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ブラック・ドゥーはそこに居るから

何とかしてエロい方向に持って行きたい使命感と

何とかしてエロい方向に持って行きたい使命感とがいつもせめぎあってます。

今回は控え目なんだけどね!

 満月は不気味に赤く染まっていた。この世の物全てに見えざる力を等しく及ぼしていた。


 普段なら人気の無い城壁の外縁で、鈍い赤光(しゃっこう)の下を恐らく人の物と思しき影が幾つか揺らめいている、徘徊している。然程離れてはいない眼下に広がる不吉な光景、生温い夏の夜風に紛れ腐敗臭が鼻を掠めて娘は小さく悲鳴を漏らす。決して大きくはない古城の客室間で腰掛ける「招かれざる客」は、背にした天空の赤い月が落とす昏い影の中から狂気に満ちた眼差しで城主を睨視した。


「今宵こそ色好い返事を戴けるものと期待していたのだがね。


 こちらの事情を真に理解して貰えないのは仕方の無い事だ。しかし、そうと解かっていても寂しくもあり悲しくもあるものだよ──────若かりし頃、先代には懇意にして頂いていたと言うのに……幼少の貴卿と遊んであげた事もある、知らない仲と言う訳でもあるまい。~時の流れとは斯くも残酷なものか、世知辛い世の中になったものだ。嘆かわしい。」


 言葉と真逆に大して嘆かわしくもなさそうな客人は中肉中背の男で、その影は姿勢正しくスタイリッシュで端々がエッジ掛かっていた。まるでパイナップルの葉を方々に長く伸ばしたような変わった髪型、幅広で鋭角なスレートグリーンの髪の房の先は刺々しくカールしている。おもむろに上げた顔は白地に黒の幾何学的なペイントが施されていた。アーティストの類でもこんなファッションを決める者はいない、分かりの易い「危ない奴」加減。

 馴れ馴れしい客人は壁際で怯える娘を横目に据えた。何処か垢抜けないその娘は露骨に身を構える、白黒ペイントは如何にもつまらない物を見たと言わんばかりに鼻息を空かす。


「──何も『生贄を差し出せ』等と恐ろしい事を要求している訳ではない。私が望んでいるのは単なる情報だ、教えて頂ければそれで用件は仕舞いだ。それだけでいい…」


 脅迫染みた掠れ声、対面の席に座る髭を蓄えた貴族風の壮年の紳士は眉間に皺を寄せる。


「何度申し上げればお分かり頂けるのかっ。この地にブラック・ドゥーなど訪れてはいない!」

「それは何度も聞かせて頂いた。私は別にその事を嘘だ虚言だと批難したい訳ではない、情報が欲しいだけだと繰り返し申し上げている。

 …私は言葉を弄する事を好まぬ質でね、今となってはもう時間も惜しい。率直にお訊きしよう。」


 席を立つ。後ろの窓際の影で陰が蠢き、怪しい赤い月明りの中にその姿をやがて現した。目の部分に穴の開いた袋で頭をすっぽり包み込んだ上半身丸出しの筋肉男、ウーだのフーだの凡そ人とは思えない息遣いが低域の振動となって袋の中から漏れ出ている。危ない客人が高圧的に声を上げた。


「↑ブラック・ドゥーはこの地に秘蔵されている稀書を嗅ぎ付けそれを目の当たりにしたはずだ。


 ()く答えよ!───【精 髄 憲 章】は何処に在る??」




■■■ ブラック・ドゥーはそこに居るから ■■■


 余人の口から聞く事すら(まか)りならぬ禁忌の言葉、生物の持つ始原的な恐怖が全身に沸き起こり紳士は目を瞠る。額に汗、机上の拳を握り締め髭紳士は恫喝に毅然と立ち向かった。


「……そんな物などここには無いっ。~どうか、どうかお引き取り願いたいっ。」

「フー───貴卿をそれ程まで頑なにさせるとは一体如何なる(ことわり)の為せる業なのか。高々本の一冊だ、そうは思わないか?それが貴卿にとってそんなにも大切な物なのかね?折に触れて私は思うのだよ、人間の短い生涯において真に大切な物とは何なのか。それを思い知るのは決まって───『それを失った時』…なんだろうねぇ。」

「★?!やめろっ、何をするつもりだ!?!」


 筋肉達磨の袋頭が斜め横の壁際へ向く。視線上の娘は恐怖の形相を浮かべ後退る背中を壁に撥ね返されると(ひるがえ)ってしがみ付くように石肌を(にじ)った。袋の中の息遣いが熱を帯び荒々しくなる、左右に揺れながら緩々と迫って来る。震える娘の歯が鳴り足下も覚束(おぼつか)ない。床を伝って来た袋頭の影が娘の足許から這い上がり顔までを覆った。娘は酷い痙攣を起こし絶望に眼を剥いた。

 壁面の微かな照り返しに袋の穴の奥の血走る目玉と視線が合う。それが穴から丸々飛び出て来た。


「↑↑↑ゲッッッゴオオオオオズグヌゲルルルルルンンンンンダネエエエエ!!!←←」

「★★↑卍いやあああああああああああああああああああああああああっっっ卍卍!!」


「★×←やめろおおおおおおおっ!!娘に何をする貴様あああああああっ!!」


 容赦無い布を引き裂く音と絶叫の如き悲鳴、勘弁ならぬと紳士はいきり立つが客の振りかざした掌に制される。涙雑じりの必死な拒絶の訴えは止まず、度々得体の知れない水音に遮られる。愛娘への許し難い狼藉に激怒し身を震わせ紳士は筋肉達磨に飛び掛かろうとするが、重ねて制止のマイムをする無礼な客の掌に邪魔をされた。


「~~↑こんな事をしてただで済むと!!」

「それは私の台詞だ。

───日を充分に開け熟慮の期間を設けたのだよ。その結果が白を切り徹す事になるとは、何と愚かな選択をしたものだ。この失態を天国の先祖代々へ何と申し開きする気かね。『貴卿は判断を誤った』…真に大切な物を失う過程をその眼にじっくり焼き付けておく事だ、大いに思い知り大いに後悔するが良い。


 そして同じ過程を経て死ぬが良い。情報は貴卿の脳味噌から直に吸い上げさせて貰おう。」


 紳士は憤りのあまり紳士らしからぬ荒々しい雄叫びを上げた。


「★★↑己えええええええええええええええええっっ!!!」

「↑↑↑ズグヌゲルルルッッデエエエヅライイイナザアアアアアムッッ!!!←←」


「~うるせーよボケ、」


 険のある苛立った若い男の声。はっきりしない重くて生々しい振動を伴い床の娘に覆い被さっていた筋肉達磨は身を上げ、勢いそのまま立ち上がって後ろへ跳び上がり船荷を落としたようなけたたましい音を立てた。その場に倒れ込むかと思いきや再び段々と立ち上がり、そのリズムを維持しながら宙へ浮いて行く。袋頭の中央には縄の括られた金具が深々と突き刺さり、薄暗い客室間の天井から加工肉のように筋肉達磨を吊り下げていた。異常な状況なるもそのお陰で危険を逃れられた事だけは確かだった。

 加工肉に入れ替わり影が舞い下りる、やれやれと両の掌を叩き合わせ声の(ぬし)はその姿を現した。


 洞の荒事師「繰り鉤(くりかぎ)」だ。


「ケッ。漸く(ツラ)見せたと思やあ気取ったフリして言いてえ用はただのチンピラ、挙句女子供にブ男けしかけるたあ大した品の無さだ。如何にも過ぎてヘドが出るぜ、ネジ外れてますアピールの相手は誰だよ@。演出からして時代周回遅れの歩く化石がイキってんじゃねーぜ白粉(おしろい)ジジイ、」

「…洞か。こんな処へ何しに来た、私は忙しい。」

「ケケケ☆、なら時間は有効に活用するんだったなあ☆。ムダに長生きし過ぎてネジが外れたのは手前ぇの体内時計の方じゃねーのか?↑呼ばれもしねえでしゃしゃって出て来んじゃねーぞ!練り金(ネリキン)野郎!!

 時代錯誤の懐古厨は僻地の奥便所で大人しくフイゴでも吹いてりゃいいんだよっ、この便所コオロギが。」


 大そう辟易した様子で吐き捨てる。ふと床へ視線を遣ると、小綺麗だった衣装をズタズタにさせ信じられない程の大量の唾液らしい粘着質の液体と涙に濡れた娘が更なる恐怖の目で繰り鉤を凝視していた。あー、と気不味い声を漏らし繰り鉤はすぐ近くにあった花瓶の飾られている台に敷かれた大布を剥ぎ取り娘へ投げ付ける。頭からすっぽり布を被せられた娘は穢れを拭って布の中より鼻から上を出し、布を掛けてくれた人物を恐る恐る見詰めた。当人は台上を見つつ小さくガッツポーズを取っている、花瓶をひっくり返さず布を引っ張り出せた事が彼的にプチGJ(グッジョブ)だったらしい。

 便所コオロギまで貶められた客人が紳士に憮然と尋ねた。


「これはどう言う事かなフランクリン卿、洞の遣い走り風情が何故ここに?」

「ご存知無いか。公にはしていないが、…商いの上で昔からの馴染みではあるのです。警察は…~動いてくれなかったっっ……そう言う事なのです。

 どうかっ、どうかもうお引き取り願いたい!この地に…貴方が望むような物は何も無い!!」

「ふむ、─────────承知した。ここは大人しく身を退()こう。洞と事を荒立てるつもりは無い。それに今はとにかく時間が惜しい、興も冷めてしまったのでな。→───」


 今にも(いとま)を告げそうな空気、白々しいぜと繰り鉤は内心嘲笑する。案の定客が立ち止まった。


「しかし…この落とし前は確り付けて貰うよ。

 貴卿は私を愚弄した。洞の顔は立てておくが私の顔に泥を塗られたままではこの私の気が収まらない。塵芥(ちりあくた)の如き地方都市とてその長が実に愚かな選択をしでかしたのだ、市民には自身らの心血共に思い知って貰うとしよう。」

