「風」妖精の幻、天空の月
2020/03/20 漢字表記を微修正です。
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こんな物語りを見てくれてありがとうなのです。
話の上では前回から一週間経ってません。…書くのはもっと時間掛かるのにorz。
因みに、うちの主人公はメチャクチャ特殊系でとてつもなく凄い奴なんですが、劇中ではあまり凄くならないよう心掛けてます。格闘ゲームなんかでキャラがジャンプするとエッらい高さまで跳ぶじゃない?アレまともに考えたら凄い事な訳でさ!えーとまあだから…そんな感じ、うん。
あっ、自分の持ちキャラはアナカリスですはい。
■■■ 「風」妖精の幻、天空の月 ■■■
「生きていたか。つくづく命冥加な奴らだ──────」
野太く抑揚の強い声。嫌と言うほど覚えのある忌まわしい振動にナスカ二人は脂汗を滲ませる。畏怖の念は未だに拭えない、この生命を狙われたと言うのに。ザクレアは必死に平然を装った。
「……これは第二王子殿下。暗礁の海原を越え、斯様な異郷の地でまた御眼に掛かれるとは奇遇で御座います。御健勝の事とお慶び申し上げます…」
「皮肉のつもりか、─まあ良い。俺がここに来ていたのは全くの偶然だ。しかし貴様らが来る事を見越して周辺地域の監視はさせていた。奇遇と言うくらいが程良かろう。」
「監視…」
「三日前に工場町で起きた小競り合いよ。夜魔の爪を繰る『男の闇巫女』と来たものだ、そんな巫山戯た者などこの世に彼奴しか居らぬわッ。相当の深傷を負ったとなれば、あれだけ濃い霧の中とて逃げ果せはしまい。近ごろ形を潜めていた貴様らも奴を迎えるため出て来ざるを得ぬだろう。故に怪我人が隠れていられそうな場所へ見張りを手配していたと言う訳だ。」
「「~~~~~~」」
騙絵横丁で出くわす輩共が漂わせていた臭い、違和感はこれか。ザクレアとユーディーは俯き加減に横目で視線を合わせる。自分達が殿下と会いたいばかりに、御命を奪わんとする怨敵を殿下の許へ招き入れてしまった、また失態を犯したとの認識を共有する。悔し涙、歯軋り。
怨敵は上階を見上げる。感慨深げにも見えるが明らかに愉快で仕方ないと言った顔だ。
「ブラック・ドゥーを騙る不届き者は───ここに居ると言う事だな…」
ジェズは視線を避け窓から退く。未だ外を覗いているミーシャの肩を慌てて取り、窓の下へ引き寄せた。両腕の激痛に顔が歪む。
「××~…いけませんお嬢様、身を伏せて下さいっ。」
「★×──何よっ、あれ誰?知り合い?」
「知り合い×………仇敵です。僕達はあの男に…滅ぼされそうになりましたっ~~」
「あんたそれって、」
「あの男は危険です!何とかしないとっ~~~、~~~~…
~~…~~~~っ。~~!!~~~~
──────────────────────────────」
「ジェズ…?」
ミーシャは彼の顔を覗き込み息を呑んだ。
そこにあったものは「凶相」。死を厭わぬ目的達成の覚悟の現れと窺い知れた。
「──ミーシャお嬢様、どうかここでじっとしてて下さい。」
「駄目よっ。あんた……何考えてんの?~↑妙な事考えてたら承知しないからね!」
「あの男の目当ては僕一人。僕が行かないと、あの二人は……見せしめに殺されてしまいますっ。」
「見…せ…───?!」
「もしかしたら、お嬢様に危害を加えるかも知れません。」
「──でも、っでもそんな事言ったって!~ボロボロのクセに…今のその身体であんたに何が出来るってのよ!?」
その覚悟は家来も同じだった。二人は背中を合わせると、凶相に不敵な笑みを浮かべながら第二王子を横へ見据える。合わせた互いの掌を握り締めた。
(生きていた緑の殿下にお仕えする…)
(…殿下に出会い、殿下の事を知ってから覚悟していた。)
(この身この命は殿下のため、…散って行った同胞のため!)
(~刺し違えてでもっっ─────────)
((煌闇精ノヤドリ……「天墜」っ!))
「「御命頂戴っ、燈王!!←←←」」
合わせた二人の拳を相手へ突き出し一気に間合いを詰める。燈王は動かない。
ジェズは堪らず窓へ手を掛けた。
「★←やめろ二人共ーっ!!」
「馬鹿っ×!駄目って言ってるでしょ!!」
「でもお嬢様!!」
「↑↑駄目ったら駄目ーっ!!!」
悲鳴のようなミーシャの制止の声が止まぬ内、事は終わっていた。
ナスカの一心同体の急襲は燈王の不動の前に既で停止していた。一体彼女らは、
「「──────────────────」」
「流石だな。」
「「……、→」」
二人は後ろへ跳び退く。構えを解くが身体中の白い紋様は消えていない。第二王子は感心した様子で一息ついた。
「そうだ。今の俺に貴様らを害する意志は無い。」
「~どう言うおつもりで、」
「俺はな、評価をしているのだ。貴様ら二人を。」
「「──」」
「生きていてはならぬ死王が生きていた。それを匿い擁護するなど──我ら虹族にあってはらぬ由々しき事態だ。一族全体を敵に回し、その騒ぎは闇巫女の粛清を招こう。しかもそれを為さんとする者が、暗礁密林の伝承に造詣の深いナスカの家人とは…空前絶後の珍事よ。これらの事情を全て鑑み重々承知の上で死王に随伴しているのだろう?貴様ら、
────────────
───それは良いのだ。その事自体も、至った理由も、どうでも良いのだ。」
「「~?」」
「何か…話し込んでるね、あの娘達。ここからじゃ聞こえないしよく見えないけど、何だか大丈夫そうじゃない?」
「………………」
ジェズは気が気でない。暗礁密林から本邦へ来訪の折、彼らは第二王子の闇討ちを受け命からがら脱出して来た経緯がある。彼女らを信じてはいるがどうしても。まだ最悪になっていないだけ。
燈王は言葉を巧みにする。
「それでも貴様らは死王に付き随うのだろう?その気概を俺は評価する。これまで長らえた胆力を、その決意をッ、献身を俺は買う!貴様らがそうさせたのだッ!
ザクレア・ナスカ、ユーディー・ナスカ、──貴様らは俺の許へ来い!!」
「「★☆!?」」
予想外の言葉に二人の目は点になる。ナスカは緑に属する家元、他所の王族が興味を示しそれを欲するなど前代未聞の出来事なのだ。真っ先に奸計を疑うが、それよりこれは絶好の機会とも取れる。
(…ここで身を売る振りをしてこの場を遣り過ごし、)
(行く行くはセカンドの寝首を掻く事が出来るかも知れない。)
(どうする?)
