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男の〇〇のせいでアンニュイになる女の子の話

ゆる~りまた~り更新、

ファンタジーの皮を被った変タジー小説はこちらです。

ポロリもあるよ!(男の)

■■■ 男の〇〇のせいでアンニュイになる女の子の話 ■■■


 果樹園にとって今年の夏は幸いにも程好い夏、力強い陽射しとそこそこの降雨で干上がる事も水浸しになる事もなく。典型的な盆地であるここジェムブルームでは虫の害こそ例年並みにあるものの、昼夜の寒暖の差のメリハリが利いていて病気らしい病気も出回っていない。夏野菜をすくすくと食べ散らかしてくれた野生動物達への警戒も引き締めなくては、暑さ一向に衰えず葡萄(ぶどう)の葉の緑は一層鮮やかに。


 待ちに待ったこの季節、酒蔵(ワイナリー)メリーベルの果樹園は晩秋まで至る収穫時期を迎えた。

 手始めはスパークリングワインにも用いられる甘い品種の葡萄だ。

 早摘みした果実で作るワインはとてもフルーティー。


 山に囲まれたこの一帯が色めき立っている、最寄り駅に初めて下車したケイトはいち早くその静かな興奮を肌で感じ取った。黄色いリボンの付いた麦藁帽子に空色のTシャツ、キャラメル色のキュロットスカート。嵩張ったトートバッグとリュックが締め付ける肩口を少し持ち直すと、顔へハンドタオルを宛がい息をついた。こう言う時に額縁眼鏡はいつも邪魔、赤いショートヘアーの端々が汗で萎れる。

 ここから徒歩で30分ほど掛かるのだそうな、学園で使う運動靴を履いて来て正解だ。ケイトは自らが進み行かねばならない道程を眺望し鳶色(とびいろ)の眼を瞬いた。


「──上り坂…」


 水楢(みずなら)の木で出来たメリーベルの看板を見付けるまで40分、そこから更に果樹園の中を歩かされてぼちぼち15分。果樹園パートは聞いてないしまだ着かないんですけどそれは。体力には自信のあるケイトだが、余所行きに多少のお洒落を決め込んだ今の恰好では身体がリアルに重たい。野外は灼熱地獄なのに自家栽培だからとカボチャなんて持って来るんじゃなかった、あれこれじわじわ悔まれる。


(駅を降りてから…今の今まで…全っ~然人と遭わない×。ダウジングロッドから汽車で一時間くらいの所なのに、ジェムブルームって……こんなに田舎だったの??)


 丘陵一つ隔てて両者はお隣同士、開発が進む衛星都市とは言え学園プラチナプラタナスの在るダウジングロッドも充分田舎。大きな水筒に淹れた生姜入りの紅茶を一口、持って出て来た時より明らかに温くなっている。


(───…あれ、屋根が見える…☆あれってそうかな、違ってたら@心が挫ける↓↓。

 ………車………こんな山の中なのにお高そうな車。ミーシャん()のかな?)


 程無くして店舗らしき大きな建屋が覗いた。久し振りにすら感じる人の気配に安堵し確信する、ここが目的地に相違無い。石畳の通りに出ると手荷物を一旦下ろし上へぐんと一伸び、後もう一息。熱い石の上を更に5分程歩いて漸く入り口に辿り着いた。日陰は日向と雲泥の差、足下がひんやり冷たく何とも心地良い。

 汗を拭い年季の入った大きな扉をノック、やはり手応えは鈍く振動が向こう側へ伝わった様子も無い。意を決して扉を引く、重たいなあ。ドアベルの軽やかな音は扉の厳つさと対照的と言うより些か間が抜けているような。


「~~っ×、…ふう。────←ごめんくださあい、」


 返事が無い。地方の大きな家ではまま有る事、扉を閉めて奥へ進む。薄暗い廊下は風が通り抜け外と比べてかなり涼しい。壁に掛けられた絵画から漂う油絵具の微かな匂い、年代物だろうか。明かりの許へ至ると視界が開けた。

 装飾の施された低い棚に瓶が並ぶ。高所の天窓から差し込む光は抑え気味、薄暗く広い空間を見渡せば至る所に瓶や樽が陳列されていた。いずれも酒を入れて置くための品々、ケイトが入り込んだ建造物は酒蔵メリーベルの販売ホールだった。


「──────」


 レジと思しきカウンターの向こうで天井を向いたまま動かない人陰を見付ける。何かあるのか不思議がりながら天井と人陰を交互に見つつ近付いてみると、陰の本体は爆睡していた。ケイトは危うくコケそうになる。


「@?▲~↓、ぁ痛た×……───」


 眠っているのは販売員のミソッカス・チマーである。メリーベル邸に初訪のケイトは面識どころか存在の認識すら無い。横に(かさ)のある藤色の髪が何処か羊をイメージさせる、ソバカスはあるものの睫毛(まつげ)の長い愛嬌のある顔立ちに暫し見入った。


(こんな子が身近に居たんだ………)


 それと、とにかく「胸がデカい」。同性の胸元に大して興味は持ち合わせていないが、評価する者が変わればこの少女に抱く印象も大きく変わるだろうと感心する。カウンターの中を覗き込むと縫い掛けの雑巾を手にしている、涼みながらコツコツ針仕事をしている内に寝入ってしまったのだろう。家人に自分の来訪を知らせたいが、気持ち良さそうな所をお邪魔するのは偲びない。そして、


 わざわざ進んで接点を持ちたいとも思わなかった。


(こんな若いメイドを雇ってるなんて───タタリちゃんみたいな子があと何人も居るのかな……ミーシャん家って結構裕福だったんだ、全然知らなかった。全く、金持ちの考える事は~…)


 事実、使用人としてルックスの良い年頃の少年少女を抱え込む事は金持ちのやりがちな俗習だった。その人数は自らの豊かさを世間に示す分かり易い記号であり、支配欲や色欲を満たす格好の的にも出来る。旧国帝政の古より連綿と受け継がれるとても褒められた物ではない文化。親友の実家ならそんな事はあるまいが、聞けば100年続く老舗中の老舗、歴史が古い。ケイトは自身の持つ偏見のせいでどうしても気分がスッキリしない。


 参考までに、酒蔵メリーベルの屋敷に勤務する家政婦はアラサー以上が多数派である。

 既婚か未婚かはまた別として。


「~←何か言いましたか、」

「★わあああっ!×??──────…あっ、ごめんください…」

「いらっしゃいませ。」


 突如として謎の空間転移により姿を現したのは家政婦長カルヤ・ハロルだった。栗色のおさげ髪と太い眉、細い鼻筋に引き締まった口元。開いた青磁色の瞳はこの世のあらゆる物を見て来たかのような深みを帯び、佇まいは毅然としていてどっしりしていて。傍目で年齢の詳細は分からねど弛まず積み重ねて来た年輪のような物が感じられる。ケイトは初見で得心した、この人物は只者ではない。


「本日は何をお探しでしょう。学生の方に酒類をお売りする事は出来ませんが。」

「…ああ。確かに私は学生ですが、お酒を買いに来た訳じゃありません。

 私、ミーシャさんと同じクラスのケイト・マグワイアと言います。初めまして、」

「お嬢様のご学友でしたか、これは失礼しました。あいにく今お嬢様は出払っておりまして、」

「え?」

「隣家に少々用が。それ程時間は掛からないと思います。」


 一番近いお隣さんでも8kmほど離れている。ケイトが駅から歩いて来た距離より遠い。


「お急ぎですか?」

「あぁ、ええと──!それでしたら…!ジェズ君は?ジェズ君は居ますか?」

「ジェズ?…果樹園の外れで作業をしているはずです、少し長引いているかも知れません。」

「←逢いに行きます私。どちらの方向ですか?」

「お急ぎですか?」

「──…待ってるのは性に合わないのでっ。」


 招いた側である当家の実子を差し置いて。疑問に思うと同時にその子らの成長を赤ん坊の頃より間近で見守って来たカルヤは家督の級友を「小娘が」と視線で軽侮(けいぶ)した。しかし同じクラスメートの立場からすれば付き人と言えど使用人のジェズもクラスメートである事に変わりはない。辿り着けると思うのなら辿り着いてみるが良い、家政婦長は平然を装いつつ客人へ手荷物の置き場所としてソファーを勧めジェズの行った先を手短に伝える。


 麦藁帽子を手にケイトが出口へ向かおうと踏み出したその時、歩調を合わせるように傍らの出入口が開いて行く手を阻まれた。扉の向こうから突出する二つの人影にケイトは思わず力む。


「★っ→!?」

(『リュアラ・メリーベル』!……と、?────こいつ確か、)


「おや?ごめんなさい、これは失礼したわ。」「あら?あなた…確かミーシャの、」

「……はい、同じクラスのケイト・マグワイアです。こんにちはお姉さん。─ぇえと……」

「何方?」「ミーシャのお友達よ。」

「──どうも、こんにちは。」


「ご機嫌よう。メリーベル妹のお友達だったのね、私はてっきり新しく雇い入れられたメイドかと思いましたわ。非礼を詫びましょう、ご免なさいね、」

「マグワイア…さん?ごめんなさい、遠い所をわざわざ来て頂いたのにいきなりこんな、私の、そのっ…お客ー…のような者が」

「~姉妹揃って相も変わらず不遜だこと。下手な言葉遊びは自身の格を貶めるものと知りなさい、」


 客人として扱われていない客人の正体は、


「初めまして←。私は(セント)アレゴリー女学園のマイユネーツェ・メディスンと申します。こちらのメリーベル姉とは同じ部活動での顔馴染みと言った所よ、『学生としては』ね。」

「はぁ。学生。」


 酒蔵メリーベルの商売敵が白々しい、メディスン・ビバレッジ社長令嬢のデコマヨである。

 聖アレゴリーと言えば隣国にも知られる大学付属の名門中の名門、口に出して言いたくもあろう。

 紹介を受けたケイトの感想はせいぜいその程度、そこへ慌ててリュアラが割って入る。


「★←何でもないのよ?ええ本当何でもっ×うふふ↑、うふふふふ!…──ぇえと…☆そうミーシャ!ミーシャよね!?あの子確かお隣さん家まで出」

「ちょっとメリーベル姉。何かしら横から入っていきなり、客同士で話をしているのだけれど?」

「←……余計な事を口にしないでいただきたいのですがっ?」

「@なぁあんの事かしら?何か疚しい事でもお有り?」

「そう思うのは個人の自由。余所の家へ勝手に上がり込んで無粋な詮索を入れる事が失礼だと言っているのです。」

「@いつ私が詮索をしたと言うの。まあ?『そう思うのは個人の自由』?だものねえ。」

「~~~っ、」


 挑発するデコマヨは本日アポも無く唐突に酒蔵へ訪れていた。


 リュアラが会うのはキャンペーン・ショックから久し振り、しかし黒ワインの淑女としては夜の工場町で起きた社長令嬢誘拐騒動以来である。デコマヨはご機嫌伺いなどと(うそぶ)き、メリーベルの新サービスについてリュアラと誘導尋問紛いの談義をしていた所だ。自身も学生ながら知名度の高い企業での活動に勤しむ身分、聡明そうな広いデコに相応しく情報にとても敏感である。事情通のいわゆる裏話的な情報として仕入れた「新たな1ページを加えた都市伝説」に、彼女は酒蔵メリーベルとの符合を見出しつつあったりした。宿命のライバルがまさかのブラック・ドゥーと思い至っては放ってなど置けない。