「~何ですと?」

「───←いい加減に起きろ、頭蓋の金具を外せ。行くぞ、」


 帰り際、客人が片手を腰にシャープなシルエットを決めて宙へ向けそう言い放つと、吊り下がる縄を中心に右へ左へゆっくり軸回転していた加工肉がゴボコボと応答する。だらりと垂れていた両腕が頭まで持ち上がり、引き千切れる音と共に筋肉達磨は床面へ重々しく降り立った。繰り鉤は密かに舌打ちする、活動を完全に止めるため相手の生死お構い無く得物をかましたはずなのに。

 赤い月光の下へ再び巨影を現した袋頭は右半分と左半分で些か高さが異なっているように見えた。自覚があるのかそれを左右の手でぐちゃぐちゃ嫌な音をさせて擦り合わせるも状況は改善されず、顎の辺りへ片手の甲を添えてもう片方の拳で脳天を小突くと巧い具合に高さが揃った。その様を見せられる側としては何が起きているのかちょっと解かりたくない。筋肉達磨が腕を下ろして居直ったその瞬間、


 直ったはずの袋頭が左右へパックリ割れた。


「「★★↑↑卍卍?!!」」


「確かに時はもう旧国帝政の世ではない。人里遠く離れた辺境だからとて過去の因習を引き摺る風潮に便乗し、特権階級の身分に悠然と居座るのは…『ナンセンス』かも知れぬ。既に国号まで変わったのだ、ここは時節の移り変わりに(なら)い自らの起こした不始末について民衆より責任と言うモノを追及されるが良かろう。

 生者の糾弾と死者の怨嗟と共に…──────穏便に済むと良いな、県知事殿。→」

「↑↑ズグイイイワナイイイイイネエエエエエエエエエッッ!!→」


 頭の割れた影がシャープなシルエットを隠したと思いきや開け放しの窓から諸共外へ躍り出る。繰り鉤は後を追うように窓際へ駆け付けるが、昏く赤い世界を幾ら見渡せど客人らの姿は見付からない。不吉な予感と漂う腐敗臭にフードの下で顔をしかめたその時、遠くから女性の悲鳴が聞こえて来た。ここの城主であり県知事でもある旧貴族の髭紳士は繰り鉤へ続き窓の外の惨状を目に息を飲む。

 火の手が上がる。あちらにも、こちらにも。悲鳴と怒号、そしてまた悲鳴。嘆き、叫び。


「…×?~……×!~~こっ×…これは一体っ?!」

「ケッ。ぁあの白粉ジジイ、最初からこの街を潰すつもりでいやがったのか。」

「…繰り鉤殿っ、それは!」

「~ジジイの置き土産だぜっ×。

 あんなイカれた面だが相手はあの【屍男爵(しかばねだんしゃく)】だ。俺様も洞の古い記録でしか知らねえが、与太話を真に受けりゃ騒ぎを起こしてるのは多分───『歩く屍』、それしか考えられねえ…~×。朝には動きを止めるらしいが、この街は田舎の割に人間が多い。放っときゃ日の変わらねえ内に全滅するぞっ。そうなりゃ街の屍共が雁首揃えて攻め込んで来るぜ、この城にな。」

「★卍っそんな!!?」


(~でえええいチクショー×!~洞のジジイ共めっ、俺様ここ最近こんな役回りばかりだぜええぇ↓。ジジイと来ればどいつもこいつもロクな奴が居ねえっ!何で俺様がいちいち一般人の世話を焼いてやらにゃならねーんだクソがああああっ×!!)

「←落ち着けオッサン!とにかく火事だ、消防団を動かせよ!それと自警団な!護身用に~!アレだ、角材を持たせろ!」

「?×っ角材??」

「死人相手にゃ角材と相場が決まってんだ言わせんな!!~ぁあーーと…後何があった?あー」

「それはともかくっ、……これだけの騒ぎだ、彼らなら自ずと…」

「↑~ぁああ!?結局アンタのせいであんな事になってんだぞ!白粉ジジイの言った事ぁ満更ハズレでもねえってか?!今アンタが動かないで誰が動くんだ!?←お高い身分なんだろが!高えだけの義務を果たせや貴族様がよおっ!!」

「!×っな?!」

「そんな腰抜けがこの場を生き残れた所で寝ても覚めても責められまくるぜ!生きてる奴・死んでる奴両方からな!しかもアンタ一人だけじゃねえっ、アンタの家族全員ただ一人の例外も無く!生きてようが死んでようが延々だっ!!」

「★↑↑っ!?!」


 繰り鉤の怒号に髭紳士は愕然とする。内心は洞の走狗で粗野な蛮緑(ばんろく)の繰り鉤を下賤の輩と見縊(みくび)っていたが、悪口の皮を被った至極真っ当な指摘を真正面からぶつけられすっかり気が動転してしまった。しかし、我に返ると部屋の片隅で布を纏い心配そうな眼差しをしている愛娘の姿が目に入る。卿は一族に課せられた使命を思い出し目付きを変えた。務めを果たさんと瞳に炎を燃え上がらせる。


「私が行く。この緊急事態に鐘を鳴らし民草を導くのは───『領主』である私の役目だ!!←」


「ケッ@。──お嬢ちゃんは食糧庫にでも隠れてな。中から錠前を掛けていい子にしてるんだぜ、←」

「───────────────」


 彼らが渦中の現場に到着した時にはホラー小説よろしく地獄絵図が待っていた。正によろしくの有り様に繰り鉤が「マジかよ」と呟く内、県知事殿は血筋の成せる業か先々代まで遡る領主としての本領を発揮する。取り急ぎ住民を集め鎮火と治安維持を指揮するが、そこへヨタヨタ歩きの死人の群れが建物の陰から出て来る出て来る、諸手を掲げ迫って来る。


「↑怪物を消防団に近付けさせるな!建物住民に近付けさせるな!朝が来るまで薙ぎ倒せーっ!!」

「「↑↑おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」」


 力を合わせ困難に立ち向かおうとする一般人の姿を繰り鉤は横目で窺う。呆れた体でブツクサ呟きつつも、抵抗する人々に襲い掛かろうとする屍共を次々と倒して行った。しかし、倒せど倒せどあっちもこっちも思い出したように性懲りも無く立ち上がって来る。記録に「夢限の悪夢」と書かれていた中二臭い話の様子を生で体験している。要らないインストラクション、アトラクション。仕事でなければとうに逃げている、正味で呆れた飽きた疲れた。


「×ハァ、ハァ、ハァ…っ~~@嘘だろ~?何で俺様こんな事やってんだ??畜生っ×フツーの人間なら3回はノビてるぜ、キリが無えっ、~死んでるから関係無いってか?!死人が歩くとかどーなってやがるっ×、洒落になってねえんだが??どーするぜマジで……」


「↑兄さんヤるねぇ☆。」

「~あ?」


 不意に建物の上から快活な声が掛かり繰り鉤は見上げる。

 二階建ての屋上の角に真っ黒い軍服のような服を着た黒髪のおかっぱ頭の男が一人、

 背を向けこちらを肩越しに見下ろしていた。


(サルファラス?腰の得物は──剣士か。軍人にゃ見えねえが…)

「何だあ手前え?こっちは忙しいん★うおおおっと!?──~こンのっ↑危ねえじゃねえか!死体は←寝てろクソっ垂れ×!!」

「まあそう管を巻きなさんな。襲う方も襲われる方もシルキッシュだらけだってのに、戦場(いくさば)なればシルキッシュだろうと襲われる方を庇い立てするとは…──見所あるじゃねえか、気に入ったぜ兄さん!いいもん見せてくれた礼にちょいといい事教えてやるよ、」

「~ぁあっ?!」

「そいつらの弱点はなぁ────────────」


 おかっぱが頭を戻し、すらりと伸ばした無防備な後ろ姿を見せ抜刀の体勢に入る。繰り鉤はその無防備に何故か違和感を抱いた。何かが妙だ。特に勢いや恰好を付けるでもなく普通に抜刀、比較的細身で背の反った光沢の鈍い小豆色の刀身、指上のペンを(もてあそ)ぶかの如く軽快に切っ先が弧を描いて鞘へと納まる。一見やる気の無さそうな何がしたいか解らない暢気な動作、しかし繰り鉤はその暢気が何処か油断ならなかった。

 直後に自分の耳のすぐ後ろから「オフウ」と言う腐敗臭雑じりの(うめ)き声がして、一瞬で間合いを離し懐の鉤へ手を忍ばせ身構える。白目を剥いた男の屍が土下座直前の格好から腹を折り、そのまま地面へ突っ伏した。いつの間に近付かれていた、いやそれよりも、


「兄さん鳩尾(みぞおち)だ!奴らの鳩尾を狙うだけでいいっ。『呼吸』が乱れれば…奴らは止まる!←←」

「★!?」


 そうこう言いながら手を腰に構えて仰け反り後ろ宙返り。上から降って来る間際に音を奏でるような手付きで刃を晒し周りを一撫で、地面へ膝を着き屈み込んだ時には刃はもう鞘の中。半身を起こした拍子に繰り鉤が相手をしていた近場の死人達はバタバタ倒れ出す。お芝居じゃあるまいし幾ら何でも出来過ぎだ、おかっぱ男は瞳を閉じ赤い頬をぷくぷくさせて打ち震えていた。


「!←凄えだろ?実は今さっきこの↑『俺が発見した!』凄えだろ?☆凄えよなっ?な?なっ☆!♪にいひゃっひゃっひゃっひゃー☆!───!ああそれと、まあそう言う事なんで☆そいつら死体でも何でもないからっ、間違えて死なせるんじゃねえぞ兄さん!!」

「?!!★?!」

(××~ちょっっっと待てやオカッパ野郎っ!唐突に出て来てネタぶちまけやがって×!

 ……さっきはアイツから俺様の場所まで7~8m程あったぞ?あそこからこっちも見ずに俺様の後ろの屍をどうやってブチのめしやがった?!こちとら何も見えなかったぜ!?★それにこいつら死んでねーだと@?鳩尾だあ?呼吸だあ??馬鹿も休み休み言いやがれ!いい加減にしろ!!)