(どうする…)
「この燈王の寝首を掻けるやも知れぬぞ?」
「「××!」」
「☆グハハハッ!何、気にするな。『貴様らはそれに及ばぬ。』何故なら、俺は貴様らの持つ全てを存分に遣わせてやる事が出来る!俺に仕えると言う至上の悦びを骨の髄まで感じさせる事が出来るのだからなッ!」
何言ってんのこの筋肉野郎。一瞬焦るものの、身の毛のよだつ驕った大言にナスカは割と素で引いた。
「惜しい、実に惜しいのだッ。ここまで生き残れた心技体がありながら、このまま亡霊の如き死王と遂げさせるなど正に愚の骨頂、虹族の恥、暗礁密林の損失よ。貴様らはそんな所に留まって良い器ではないッ。…俺の許へ来い、貴様らに『活きる事の充実と安息』を与えてやろう。貴様らはもう無為に時を過ごさずとも良いのだ!」
「「──────」」
重なる言葉にナスカの目付きが変わって行く。遠目で後姿しか見えないが、ジェズにはそれが分かった。不味い事になったと再び気を揉む。彼女らの頭から知恵を巡らせる冷静が急速に薄れて行くのをひしひしと感じる。
第二王子は自ら言葉に弄された、彼女らを怒らせてしまったのだ。
「──無為と仰せなのですね、」
「──どうでも良いと仰せなのですね、」
「至った理由が大切なのに、」
「その事自体が大切なのに、」
「燈王、貴方は御理解頂けていない。」
「死王、我が君に我等が全てを捧げ仕える事の意味を、有り様を。」
「俺の言った事が解からぬか。解かっていながら目を背けようとするのか?
良いか『この先を生きる未来を見据えよ。』貴様らが今抱く価値観は誤っておる、その蟠りは貴様らだけでなく他者までも不幸に陥れるのだ。到底看過出来ぬッ。」
「御心遣い痛み入ります。」
「心の傷が痛み入ります。」
「貴方に我等は相容れませぬ。」
「貴方は御忘れなのでしょう、」
「何をだ、」
「「貴方は我等の『兄の仇』です。」」
「些事だ。」
ナスカが構えた。先程とは異なり捨て身の一撃を繰り出すような戦闘態勢ではない。私怨に目が眩み怒りをぶつける事だけを考えている。いよいよいかん、ジェズは窓へ手を掛けたが、その腕を阿吽の呼吸でミーシャに掴まれ「ギャー」と叫びもんどり打った。
「★×@←→!!×~~~!~~~っ!!×××」
「~あんた時々意固地よねぇ。────────────あれ?」
「××?」
仇敵が身を翻し無防備な背を向けた。戦闘不可避と覚悟を決めてからのあっさりした反応に周囲は拍子抜けする。振り返る燈王の口元は嗤っていた。
「今日の所はこれで引き下がるとしよう。」
「「?!」」
「意外と思ったか?───自分達を抹殺しようとしていた敵の大将から突然勧誘を受けたのだからな、貴様らなりに思う所は諸々あろう。言っておく、誘いは俺の本心から出たものだ。疑うだけ無駄無駄しいぞ。この地のブラック・ドゥー不在もハッキリした事だ、ここは日を改める。
─行くぞヒュギイッ、」
門のすぐ脇に控えるヒュギイも意表を突かれていた。姿勢の覚束ないナスカと第二王子の背を交互に見入ると、遠ざかるビジネススーツの後へ慌てて続く。燈王は背中越しに暇を告げた。
「↑俺は諦めぬぞッ。ザクレア・ナスカ、ユーディー・ナスカ、貴様らは──俺の物だ!」
呆然と立ち尽くすナスカを置き去りに、第二王子は来た時と同じく悠々と騙絵横丁の一層昏い界隈へ姿を消して行った。気付けば街並みの上にはいつの間にか夕闇が迫っている。建物同士の作り出す闇の方があまりに暗く濃く、僅かに見える空の方が明るく目に映った。
ナスカは二人同時に脱力し腰を落とす。ザクレアは両膝に両手を踏ん張り辛うじて身体を支えたが、ユーディーはだらしなくぺたんこ座りをした。捲れたローブの隙間から覗くヘソの腹周りからしてだらしない。ザクレアは憔悴しきって管を巻く。
「↓何だったんだ?~本当何と言うか、あれは………」
「どっ~~~と疲れたよおぉ×。もぉお何なの?一体何がどおなってんの??」
「……まぁ、何だかんだで…とりあえず」
「「助かったあぁ↓↓↓。」」
「良かった。あの娘たち無事だったじゃない、」
「───────────────────────────」
「ジェズ?」
第四王子を置いて他の面々が安堵する最中、第二王子らは真っ暗な細道を外界の微かな明かりを目印に無言で歩いていた。灯りのある開けた場所へ辿り着くと早速ヒュギイが主の前に出る。瓶の底のような眼鏡で目元はよく見えないが、多分に困惑しているようだった。
「───、───?」
ヒュギイは幼少時の大病により言葉を失っており、会話は手話に依っている。そんな彼と意思疎通するため第二王子は手話の読み取りを習得していた。返答は口頭で大丈夫である。
「不服か?あそこでフォースを仕留めさえすれば確かに事は済む。手負いの彼奴など相手にもならぬが、あそこで騒ぎを起こすのは得策ではなかったからだ。」
「?」
「貴様は気付かなかったか、周囲の監視の眼を。」
「↓─────?」
「俺達が手配した奴らではない。恐らくガノエミー一家の手の者だろう。あの病院の所有者と言う事は知っていたが、あそこまで俺達を警戒していた理由までは分からぬ。近頃は滅法大人しくなったと聞くが、腐っても名の聞ける実力者だ。こちらが好き放題して連中の気を損ね、敵に回すような事にでもなれば後々の商売に支障を来たすやも知れぬだろう?」
「───────、」
「今日は一先ず良い。フォースが仕掛けて来るとすれば明後日の晩になろう。明日の夕方までで構わぬ、見張り共へフォースらの動向監視に加え、行く先の追跡を通達しろ。」
「──。」
「明後日は俺もまた病院に出向く。ガノエミー一家の縄張りを出た時がフォースの最期だッ。」
(───血祭りにしてやるぞフォース………死王は死王にッ!今度こそ逃しはせぬッ!!)