 勿論その辺の込み入った事情はケイトの与り知る所でない。


「…あのーお取込み中すみません。私はジェズ君の処へ行きますので、そろそろ失礼し」

「←まあ奇遇ね☆、私もちょっと彼の様子を窺いに行こうと思ってた所なの。丁度いいわ、ご一緒しましょう!」

「★えっ×?」


「×マイユネーツェさんっ、ジェズも今は仕事中なんですっ。」

「キャンペーンの最中に訪れた貴女達のため私はわざわざ時間を割いてあげたのよ?その私に貴女は『自分達の仕事は邪魔するな』と言うの?」

「★っ→、~~」

「─そう心配せずとも邪魔するつもりなんて無いわ、見学させていただくだけよ。それとも…他人に見られると都合の悪いコトでもあるのかしら?」

「~~…いいでしょう。案内しようじゃありませんかっ。──あの、マグワイアさんもジェズに会われるならご一緒にどうぞ。」


「えっ×?……っあ、はぁ。ありがとうございます…」

(はああぁぁ↓…──~折角チャンスだったのに×。)


 余計な姉貴とゲジゲジ眉毛のデコが増えた。その上どちらも見目麗しい上流階級のお嬢様、庶民出のケイトは無言でやさぐれる。そのお嬢様方の実態は上流と言い切るに少々憚られる豪農止まりの家柄なのだが、如何にもお嬢様と言った余所行きのフリフリした服装を目の前に並べられると、自分と比べどうしても卑屈な気持ちにさせられてしまう。

 日傘などを取り回している上級国民の後ろに付くと自分の後ろにさっきの居眠りデカパイが連なりケイトはギョっとした。


「???」

「──あぁ、私ですか?この季節どうしても暑いので、お客様が園内を廻られる際はお水持ちが付くんです。どうぞお気になさらず、あはははは↓×。」

「はぁ……」


 先の婦人より眠気覚ましに水筒係りを仰せ付かったと見える。持参してるからいいのに、メンバーが増えた事をケイトは人見知りの子供の如く嫌がった。そこで更に隣部屋のドアが開く、もう今度は何?


「←──何だ。まだ何かやってるのか?いつまで待たせるつもりだ次期当主、」


 小柄でメイド服を着込んでいるものの家政婦らしからぬ口振りと顔振り、まるで地上世界へ這い上がって来た深い海の底に棲まうオバケのよう。この人物も凡そ只者でなかろうとケイトは直感した。

 親友の姉がまたもや「おほほほほ」、慣れた体でオバケの両肩を取りクルリと表裏をひっくり返す。背中から部屋へ押し戻されそうになったオバケの方は両踵で踏ん張り見返って拳を上げた。


「?おいこら何だこの扱いはっ↑、こっちは仕事の話で遥々来てるんだぞ!」


 オバケはヤクザの古株ガノエミー一家の殺気メイド、口だけオバケのヂャリコ・ワラスボである。最近は専ら一家とブラック・ドゥーの間を取り持つメッセンジャー役であり、こうしてメリーベル邸へ訪れる事もあるのだ。リュアラにとって家族に知られる事も断じてならない極秘で最重要の取引相手、ケイトなど勿の論で面識が無い。因みに、彼女が表で見掛けた高級車はガノエミー一家とメディスン・ビバレッジ所有の車だったりする。

 決してぞんざいに出来ない客人なのだが、明らかに愛想笑いのリュアラの手は止まらない。


「×いや←、あの←、問題の←、簡素化と言うか←、もろっと←、諸般の事情が←、諸々←、」

「モロが被り過ぎだろ、」

「ええ今が正に×。」

「こっちも暇じゃないんだぞっ、」

「働き過ぎはお身体に毒ですよ?さあさ、そちらでワインなど」

「×車で来てるんだけど?!」

「お車にもワインをお届け」

「★意味解か!」


 バタン、


「──────────────────

───

────────☆ふうっ。→何だか少し暑いですね♪、外は風があると良いのですけれど☆。」


((ぇえ……))


 デコマヨ含めギャラリーどん引き。事情はさておき子供相手に酒を勧めたり車に酒などと言動が甚だおかしい、そんな空々しい笑顔が良くもまあ出来るものだと呆気に取られた。ケイトはかつて屋上で見た時と同じ親友の姉特有の態の繕い方に忌避感を強め、あからさまに苦虫を噛み潰したような顔をする。


(いや×、これは…多分悪意は無いんだろうけど、このえげつなさ───やっぱり「上級国民」。

 妹はたまたま庶民派だったと言うだけか…)


 当然ながら機嫌を損ねた口だけオバケは封印を破り再上陸して来る訳で。彼女も何故かジェズクエストのパーティーにメンバーとして加わる事となり、ケイトの額へヂャリコの前髪に勝るとも劣らぬ質量の縦線が垂れ下がる。

 黒ワインをデコマヨに悟られたくないリュアラとしてはガノエミー一家の使者を他人の目から避けたいが、これら人物達の個別制御は既に困難と判じられた。ジェズ面会と言う共通の目標達成を以って早々に解散頂こう、これがリュアラの計略である。


 ケイトの麦藁帽子のつばの上へバッタがぽとりと降りてそのまま停まる。じりじり灼ける炎天下の山道を歩き続け30分も過ぎる頃、一行には早々と疲れが見え始めた。したり顔だったデコマヨも今は日傘の下で頻繁に汗を拭い終始無言、普段から遠出しないミソッカスは靴擦れを起こして既に涙目、体力的に余裕があるはずのヂャリコも未舗装の道に慣れぬ脚が堪えている模様。そんな彼女らとは対照的に、ハンドタオル片手で先頭を行くリュアラの足取りは依然軽やかなまま。客人らの疲弊は当に彼女の思う壺、慣れっこのリュアラはこれで一気に主導権を掌握出来る。給水役のミソッカスにはとんだとばっちり。

 ケイトは帽子のつばの影から横目に「お嬢様のくせに頑張るじゃないか」と密かに感心しつつ、雑草根性を剥き出しで一人意気込む。頭上のバッタはカサカサと尻の向きを変え、ケイトが息をついた所で翅を広げ青空へ向かって翔んで行った。


 果樹園から少し離れた(ぶな)林の一角、曲がりくねった峠路を越えると一軒の古家が繁茂する樹々に飲み込まれそうになっていた。日差しの当たる風化の著しい表側と昏い影に覆われた裏側の強烈なコントラストが否応なしに猟奇譚を連想させる。道中の夏未だ健在な眩い光景と打って変わった不吉な外観に初見メンバは呆然となった。

 日差しから逃がれるように建屋を覆う黒々とした木陰へ入って一息つくと、今まで居なかったはずの不気味なメンバーが一人増えていてデコマヨは更に二度見する。ケイトは普通に面識があった。


「あれ?タタリちゃん、こんにちは。」

「────────────」

「…そっか、ジェズ君と一緒だったんだね。お水持ちかな?」

「──。」

「……そんな恰好で暑くない?」

「──────」


 木陰とは言えこの暑い最中にいつものメイド衣装、口だけオバケ2号タタリ・アマガミである。見知った顔なるもケイトが真っ先に抱いた感想は「また増えた」、ヒートアップした赤毛の頭を脱いだ麦藁帽子で大雑把に扇ぐ。暑さの朦朧も相まって段々何をしに来たのか判らなくなって来た。


 言葉にならぬ言葉で一人静かに拗ねていると建屋の陰から馴染みの声が聞こえて来る。


「ほら、しっかりしろってば、」


「───────────────……っ☆ジェズ君?←」


 最早懐かしさすら覚えるその声。建物の稜線の向こうから姿を現したのは、汚れ(まみ)れのタンクトップとジーンズに身を包んだ汗だくのジェズだった。初めて見る作業着姿、ケイトは野に咲く花のような生彩を取り戻すが、そのカラフルは速攻で色褪せる。漸く逢う事の叶った彼の両脇にとてつもなく余計なモノがこびり付いていたからだ。

 ジェズに抱えられているのは、汗だくの総身から湯気を立たせながら目許に渦を巻くザクレア・ナスカとユーディー・ナスカである。鳩尾(みぞおち)の辺りで縛ったシャツにホットパンツ、軍手とスニーカーまで二人お揃い。彼女らとケイトは全く面識が無い。


「@ぅで、でんか~~~あぁあぁぁ×、」「ンも、@もおおぉらめ~~~えぇ×、」

「分かった分かった×。…ほら、外に出たから。風に当たって涼もう。」

「「@はあぁぇええええぇえぇえぇぇ××↓」」


「───────────────」


「よいしょ、よいっ…?あれ、☆ケイトさ★うわっ?──え、あれっ?何ですかこの集まりは??」

「…こんにちは、遊びに来たよ──────」

「あ、はい、こんにちはです。えと…×すみません、仕事が立て込んで時間を取ってしまって。お屋敷で待ってて下されば僕行ったのに、こんな処まで……

 ──おい二人共、ここ後ろに座るよ。聞いてる?いい?…せえの、→」


 木陰に転がる太い倒木の一つへ脇に抱えた二人と一緒に腰を下ろす。二人はこぼれたシチューのようにジェズへ寄り掛かったまま目を回していた。その様子を見てリュアラが進み出る。


「二人はどうしたのです?」

「僕の仕事を手伝ってくれてたんですが、油断してました───××。

 二人はどうも……熱病の悪魔に憑りつかれそうでして、」

「熱病の───…★またぁあ×?」


 風邪でミーシャが倒れた時の話である。熱病の悪魔が憑りついたと言って悪魔祓いを止めないジェズにキレたリュアラがドロップキックをかまし、騒動は全校生徒を巻き込む大事件にまで発展してしまった。それからと言うもの、彼女は教師陣と大学のプロレス同好会から望まぬ熱烈ラブコールを受ける羽目に遭う。苦々しい感情が彼女の頭にまざまざと甦った。

 メリーベルの敷地内で相手がジェズの身内なら、件の面妖な儀式を執り行われたとて世間様へ迷惑を掛けはしまい。眉間へ皺を寄せながらリュアラは瞳を閉じ諦め半分に自らを納得させる。見る限りザクレアとユーディーは熱中症に罹っているようだが、ジェズら暗礁密林の住人達の感覚では風邪と等しく悪魔の仕業になってしまうらしい。厄介な部外者の眼はあれど黒ワインの話題逸らしにこれは却って好都合。


 とりあえず文化の壁に渋い顔をしている場合ではない。二人を支え身動きの不自由なジェズに代わって、リュアラはザクレアとユーディーの着衣を緩める。タタリに携行する水を二人へ与えさせると渦巻きだった目が元に戻った、とりあえずは一安心。


 しかし、絵面が非常によろしくない。


「~~~……────────────────────────」


 眼前の有り様にケイトは汗を滴らせつつ醜悪な生き物を見るような軽蔑の眼差しを向けた。衣装を開けさせた褐色肌のキレイ所がジェズに両脇から密着し、その二人の肩には彼の腕が回っている。そんな彼を中心に金髪美女と黒髪幼女が寄り添うこの構図、傍目にハーレム以外の何物でもない。


(───殿下ってどゆ事?王侯貴族?すると何、これは王様ゲームか何か??この子は仕事ついでにこんな……~カワイイ()達を侍らせて、誰も居ないボロ家で王様ごっこに(ふけ)ってたって言うの?!信じられないっ!)