「~↑やい手前えコラッ!断りもしねえで飛び出て来やがって↑一体ぇ何処のどいつだ!!」

「あ?──あぁ、まあ、そんな……#名乗る程の者じゃ★」

「★↑↑やかましいわ卍照れ腐ってんじゃねえぞボケがあああああっ!~↑↑がああああああああああっ卍卍ムカつくーーーーー@▼〒◇*っ!!」

「×ぁあ、兄さん真面目だな×。分かった俺が悪かったって。


──俺は【シャキ】ってんだ、ただの通りすがりだよ。


 この街じゃ一泊お世話になるだけのつもりだったんだが、着いたばかりでいきなり宿無しになっちまった×。兄さんもその口だろ?」

「あ?──あー…ぁあと」

「@お互いツイてないよな。落ち着かないんじゃ仕方ないしケチも付いた、後は土地の連中だけで何とかなるだろうし、他所者は先を急ぐとするさ。兄さんも適当な頃合いで切り上げた方がいいぜ☆。

 いやーそれにしても…→、西の国は何処も彼処(かしこ)も物騒だねぇ。怖いったらありゃしない───」

「──────、」


 気安さはヴィリジアンの繰り鉤を自らと同じ異邦人と思ってか。

 シャキと名乗るおかっぱ男の下りて来た建物の陰から子供の姿が覗く。シャキは何処からか取り出した軍帽らしき物を被りつつ子供に向き合い、何やら言葉を交わすと繰り鉤の方を見ようともせずその場から去ってしまった。子供の方をよく見れば本邦では見慣れぬ装束、白の目立つ民族衣装を纏い頭巾まで被って白に身を固めている。あの雰囲気は何処かで見掛けた気がしなくもない。向こうもこちらの物色眼に気付いてか、頭巾の内から繰り鉤へ一瞥くれるとシャキの後を追うように去って行った。ただの通りすがり、馬鹿も休み休みと繰り鉤が管を巻き返す。


 しかし、いい事を教えてもらった。お陰で事態が収まるのに二時間は掛からなかった。


 そもそも国の政からも見離されたような遠い地方都市であり、建物同士が隣接していないため火の廻りの遅い事が幸いした。例え同じ田舎でも開発の進むダウジングロッドのような衛星都市ではこうは行くまい、ドドドド田舎の完勝だ。更に、洞の記録において然もおどろおどろしく謳われている「夢限の悪夢」は、田舎衆のドドドド根性と角材バッティングにより泡沫(うたかた)の夢の如く片付けられてしまった。おかっぱ頭とは奇妙な巡り会わせだったが、この際結果オーライだ。


 住民達が鎮火と防衛の達成に歓喜し安堵する中、繰り鉤は一人だけやや呆気に取られていた。鳩尾に角材を食らい倒れた屍は依然ああうう呻くものの、身体を上手く動かす事が出来ないでいるように窺える。屍に襲われ夢限の軍門に下ったこの土地の被害者も含め一体残らずお縄の状態だ。


(…まあそうだよな、死体が生きてるように動く訳が無え。


 生きてるなら「歩く屍」って言うのが間違いだ。死人要素を取っ払えば話は簡単、これも単純に───「傀儡(くぐつ)の術」って訳だな。でも中身は単純じゃねぇ×。相手の心神を喪失させ思い通りに動かせる…それも、歳も性別も関係無し、オマケに他の人間にその効果を伝染(うつ)せるたぁどう言うカラクリだ?身体から匂う腐敗臭と何か関係あんのか?ひょっとして朝に効果切れってのはそれの影響か何かか??×どっちにしろ俺様完全に負けてるじゃねーか↓。

 ~流石は洞の紳士名鑑に名を残すだけはあるぜ、…本物かどーか知らんけどなっ。)

「屍男爵【パーリ・ゴ・レー】、自称『錬金術師』────~ケッ、胡っっ散臭ぇ。」


「繰り鉤様ーーあっ、」


 聞き慣れた単語と聞き慣れない言い回しのコンボで思考が停止する、ハテナマークのお花畑に両の黒目が眉間へ寄る。気付けば古城より続く広い道の向こうから自分にステータス異常を起こさせた者がランプを携え駆けて来ていた。路傍の人々を避け息を切らして繰り鉤の前で立ち止まったその人物は、先ほど袋頭に身体中を汁(まみ)れにされていた県知事殿の娘だった。流石に服は着替えて来たようだがそれはさておき、


「!──~~はあっ!はあっ、はっ★~~×っはあ!…繰り鉤様、」

「…ぉお。何でぇさっきのお嬢ちゃんか。こんな処に」

「↑ああぁ、繰り鉤様!よくぞ…#よくぞご無事でっ☆☆。」

「?ぉおっ、#…おぉう。」

「貴方様のお陰でこの街は難を逃れる事が出来ました!為政にあまり関心の無かった父へ喝を下さり、大いに奮い立たせて下さった事ありがたく存じます!!──ご覧下さい→、あの偏屈な父が人々に自分の行いを謝罪し労をねぎらうなんて…、祖父が他界してから人々との関係が良くなかったのです。それが今、皆と打ち解けられている……☆ああっ、←何とお礼をすれば良いか感謝の気持ちに絶えません☆!!」

「→おっ?──#おおぅ、そうかそうか。いや何っ…↑いぃいいって事よ@、気にすんな、」

「★そうは参りません×!あの悪夢のような惨状の中、皆を率い屍の群れへ勇敢に立ち向かわれて行くあのお姿……私、城から拝見しておりました!←とてもご立派でした☆!繰り鉤様の闘志に皆がどれだけ勇気付けられた事でしょう!!」

「!?おっ…#おいおい、よせよ×、」

「それに、私が……暴漢に襲わた時、救いの手を…#差し伸べて下さいました………もしあの時、←繰り鉤様が私を助けて下さらなかったら、私は一体どうなっていた事かっ×~~~」

「#ぁああや×、…ぁあ、あのな?」

「☆↑繰り鉤様はこの街のっ!そして…#私の生命(いのち)の恩人です♪!!←←」

「★☆ぇああ!?おっ…##おいおいっ?!」


 感極まって娘が繰り鉤の胸へ手を宛て懐に跳び込んだ。繰り鉤ことギギシ・カカシは柄にも無く顔を赤らめる。他者よりネガティブな感情を向けられる事は茶飯事なるも褒められる事など皆無、当然慣れが無い。

 俯き加減だった娘はゆっくり上目遣いに繰り鉤様を見上げた。当人は娘の積極性にしどろもどろ。


「#お礼を───させて#下さい##♪」

「☆★☆★×~っ→!!」


 堪らず繰り鉤は娘の両肩を取り身体を自分から引き剥がした。


「★×?!────…繰り鉤様?…」

「あっ★、あー………おう。そーかっ、@そーだな。~~…なら教えてくれよ、」

「☆!←なんなりと#!」

「あー───!さっき客間で白粉ジジイが言ってたアレな、『ブラック・ドゥーが本を探してる』ってのは…↑どうなんだ?そんな事があンのか★?」

「──────本の事までは私も分かりません。でも……『喪服の女性』が城の所蔵する古書を閲覧しに訪れたのは本当です。その事実を父は与り知らず、司書の相談を受け初めて発覚したそうです。地元民でもない外来者に、それも歴史的価値のある蔵書を開放するなどあり得ない話でして。その場に居たはずの司書自身が、何故そんな事になったのか解っていない様子でした。なので、もしやあれが噂の…と。」

「───成程、そうかい…」

(…アイツらの言う「黒ワイン」の一環って所か?調べモンにしても妙な話だな。いくら夏休みだからって相当気合い入れにゃ来る気にならねーだろう、こんなド田舎だぞ?同じ田舎のメリーベルの山からだってそれなりに距離があるんだぜ×。俺様もお呼びが掛かった初日は時間無くて期末テストをバックレたからなー…追試はともかくあのノ~タリンにドヤ顔されたのはシャクに障ったが~。)


 お陰でノ~タリンは眼福にありつけた。そして痛い目を見る、それがジェズの男の美学。


(とりあえず洞の遣いは済んだぜ。白粉ジジイとブラック・ドゥーがどうにも気になるが……ドゥーの方は戻ってから考えるとするか。それにしても、殆ど付き合いの無かった昔の仕事の依頼先より付き合いの長い取引先を優先するとは、洞も律儀なもんだ。…まぁ、利益優先ってだけの話だろうな。)

「仕事は終いだ。──俺様、依頼主に挨拶でもして引き揚げさせてもらうぜ。→」

「?ぇ……★←お待ちをっ×、繰り鉤様!」

「?」

「あのっっ!また………お逢い…出来ますか?────」

「…──↓さあな。

 あまり物騒なモンに近寄るのは関心しねーぜ、お嬢ちゃんには似合わねぇ。」

「×★あのっあの!そのっ…~~──せめて、お顔を……←お顔をお見せ下さい!!」

「─────────────────────」


 暫し躊躇(ちゅうちょ)していたが声に応じてフードを下ろし娘へ素顔を晒す。

 顔見せは商売仲間でなければ絶対にしない行為、この男なりに思う所があったのか。


「#~……まぁ、商いは今後も贔屓にしてくれや。→じゃあな。」

「繰り鉤様………………………………」


 気不味さに堪え兼ねてクールに娘の許を去った繰り鉤だったが、異性からちょっといい感じに言い寄られ敬称付きで自分の通り名を連呼された事に随分と気を好くしていた。どうにも垢抜けていなかったあの娘もよくよく思えば可愛かったのでは、それを気の無い振りして去り行く俺様クールいやしかし、などと下らない事で珍しく若気を大いに盛らせる。


 今回の用心棒を依頼して来た県知事の髭紳士へ会いに行く道中、繰り鉤は汽車が今日の運行をとっくに終えている事を思い出した。所詮は学生風情のこの男が高額な私用車など所有しているはずも無く、帰る手段を失い口からギザギザの歯を覗かせ生温い夏の夜風へ無駄に湿り気をプラスする。紳士との挨拶もそこそこ、途方に暮れていた所で娘に捕まり、結局なあなあの内に彼女の父の所有する古城で一晩を過ごす事になった。いきさつ上恰好は付かなかったが、怪しい赤い月の光も今ならちょっとドキドキである。

