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追憶(性的な意味で)

久しいかな。のんきに更新してます。

登場人物たちは相変わらずドタバタしてます。多少性的に。仕方ないね。結構すぐ脱(ry


のっけがノンケも食っちまう漢でスミマセン……綺麗処なら後ろに控えてますぜフヒヒヒヒ。

■■■ 追憶(性的な意味で) ■■■


 静まり返った暗がりの中に波打つ光が幾重も見える、暖色系の熱い光。

 幾度か滴の垂れる音がして、追って大型獣の咆哮のような野太い吐息が辺りに響いた。


「↑↑ゴアアアアアアアアアアアアァァァァァァ……───


───全く、水の質なぞ考えた事も無かったが酷いものよ。霊力の欠片も無い所か脱力さえ如実に感じられる、暗礁密林の水溜まりにすら遥か遠く及ばぬわっ。この様で文明国家を高らかに標榜するとははてさて、何処から嗤えば良いやらな。」


 吐き出した上から目線の尊大な言葉と裏腹にリラックスした様子で水音を立てる。声の(ぬし)は広々とした湯船で水風呂に浸かっていた。大理石で構成された格式高い意匠の内装は湿り気を帯びてランプの明かりをてらてらと反射し、開け放しの窓枠から射し込む月の明かりが幻想的な雰囲気を醸し出す。


 ここは首都テーブルターニングの繁華街のド真ん中、建造物が乱立する一角の商業ビル4階に在る大浴場である。常識的に考えて通常ならこんな場所にそんな施設を作るなどあり得ない。作られていると言う事は即ち、その所有者は相当の財力があり相当の変わり者で間違いない。当人は満足したと言うよりは状況に飽きて水場から上がった。滝壺のような音を立てて現れた筋骨隆々の頑健な肉体からは、夏の夜の空気の中にありながら湯気がもうもうと立ち昇る。褐色の体表に浮き出た血管がピクピクと脈を打ち、乾坤一擲のレスリングに臨むかのような緊張と剛力を体中に漲らせていた。


 脱衣場から人影が入り込んで来るもあまりの筋肉世界に恐れをなし慌てた様子で奥へ退く。入った矢先に水の滴るいいガチムチがおっ立ち前も隠さず身体中から湯気もうもう、それを見てぎょっとしない者が居るとすれば同じ穴のムジナ以外にあり得ない。ガチムチは入口へ向くと不動のまま周囲のあらゆる物を震動させた。


「構わぬっ。報告せよ、」

「……←───、」


 入口の陰から恐る恐る姿を現したのは瓶底眼鏡の冴えない学生風、ヒュギィことヒュゲルギア・ケンプフェルトである。珍しく堅苦しい紺色のスーツなどを小奇麗に着込んでいるが、どうしようもない学生臭さは隠し切れていない。

 ガチムチの方はと言えば無論もへったくれも無い。(くろがね)アフロのスポーツ刈り、太い眉と鼻と唇に他者を威圧する青い瞳。暗礁密林の虹族「橙」の第二王子(セカンド)燈王(ひおう)ブンドド・ヰ・ナパンティだ。彼は傍らの台に置いてあった白いバスタオルを掴むと、得も言われぬ唸るような呼気を伴い身体のあちこちを拭き始めた。視線だけはヒュギィへ向けて。


「───、─────。」

「フン。取り巻きなど捨て置け、オーナーさえ納得すれば其れで良い。」


 言葉を喋る事が出来ないヒュギィは手話によりセカンドへ情報を伝達する。故にセカンドは絶えず身体を動かせどヒュギィから目を離さない。


「────────、…──。」

「まあ良かろう。警察へはくれぐれも丁重にな。件の『魔法警察』とやらも分け隔てるな、しかし特別な措置など何も要らぬ。此方が平素より法を遵守し如何に健全であるか悉く(つまび)びらかにするのだ。此度の騒動も押し通せよう。」

「──────……」

「───」


 それを訊くかと言った感じにセカンドが背を向けた。従者は(あるじ)の機嫌を損ねる覚悟で応答を待つ。


「────────────…←」

「分かった。好きにするが良い。」


 流石は第二王子、ヒュギィは(うやうや)しく礼をすると足早にその場を去った。屋内を急ぎ移動していたが、様子を伺いつつ次に中へ脚を踏み入れたのは階下の役員室である。豊富な燭台の灯りで明るい室内、彼は奥の壁にぽっかり開いている四角い穴へと向かって行く。そこは壁一枚を隔てた広い休憩室、覗き込めばこちら側の明かりが差し込む先の暗がりにベッドで仰向けの人の姿があった。

 おずおず近付くうち絶え絶えとした息遣いが耳まで届いて来る。生温い空気が纏わり付くベッドの傍らから手を付くとシーツはぐしょぐしょに水分を含んでいた。その上で薄布を無造作に掛けられた人物は両腕へ枷をはめられ、頭上のベッドの格子に無理やり万歳をさせられている。グレーの長い髪が汗(まみ)れの肢体の上を出鱈目に這い、ベッドから方々へ溢れていた。


 拘束されているのはビアリス・レズリ・メズリだった。


「………」

「──────…ヒュギィ……か…」


 辛うじて意識はある模様。彼は取り急ぎ枷を外し、その場にあった替わりになりそうな薄布を宛がってやる。受け取ったビアリスは憔悴しきった様子で何とか半身を起こすと、膝を抱え彼の視線から避けるように薄布を首許まで引き寄せた。項垂れたまま暫く細長い呼吸を続けていたが、無言を申し訳無く感じたのか、なけなしの力を振り絞り掠れた声で話し出す。


「…無様な所を……見られたな………すまない…」

「───、」

「──────」


 視線は彼へ向いていないが、彼の手元の言葉は視界の端に気配として感じ取れた。


「───……何故…あんな事をしたのか、とは…………訊かないのだな……」

「……──。─────────。」


 彼の返事を見てビアリスは力無く愛想笑いをする。しかし、


「───私の…気持ちを……気遣ってくれのるか………~……~~~…~~っ~~~…×………」


 顔を両膝へ埋め声を殺して咽び泣く。見た事も想像した事も無い彼女の悲しげな姿にヒュギィは掛けてやる声も無かった。何とかしてやりたいと手は浮くものの、とりつく島も見付けられず結局腕を下ろしてしまう。慰めの言葉も掛けてやれないのかと拳を握り締め下唇を噛んだ。


 ビアリスはとある失態を犯し、先程まで主より屈辱的な懲罰を与えられていた。


 それでも彼女が落ち着きを取り戻すのに間は幾らも掛からなかった。

 足を崩し顔を上げて乱れた髪を梳く、目許は艶っぽく少し赤味を帯びていた。


「本当にすまない、もう大丈夫だ。…どうにも色々な想いが頭を(よぎ)ってな、取り乱してしまった。

可笑しいだろ?この私が『ナスカ共を追い払う』なんて…、自分で思いもよらなかったよ。」

「───────、─────────────。」

「何故だろうな。この上は力ずくで橙に取り込まれた身………今さら他の一族に同情する気も、ましてや縄張り意識など皆無だと言うのに。」

「────、──────────。」

「……そうだな、或いは──奴らに対して嫉妬があったのかも知れないな…」

「?───────、」

「フッ、未練が無くなる訳はないだろう?出来てもいないものが無くなる道理があるものか、


──────私にとっては何も終わっていないのだから──────


組伏せられ身体を奪われても、私は誇り高き『鉄血の王女』…~心まで奪われなどしないっ。」

「─────────────────────」


 暗礁密林と言う未開の地にあって唯一冶金術を持つ一大勢力があった。【鉄血族】、それがビアリスの出自である。この類稀な部族は粗削りで拙い造りながら鏃などの刃物を作り出し、狩猟や勢力争いの場において圧倒的優位を誇っていた。しかし、それを欲した虹族「橙」の第二王子の奸計により完膚無きまで叩きのめされ、鉄血は一族の体を失ってしまう。否応なく橙に組み入れられた彼女らは持てるモノの全てを燈王に捧げねばならなくなったのだ。高々二年ほど前の事である。

 今や鉄血の王族は燈王の(めい)を忠実にこなす橙の臣属に身をやつしている。しかし、その魂は決して彼の軍門に下った訳ではない。ブンドドに能力を高く評価されたビアリスが彼の下に大人しく付き従う理由は、この男が有能である事と何より「いつかその首を掻くため」。たっての悲願を彼女は公言こそしないが、仲間内には暗に仄めかしており公然の秘密として知られていた。彼女に似た境遇の者は少なくない。