 褐色の取り巻きが彼の首許へ桃色吐息で顔を寄せた、少なくともケイトにはそう見えた。


「殿下~、お腹は空いてないけど力が出ないよ~↓。」「×悪魔がまとわり付いても~~ぉ↓。」

「ぐぅ×、…こうなったのは僕の責任だ。ならばっ、これから悪魔祓いの儀式を↑」


 立ち上がろうとするジェズの両側から二人が即座にしがみき、笑顔でその身体を引き摺り下ろす。


「─────……?」

「ぅうん×、そんな事よりも殿下……」「殿下あぁ………ねっ#?」

「────ねっ、て……何……→なんだい?」

「分かってるクセにぃ……意地悪#、」「私達ぃ…@もうムラムラしてですねぇ#、」

「うん、むらむら…──え?ちょっと待って★あっ×、」


 左右の首筋を下から上へ舌が這う。上げた顎を下ろすと流し目で舌なめずりした。


「お祓いにー…」

「#殿下のー…」

「「『ア・レ』が欲しいぃですぅぅうう♪。」」

「うぅふ#、」

「アぁハ#、」

「「@デュフっ。↑#デュフひフフフふうぅうううぅ☆☆」」


「「──────────────────────────────」」


 当のジェズを含めて一同戦慄する。ナスカの二人が欲しがっている物は殿下の赤いアレ、緑の王の血の事である。期末テストのごほうびの際に彼がお漏らしした鼻血を生半可に舐めたせいか、それから二人はすっかり欲求不満に陥っていたのだ。熱に()てられたハイテンションなノリで悪魔にかこつけておふざけをしたつもりだったが、彼女らとジェズの事情を知らぬ者が先の台詞を聞いてアレがよもや赤い物であるなどと想像しようはずもない。


「↑#ちょいとメリーベル姉!白昼堂々衆人の前で使用人に何て事させてるのっ×、きちんと調きょ×@もとい指導を」「おい次期当主、あのハレンチ行為も新しい事業か?@差し詰め使用人の養殖と言った所か??」「#リュアラお嬢様……いけませんよぅ、Hじゃないですか×~~…ぇ、★まさかもしかして、#お嬢さ」「★#わああわっ私が何だと言うのです?!私がさせてる訳ではありません!私だって別にこんなっ#!」


「★×んほおおおおおおおああああおおおをっ!?×卍卍」

「「!★?!」」


 教育不行きに監督責任が叫ばれる中、突如上がった頓狂な奇声が論客らの喧々諤々を吹き飛ばす。改めて現場を見てみれば眼を見開いたジェズは首から上だけ跳ね上がり、スローモーションで汗を繁吹かせていた。閉ざされていたはずの彼のソーシャルウィンドウが世にも恐ろしい異物の闖入を許してしまっていたのだから仕方ないね。


 蹂躙する、爆熱タタリフィンガー。


「~」

「★ひぎいいいいいっ!卍止め×ヤめてっ←、放してタタ!!×なんっ?→なんでご×!?」


 当然上がる両脇からの抗議の声にタタリは咥内を見せ付けカッカと威嚇し、再び責め立てるように犠牲者を見据えた。自分がする行動の意味を依然解かろうとしない彼に業を煮やしてか、タタリはゆっくり首を傾げる。角度の遷移はジーンズの中身にも反映され、苦悶するジェズの首もそれに追随して行く。圧は強まるばかりだが、彼の者はひたすら脂汗を流しただ打ち震えるだけで尚も解かろうとしない。次にタタリはフリーなもう一方の拳を横に突き出してサムズアップした。

 見切りを付けられた、不穏なその気配にジェズが酷く脅え涙目で許しを懇願する。


「★ヤめて!?なんかヤめてそれ!何、なんのマネ?!なんかヤめて×!?お願いヤめ卍卍!!

 ×↑イヤああああああああぁあぁあぁああ卍!!」

「──~、」


 親指の立つ拳が天地逆転ドーン、ジェズは身震いすると共に絶句し泡を吹いて後ろへ轟沈した。慌てて跳び上がったナスカらが傍らへしゃがみ込んで懸命に身体を揺さぶり殿下と呼び掛けるも応答なし。タタリは蹂躙の跡地から湯気を棚引かせ腕を組みそっぽを向いた。イチャイチャする躾役に対しヤキモチを焼いているかのような仕草、初めて見たケイトは強い衝撃を受ける。

 何もジェズの股間の顛末を案じての事ではない、周囲を改めて見回した。


(……───────────────)


 彼を殿下と慕う親しい間柄と思しき二人、常に彼の傍をついて廻る不思議少女、彼を雇い従える老舗の若き次期当主と乳デカ家政婦、彼とも面識のあるような上流階級のお嬢様と何処か大人びた不気味なメイド。女、女、女、女、また女。彼の周りは年頃の異性が既にこれだけ溢れているのか、ケイトは驚愕する。

 シルキッシュ以外の人々を見下す世の風潮を忌み嫌う彼女だが、その自らが「ヴィリジアンの下男が異性になどモテはしないだろう」と彼を見下していた事に気付いたのだ。


 大いなる自己矛盾、そして「アテが外れた」。狂ってしまう自分勝手な予定と思い込み。

 ケイトは激しい葛藤を覚え、下唇を噛み密かに拳を握り締めた。


 そこへ真打ちが登場する。


 峠を越えて現れた大きな荷台を備えるトラックが彼女らのいる木陰のすぐ横へ野暮ったく停まった。運転しているのは人かどうかも疑わしい毛むくじゃらのコーンパイプ、助手席のドアを勢いよく開けてカウガールのような姿をした人物が飛び降りて来た。また女、いやあれは、


「←?どうしたのケイト??こんな処にこんな…大勢で?…集まって、──?」

「~……うん、遊びに…来たよ──────」


 ミーシャ・メリーベル。価値観を共有する気の合う親友であり、彼女も彼を従えるお嬢様である。




☆☆☆


 単純に田舎だからなのかジェムブルームと言う土地柄故なのか、昼はうだる程暑かったのに夜は多少湿っぽいくらいで風が涼しい。遠くから微かに虫の声が聞こえて来る、何とも穏やかで静かなものだ。月の光で夜空は仄かに明るいが、山野を照らし出す程ではなく地上世界はほぼ真っ暗闇。夜の街と性質を全く異にする圧倒的な黒、人の気配が微塵も無い。暗過ぎて何も見えないと言う単純な怖さだけではない、何もかも包み込んでしまう霧とも違って畏怖のようなものが感じられる。


 カーテンの揺らぐ開け放しの窓辺から差し込む薄明かりの陰の向こう、壁際のソファーの上でケイトは寝間着に着替える事もなく眼鏡と履物だけを放り横たわっていた。寝返りを打つのは暑いからではない。


(……───────────────)


 結局その日のケイトはミーシャの手伝いしか出来る事がなかった。他の客人らと共にトラックの荷台に上げられ屋敷まで運ばれてから彼女はミーシャと行動を共にする。その後のお客らしい行動と言えばミーシャの父と叔父に挨拶したくらい。先だってミーシャから仕事ばかりになってしまうだろうと聞かされてはいたが、遠慮も慈悲も無いコキ使われように百年続く酒蔵の洗礼を受けた気にさせられる。承知の上で手を貸したとは言え、遊びに来たと言う名目から実態があまりにも掛け離れてはいまいか。労働に対する報酬と言う訳でもないのだろうが、夕飯は少しばかり手の込んだ食事が振舞われたものの、その少しばかりに割が割りと合っていない。笑顔とは裏腹にケイトは声を大にして言いたかった。

 食事と水浴びが済むと夜はミーシャの部屋で多少の雑談。夏休みの間どうだった、あんな事をした、こんな事があった、あははは、以上。決して楽しくない訳ではないが、今日ばかりは「違うそうじゃない」。寝室は来客用の豪華な部屋を使わせてくれたがそれはそれで落ち着かない、庶民の悲しい性なのか。


 どっと疲れた、今こうしている間にも疲れが積もって行く。

 こんな辺鄙な処まで一体何をしに来たのやら。


「─────────←、」


 やおら手を付き肩から上半身を起こす。ぶら下がる頭を頸で持ち上げ少し上の宙を見詰めた。意識して息を長く吸い込み、胸中の濁った空気を鼻から空かせると暫く呼吸を忘れる。次には強めに吸って強めに空かせた、ケイトは意を決したのだ。


(逢いに行こうっ。)


 窓の陰で服を脱ぎ出す、この期に及んで寝間着に着替えた。大人っぽさを意識した少し透けている赤いネグリジェ、新調したばかりで身に着けるのはこれが初めて。眼鏡を掛けて緊張を紛らわし靴も履いて準備ヨシッ。時計の針は長短共に12の数字で重なろうとしている、朝が早い家だろうから今この時こそ遅過ぎず早過ぎず。邪魔となる家人らの目が消え失せると思われる先ず先ずの頃合い、遠路遙々と言う程でもないがわざわざ親友の屋敷にまで来た本来の目的を果たす時。


 ケイトはこの機にジェズと「特別な関係を結びたい」と想っているのだ。


 学園生活において彼は親友の付き人であり、着替えや用を足す時でも無ければ基本的にいつも親友と一緒である。ただ話をするにしても第三者が常に同席する状態、他者に知られたくない私的な話など出来ようはずもない。この機を逃してなるものかとケイトは気合が入っていた。


