性物の下着が男の子の具で確りくっきり膨れていて、大騒ぎがひっきりなしだった。
因みに、女体化したジェズに貸し出していた自らの下着を回収したザクレアは、主とは言え異性が使用した下着を再び自ら着る事に強い抵抗を感じたと言う。年頃云々関わらず当然の反応で無理もない、されど下着はメリーベル家の世話になってから拝領した貴重な品で気軽に捨てる事も出来ない。ザクレアは思い悩んだ末に意を決し着用してみると、王の血を吸った時のような激しい高揚と滋養強壮的な興奮を覚えるとラリパッパだったそうな。
殿下の履いたイロモノ下着は、その後ユーディーと取り合いになったとかならなかったとか。
次回の舞台は「倦怠の古都」フォーチュンストック。
本当はここから先が書きたい部分なんだけどなぁ。情報整理したいとか思うとロクな事にならないorz。短いサイクルで作品を上げられる人って凄いよね、尊敬する。
今年は年末までにもう一回投稿出来るだろうか…