 そしてブンドドは彼女らから恨みを買い、己が害される可能性も重々承知の上で悲願の存在を大いに認め拘らない。例え襲われようとも圧倒的力で必ず返り討ちに出来るし、それを解かっている有能な者ならこの自分を害するはずが無いと言う絶対の自信を持っているのだ。


 尊大な燈王と強引に集められた有能な臣下、

 その関係は互いが互いを「利用するだけ」の危うい形で成り立っている。


 ヒュギィは燈王との縁を異にすれど、ビアリスの心情を知り固い決意を理解している。彼女が一族の憎き仇に辱しめを受けさせられたその気持ちを思うとどうにも遣る瀬無く、せめて自分が彼女の心の支えになりたいと強く想っていた。


(───────、←~─────……)


 喋る事の出来ない自分では言葉で彼女を癒してあげられない、側に寄り添えばいいか手を包んでやればいいかと思い悩み挙動不審になる。もどかしい、ここは男らしく豪快に、いやだがしかし、ええいままよ、


「貞操を奪われなかっただけまだマシかも知れないな、」


 よよよよん。ビアリスの言葉でヒュギィの上半身はエンジンブレーキが掛かり変なポーズになる。掛けてやった薄布の端々をよくよく見れば彼女は衣服を身に付けていない訳ではないようだ。


「──────…??」

「──…あぁそうか、心配してくれたんだな……。

誤解の無いように言っておくが、私は何も生臭い事をされた訳ではないんだ。あの男はな───

~度の過ぎた『くすぐりフェチ』なんだ。」

「───」

「知らないか。とは言え私もよく解ってないのだがな、何でも……人をくすぐって笑わせる事が楽しいと言うか……興奮を覚える『性癖』らしい。──どれくらい経ったろうか…散々くすぐられまくった。本当に笑い死ぬかと思ったさ…


あれはな、操とはまた違う……普段意識する事もなく大切にしていたささやかな何かが…無理やり暴かれ、奪われる………そう言う類いの絶望を感じるよ。」


 持ち直したように見えた彼女だったが、顔を蒼くしてげんなりと項垂れた。単に笑わされたと言うだけではない、メンタルに堪えるスリップダメージがあるらしい。

 あ、そうなんだ、ふうん。ヒュギィは安心すると同時に肩透かしを食らったような、前のめりだった気持ちの腰を何処か折られた妙な気がした。我に帰って自分は何を期待していたのだろうと思い至り、赤くなった堪らない顔を慌てて伏せる。


「お前は私みたいなヘマをしないだろうが気を付けろ。あの男、──同性もイケるからな。」

「─────────────────────」


 失敗すれば自分も彼女のように汗だく疲労困憊するまで延々くすぐられて、ぐっちゃぐちゃのぐっちょぐちょになるのか。その上であのガチムチが無尽蔵に相違ない性的欲求を心行くまで満たすのかと思うと、暑いこの時期にも関わらず悪寒でヒュギィの冷汗は止まらなかった。

 それはそれとして。普段は勝ち気でクールな出来る女のビアリスが、あられもなく拘束された褐色の身体を余す所無くまさぐられ、必死に許しを懇願しながら涙と汗を巻き散らせ笑い悶える様は一体如何なるものなのか。ほんのりいかがわしい興味を抱き、その姿をちょっぴり妄想するとヒュギィの悪寒が止む。一気に体温が上がり、紅潮した顔を伏せ彼はまた瓶底眼鏡の裏に自分の感情を隠した。


 第二王子側でそんな事があった訳である。

 第四王子側にもそれなりの事がある訳で、


 ジェズはそれまで必死に頭へ詰め込んだ学習内容が、あんぐり開いた口からダダ零れする確かな感触を覚えた。床に散らばった見えないはずのそれらを慌てて拾い集め、口へ押し入れ一思いに呑み込む。涼しい風の吹き始めた夜のメリーベル邸、お勉強会臨時会場のリュアラの自室で(こうべ)を垂れる三人のメイド服姿を前に、彼は難しい顔をして両のこめかみに人差し指を突き付けた。


「くるまーくるまー、くるまって…───車の事?えっ××、車を『壊した』?!」

「「↓───────────────」」

「壊した。……こわし…っこわ………ぉ……お前達が、」

「↑あーいやそれがですね、正確にはあの鞭使いとへの字使」


 (あたま)を起こし両の掌を広げてのうのうと釈明し始めたユーディーの脳天にザクレアのゲンコツが炸裂し、「あぎっ」と引っ込んだ首根っこを掴まれユーディーはまたお辞儀の格好に逆通り。メリーベルの面々が立ち会う場で第二王子に関わる情報をひけらかすのは酒蔵における殿下の立場を危うくする、うっかりユーディーにザクレアはアホ毛を繁茂させ冷汗をドリップコーヒーの如く垂らした。

 ジェズは未だ事態を飲み込めずお辞儀メイドを見る。自分を見詰める家政婦長を見る。自分を見詰める次期当主らを見る。またお辞儀メイドを見てから自分の足下や辺りの空間を見る。ニワトリの頸のような仕草だった。上を向いて眼を瞑り、うふーむ。


(ゆっくりでい~、ゆっくりでいーからちゃんと理解するんだ。落ち着け、落ち着け~僕~…)

「一同っ、おも…っ面を上げい。」


 テンパり過ぎて台詞がおかしくなっている。少なからず言葉に親和性を持つタタリは自然にすうと頭を起こしたが、違和感しかないナスカは多分に戸惑い反応が遅れた。ジェズはメリーベル姉妹から教えを受ける時と同様、心頭を滅却して情報を詰め込もうと気持ちを整理する。


「何があって…何をしたのか。えと……順を追って説明して、───」


 臨時メンバーで敢行された隔週土曜の首都テーブルターニングへの買い出し、ザクレアとユーディーが言うにはビル街特有の陽の照り返しに閉口させられたもののそれなりに順調だったらしい。


 事件はタタリがショーウィンドウの大鏡に映る不思議な宝飾品を見付けた事から始まる。


 好奇心旺盛かつ不審なチビッ子がふらりと足を踏み入れたそこは、複数のインテリアメーカーが共催する高級嗜好品の展示場だった。都心に洒落た見世物小屋を構え希少価値の高い海外製品などを紹介・小売りする商法が静かなブームを招きつつある、最近流行りのスタイルなのだと家政婦長が補足する。タタリの勝手な行動はいつもの事なので不始末を起こされる前に引き揚げさせようとナスカ二人は後を追うが、


 その先でスタッフとして従事していた第二王子配下のビアリスらと鉢合わせてしまったのだ。


「★★↑!×?!」

「!あっっ×…そ」「←それでですねっ、」


 当然すったもんだと一悶着あり騒動に発展する訳だが、戦闘になったなどと今この場ではとても言えない。ザクレアは必死に言葉を選ぶが、いつユーディーの口から失言が出やしないかと一人孤独に気を揉みまくる。ここはイチャモンを付けられ捕まえられそうになるストーリーと相成った。


 大小様々な展示品の置かれた建屋の中で得物を自由に扱えず難儀するビアリスとヒュギィの隙を突き、メイドらは辛くも体裁を保ちつつ展示場の外まで逃れる事が出来た。タタリはとばっちりのようなとばっちりじゃないような。

 三人娘の妙な雰囲気に家政婦長が訝しむのも束の間、躍り出て来た見知らぬスーツ姿と身内の追い掛けっこを(てい)したストリートファイトが突如のレディーゴー。白昼堂々、それも殊さら異邦人に当たりの厳しい土地であるため、警察沙汰を避けたい第二王子勢は決め手を欠き第四王子勢に余裕を与えてしまう。真価を発揮しない鞭や投げ物なんのその、機転を利かせたカルヤの駆る自家用車が両者を隔て、冒険活劇よろしく一行はまんまと無傷で離脱した。


「車、壊れてないじゃないか、」


 大丈夫これから壊れる。通報を受け事件に遅れて駆け付けた1台の警察車両が追って来たため、彼女らはビルの谷間の裏路地で激しいカーチェイスを繰り広げるハメになった。カルヤの華麗なドライビングテクニックで犠牲を巻き込む事なく存外あっさり逃げ(おお)せたものの、既に車体はなるほど納得のボロッカスとなっていた。サイドミラーは全損するわボディーもガラスもバッキバキ、前は片輪で後ろはパンクの散々な有り様である。