「──────←」


 目指すは離れの宿舎、ドアノブに手を掛け人の気配を警戒しつつ静かに扉を開けて廊下へ踏み出す。灯りの類いは一切持たず、僅かな薄明かりのみを頼りに摺り足で従業員用の通用門へと向かう。初めての友人宅、視界も極めて悪いと言うのに足取りはまるで迷いが無い。


(次の分かれ道を右、突き当りのジグザグを道なりに通ってそのまま直進…)


「★!?→」


 分かれ道に差し掛かろうとした瞬間、彼女は素早く身を退き曲がり角を背にする。暫く息を潜めていると分かれ道側の突き当りに面する目の前の壁の照り返しに光源の接近が窺えた。赤味掛かったランプの灯り。


 ──コツ、──コツ、──コツ、


(この感じ………昼に遭った家政婦長か。×こんな田舎のクセに屋敷の見回りなんて…

 !──他所者が泊まりに来てるから警戒してるって事?~厄介だなあ、確りしてると言うかっ→。)


 元来た路を後ろに大きく飛び跳ね手を衝き音も無く着地する。何処のアクション女優か身のこなしがいちいち半端ではない。当家きっての手練れに行き先を阻まれやり過ごす事も危険と判断したケイトは、通用門へ向かう事を諦め勝手口のある食堂の厨房に目標を変えた。ネグリジェのひらひらが身体に纏わり付いて動き難い、パジャマの方が良かったか、いやいやあれでは子供過ぎ。暗い中を移動しながら一人悶々とする。

 (てい)良く食堂へ辿り着いた。夕飯の間ずっと感じていた事だが、がらんとして無駄に広いような。


(…方角は宿舎向きだけど通用門からよりも遠くなる×。勝手口は何処……)


 足早に厨房への入口に向かうが、脚を一歩踏み入れる直前で違和感を覚え再び身を潜める。

 暗闇の中に「熱源」を感知した。


(…?中に…何か…─────────)


 ──コツ、──コツ、──コツ、


(★★っ!?→→)


「←──────────────────────────────」


 突然の人の気配、ランプを携え先程の家政婦長が食堂入り口に姿を現した。間一髪ケイトは目の前の長机の下へ一目散に頭から滑り込みギリギリセーフ、ひいひいと荒ぐ息を抑え込んだ。もしかしてこちらに気付いて追って来たのか。

 家政婦長は入り口で立ち止まったまま目線だけで周囲を隈なく見遣るとゆっくり中へ入って来る。踏み締めるように一歩ずつ足を進めて行くその様は、こちらに気付いているのかいないのか分からない。揺れる明かりが一歩、また一歩と徐々にケイトの潜む机の方へ近付いて来る。心臓バクバク冷や汗だらだら、その彼女の目の前で家政婦長の脚がぴたりと止まった。口から心臓が飛び出そう、四つん這いのケイトは目を瞠り慌てて両手で口を塞ぐ。


(★×?!~~~~~~~~~っ!!)


「そこに居るのは誰ですっ?」

「★↑キャーーーーーーーーーーーーーーっ!?」

「………ニコラス旦那様↓…」


 家政婦長の(かざ)したランプの明かりに厨房の中から煌々(こうこう)と照らし出されたのは、開いた奥の扉の陰でしゃがみこんでいる弟当主の斜めに悲鳴を上げた顔だった。居たんかいおっさん、ケイトは口を塞いだまま顔を床に俯せ折り畳んでいた両足が間延びして前へズコー。狼狽するニコラスはパジャマ姿に普段使いの帽子を被ったちぐはぐな恰好をしていた。


「ぃ…やあカルヤさん☆、こっ×…今夜わ星がー綺麗だねっ。あはっ♪、あは、あはあは☆。」

「食糧庫の中から星が見えるのですか?」

「★ぁあああぁ見えるとも、見えるさあ!きっ…@綺羅星のツインクルがっ輝いて見えるよおう!」

「魚座ですか?山羊座ですか?干物やらチーズやら。そん~なにも魅力的に見える、と…」

「★はあっ×、→はわわわわわわわわわ××!」

「『正直におっしゃってください。』」

「→×ふぐっ!…───あー…いやぁあ?何。えぇと、ににに兄さんとー…一緒にー飲んでたら…さっ、話に興が乗っちゃって。何かこう何と言うか…おつまめる物、無いかなぁあって……─あはっ、あはは…」

「…貴族は暗殺によらず、夜食によって生命を落とすと言う諺もあります。近頃はお腹のお肉も目立って来られましたし、食習慣を見直していただきたいと再三申し上げていますのに×。~夜食だなどと……」

「×そっ……☆そぉうだね~ぇ。うん♪、僕もー気を付けよっかな?うんっ、うん。

……明日か」

「←ぁあああ~し~いいいた~ぁああぁあっ??」

「→→ぅううっ×、許して…↑許しておくれええええっ!仕方がなかったんだあ×!本能にはっ~…本能には逆らえなかったんだああああぁあぁぁ×↓、*オオーイオイオイオイ×、」

「××↓。」


 深夜の友人宅で脈絡も無く始まるコメディー劇場。こっちはそれ所じゃないのに、付き合いきれないとケイトは机の下でしかめっ面をする。


(×いや、これはむしろ今がチャンスっ。この隙に…)


 ドガタタンッ!!


 四つん這いのまま振り返った拍子に(けつ)圧で椅子の一つを派手に倒してしまった!


「!───誰ですっ!←←」


 家政婦長がエラい剣幕で食堂へ駆け戻る、ケイト・マグワイア絶体絶命大ピンチ!


(★★↑ひゃあああああああぁあぁあぁあばばばばっ卍!ごまごま誤魔化っ!!)

「「っに……『ニャオオ~ン♪、#ニヤホ~ォオオオオオンオン♪』×。」」

「~そんな声真似で私が騙せるとお思いですか?!←」


(★↑↑ですよねええええええぇえぇええええぇえぇえっっ卍!×)


「………マシュー旦那様↓…」


 総毛を逆立てるケイトの後方、食堂中程の机の陰から隠れていた現当主兄の気不味そうな頭が現れて「てへペロ」。居たんかいおっさーん、猫マネが被ったケイトは壮絶ズコースライディングで図らずも食堂から脱出が叶ってしまう、もう何が何やら。赤ら顔のマシューはナイトキャップに普段着のスーツと言う弟とは真逆の恰好をしていた。


「→ほっ、@ほ、ほ───…フッ、

 ハッハッハ☆、流石は家政婦長だ!私が子供の頃に培ったこの完っっ璧な擬態を見破るとは…、いやはや見事なものだ。我が家のセキュリティーは万全じゃあないか!なっ?ぅうん?あぁは☆、わぁあははははははは♪!」

「兄さん…?何で…そんな処に居るんだい、」

「×えっ。いやっ、…『んーーーっまあぁそのお~ぉ』」

「僕と一緒におつまみを探してたじゃないか×!」

「★おまっ×、ニコ」

「!まさか…僕だけ残して逃げようだなんて」

「★そそそそんな事ないぞう!わあぁわぁわぁ私はいつだってー…っその、何だ」

「↑何だってんだい!?兄さんそもそも僕は」


「~お二人共っっ、」

「「→→はヒいいいっ×!!」」


 酔っ払い共をそれぞれ一瞥すると家政婦長がすぐ前の床を指差しつんつん「ここへ座れ」、気を付けで立っていたおっさん二人は互いの顔を見合わせ恐る恐る彼女の前に並び正座する。からのお小言ターン、健康被害がどうたら他所様の目がどうたら懇々クドクド。昼間挨拶した時は流石百年続く老舗の経営者と言った風格に感心したものだが、叱られてしょんぼりしている今の体たらくはヤンチャをした子供にしか見えない。やっぱり金持ちは一般庶民と何処か違うのか、彼らの得体の知れない慌ただしさに振り回されてこっちは目眩がして来る。

 そこはかとなく漂う奇妙な既視感と脱力、陰から覗き見していたケイトはふと我に返り諸行無常の響くまま再び通用門へ向かった。


 夜陰に乗じ広い中庭を進み行く。立体物からの照り返しは殆ど無く自分の身体すら黒と一体化しているがケイトの歩みに淀みは無い。最接近して漸く建物の輪郭がはっきりする、目指していた宿舎に着いた。案の定玄関は施錠されていない、ド田舎あるある今は助かる。玄関入ってすぐの場所の階段を慎重に上って行く、慎重にしたいのに、


(~~もうギイギイうるさいっ。古いってだけじゃなくて建て付けそのものが悪いんだこれ×。まさかヴィリジアンだからってこんな処に住まわせてる訳じゃないだろうねっ、~結局金持ちなんて皆似たり寄ったりなのかな。

 ──あの取巻きの娘達もここに住んでるって言ってたし、何とか気付かれないようにしないと…)


 やっと玄関口反対方面の二階の角部屋の前に辿り着いた。いよいよだ、思えばこんな夜中に人目を忍び一人で若い男の寝室に押し掛けるなど人生初の大胆行為。今更ながらドキドキして来た胸を掌で押さえる、ごくりと喉が鳴って自分にビックリ。改まってドアを控え目にノックするも応答無し、細心の注意を払いドアノブを回す。以前ミーシャが漏らしていた通り彼は鍵を掛けていない。一応お邪魔しますと小さく囁いてみる、開けた隙間に身を滑り込ませて後ろ手でドアを閉めた。ふうと長く息をつく。

 ここも窓からの薄明かりしかなく他は一面真っ暗けだが、そんな中を迷う事なくケイトは机上のランプへ火を灯した。暖色系の明かりに一瞬だけ赤い光の反射を残し彼女は目を瞑る。闇に慣れた目にはランプの光でも眩し過ぎ、周囲の明るさに順応するため鳶色の瞳をゆっくりと開けた。


 人の気配が横にある。質素なベッドの上で彼が狭そうに背中を向けて寝転んでいた。


「───────────────────────────」


 彼の匂い、旬を迎える生き物と言うか何処か青臭さを感じさせる。教室と違いその匂いだけがする。

 感無量だった。長い道程だったとしみじみ思う、漸くここまで辿り着けた。

 こうして二人きりになるのはかつて徹夜明けの彼を屋上で労ったおサボリ以来。


(今この場でなら邪魔は入らない、もっと早くこうしていれば良かった。

 ───でも焦りは禁物、ガッついたら駄目。本番はここからなんだ……)


