ごほうびが欲しくて
やっぱりごほうびがあるとモチベーション上がるよね!
おあずけで焦らされるのは何と言うか…「キラいじゃあない!」
少年誌の主人公みたく負けないぜ~な笑みを携えながら言ってみたい。壁に向かって。
■■■ ごほうびが欲しくて ■■■
「オエエエエエエエエエエェェ↓、」
「@おええじゃないでしょ、シャキっとする!」
休み時間の教室、机上の教科書と参考書の丘陵を前にジェズが自席でえずいた。正面に立つミーシャは組んでいた腕を解き腰に手を当てオエーマンを律する。彼は尚もグズった。
「テスト……期末テストなんて……~こないだ中間テストやったばっかじゃないですかぁ××、」
「いつの話をしてんのよっ×。時間なんてあっと言う間に過ぎるんだからね、ボヤボヤしない!」
「でも僕ただの付き人なのにいぃ↓…」
「留年とかしないだけで勉学を疎かにしていい訳じゃないのっ。~あんたまさか、入学式の前にお姉様から言われた事…忘れた訳じゃあないでしょうねえぇ?」
「オエエエエエエエエエエェェ↓、」
「×↓~~。」
ジェズの右隣の席に座っていたタタリが彼に寄り添い背中を摩ってくれる。さすさす、
「…ぅうう、ありがとー。優しいねタタリ……でも今はやめてえ、口から腸が出ちゃいそう×…」
「×気持ち悪い事言ってんじゃないのっ。─タタリも、ジェズなら大丈夫だから。根性無いだけだから。」
「ひ……非道いぃ×。」
とは言うものの、無理もなかろうとミーシャは思っていた。酒蔵へ帰れば身体を動かす仕事が軽重問わず選り取り見取り、勉強には手も頭も中々向こうとしないだろう。そもそも彼は未開の地の住人であり、本邦で育まれる基礎学力が完全に欠落している。何とか読み書き出来るようになったばかりの野生児がいきなり微分積分など理解出来るはずもない、高校教科の勉学について来いと言うのは土台無理な話なのだ。
それでも彼は四則演算と九九くらいなら素で出来るし、算盤弾きや料理・給仕作法に畑仕事から車の運転など、習い事はすぐ覚え上達する質。決してのほほんおバカではない。
しかし、ジェズは壊滅的に「勉強キラい!」だった。
紙に書かれた内容を暗記して考えて暗記して紙に書かれた問いに思い出して考えて思い出して答えを書く、この繰り返しが嫌で嫌で仕方ない。国語や歴史など物語りのある分野なら興味も示すが、それ以外はからっきしにキラいキラい。彼はいつだってオエーマンになれるのだ。
「@何だジェズ、お前またテスト勉強でグズってんのか?物理と数学だったら俺が教えてやろうか、」「俺将来は文系志望~♪、古文なら教えてやってもいいよん?」「アハハハ×。赤点確定でまた補修のオンパレードとか、ヤだろ?」
「★ヤですうぅうぅうぅぅ×、およよょょ↓↓…」
「いやホント皆ごめん↓、ありがとね。─ほらジェズ、皆見てくれるって。」
「?★はああああぁあぁあぁあぁわ………──────っ!!→→→」
「★×↑あーーーーあっ!?」「「逃げた。」」
ヒャッホーポーズをしたまま謎の推進原理でジェズは教室と言う名の勉学の大気圏から離脱して行った。もう数分で次の授業が始まると言うのに何処へ行こうと言うのかね、そして彼は5秒と経たぬ内に首根っこを持ち上げられた格好でケイトの重力に捕らえられてしまう。自席へ軟着陸させられるとクラスメートらの善意の気圧と越え難き教科書の丘陵が彼の目前に迫っていた。
「☆★☆★ぉおおおおぉおおよおよよ~~お×↓↓」
「「×はーぁ↓。」」
次の休み時間、移動教室で廊下を歩いているとお嬢様の何気ない一言にジェズは戦慄する。生徒のものと思しき氏名が数字と共に列挙されている紙の貼られた壁の前で彼は自分の耳を疑った。
「───今、なわんと?」
「だから。こうやって張り出されてるんだって、これがそう。──見た事あるでしょうが。」
「★なんの?」
「だーかーら、小テストの結果っ。」
「ショーテスト?!」
「しょーよ×。」
「……するとっ、僕の解答結果…点数も今まで!?」
「ぜーんぶ全校生徒にバレバレよ、中間も期末も以下同文っ。@何を今さら。」
「ぅああああぁぁぁ↓…」
「×落ち込むくらいならちょっとくらい意地を見せなさいっ、オッットコでしょーが!」
「な~に喚いてんだ?お前ら、」
「★うげっっ!?」
「何かそれデフォになって来たなぁ、相変わらずご挨拶なこった。」
ミーシャが「げ」と言う時、それはプラプラに通うもう一人のヴィリジアンのお出ましだ。引き裂かれた布のような長い黒髪のバンダナの下から覗く鋭い切れ目が呆れた視線を寄越して来る。だらしない首元の褐色と夏服の白シャツのコントラストはジェズと同じ。小脇に教科書とノートを抱えながらポケットに両手を突っ込み前屈みで歩いていたギギシは、酒蔵の二人を見下ろすように上半身を起こした。への字に剥いたギザギザの歯で何やら干物をくちゃくちゃ齧っている。周りを歩く生徒達がギギシを避けて通り出す所も含め、球戯場でスポーツ観戦している酔っ払いオヤジをミーシャは想像した。
「~何の用よっ?」
「用も何も、廊下でギャーギャーうるせえのはどいつだと思っただけだ。こんな処で何してやがる?」
「小テストの結果の張り紙を見てただけよ。騒がしかったのは悪かった×。」
「ぁあ?」
振り返るように壁を見て、別段興味も無さげに「あー」などと相槌らしき物を歯の隙間から漏らした。そんなギギシの背中を見ていたジェズの顔がみるみる明るくなって行く。見知らぬ土地で不安な最中に旧知の間柄と出会ったようなツヤのある顔、向けられた方はその異様な空気に少し引いた。
「───~何でえ気色悪ぃ、」
「☆──────。…♪、…♪、」
「ジェズ↓…あんたねぇ、仲間を見付けたみたいになって安心してんじゃないの×。情けないとは思わないのっ?」
「誰が仲間だ誰が、」
「こいつ、こないだの中間テストで全教科いくらも解けなくて補修をやらされまくってたの×。」
「@そーかそーか、そー言やそーだったな。~で?誰が仲間だってんだ?」
「え?」
ポケットから引き抜いた片手で後ろの壁紙を親指フンフン。そこへ記載されていた40点満点の小テストの結果には『ギギシ・カカシ』の文字列が満点1位の得点者6名の中に堂々と連ねられていた。
ドキユウゥゥウウウウウン。どんでん、どんでん、どんでんっ。
どんでんに合わせて文字列にズームイン・ズームアウト。ミーシャが思いも寄らぬと感嘆の息を漏らす一方、ジェズはトゲ付きの大きい鎖分銅で無慈悲にド頭をカチ割られたような衝撃を受けた。そんな馬鹿な事があるものか。
「★×??〒◎!▲…~~~?!?!?」
「あのなぁ×。言っとくが俺様勉強は出来るんだぜー?減点方式のテストなんざ判り切った答えをそのまま書きゃそれで済むからな。~それをいちいち書き出すのが面倒っちゃ面倒なんだが。
こちとら他のシルキッシュ同様フツーに入学試験に受かって高校生ヤッてんのよ。この学園のレベルならそれほど大した事ぁねえ、アレもコレも免除免除の付き人ゴトキと一緒くたにすんじゃねっつの@。ナメてんのか、」
「★★!?」
「…その様子じゃお前ら揃いも揃って前の中間テストの結果もロクに見てねえだろ?浮き沈みを気にすんのは大いに結構。だが、手前ぇの足下ばかりに構けて安心してんじゃねえぜ、
──雑魚ぇんだよ。次の期末テストの結果はよ~~く見とくんだな。」
あばよと片手をひらひら、ギギシは口元をくちゃくちゃさせながらつまらなそうに去って行った。
「「~………、」」
ジェズは勿論の事、ギギシの捨て台詞はミーシャの頭上にも重く圧し掛かっていた。あの口振りから当人がかなりの上位者であろう事は想像に難くない、せいぜい中と上の間を行き来する自分の出来と比べても結構ショックと言うのが本音だった。あんな素行不良が成績優良、問題を起こしても停学退学にならないのはそう言う事情があるからかも知れない。
それとは別に、彼らヴィリジアンを理解している方だと思っていた自分が、内心では知らず知らずのうち彼らを見下していた事に気付きそこそこショック受ける。そのそこそこからして見下しているではないか、頭上にどんどん重しが積み重なって行った。これは由々しき事態だ。
自分もオチオチしていられない、ミーシャは静かに意気込む。
その横で身を震わせていたジェズが拳をぐっと握り締め、堪らずくしゃくしゃの顔を俯いた。
「~~!お嬢様、僕っ………悔しいです!」
「…ジェズ、」
「↑こんの裏切り者ーっ!僕と同じおバカだと信じてたのにいい!バーカバーカバーカっ×!!」