 しかし普段なら思いも付かない期待されるような事は何も無く、翌朝城を去るまで繰り鉤は一端の若者らしく一人悶々とした。あのまま何処かに隠れて野宿でもしていたらクールキャラを貫き徹せたか。いやあそこはその場の雰囲気に任せて若気を至らせガツガツ行くべきだったか。自分にとって何が真に大切だったのか、他人には果てしなくどうでもいい事で頭を悩ませる。


 駅へ向かえば道端では昨晩の歩く屍共が正気を取り戻し住民達から手当を受けていた。操られていた当人らは屍モードの時の事を全く憶えていないらしい、同じ傀儡の術を使う者として大したもんだとギギシは仕事人の目付きに戻る。しかし足を進める内また昨日の晩の事が頭の中にぶり返し悔やまれてならなかった。えいくそ商売衣装が暑苦しい。


 一晩明けた少し寝不足の頭には優しくない夏の日差し、ギギシは歳相応にやんちゃでおバカだった。




☆☆☆


 雲が途切れて夜空より覗くほんの少し痩せた丸い月の光がビルの谷底に降り注ぐ。今ある唯一のその光源を頼りに男は裏路地をバタバタと走っていた。

 普段の生活において碌に身体を動かす事も無さそうな体形、一目散に息を切らせながら方々の体で狭い道を駆け抜ける。突き当りや曲がり角でいちいち壁にぶつかる、地面のガラクタを蹴散らす、ブリキのゴミバケツをぶち撒け盛大に転んだ。怯えた声を上げ四つん這いで前進を止める事無く、壁へしがみ付くように立ち上がり再び駆け出した。男に根性がある訳ではない、ただただ怯えているのだ。


「×←ヒイイッ、ヒイイッ×、ヒイイイイッ!ヒイイイイイイイイイッ×!!」


 やっと見えた人の居そうな広い通りへ路地裏から這い出て跳び出す。助けを呼ぼうと辺りを見渡した途端、男は恐怖に目を見開いた。そこは人通りなど皆無の寂れた街道。ひしゃげたボンネットから煤を出す窓の割れた高級車、その周りで屈強そうな黒スーツが二人昏倒している。ここはつい先ほど自分が逃げ出して来た場所ではないか。


「★×ヒイッ!?はむあ@はむあむぁ卍ぅあうううう↑▼はあぁぁあうあ〒うあああ××!」

「──もう『品評会』には間に合わぬぞ、御客人…」

「★卍↑はぁあああああああああぁあぁぅぅうああああぅあがががっっ卍!」


 黒い影が月明かりに生える。畳んだ黒い傘を片手にした喪服の麗人が再び男の前へ現れた。


「↑↑ブラック・ドゥうううううううううううううううううっっ卍!!」

「そう名乗った憶えは無いのだが。御見知り置き光栄だ。」

「~~何故だあぁ、何故お前が私を狙うんだああっ★。……っ誰なんだ、ぃいいぃいっいっ一体誰の差し金なんだああああっ!??」

「贈り主の素性は申し上げられない。」

「×!そうか…あいつかっ!ベッソか?…ベッソ議員の仕業だろう?!~★さもなくば未統党の一派か?!ニーゲム幹事長の息の掛かった連中か!?そうなんだな!?!」

「御心当りが豊富のようで。それなら尤も───御客人が贈り主を知って何になろう。」

「★!?…~~~くっ、↑この女あああああああああああああっ←!!」


 自暴自棄に陥った男は窮鼠猫を噛む勢いで喪服の麗人に襲い掛かるが、後ろの襟首が何かに引っ掛かり、もんどりうって仰向けに転倒する。口角から泡を散らせながら見上げた宙には、自家用車に襲い掛かり自分を追って来たボロの怪人が冷酷な視線で見下ろしていた。


「★×卍↑はあああああぁうあうわうああああああああああああああああっっ卍卍?!」

「逃れる事(あた)わぬぞ。御客人────────────」


 巨大な黒い爪が目前に迫り爪の先が顎下へ刺し掛かる。男はうんざりする程情けない悲鳴を上げた。


「×卍やあぁあめろぉぉおおおおお!やあああぁめてくれぇぇぇえええええええっっ卍!!

 ~~★っそうだ!私がっ×…ぅ私がお前達を雇おう!そうしようっ!!」

「───」

「そそそぉぉおおだああ@、そうとも!↑この仕事の依頼主よりも高値で雇おうじゃないか×!2割…×いや2倍だ!2倍っ~2倍出そう!!それで今の依頼主を返り討ちにしてくれっ★!!←どおおだああ悪くない話だろ×?!2倍だぞ2バアアアイ!?!」

「───→」


 怪人が喪服の(あるじ)を見詰める。麗人は月を仰ぎ見るかのように顎を上げてから俯いた。

 片手で帽子のつばを押さえ小さく溜め息をつく。


「私をブラック・ドゥーと言ったな、


 暗礁密林の闇巫女が───金勘定で他者の意のまま動くなどと本気で御思いか??

 黒ワインの対価は決して金銭だけではないのだよ、御客人。」


 男は絶望に顔面を破綻させ、あんぐり開けた口からタイヤがパンクしたような臭い息を漏らす。


(しもべ)よ、贈り主からの『黒ワイン』をそれへ──────」




「ぅうん……やっぱり良かったんですか?お嬢様、」

「何の事かしら、」

「さっきの送り先のあの男です。気絶させただけじゃないですか、」


 確かに気絶はした。夜魔の爪(やまのつめ)ではなく緑のヤドリ「蜻蛉王(セイレイオウ)」の力によって近場の壁に叩き付けられ、男は全身打撲と腰に深刻なダメージを負わされる。ブラック・ドゥー一行は昏倒している男達に過去の悪行を示した文書の束をぶち撒け、最も近場の交番へそれとなく一報を入れて早々に立ち去った次第だ。

 因みに、今回黒ワインの送り先に晒した夜魔の爪は傘の骨を芯にした布製の贋物だった。仕事の度に出血大サービスをしていたらとてもじゃないがジェズの身が持たない、相手が小者なら怯えさせる事さえ出来ればそれで充分だ。


 彼らは今、偽装したレンタカーに乗り込み移動中である。時計の針は21時をとうに廻り往来に人影は皆無、ここは騙絵(だましえ)横丁の一丁目。走っている間だけ点くヘッドライトの光がこの界隈の作り物感を際立たせていた。


「あの人の悪行が世間に知れ渡れば政治家としては勿論、人として生命を絶たれたも同然だもの。身体を傷付け生命を奪う必要は無い、貴方が手を血に染める必要も無いわ。」

「…でもあの男、報酬が2倍って言ってましたよ?」

「?───それがどうしたの?」

「お嬢様はメリーベルの『変わらないままでいる』宿命に抗おうと、えと…酒蔵(ワイナリー)の売上が伸び悩んでいるからこの新サービスを手掛けたんじゃないですか、」

「それだけじゃないけど、事の発端はそうね。」

「それなら儲けの多い方が良いんじゃないですか?」


 ボロに身を隠す使用人の方へ帽子の脇から視線を傾ける。夜道の運転に集中している彼の様を一頻り見てまた暗い正面へ向き直った。


「あんな苦し紛れの申し立てを聞く訳がないでしょう。仮に2倍が本当だったとしても、元の依頼主と結んだ約束を反故にするなどもっての他。あるまじき行為です。」

「──────」

「不義理は絶対に駄目っ。信用を失うのは一瞬、取り返すのは艱難辛苦(かんなんしんく)の末の末…──解るわね?」


 特に聞き入っている様子も無くジェズは黙ったまま前を見て運転を続ける。

 単に艱難辛苦と言う言葉の意味が解らないだけだった。


 それはさておき、やはり彼は何処か腑に落ちない。


「う~~~ん、やっぱり解らない×。」

「×どうしたの?今日のあなたは少し変よ、」

「手紙ですよ、お嬢様の靴箱に入れられてる、」

「──あぁ、あれの事…」


 あれ。初の黒ワインの際、大いに役立った差出人不明の「人身売買取引現場の告発状」の事である。連続猟奇殺人事件の一段落を境に音信が途絶え、そんな物のあった事実すら二人からすっかり忘れ去られていたが、暫くして投函が再開されたのだ。程無くして夏休みに入ってしまったが、月を跨いでから念のため学園を訪れるも流石に手紙は入っていなかった。なまじ靴箱を目にしなくなった分、また入れられていないかとジェズは気になって仕方が無い。

 再開当初、反射的にジェズは人身売買をまた取り潰すものと気持ちを新たにするがリュアラは首を横に振った。「黒ワインは慈善事業ではない」と彼女は言う。営利活動であり正義の味方ではない、当然の話だ。


 ジェズにはそれが解らない。どうしても私利私欲と義理人情が頭の中で衝突する。


「……」

「迷いがある?」

「迷いと言うか、(ぼく)……バカだからよく解らないんです。」

「自分を卑下するのはお止めなさいと言ったはずです、


────堅苦しい事を言えばね、今のように反社会的な活動をしておきながら、それでも勧善懲悪の体裁を保ってクリーンな印象を保ちたいと言う欲求は常にあるの。裏社会……だけではないわね、更に裏を返せば、回り回って表社会の人々がメリーベルに抱くイメージへ繋がる。人を傷付け生命を奪う、私達がしている行為は平和な世にあって許されるものではない。それを敢えて行う事に価値を見出してもらい大きな対価を得られている、評価を得られているの。


 とても得難い価値ある物を得るため『矛盾』を生み出している。全て自己満足のために。」


 ジェズはバックミラー越しにリュアラお嬢様を垣間見た。帽子とベールで表情は少しも窺えない。


「周りの人達の影響や気持ちとか色々考えるけれど、それもただの自己満足。

 結局は自分がどう納得するか、何処で気持ちに折合いを付けるのか、

 そこに掛かって来る話でしかない。


 矛盾と捉えあなたが思い悩むくらいなら難しい事は考えなくていい────

『私が考えてあげます』。あなたは私を助けてくれるのでしょう?…それだけを考えて、」


 さらりと怖い事を言う。しかしこれでもリュアラは言葉を選んでいる。

 ジェズの負担を出来るだけ軽くするために。


「矛盾…と言うんでしょうか。お嬢様もそう言うものを感じられてたんですか?」

「小説に出て来るような世直しの勇者様でいられたらとは思うわ、いつだってそう。

 何の罪も無い弱者の心身・人生・人としての尊厳を踏み躙る……片や大金を得たいがため、片や遊び道具を得たいがため。~悪魔にも劣る卑しい行いは根絶させられて然るべき、人身売買を知らせるあの手紙の差出人もきっと同じ想いをしているのではないかしら。