 ケイトはベッドの傍で両膝を衝き、黒光りする白銀の後ろ髪を見下ろしながら彼の肩を優しく揺する。反応が無い、一日働きづくめだったので相当疲れているだろうと少し可哀想になる。今一度揺さぶる、起きる気配がまるで無い、う~ん。


「…ジェズ君、───…ジェズ君、起きて、」


 いい加減目を覚ましても良さそうなほど揺さぶってはみるがマジで起きない。例え寝た振りをしているにしても様子がおかしい、ケイトはジェズの後ろ姿を凝視した。


(心拍は正常…と言うか、いつもながらと言うか……気絶?完全に熟睡……?何だろう、何か変。


 ──「泥酔」?─────────


 そっか、お酒に酔い潰れたみたいな…そんな感じする。えっ?いくら酒蔵の従業員だからって学生なのにお酒飲んでたりする?お酒臭くは───うん、ないけれど…ぇえと……

 どうしよう、起きてくれないとお話出来ない。~折角ここまで来たのにっ、)

「──────────────────」


 何をしても起きないのか、それならそれであれこれ試したくなって来た。

 彼の肩から肩甲骨の辺りを擦るように掌を滑らせると薄着の内側に(いびつ)な凹凸があるのを感じる。水泳の授業で見た時からずっと気になっていた、彫刻刀で(えぐ)られたかのような深い傷が幾重にも交差する彼の背中。きっと口に出す事も憚られる程の凄惨な虐待を受けたに違いない、その時彼が感じたであろう辛い苦しみを想い急に胸が締め付けられる。


 ケイトは酷く悲しい気持ちになった。


 胸から上をベッドに乗り上げ彼の背中へ両手を付く、その間に額づき右の頬を押し当て暫くしたのち薄目を開けた。懐かしい感じがするようにも思う。それを否定する自分、否定しきれずに蟠る自分、色々な感情が自分の中で渦を巻いて考えが纏まらない。いけない落ち着かないと。

 起き上がって彼の背中合わせに腰掛け、目を瞑り少し気持ちを整理してから振り返った。おサボリの時に初めて間近で見た褐色少年の安らかな寝顔、


(×駄目→、泣きそうっ。~~~こんなんじゃ、話なんて…出来ないっ。どうして××……)

「────────────←」


 涙を堪えながらもう一度振り返り、座り直して彼の寝顔を上から覗き込んだ。人差し指で頬を突いて掌で慈しむように撫でる。大事な事を伝えなければならないのに、こんな他愛もない行為だけでケイトの心は満たされつつあった。ふと指先に滑りを感じる。


(…───あれ、よだれ?もう#、だらしないなぁ……)


 苦笑い、ポケットのハンカチを取り出そうと思った所で彼女は或る異変に気付く。滑りどころではない、彼の口元だけでなく下のシーツまでがぐっちょり泥濘(ぬかる)んでいるではないか。


「!×←」


 反射的に寝ゲロを危惧したケイトは慌てて彼の着衣を緩め、体温保持のためくしゃくしゃになっていた薄布を広げ彼へ掛けてやった。昏睡状態の嘔吐の際は横に寝かせたままで正解。ハンカチだけでは心許ない、何か拭く物は無いか。それと水、出来るだけいっぱい、宿舎の井戸までは把握していない。

 部屋の周囲に注意を向けた瞬間、彼女は更なる異変に気が付いた。そんなまさかと恐る恐る視線を上げる。



 壁と壁と天井の昏い隅、ベッドの真上に不気味な人影が両腕を広げ張り付いていたのだ。



「★★っ?!!」


 影は部屋の角へ身を押し込めるような窮屈な格好で天井からこちらをじっと見下ろしていた。

 インクを流したかの如き真っ黒な髪で顔は全く見えず、白い薄着から細い手足を生やしている。


 全く感じられなかったその気配、あまりの異形と異質に恐怖し身体の自由が利かない。それでもケイトはベッドから飛び退き気丈にも身構えた、本能的な情動がそうさせるのか神経は結構ズ太い。

 影が加速を伴わずいきなり落ちてジェズの枕元へ(うずくま)る。首をもたげ猫背で立ち上がると彼の頭上を完全に支配した。黒髪の陰からは凡そ人間の身体の一部に見えないうねる肉塊が垂れ下がり粘液を滴らせている。巨大な舌、泥濘(ぬかるみ)の正体は恐らくこいつ。ケイトの動悸が一向に止まらない。その舌が真っ黒な髪の陰へするする収まって行くと影は姿勢を正した。見覚えのある細身で小柄な体躯に彼女は戸惑う。


「~~────────……?

─────

──────────────────────タタリ…ちゃん?」


 図書室の本で見た事のある東方世界の名も知らぬ民族衣装、白い肌小袖を身に纏う幽霊画然としたタタリの姿がそこにあった。こんな夜中で何故ここに居るのか、何をしているのか。率直な疑問が言葉となって口から出る前にケイトはもっと驚かされる事となる。


「無粋だの。斯様な刻に何用ぞ…」

「★?!?」


 耳を疑う初めて聞いたタタリの言葉。未成熟な声帯の発するキーの高い声、(しゃが)れているのは普段声を出さないせいなのか。身体の見た目やいつもの素振りなどからは想像もつかない理知的な言い回し、決してこの子を馬鹿にしている訳ではない、しかしとてつもなく不気味に感じた。この場の状態が異常過ぎる。


「ぁ……っあなたこそ何してるの、そんな、───そんな……?ジェズ君のそれって」

「昼はちとお仕置きが過ぎた。気の毒になったのでせめてお休み時は私がお慰めしようと参じた次第じゃ。」

「??お慰…───あのねタタリちゃん、私ジェズ君と大事な話がしたいんだ。少しの間、私と二人きりにしてほしいんだけど、」

「殿なら明け方前までお目覚めにならぬ。」

「え?」

「刻を改めるが良い。」


 殿?目の前の人物が何をしたのか分からねど今のジェズの様子から察するに言う事は間違いなさそう。一念発起したケイトの今までの冒険は全てただの徒労と言う事になる。


(……ここまで来たのに。何でっ…何でこんな事になるの×…────~何?何なのもうっ!)

「←あなた一体何っ?何でいつもいつもこの子に付きまとってるの?!」

「色目とも違う、妙な眼使いで殿を品定めしおって───

 あの下忍共は殿の血が望みのようじゃが、うぬは殿の『(はらわた)』が望みか?」

「!──…何を言ってるの?」

「───────────────」


 オ前ガ見テルノヲ知ッテルゾ。

 沈黙する不気味な少女にそんな脅迫染みた圧を感じ取りケイトは戦慄する。

 事実、ケイトはジェズの事を今までずっと見て来たのだから。


「出直して参れ。うぬでは殿のお相手に──些か役不足じゃ。」

「★なっ×!」

「今宵もまた興が削がれた。~どいつもこいつも謀ったように現れおって、(わっち)もつくづく運の無い事よ。殿も殿で誠気の多いお方じゃ、本に困ったのう…」

「──────────!?」


 やや呆れた口調で幽霊画はジェズを避けるようにベッドから降り立つ。ケイトは掛けられた台詞の意味に衝撃を受けて少し固まっていたが、気配の移動に気付き焦って視線を追わせるもその姿は狭い空間の中から既に消えていた。窓やドアが開いた形跡は無い、自分が見付けられないだけか気付かなかっただけか。真っ暗な廊下にも人の気配は無く、気持ち悪いが再び天井の隅を見ても不気味な人影はやはり無し。夢でも見ていたのだろうか、そんなはずはない。


(───「取り憑いている」?──────)


 不吉な文言が脳裏を過り、夏の夜にあってケイトは寒気を覚えた。タタリがジェズに付き纏う本当の理由は未だ解からない、しかし傍から見た感じ慕っているとか恋愛感情があるなどと浮付いた雰囲気には今一つ欠けている。何かの心霊現象と言われた方がしっくり来てしまう。普段の日常生活の感覚では理解に及ばない、生者に対する圧倒的な「妄執」その標的がジェズなのか。ケイトの頭の上から下の下へ血の気が引いて行く。


 それでも彼女は気圧される事無く思い留まり気を引き締めた。

 得体の知れようがなかろうがあの少女も自分の目的の障害となる事に変わりはない。


 その後ケイトはジェズを起こそうとあれこれ試してみるもののまるで効果が無かった。眠りの(まじな)いでも掛けられたのだろうか。あまり目立つ事をして別の部屋で寝ているはずの褐色娘達に気取(けと)られるのは敵わない、断腸の思いで止む無く今夜は引き揚げる事とした。名残惜しそうに彼の寝姿をまじまじと見入る去り際、精神衛生的に看過出来なかった彼の口元のべちゃべちゃを自前のハンカチで念入りに拭う。


「………。→」


 使った桃色のハンカチは畳んで彼の枕元へ置いて来た。


 汚れたので要らなくなったとかそう言う訳ではない、自分が来た証しのようなものを残して行きたいと言う儚い自身の想いに彼女は抗えなかった。ハンカチに自分の物である事を示す情報は何も無く、正直全く意味の無い行為だと解かり切ってはいる、そうだとしてもその時のケイトはそうしてみたかったのだ。翌朝少しでも何かしら進展があってほしいと言う淡い期待を込めて、お呪いでも掛けるような気持ちで。


 それから、日が明けてもケイトの期待に応えてくれる者は無かった。


 彼女は彼と再び顔を合わせる事無く酒蔵の手伝いに終始しなくてはならない羽目となる。料理と言う共通の話題で盛り上がりジェズと親睦を深める目論見は見事に当てが外れてしまった。収穫時期突入で本格的に忙しくなるから殆ど遊べない、ミーシャから確かに再三そう言った断りを聞いてはいたが、幾ら何でもこれ程とは。塞がらない開いた口が閉口する異次元症状に陥り、ケイトは親友が「この高負荷状態を意図的に作り出したのではあるまいか」などと被害妄想を抱く。そしてマイナス思考をする自分の悪癖に辟易して、思い至る度に自省を繰り返した。


 帰り時に屋敷の玄関先で親友は手伝ってくれたお礼としてお高いワインビネガーを数本くれた。その場に親友の他は誰も居合わせなていない、ありがたいけど自分の欲しいモノはこれじゃない。夏休み明けにまた学園で、またね、ありきたりな別れの挨拶。屋敷にドロップして来た自家製の野菜と比べれば数本の瓶など重さも嵩も大した事はない、それでも今のケイトには重たくて重たくて仕方がなかった。

 不意に昨晩聞いたタタリの愚痴が思い出される。彼女はわざわざそれを口に出した。


「つくづく運が無い………@何言ってるの?そう言う事───────」

(──私に勝ってから言ってくれる?)