「────」
(うん。駄目だこいつ。後でシバこう。あたしがしなきゃ。)
ミーシャは率直にそう思い、後で着実にそれを執行する事とした。
彼女らに格の違いを見せ付け余裕でその場を立ち去ったギギシだが、二階へ続く階段の手前に差し掛かるとご機嫌斜めで手摺りに寄り掛かる。周囲に視線を飛ばし道行く生徒らを威嚇した。それから、
「アレか、」
「そうさ。」
裏手の暗がりから声が上がる。
「どう思う?繰り鉤、」
姿を見せない声の主は久方振りの洞の荒事師、食人だった。暫く無沙汰が続いたものの今ではすっかり仕事に復帰している。今はもうこの世に居ない怨敵、模型屋が彼女にもたらした返済地獄の終わりは未だ見えていない。ケチが付きまくっても彼女は働く以外に筋道を持っていないのだ。
何やらアレがそうさだからもどかしくて階段下の影で足を組み直す。繰り鉤が咀嚼を止めた。
「どうもこうも無ぇよ、素性が全く読めねえ。存在感は有るが気配は無いってか何つーか@…まあ、どう見た所で少なくとも只者じゃねえ事は確かだ。~一体何なんだぜ、あのガキゃあ?」
「だから言ったろ?そもそもサルファラスって得体の知れない奴が多いけど、輪を掛けておかしな子なんだよ。そんな子がいつもあの子にくっついて廻ってるのさ。」
話題に挙げられているのはジェズにくっついて廻っている押し掛けメイド、タタリ・アマガミの事である。実はジェズのなわんとの場にも当然ながら居たのだが、例によって自らの気配を周囲に感じさせていなかった。繰り鉤の苛立ちはこれによるものだが、本質的な原因はまた別にある。
「『ブラック・ドゥーの立ち位置』が余計に分からなくなったな、」
「あの子らが裏社会にデビューしてブラック・ドゥーの銘柄が付いたのは紛れもない事実、洞の取引を邪魔した事も確か。─まぁ、人売りだから私は別に構やしないけどね。」
「手前ぇの仕事も潰されてんのに構わねーってか×。
──俺様の話を漸く真に受けてジジイ共もアイツをブラック・ドゥーと認めはしたが、洞の興味は『ブラック・ドゥーを取り込めるかどうか』から変わってねぇ。敵対でも上手く利用しようってんでもなく、身内にしてえと……の割には手を出しかねてるしよぉ×。何で及び腰なんだ?あのジジイ共、」
「知らないよ。そのせいで私達がずっと張ってる訳なんだけど↓、~だから困ってるんじゃないか。」
「とりあえずジジイ共の事は置いとくとしてだ。あの気味の悪いガキが居るってだけで判断しかねるぜ、何つーか地味に邪魔だ。……いっそ仕掛けてみっか?」
「←魔法警察を刺激するような真似はよしなっ。
連中もあの子らが模型屋を片付けたと薄々勘付いてる、事件が終わってから奴らはブラック・ドゥーの正体を暴くのに躍起なんだ。春先にあったお前たちヴィリジアンの新入生の警戒の比じゃないよ?何処にどんな監視の眼があるか分かったもんじゃないっ。」
「あのガキなら俺様の術に掛かりゃこっちのモンだぜ?」
「←およしったら!~ナニ考えてんだいっ、あんな小さい子相手に×…っとにデリカシーの無いオトコだねえぇ。」
食人は繰り鉤の使う傀儡の術のカラクリを知っている。火事場の馬鹿力はさておき、被術者を否応なく命令に従わせる恐るべき効果は肉体への性的な作用によるもので、そんな俗臭まみれの毒牙が女児へ掛けられる事を彼女は生理的に嫌悪していた。ここで何故か相手の少女性しか見ておらず、得体の知れない怪人物との着眼点を消失してしまっている。食人はこんな考え方をする事が多い。
それに対し、術中のブラック・ドゥーの反応が見たかっただけの繰り鉤にとって、洞の仕事にデリカシーもへったくれも無かろうと言うのが持論である。とは言えそこで反論するような愚挙にこの男は及ばない。
デリカシーが無いとまた詰られる事は判り切っているからだ。
「~じゃあどーすんだよっ?」
「×だーかーら、困ってるんじゃないか。」
「↓───
────────────…そうだな、アイツらから動いてもらうってのはどーよ?」
「?」
人の疎らな大学の購買部の前で不似合いなハンチング帽がうろうろしている。
「あー。つかぬ事をお尋ねしますが、ここって…トリスターは置いてませんか?」
「何ですかそれ、」
「?煙草なんですけどね、黒い箱の。」
「あぁ、ありません。プラプラで煙草は売りに出さないんですよ、高等学部の校舎も近いので。」
「成程──、分かりました。」
「あ、こんな処に。何してるんです?警部、」
「─おお来たか。久し振りだな、」
望みの品が無いと分かっても陳列棚を気にしているのはスーツの上着を抱えた半袖シャツのワドー警部、彼を迎えたのは私服姿のウィルとアンだった。ウィルが夏らしい薄手のラフな恰好であるのに対し、アンが来ている服は相変わらず高等学部時代の体操着の上と草臥れジャージの下。この奇妙な安定感、こうして顔を合わせるのは工場町の事件以来である。
彼らは今日のお天気占いなど他愛の無い会話をしながらカフェテラスの外れに陣取った。注文の品が給され品の良い年配のウェイターが立ち去ると、魔法警察は素早く周囲に人気が無い事を確認する。
カップから口を放した警部が眉を段違いにして中を覗き込んだ。味がお気に召さなかったのか。
「…──あー。それで、二人とも身体の具合はどうだ?」
「僕達なら大丈夫です。」「わたひはふこひひょくおくがおひひゃって…」
チーズドッグをもりもり頬張りながらアンが何かのたまう。少し食欲が落ちたと言っているようだが、片腕で皿の上に同じ物をあと3本も囲っておきながら何を言わんや。その旺盛な食いっぷりに男衆は嘆息するが、安堵の成分も多分に含まれていた。霧魔の事件の際にアンは辛うじて一命を取り止め、その後も今までと同じく普通に生活を送れているからだ。それと言うのも、
「先ず君らが一番気にしているだろうドクタあー……アルゴル監察医なんだが、暫くの間──今の役目から離れる事になった。」
「「──────」」
「安心しろ。一応、日常生活に支障が無いレベルまで回復している。」
「…そうですか。」「──、…良かった。」
監察医ベルノーゲン・アルゴルは、模型屋の手に掛かったアンの身体を元に戻すため全身全霊を以って手術に臨んだ。あの時の奇跡とも言うべき偉業は恐らく、自らの生命を引き換えとした超常的な働きによるものだったに違いない、ウィルはそう確信する。あれから彼は監察医のかつての二つ名「死の交渉人」に関する逸話を調べ上げ、引退にまで至る経緯からもそう結論せざるを得なかった。世の中進歩をしても不思議な事は往々にして有るもの、事実は小説より奇なりを目の当たりにした事に彼は内心静かな興奮を抱いている。
その彼は模型屋から負わされた傷が未だ癒えていなかった。全身の打ち身や切り傷はさておき、左脇腹の刺し傷は診断の結果全治六ヶ月。急激に走ったり身体を大きく動かしたりしなければ、痛くて何も出来なくなると言う程ではないらしい。
「警部はいかがですか?」
「まだ痛むがこの人手不足にいつまでも休んでられんさ、職業病みたいなもんだ。退院したのがキーニング国立美術館の一件があった直後だったんでな、後始末を押し付けられてあちこち駆けずり回ってた。」
「後始末?」
「あの事件なぁ、本当に戦争勃発ギリっギリの所だったんだよ×。」
「「えっ?」」
「詳細は伏せるが、監察医の根回しのお陰で事無きを得たと言っても過言じゃない。何よりあの教会が未だ文句の一つも言って来ていないからな、今回の成果を高く評価してるのは確実だ。民間を含め各部署への正常化通達も迅速だった──。
あの人の功労っぷりには……毎度頭が下がる想いだよ。」
「………」
しんみりした顔でカップに一口付けたかと思えば眉間へ皺を寄せ中を睨む。コーヒーの味には煩いのか、それとも単に煙草を切らしているせいなのか。咳払いをして警部は居住まいを正した。
「初めから終わりまで胸くそ悪かった希代の連続猟奇殺人事件はもう終わった。此度の結果には君達二人の活躍があった事も間違い無い。だが、当時直属の上司である監察医に判断を仰がず独断で行動へ出たのは重大な規則違反だ。───解ってるな?」
「…はい。」「…。」
「~『美術館の要職に関わるな』、そう伝えておいたはずなんだが。……まぁ、館長が犯人だと言う確証を俺が得られていればもっと的確な助言をしてやれたかも知れん…
しかし←、勝手な行動をした事に変わりはないっ。ウィルは既に二回目、営倉送りに遭ったばかりだと言うのに懲りていないようだな。反省は無いのか、何も学んでいないのか?