どうしてもジェズに死んで欲しいようだ。人の死を望む悪辣な笑みに顔を歪ませていた。店先の篝火に照らされる主の恐ろしい形相を目の当たりにし、ヒュギイは身震いして眼鏡を掛け直す。主の歩く後ろ斜めへ恐る恐る付いた。
悠然と我が道を行くその男の名は【ブンドド・ヰ・ナパンティ】。
虹族「橙」の第二王子、尊大で執念深い「燈王」として恐れられていた。
晴天に恵まれた翌朝、家政婦長カルヤ・ハロルは色々と感心していた。屋敷の食堂で一人朝食を摂っているリュアラの横から紅茶を給じる。何がある訳でもなく、陽の光が差し込む開け放しの窓の外を眺め一息ついた。そよ風が心地好い。
「もっと早くこうしておけば良かったのか…時間をおいたからこそなのか、判りません。」
「───」
リュアラは手を休めて家政婦長を横目に見るが、すぐにまたライ麦パンを千切り出した。ジャムを塗っては黙々と口に運ぶ。気温と湿度が上がって来る今の時期から食物は傷み易くなるため、パンは週二回に分けて焼かれている。木曜の朝は作りたてで充分に柔らかい。木苺のジャムも中々いいがお気に入りの蔓苔桃のジャムにはかなわない、そんな他愛の無い事を考えていた。
二人はミーシャとジェズの無事を把握していた。ザクレアとユーディーが夜を徹してジェムブルームまで帰り、ミーシャの言葉を伝えたのだ。
追跡者により身元が発覚する事を恐れたジェズは、ナスカに二人だけの帰還を命じていた。ミーシャを連れて欲しいのは山々だが、要人を匿いながらでは隠密を得意とするナスカでも流石に荷が重い。委細を省き土曜には帰るとだけ託けている。
サービスワゴン上の食器を片付けながらカルヤは言葉を続けた。
「ジェズに頼り切りになっている事は如何なものかと思います。でも、ミーシャお嬢様がまた一つ成長出来るのであれば…それでいいとも思うのです。」
「──。ザクレアとユーディーも真面目に働いているのでしょう?」
「えぇ。元々器量は良い娘達ですし、家政婦姿が様になる働き振りです。まぁ、それも今朝の話でこの先どうなるかは判りませんが。」
「昨日の今日でその働き振りに免じて、土曜には帰るとのミーシャの言葉を信じましょう。───」
塩気が欲しくてパンをヒヨコ豆のスープに浸す。ミーシャが小さい頃から苦手な献立、あの子はヒヨコ豆の味わい方を解かってない、リュアラはまたどうでもいい事を考え始めた。傍で見ていた家政婦長は若き次期当主の思考を見透かす。色々と感心していた。
「ミーシャお嬢様も変わられましたが、リュアラお嬢様も変わられましたね。」
「私が?そうでしょうか、」
「神経が太くなられました。」
「─随分ですね。」
「褒めたのですよ。」
「そうですか。──些細な物事に動じず冷静な判断を少しは出来るようになった…と、そう捉えておきます。」
「宜しいかと。」
良い兆し、変革の波が訪れたとカルヤは実感する。リュアラは何食わぬ顔で残るヒヨコ豆を口の中へモリモリさせているが、内心は自覚に図星を突かれ、やはりカルヤさんにはかなわないとバツの悪い想いをしていた。稚拙な自分を戒める。
スープも綺麗に平らげてお茶を一服していると、食堂に学生服姿が二人ひょっこり現れてリュアラとカルヤの眉間に皺が寄った。女子生徒の恰好をしたユーディーと男子生徒に扮するザクレアだ。
「おねーさまー、そろそろお時間ですよー?」「参りましょう、リュアラお嬢様っ。」
「~~その恰好は何かっ?」
「あー。いやーそれがその、」「ミーシャお嬢にだいへんとか言うものを頼まれて、出来れば殿下の分もと言う事で。」
「だいへん…──★代返?それで変装を??それにしたって、あなた達…何か、もう何と言うか……雑過ぎます。」
「えウソ?結構自信あったんだけどなあ。ほらほら、髪の毛を服の中に隠して、胸は苦しいけど布を巻いて地均ししたし、」「殿下の服、実は腰から下…腿の辺りがはち切れそうで×。」
「もう↓、学園は大丈夫だから。代返はいいから、あなた達は少し休みなさい。」
「「ありゃーす、→」」
「ありゃ×………全く、あれでミーシャとジェズのつもりだったのかしら。ミーシャも変な事に気を回し過ぎよ、何を言い付けてるの?」
いきなり立派に変われるものでもあるまい、先はまだまだ長そうだ。祖父に挨拶して来ると言って席を立ったリュアラの後ろ姿を見詰めながらカルヤは色々と感心していた。彼女らの成長を傍でいつも見守って来た一人として。
一方でミーシャはと言えば、
「★!ブへっ×!えっホえホ!!ゴホげほ!ゲしょっ!!×」
「大げさ。イヤミか、」
「↑っそんな訳★げっへぐへゲホげ!~~~×!へっっっげし!!×@」
彼女はジェズの入院している「表札の無い病院」で一晩を過ごし、件の殺気メイドと共に朝市の買い物から帰って来たばかりである。改めて立ち入ると待合室はやっぱり薬と埃臭い。メイド服で二人お揃いなのはジェズに破かれたシャツの代わりが無かったから、身元を隠す意図もある。
用心棒役として先導していた殺気メイド、陰気なシルキッシュの娘の名は【ヂャリコ・ワラスボ】と言った。この土地で顔が利くのか、彼女が一緒に居たお陰で昨夕のように輩は絡んで来なかった。殺気のみでジェズをあれだけ本気にさせたのだ、相応の実力はあるのだろう。
小柄な身体で大したものだとミーシャは関心していたが、まだ14歳になったばかりと聞きヂャリコの勉学や将来の事に気を回していた所だった。くしゃみ三昧で一時停止したが。
(××~──確かミソッカスが中学を不登校になって、高校行かずに酒蔵へ来たはずだけど、この子もそんな感じなのかな?結構普通の事だったりするのかな…)
「~ジロジロ何?私がそんなに珍しいかっ、」
「何も言ってないでしょ。…ぁーあそうだ、前髪。あんたそんなんじゃ目悪くしちゃうよ?」
「良過ぎて困ってる。」
手荷物を下ろし、海草のようにウェーブの掛かった濃紺の前髪を人差し指で捲ると、強烈な三白眼がミーシャを射抜くように視ていた。一瞬ぎょっとさせられるが、瞳の色が白銀のため小さな瞳孔が黒目に見えるのだ、目の下の隈も半端ではない。ざわつくミーシャを気にするでもなくヂャリコは慣れた体で瞳を隠す。
「外は眩しくて眼が痛くなる、だから隠してる。それだけ。」
「あそ。」
(この子も──色々苦労してそう…)
少なくとも、身寄りを失いヤクザに拾われメイド術と暗殺術を叩き込まれた挙句、暗礁密林の異能者の手でぺちゃんこにされ、その傷も癒えない内にアイアンクローで吊り上げられるくらいには苦労している。アイアンクローはさておき、その辺りの事情までミーシャは聞き込んではいない。今回の彼女は一味違う。
因みに、ヂャリコは依然としてジェズに恨みを抱いており、会話の終わり文句が「いつかコロす」で定着しつつあったりした。