 貴方の力があれば悪行に関わる者達を懲らしめる事は出来る、滅ぼす事が出来る。でもそれは出来る力を持っていると言うだけ。貴方にだって貴方自身の生活がある、それを支えているのは酒蔵メリーベルと言う生活基盤があってのもの。勇者様ではその基盤が成り立たない、いずれこの社会で生きては行けなくなる。─それを私は望まない。」


 車が目的地に差し掛かった。


「頭領には感謝しましょう、」


 魔法使いの住処のような古臭い屋敷、多数の燭台に火が灯る明るい大広間で頭領は笑った。


「フあはははは。まあ良かろう、成果はそんなもので充分だ。」

「はぁ…」


 リュアラとジェズは仕事の顛末を報告するためヤクザの頭領ジェラルド・ガノエミーの許に訪れている。初の黒ワイン以来、酒蔵メリーベルとガノエミー一家は協力関係を築いていたのだ。勿論、現当主らや他の関係者には秘密の事項。ジェラルドはリュアラとジェズを何かと気遣い、積極的に力を貸してくれていた。二人の乗って来たレンタカーも一家が貸与した特注品、リュアラとジェズが裏社会にブラック・ドゥーとして名を馳せつつ、それを隠して表社会で生活出来るのも全てジェラルドの力添えがあってこそのものだった。


「今回の送り先は楽な仕事だっただろう。贈り主が送り先の裏取りを綿密にしていたからな、」

「あれだけ相手の悪行を把握しておきながら、何故それを警察に伝えないのでしょう?邪魔者を排斥したいのなら、そちらの方が遥かに効率が良いように思います。」


 ソファーに腰掛けるリュアラは脱いだ帽子を隣のジェズとは反対の方へ避ける。現れた浮かない顔を見て頭領がまた笑う、面白い話を聞いたと言うくらいの笑いだった。


「決まっておろう?叩けば埃の出る連中だ、捜査が自らに及ぶ事を何より恐れておる。同様の理由で新聞社などにも情報を送りたがらない。仮に送ったとしても受け取った側とてそんな情報を記事にしたくはあるまい。今のご時世、痛くない腹を探られ兼ねんし敵を作り出す事にも繋がる。そうすると連中にとって一番都合が良いのは…」

「『ブラック・ドゥー』、ですか。」

「都市伝説───その知名は強力な説得力なのだよ、それこそ麻薬にも匹敵する程の。黒ワインの君達の事を知る者は限られており他の大多数は知る由も無い、故にブラック・ドゥーの仕業と言われれば皆伝説の方へ考えが及ぶ。そこで納得してしまうのだ、気持ち良くな。」


 彼らの許へ小さな家政婦が紅茶を載せたトレーを携え現れる。給仕を済ませ自分のカップも机上へ置くと頭領の隣に着席した。目許を覆う少し不気味な海藻のような前髪、巻き癖の強い濃紺のショートボブ。いつぞやの「口だけオバケ」殺気メイド、ヂャリコ・ワラスボである。澄ました振りして悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 ジェラルドに促され銘々がティーカップへ手を付ける。ちょっといいブルーベリーのフレーバーティーだった。


「贈り主の依頼では『送り先の始末』とあったが……まあ、その辺りの話は儂らに任せてもらおう。契約違反だ何だと好きに騒がせなどさせんよ。」

「お手数をお掛けします…」

「フあはははは、気に病む事はない。儂らが窓口になって君達の受けられそうにない仕事を引き受ける……見ヶ〆(みかじめ)料は確り戴いている、これはビジネスだ。儂が好んでやってる事なんだ。」


 決して安くはない用心棒代を支払っているものの、頭領の計らいは気が引ける程の想いの入れようだった。しかし相手は(なり)を潜めていると言えど年季の入ったヤクザ、関係良好を手放しでは喜べない。移動中にあったジェズとの会話のモヤモヤもあり、リュアラは思い切って訊いてみる事にした。


「その…──私達に何故、そこまでして下さるのですか?」

「ビジネスと割り切れんのかな?」

「……何分、未だ世間知らずな田舎者の学生ですので。商習慣や市場原理など雑多な事も分け隔てなく学んではいるのですが、ビジネスとしての割り切りと言いますか、心の在りようと言うものが私にはまだ……」

「フあはは。──然もありなん、ヤクザ相手では不安だろうて。」


 リュアラが選び兼ねていた言葉を頭領は言い当ててしまう、普通の人間なら誰しも考える事だ。

 常用するサングラスで頭領の眼元は見えないが、その表情は穏やかだった。


「そうだ。ガノエミーは先祖代々、世界大戦よりずっと前からヤクザ稼業で糊口を凌いで来た。流石に洞ほど気味の悪い事までしとらんが阿漕(あこぎ)もそれなりに働いておったものよ。人を脅す事もある、傷付ける事も、生命を奪う事もな。」

「───」

「かく言う儂も若い頃は暴れていたものだ。儂のこの手は既に……他者の血で塗れておる。その感覚は──坊主になら解ってもらえるだろう。決定的な何かが己が魂に刻み込まれた、あの感覚を。」


 罪とでも言うものだろうか。ジェズは紅茶に口を付けながら頭領の眉間の辺りへ焦点を合わせる、そして彼の言葉を理解していない。暗礁密林の弱肉強食の世界に在り、しかも死王(しおう)と言う非情の宿命の(もと)命からがら生き抜いて来た身にとって、人を殺める事は文明社会の一般人のそれと感覚が大きく異なっていた。それをしなければ自分が死ぬ、相手の生命活動を止める必然性を感じさえすればジェズは躊躇(ためら)い無くその通りにするのだ。誰かがそれを止めようとしない限り。

 その感覚を以って彼は今も頭領の邪視(じゃし)を警戒している、されている当人もそれは分かっていた。


「だがな、そんな儂でも歳を取るにつれ考え方が変わって来たのだよ。老い先短くなった事を実感し、あからさまに恐怖するようなった。」

「…死ぬ事が、ですか?」

「死そのものが恐い訳ではない、何を今更だ。ただ、──自分の出来る事が後僅かで無くなってしまう、その事が儂には…どうにも恐ろしくなってなあぁ…それが如何ともし難かった×。ヤクザとしてではなく、自分に何が出来るのか、何がしたいのか、そればかりが頭から離れず何も手に付かない、そんな時期があったのだ。

 @可笑しかろう?脛に傷を持つ分際で現世にしがみ付こうと足掻(あが)く、無様の極みだ。全くもって滑稽よ。」

「───」

「この感覚はこうも老い()れるまで経験した事がなかった。

 それを理解してくれとは言わん、ただ…そう気にせんでくれ。」


 邪視の老人の言う感覚をリュアラは朧げながら理解出来るような気がしている。しかし若輩の身では真の理解に至らないとの予感もあった。もどかしいような、そうでもないような、どう受け止めて良いものか自分の気持ちの整理に戸惑う。

 一方ジェズはとにかく理解しなかった。どうせ自らは老い耄れないので理解する気も起きないのだ。


 暗礁密林に棲まう人々の平均寿命は概ね30代半ば、彼らに老いさらばえるゆとりなど無い。


「…そう言えば君達が屠ってくれた霧魔(むま)。確か美術館の長だったか、」

「?──えぇ、そのようです。」

「これはあくまで新聞記事の受け売りだが──其奴、長い間胸を患っておったそうで、冬の始めから余命幾許(いくばく)も無いと周囲の者に吹聴していたらしい。」

「え?」

「いや何、とても儂の言えた事ではないが、あんな殺人鬼でもひょっとしたら…儂と同じような感覚を抱いた事が契機(きっかけ)で…あのような凶行に及んだのかもと。そう思ってな。」


 放っておいても滅びたのか、そう考えると苦労をした分何処か微妙な気になる。


 霧魔と噂されていた連続猟奇殺人事件の犯人。表の顔は国立美術館の気さくな館長、しかし裏の顔は「模型屋」の二つ名を持ち洞の仕事を請け負う事もあった荒事師「ルードヴィッヒ・シュペルハイム・ザンゲ」。あの男の本当の名前や、世界大戦を経験した隣国の天才軍医と言う経歴もリュアラは把握していない。数多の少女達の生命を奇怪なオブジェに仕立て上げた狂人だったが、そんな人物と普通に会話をしていた自分自身が不思議に思えた。

 今もこうして人を殺めた事のある人物と普通に接している。自分が普通ではないのか、普通と捉えている自分の感覚がおかしいのか、自信が持てなくなって来る。


「とは言え、其奴を赦す気など微塵も無いわ。

 儂の生き甲斐に散々な真似をしてくれたのだ………地獄で(まみ)えるのが愉しみよ。」


 ジェラルドが傍らに座るヂャリコの頭を優しく撫でる。その様はかつての人殺しにとても見えない。


「身寄りの無いまだ若いこの子らが生きる術を身に付け、生きる道を見付けられれば、今の儂はそれで満たされるのだ。儂が出来るのはせいぜいこれが関の山、これが良い。

 …君達の世話を焼くのもそれと同じなのだよ。だから、気にせんでくれ。」

「一つ、お訊きしても良いでしょうか、」

「何かね?」

「ご当主の今の生き甲斐、どうしてそれを生き甲斐にしようと思われたのですか?」

「─────

──────────こんな儂にも娘が居った。後は…お察しだ。」


 リュアラは留飲が下った。


「分かりましたわ。ご厚意を改めて感謝いたします。」


 ジェラルドとリュアラの話題がオファーの近況に及ぶ。ちらほら照会は来ているが、いずれも自らの素性や動向が知られる事を警戒していると見え、すぐに手を着けられそうな案件は無い模様。会話する主の傍らで息をつくジェズの空いたティーカップにヂャリコがおかわりの入ったポットの注ぎ口を差し出した。