「…それはカルヤさんの運転がなんでもないですすみませんごめんなさいっ××。


──それで…どうやって帰って来れたの?」


 クラッシュカーは人里離れたド田舎ならともかく、人口密度の高い都市部では目立ってこちらの足が付き易い。それ以前の問題として、その人里離れたジェムブルームへ至る距離を走破するなどとても耐えられそうにはなかった。車は元より中に乗る人間が。これならいっそ何処かへ隠してしまおうと思い立ったカルヤが根性で車を転がし辿り着いた心当たりは倉庫街だった。

 嵩張る重たい荷物は観念して手に抱え徒歩で駅へ向かうしかない、そう腹を括った彼女らはその場で僥倖(ぎょうこう)に巡り合う。いざガレージを開けてみればビックリそこには代わりの車がちゃんと用意されているではないか。準備してくれたと思しき搭乗員が車内で空き瓶を抱き締めながら捻り出すようなイビキをかいている。保冷庫の完成に浮かれてワインを飲み車で帰れなくなった現当主義父のパトリック・フォスター氏と農夫兼エンジニアのジュゼッペ・グレムリー氏だ。運転を諦めた彼らは開き直って自分達が持ち込んでいた酒瓶の残り全てを空にすると言うとんでもない暴挙に出たらしい。酔っ払いはロクな事を考えない、この世の常である。


 酷い二日酔いを訴える彼らは後部座席、チビッ子を助手席に乗せると残りのストリートファイター×2は荷物と纏めて後ろの荷台へ叩き込んで、家政婦長は車共々ブースカしながら帰宅した。と言った次第だった。


「×あれはキツかった…」「死ぬかと思った~↓。」

「───」

「恐ろしく拷問でした…」「足腰もう痛過ぎ~↓。」

「──────」

「おっと、この辺りで…」「殿下に良き知らせが。」

「───────────────」


 控え目に『罰ならもう受けましたよ』アピール、彼女らナスカはこれからがむしろ本番だった。

 掌を揉み合わせながら低姿勢で殿下を左右から挟み込み、下から上へ主にボソリと耳打ちする。


「…その店に、飾ってあったんですよう、」

「…殿下のお『(じゅ)()』・が☆。」


 ジェズが虹族「緑」の第四王子である証となる至宝「呪珠」、追い求めるそれが今は第二王子の手元にあるとナスカに知れた。その認識が脳へ染み渡るにつれ、そもそも精彩を欠いていた彼の顔から更に血の気が引いて行く。恐怖に目を見開き横目で見れば両隣から密着する家臣は眉尻の下がったドヤ顔、呼吸を荒げ興奮に汗を流していた。


(←厳重な美術館の何処にあるのかも分からなかった殿下の呪珠が、今は外にある事が判った!)

(←セカンドの手に渡ってしまったのは最悪!でもでもっ、)

((あの鞭使いは呪珠が私達を「誘き寄せるための餌だ」と言った!!))

(つまり、私達さえ捕まらなければ!)

(呪珠を壊される事は無い。つまり!)


((殿下の呪珠が健在なのはズバリ───「私達の大手柄」っ☆!))


(先に見付けたのはタタリだけど、あの子は別に呪珠を捜してた訳じゃあないし…☆↑これわもう私達の成果でいいだろう!仕方ないね!)

(お長からもう充分過ぎるほど罰を受けたんだから、失敗の罰を手柄の褒美で相殺するような事にはしないはず!何せ私らの殿下だもん!)

「「♪ドヤアアアァァァ…」」


 得意気かつ物欲しそうな顔をする忠臣らの期待と裏腹に第四王子は戦々恐々だった。


(呪珠を…ザクザクザクザクレアとっユユユユーディーが、みみ見付けたのかっ×!?僕が…僕がっ第二王子の家臣に奪われた呪珠を!!

───聞いたのかな?仇敵に手も足も出せず僕がおめおめと出し抜かれた事を××…

@うあああぁぁ×、もうこれ以上@これ以上僕に@@ぼくに頭をつかわせないでおくれええぇぇ×!どどどどうしよお?なにをいえばいいんだあああ×?)


「×どっ───何処まで…知ってる…かな?」

「───@んフ?」「えぇと……何が、←?」

「何が…っていや×、それは…ほら、つまりそのっ、もっとこう……あるだろう?×」

「?…あははは、」「?あは~?」

「★→あはっ×。あは~…あはは~~?…」

「「あはあはあは@あはっ♪あははっ〒あはは▲あはあは??あはははははは」」


 互いの腹の中を探り合いながらアハアハ空笑い。呪珠を見付けたご褒美を貰う方向で何とか押し切りたい家来と、呪珠を奪われた大醜態を何とか誤魔化したい主とで会話が噛み合わない。

 不毛のルーチンに陥る三人の前へタタリが歩み出た。ジェズの横から彼を見上げシャツの裾を引っ張ると、背中を向けて小さなお尻をちんまり突き出す。


「?タタリ──────」

「★!ちょ×、」「★おんっっま!?」

(!自ら望んでお尻ペンペンだとっ?×しかもこのタイミングううう!?)(!お前が罰を受ける方向へ持ってったら私ら「おあずけルート」に進んじゃうじゃあああん?!)

「×ちょっと待てタタリっ、お前は何も悪くない★悪くないんだぞ!」「★そーそ♪、これは私達と殿下の問題だから大丈夫!ダイジョブよ!」


「まあ、~ぁあんた達だけの問題じゃーないんだけどーねー。」


 オラついた声でインターセプトして来たのはしかめっ面で腕を組むミーシャだった。

 休日で実家なのに学生服姿、ミーシャイヤーは地獄耳。


(「呪珠」なんて聞いたら黙って聞き流す訳に行かないじゃないっ。ジェズ達がこそこそあーでもないこーでもないを続ける事は間違いないし、その辺の事情はお姉様に~~知られたくないっ───何となく…

←こっちは期末テストが掛かってるんだから、とっとと片付けよう!もうっ。)

「ジェズ、タタリを見なさいっ。」

「★?」

「その子は自分からあんたに罰を求めてる。自分を護ってくれる酒蔵に対し迷惑掛けた事を自覚してる、罪と認め反省してる。だから──────ちゃんと罰をあげなさい。

しつけ役はあんたなんだから、『ケジメ』は確り付けてっ。」

「?×@@@@@??」


 ペロペロキャンディーを頭から押し潰したようなカクカクした渦がジェズの眼に巻く、もうマトモな思考は期待出来ない。ご褒美おあずけルート確定にナスカが涙目で「お嬢オオオン」と慟哭する中、お尻ペンペンは始まってしまった。


 ダメでしょの掛け声、叩く音に合の手(あいのて)。初めこそリズミカルに景気の良い声を上げていたタタリだったが、それは次第にトーンダウンして行く。〆の「愛情」も無くジェズが手を止めるとタタリは上半身を捩り彼に向って珍しく発言した。


「もっと痛く。」

「@………?」

「←ンもっと痛く、痛くなきゃ駄目!」

「??→」


「……やってあげなジェズ、」


「@?@?──←愛情っ!」

「★☆うニャあああああんっ!!」

「愛情っ!!」

「@#ヤあああああああああいっ!@!」

「愛情っっ!!」

「☆@ふンぐうううううううううううううっ#!!」

「愛情ーっ!!!」

「#★んんっ↑↑イいいいいいいいいいいいいいっっ!!☆…──↓」


 振り絞るように一際仰け反ってタタリは項垂れた。ジェズの膝から下ろされるとそのまま床にその身をぐったり横たえる、自ら望んだ事とは言え余ほど痛かったのだろう。ミーシャはやり過ぎをジェズに注意しようとしたが、タタリのうわ言のようなか細い声を耳にして思い留まった。湿っぽい息をしながら玉のような汗を浮かべ、だらしない口許で自分の指をヨダレ塗れにしている。


「@(わっち)……生きてる#、@ひゃんと…生きてりゅうぅ……うふぅ、うふぅふぅ#、@痛い…#痛ぁい♪ひぃひぃ……私ぃ…#私いいいぃ…」


 伸び放題の黒髪で目許は見えぬが達成感に満ち溢れていると言うか、何処か恍惚とした雰囲気。それに気付いたザクレアとユーディーも不穏な疑問を抱きドン引きした。


(まさか、こいつ……殿下の血とかそんなの関係なく…)(単純に…尻を叩かれたかった、だけ?何で??お尻ペンペンが……ご褒美~なのか?×)


「はい。じゃ、←次はあんた達の番ね、」

「──あんた達」「の番…とは?」

「お尻ペンペンでいいからちゃんと罰を受けなさい。」

「×えっ?…でもお嬢、(わたし)達」「×もう荷台でぎゅうぎゅうの刑に」

「それはそれこれはこれー。…責任能力の無いあんた達に代わって責任を負うジェズがあんた達に罰をする、これはそう言うフェーズなの、言うなれば『酒蔵がジェズも含めあんた達を立ててあげてる』の。──後輩で年下のタタリが進んで受けたのに先輩で年上のあんた達が逃げちゃ、あんた達の立場無いでしょーが。」