そして、アンは上司に生命の危険を負わせた点でウィルと同罪だ。」
「「……」」
「これは俺の責任だ。研修生と言う身分でなけりゃ二人とも俺が直々にブン殴ってる。そうしないのは君らがまだ学生だからだ、ちゃんとした社会人じゃないからなんだ。~しかしペナルティーは掛けられるからな、大人になってからその意味を理解しても遅いぞ、重々覚悟しておけっ。
───いいか?もう一度言うぞ。『本当に危ない事は我々大人がやるんだ』、学生でいるのであれば学生の本分を弁えろぃ。事件後今まで大学通いだったのはつーまーりーそう言う事だ。…胆に銘じておけよ。」
「「~~~、」」
黙って聞いてはいるが明らかに不服と言った表情の研修生達。アンは会話の間暫く手を止めていたが、不貞腐れてチーズドッグを口に運ぶ手を加速させる。ウィルは膝の上に握り拳を置いたまま顔を強張らせていた。あの時彼らは掴み掛けた警部の教えの核心を逃すまいと果敢に困難へ挑んだのだ。しかし執るべき行程を踏まず先走り、自らの信念を主張をするタイミングは既に逃してしまった。今釈明してもそれはもうただの言い訳にしか聞こえない。詰まる所が子供扱いの身から出た錆、悶々となるのも仕方がない。
警部としてはヒヨッ子共を焚き付け大いに奮起させたい腹積もりだったのだが、上手く伝えられていない事を痛感していた。あれこれ考えるせいか、自分もまだまだだと眉間を押さえてからハンチング帽を脱いだこげ茶カリフラワーの上を掻く。
指導者の憂いを他所に若者らはそれでも成長していた。
真摯な面持ちでウィルが顔を上げる。
「警部、」
「ん?」
「僕達を譴責されるためだけにわざわざこんな処まで足を運ばれた訳ではないですよね?」
ちっ。このタイミングにまんまと見透かされ警部はバツの悪そうな顔をした。
「…~そうだっ↓。俺がプラプラまで出向いたのは出先からの帰り道だった事もある。が、
──ここからが本題だ。特にウィル、君は心して聞け。」
「「───。」」
「霧魔の一件は確かに終わった。しかし、←残された或る問題が新しい火種になっちまった。」
片肘でテーブルに肩を乗り上げる。ウィルからアン、そしてウィルへと睨み付けた。
「連続猟奇殺人事件の犯人。霧魔こと模型屋を闇に葬り去ったのは、一体…『何者なのか?』」
「★?!!↑」
「←だーかーら落ち着けいっ×。」
とうとう来たかと立ち上がったウィルをそら来たと警部が牽制する。話題としては触れたくない類いの内容だが伝えぬ訳にも行かない、いきなり立ち上がったせいで脇腹の激痛を堪えるウィルに警部は着席を促した。
「ウィルは──その時の様子を直接目にしてるんだったな、」
「××~…はいっ、この眼でハッキリと。
呆気ないものでした……──本当にサックリ。この表現に尽きます。」
「そのサックリやってくれた正体不明の喪服姿の婦人と爪の従者、この二人が………件の都市伝説『ブラック・ドゥー』を名乗っているらしい事が分かった。これまでウィルの言っていた話は満更でもなかったと言う事になるな↓。」
そうでしょうそうでしょうとも、ウィルは腕を組み得意顔でこくこく頷いた。眉は痛みに耐えているが嬉しそうな顔をしている、他人事のように彼を見つつアンが冷めた紅茶を口に含む。警部はやれやれと片手で顔を覆った。
「~問題は『ブラック・ドゥーの立ち位置』だ。洞から情報を供与されてるとか、洞の活動の邪魔をしたとか、洞との関係が取り沙汰されている。今言った通り洞と協力関係にあるのか敵対関係にあるのか今一ハッキリしない。そして一層分からなくさせているのが、葬った相手が『霧魔』である点だ。」
「!」「……?」
「初回は噂の域を出なかったが前回に事実として確認された訳なんで、初回も事実であったと言う可能性は否定出来ない。霧魔の正体がどうだったかまでは確認のしようもないが、…少なくともブラック・ドゥーは暗礁密林の闇巫女と言う昔ながらのキャラクター性を見出せなくなったな。」
「↓そうですね。」
残念至極とウィルは口をヘの字に曲げる。ミステリアスな女性と言うキャラクターに憧れを感じていたのに、実際は薄汚い形をした馬の骨だったのだから。喪服の女主人と言う存在に一縷の望みを捨て切っていない辺り、彼のブラック・ドゥー好きも往生際が悪い。
「我々の今回の任務はズバリ『ブラック・ドゥーの正体を暴く』事だっ。」
「★☆?!」「→ええぇ…」
「そこで君達の出番になる。以前あったストカー騒ぎの続きになるが、
───
─────────我々はここの生徒であるメリーベル姉妹とその付き人を監視するっ。」
事態を受け止める間。残り半分足らずのチーズドッグを口に運びつつアンが渋々尋ねた。
「…例の喪服のご婦人ですか、」
「筆頭だな。」
「どうしてまたメリーベルなんですか?」
「付き人との接点が疑われている、数少ない有力な情報だ。爪の男はヴィリジアンでもある。が、こちらはこじつけに近い。」
「★×っ~~。」
景気の良かったウィルの表情が曇る。これまでボロの怪人に張り合えどウィルは全くもって良い所が無かった。もし怪人の正体が本当にジェズ少年だったとしたら、シルキッシュ至上主義者である彼にとってとてもじゃないが受け入れられたものではない。貧相で教養の無い年下の蛮緑に敵わなかった自身へ対する負の感情をさて置いたとしても、意中のお相手リュアラ・メリーベルとどう向き合えば良いかまるで判らなくなる。若さ故の過ちは認めたくないものなのだ。
彼の葛藤などつゆ知らず、アンはチーズの入ってないドッグの尻尾を口に放り込み屈託した様子で意見する。
「──。っ手掛かりとしては希薄ですね。あの子達にまた張り込むの、私は賛同出来ません。」
「ぼっ…僕も、あまり……」
「『夜目が利くから』って安直な理由で私は割をたらふくご馳走になりました。単純にヤなんですよっ。」
「───」
「そう言うな。…まあ何だ、俺も正直どうかとは思ってる。」
警部は初めてメリーベル本舗を訪れた折に野性のイノシシの猪突猛進をくらい、入院先で見舞いとして酒蔵からそこそこお高い良い酒を頂戴していた。また嫌な思いをさせる事になるなと、少し引け目を感じているのでどうかと思う次第である。
「あー。だが情報筋じゃ『まだマシ』な方の手掛かりだぞ?他は噂にもならない信憑性の乏しいカスみたいな情報で宛がわれる連中だって居るんだ、俺達は当たりを引いたかも知れん。」
「~ううぅんと、そう言う事ではなくてですね。そもそもの話、」
「何だぁ、どうした?」
「そこまでしてブラック・ドゥーに拘る理由が判らないんですっ。
立ち位置がどうのと…それがどうしたって言うんです?伝説の暗礁密林の闇巫女が洞と1セットになったら国が滅んじゃうとでも言うんですか??~小さい事を大袈裟にしてるような…違和感?何かをドサクサに紛れて進められる感じが気持ち悪いんですよ。
フー・セクションは一体何を考えてるんですか?」
「───先の事件が戦争ギリギリだと言ったろう、動いているのは洞だけじゃあない。」
「?」
「前回の模型屋の一件でなぁ…───」
警部は両肘を立て、組んだ手の上から凶悪な眼で宙を睨み付けた。
「ジョーカーになっちまったんだよっ、ブラック・ドゥーは。」
☆☆☆
夕刻を過ぎても夏の陽は中々沈まない、労働者の勤務時間は必然的に延びる傾向がある。しかし、働く事が趣味の延長線上である彼らにとって実働と言う概念は無く、延びるも延びぬもお構い無しだった。首都テーブルターニングの港町に在る倉庫群の一角の暗い地階、ランプの頼りない灯りの中で確かな手応えに汗を拭いながら隣の人物と見合わせている二人の老人が居た。酒蔵メリーベル現当主の義父パトリック・フォスターと農夫兼エンジニアのジュゼッペ・グレムリーだ。
二人して汗を滾らせ興奮した様子で視線を交わしているが、決して互いの愛を確かめ合っていたりなどしている訳ではない。傍目はそんな地獄絵図の一歩手前だが。