 人通りのまるで無い山道を麦藁帽子が独り、肩を落としながら歩いて行く。

 衰え知らずの日差しに映えていた影は、強烈な白い光の中で溶けてしまいそう。


 いつもの事なのだ。彼女が飾らずにいられるのは人から遠ざかるその時だけだった。




☆☆☆


 夜の工場町は危険地帯、それでも夏の間は犯罪の発生件数が減少傾向にある。

 答えは簡単「隠れ蓑となる霧が殆ど無い」、本邦の警察機構が機能している証左とも言えよう。

 そこで敢えてこの状況を暗躍のステージに選ぶ輩が居たりするのだ。


 人の姿が消え失せた夜の建屋の群れは十把一絡げ。がらんとした暗い室内はガラクタが無造作に散らばり、手入れが途絶えて久しい事を窺わせる。そのクセ時間は留まっておらず空気が濁っていて、窓を開けても入り込むのは夜の温い潮風ばかり。海に面しているのでやむを得ないとは言え、待ち合わせ場所としては季節的に最悪でなかろうか。だからこそ最適な待ち合わせ場所足りえるのかも知れない。


 思い切りフードを捲って籠る熱気を少しでも散らせたい、沸き上がる衝動をぐっと堪え手の甲で顎の辺りの汗を拭った。洞の荒事師「繰り鉤(くりかぎ)」である。こんな準廃墟でも何処に人の眼があるか知れたものではない、月明かりを避けて面倒臭そうに物陰へ戻った。


「~こんな場所に待たせやがって。どいつも請け負いたがらねぇ訳だぜ×。」

「……───────────────」

「←で、手前ぇは手前ぇでシャキっとしろやっ、なあに腑抜けてやがる。」


 直角に面したコンクリート壁の斜向かい、差し込む月明かりにハの字の素足だけ晒け出しているのは同じく洞の荒事師「食人(グーラ)」だった。染みだらけの壁に尻だけ預けた半端な猫背で左右の姿勢はアシンメトリー、だらりと垂らした両腕同様、俯き加減のフードの影で口許も虚ろに弛緩させている。端から涎を垂らしたら完全にアホの子にしか見えない。目許が見えないのでどんな表情をしているか判然としないものの、情けない顔をしている事は凡そ分かる。繰り鉤はしかめ面で脇腹を掻いた。


「──何だ、アレか?夏休みが終わって『かったり~』とか『ダァり~』とか、」

「───…そんなんじゃないさ───」

「じゃあ何だよ、」

「…気にしないでおくれ──」

「~気にしないでおくれねー事に手前ぇがなってるからだろーがっ。今回そもそも人手は要らねーんだ、手前ぇが稼ぎたいって言ってたからわざわざ一口載せてやったんだぜ?」

「──」

「そんな腑抜けじゃイザって時役に立たねえだろ。仕事だぞ?マジにただのパシリだから気合入れろとは言わねえが、せめてそれなりのヤル気は出せやっ。」

「───そうか…」

「~手前ぇケンカ売ってんのか??」

「違う。お前に言われて気が付いた。今の私は…そうなんだ、ヤル気が無いんだ──」

「×××。」

(→何でぇコイツ。調子を取り戻したかと思えばちょっと見ねえ内にこのザマだ、跳ねっ返りの雌ガキの分際でこっちの調子が狂うっつーの×。)


 どうにも居心地が悪く繰り鉤は無自覚に気を揉む。メンタルケアをしてやろうなどとそんな気は更々無いが、この男なりに過去の記憶を辿り解消の鍵となりそうな心当たりを見付けた。


「まー何だ。クヨクヨした所で始まらねーだろ。」

「─────────」

「な?ボーっとしてらんねえぞ、休み明けたんだから学園でアイツらをまた見張ってなきゃなんねぇ。えーっ……お前の力が必要なんだぜ?」

「──────」

「×ペナルティーの事はとりあえず忘れろ。爆弾も模型屋ももう居ねーんだ、手前ぇとはもう関係無えんだ、ズバッと切り替えて行けよ、」

「──あ?」

「アイツらばかりが男じゃねーぞ?お前の好みをあーだこーだ言うつもりは無ぇが、あんな年寄りばかりにかまけてねーで」

「何の話をしてるんだい、私は別に男の事なんて考えてないさっ。」

「ぁあ?そーか??」

「…どーしてそう思うんだい、」

「今日のお前は…何つーの?何かこう、何か生臭え。」

「~~~しっっっつ礼なオトコだねっ。↑それはここの匂いだろっ、私じゃないよ!~全くどう言う神経してんのさっ、本っっ当デリカシーの無いオトコだよっ×。」

「@ああそうかい、だったらシャキっとしろやシャキっと、」

「×放っといとくれっ!→」


 どうにも女って奴は苦手だ、繰り鉤はギザギザの歯を剥いてダメだこりゃをする。食人の異性の好みのタイプとして持ち出した荒事師「爆弾」の名を、今の窮状の元凶となった連続猟奇殺人犯「模型屋」と同列に挙げた格好が良くなかったか。好みの正否はともかくその同列扱いが不適切な点だけは間違っていない、しかし彼女の抱える問題の本質から掛け離れている事にこの男は気付けない。

 一方で実は異性の事に悶々としていた食人は、それを勘付いた繰り鉤の下品な嗅覚に気が滅入っていた。よりによって生臭いとはどう言う事なのか、自分の身体から特別何かが匂うのか途端に気になり出す。こんな気分になるくらいならなりふり構わず儲け話の一口など乞うんじゃなかった、食人は片手で目頭を押さえる。あーあ、


「!←」「……」


 階下に人の気配、荒事師共は本職の面構えを取り戻した。食人の赤い一つ眼が光を帯びる。


「×ああ待った待った!構えておくれでないよっ。

 そこに居るの、──『洞』のお遣いさんなんだろう?」


 とうの立ったクセのある怪しげな女の声が階段口から聞こえて来た。お遣いさんらは揃って腐った物でも食べてしまったかのようなエグい顔をする。繰り鉤は声の聞き覚えを思い出して、食人は同性である事に嫌気が差して。声の主は加速度的に近付きつつある様子。


「おや?──あれっ、この匂い!?あらあらおやおや☆?この匂いってば…『繰り鉤』じゃないかいっ?!あらあらまあまあ←ウヒョヒョヒョヒョ~っ#←←!」

「★×マジかっ卍!!」

「←すたりっ。───☆↑あふうううううん#!やっぱりぃぃいいいいい!ァアンタだったのねっ!

 く・り・か・←←ギイイイイイイイイイイイイイイイインンっ♪#!」

「★★ギャーーーーーーーーーっ卍卍!!!」


 階段の踊り場に片足爪先立ちの万歳ポーズで現れた影は、羽音を立てて迫り来るGのように繰り鉤へ跳び掛かり諸手で首根っこにしがみ付いた。あの繰り鉤がギャー、人間って本当にギャーと言うんだ、あまりの突拍子の無さに食人は唖然とする。


 跳び付いたシルキッシュの女は細身と言うより痩せ気味で背丈は繰り鉤より少し高い程。遠い砂漠地方で見られるような帯状の土色の布をセルリアンブルーの頭髪に巻き付けているが、民族衣装と言う訳ではなさそう。黄色い瞳の少し垂れた切れ長の目は赤いアイシャドウで彩られているものの酷い隈は隠しきれておらず、赤い口紅も血色の悪さを覆えていない。鼻が高く整った顔立ちだが頬が少しこけており陰影はシャープ、丈を短くしたお伽噺(とぎばなし)の魔法使いのような恰好で身体の露出部は多いが頭と同じく帯のぐるぐる巻き。外観は陰気なイメージなのに中の人はそうでもないようだ。


「#何だい何だい!何年振りだい!?随分とご無沙汰だったじゃないのさ繰り鉤ぃいいん♪!!」

「×→おいバカ止めろよせっ!←こないだ会ってから幾らも経ってねーよ!×ちょっと待て放せ!→分かったから、←いーから一旦放しやがれ!!」

「#寂しかったんだよぉお?アンタと逢えなかった日々をアタシがどんな想いで過ごして来たか……↑ンンンンンッ#!解からせてえええわあああああああああああっっ!!」

「喧しいっ!いい加減にしねえと手前ぇの店からもう仕入れてやらねーぞ!!」

「×ぁあああんっ意地悪ゥ。…ンもう、#そんな事ばっか言ってると──────

↑↑脳ミソに蟲挿入(イれ)てもーっとアタシ好みのオトコにしちゃうもんネへへエエエエエっ#@!!」

「★卍↑やーめーろーよっ!!★★ギャーーーーーっ!?ンなもん俺様に見せるんじゃねえええっ!~近付けるな近付けるな!引っ込めろ!いいから引っ込めろ!!虫引っ込めろってんだ卍!!」

「@ちゅるちゅるチュルウウウウウウウウウウウウウっ#♪♪!」

「★卍卍すなあああああああああ!!すんな!しないでくれええええええっ×!~~*分かったから×!分かったから!↑頼むからヤめてくれ、本当ヤめてくれ××!勘弁してくれぇ↓↓……」


 心の折れた男の哀れを見て包帯女はご満悦の模様。食人からはよく分からなかったが、包帯女が繰り鉤に何かした事だけは確か。あの繰り鉤が白旗を揚げるなんて珍しい事もあるもんだ、食人は心底他人事として関心する。傍観者を気取るつもりはあらねど包帯女がこちらの視線に気付いてガンを飛ばして来た。あからさまに敵意が感じられる、それもかなり面倒臭めの。


「~お出でなすったね、この泥棒猫っ。」


 小説でしかお目に掛かった事のない単語、それを現実で浴びせられると言う貴重な体験を出来た事に食人はちょっぴり嬉しい気がするようなしないような。それにしても情報が多過ぎて頭の整理が付いて行かない。暫くアーと口許をアホの子モードにさせていたが、泥棒とは私の事かと自分に人差し指を向ける。包帯女はイキり立った。


「↑なあぁにスッ惚けてんだい。アンタの他に誰が居るってのさ、このアバズレがっ。~繰り鉤とちょいとばかり付き合いが長いからっていい気になるんじゃないよ!」


 どうやらいい気になっているらしい、しかもアバズレとは心外だ。食人はアホの子軍団へ入門した繰り鉤を見ながら次に包帯女を指差しアー、捲れ上がったフードから情けない顔を見せる哀れな男もアーで応える。