「「~~~×××っ!××っ!×★×★!!……──────↓」」


 二人は言葉にならない抗議の唸りを上げ地団駄を踏み締めていたが、やがて真っ赤な顔で頬を膨らませると四つん這いに並んだ。ベソをかき終始ぷるぷる震えつつジェズを見上げ悲しげに陳情する。


「×ぅう、ううっ…どうか、どうか忘れないでええぇえぇええ~ぅ↓…」「私達が…『殿下の大事な探し物』を見付けたんですよおおぉおぉおお~ぅ↓…」

((~罰は受けるから、ごほうびは頂戴いいいぃぃ×。))


(…「ゆめゆめ忘れるべからず」「お前の秘密を知ってるぞ」って所かな…───やだなああぁ↓。

ここで罰なんてしたら…呪珠についてどう責められるか分かったもんじゃない×、何かとんでもない事を言い出すかも知れない@。だけど、今のこれは酒蔵としての儀式的なものであってー───)

「──────#─────────……」


 他にもジェズはやり辛かった。改めて見ればすぐ目の前に主からの行為を受け止めるべく召使いの恰好をした生娘のデカい尻が二つも並んで差し出されている。小さい子のお尻ならまだしも、このボリューミーへ自分が手を宛がうのはビジュアルからしてアウトだ。ジェズは渋面を赤くしつつスタンタードポジションから尻の真正面へ移り暫し見定める。スパンキングと言う問題に対する正解がまるで判らない。そうだこう言う時は見方を変えるのだ、数学の問題で公式を当てはめるように。回り込んで直列縦隊、正面に戻り並列横隊、近くば寄って上から見据え、腰を下ろして目線の高さを合わせ、