床下収納の蓋を開け伝わって来た微かな清涼感に逸る気持ちを抑え、中の物を慎重に引き揚げる。
フォスターの手に取った酒瓶はひんやりと冷たかった。
「フォオオオオォ…」
それが隣の長老マルチーズへ手渡される。
「ぅおホホっ…」
「☆フォッフォッフォッ、」
「☆むっフフフ、」
気味の悪いデュフフ笑いが木霊する。こんな暗い地下で老齢の男二人肩を並べて一体何がそんなに興奮させられるのかと言えば、リュアラの諦め掛けていた地下水冷が試行錯誤の末に何とか実現出来たからだ。この短期間で成し遂げられたのは快挙と言っていい、フォスターが逆V字の白髭を得意気に玩ぶ。
「思い切って白炭を使ったのがこうも巧く行くとは、思いもせなんだ。」
「隙間を埋める松脂の余りの洗い落としに、よりによってメディスンとこの酒精を使う羽目になろうとは。~何とも癪な所だがの。」
「×そう言いなさんな。それも元を辿ればかつてのメリーベルを礎とした精製技術の賜物、お陰でこうして思い通りの物が出来たんだ。良しとしようじゃないか、」
「ふンむぅ……」
ハッカの入ったコーンパイプを口惜しそうに上下させる。酒蔵メリーベルより袂を分かち商売敵となったメディスン・ビバレッジとの古い因縁は、先祖代々酒蔵に身を寄せるジュゼッペも骨身に染みているものがあった。理屈で整理できても心情的にはやはり受け入れ難い。
その点フォスターは外から移り住んだ人間であり、当人の頭の軟らかさもあって因縁に対する酒蔵の情動にも臨機応変だった。
「いやはや、ローシェに相談してみて☆正解だったわい。まさか炭の方がガラスよりも熱を伝え易いとはのう、儂のイメージは未だに逆だわい。」
「空気や水を浄化する効果も期待できるとの事だが……どれだけ効果が現れてるのかは比較対象が無いとどうにも分からんのう。まぁ、優れた相談役が居てくれたのは幸いだ。身近に居ないのがちょいと不便だが。」
「確かに住み込み先が遠いのは難点だ×。でも、愛しい娘に会いに行くと思えばあの程度の距離などどうと言う事は無い。」
フォスターの愛娘、現当主夫人ローシェ・メリーベルはプラプラとは異なる遠方の学園で日々研究に明け暮れている。
当初フォスターとジュゼッペは地下水に浸す保冷庫をガラスで成形する算段でいた。しかし雛型を試作する段階で、現状揃えられる資材では製造から運用へ至るまで掛かるコストが予想を大幅に上回ると判明したのだ。若き次期当主の願いを叶えてやりたいオヤジ達の挑戦が頓挫し掛ける、その窮地を救ったのがローシェである。ミーシャがジェズとタタリに昔の酒蔵製のガラス瓶を集めさせていたのもローシェに調べてもらうための物だった。
木炭そのものを建材として用いるアイディアこそジュゼッペの考案であったが、その奇抜な発想の有用性を検証し実現せしめたのはローシェの博識と協力があってのものだった。強度の問題が指摘されていたが、密度の高い白炭を用いバンガローの壁のような組木構造を採る事で強度と密閉性を高めながらコストを抑える事に成功した。考案者はホックホク、ハッスル爺さん親バカ全開さもありなん。
因みに、接着剤として用いた松脂の洗浄にメディスン製のアルコール系溶剤を奨めたのも彼女である。酒屋の昔話など意にも介さぬキレッぷりは父親以上、メリーベル夫人はあくまで一学者なのだ。
それはさておき、
「こうなると気になるのは……味の方だなぁ♪、」
「暑い日に冷たい酒など早々飲めんからのホ♪。」
いそいそと後ろの鞄から味も素っ気も無い普段使いのガラスコップを取り出す。最初から飲む気満々でいやがったのだ、この呑兵衛どもは。涼しげな汗を掻き始めた酒瓶を布巾で包み、上機嫌に鼻歌をフンフン鳴らせながらコルク栓を抜く。売れ筋の「メリーベル・メリーベル」、冷やして飲むなら黄ワインとも呼ばれる甘みの凝縮されたこの麦藁ワインこそが相応しい。
キュポン、トトトトシター……
黄金色の至福が容器へ満ちるにつれ、その表面にランプの炎で照らされる酒飲み共のニヤけ面が露わとなる。程無くして表面は曇って行き、ニヤけ面はぼんやりとボヤけてしまった。その様を見てデュフヒフフ、どうして犯罪臭のする笑い方をするのか。
「それでは愛する娘達への感謝の気持ちと将来の期待、」
「メリーベルの幸を願って、」
「「乾杯!───
!───────────────っっ…☆ぶっ↑はあああああっ@♪!」」
ご満悦の酒気を吐き出し真顔で互いの顔を窺ってからダーハハと豪快な笑い声を上げた。
「☆フォオオオオオッ!こぉおんなに旨いワインわ↑初めてだあああぁっ!!」
「☆おおうっ。これ程美味いワインを儂は今まで飲んだ事が無い!…無いぞい!!」
「口へ含んで喉を通りきった直後に腹の下から頭の中までじわじわじわ~…と薫りが満ちて来っよっるっ!これは~ぁ何だっ……アレだ、注いだ傍では匂いが立たんからか?!冬場に冷たい物を飲むのとは訳が違うぞい!」
「元々少ない苦味と渋味が際立って、豊かな甘さの中にキレを生み出しとる!まったりした口当たりながらこの清涼感っ、滑らかな舌触りに喉越し、飲み込んでから膨らむ豊かな香りっ……~↑たあああまルルルルぁんんっ☆、最高だわい!」
「このワインなら気位の高い旧国帝政の王候貴族にだって堂々と献上出来る!賭けてもいい!!」
「「←キンキンに冷えていれば、のっ♪。」」
ダーハハハ、たった一杯だけですっかり出来上がってしまった。彼らにとっては正真正銘の勝利の美酒なのだから味も格別だろう、盃を持つ手が止まらない。
興奮冷めやらぬ勢いではあったが、フォスターは赤ら顔で自らを制する。
「@まぁ…あくまで品質劣化を抑える事が目的で、キンキンを味わうためのモンじゃないし。この場でしか飲めないんじゃのう↓。」
「これ程冷えたのも、この地下の水量が増えたお陰だしなぁ。季節によるものか一時的なものか分からんし、喜んでばかりもおれん。」
「いつだったか……珍しく地震があったろう?」
「?儂ゃ覚えとらんが。」
「ひと月ほど前だったか、真っ昼間に少しだけ揺れたんだ。そのせいかも知れんなぁ。」
この地震、キーニング国立美術館の地下の騒動に起因するものである。
「地の精霊の気紛れかのう、」
「また気紛れを起こされて地下水が減ったりしたら困り者だ×。」
「←酒でも供えるか?」
「←このワインならどんな精霊もベ~ロンベロンッよっ☆。」
ダーハハ。所詮酔っ払い、駄目だこりゃである。
有頂天ラリパッパの二人だがそれでも多少の理性は残っていたらしく、試飲はこの1瓶に抑える話向きとなった。そこまでは良かったのだが、いざ地上へ戻り夕陽の差し込むガレージに車が控えているのを見留めて彼らは無言で暫し立ち尽くす。ジュゼッペが眠たそうな眼で小さくゲップすると少し呻いて尻を掻いた。
「──儂ら、どうやって帰るかのぅ…」
「──それな。」
陽の落ちる頃には風が出て来て日中と比べれば暑苦しさも多少まし。学園プラチナ・プラタナスを擁する衛星都市ダウジングロッドは帰り道を行く学生らの姿も消え、妖しげな大人の世界へと変貌を遂げていた。建造物が犇めきあう隙間を潜り抜けた先に、知る人ぞ知る隠れた名店が居を構えている。赤い提灯に照らされる暖簾の佇まい、その有り様の何と扇情的な事か。
ただ、今宵は多分にやさぐれた空気が軒先でとぐろを巻いていた。それは冷たい霧のように地を這うが、湿り気はともかく何故か火属性を帯び、道行く人々を尋常ならざる不安の境地へと遍く陥れる。これはもう新種のテロ行為と言って差し支えない。
呑み処の奥座敷で相対する白と黒。テロ活動の中心人物、やさぐれの発生源は白の方だった。
「───っ、↑#ぷはあああああぁぁ↓。」
「──────」