物騒な土地でわざわざ買い物へ出掛けたのには訳がある。単純に食料確保のためだが、何よりジェズの強い要望があっての事だった。ありったけの食べ物が欲しい、彼はそうのたもうた。
「月初で手持ちがあったから良かったけど。帰りの切符代を差し引いたら、あたしの財布もうスッカラカンだからね、」
「☆ありがとうございます、助かります!」
「↓代金はお姉様に請求しよう─────────1.7掛けで。」
ジェズは飛び火が来ないかと怖くなる。店で半ば強制的に切らせた領収書を見回してからミーシャがぽつりと呟いた。
「それにしても…あんたこれ本当に全部食べるの?」
「はい。」
病室の床へ敷いた古新聞の上に山が出来ている。人を撲殺出来そうな真ん丸いチーズがひいふうみいよ、同じくレンガのように積まれたバター、骨付きの羊の干し肉、タラとサケの干物、キャベツにズッキーニにオクラ、そして塩と油と水の瓶がそれぞれ。パーティーでも開くのかと言う程の量である。
「自分で買っておいて何だけど取り留めないなぁ。こんなので何作ろう×───」
「いえ、このままで大丈夫です。」
「───このままぁあ?」
「はい。それとあの…食事の時は部屋の中を見ないでいただけますか?ちょっと……行儀が悪くて汚らしいので#。」
「お行儀良く清らかに食べなさいよ、あたしだって居るんだから。」
「ですよねー☆。…いえあのお嬢様、実はうるさかったり臭かったりするので…」
「×臭いって何よ?──────もう、分かった。あたしは別の部屋を借りるから、」
「ごめんなさい、」
「いいって別に。─あとホイホイ謝るんじゃないのっ。それじゃごゆっくり。」
部屋から出て後ろ手にドアを閉める。目を瞑り暫く突っ立っていたが、彼女はそそくさと壁を背にして聞き耳を立てた。何故か顎が若干しゃくれている。うるさいはともかく臭いとはどう言う事か、彼女の味は復刻してしまったようだ。
(──────何かブツブツ…お祈り?あいつ今までそんな事してたかな?)
いただきますが聞こえた。モガー、ぱく、あむあむモグモグ、ごくん。かぶり付いてますと言わんばかりの声が聞こえて来る。いくら何でもこれは、
(いやいやいや×、フツー口に出して言う?おままごとじゃああるまいし↓……
!まさか、あたしがここに居ると知っててわざとお芝居をしてるとか?)
何となく姿勢を低くしてみる、特に意味は無い。摂食の音声は次第に加速して「ヤムヤムうまい」などとお伽噺の亜人のような台詞を言い出した。ミーシャが壁越しに戸惑う中、声が止んで水を飲み込む音が聞こえて来る。続いて「ナタネ油だ」との歓喜の声、ミーシャは空腹なのに顔色をなくし口許を片手で押さえた。
(~~確かに同席はキツいかも↓。野菜以外は量が欲しいからって美味しくない安物ばかり買って来たけど…悪食ってやつかしら。)
突然バリバリと言う音がしてミーシャは跳び上がる。しゃくしゃく小気味良い音からキャベツなど野菜を食べ始めたのだと知れた。胸を撫で下ろし気を持ち直そうにも今度はメキガリと破砕音が追い討ちで掛かり彼女はとうとう尻餅を突いた。座り直し壁へ縋るようにして耳を寄せるとクチャクチャみちゃみちゃ生々しい音、破砕音に肩がまた跳ねる。
(…肉を……食べて…る。骨ごと?……)
どんな肉食獣だ。祖父から戦時中の怪奇譚として聞かされた、埋葬されたばかりの遺体を掘り起こして貪る屍食鬼の話を思い出し、ミーシャは両手で口許を押さえてえづいた。うっかり声が口を突いて出てしまう。
「~~~@×うげええぇ↓、」
途端に室内の音がぴたりと止む。辺りは一瞬で静寂に包まれた。
「★!?★!!×@?~~~っ……─────────」
(…えっ、何?何この雰囲気?!ちょっとヤだっ×~~何か怖い!)
薄暗い廊下の空気が張り詰める。この階に患者はジェズ一人だけ、他にはミーシャしか居ない。自分が居る事に気付いたのか、何故いきなり静かになったのか分からない。耐える。時間の経過を只ただ耐える、緊張感の中をひたすら耐える。室内で彼はどうしているのか気になって仕方がない。
好奇心に負けて彼女は固唾を呑みとうとうドアに手を掛けた。細心の注意を払って慎重に開く。死角を狙い隙間から覗き込んでみれば…
ジェズは大の字で寝ていた。
ミーシャは炙ったチーズのように床へとろける。
(××何よ~↓、何なのよこいつ~ぅ×。焦らせるんじゃないっての全く…)
床の上でご満悦の寝顔、またヨダレを垂らしてと呆れ返るが、顔に黄色いギザギザ模様が浮かび上がっている事に気付き彼女は身体を起こした。よく見ると彼の身体から湯気が立っている、しかし汗をかいてるようではない。そして、
(何か…心なしか臭いような……これって、)
カビたチーズのような臭い、安かろう不味かろうとて入手して来た物とは違う。食べ残しに目を遣ると結構な量を食べてはいるが、2~3日で消費しきれるとは到底思えない。何から何まで謎である。黄色いギザギザからして何かしら企てている事は間違いないが、当人はそれを自分に知られたくないのだとミーシャは理解した。
この後、ジェズは一時間ほどで目覚めドカ食い、また睡眠と言うサイクルを繰り返す。山のような食材は順調にかさを減らして行き、関係者はミーシャも含め彼を不気味に思った。
「食っちゃ寝とは言うけど、──太ったり…しないよね?」
「いつかコロす。」
「……。」
☆☆☆
警察庁の待合室でウィルを迎えたのはフー・セクション所属の監察医ベルノーゲン・アルゴルだった。人々は白髪頭の髑髏顔を見てお迎えが来たと一瞬びっくりさせられる。小さな丸眼鏡と小脇の杖と言うシンボルがあって初めて人は彼と死の使いとを識別する事が出来るのだ。彼は覗き込んでいたカルテの束を鞄へ詰めながら腰を上げた、待ち時間も本職の仕事に余念が無い。彼が会釈をするとウィルを挟んでいた付添い人らは一礼して引き揚げて行く。
くたびれたシャツにジーンズと薄汚れたスニーカー、出所したばかりの前科者のような風体でウィルは沈痛な面持ちをしていた。
「───ご迷惑をお掛けしました。」
「全くだ。これで警部が生命を落としていたら君だけでなく、お父君の首で収まるかも分かったものではないぞ。」
「はい××。」
ワドー警部は霧魔と噂された連続猟奇殺人事件の犯人「模型屋」と激闘の末、重症を負わされたものの運良く一命はとりとめる事が出来た。しかし現状は完治に程遠く、現場復帰にはまだ時間が掛かってしまうとの事だった。当人は酷い目に遭った訳だが、婦人と過ごす時間が増えて療養生活も満更ではないらしい。
ウィルの父親も刑事を勤める警察官であり、息子の不祥事が父親の評判に影響を及ぼす事は必定だった。かつて旧国帝政の時代には貴族であった家筋のため、このご時勢でも周辺から良かれ悪かれ風当たりがある。此度の件で処分を受けなかったと言え安心は出来なかった。