 まあどう見た所でアウトだが。


「~↑だああああもうっ#、でっかい尻だなあぁ×!」

「★?#←んな事あどーでもいいでしょうっ!!」「←やるなら早く!↑早くうううっ#!!」

「#やりづらいんだってば@!もっと~…なんていったらいいか腰から下の肉がでかいというか肉がこーガーッとなっててそこにホイップ」

「?↑いや!#いっそやっちゃって下さい潔く×もういいからっ×!!」「↑#ガーッてやっちゃえばいいじゃん!もぉぉお焦らさないでよおおおっ!!」

「←ミーシャお嬢様!これは…僕へのバツなんですか#?!年頃の女の子の尻を叩くなんてっ……

~~~っ!

↑僕には出来ませええええええええんっ×!!」


「↑↑#どの口が言うかこのバカちんはーっ!!←この口かあ?この口が言うかぁあ?!~ケイトのどさくさにあたしのお尻ひっぱたいてくれたの忘れてないからねっ!

あんたへの罰ぅう?寝言は寝て言いなさいっ、あんたにあるのは賠償責任!壊れた車を『あんたが弁償』するの!!」

「×@×@──ひぇうひゃは?」

「あんたの稼ぎで車を買い直すのよっ。」

「────────────」


 お嬢様に両手で口の両端を横へ引っ張られながら考える、気になる木炭自動車のそのお値段。

 使用人としての賃金収入だけで賠償額を換算した場合、


 ざっと三年分に相当した。


「★↑?いいいやあああああああはあああああああああ←→あああ←→あああっ×!?!」

「×今さら騒ぐんじゃないの!───はぁ↓。まあ、お姉様との訪問販売で最近の売上にはかなり貢献してくれてるから、その分を回せば返済にそう苦労はしないでしょ。」

「××~…そうなんですか?」


「え?」


 あら私?ひらひら付きの白い袖無しシャツと萌黄色の膝丈スカートの恰好をしたリュアラの瞳だけがそっぽを向く、使用人の騒動が自分に飛び火するなど思いもよらなんだ。ミーシャはいつか嗅いだ事のある「話題が通り過ぎるのをひたすら待っている」匂いに眉をひそめ姉へにじり寄る。姉の首が、上体が、近付く尺に応じて測ったように妹から逸れて行く。ぁあん?


「お姉様、」

「何かしら、」

「まさか───ジェズを『タダ働きさせた』訳じゃあ」

「★!そんなことあある訳ないでしょう!ひ人ぎ人聞き悪いわねえっ…───」

(ぁああ×、そんな事…そんな事~……


全っっっ然っっっ考えてなかったわー↓。

…そうよね臨時報酬よね、確かにあって然るべきよね×。とは言え今回の稼ぎの大半はもう他所の果樹園との提携と古い蔵の復旧の元手に注ぎ込んじゃったし、ジェズの特別な働きに相応しい報酬なんて~…)


 これがブラック・ドゥーだ。1ミリたりとも意に介さずナチュラルにやっている辺りが黒い。


「@お姉様とジェズじゃないといけないんだよねぇ?『訪問販売』。

ジェズの仕事、そっち全振りで優先させたもんねぇ?『訪問販売』。」

「そっ…そうよ。~それがどうかしたかしらっ?」

「~~雇い主が働き手に報いないでどーすんのっ。お姉様がそんな事じゃこの子達に示しが付かないでしょーがっっ×。」

「それはっ~~…次期当主としての、政治的…?判断と言うか…その」

「なら←尚の事、ケージーメーをー付けてっ。」

「くっ×~~~…」

(決して出せない訳ではないけれど、自由の利くお金はこの先を踏まえると心許無い。期末テストのご褒美としたハレンチ衣装を私が着る事で賄う代替手段も考えられる、でもそれは…出来ればジェズの『チャレンジ失敗から有耶無耶の内に中止』の流れへ持って行きたい×。


そうは言ってもミーシャの指摘に間違いは無いし、家政婦長や他の子達の目もあるし↓。何より肝心のジェズがやる気を失っては今後のサービスの提供に支障を来たしてしまう★。あんなに苦労して得られた酒蔵の新たなお客の信用もどうなる事か××、それだけは避けなければいけないっ~~~…

──ここでいい加減にしちゃ、駄目!!)


 リュアラの採った苦渋の選択、彼女は神妙な面持ちでジェズへ歩み寄ると相対し彼の両肩を持った。


「ごめんなさいジェズ。酒蔵が新しい一歩を踏み出せた貴方の大変な働きへの対価は、っその……すぐにはあげられないの。これは見通しに誤り…~…のあった雇い主としての私の過失よ、謝罪します。

そして……そのっ↓、」


 ナスカのすぐ隣へ並び彼女らと同じく打ち震えながら四つん這いになる。羞恥コスプレでの報酬の代替を全力回避せんがため、ナスカ同様罰を甘んじて受ける決意のようだ。半ベソの引き攣った笑顔でジェズへ見返る。


「……叶うのならせめて………優しく…#して?……」


 ジェズは立ち尽くした。


 かつて経験した事の無い鮮烈な衝撃を彼は受ける。こんな事があっていいのかと眼を白くした。


 圧倒的質量の絶対的存在、ここにジェットストリーム「尻」が完成を見る。その先陣を切るのはまさかの「リュアラお嬢様」。そのリュアラお嬢様が自分に手を付けられるため恥態を晒している、そう思うとジェズはドキの胸々がとても抑えられそうになかった。

 レモン色の豊かな髪が頸の向こう側へ滑り落ちると細く白い首筋が露わになる、竦め気味の肩から項へ続く曲線がどうしてこんなに艶めかしい。耳まで真っ赤にさせて困った表情でこちらをチラチラ、涙の雫を纏った長い睫毛の下でコバルトブルーの瞳が潤んでいる。露に濡れた花弁のような唇は微かに震え、狭い隙間から漏れる吐息の熱が伝わって来るかのよう。細く括れる腰に絞められたシャツとたおやかな指の手の支える両腕に挟み込まれ、豊かな胸がたわわな実りの如く今にも溢れ出さんばかり。黒革のローヒールの上は艶やかでしっとりした素足、脹脛(ふくらはぎ)から膝そして太腿へ掛けての滑らかなる緩・急・緩。それら全ては真っ先にこちらへ向けられる「尻」へと集束していた。後続のジェットストリームとは次元を異にする布地の嵩、その形。肉付きの良い体型はもちろん下着の線までもさり気無く且つくっきりと映し出している、この造形美たるや。これこそ正に至福、究極の恩寵、幸せの顕現、これはもう、これはもう、


「~↑ちょっと殿下!?情報量おー過ぎゃしませんかねえ?!私達と比べて!!」「~↑そーだ!そーだ!酷くない?!私達を差し置いてそれ無くない?!」

「☆?──────@ぼく…なにも…いてなぃょ…」

「「★★っげえええええええ!?」」

(!殿下が御眼に……~ハートマークをお浮かべで)(あらせられ……や…が…る…~~)


 前日から日を跨ぎこれまで取り込んで来た情報の奔流にジェズの自我は崩壊し掛けていた。


 三人並んだ左側面、四つん這いのリュアラの許へ酔人がふらふら歩み寄る。彼女は堪え難い恥辱に身を震わせていたが、それは迫り来る執行人の存在に恐怖の身震いへと変わって行った。不意にすぐ隣で片膝を着く振動がして、彼の気配が自分の私的圏内に生々しく溶け込んで来るのを感じる。腰へ手を添えられると思わず身体が跳ね上がった。こんな恥ずかしい格好で子供が悶絶する程の痛打を与えられるのか、他に選択肢は無かったのか。後悔・不条理・自業自得、背反する不等号が彼女の目許に出来上がる。情けない顔を真っ赤にしながらリュアラは来る運命をひたすら待ち続ける。

 空気の流れを察してしまう、彼の腕が今振り上げられたのだ。嗚呼いよいよ打ち付けられる。


「!っ───~~~!×!×」

「@←←ダメで」

(──────★ダメ?!×ダメだダメだダメだっ、僕はリュアラお嬢様になんて事を!×!)


 振り降ろされる掌が標的へ叩き付ける当にその寸前、辛うじて残っていた忠実な従者としての理性はギリギリの所でジェズの中で蘇り、これはいかんと直ちに運動方向を反転させた。一瞬が永遠にも感じられる程の必死の抵抗、彼の身体の中で収縮する筋肉が断末魔の雄叫びを上げる。


(★×↑うっっっおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)


 根性根性ド根性、弱肉強食の底意地でジェズは自分の右手の激突を回避する事が出来た。

 しかし、それは残念ながら彼一人の力だけで成し遂げられたものでなかった。

 惜しくも抑え切れなかったほんの少しの運動を抱き留めたのは、

 大殿筋とそれを覆う豊満な皮下脂肪だった──────────────────リュアラの。


「────────────」

「────────────」


 ジェズは自らの手でリュアラの尻を愛でる格好のまま静止した。そこは愛でれば愛でた分だけ沈み込みながら沈んだ分だけ瑞々しく押し返し密着して来るふくよかさ、それでいてはち切れてしまいそうな儚さと切なさを内に秘めていた。とても抗う事など出来ない蠱惑的な魅力に溢れていたのだ。愛でれば愛でた分だけ、愛でれば愛でた分だけ。そう、「愛でれば愛でた分だけ」。


「##↑ぁあぁあぁあああっ★ジェズ?…ぁあなた、!何やって…

★いやっ#、おやめなさいっ×。#あぁ駄目!…やめなさいと言っているのに×!」


「☆↑!こ☆れ☆だ☆ーーーーーーーーーーーーーーーっ#!!」

「★↑~何がだあああああああああああああああああああっ!!」


 怒髪天を衝くミーシャの怒りはマキシマみ、不埒者の視界が上から下へ流れ天地を逆転する。

 天誅のバックドロップホールドにジェズは脳ミソを大破、尻で天を仰ぎマットの海へと轟沈した。


 この日、ジェズが目を覚ます事はもう無かった。




☆☆☆


「───と言うような事がありまして。」

「あー、うん。バックドー~……ド、なんちゃらな。@あーアレだ、プロレス技だろ?うん、うん…

まあそれはそれで分かったんだが。───それと、ブラック・ドゥーはどう関係するんだ?」