枡を呷り酒精塗れの桃色吐息をリリースしているのはプラプラ大学保健室の看護婦トキミである。呑みっぷり自体は豪快で気持ちの良い様なのだが、その恰好がとても目を当てられたものではない。清楚な白い和服をこれでもかと言うほど乱し、一升瓶を抱える左手の二の腕まで首許から開けさせ胸元ガバガバ下着が丸見え。座布団の上で胡座をかき、立てた右膝へ肘掛けて空の枡から雫を滴らせている。座卓の下はさぞや凄い光景となっているであろう、乱痴気姿のアルティメット。幸い覗き込むような不埒な輩はこの場に居ない、付き合わされる男の不幸があるだけだ。
不幸な男は夏の室内でも相変わらずの黒コート、暑くはないのか保険医ユウキ・ジュウモンジである。彼は折角の馴染みの店だと言うのに居心地の悪い想いをしていた。熱帯夜の暑さもそっち退け、ぶっちぎりなお断りします感に気が萎える。
「───いい加減にしないか、」
「←卍っ、」
あンだあごら。鼻息も荒く取立てに現れたヤクザのようなオラオラ顔で睨み返された。上気する肌は婀娜っぽくも見えるが、そもそもの体形は完全にお子様である事と、視線が完全に殺し屋のそれなので相手に困る。トキミは瓶を懐に抱えて空けた左手で手前の皿からあたりめを摘むと、その端っこを咥えてくちゃくちゃ咀嚼し始めた。凶眼が保険医を凝視し続ける、実に気不味い雰囲気。それから一瞬視線を逸らしたかと思えば、頸を横へ振るいあたりめを噛み千切って咀嚼の方向を水平から垂直に切り替えた。これは何処かで見たような、一体何だったろう。そうそう確か、
「~←誰がカワウソですっ?」
「何も言ってない。」
ヤクザカワウソは左手の残りに小皿のマヨネーズ醤油をちまちま絡め、しゃぶり付いたおちょぼ口をちゅうちゅう言わせる。拗ねた感じの上目遣いがそこはかとなくあざとい。この扱いにくさはどうだ、ジュウモンジが珍しく思考を乱す。腕白でもいいが逞しく育ってほしくはない、
「~←言わせませんよっ??」
「何をだ×。
───今のお前は正に普段のお前が忌み嫌う有り様だぞ。取り乱すのも大概にしておけ、」
「↑私だって好き好んで暴れはっちゃけ鼻摘まんでる訳じゃないんです!一体全体誰のせいでこうなったとお思いですか!?」
「…誰のせいでもない……」
諭すような落ち着きのある低い声。
修羅場相応の怨嗟のヒートアップは治まり、その場に漸く静けさが訪れようと
黙れドン。
「切り札とは良く言ったものです。~いやはやしてやられました、見事なお手並みです。」
「賭けはお前の勝ちだろう、私も異論は無い。お前の望み通りだったはずだ。何が不満だ、」
賭け、ブラック・ドゥーの噂の顛末についてである。ジェズが秘密の力を使わざるを得ない程の危機と直面する大事に至る、そうなればジュウモンジの勝ち、報酬は「彼が直接手を施しジェズの生命を繋ぐ」事。大事に至らず噂は有耶無耶そんな事もあったかな、そうなればトキミの勝ち、報酬は前受けした「医療行為は大学の保健室へ彼が来れた場合に限る」事。それが両者の提示した条件だった。
実態はジュウモンジの条件に合致するので本来彼の勝ちなのだが、その実態を彼らが知る由も無く、表面上知り得る状態はトキミの条件に合致する。結局賭けは彼女の勝ちと言う事に相成った。結果が判るまでの間、前受けのせいで保健室から出られないジュウモンジは大人しく過ごさざるを得ない。内心ムラムラしながらも慎ましく仏頂面を貫き通すお館様にトキミは改心したと感心し、暫くは平穏な日々を送る事が出来た。
が、それも今日までのお話。平穏な日々は蜃気楼の如き幻と発覚したのだ。
きっかけは保険医宛てに届いた一通の便りである。
「外部の者に助勢を仰ぐとは~……何と狡獪なっ、」
「手持ち無沙汰を拗らせていた。久方振りにあいつへ見舞いを出しただけだろう、」
「~手持ち無沙汰とは意趣返しのおつもりですか?筋金入りの筆無精がお見舞いを?↑わざわざ書簡で?!あまつさえ『あの子達の事をよろしく頼めないか』などと書く必要が暑中見舞いの↑何ー処ーにーありますか?!」
「私宛ての返信を本人の承諾無く勝手に読むのはどうなんだ?」
「→葉書で来たのだから不可抗力です!それとこれとは話が違います!」
「…既に結果が出て賭けは終わった。結局あれらは事に立会える状態でなかったのだ。今さら蒸し返した所で」
「←賭けはこの際良いです、私の与り知らぬ所で手札を調達しようとしていた裏切り行為も不問にしましょうっ。」
「──。」
裏切り行為とは甚だ心外どう言う事だ、賭けの約定通り活動を自粛していたのにと面の皮が仏頂る。しかし、何かにつけて自らの好奇心の赴くまま首を突っ込み掻き回したがるその姿勢こそがトキミの怒りを買っている事にこの真っ黒は全く気付かない。無頓着ここに極まれり。
「←でも結局彼らはこちらへ来るって言ってるじゃないですか!」
「仕事の次いでで挨拶に立ち寄るだけだろう、」
「↑プースカッ!…理由なんてどーでもいーんですぅううっ×、私が嫌なのは立ち寄る人物が彼だと言う事です!」
「義理でも私の甥だぞ、それに恐らくお前の妹弟子も一緒だ。そう邪険にするな。」
「プププーっ、」
あたりめの無くなった皿の上と口の間を人差し指が往復する。遂にはマヨネーズ醤油を小さな舌先で直接ぴちゃぴちゃ、そこへ桝酒を追い掛け始めた。行燈の油を舐める猫又でもここまで退廃的な怪異は見せないだろう、百物語を催すよりも効率的に体感温度を下げられそうだ。
「~しょおじきぃい、お館様が一人殖えるのと変わらないんですよ~ぉ……」
酒席の無礼講とて失礼千万、流石にこの一方的な流れを変えてやろうとお館様は画策する。
流れの元凶が自らである事も棚に上げて。
「呑気なものだな。わざわざあれらが来るんだぞ?荒野を越えて『仕事』の次いでで、」
「@~──────……【社】の使命だと言うんですか?」
「他にあるものか。自分達の縄張りから外へ出る事の無かった連中が絹色の勢力圏内にまで出張って来ようなどと、穏便ではない。」
「…彼らは自らの限られた生活圏内の秩序を保つだけの存在、水際から外界へ出回るなど…」
「脅威が出来たか、或いはそれに準ずる大きな出来事があったに違いない。東方世界の伝聞などこちらにまで届かぬから皆目判らん、当人達の口から聞く方が早いだろう。出国が返信と同時期ならば今頃は存外近くまで訪れているかも知れん。」
彼らが遠方へ移動する際の交通手段は陸路を車でひた走るのが専ら。悪路を強引に走破する車内の乗り心地は最悪で、頭に馬鹿の付くほど燃料代は高く付いてしまうが、それさえ厭わなければ書簡の郵送先である東方世界の最西端へはひと月あれば辿り着く事が出来る。天候の影響を大きく受けるため到着が半月以上前後する事はあるものの世の中便利な時代になったもの、科学の勝利なのだ。
「まぁ…縁はあれど所縁はありませんから、彼らがどうなろうと私達はカンケー無いですけれどー。」
「冷たい奴だな、」
「@何とでも言ってください。お館様だってホントはそれほど興味無いでしょーに。
とどのつまり、彼らがあの子達と絡んでど~なるかを見たくて見たくて堪らないんでしょうにっ×。」
「否定はせん。」
「しょおじきですね。嫌いじゃないですよ。~だけど…↑大っっっキラいですっ!!」
「私は好きだぞ、」
「─────────ぇ…#☆」
その一言に荒み切っていた胸の内が潤いを取り戻す、火照った身体の奥から更に熱さが込み上げる。ヤあだもう先生ったらいきなりそんな不意討ちなんて、斜め下へ逃がせた瞳を乙女のように震わせチラチラと前を盗み見る。すっかり出来上がった赤い頬へ掌を宛がい露となった肩を竦めて右に左にいやんいやん、曲げた人差し指を下唇へ添えると上目遣いに先生を見詰めた。今夜の彼女はとても酔っている。
「#@先生ぇええぇ♪」
「脅威と言えば洞の関わる事に相違ない、そうなるとこの国の教会がどう動くかも気になる。社の動向…これを見逃がす訳には行くまいっ。」
「───
──────────