「まあいい。大戦時代の独房はかなりの圧迫感だったろう、嫌と言うほど自らを省みられたのではないか?」
「それはもう。」
ウィルは独断専行と上司の補佐をしくじった失態を咎められ、無期限の独房入りと言う懲戒に処せられていた。厳しいと言うより乱暴な扱いだが、これは罰則などの規定が軍隊の旧い慣習に倣っているせいである。外観こそ近代的な庁舎、しかし内部は大戦の名残りを未だ色濃く残している辺りに組織の体質を見て取れる。
とは言え警察組織の人手不足は切に差し迫った問題で、人員を遊ばせておく余裕など無いのが実情。経過観察も鑑みて五日程で放免と相成った訳だ。
よく晴れた平日の遅い朝、彼らは監察医の所有するオンボロ自動車に乗り込み警察庁を後にした。レンガで舗装された街中は対向車もほぼ無く、歩行者に気を付けさえすれば他所と比べて走り易い。往来の人目で無精髭が気になり始めたウィルは申し訳なさそうに口を開いた。
「あの…アルゴル監察医、これからどちらへ?」
「キーニング国立美術館だよ。」
「早々に仕事ですか、」
「活躍できなかった分を取り戻すといい。」
「僕はまだ着替えてないのですが↓。」
「予備がある、現場で着替えろ。実は美術館に動きがあったのでな、アンが先行している。」
「?彼女が…一人でですか?」
「一人と言えば一人なんだが。──美術館が客寄せを始めたんだよ。」
「?」
石ころに乗り上げ車体が突き上げられる。彼らの身体は一様に左右した。車体に衝撃を緩和させる機構は組み込まれているが拙い物だ。
「美術館が割引チケットを周辺の学校に配って回ってるんだ。芸術の秋はまだ先だが、学校行事の一環として是非観に来てほしいと謳ってね。」
「国立美術館が何故そんな事を、」
「近頃はボヤ騒ぎから警察の聞き込み、それに尾鰭を付けた新聞のゴシップ記事やらで印象が良くないからな。客足は遠退いているそうだ。」
「国立でしょう、客商売を意識せずとも彼らが生活に困る事は無いのでは?」
「査定だの自分達の評価に繋がるらしい。事実も確認した。…まあ、大した話ではなかったが。」
「美術館館長を尾行していた警部が霧魔……洞の殺し屋に襲われた事と関連は、」
「それは──何とも言えん。」
車が交差点に差し掛かる。鉄道のように信号機など設置されていないので、必ず一時停止から右見て左見てハイ直進。燃料の石炭や木炭の入手が面倒な事から車はそれほど普及しておらず、道行く台数も必然的に少ないので、ドライバーは監察医ほど他の車を注意しない。交通事故は自動車よりも自転車の方が遥かに多かったりした。
「それで、アンが聞き込みに行ってる訳ですか?」
「潜入調査だ。表玄関から正々堂々入ってな。」
「それは、」
「君らの学校、プラプラと言ったかな。課外授業に組み込む形で中等部から大学までの学部が観に行く事を決めたんだ。まぁ何と言うか、流行に敏感と言う事なのかね。今日は大学生が対象なんだよ。」
「───人混みに紛れて施設内を探索する訳ですか、」
「そんな所だ。君も君で探索してもらうんだが、君はあくまでフー・セクションの人員として入る事になる。」
「囮ですね。」
「左様、実であり虚でもある。」
踏み切り前で一時停止。渡る側には信号も遮断する物も無く、自分の身の安全は自分で守るしかない。左足を悪くしている監察医でもクラッチ操作は問題無いのかとウィルは足下が気になる。踏み切り越えで車体が暴れる最中に監察医は話を切り出した。
「それとっ、これはまだ案内されていない事だが…」
「はぁ、」
「隣国ブラスバンドの工作員が動いている。都内に多数潜伏しているらしい。」
「──────は?」
「警部が深傷を負ったあの事件。幕を引かせた銃撃戦の正体は、連中と公安もしくは陸軍だった可能性が高い。」
「ぇ……え?何故そんなっ、───一体…何が起こってるんですか?!」
「はっきりした事は分からん。少なくとも、彼らはその目標の事で戦争沙汰にはしたくないだろうな。」
「目標?」
「両国にとって有益な何某か──さてな、周辺諸国においてどれ程の優位性を持つ物なのか…皆目見当が付かん。ただ一つだけ分かっているのは『我々が追っているモノはそれに関わりがあるかも知れない』と言う事だ。」
「★!?」
「しかし、我々からして実であり虚である可能性も否定出来ん。フー・セクションの宿命ではあるが、我々が目標の正体を識る事は叶わんかもな。」
「──────監察医、貴方は一体…」
「ハハハ、私なりに情報収集してみた。長生きしてみると人脈もそれなりに増えるものでね、私だってこう見えて、君よりも歳の若い頃から従軍していたんだ。色々とやらされたり、やったりしたもんさ……その古い付き合いから今話した情報を得られた。くれぐれも内密に頼むよ?」
「はぁ……はい。」
得体の知れない人物だ、ウィルは率直にそう思う。
「そして、これは警部からの伝言だ。」
「!はいっ。」
「『美術館の要職に関わるな。』──────
接する際は極力淡々と。そして彼らと面識の無いアンが我々の身内である事を気付かれないように、だそうだ。」
「──分かりました。」
警部は何か手掛かりを掴んでいるに違いない、彼の言葉をウィルは深く胆に銘じる。
やがて開けた国道へ出た。鉄道に並ぶ物流の要、もたらす恩恵は本邦に留まらず隣国まで大きく及ぶ社会の大動脈である。人や馬車の往来が少なく、ここなら速度をもっと上げて走行する事が可能だ。しかし車は路肩へ停められた。
「───どうされました?」
「そろそろ…運転を替わってはくれまいか?この厳つい道の上で自動車を御すのは、老体には少しばかり荷が重い。」
「★あっ×、すみません気が付かなくて。」
街を外れると道は舗装されておらず、地面が剥き出しで大なり小なり石も多い。起伏に富んだ道程を高速で走行するのはかなり腕力が要る。この国の本格的な車社会の到来はまだ遠い。
目的地へ着いたのは更に2時間経ってから。プラプラの大学生らは学科毎に別れて美術館の他、歴史資料館、博物館、大衆劇場などを入れ替わりに観て廻る予定となっており、順当なら歴史資料館を観終えたアンが美術館に来る頃だった。道端に停めた車内で制服へ着替えたウィルは、髭を気にしながら監察医と共に建屋へ足を運ぶ。但し、アルゴルはワドー警部の代わりに付き添うだけ、彼が本領から外れる事は出来ない。
行き交う疎らな人影は古臭い意匠の門構えの向こうに続いている。遠目に見渡してみれば建屋は未だ焼け跡を生々しく残していた。
(イメージアップを計りたいなら集客より先ず外壁だけでも修繕すべきだろうに、これだからお役所仕事だと馬鹿にされるんだ。───ん?)