 昼下がり、空が暗くなったかと思えば突然の大雨。滝のような土砂降りでかなり涼しくなった警察庁の大きなガレージの中、隣の棟に用事のあったワドー警部は割込まれる格好でアンよりいきなり報告を浴びせ掛けられ怪訝な顔をする。屋根の下へ滑り込みアウトだったアンは濡れ鼠になったせいか随分しょぼくれていた。胸元まで制服のボタンを外し、マリンブルーの髪から滲み込んだ雨水を滴らせながらへばり着く髪やらシャツやらを引き剥がす。


「それでですね、」

「いや、あのな?差し当たり一旦着替えて来たらどうだ、予備の制服なら──あー…更衣室に幾らかあるだろ。風邪ひくぞ、」

「それでですね、」

「──────」

「その日を境に使用人が覚醒する訳なんですよ。それからのあの子の意欲は凄くって、」


 どうも埒が明かない、何だか煙草が吸いたくなった警部はアンを引き連れ元来た道を戻る事にした。出発地点である刑事局の職員室へ立ち寄り、自席から持ち出したタオルをアンの頭に被せてやると空いている小部屋を探し始める。廊下を行き交う中には彼女と同じくずぶ濡れになった職員の姿もちらほら。道中も背後から報告は続けられるが、肝心のブラック・ドゥーは中々登場して来ない。

 程無くして取調室の一つに空きを見付けた警部はアンへ手招きする。磨りガラスの向こうが少し明るい、外は小降りになって来たのか、至極どうでもいい事に気を紛らわせつつガラガラとパイプ椅子を引き摺り卓上の灰皿を取り寄せた。


「…~警部、聞いてます?」

「ああ聞いてるとも。まあ座れ、」

「───私もう、堪えられませんっ。乱れてる……#乱れきってますっ×。」

「連中の至ってフツーな日常を聞かされても参考にならんのだが。世間話をするためにわざわざ」

「↑何にも聞いてないじゃないですか!」

「……要点を言えぃ。要領を得んぞ、」

「★?~~あの子たち見張るのを辞めさせてほしいんですっ。あんな…#破廉恥な生活を陰から観察し続けなきゃならないなんて、も~耐えられません×!こんなのセクハラですよセクハラ!」


 当人の年頃の女性にあるまじき頓着の無さを普段から見せられている方の立場としては、セクハラと言われた所で何ら説得力を感じない。火を着け終わったオイルライターを懐に戻すと深く吸い込んだ息を横へ吐き出し、突いた片肘の上に顎を乗せる。


「外出先と屋敷周りのローテーションの言い出しっぺはアン、君だろが。」

「持ち回りの話なんてしてません!メリーベルの監視自体が嫌なんです!」

「あのな、俺達ゃ興味本位で活動してる訳じゃあない。芸能人を後ろから追い回す低俗な週刊誌の記者と同じに考えるな、これも公務なんだぞ。」

「~やっぱり話聞いてないっ。いいですか?その後あの子たち何をしたと思います?!」

「×~~~↓、」


 感情的になっているアンと最初から取り合うつもりの無い警部、平行線の予定調和だと警部は早々に諦めた。こうなったら最後まで話を聞いて気持ちを落ち着かせない事には先へ進めない、彼が長年の夫婦生活において体得した処世術である。



 今夏の学園プラチナプラタナス高等学部で実施された1学期期末テストにおいて、付き人学生のジェズはあらゆる科目で最下位を堅持し続けていた。しかしその内の一科目、歴史だけはその地位を守り徹す事が出来なかったのだ。不動のその座から彼を引き摺り下ろした、もとい上げた猛者は「勉強が出来る」と事も無げに豪語していたギギシ・カカシ、その点数もぶっちぎりの0点。どの科目でも常に高得点をマークしているこの男が何故そんな点数を取ったのかと言えば理由は簡単「テストを欠席」したからであり、後日行われた追試では得点が7割換算されるものの満点に近い点数を獲得していた。謳い文句に偽り無し。


 最下位から陥落と言うか全科目での防衛ならずはジェズの一日天下と言うか何かそんな感じだったのだが、「一科目だけでも最下位脱出」と言う条件を満たした事実に変わりは無い。よってジェズが待ちに待ったご褒美タイムとなる訳で、リュアラは年貢の納め時を迎えていた。


「────────────────────────────────────」


 燭台の明かりが揺らめく暗い部屋の中、水色のワンピース姿のリュアラが自席に腰掛け背筋を伸ばし姿勢正しく佇んでいる。机上へ置いた預かり物の木箱を目前に彼女はまだ覚悟を決めかねていた。妖しげな影を滲ませる古びた矩形を険しい表情で凝視し、擦り込まれた毒でも警戒するかのように粗を探す。そんな虚しい行為を延々と続けてそろそろ二時間も経とうかと言う頃合い、一応予め試着くらいしておこうと思ってはいるものの如何とも手が伸びてくれない。衣装が性的にエグい事をさて置いても、材質不明のうえ誰が何の目的でどのように使用したのか知れた物ではない。そこへ直接肌身で触れるのは精神衛生上どうにも憚られてしまう。片手で眉間を押さえつつ深呼吸から溜め息、そして木箱をまた睨む。一体これで何周目に突入したろう。


 そうこうしている内に部屋のドアをノックする音が響いた。顔色一つ変えず「どうぞ」などと迂闊に応答するが、運命の時が訪れた事に思い至るとみっともなく狼狽え始めた。ドアを開け改まった感じで入って来たのは勿論ジェズ。白シャツとデニムの普段着、一日の仕事を終えて食事と入浴まで済ませ身綺麗に纏まった「機に臨む」雰囲気が傍から見て取れる。


「失礼します。←─ごんばんは、お嬢様。」

「☆@★!ジェっっっ??ズ………×」

「#えへへへへへ@。ぇええと…あの、…その#……あはは、」

「………─────────」

(×ぁあああぁ……もの凄く期待されてる××。何て嬉しそうな顔をしてるの、#もう。

……これ、~着る…の?やっぱり着なきゃ駄目かしら×?それが私の宿命だと言うのっ??)


 とっ散らかったブロンドの長い髪を繕い、姿勢を正してから「コホン」。


「─あのね、ジェズ、」

「なんでしょう?」

「そのっ……そんなに、@この衣装を身に着けた───#私が、見たい……の?」

「☆それはもう!ホワイト・レディーは僕の憧れなんです♪。」

「─────

──

─────────この前に言ってたお伽噺(とぎばなし)の登場人物ね、文明を与えたとかそう言う。」

「はいっ☆。」

「ふぅ…───参考までに教えてもらえるかしら、」

「?」

「その人の事とか……私は何にも知らない。

だからその人に貴方がそれ程まで思い入れる理由は解らない、何か釈然としないの。」


 先程まで慌てふためいていたのが嘘のよう、リュアラは完全に落ち着き払っていた。むしろ気分が傾き掛けている風にも見える。そんな主の心情の変化に奉公人は浮かれているせいか全く気付いていない。


「そうですね……暗礁密林の古い言い伝えに、この世を創り出したとされる三人の精霊が居るんです。

世界が出来てから精霊は人の女性に代々宿り、その力で今も世界を治めていると言われています。

僕達はそれを【ズクメノミコ】と呼んでいます。」


 彼は悪気も無くその場で語りに入った。


「その一人が【闇巫女(やみみこ)ブラック・ドゥー】、ご存知ですよね。一番馴染みがあります。


『闇の法』と言う呪いの力で災いを呼び起こし、暗礁密林の秩序を乱そうとするあらゆる者に惨たらしい死を与える…。遠く離れたこの国にも知れ渡ってるのは、昔この国へ無理やり連れて来られたヴィリジアンが自分達に非道い事をするシルキッシュを恨んで広めたから、でしたね。でも、本物のブラック・ドゥーは暗礁密林の外の世界に用なんか無いんです。それがいつの間にか黒ワインのお嬢様を表す名前みたいになってて、なんだかおかしいですね☆、」

「──────」


 かつて彼の命の恩人である「姐御様」が、伝説として語り継がれている正にその姿で魔法の如く彼の前に現れた。その異形と異能、絶対的な魅力が彼の中で呼び起こした畏敬の念にジェズは姐御様が本物のブラック・ドゥーだと信じて疑わない。彼女との繋がりを誇らしいと心から思っていた。

 その紆余曲折をリュアラは知らない。彼女にとってブラック・ドゥーは喪服の女主人の姿のまま。


 そして特に今は、心底どうでもいい事象だった。


「二人目は【光皇女(みちみこ)ホワイト・レディー】です。


『光の法』を使ったとされてますが、これは呪いのような不思議な力ではなく尊い教えを表したもののようです。原初の人々はただ周りの生き物を獲って食べるだけの動物と大差ない生活をしていましたが、何処からともなく現れたホワイト・レディーが、彼らをより人間らしく文化的に生きて行けるよう知恵を授けてくれました。…最終的には部族の間で度々起こるいさかい事に心を痛め、彼らの許から去って行ってしまいますが。」

「──────」

「ブラック・ドゥーが闇の中から人々を監視し脅しで秩序をゴリ押しする存在と言うなら、

ホワイト・レディーは光の下で人々に寄り添い癒しで秩序に導いてくれる存在と言えるでしょう。」


 伸び上がってジェズは組み合わせた両手を胸元に引き寄せ瞳を閉じる。


「#その姿は金色に輝く長い髪と透き通った青い瞳、そして真珠のように光をまとった白い肌をしていたと言われています。」

「───…、」

「誰よりも美しく、誰にでも優しく、気高く決して驕らず、」

「……」

「時には厳しく、罪を憎んで人を憎まず、皆の健康と平和を誰よりも愛していたのだそうです……


それで…ある時、ある人が僕に教えてくれました。

『リュアラお嬢様が僕にとってのホワイト・レディー』なんじゃないかって☆!」


 向日葵が山野一面に咲いたような生命力溢れる無邪気な笑顔を向けられる。

 リュアラは微かに顔を上げた。


「僕、なんだか#嬉しかったんです。この国に来てから僕がこうして生命(いのち)を長らえ人間として何不自由なく暮らせているのは、リュアラお嬢様が僕を導いて下さるから。僕にとってお嬢様は正真正銘のホワイト・レディーなんです!