「どうだウチの子は、」

「──タタリはいい子だ。初めの頃はなんて言うか……うん↓、色々あったけど。今ではちゃんと皆の言う事を聞いてくれるし、仕事も出来るようになってる。」

「あの子が……。味を占めたかな。」

「?」

「こっちの話、『運が良かったな』。───あの子は元々水商売の頭取から押し付けられた子だ。頭取は口入屋の紹介であの子を引き取ったらしいが、仕事は覚えない、客に怪我させる、店の言う事も聞かない、力で従わせられない。それで困った頭取は御父様に泣き付いてあの子が連れて来られた、気難しい子だったんだ。…私は実力で分からせたけどなっ。」


 児童を風俗店で働かせる。法で固く禁じられている言語道断の行為だが、罰則規定は穴だらけでその目を掻い潜り巷に横行していた。法整備のされていない近隣の国に至っては決して珍しい事でもない。モラル欠如の甚だしい恥ずべき需要はともかく、これには差別や貧困などの歴史的・社会的問題が根深く関わっている。それが故の目の粗さなのだ。

 因みに、ジェズは水商売と言う言葉を炊事・洗濯の事と勘違いしながら話をしていた。暗礁密林には風俗業など存在しないので勘違いも仕方が無い。


「小ちゃい子は『しつけ』が大事なんだ。」

「───」

「しちゃいけない事、しなくちゃいけない事、ちゃんと本人が解るようにしてあげないと。うん。」


 ドヤ顔をしみじみとさせる。実績に基づく自信が彼の中にあった。

 しかしヂャリコはその自信の実態を易々と見透かす。


「──自分の言葉で語れ。


 お前のセリフはまるで重みが無い、あの子が良くなったのはお前の力だけじゃないクセに。」


 ヂャリコの指摘がジェズの心の臓を貫く。すっかり忘れていたが、ドヤって口にした先の言葉はケイトが教えてくれた事。周囲の人々の助力があってこその成果と言う意識を欠いていた事に彼はショックを受けた。荒事に対するポテンシャルといい大人びた感性といいこの口だけオバケはやはり侮れない、得体の知れない年下の少女にジェズは認識を改める。あ、鼻で笑われた。ぐぬぬぬぬ。


「@浅い奴、底が透けて見えるから安心して預けられているのが解らないか?」

「~~~~~~、」

「でも───その気安さがあの子には必要だったのかも…これからもよろしくしてほしい、」

「~ふんっ→。」

「ギヒヒ♪。@おや、怒る?怒る??はあぁあ@、これだからお子様わっ×。」

「~うるさいなあ×、」

「ギヒヒヒ☆、下手に口答えしないだけカワイイよ。素直は美徳だブラック・ドゥー、力を貸してくれる周りの人間に感謝しろ。」

「~───。」


 ぐうの音も出なかった。口を開けば「いつかコロす」と容赦なく殺気をぶつけて来ていた体たらくが、タタリの一件から立場が逆転し最早ジェズは手玉に取られている。どうしてこうなったのかはともかく、正論と感じられる事には真摯に耳を傾けざるを得ない。それが彼なりの大人な反応だった。


(そうだなあ、ケイトさんや他の人達にもちゃんとお礼しなきゃ…)

「はぁ↓。」

「思い出した。」

「?」

「お前達が逃げ出した『筋肉オトコ』、」

「★っ?!」

「奴の遣いが屋敷に来た事があったよ。─安心しろ、黒ワインの内容だけ訊いてさっさと引き揚げて行った。ただー……」

「←なんだ?」

「たったそれだけだが、他の客とは一つ違った所があって……」

「~もったいぶるなっ、」

「自分達の素性を少しも隠さなかった。度胸があるのかバカなのか@。───オレンジロードとか言う最近の店だ、場所も分かってる。」


 ジェズは「表札の無い病院」での出来事を振り返り第二王子の臣下ヒュギィの顔を思い浮かべた。ヒントは「ヂャリコが見た事のあるバカ」、確かにパッとしない見た目だが敵とは言え失礼な話だ。


「お前を脅しに来たって所だ。奴ら、黒ワインのブラック・ドゥーがお前である事に気付いてる。

 病院の周りを張っていた連中もとうに居なくなったし、何か仕掛けて来るかも知れないぞ。」

「~~~~~~っ、」


 ジェズの苦々しい表情を見てヂャリコはまた悪戯っぽい笑みを浮かべる。初対面で頭を壁にめり込ませてくれた恨みは決して忘れない、彼の困る様子は心底愉しいが、その窮状も何だかんだで乗り越えるだろうと期待染みた予測はあった。


 主達の話が纏まりメリーベルは帰り支度を始める。

 去り際、リュアラは酒蔵の社用車の前で見送るジェラルドに憂鬱な胸の内を吐露した。


「前回に続いてまた政治家、また人身売買……気が滅入ります×。」

「為政者など皆そんなものよ。(あまね)く私利私欲で動いておる。連中の頭にあるのは富と財産、自らへの名声と保身の欲望だけだ、仁だ義だなどとは微塵も考えんよ。『政治屋に清廉潔白な者は一人も居らん。』…ただの一人も、例外無くな。後は人となりの好みの問題だ。」

「……↓」

「フあハハハ☆。そう気落ちする事はない、儂らとてそう変わらんよ。連中と比べ頭が回らず、それがゆえ欲を欠いてるだけに過ぎん。──せいぜい謙虚たれ、リュアラ嬢。」


 車が走り出すと訪問販売用のスーツに身を包む助手席のリュアラは頭上のキャップを取り肺病のようなか細い溜め息をついた。片手で目頭を押さえる。


「お嬢様、屋敷へ着くまで休んでてください。」

「あなたは運転しているじゃない、そうは行きません。」

「お嬢様は僕の代わりに考えてくださってお疲れなんです。お気になさらず、」

「───分かったわ。ありがとうジェズ。…それじゃ×少しの間お願い…」

「はい。」


 瞳を閉じると上に息継ぎして背もたれに沈み込んだ。窓から入り込む風のお陰で暑さもかなりマシ、しかし一仕事を終え夏の夜のドライブと洒落込む茶目っ気など少しも起きない。初仕事から幾らも経っていない短い期間に裏稼業の新サービスは順調だったが、立て続けに社会の暗部を覗いた事でリュアラは気が滅入っていた。大幅な収入増と知名は叶ったものの、ドロドロした大人の事情に触れるのは思いのほか精神的に堪える。


(…後戻りなんて出来ないのだから。強くならなくちゃ、私が……×→─────────)


 暫し休息する主の傍らでハンドルを握る運転手姿のジェズも真剣に考えていた。


(~いよいよか───第二王子は挑発してるんだ、第四王子が自ら呪珠を奪いに来させようと。


 この前ザクレアとユーディーが入ったって言う店の話からしてもそうだろう、僕を誘き寄せる万全の態勢で待ち構えているはずだ。僕を第四王子と証明出来なくさせるんじゃなく、今度こそ確実に第四王子を亡き者とするため……名乗りを上げたならそれは完全な宣戦布告、全面戦争のつもりなんだっ。モタモタしてたら酒蔵にも、!ひょっとしたら学園にも被害が及ぶかも知れないっ~~…)


 暗がりの街道を抜けて尚昏い荒れた国道へ入る。対向車どころか月以外に見える物が無い。


(そうだ、今日僕はずっと気にしてたんだった×。僕がまた「心臓を見られてる」のを↓。

 そうなんだ、学園に居る時だけなんだよなぁ。夏休みでパッタリ止んだし───あ、あと汽車の中もそうか。人混みの中ならヤドリで探し出すのが一番だけど、人混みの中じゃヤドリが使えない×。

 第二王子(セカンド)の手の者にしちゃタイミングがなんか変だし、そんな特技の持ち主が居るとは思えない。出来るとしたら赤のヤドリ「灼岩血(シャクガンケツ)」か紫のヤドリ「百目梟(ヒャクメフクロウ)」しか無いし、使える王子連中がこの国に居る訳ないし……顔も知らないけどさ。@本当、一体何者なんだろう?脅しにしたって誰か分からないんじゃあまり意味無いような…──

──~どの道これも僕の問題だっ。酒蔵に迷惑は掛けられない……なんとかしなきゃ、僕が!)


 車のライトが照らし出せるのは進行方向わずか数m先、そこ以外の暗闇に何が潜むか判らない。

 ジェズは正面を見据え自らの置かれる状況の変化に気持ちを引き締めた。


 事を起こそうと言う決意を胸に。




☆☆☆


 枕に俯せ暫くしてから「んふぅう」と悩ましい息をついてミーシャは半身を起こした。


 しょぼくれた目許を擦り怪獣のような欠伸をする。目にする光景がいつもと違う、ここは何処だと辺りを見れば普段と反対の向きに寝ていた事が分かった。枕持参で我ながら器用だと自分の寝相の悪さに呆れる。夏休みの宿題の溜まっていた分を粗方片し、いい加減眠くなって寝たのはいいが昨晩は少し暑くて寝苦しかったかも知れない。起きるには少し早いが二度寝するほど時間も無い。時間は無い、時間が無い?