───────────────────────────────────」
「?」
「どうしたのジェズ、」
「いやあ、何だかダウジングロッドの方で赤い雨が降り注いでるような…」
「気のせいよ。いいから目の前の事に集中して、」
「×はあ…ええ、まぁ↓↓…」
「現を抜かしてるとここにはあんたの赤い雨が撒き散るかもね。」
「────」
やっと一日の仕事を終えたジェズは遅い夕食を摂ったのちミーシャから勉強を教わっていた。机上のランプの明かりが揺らぐ暗い大きな食堂、窓を開け放しておけば風はよく通るが流石にまだ蒸し暑い。袖無しの丸首シャツに短パン一丁、首に掛けたズタボロの手拭いで脂汗を拭いつつ参考書の練習問題に挑んでいる。その斜向かいでは学生服のまま腕捲りをしたミーシャが同じく問題集に取り掛かっていた。時折ノートを片手に胸元をパタパタ。彼女が汗をかいているのは単に気温と湿度が高いからではない、ジェズをシバき終わって幾らも経っていないからだ。
「~~…お嬢様、この…小文字のaとbとcが箱なのは判ったんです。大文字のAとBとCも箱なのも判りました。だけど小文字のcと大文字のAならもうここに居ますよね?同じ箱なんだから小文字のcが3なら答えは3じゃないんですか?ぁああでもでもっ×…~~あのこのっ、小文字のoとsは何処から出て来たんですか?」
それはこないだの授業でも教えてあげた、その台詞をミーシャはごくりと呑み込む。
「──oとsはそれぞれ箱じゃなくて、cosの3文字で1つの単語『コサイン』って読む───思い出した?問題で求めろと言われてるここの部分は先ず『cos A』、つまりAに接する辺aとcの長さから」
「ワカ…ワカら…解らりっ@……」
「こら、諦めないっ。ゆっくりでいいから一つ一つ理解して行きなさい、」
「ぅぅぅ↓……これって、一体何の役に立つんですか?」
「え、───進学の役に立つ。」
「頭の良さを証明するためのものですか、」
「ぇえ?……ん~まぁ、そんな所かな───?
あたしだってホントはよく解らないよ×、ホントはちゃんと役に立つんだってば。↓きっと…」
「解らない僕には僕の頭が良くない事の証明でしかない↓…」
「あんたにとってはそうかも知れないけど、周りにとってはそれだけじゃないんだからね、」
「↓↓……」
(どうしよう、ジェズが全然やる気になってくれない……学校と仕事で疲れてるし、出せって言われてハイそうですかと出るもんじゃないもんね。あたしだって教えるのヘコ垂れちゃうよ↓。)
それでも決して溜め息などつかない。昼間にあったギギシとの一件を思い出し、見返してやろうと自らを鼓舞する。しかし、彼のネガティブな空気までは如何ともし難い。
暑い中ミーシャが悩ましい顔で眉間に皺を寄せていると入り口の方から光源が近付いて来た。聞こえて来る靴音からして凛としている、淡い水色のワンピース姿で現われたのはランプと水差しを携えたリュアラだった。
「?どうしたの二人とも。こんな時間にこんな場所で、」
「テスト勉強よ。」
「↓リュアラお嬢様、」
「…この世の終わりみたいな顔をして、どうしたの?」
「1オエー、やらせてもらっていいですか?」
「あなたは何を言ってるの、」
「前回の中間テストで散々だったから、勉強あたしが看てる。」
「──────」
(この前のテスト……そう言えば時期的には人身売買を片っ端から締め上げていた頃だわ。あの時は夜中が多かったし、お休みもまともに休ませてあげていなかった。──普段の酒蔵の仕事だって大変なのに、ましてや勉強なんて…)
道理そこ退け御無理が通る強制してない強制労働、この暴力的な文字の羅列にルビを振るなら正しくこれぞ「ブラック・ドゥー」。奴隷の酷使が罷り通っていた旧国帝政の世ですらこれだけの仕事内容を、しかも深夜に及ぶまでやらせるなどと言う傲慢は無かった。そのうえ押し付けた業務内容はとてもマトモと言えぬ擁護の無さ、ここまで突き抜けていると議論の俎上に載せる事さえおこがましい。
では仕事をさせていた主は楽をしていたのかと言うとそれも違う。ジェズが担う荒事と言う分野の垣根を取り払えば、リュアラも同じ条件で働いていた事になる。彼女にも彼女本来の仕事があり、主従の間でどちらが重労働だと単純に比較など出来ない。彼女も大変だった事だけは間違いない。
「その、そんなに……良くなかったの?」
「?良くも何も×、けちょんけちょんの最下位に決まってるでしょ!ジェズはこの国の義務教育を受けていないんだから仕方無いじゃない、何期待してんのよっ。」
「×ごめんなさい。私が悪かったわ、そんなに怒らないで、」
一見面倒見の良さそうな姉だが、当人に何かしら気の抜けるタイミングがあると周囲への気配りまですっぽり抜けてしまう。本人にもそれとなく心当たりはあるらしく、幼少の頃より彼女はその穴埋めを妹に負わせようとするのだ。好意的に捉えれば頼りにされていると言えなくもない。いずれにせよ「確りしないと」とミーシャが意気込むのは必然の流れであり彼女らの歴史、姉の言葉が無責任に聞こえるのも仕方のない事だった。
思わず妹に付き人のテストの結果を訊くくらい無関心と捉えられたリュアラの方は、純粋なまでに全く悪気が無かった。自身の中間テストの結果はいつも通り首位に届く程で、勉強で特別大変な思いをしない彼女はテストそのものに対し差して興味を抱いていない。生活習慣として身に付いている日々の勉強で学び取れてしまうため、テスト勉強と言う行為を思い立った事すら無いのだ。妹の奮起する気持ちなど解かろうはずがない。
しかし、そんなリュアラでも流石に思う所はあった。
(ジェズから学ぶ時間を奪い胆力を削いだのは、黒ワインの機会を最優先にした他の誰でもない私のせい。私の責任………ここは私が、←)
「勉強を看ると言っても、あなただって自分の勉強があるでしょう、」
「それはまぁ、勿論あるけど…」
「あなたは自分自身の勉強に確り集中なさい、ジェズの勉強なら私が看ます。」
「え?…いや、いいってばそんなの。」
「いい訳がいい訳ないでしょう×。…それとも何?今度の期末テストの結果が悪かったら、それをジェズの勉強を看ていたせいにするつもり?」
「★!失礼ねっ、そんな事考えてない!」
「分かってるわ。いいから、ここは私が諸肌脱ぎましょう。」
「~そこは一肌でしょーがっ×。」
また変な言葉をジェズが憶えたらどうする、姉の言い回しにミーシャは空かさずツッ込む。彼女の指摘の通り普通にリュアラは脱ぐ肌を間違えていたのだが、これはあながち誤用ではない。一肌が「片手間に、ついでに」と言ったサブ的なニュアンスであるのに対し、諸肌は「真剣に、一筋に」と言う気合いの入ったマジ的な意味合いに変わるだけで、力添えする事自体は何ら変わらない。
しかし、ミーシャの懸念通り意味を取り違えているカワイソウな子がここに居た。
ジェズが眼を丸くしてリュアラを見詰める。
「─────────────────────」
「───?──な……何かしら…」
煌びやかで可愛いお洒落なスイーツを目の前にした女の子の如く、ジェズが蕩けんばかりの破顔を見せた。艶々した両の頬っぺたを掌で押さえ、口はよだれで決壊寸前。深緑の瞳の奥でハートマークが鼓動を打ちながらショッキングピンクに明滅している。何このテンション爆上がり怖い。
「もろはだ………………ご、ごっ、↑ごほう・び・っ☆#……」
「☆★☆★!?!?~~っ××。」
♪てぃらり~ん、鼻から豆乳~。運命な感じの古の旋律がリュアラの脳裏を過り彼女は大いに戦慄する。そんな話題もあったわね、すっぽりしっぽり抜けてしまっていたファクターにとんだ地雷が潜んでいた。そう言えば彼との約束を曖昧にしたままだった。
ペンディングとなっているジェズへのご褒美、
リュアラが「光皇女ホワイト・レディーのキワドい衣装を身に纏う」熱い羞恥プレイの事である!