年季の入った木製の大きく分厚い扉から少し外れて警備員と思しき人々が喧々諤々している。こんな所で揉め事か、それを見る監察医の特に変化の無い顔を見てからウィルは諤々の現場へ駆けて行った。
「だから、規則に反してるんですよっ。」
「←よく見て下さい、キャンペーンチケットですよ?わざわざ来て下さいってチケットですよね??それを持ってるんですよ私!?何で入っちゃ駄目ってなるんですか!!」
「~何度も言ってるでしょう、ここは国立の美術館なんです!外国のお偉方も観に来られる場所なんですよ!国として恥ずかしくないよう体面は整えないと駄目なんです!」
「それと私が入れない事と何の関係があるんですか!!」
「←もし!お取り込み中すみません、警察の者ですがこれは一体何の騒」
「☆ウィル!」
「─────────アン↓…」
警備員らと揉めていたのはアンだった。と言うか、使い込みの激しいダメージジャージを着こなすあからさまに不審人物だった。普段使いのジャージに委員長と呼びたくなるような黒縁眼鏡、履き潰しを通り越したスニーカー、罷りなりにもお出掛けだろうに、今時の女子大生並みの洒落っ気は無いのかとウィルは心中で嘆く。出所して来たばかりの自分も大差無かったではないか。
「←ねえウィル、聞いてくれる?!」
「×ああうん、はいはい。
───あのーこれわ、済みません、つまりその……主に、TPO的な問題で?」
「「TPO的な問題で、」」
「でっすよねー解かります解ります。」
「!ちょっとウィル、私の何がPTAよ!」
「TPOっ!───今僕TPOって言ったよね?」
「うん聞いた、TPO……ふぅぅうん。」
斜に構え乱れたもみあげを横目で繕う。マジで知らんのかとウィルは彼女を軽侮した。それはともかく、
「確かに清潔感ではどうかと思います。でも程度の話はあるでしょう?彼女は決して破廉恥な恰好をしている訳ではないじゃないですか、」
「そうだそうだ、」
「~君ちょっと黙っててくれるかな??
──そもそも、ボヤを出して遠退いた客を大慌てで呼び立てる体たらくが体面体面と気取ってみせた所で説得力が無いんじゃないですか?」
「彼女は君の知り合いか?庇いたいなら何とでも言ってくれ。しかし規則は規則だ、公僕なら分かるだろう?我々だって別にいじわるをしたい訳じゃない。」
言葉に偽りは無さそうだ。相手はシルキッシュ限定の話だろうが。
「~~もういいです、埒が明かない。─アン、そのジャージ脱いで。」
「ファ?」
「ジャージを脱げって。その下素っ裸って訳じゃないんだろう?」
「↑お断りよっ。私のアイデンティティーを何だと思ってるの?!」
「今は極めてつまらない事象だね。自分の置かれてる立場が分かってないんじゃないか?…さあ、学園が国立美術館を見学させてくれるんだ、とっととその雑巾みたいな上着を脱ごうっ。」
「★ちょっと!→何する気!?セクハラよセクハラ!!そもそも立場であなたに云々される覚えは無いから!謹慎を受けた身のクセにっ!」
「★そっ×…それとこれとは話が別だろう!」
「お陰でこっちはいい迷惑だったのよ!?反省したの反省は!」
「したさ、したとも!心の底から反省したよ!悪かったと思ってるんだ!」
「どうかしらっ。口では何とでも言えるのよ?」
「じゃあどう言えば解かるんだ!」
「ぁあーーーぁ何だね何だねー?玄関先で痴話喧嘩かね×?」
遠くから低めながら気難しそうな声が掛けられた。台詞自体はお調子者っぽいが何処かうらぶれた声。いつか聞いたようなイントネーションにウィルが目を向けると、解放された入口の奥から長身のスーツが歩み寄って来ていた。警備員の一人が前に出る。
「!×お疲れ様ですっ、」
「これは何の騒ぎだい?大の大人が寄って集って、他の場所の警備はどうしたのかね?」
「その…不審人物が入場を求めてるのですが、」
「↑誰が不審人物よ!」
「君以外に居ないよ。」
「ご覧の通り衣服が風紀に違反してるので入場を禁じたのです。しかし正面玄関が駄目なら裏口、それでも駄目なら通用門と強引に侵入を試みてたんですよ。また何処ぞの新聞社のゴシップ記者かも知れません、こいつは怪しいっ!」
「でぇえ?とどのつまりみ~んな各々の持ち場を離れてこんな所で油を売ってた、って事なのかな?」
「「★!?」」
「×はあああああぁぁぁ↓、これだからお役所仕事だと馬鹿にされるんだぁ。君らあんまりズボラだと、警備を御社から切り替える事も検討しないといけなくなるかも知れないよ?」
「★いやっ、それは」
「ここはいいから君らはとっとと持ち場に戻り給え。」
「「っっ失礼しました!→」」
蜘蛛の子を散らすように警備員らが去って行く。長身のスーツは全くやれやれなどと荒波のように乱れる朽葉色の髪を片手で更に荒立てた。モスグリーンの瞳、音楽室の額縁に居そうな顎の尖った小奇麗な顔は年齢不詳、彼は乾いた咳をするとウィルとアンへ笑顔を向ける。
「いやあ済まなかった若人らよ☆。近ごろ警備会社を切り替えたばかりでね、彼らもまだ慣れてないせいか杓子定規になってしまうんだあ×。もっと応用を利かせて欲しいものだが、中々行き届かなくてねぇ。」
「あのう、失礼ですが……貴方は?」
「☆──↑あはははははははは★ゲヘギヘごへっ×~~…───っ失礼、申し遅れた。僕はこのキーニング国立美術館で館長を務める者だ、気軽に【館長】と呼んでくれ給え。
あーーっと、君は確か魔法警察の、」
「ウィルです。まだ研修生ではありますが。」
「ああ、少し前までウチに来てた警部のはいはい──随分荒んだもんだねぇ君ぃ。近頃ご無沙汰だが、また何か用かな?」
「?えぇ、──この美術館に収蔵されている、いわゆる『いわく付き』の品の状態を間取りと合わせてリスト化の上でマッピングをしたいのです。施設を案内して頂きたいのですが。」
本当は教会からの特命で連続猟奇殺人事件の手掛かりを粗捜ししたいだけ、よくもまあこんな口から出任せがスラスラ出て来るものだと自分に呆れる。しかし彼は何故そんな事を口走ったのかすぐに理解した。独房の中においてすっかり忘れていたそれは、