「そうだ、今日は登校日だった。」


 夏休みだからとて怠惰な生活をしていた訳ではないが、やはり気持ちの何処かに緩みはあった。家を出る時刻まで充分余裕はある、日頃の行いが良いからだと妙な自信を付ける。一階の洗面所へ向かう前に背伸びをしながら窓辺へ歩み寄り、薄手のカーテンを除けて窓を開け放すと涼しく新鮮な山の空気が流れ込んで来た。清々しい生命の力に満ち溢れている、身体の中いっぱいに吸い込むとその力が隅々まで行き渡って行くようで気持ちいい。

 今日も一日頑張ろう、爽やかな笑みでそう意気込み窓を閉じてカーテンを戻したその時、広い庭先の木陰の向こうから洗濯物と思しき大荷物を抱えて歩くジェズの姿が覗いた。ミーシャは声を掛けようと再びカーテンを手にするが、同じく洗濯物を抱えて現れたメイド服を目の当たりにして動きを止める。自分と同い年の家政婦ミソッカス・チマーだ、今朝も早くから仕事に精が出ている。


「─────────、」


 (かさ)張るベッドのシーツの一部をジェズが肩代わりして運んでいるようで、和気藹々(あいあい)と談笑しながら二人歩いてる。ミソッカスはジェズより少しだけ後輩、基本敬語を喋る彼が友達口調で会話する唯一のシルキッシュである。奉公に来た当初は物怖じして引っ込み思案な所が目立ったものの、同じく来たてのジェズと仕事の習得を競い合うようにして酒蔵メリーベルに馴染んだらしい。彼女自身いじめを経験した過去を持っており、しばしば迫害対象となる異邦人のジェズには同い年と言う事もあって通じる何かを抱いているのかも知れない。


「あ。」


 蹴っ躓いて宙に浮いたミソッカスの声がミーシャの口を衝いて出る。いち早く察知したジェズがミソッカスの身体を抱き留めたが、彼の脚も着地に失敗して二人は共に尻餅を衝いた。あいたたた、大丈夫?そうこうする内、彼らのばら撒いたシーツが上から降り注ぎその場は洗濯物の山に。ぶはっと山から上半身を跳び出すと二人顔を見合わせ大笑い、何だか凄く楽しそう。


 ミーシャのテンションはいつの間にかニュートラルに戻っていた。


 久々で億劫にもなりそうだが超いつも通りに着替えや身支度を始める。一階へ向かう道すがら家政婦長と父親・叔父に朝の挨拶、洗面所に至っていつも通り歯磨き・洗顔、食事も淡々と済ませていざ登校。屋敷を出ると朝日の眩しい玄関先では学生服姿の付き人が待機していた。取り巻き二人を(はべ)らせて。ここだけいつも通りくない。


「お出掛けなんて聞いてませんよ?殿下、」「★えーぇえ×、学校行っちゃうの殿下ー?」

「仕方ないじゃないか、よく分からないけどそう言う日なんだって。」

「「折角お休みなのにー。」」

「僕は休みじゃないの×、仕事なの。今から学校だけど。」


 自前の民族衣装を着たザクレア・ナスカとユーディー・ナスカの家来姉妹が主の身体にくねくね纏わり付いてる、暑くはないのか。二人とも今日は非番で暇をもて余しているのか、ほほう。


(──そんなに退屈なら仕事してもらって全然いーんだけど、)


 彼女らの恰好は青い空と強烈な陽射しの中で良く映える、ミーシャは率直にそう思った。そもそも暗礁密林と言う常夏世界の生まれ育ち、ヘソ出し衣装は自然体で板に付いている感じがある。今更ながら姉妹揃って何気にスタイル抜群、そう言えばこの酒蔵で最も露出が高い人物ではないか?いや違う。


「←………………」


 ミーシャのデュアルアイが2時方向へ旋回する。火線上にはもう一つの学生服姿が立っていた。

 彼女は確信する、露出の最たる者は間違いなく「コレ」。


(どぉ~んなに暑かろーが流石にあのエロコスは着られまいっ……)


 姉のリュアラが使用人らの会話を見てあらあらまあまあと微笑む。何を笑ってる、ジェズをエロコスで虜にした余裕かコラ、ミーシャは心中で毒づいた。意図的ではないにしろ下着姿を披露するなどジェズに対して姉の性的アピールは度々あった、あのハレンチ衣装は決定打と言えよう。それを纏った姿こそ正にジェズの憧れ「ホワイト・レディー」、彼がオエーをもよおす大キラいな勉強を自ら克服させる程の力を持っているのだ。

 ミーシャはあのコスチュームに強い警戒心を抱いている。彼女がジェズに対し強制力を発揮出来るとすれば、彼が秘密にしておきたい情報を姉に開示しちゃうぞと脅かす事くらいしか無い。それさえも姉の存在があって効力を発揮するもの、姉の持つ影響力の強さはミーシャにとって普通に面白くなかった。


 汽車に乗ってからはいつも通り参考書に目を落とす。いい風が入って来るものの本の内容は頭に全然入って来やしない。


「…。─────────」


 例によって左肩にジェズの頭が乗っかって来た。半月振りの感触に妙な安心感を覚えるが、夏真っ盛りのこの時期は流石に温度が気になる。寝息を立てている使用人は涼しい顔、やはり暑さに耐性があるのだろうか。いい気なものだと視線を手許の参考書へ戻すと彼の頭に肩を揺さぶられた。


「ん?」

「─────────。→───、……───、」


 技か力か分からねど「口だけオバケ2号」押し掛けメイドのタタリ・アマガミが当然の如くあっけらかんとそこに居た。どのタイミングだったか居たのは認知していたはずだが存在をまるで意識していなかった。??

 対面の席から立ち上がりジェズの左肩をこそこそ揺すっている、ご主人様の肩に頭が乗ってるよと躾役に教えてくれているのかも知れない。その小柄なメイドにミーシャは小声で話し掛けた。


「いいよ、タタリ。そのまま寝かせてあげて、」

「─────────。→───、……───、」


 さっきと全く同じ「ん?何?」みたいな反応を見せてからまた揺すり始める、あたし今やんなくていいって言ったよね。伸び放題の黒髪に隠れ隈ばかり目立って瞳は窺えず、表情の変化が乏しいので未だに何を考えているのかさっぱり分からない。酒蔵の生活に慣れて来たとは言え基本的に神出鬼没で突飛な行動が多く、扱い安くなるのは家政婦長のカルヤ・ハロルか躾役のジェズが居る時ばかり。


 この子もあの子もジェズジェズジェズ、


「───…ふぇ@。あれ…?ぁ、すみませんお嬢様、」

「……別にいいよ。」

「タタリが起こしてくれたのか。ありがとー、ふぁ@フ……─」

「──。」


 それも自然な事だろうなとミーシャは思う。欠伸したジェズが船を漕ぎ始めるのを横目で見届けてから、開け放しの車窓を流れる景色へ目を移し彼女は改めて考えを巡らせた。


(まぁ、プラプラに通ってるあたし達を除けば酒蔵で歳が近い男子はジェズだけだもんね。しかも関係が皆何かしら普通じゃないし。あたしだってただの田舎育ちってだけじゃない、これでも百年企業の跡取りだし、一般庶民の型からはそれなりにズレてると思う。皆と同じで結構あたしも普通の関係じゃない。それに、ジェズも雰囲気……空気?普通じゃないって言うか、独特よね。こんな顔してさ。


 …顔は関係ないか↓。大体「暗礁密林」なんて地図にも描かれてないミステリーゾーンから無理やり連れて来られたとかフツーに有り得ないでしょ、昔の話じゃあるまいし。その上ナントカ族の王子様?ホントは死んでなきゃならない?生命を狙われて?極め付けは「ブラック・ドゥー」?ご本人??お知り合い???いくら何でも盛り過ぎでしょ×。人間離れも大概よね、最初遇った時は霧魔をやっつけたし。初登校じゃ屋上であの不良をふっ飛ばしてたし、お姉様に呼ばれて飛んだり跳ねたり……


───あたし抱えて、空飛んだし────────────


 @どうなってんのよもうっ#。そう言えばあの時メチャクチャ大食いしてたなあ、食っちゃ寝、食っちゃ寝よくもまあ。×あんな量の安物を生のまま一人で平らげちゃうとか………★☆!)

「↑##っ~~~─────────、」


 表札の無い病院での出来事が思い出される。酷い怪我と失血で意識不明だったジェズにミーシャは出来心から悪戯した結果、朦朧とした彼に抗いようの無い凄まじい力で拘束され乱暴に血を吸われた。今肩に感じる彼の重み・体温・寝息・存在感と相まってあの時の感触がまざまざと彼女の中に蘇る。心拍数が急激に上がり、ミーシャは顔を真っ赤に紅潮させた。興奮を姉に知られたくなくて呼吸を長め深めに取り、荒くなりそうな所を懸命に堪える。そう気張ってみても所詮は姉妹、理由こそ知られていないがジェズのせいで落ち着きを無くしている事はリュアラに確り悟られていた。


 ジェズが特別な人物である事は間違いない。自分は特別だろうか、ミーシャは自問する。

 特別な事そのものに興味がある訳では無い、少なくとも彼以外の事象に対しては。

 何も可笑しい話では無い、それも自然な事なのだとミーシャは思う。


(あたしが、一番…──────。)


 衛星都市ダウジングロッドに到着すると学園プラチナプラタナスへ至るレンガ造りの大通りが半月振りに通学生徒で賑わっている。日傘を差している女子生徒の姿もちらほら、何も色気付いて大人の真似をしている訳ではない。シルキッシュは日光に対し肌の弱い者が多く、炎天下の往来において傘を差す事は珍しくなかった。

 日傘をジェズが掲げる。リュアラは傘の下、ミーシャは陽の下。


「ミーシャお嬢様ー、」

「…気にしなくていいよ、あたし肌丈夫な方だから。←」

「×帽子も無しでは日射病になっちゃいます。傘の影に入って下さい、」

「平気平気ー←。」

「もう、」


 姉と同じ傘の下が今日は何となく嫌だった。後ろへ気を向ければジェズと姉とのツーショット、自ら置いた距離とは言えこの構図がそこはかとなく癪に障る。面白くない。


 そんな彼女に声を掛ける者が居た。


「おはよう、ミーシャ君。」

「?───☆ウィル先輩?×っ、おはようございます!」

「久しぶりだね、元気だった?」

「☆あ、はい!元気です!ウィル先輩もお元気そうで!!」


 丸一ヶ月もの間姿を現さなかった先輩の大学生、ウィル・アム・バーモントである。今し方すぐ前の喫茶店から出て来た所に鉢合わせたらしい。

 巻き癖の強いブロンド、細い眉と蒼い瞳、端正な鼻筋に口元。背格好はミーシャより頭二つほど高く童顔と言うまで幼くはない顔立ち、(ほの)かに高貴なイメージを漂わせるイケメンだ。年季の入った赤いスニーカーとダメージジーンズ、白いタンクトップにスポーツキャップ、指貫グローブの左手で握る肩越しの紐は背中にズダ袋をぶら下げていた。運動をするのか両腕に幅広のテーピングをぐるぐる巻きにしたラフで野性味のあるコーディネート、随分と逞しくなった印象を受ける。今までに無い雰囲気の彼をミーシャは惚けたように見入った。