「★ちょ×……ちょっと待ってジェズ?☆」
「#ぁぁあああうっかりしてましたリュアラお嬢様☆。そうだあ…それがあったありました!@それはつまりっあのその………とうとうごほうびが♪!」
「☆★ふぎぐっ×!?」
「ごほうび?とうとう←?」
「あっ!…いえそのっ×、こ………これは、あのっっ…」
妹からサスペンスな視線を突き刺され豆乳リピート。ここで下手に言い訳をすれば黒ワインを気付かせてしまいかねないし、誤魔化したら誤魔化したでジェズ入院以来の突き上げを食うのは必至。また、ご褒美をあげると甘言でそそらせておきながら既にすっぽかしを二回重ねているのは、ジェズに対しても示しが付かない。
とは言えである。
(×あん~~な破廉恥なセパレート誰が着れるものですかっ#、下着姿のままの方が余程マシよ!──いえ、どちらも大差は無いわね↓。でもっ、いくらなんでもあれは##恥ずかし過っぎっるっ!~───
───!…かくなる上はっ、)
「ジェズ、私と『お勉強』をしましょう。」
「♪#…──────↓───↓↓───↓↓↓ぇ、」
「1つの科目だけでも構いません、『最下位を脱してごらんなさい』。そうしたら…貴方にご褒美をあげましょう。」
「…ぇぇぇ…★えええええっ×?」
「大丈夫、私がちゃんと看てあげるから。」
「×でもリュアラお嬢様、僕ちゃんと」
「×☆!───『』☆っ!」
新サービスの初任務を命懸けで完遂したジェズの申し立てをリュアラが必死に目配せで抑制する。
『黒ワインは私と貴方だけの秘密でしょう』と言われてもこの期に及んでジェズは溜飲が下るまい、
そこまで見通しリュアラは更に圧し徹す。
「大丈夫←……『痛くしない』から←…」
「★↑はわあっ×!、はわわっ→←→、@ぁああわわわわ!×→」
「安心なさい←←、」
ジェズの身体が逃げの体勢に入っているのを察し、リュアラは持ち物を机上へ置いて彼の傍らにそっと寄り添った。お勉強と言う恐怖の言葉に狼狽えるジェズだが、清潔感の溢れる石鹸の香りと微かな花の香りが鼻先を掠めてふと我に帰る。視界に入ったすぐ隣の淡い水色の薄布を上へ辿れば、双丘を越えてリュアラお嬢様のコバルトブルーの透き通った瞳が見詰めているではないか。柔らかな掌がジェズの頬をゆっくりと優しく包む。
「頑張りましょう、ね?」
「#─────↓はい。」
「うふふ☆。」
(───────────────……どーにかはぐらかす事が出来たかしらー↓。
ジェズがそれなりにやる気を出せばミーシャはその流れを自然と受け入れるだろうし、ご褒美を二回もお預けされたジェズだってお勉強を盾に私をちらつかせれば、これまでのお預けも忘れて目の前の私を夢中になるはず!まぁ…スキンシップで紛らわせた点はどうかと思うけれど↓いいの、これは色仕掛けなんてそんな大それたものじゃないのだから×。
何にせよ、…これで「私があの衣装を着なくちゃならなくなる危険は避けられた」わっ☆。
基礎となる教育を未修のうえ勉強の大嫌いなこの子が試験で一般生徒を抜くなど正に至難の技。例え本人が懸命に立ち向かおうとしても、~私の与える仕事次第でその根気は抑えられる……この条件下においてジェズが「成績の順位を上げる事は先ず不可能」っ───何と言っても、人には出来る事と出来ない事があるのだから……
@ふう♪。不可抗力と言うか紆余曲折と言うか、ご褒美をぶら下げたのはこれで三度目なのにこうも事が上手く運ぶなんて。この子には少し気の毒だけど、全く『三度目にはそっと出し』とは良く言ったものね。ああ、自分で自分が恐いわ#……
───計算通り!!)
ドーォオオオオン。優しい笑みの裏に広がる暗黒宇宙、流石は新規事業に裏仕事を手掛けるだけの次期当主。自分自身にジェズが夢中になると考える辺り凄い自信、今夜の彼女は大胆かつダーティーに腹黒い。そうならざるを得ないほど光皇女のコスチュームプレイは彼女にとって耐え難い行為だったのだ。それにしても、この腹黒さでホワイト・レディーとはとんだお笑い種である。大体「そっと出す」のは馬の目の前に吊るす人参ではなく居候のおかわりの要求の事、恐いと耽溺する程の恰好は付いていないだけまだ可愛げがある。
「あたしも成績上げたいなー@。…ねえお姉様、あたしの勉強も看てくれない??」
「───え?」
「そう言えばあたし今まで勉強をお姉様に看てもらった事なんて一度も無かったしー、いつも成績上位のお姉様が看てくれたらあたしも成績を伸ばせると思うんだー。…それとも何?実の妹を差し置いて使用人のジェズばかり贔屓するつもり?」
「ぇえ~と。そ……うふふ×、っそれはその」
(×いけないっ、ミーシャが一緒ではジェズの勉強量を容易にコントロール出来なくなってしまう!頑張ろうと励ましておきながら彼の仕事を嵩増しなんてしたら、間違い無くミーシャから弾劾されるわ!…ならここは、この子の自律を促)
「←『あたしも頑張る』からさ、」
「★→っ!……」
「いいよね?──」
「────────────」
「はいっ。じゃあ、お姉様の部屋に移動ねー。」
(──ふっ、インターセプト成功~。ごほうびだの何だのでジェズがやる気を出してくれたのは助かったけど、お姉様があたしの見えない処で何かしようと企んでいる事だけは間違いないっ……これは「女の勘」!
早~々お姉様の好き放題にはさせないから───)
「行こ、ジェズ。」
「ぇ。──ああ、はい。」
(…リュアラお嬢様と二人きりじゃなくなっちゃった。でもミーシャお嬢様が一緒なら「いつものお勉強」にはならないだろうから、安心と言えば安心…かなぁ?
#ぁぁあああ☆♪でも今度こそ、今度こそリュアラお嬢様からごほうびをもらえるんだ!大変な事ばかりですっかり忘れてたけどっ、#これなら勉強を頑張れそうな気が……
あれ?でも、期末テストで最下位から脱出しなきゃ───ごほうびはまたおあずけー?!?!