「例の『呪いの石』──とかですね。それを狙ってブラック・ドゥーが現れるかも知れません。備えは必要です。」
「ぇえ?×おいおい勘弁してくれ給えよ君ぃ、まだそんなガセネタを信じてるのかね?ウチにそんな物は無いよ、いくら魔法警察でもそれは無いんじゃない??」
「現に宝石商が買い付けに来てたじゃないですか、」
「彼らも踊らされた口さ。彼らはもう来ないし、ブラック・ドゥーも来ない。僕が保証するよ。」
館長の反応にウィルは違和感のようなものを抱く。異物に逆撫でされるようなすっきりしない感覚、勘と言ってもいい。しかし警部の伝言を思い返し話題は掘り下げなかった。
「ガセネタの元になりそうないわく付きの物なら幸か不幸か色取り取りさ。今日は大学が一校見学に来てるんで、あまり人手を割きたくないのが本音なんだが……まぁ、案内役は手配してみよう。ええと、
─そちらのお嬢さんは……お客さんでいいのかな?」
「お客さんもお客さん、その見学の大学生さんですっ。」
「×ぅうううん、流石にこの恰好はねえ。しかし人の美しさは外見じゃあない、その身の中に宿り外からは中々見えないのだと断言するね僕あ☆。生命の眩い輝き、それは須らく内側に秘められているものなのさ!」
「まあ何と尊い♪。流石は国立美術館の館長、素晴らしい審美眼でいらっしゃる!」
「ハッハッハ、煽てても何も出ないよ?」
「またそんなツレない×、」
「「☆アーハッハッハッハッハ♪!!」」
アンなりに相手へ話を合わせているんだと思いはするが、そもそも社会秩序に対する挑発行為の如し極悪非道な当人のファッションセンスのせいでこんな状況に陥っていると言うのに、何をヘラヘラしてるんだとウィルは額に青筋を禁じ得ない。
館長が真に気さくなのかアンのヨイショが功を奏したのか、外来の入館バッジ携行と言う条件だけで不審人物は入場を許された。規則に頑なでもあっさり覆されてもお役所仕事だと馬鹿にされそうである。
人を付けてくれると言う館長の後ろに続いていると、遠巻きに見守っている監察医の姿がウィルの目に入った。一礼しかけて前を歩く背中にぶつかり狼狽するが、ぶつかられた方は監察医が気になるらしく彼を凝視しているようだった。あの髑髏顔を見たのだから無理もない。
案内役として対応してくれるのは不摂生な太い腹を白衣からはみ出させている中年男性だった。ボサボサ頭にダブついた面の皮、脂ぎった感じが近付く事を躊躇させる。
(何だ男↓↓、それもこんなむさっっっ苦しいのが×。トホホ…)
無精髭ボーボーが良くもまあ。さっきのアンの方が100万倍マシ、その九割九分九厘九九九九以下無限はうら若い年頃の女性だからと言う理由だけである。
露骨に落胆するウィルが案内されたのは巨大な倉庫だった。一階から二階までの約半分以上を占拠していると思われる広い空間に、木箱を敷き詰めた高い棚が整然と立ち並ぶ。しかも天井には電灯が煌々としているではないか、電気を融通してもらえる辺り流石は国立である。しかし点在する机や床の上は、あれこれ物が乱雑に置かれて放ったらかし感が半端ではない。至宝の文化財を保管しているのではないのかとウィルは肩を落とす。
案内人は脇腹を掻きながら「いわくねえ」などと独り言のように喋り出した。
「先ず普通そんなもん展示せんのですよ、だから全部ここにあるって事です。…これなんかがいわく付きですな。」
「──見事な首飾りですね。」
「西の高原地帯で栄えてたと云われる古代王朝スルクセス由縁の品です。文献が少なく知名度は低いですが、貴族同士の争いの原因が痴情のもつれだった事で知られてますな。この首飾りは毒殺に用いられたとか。」
「実績ありですか×、」
「さあ。国が厄介払いで預かってるようなもんです、持ち主だいたい死んでますし。」
「★あるんじゃないですか。」
「いつの時代だと思ってるんです?死ぬでしょそりゃ。でもまあ、おっかないんでこんなぶ厚いガラスケースに入れてるんですがね、」
毒で死んだとは言ってない、毒は大丈夫だとも言ってない。そうですかそうですか、イライラしながらウィルは記帳する。ジャンルで言えばフー・セクションらしい仕事をしていると感じなくもないが、今回自分達が追い求めている物に近しいかと言えば違うように思う。
「ああこれもそうだ。」
「──巻物?随分大きい。」
「大怪獣の群像で有名なレグエドーラ寺院から寄贈された物で、悪魔の血判書と呼ばれてる巻物です。魚拓ならぬ人拓が押されてると言う。」
「…何で人?」
「ノリで作られたらしいですな。」
「それがいわくなんですか?」
「人拓を取られた人物は墨じゃなくメッタ刺しにされたそうで。血判だし。」
「★何処がノリだっ。」
「そう思うでしょ?本当の所がハッキリしてないんです、確認しようがない、いわく付きですな。」
いわくとは。由来は滅茶苦茶、置場所・保管状態は適当、ちゃらんぽらんなようで何処か油断ならない。ウィルは頭がおかしくなりそうだった、主に案内人のせいで。フー・セクションの本領かく有るべきを学んだような気もするが今はどうでもいい。
「こっちは比較的まともですかね。」
「~~今度は何ですっ?」
「旧国帝政の時代において、歴代シビュラが使っていたと云われるカード【シビュラス・タロット】」
「☆えっ!こっ…←これがそうなんですか!?あの……!皇帝より託宣の使命を賜り、類い稀なる占いの力を以って…数多の国難を退けたと云われる#シビュラの!あのっ?!」
「レプリカですわ。」
「★ファッキンッ!!」
ウィルの背後に怒りの爆炎が舞い上がり、いい加減にしろのシャウトが超音速のヘッドバンキングである。
シビュラとは本邦での巫女に相当する存在で、有史以前から種族の政に携わる賢き助言者として名を詠われ、絵画や戯曲などの題材として広く持て囃されて来た。今なお一般人に知られる事なく国政に影響を及ぼし続けていると真しやかに伝えられる、ブラック・ドゥーと同じく都市伝説の一つなのだ。ウィルが食い付かない訳はない。
「↑↑何がまともなんです比較的っ!?」
「レプリカらしいんですが、あまりにも精巧過ぎてオリジナルに匹敵するなんて」