こないだ持ち物の中にその装束を見付けてから、その…ホワイト・レディーになったリュアラお嬢様をこの眼で見たくなっちゃって☆!!←それが叶うならとお嬢様の新サービスを頑張りました!テスト勉強も頑張りました♪!」


 黒ワイン当時の彼はご褒美の事など頭からうっかりしていたのだが。


「それから三人目は【」

「解りました。」

「…───」

「分かったわジェズ。───着替える間、少しだけ部屋の外で待ってて、」

「!☆はいいっ!♪♪」

「───さて、」

(この服が着たくなかったからあの子の仕事を増やして根を上げさせようだなんて企てたりもしたけれど、何だかもう馬鹿馬鹿しく思えて来ちゃったわ↓。本当、悪い事なんか考えるものじゃない。柄でもないでしょうに。

あの笑顔はこの私に対する全幅の信頼と親愛の証、あんな嬉しそうな顔を見てしまったら───

私はあの子のささやかな喜びのために報いましょう。何ら難しい事ではないもの…)


 リュアラはハレンチ衣装の着用に漸く気が向いた。しかし、自らの考えを改めた訳では別段ない。

 ジェズの興味の焦点があくまで自分に向けられていると分かり気が済んだと言うだけの話である。


 部屋の外へジェズが出て行った後のドアの施錠もせずリュアラはワンピースを脱ぎ出した。覗き見などされないと彼を信用しきっている事もあるが、隣家との距離が数km離れている自然豊かなド田舎のため、彼女ら住民はセキュリティー意識がそもそも希薄な傾向にあった。

 下着までもベッドの上へ無造作に放り一糸纏わぬ姿を現わす。木箱から下のセパレートを両手に取り五指で広げると片方ずつ足を通してたくし上げる。今度は上のセパレートを取り上げ表を見てから裏返し、更に表に返してやや首を傾げた。かつて身に着けた事のないホルターネックスタイル、後ろへ回した両手で背中側を止めて宙ぶらりの二本の紐をおもむろに頸の裏側で結び合わせた。何だか肩が凝りそう。金属製のアクセサリに彩られた足飾りと腕飾り、同じくサンダルと小さなティアラを装着。化粧台の大鏡の前に立って着衣の乱れや首回り足回りを確認する。


(これが今の私、暗礁密林の「ホワイト・レディー」。


サイズぴったり……生地は薄そうで頼り無く見えるけど、いざ着てみると確りしてて意外に丈夫そう。それでいて苦しい所も無いし、まるで身体に吸い付いて来るみたい。通気性も悪くないし、思っていたより着心地は良いかも。)

「──────いいわジェズ、入ってらっしゃい。」

「☆☆はい!←失礼しま☆★?!」


 ファイナルお預け辛抱堪らん、そそくさとドアから分け入ったジェズは主の立ち姿が目に留まるとその場で硬直した。目の前に在るのは叶うものなら見てみたいと幼心に思っていた憧れのイメージ、故郷の洞窟に壁画として描かれた稚拙な記号でしか見た事のない伝説の光皇女ホワイト・レディーが実体を得て生きて今そこに居る。眩いばかりの奇跡の情景にジェズは感嘆の息を漏らした。


「───────────────────────────────────────」

「#…、──────…、#……、##っ、」


 彼が見せる期待通りの反応に、リュアラは気を良くすると同時に照れ臭さも感じ始めた。人から向けられる視線を肌で実感し、こんなに恥ずかしいと思わせられるのはこれが生まれて初めて。彼の顔をまともに見る事が出来ない。直立姿勢で顔を赤らめながら身体の前に両手を重ねていたが、掌を擦り合わせ照れ隠しに肩を竦ませ後ろ手に組み重心を横へ寄せてみた。ジェズの双眸が僅かに上がる、それを見逃さないリュアラの不安は一気に自信へと変じた。踵を返し頸の後ろに両手を差し入れ豊かな髪を左右へ薙ぎ、左手を添えた腰を捩ってジェズへ顧みる。彼の眼には(なび)くレモン色の生み出した純白の霞の中で光皇女が金色に輝く光の粒を舞い踊らせているかのように映っていた。


 ───… ド ッ ク ン ッ …─────────


「☆★?×っっ!!~~~~~~───」


 胸の奥に強い疼きを憶えジェズは目を見開いて少し身を屈める。突如の並々ならぬ様子にリュアラは驚き我を忘れて彼の許へ歩み寄った。どうしたのと問い掛けるが従者は主の心配する言葉も聞こえていないのか、額に脂汗を滲ませながら掌で口元を押さえる。彼は何かを必死に堪えていたが、思いもよらぬ大きな異変にとても耐え切れる状態ではなかったらしい。


「?×確りなさい、ジェズっ、一体どうしたと言うの!?」

「──~────~~─……っ、~~~×★!!×」


 指の隙間から真っ赤な鮮血が染み出し、手の甲を伝って床へはたはたと滴る。

 俄かに身震いするとすぐ前のリュアラの白い足に勢いよく生々しい赤が繁吹(しぶ)いた。


「★卍!?…あなたっ!?×!」

「××…~ぉ……おっ、お嬢様……」


 身を震い肩を上下させながら何とか主の顔を見上げる。口元から離した右手は血に染まっていた。


「お嬢様………僕は………@僕は、もうっ…」

「★ひっ×、──@何?ジェズ、→僕は?……──あなたが→一体…何ですって?→」


 血だらけだが彼は吐血した訳ではなかった。瞳の中だけでなく舌の上にもハートマークが脈打って、


「@@僕ぁ~あ……←僕ああですねっ、……←僕あぁ…←僕ぁあもぉおおおっ←、」


 ダダ漏れる大量の鼻血にリュアラがたじろぐ。性的主張の強い衣装を纏った自分の姿に彼が興奮したにせよ、幾ら何でも血が出過ぎる怖過ぎる。迫り来るその様にホラー小説の「歩く屍」を連想し、リュアラは腰を抜かして尻餅を着き気の抜けた声を上げた。勉強会前夜にジェズから受けた「愛で」を思い浮かべ、初めて貞操の危機と言うものを理解し顔から血の気が引いたり昇ったり。起き上がろうとすれど両の膝が上下に擦り合うだけで足は言う事を聞いてくれない、上半身だけで床を手繰るように後退るが幾らも覚束(おぼつか)ない。じたばたしている内とうとう左右の膝上に屍の手が掛けられた。掴み掛かる手の感触と身の毛もよだつ血の(ぬめ)り、リュアラの髪が踏ん付けた猫の尻尾みたいになる。


「★★↑ひいいいいいっっ!?×いやあああぁぁ@ああ〒ぁ▼あぁああっ卍卍ああああっ!!」


 絶叫現場へドアを振り払うけたたましい音と共にメイド服が突入して来た。


「←←ちょーっと待ったあ殿下ああああっ!!」「←←!何やらイカがわしい事が」

「★☆はぁあああああああっ×?!」

「「★?×はあうわっっ!!?」」


 躍動感溢れるポーズで時間停止する4つのオブジェ、満を持した感じビンビンで乱入して来たザクレアとユーディーが中の閲覧注意を前に絶句する。夕方の時点で何処かだらしない殿下の鼻の辺りから漂う浮付いたウキウキ気分を鋭敏に察知した家臣の二人は眉をひそめ、ジェズの行動を密かに逐一監視していたのだ。隠密行動は御家芸、監視対象の飛び込んだドアの向こうから奇声が上がり、それ見た事かと追い詰めてみれば室内は想像の斜め上を行くご覧の有り様。一族の宝物でもある伝説の光皇女コスを決めたお嬢の上へ、我が君が鼻から下を血みどろにして覆い被さらんとしている、思考も停止しよう。オマケに彼女らの倫理的な何かも店を閉めてしまった。

 喉から身体の奥まで灼くような熱い渇きを唯一癒してくれる王の血が今そこに晒されている。放っておけば自分達の口に入る事も無く床板に横取りされ無くなってしまう、散々セルフでお預けを食らい続けている彼女らにそんな勿体ない事など出来ようはずが無い。咥内(こうない)咥内に溢れる唾液を嚥下する。


 瞳孔全開で威嚇のような息を吐き、二匹の獣が天井から鼻血塗れの犠牲者へ襲い掛かった。


 割れんばかりの悲鳴を上げるホワイト・レディー、その股座へ跳び込んだ獣らは餌食を仰向けに押し倒し左右からしがみ着いて首から上を欲望のまま貪る。興奮に息を荒げ頭を振るいペロペロちゅうちゅう無我夢中でむしゃぶり付いているだけだが傍目では捕食しているようにしか見えない、リュアラの金切り声が止まらない。

 屋敷中に緊急事態が宣言されているのだから後はもう、


「×出遅れたっ!←←ちょっとジェ★★っっ?~っ@×!?卍?卍!??───~~~」


 覗き見は御家芸になりそう、強行偵察型ミーシャがガニ股ブレーキで四人の手前に踏み止まる。中に居た連中と目が合うと、その目を丸くしてドジョウ(すく)いのようなポーズでオブジェに加わった。不埒者の使用人が家臣であるザクレアとユーディーに揉みくちゃにされるのは108歩譲って良しとしても、三人の口許の血痕がキスの猛烈アタックを彷彿とさせている。(あまつさ)えその不純異性交遊を実の姉が見た事も無いド派手なエロコスで股にサンドしているのだ、事案を通り越しもはや事変である。ミーシャは瞬き一つせずサスペンスに姉を指差し首を傾げた。


「───………‥‥‥・・・ ・ ・ ・   」

「……ち…ちが×っ★ちがう!違うのよ!?こっ…#これには@海より山く深いより高い訳が!!」


「←←どおおおおおしたリュアラーーっ!!獣か!賊か!魔かあああっ?!!」


 遅くまで執務室で仕事をしていたリュアラパパが大きな算盤を諸手に構え突撃して来るも、大切な愛娘のけしからん姿を目の当たりにビックリ仰天。勢いそのままオイェェエエエエと床をスライディングし部屋の(かど)へ豪快にストライク、波打つ屋敷の衝撃が周辺に棲息する野性動物をパニックさせた。


「×兄さん↓↓。だから言ったじゃないか、大した事無ー…いや有るか×。」

「~~~~~~~~~~~~」

「カルヤさん。黙ってないであの子たち何とかしてあげてよ、」


「─────────←、」「★タタリちゃんっ、子供は見ちゃ駄目!」