「…薬屋【月曜日(マンデー)】───聞いた事あるだろ、そのご本人様だぜ…」

「#ぁああんっツレないねぇえ。アタシの事ならもっと気軽に『(まん)さん』って呼んどくれよ♪。」

「いやー、キツいっす。」


 その名は食人にも馴染みがあった。ご禁制の品物を扱ういわゆる【闇市】と呼ばれるマーケットで密かな人気を集めているのが薬品関係の売人達である。売れ筋は麻薬や媚薬などアングラな嗜好品で占められているが、その延長で取り回しの難しい煙草やら激レアの珍酒やら精力剤などアングラと呼ぶまでには及ばぬが一般市場へ出回らない商品も手掛けており、古き時代より一部の庶民にも根強い人気があったりした。しかし、取り締まりの厳しくなった昨今は品揃えの確保に売人の殆どが苦しめられる事となり、立ち行かず店を畳んだり他の業種に手を伸ばしたりする者が続出している。月曜日もそんな売人の内の一人だ。


「洞のバイトも楽なモンじゃないね、ちょいと人使いが荒過ぎやしないかい?アタシも一端の荒事師として請け負うんだったよ。あんなド田舎で女にひと夏ソロキャン続けさせるとか×、無いわー。」

「そもそも人間が少ねーしマトモな宿場も無え。夏の山なんざ虫だらけじゃねーか、お前が適任だろ。」

「ヒルが多かったねぇ。あとナメクジも。で、やたらデカいの。まぁ、アタシ的にゃ都合良かった所が無い訳じゃないけどさ。

 ねぇ…そんな事より、#この後どうだい?いい土産話があるんだよっ☆。」

「×いやお前、すぐ戻んなきゃなんねーんだろが、」

「ぁあん×、もうこんな時間であんな田舎行きの汽車なんか出てる訳ないじゃないのさ。始発までたっぷり時間があるよ?ちょっと足を伸ばして何処か宿屋にシケ込まないかい#?」


「←お待ちよ。──ハメを外すのは仕事をきっちりしてからにしな、」

「~ぁあん?@こっちはむしろその逆を♀♂ヤろうってんだよ#。アタシは繰り鉤と話してんのさ、お子様は引っ込んどきな、」

「はぁ↓。…闇市の売人ならもうちょっと鼻が利くと思ったんだけどねぇ。」

「~~うるさいね小便臭いガキが。いっちょ前に説教かい?~ナマ言ってんじゃないよっ、」


 食人の一つ目が赤色から黄色へ変じる。月曜日も繰り鉤の頸に廻していた腕を解き斜に構えた。

 一触即発、


「→→グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルっ!!」

「★!」


 フロアを揺るがす衝撃、食人が突如踵を返しひとっ跳びすると出入り口の横の壁を片腕で豪快に破壊する。その身体は瓦礫の吹き飛ぶ破孔の向こうへ見えなくなるが、もうもうと地べたへ広がる粉塵を蹴散らすようにして隣の出入り口から再び姿を現した。掲げた片腕に何者かの胸倉、食人が声を張り上げる。


「あんた尾行(つけ)られてたのさっ。こんな処にまでノコノコ連れて来てくれて…」

「!?っ~──────」

「繰り鉤、こいつ縛り上げておくれ、」


 両手両脚を拘束のうえ壁際の天井に腕から吊るされた人物は軽装をした何の変哲も無いヴィリジアンの少年だった。背格好は食人と然程変わらず、年齢もそれ程離れてはいなさそう。傍目は工場町でよく見掛ける感じの若手の労働者風、いかにも貧相で身柄を示す物は何も無し。唯一所持していた多少の小銭を改めて繰り鉤が尋問を始めた。


「で?───お前何処中(ドコちゅう)よ?」

「×──、」


 のっけで繰り鉤の肩を後ろから食人が持った。だからそーじゃねーでしょ、役を代われと頭を抱えながらジェスチャーで合図する。繰り鉤自身は気の利いた切り出し方のつもりらしく、やや意表を突かれたような顔をしている。田舎のヤンキーじゃあるまいし、大体ヴィリジアンがまともに小・中学校など通えるはずは無いだろう。

 食人がとって変わろうとした横からその出番を月曜日が掠め取った。生物的な潮の匂いの漂うほぼ廃墟の暗い空間に成長過程の雄が拘束されている、今のシチュエーションにこの女は大層興奮している。


「まあまぁ。尾行られたのはアタシだからね、ここは#アタシにやらせとくれ。

───なあ坊や、アタシに付いて来て…一体何の用だったんだい?」

「────────────」

「坊やはもう捕まっちまったんだ×。自分の立場が解かるかい?坊やが知ってる事を教えてくれさえすれば、この戒めを外して逃がしてやったっていいんだよ?今更ダンマリ決め込んでも得なんて無いのさ、」

「────────────」

「黙ってないで、何か話しておくれでないかい?」

「────────────」

「…坊や、──『警察の見習いさん』じゃないのか??──アタシが何処の誰なのか知ってて尾行て来たならそれなりの目的があるはずだ、それは何だい?」


「いや、そりゃねえだろ。」

「?→何でだい?」

「何でも何も、シルキッシュ万歳のあの連中が俺様達ヴィリジアンを組織に入れる訳がねえ。仮にシルキッシュだったとしても採用試験に受かるにゃ若過ぎる、その面構えじゃそんなタマにも見えねえ。」

「確か学校に通いながら研修を受けられるとか、そんな話があったろう?」

「あーぁ…まぁ、まあな。でもそのガキゃあそんなんじゃねえよ。」

「ふぅうん。←でもどーかねぇ?アタシみたいなアルバイトかも知れないよ?こちらの先入観を逆手に取って敢えて、…とかさ、」

「悪くねえ手だ。が、→───」


 繰り鉤の視線を受けて食人は興味無さそうに首を傾げた。


「…辺りに他の人間は見当たらない。囮にしちゃ扱いが随分とおざなりだね。」

「←だとさ。じゃあ何だって話なんだが。」


 月曜日が少年の胸倉を乱暴に掴み上げる。少年の表情は変わらず尚も反抗的だ。相手がシルキッシュだからだろうか、恐らくそれもあろう。


「~いい加減白状したらどうなんだい坊や。答える気が無いなら……『死んでもらう』しかないよっ。」

「────────────」

「あくまでダンマリかい。」

「────────────」

「死ぬのが怖くない、と…」

「────────────」

「─────────────────面白いねえ、☆アッハハハハハハハ!そうかいそうかいなるほどなるほど、オトコだもんねそう来なきゃ♪。それじゃ…何処までツッパリ徹せるか見せてもらおうじゃないか#←。」


 繰り鉤は「ああ、おい」と制し掛けたが言いそびれる。食人は自分の目を疑った。

 いそいそと月曜日が少年のズボンを下ろし、下半身を剥いて股間を(もてあそ)び始めたのだ。

 月曜日の背中に遮られてこの女が具体的に何をしているかは荒事師達の側からよく見えない。

 経験はおろか想像すらした事も無い恥辱、それでも少年は意地を徹す。


「★#~~~~~~っ?!?」

「初々しい事#、い~い反応だねえ☆。若い盛りでムラムラがパンパンじゃないのさ…ほ~うら!坊や、こう言うの初めてなんだねぇ。もっとアソビを覚えると愉しいよ?オトコとしても箔が付くんじゃないかねえ?お姉さんが教えてあげようか??……#こんなのはどうだい←?」

「☆★っ!??~~~#×!」

「☆アッハハハハハハハ!素直だねえ!気持ち良かったろう#?人間カラダは正直なもんなのさあ!

───どうだい?アタシの質問に答えてくれるならこれからもっっと気持ち良い事シてあげても…#いいんだよ??」

「##~~~~~~っっ×。」

「ほらほら、どうなんだい☆?……ココだろ?」

「☆★っ×##~~~~?!」

「それとココと、こう…」

「★☆★☆!?!?~~~、」

「あららー、頑張るねぇ@。こんなに気持ちよくさせてあげたのにさぁ、ふぅうん………………

 なら←、サービスタイムはこれで終いだよっ!~残念だったねえ、折角エロエロで気持ち良くなれるチャンスだったのに。これからはアタシが愉しい嬉しいエログロタ~イムの時間だよおおおおおおおオオオオオオん!!

#──

───────↑ジャジャーー~ァン☆!コぉレ何だあ??」


 残酷な笑みを浮かべ月曜日は腰の辺りから栓をした小さな試験管のような物を少年の眼前に突き付けた。中は透明な液体で満たされ、赤ん坊の小指大の乳白色をした何かが虚ろに揺らいでいる。


「ここいらに住んでるヴィリジアンじゃ見た事無いだろう?コレ、業界じゃ『悪女ムシ』って呼ばれる人気の蟲なのさあ!!マニアな尿道プレイヤー様方の御用達卍っ、養殖物なんかじゃないよ!暗礁密林から直輸入の天然物!今どき超レアなんだからねぇえ!!

──さ~ぁて#、これから……コイツをー……アタシわぁ、」

「★×#~~~~~!?!?」

「──←

─────────────────どうすると思うね?─────────」


 親指で栓を弾いて開けた口を股間の切っ先間近に差し向ける。少年は自分のモノを淫乱女の手でがっちりホールドされて成す術無し、このまま一体どうされてしまうのか。未知の恐怖に喉が詰まり顔面を引き攣らせる少年に月曜日は悪魔の如き表情で肉薄した。


「この蟲はねぇ、小便の匂いを嗅ぎ付けて生き物の身体へ強引に潜り込もうとするのさ。マニアはこの蟲のケツに絹糸を括って糊で固めてから、……ココに出し入れして入り込む感触を愉しむんだよっ#。おかしいだろう?頭ヘンだと思うだろ??ウヒョヒョヒョヒョ♪。」

「~~~~~~~~~~~~」

「マニア受けしてるのはこの蟲のアブない素性さ!この蟲、引っ張り出せず身体に入り込まれたら…一体何処に潜り込むと思う??───察しがついたろう?そうっ、↑タマキンだよタマキン☆!この蟲はタマキンが大好物なのさー#!中身を摘まみ食いしながら卵を産んでど~んどん増えてくんだよっ#……終いにゃタマ袋が蟲でぐにょぐにょ動くようになるんだよおおおおオオオオオオオオん卍卍!モロチンそうなりゃ男汁なんて出やしない、せいぜい出るのは悪女ムシくらいなモンさ!!それまで竿が食べられず残っていられるか知らないけどねえ@!アッハハハハハハハ!」


 月曜日が試験管の底を左右へ振ると中の乳白色は目覚めたように蠢き始めた。少年の眼が恐怖に見開かれる、月曜日は目を細めホールドしていた手でいやらしく刺激を加えた。悲鳴のような(うめ)きが少年の褐色の喉元から聞こえて来た。月曜日の興奮は加速し手元の動きはより執拗になって行く。


「#ハア、ハア、←間違って寄生されたら←外科手術で←取り出す以外に←助かる方法は←無いっ#───ドキドキするだろ?ゾクゾクするだろ??そのリスキーな所にマニア心がくすぐられてビンビンにっ←←なるんだってさあ!ウヒョヒョヒョーっ卍!!@こんなのに()られたらこの先一生女の子とH出来なくなっちゃうねえぇ☆?ホモ相手でウケに専念するしか無くなるよ!?ま、それもいいかもねっ?!@ちゅるちゅるチュルウウウウウウウウウウウウウっ#♪♪!