「#………」

「朝から暑くて参っちゃうね×。今日は登校日なのかな?」

「……★☆はい!ウィル先輩も今日は学園ですか?」

「最近よく補講を受けに来てるんだ、この暑い中をね↓。こっちはまだ学生だってのに、研修先は容赦が無くってさ。ありがたい事ではあるんだけど、僕はもう何処かに涼みへ行きたいくらだよ。」

「大変ですね。それじゃ←……#あたしと何処か、涼みに行きませんか?」

「←魅力的な提案だね。でも、その講師がとっっても目敏い人なんだ×。女の子同伴で補講をエスケープしたなんて事がバレたら、僕らにヤキモチ焼いて単位を減らしかねないっ。お誘いは…次の機会のお楽しみにさせてもらうよ。」

「@ちぇー、つまんないのー×。」

「「♪あはははは☆、」」


 ウィットなジョークでHahahahaha、素っ気なかった先程までのミーシャとは大違い。

 盛り上がっているお二方へもうお二方が追い着く。幾許かの心構えを携えて。


「おはようございます、ウィル先輩。」「おはようございます。」

「やあリュアラさん、ジェズ君も。おはよう、暑いね、」

「ご多忙なのですね、」

「まあね。もう少し自由があるかななんて思ってたけど、×僕の見通しが甘かったよ。貴女も今年は進学だから大変だね、」

「───そうですね、勤しみます。」


 プラプラはエスカレーター方式のため赤点さえ取らなければ進学自体は全力で挑まねばならないほど困難な事でもない、普段の授業について行くのが容易かどうかは別として。リュアラの成績は学年トップクラスであり、進学について懸念材料は全く持ち合わせていない。それを知らぬ彼でもあるまいに、自惚れるつもりなど更々無いが笑顔の内側でリュアラは見習い魔法警察を訝しむ。考え過ぎかと思わなくもなかった。


「ジェズ君もこの前の期末試験、頑張ったそうじゃないか、」

「★え?…ぁはい。」

「苦手な事も真剣に取り組む姿勢はとてもいいね。その調子で勉強をもっと続けられるといいな、」

「あははは、」

(なにいってんだこのひと。)


 脳内即応。リュアラが懇切丁寧に教えてくれたから頑張れた、リュアラのHな姿もとい憧れのホワイト・レディーの姿と言う褒美があったからこそジェズは頑張れた。勉強の最中に車の弁償代やプロレス技など精神的にも物理的にも脳へ追加ダメージを受けたせいか、彼は試験終了直後に卒倒し丸一日寝込んでいる。慣れない勉強は自身が思う以上の大きなストレスだったのだ。事の深刻さをこの優等生は解っていない、解るはずがあるもんかとジェズは心中で不満を膨らませる。

 別段悪気の無いウィルの言葉でも、今のジェズには上から目線な他人事の言葉に聞こえて仕方が無かった。他人どうこうは一向に構わないが、相手に全く敵わぬ勉学と言う領域でジェズが卑屈になってしまうのも無理はない。


「☆あ、ウィル先輩だ!おはようございます!」「ホントだ!おはよーございまーす!」「先輩おっはよーっ。」「←どうしたんすかイメチェンすか?カッコいいっすね!」


「やあ皆おはよう、久し振りだね。──それじゃリュアラさん、僕はこれで。」

「あぁ、はい。では…ごきげんよう。」


 学園の人気者を見止め集まって来た後輩達にウィルは持て囃されつつメリーベル一行の許を後にした。少し見ない間に余裕めいたものを感じさせるようになったものだ、年齢や性別の如何に関わらず万人に慕われるウィルの姿がジェズの目には眩しく映る。自らの出自と照らし合わせ彼はウィルを純粋に羨ましいと思った。

 まあそれはそれとして、


「←…怪我は完治してませんが身体は鍛えられてます。良い指導者が居るようです。」

「…良い事です。最近目立った話題を聞かないから却ってヒヤヒヤしたわ。」


 自分達に何らかの疑惑の目を持たれていないかが気掛かり、警戒するに越した事は無い。魔法警察に油断は禁物なるも喫緊の課題は取り敢えず無いだろう、リュアラはそう判断する。


 しかし、その認識は間違っていた。


 彼女らは自分達が「黒ワインのブラック・ドゥー」として裏社会の面々から密かに獲り合いの対象とされている事情をまだよく理解していない。ウィルが彼女らの前に姿を現したのは勿論、彼女らの監視と他勢力への牽制が目的なのだ。

 周りにチヤホヤされながら遠ざかる先輩。ミーシャはその後ろ姿を暫く眺めていたが、おもむろに振り返ってみれば姉と使用人が隣合わせでひそひそ話をしている。何をコソコソ二人してイチャイチャと。


 ギラつく太陽に蒸し暑さを思い出し、気の無い体で背を向け鼻で息巻いた。あー暑苦しいっ。


「~↑フンっっ。」




 旨い物を食べて腹を立てる者は居ない、当然ミーシャもそうだった。


「☆うんっ#、美味しーい♪!」

「☆良かった。修行の甲斐があったよ。」


 久し振りに会った親友ケイト・マグワイア持参のお手製バタークッキーである。既に一時間程のホームルームを終え、生徒達は登校日の存在意義に疑問符を浮かべながら夏休みの後半戦に臨み再び開放的になっていた。何処かへ遊びに行こうとはしゃぐ者、部活に行かなきゃとげんなりする者。


「!お、旨そう。←なあなあ俺のは?!俺にもくーれーよっ♪!」

「ざ~んねん@。男子にあげるつもりは無ーいーの、これしか無いし。いいからさっさと部活行ってきなさい、たっぷり汗かいて喉カラっカラになったなら塩水くらいあげてもいいわ。」

「×それってあんまりじゃね?…ま、炎天下で汗だくの時にクッキーとか口ン中の水分全部持ってかれそうだしな、お望み通りとっとと部活に行くわ→。」

「@ハイハイ酸っぱいブドウ酸っぱいブドウ、部活頑張ってね~。」


「───ね、←…あいつケイトに気があるんじゃない?」

「そうかな。」

「そうだよ。夏休み前もラクロス部が大変だー合宿がーとか、ケイトにアピールしてたじゃない、」

「そうだっけ。」

「そうだってば。…──そうだ、アピールと言えば隣のクラスの…あれ誰って言ったっけ?ええと……!ほら、生徒会で会計やってる勉強出来る風のっ、」

「会計…ぅうん?────生徒会役員なんて覚えてないよ。」

「あの彼も夏休み前にそっちのクラスの文化祭の準備がどうこうって、学級委員でもないケイトに相談しに来てたじゃない。そんなの夏休み終わってからでもいいのにさ#、」

「そんな事あったかな。」

「×もう、あったって。───ケイトってモテるのに、男子にあんまり興味無いの?」

「そうね~。実は私、……女の子の方が#←、」

「→#こらこらこら×。」


 キャッキャウフフ、女子高生らしくじゃれ合っている彼女らの所に使用人sが戻って来た。


「トイレくらい気持ち良くさせてよ、もう×。」「─────────。」

「!」「何よ、どうしたのジェズ?」

「お嬢様↓───僕が用を足そうとすると、タタリが僕の背後を取るんですよう×。」

「×まだそんな事やってたのあんた達。─タタリも、女の子が男子トイレに入っちゃ駄目でしょ?」


「───?」

「×いやいや『?』じゃないでしょ、あの」「あのっ←、ジェズ君!私クッキー焼いて来たんだ!試食してみてくれない?!」

「──えっ?いいんですか?☆」

「☆うん、お願い!──あぁ、タタリちゃんのもあるからね。口に合うといいなあ#……」


(…………何やねんこれわ。)


 ケイトにお株を奪われた。彼女からインターセプトを食らった格好にミーシャは面食らう。


(…この食い付きの良さよ。さっきまでの異性に対する無関心は何?どう言う事なの??)


「☆?凄ひっ!バターたっぷひっ!美味ひいっ!♪ヤムヤム!!」

「!そお?☆良かったー♪!そうなんだ、普通の分量より生地に使うバターを1.5倍に増やしてるんだ!何か焦げ易くて火の調節が難しいの!」

「……っ☆美味しかったですっ!ごちそうさまですっ!!」

「おそまつさまでした。美味しく食べてもらえたなら嬉しいよ#。…紅茶飲む?冷めてるし生姜入りでちょっと辛いけど、口の中さっぱりするよ?」

「☆←いいんですか?いただきますっ!!」

「#うふふ♪。」


 ミーシャは勘を働かせたくなかった。が、普通の感性の持ち主なら彼女でなくとも傍目に気付いてしまうだろう。これまでもそうだった。この独特の空気、特に何が凄いだの恰好いいだの無いクセにジェズが異性を引き寄せる亜空間、今ここに展開されているそのフォースフィールドの存在を。

 間違いなくケイトはそれに汚染されてしまっている。これは「女の勘」、ミーシャは戦慄した。


「☆!そうだ。ねえ←、今度ミーシャの家に遊びに行ってもいいかな?」

「★えっ?」

「私もジェズ君の作る料理食べたくなっちゃった☆。私色々と情報交換出来ると思うんだ!材料いっっぱい持ってくからさ!!」

「×えぇええ??…ぇえと、あの………そっ×…そうねえぇ、─────────」

「──駄目…かなあ……。」




 その週末、彼女らはメリーベル邸でお泊り会を催す事となった。

 主催であるミーシャ・メリーベルの胸に一抹の不安を抱かせて。






登場人物が好きに動き回る感じは気持ちいいんだけど、

主人公よりライバルポジの方が活躍してる場面多いのはどうなんだろう。

ジェズとギギシの関係は「食の軍師」の本郷と力石をイメージしてます、全っっ然似てないけど。

たまりまセブンっ。

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