「…ミソッカス。今日は非番じゃないか、何だってお前がここに居るんだい?」

「え?──えっと、何か……頭数が要るような気がして。」

「何だいそれは?~いいからとっとと寝るんだよ、明日は早番だろうっ。

──タタリ↓。お前は混ざると話がややこしくなるからお止★×いいからお止めっ←!!」


 収拾には肝っ玉母さんの辣腕ぶりが必要不可欠。家政婦長の気苦労は今夜も絶えなかった。

 恒例の凄惨な粛清劇の後、メリーベル邸では近年久しい家族会議が幕を開ける事となった。



「───と言うような事がありましー…~~↑★へっっぐし!!」

「×××、」

(汚いくしゃみだな~ぁ↓。)


 ワドー警部は頬杖の上の顎を横へスライドさせながら、への字口で今日はもう帰って久し振りに一杯やりたいなどと思っていた。腕時計の針を見れば彼此(かれこれ)30分は経過している、やれやれ。


「しかし何だ、君もまあ(つぶさ)に良く視てるもんだな。あそこの屋敷は天井が高くて、長女の居る部屋は雑居ビルなら3階くらいの高さがあるはずだ。登ったのか?外壁を、」

「家政婦さんの見回りが確りしてて建物へ近付けそうになかったんです。特別何か警戒していたと言う訳じゃないんですが目配りと言うか、周りへの気配りが行き届いてて。だから離れの木の上に陣取って望遠鏡を使ってですね、」

「遠くから部屋の窓を。…そんなんで中が見えるのか?」

「別の木の上に鏡を置いて移動せず色んな方角から捉えられるようにしましたので。大学の天体観測同好会から技術知識を得ました、大変だったんですよ?一人であんな広範囲を監視するの。カーテンの薄い夏だからこんな事が出来ますけど。」

「あぁ、うん。まぁ…いいか。」

(大丈夫か?その同好会。妙な事で培ったスキルじゃないだろうな、)


 それ故アンの収穫は視覚的な情報しか無い。彼女が読唇術でも身に付けていれば良かったのだが、会話の内容は彼女の憶測に基づく100%脚色のものが警部へ報告されていた。それを報告とは言わない、その事を100%分かっていて尚付き合ってはみたものの、ブラック・ドゥーのブの字も出ないと流石に何の救いも無く虚しさばかりが募る。狭くて風通しの良くない暑い中を我慢して聞いて損した。

 本人の気が済んだならいいか、再び腕時計をチラ見して警部は大儀そうに立ち上がった。


「うん。君の監視能力とー…上昇志向?意識向上?の高さは何か良く分かった、良~く分かったとも。フー・セクションの面目躍如と言った所じゃあないか。──それでは引き続き張り込みの方を宜しく頼むっ、今後の成果を大いに期待しているぞう→。あと風邪引くなよ?風呂入れよ、頭洗え、車に気を付けろ、また来週→。」

「~警部。私真剣なのに、凄くテキトーに切り上げようとしてませんか?」

「×───分ーかった分かった、そうプンプンするんじゃあない。

あー、…そーだな。君にゃ今ちょっとだけ教えとこう、どうせ後で伝える事になるんだし。」

「~──?」


 終始面倒臭さそうな表情をしていた警部だが、今度は忌々しいと言った雰囲気を漂わせつつアンの隣の空間に向き直る。その感情は勿論アンに対してではない。彼女の真横の手前まで歩み寄ると、彼女とは真逆へ視線を遣り机上へ片手を付いた。取調室の外の人気(ひとけ)を窺っている、アンにもそれが直ぐ分かった。


「警部、」

「ブラック・ドゥーに関心を寄せる連中が居るって事は話したな。俺達フー・セクションが動いているのも、そいつらより早くドゥーとコネを持つ必要があるからだ。そして予防線でもある。」

「?」

「『フー・セクションがブラック・ドゥーのために出張ってる』、下手に関わりゃ藪蛇だ…と他の連中に分からせ踏み止まらせる。それも目的としているんだ、だから些細な噂話でも人の拠り所と認めて駆け付け眼を光らせている。──情報工作はとっくに始まってるんだ、俺達だからこそ成り立つ論法だ。何せ相手は自分達の存在が明るみになると都合の悪い奴らばかりだ、ドゥーを狙っている事を把握されるのも身バレの危険性がある。他所に自分達の存在を悟られるような真似を連中はしない。」

「『洞』以外にそんなのが居るんですか、」

「そりゃあ大小様々あるだろう、洞みたいにカルトな犯罪を好んでしないってだけでな。まあ、本来フー・セクションが相手するような奴らじゃない。

問題は、──────警察がドゥーを捜査する方針になりそうな事だ。」

「?どうして、」

「遅ればせながらドゥーを狙ってる連中の気配に気付いたんだよ。ドゥーを調査・確保する過程で連中の足が付けばそこからメスを入れる事が出来る。捜査の難航してる未可決事件の解明へ繋がる可能性が真面目に論じられている。」


 真面目に事件を捜査すればいいのに。アンは率直にそう思いながら鼻をすすった。


「俺も目眩がする気分だよ↓、しかし警察組織が役立たずだとは決して思わん。仕事に対して絶対的に人員が足りとらんのだ、だからと言ってそれに甘んじず状況を打破しようとする確固たる信念は失っていない。彼ら…と言うか俺達なんだが、一方的に怠慢だと責められるのはかなわない。この国の治安が他国と比べマシなのも偏に警察全体の働きあってのものだ、見損なわないでくれよ。

フー・セクションも陰ながらその一翼を担っている。君だって他人事じゃないからな、アン。」

「…はぁ、」

「ま、問題の肝はそこじゃないんだが。」

「は?」

「面倒臭いのは、←…『ブラック・ドゥーを公にさせられない』って事なんだよ。」


 警部がアンの耳元へそばだて一息置いてから身を離す。

 彼女は面倒臭さより煙草と汗臭さが鼻に付いた。


「おかしくないですか?」

「そう思うか。この前プラプラで話したよな、ドゥーはジョーカーになっちまったって。」

「──話はそこでおしまいでしたね。」

「所がだ。ドゥーが公になるとな、『ジョーカーでなくなっちまう』んだ。


ドゥーを欲しがってる連中はそれじゃ都合が悪い、この国の警察を除いてな。連中にとって邪魔だ。

で、我々フー・セクションはどうなのかと言えば、都合が悪い組織にカテゴライズされる事になる。

何故ならジョーカーの喪失を疎ましく思っているのは連中だけじゃないからだ。『教会』も同じだ。」


 説明が頭へスムーズに浸透しない、アンが嫌な顔をして横目に警部を見るまで少し時間が掛かる。


「トランプ遊びをしてない私にはちっともピンと来ませんし、来ても何か嫌です。」


 皮肉を利かせたつもりのアンの言葉を背中で聞く警部は依然として部屋の外側を睨み続ける、だが見ている物は壁そのものではない。蒸して来たのか話の内容が窮屈になって来たのか、彼も胸元のシャツのボタンを外し鼻息をついた。


「─そうだな、奴らはこの国を遊び場にしてると言えるかも知れん。


俺達から見れば教会も連中と何ら変わりは無いが、その真意は他の不逞の輩にこの国を好き勝手させない事にある。同じゲームの世界で勝ってみせる───それで輩共にぐうの音も出なくさせられる。残念ながらこれは法の制限を受ける警察の力だけでは叶わない、枠組みに囚われない存在の曖昧なフー・セクションにしか成し得ん事なんだ。」

「────?──ちょっと待って下さい。それって……

………

私達は、仲間側の『警察も出し抜かなきゃならない』って事ですか??」

「~言うなよっっ。

──────────…いいか?これは『ゲーム』だ。

学校の体育祭とかであるだろ、部対抗の仮装リレーみたいなものなんだ。

×いや、まぁ…煽っといてナンだが、そうあまり思い詰めるな。使命感を持って職務に臨んで欲しい、俺が言いたかったのはそれだけなんだっ、ぁぁ……なっ?」


 アンの質問は否定されなかった。つまりはそう言う事なのだ、彼女は漸く吹っ切れたようだった。

 だがしかし、


「解りました。──それはそれとして、せめて監視の持ち回りを変えてもらえませんか?私はあの子達のシセイカツを視るに堪えませんっ。~#不健全っ、少年少女にあるまじき営みです×!!」

「××↓、

──────…いいか?アン。君が屋敷側を見張る事でな、彼らのー…何と言うか………(せき)…裸々な日常?生活を、↑護る事が出来てるんだぞっ★。」

「護る~う??」

「★そうだとも。君はな、彼らのそんな姿を────────ウィルに見せても良いと思うのか?」

「──────

───────────────流石に可哀想ですね、あの子達が。」


 眼を瞑りパイプ椅子を後ろへガラガラさせながらアンが席を立つ。やっと退()いてくれるか参った参った、警部は肺の底から安堵の息を吐き出し外側を撫で下ろした。その横を通り過ぎて取調室の出口に差し掛かるとアンは立ち止まって警部へ振り返る。揺れるマリンブルーの三つ編みお下げから水滴が舞う。


「→警部、」

「おう。頑張れよっ、」

「夜勤明けで私お昼がまだなんです。ゲームとか使命感とか頑張るので、ごちそうして下さい。」

「─────────────────────」


 バッカス・ワドーは片方の広げた掌へ額づいた。

 それならそうと先に言え、事をもっと早く済ませられたのに。

 自慢にもならぬ処世術で気転が利かず最適解を導き出せなかった事が悔やまれてならない。


 それと、同じような話をウィルにもしなくてはならない事に気付いた途端、

 どうしてこんな面倒に回数を分けてしまったのかと自らの悪手を恨めしく思っていた。




 そして決心する。今日は「久し振りに一杯やろう」と─────────まだ帰れないのだが。






もっと短いサイクルで上げたいですなぁ。自分が先を読みたい!の!に!!


あー、何かもうむせるわ。

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