 ←←さあどーするんだい!?観念して洗いざらい話すか、時間掛けて苦しみながらタマキンムシムシ大行進になるか?どっちなんだい?!!」

「★★←→←→×卍卍!!!」

「☆#アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


「×↑やめてよおっ!!」


 悲痛な声が上がる。とうとう少年が音を上げた、と言う訳ではなかった。

 磯臭い殺伐とした空間に響いた不似合いな情けない音の主は食人だった。


「─────もう…いいよ、こんなの。充分でしょ、

 やめよ、──こんな…こんなの、気持ち悪いだけじゃないっ。───可哀そうじゃないか…」

「…………」


 先程までのドスの利いた声ではない、雨合羽のような仕事着の顔の見えないフードの中から聞こえて来た声は当に歳相応。素の生娘の生の言葉、月曜日にとってこれ以上面白くない事もそうそう有りはしなかった。年下の男の子を性的に虐めて絶頂を迎えようとしていた所で上から水を被せられた最悪の気分、頭にクソが付く程ド真面目な普通人の発言に月曜日は激しく萎える。唾を吐いたり舌打ちすらする気も起きない、どっ白けで試験管に栓をしその場から退いた。

 そこへ食人が歩み寄ると顔を背けつつ少年にズボンを履かせてやる。涙目になって打ち震えている少年を真正面に見据えてからその耳元へ口を寄せ呟くように語り掛けた。


「…事情は知らないけどヤバい奴を尾行けるなんて真似はもうおよし。いいね?次に遭ったら…

 ─────『生命(いのち)は無い』と思いな、」

「★!?」


 優しい言葉から一変、有無を言わせず食人が少年の頭に組み掛かった。壁を破壊したその剛腕から逃れようと少年は必死に身体をくねらせたが10秒程で抵抗虚しく項垂れる。

 殺生を嫌い締め落としたのか、繰り鉤は溜め息をついて虜囚の拘束を解いた。


「@お優しい事で、」

「─────────」

「……ま、この先『洞』の一員になるかも知れねえからな。生かしとくのも賭けっつーか投資みたいなモンだろ。」

(×何言ってんだ俺様?)

「どの道そのガキはポリ公のパシリじゃねえ、他の何処かが動いてる可能性も考えねーとな。

 →で、肝心のお前だよ月曜日。余計な割込み入っちまったが本題だ。お前、魔法警察を探ってて忙しいからってんでこっちを呼び付けたんだろ?『報告』、何があったんでぇ。」


「××あー…そうだいね、@うっかり忘れる所だったよ。電話で伝えられりゃ楽なんだけど、電信局も郵便局も奴らに抑えられてるし。不便で仕方ないね全く×。それじゃお待ちかねの本題だ、


───例の『屍男爵(しかばねだんしゃく)』と魔法警察が派手に衝突した。昨日の晩の話さ。」


 月曜日の台詞を繰り鉤が理解するのに数秒の時間を要した。


「は?」

「奴らこの一ヶ月の間に三回ほど小競り合いを続けてたんだ。いい加減洞に一報入れないとと思った矢先いきなり目の前でおっ始めやがってさー×、危うく巻き込まれる所だったよ。」


 夏休み始めの繰り鉤曰く「白粉(おしろい)ジジイ」、襲来した「屍男爵」こと自称錬金術師「パーリ・ゴ・レー」を追い払うため繰り鉤は辺境の地へ赴いた。彼の者の操る「歩く屍」に手を焼かされたものの、事態はどうにかこうにか鎮静化する事が叶う。一ヶ月以上もあんなド田舎で未だブイブイ言わせ続けているのか、何してやがると繰り鉤は呆れて管を巻いた。しかし妙な雲行きだ、


「旧貴族のオッサンから聞いた話じゃ白粉ジジイ相手に警察は動かなかったはずだ。急にどうした?どんな風の吹き回しでえ?」

「その屍男爵が──────ブラック・ドゥーの居場所を嗅ぎ付けているらしいのさ。」

「……ほお、」

「それに魔法警察が勘付いた。連中はレーを泳がせてブラック・ドゥーを捜させるつもりなんだ。」

「捜させるっつってもなあ…」


 繰り鉤は食人を見るが彼女は視線を避けてそっぽを向いた。ブラック・ドゥーの見張り役はこの二人を含めた一部の関係者だけであり、彼らは夏から監視の手を緩め同じく見張っている魔法警察の好きにさせていたつもりだったのだ。酒蔵メリーベル次期当主とその使いを探らせ情報を引き出そうと言う企ては残念ながら成果をまだ得られていない、分かった情報と言えばせいぜいハレンチ衣装を身に着けた次期当主の羞恥プレイがあった事くらいだ。

 そんな所で魔法警察が屍男爵に捜させていると言われても認識と噛み合わずピンと来ない。


 繰り鉤は出張先で聞いた旧貴族と白粉ジジイの会話の中から気になる単語を思い出す。


「…精髄憲章…とか言ったか、」

「何だい?」

「あぁいや、俺様の聞き間違いかも知れねぇ。てかあのジジイ何だってブラック・ドゥーを嗅ぎ回ってんだ?」

「そこさ←。ドゥーはどうも『御禁書』を読み漁ってるらしい。」

「──何でえ、そのゴキンショってのは。」

「この国が名前を改める時に焚書があったろ、」

「オカルト本を軒並み焼いたってなアレか?あんなもんただの見世物だろ、その手の色モノなんざごまんと残ってんだぜ。」

「あぁ。……今思うと、それこそが見世物だったかも知れないね、」

「あん?」

「かつての呪術大国からの脱却としてオカルト的に価値の高いアイテムを焼き払った格好にゃなってるけど、実の所ホントにヤバい代物はおいそれと手が出せないんで、人目の付かない秘密の場所に隠したらしいのさ。まあ、これは魔法警察の兄ちゃん達の話をたまたま立ち聞きしただけなんで偽情報かも知らないけど×。」

「──『価値の無い本はいちいち焼き捨てませんよー』と見せといて、その中に価値の高い本を隠しとく……てな具合か?」

「そんなんじゃないかねぇ。」


 足が疲れたのか月曜日は少しウロウロしてからしゃがみ込んで両膝の上に二の腕を乗せる。


「そのヤバい代物をどうやってかドゥーが探り当ててこの国を転々としてるらしい。

 レーはそれが気に食わない。それと『教会』も。」

「…だから魔法警察が介入して来た訳か。本を読まれる事がそんなに気に入らねぇのか。」

「ドゥーそのものより御禁書を掘り出される事自体が嫌なんじゃないのかね?レーの方はよく分かんないけど。──ひょっとして自分で書いた本が隠してあって読まれるのが恥ずかしいとか#?」

「直筆本が焚書に選ばれるとか、@どんだけ生きてんだ白粉ジジイ。大体あのパイナップル頭が恥ずかしがる事なんてあるかよ×、俺様があんな恰好させられたらその時点で恥ずかしくて百回死んでるぜ。」


 洞の紳士名鑑を鵜呑みにすれば200年以上生きている計算になる。繰り鉤も疲れを感じ始めた。


「で?何だってんだ、」

「とりあえず洞の爺さん達に報せとくれ。ブラック・ドゥーにレーが近付こうとするのはお気に召さないだろうさ、荒事師を何人か回した方が良いように思うよ。魔法警察はともかく、レーがヤバい×。あのキショいのが厄介起こすと騒ぎが無駄にデカくなる。」

「だろーな。分かった───←こいつぁ駄賃だ、また暫く頼むぜ。」

「毎度あり♪、つっても洞のバイトなんて初めてだけどねぇ。それよりさ……この後どうだぃーい?繰り鉤ぃいん#☆。」

「…洞に戻る。今日の俺様はただのパシリだ、また誘ってくれや。」

「××ぁああああんっもう、このイケずっ×。───分かったよ、次必ずだよ!」

「おー、」

「☆ウヒョヒョヒョヒョ♪!─────@あーそーそー←ソコの泥棒猫ー、アンタだよアンタっ。アタシの繰り鉤に手ぇだしたら~『タダじゃ置かない』からね?手足もぎ取って蟲の苗床にしてやんよおおおおおオオオオオォンっ卍?!

 …じゃあね繰り鉤。バァアイ☆、→」


 お茶目な仕草でウインクすると痩せた包帯女は足取り軽く場を後にする。肺の底から溜息を吐き出した繰り鉤に向かって食人がノロノロと近付いて来た。


「@お優しい事で、」

「別に優しかねーだろ。何言ってんだお前、」

「モテる男はつらいね~、」

「お前ひょっとして…妬いてんのか?」

「@馬鹿をお言い。男ってのは本っっ当~どいつもこいつも女に股座掴まれると弱いもんなのかね?全く節操の無いったら。鼻の下伸ばしてだらしない、」

「…股掴まれてたのはお前ぇが気絶させた奴だろ…」

「変わんないよっ、」


 またぞろの面倒臭いモード、繰り鉤は食人に一口載せた事を後悔し始める。ヤキモチを焼かれている訳でない事は分かっているが、こちらに纏わり付く女っ気と言うか色気を払拭しない限りこの同業者の気は治まらないのだ。どうすればいい。


「×あー。誤解の無えように言っとくけどな、あの女…『虫を使う』んだよ。見たろさっきの。」

「──────」

「アイツほっせーだろ?あんな(なり)してんのは手前ぇの身体ん中に虫を飼ってるからなんだぜ×!身体の何処を切っても何かしら虫が出て来てロクな事にならねーんだよ!信じられるか?!」

「…だったら何だい、」


 ああ全然分かってねえなあ、繰り鉤は大袈裟にヤレヤレをする。


「そんな処にブチ込みてえと思うか??」




 二度目の衝撃が建屋全体を揺るがした。






ポッと出の一発キャラだったはずが立ち位置を得て物語に関わるようになるって面白いよね。ウチでは口だけオバケで引っ張ってるヂャリコがそれで、再登場するとは思ってもみなかった。キャラが勝手に動き出すこの現象が「生きてる」感じがして凄く好き。因みにこいつ最初「ヂャリコワ・ラスホー」と言う露っぽい名前だったのが、タイプミスで「ヂャリコ・ワラスボ」になりました。もうここから生きてるんだねえ…

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