@↑そんなのヤだよおおおおおおぉぉ×↓。)
三者三様、かくしてリュアラ指導の下ミーシャとジェズのお勉強会が始まる事となった。
ジェズの安心出来ないリュアラと二人きりのお勉強は如何なるものか依然謎を残したままだが。
☆☆☆
翌日の土曜日、屋敷の廊下をメイド服が二人掛かりで大きな古い調度品を運んでいる。ザクレア・ナスカとユーディー・ナスカのコンビだ、息がぴったり。
「えっちら、」「おっちら、」「えっちら、」「おっちら、」「えっちー…」「えっちい?」
「─────────────────────」
おもむろに足を止めたザクレアの視線の向こう、分かれ道の少し先に在るリュアラの自室のドアへ向かいタタリが一人で立っていた。こちらの気配に気付いて二人へ顔を向けるが、何事も無かったかのように無言でまたドアと向き合う。何だこいつ、ナスカ二人は汗を拭いたくて重たい荷物を一旦床に置いた。陽の高くなるのが早く、8時前だと言うのにもうじんわり暑い。ハンカチ片手に棒立ちの女児まで歩み寄る。
「ふう。──そんな処で何してるんだお前?」「仕事はどうした?」
「──────」
「?」「…あ、そうだ。」「何だ、」「タタリお前、☆上のお嬢に摘まみ出されたんだろ?」
「───。」
タタリが無言のまま顔を向けた。ユーディーは腰に手を宛て少し前屈みで意地悪な表情を見せる。
「今朝がた庭先で下の旦那から聞いたんだ、お嬢達が殿下と一緒に勉強でお籠りするって。」
ザクレアは初耳だった。
「お籠り?勉強に集中するって事か、」
「そうそうそれそれ。─こいつ、殿下ん処に行ってお邪魔虫扱いされたんだよきっと。」
「───~、」
伸び放題の黒髪の影の下、酷い隈の上から険のある視線を放って来た。「きっ」と固く結んだ小さな口が怒りを如実に物語っている、おお怖い怖い。図星を突けてユーディーはいい気になるが、ザクレアはタタリが自ら意思を表へ出すよう変わって来た事に気を良くし頬が緩んだ。
鼻から息をついた所で失念していた言伝を思い出す。
「…あ、そうだ。タタリ、今お長が食堂の調理場に居るからそこへ行ってくれ。テーブルターニングへ買い出しに付き合ってほしいそうだ。──そうか、殿下もお嬢達もお勉強だからか…」
お長とは家政婦長カルヤ・ハロルの事である。近頃の彼女らの関係は非常に良好だったりした。販売ホールでの販売員ミソッカスとの乳比べ騒動の際にカルヤが顕現させた天の怒りの如き抗いようの無いオーラにザクレアとユーディーはすっかり平伏し、畏怖の念と親しみを込めてカルヤを「お長」と呼び表すようになったのだ。二人の中でお長は今や伝説恐怖のブラック・ドゥーより高位の存在にまで昇華され、弱肉強食ヒエラルキーの頂点に燦然と君臨している。しかし、その尊称は当の本人にあまりウケが良くないらしい。
「──────」
「タタリ、」
「──、」
二人の方を向いてまたドアに向き直り少し上を見詰めると、タタリはか細い両手でドアを上から下に引っ掻き始めた。カリカリカリカリ、
「「ネコかっ、」」
「───。…─────────」
「「!」」
タタリがこちらをまた向く。刹那「違う」と二人は直感した。
(こいつ)
(距離を計ってる)
何の予備動作も無くタタリが姿を消す、弾けるように後方へ跳んだナスカの方が僅かに速い。次の瞬間、諸手を前へ伸ばしたタタリが彼女らに捕まえられたのは調度品の前方2m先の空中だった。ザクレアがタタリの両脇、ユーディーがタタリの腰をがっちりホールド、まるでゴールポスト前の熱い攻防のよう。
「「←←さっせっるっかーーーっ!!」」
「!」
調度品の手前ギリギリの位置へ二人同時に着地する、ここでも見事に息がぴったり。
タタリは飛行ポーズのまま硬直していたが、下ろせと言わんばかりに手足をバタつかせた。
「★んヤああああぁぁああっうーうー↑↓↑↓!×」
「×ええいっ、ジタバタするな!」「お前!また屋敷の物を壊して殿下に構ってもらうつもりだろうっ、」「そう何度も同じ手は←くぅわぁなぁいぃぞ~ぉ。」「←お前ばっかりズルいぞ~っ!」「~ユーディーは少し黙ってな、」「★何でだよう!」
「×↑ふンぐうぅうぅぃいいいいっ!」
「タタリっ←、お前が何かをやらかしたら真っ先に殿下が罰を受けるんだぞ!旦那方からお嬢達にお長と…いいか?お長からもだぞ!責められるのはお前じゃなくてしつけ役の殿下なんだっ。お前、殿下に恨みがある訳じゃないんだろう?」
かつて自分達が受けた説教を拙い押し掛けメイドに言い含める。まさか自分がそんな事をするハメに遭おうとは思ってもみなかった、ザクレアは何だか微妙な気分を味わう。暴れるのは止めたタタリだが未だ唸っているのを見てやれやれともう一押し、
「──買い物は本来殿下のお務めだ。お前はお勉強で大変な『殿下の代わり』としてそのお務めに呼ばれたんだぞ?折角選ばれたんだ、殿下に構ってほしいなら騒ぎを起こすんじゃなくて、先ず手柄を立ててから誉めてもらいな!」
「っ~~、─────────────────────」
感銘を受けたのか単に観念したのか、抱える小さな身体が弛緩するのを感じナスカはタタリを下ろした。すっくと立って何歩か進んで肩越しに黒髪の陰より二人を見据える。ザクレアとユーディーは誤魔化されない。
「×フェイントするなっ、」「間合いを計るんじゃないよ。」
「──────→」
口をへの字に曲げてタタリは後ろ姿を見せるとその場を後にした。要らぬ運動をしたと二人は溜め息をつきハンカチで汗をまた拭く。
「全く×。油断も隙もあったもんじゃないな、」
「相変わらずヘンな奴だけど、あいつも変わったね。『殿下』を出せば一応話は通じるし、」
「あいつ、結局殿下の何なんだ?」
「ううん×。こないだ殿下の居た病院で何かあったか…」
「!まさか───」
「!ちょい待ちっ、私も今思った。」
「あいつ」
「ひょっとして」
二人向かい合わせて互いを指差す、どうでもいいけど息がぴったり。
「「←『殿下の血』を狙ってる?!」」
ジェズの血、暗礁密林の虹族の王たるその生き血は彼女らにとってかなり特別な意味を持っている。それは臣民を束ねる王族が古より脈々と受け継ぐ超常的な力を秘めており、一度飲めばたちまち身体の奥底から血沸き肉踊る活力が湧き、如何なる困難にも打ち克つ強靭な精神力を得る事が出来る。使命に身を賭す臣下への最大級の褒賞であり王からの何よりの恩恵、それを賜る事は大変な名誉であり喜びだった。
肝心なのは、ジェズが生きていてはならない「死王」と言う事である。
その力を賜る者など虹族の掟からすればこの世には存在しない。「緑」の家臣ナスカ、とりわけ死王を匿っていた数少ない忠臣ザクレアとユーディーだけは一族の歴史の中でも超々レアな力の相伴に預かる事が出来る。一族皆殺しの重罪に価する禁忌を犯した特別感は生半可なものでない。二人は「死王の血」を飲み込む事にこの上無い背徳的な悦楽を感じ、忘れる事など決してかなわぬほど心も体も芯の髄まで虜となってしまっているのだ。
そもそもそう言う事情であり思考である。その絶対領域を侵そうとする者が居るとしたら、
「面白くないな。」
「手柄を立てろーなんて言ったクセに、」
「×それはっ~……殿下のためを想って言った事だっ。」
「そう言えば最近レスだよね…」
「~仕方ないじゃないか。殿下の呪珠が国立の建物なんかにあるんじゃ簡単には手出し出来ないし、私達にはセカンドの件もある×。実質使命を遂行出来てないし、手柄なんて立てられない。」
ジェズは緑の呪珠が第二王子の手の者に奪われた事を未だ家臣らに告げられないでいる。
その家臣らも第二王子から引き抜きの誘いを受けた事を主であるジェズに報せていなかった。
何故秘密にしようと自分達が考えたのか、当の二人もよく分かっていない。
「そだね×。結局殿下が美術館に行った時、上のお嬢のよく分からないお務めで御身体ズタボロだったもんね。呪珠なんて探し出す余裕も無かったろうし、どの道私らが何とか出来そうな状況じゃないんだよね。」
また、ジェズは家臣の二人にも黒ワインの事を秘密にしていた。
それが彼の主であるリュアラの命であり、家臣を護る事にも繋がると考えているからだ。
「どうにかして手柄を立てたい。」
「…私達も買い物に行こうかー。」
「ぅう~~~ん、」
「『タタリのついでで☆、てへっ#』って。『ちょっとだけ!ちょっとだけだから♪』って、おねだりすれば……やらせてくれるんじゃない?多分。殿下だもん。」
「そうするとタタリの取り分を許容しなくちゃならなくなるぞ、」
「「×うああああああああぁぁ↓。」」
色々問題が山積している中、タタリがジェズの血を目当てにしている前提で話はどんどん脱線する。彼女らは主の血液を美味い酒か何かだと思っているのか、会話の内容からして有り難味のポジションが非常に怪しい。
この後も二人はああだこうだと虚しい協議を続けていたが、結局お長の買い物へ付いて行く事で合意した。置いて行かれては堪らぬと一刻を争って食堂へ駆け出す、運んでいた調度品は廊下に置いてけぼりで。
「←私、買い物がちゃんと済んだら殿下の肩じゃなく首筋に齧り付いて血を吸うんだっ☆!」
「←★おい馬鹿そーゆー事言うのやめろっ×、」
果たして彼女らは、ちゃんとお買い物が出来るのであろうか──────
…書き始めはこんな話じゃなかったんだけど、あれこれ没ってたらこんなんなっちゃった。
そろそろ登場人物の絵でも描いてみようかな…ウン年振りにwww。
話し作りって楽しいなあ(^^)。