「いわく付きですか↓……」
「いちいちうるさいですなぁお宅、高が美術館の職員風情と思って舐めてんの?」
「…そんな事は思ってません。」
(撃っちゃ駄目だ、撃っちゃ駄目だっ……~僕を子供と思って舐めてるのはそっちだろ、むさ苦しいオッサン風情が~っ。)
むさ苦しいオッサンでも一般人、撃っちゃ駄目だ。
法に触れていないだけで一般人にカテゴライズされるむさ苦しいオッサンは上を仰ぎ見た。
「ああそう言えばそうだ、」
「…?え、何ですか?」
「この美術館そのものですよ、いわく付き。」
「はぁ。どんな、」
「戦前までこの辺りは貴族出のキルペライネン家が領主を務めてました。戦火で焼けてしまいましたが、当時は近くに鬱蒼とした森と小さな川がありまして。」
歴史の資料で読んだ事があったかも知れない、ウィルは腕を組み片手で髭を玩ぶ。
「で、この辺には…て言うか、その貴族には代々───バンシーが憑いてたんです。」
「『バンシー』、伝説の妖精が?」
「そう。妖精と呼ばれてますが性質は家霊に近いですな。それも一体だけじゃない、群れですわ。田舎貴族のキルペライネンが都に出て来られたのは、何でも先祖がバンシーの養子になったからなんて話がある位で。」
「頑張りましたね。おまけにチェスが上手くなりそうだ。」
バンシーの乳首に吸い付けば養子になったと見做され願い事を一つ叶えてくれる、そんなお伽噺などウィルは真に受けていない。チェスを挙げたのも逸話を揶揄したい気持ちがあったからだ。その可愛くない思考でブラック・ドゥーの話だけは無垢な子供のように信じて止まないのだから彼もよく解からない。
「バンシーは憑いた一族に死人が出る時、不幸を嘆いて真夜中の森で泣き叫ぶんです。知ってますか?」
「知ってます。実際に聞いた事はありませんが。」
「それで我が国が大戦に巻き込まれる直前にですね、キルペライネンは一族全員───皆殺しに遭ってるんですなぁ。」
一気にその場の雰囲気が重たくなった。広大な空間の中に古臭い物品がひしめき合う時間の止まったような密室で冷たい空気の流れを感じた気がする。
「それはまた、何で…」
「真相は戦争でうやむや。まぁ…霧魔で間違いないんじゃないですかね。で、その惨劇の前夜ですよ。この辺りは世にも恐ろしい大音声が響き渡ったんだとか。」
「バンシーの…慟哭。」
「仮に相手が生身の人間だって不気味なコーラスでしょう。からの大量猟奇殺人、…近隣の住民はあまりの恐ろしさに挙って土地を離れて行ったそうです。」
「開戦当初ですよね?慟哭などではなく本土を急襲した敵国の空挺部隊の音では?住民は単に疎開しただけでしょう。」
「どうですかね、」
「え?」
案内人は目を瞑りボサボサ頭を掻いた。些細な振動に腹の肉がたわむ。
「こんな話が出て来たのは大戦が終わってからですわ。元森があった焼け野原で夜な夜な聞こえたそうなんです、気味の悪い嘆きの声がね。」
「↓仮に何かしら聞こえたとしましょう。それが何故『キルペライネンのバンシーだ』となるんですか?事件の森は無くなったのでしょう、」
「ここなんです。」
「え?」
「周囲一面焼け野原になっても、惨殺事件のあったキルペライネンの屋敷だけは不自然に残ってたんですな。それが今はここ、国立美術館になっていると。」
「──あぁ、そもそも『いわく付き』の話でしたね。」
聞き入ってしまったがあくまで話題は「美術館がいわく付き」だと言う事、真偽などこの際どうでも良いのだ。しかしウィルは何かが気持ち悪い。
「?ちょっと待って下さい。」
「何です?」
「旧キルペライネン邸は分かりましたよ。でも──バンシーは?バンシーといわくたらしめるものは何処から出て来たんですか?」
「だから。戦後に聞こえたと言ったでしょう、
何人ものバンシーが嘆き悲しむ声──────『キーニング』が。」
「★←そんなまさか!?」
ウィルの興が乗った所でこの案内人はその脂を落とすような冷めた態度を取る。
「真偽の分からないこんな話を信じると??」
「え?いや、だって……だからこの美術館はそのっ…キーニング?と言う名を冠したんじゃないですか?」
「まぁ、それはそうなんですが。─私はこんな話ハナッから信じちゃいません。でも、そんな自分ですらいざ聞いた後だとキーニングを聞いた気になってしまうもんです。心の中で聞こえるものなのかも知れませんねぇ。」
「心理的な何かと言う事ですか?」
「じゃないですかね?人気の無い館内に一人でいると、それこそ風の音にも声を聞いたような気が。ほら、よく耳を澄ませると…」
「───────────────────────────」
案内人の神妙な表情にウィルも真顔になって聴覚を研ぎ澄ます。こちとら霧対策の特殊訓練を受けているエキスパート。言われてみれば確かに、微かだが悲しげな声のような何かが。
「!そんな…いや、これは……」
「いやいや×。それ、機械だから。」
「───────────────は?」
「湿気対策にこの美術館では電気機械を使って空気を循環させてるんですわ。その音です。」
「×えっ#………」
小太りの振り向きざま、人を小馬鹿にするようなニヤついた目元をウィルは見た。
彼が無精髭の顔を真っ赤にしながら撃っちゃ駄目だを心中で連呼する頃、アンは暗い地下二階の天井裏に潜んでいた。汚れた場所にあって古ジャージは持って来いだが、彼女の服のチョイスはそんな事など考慮されていない。
(気のせい───気のせいだきっと。)
彼女は他の生徒らに紛れて美術館職員の目を掻い潜り、久しく人の手が加えられた様子のない旧展示場を抜けて壁の裏側を四階も上から下って来ていた。周りに灯りらしい明かりはほぼ無く、彼女は持ち前の夜目と訓練の成果を存分に振るう。四足歩行+1の生き物が彼女の前から右方向へ素早く逃げ去った。その数3、体格からして恐怖のドブネズミと思われる。そんな事より、
(~鼠が居るって事は……「ヤツ」も居るって事よね××。)
気のせいではなかった。こんな所にも居るのだ、彼女はGの恐怖に怯える。
狭い通気口から部屋の中を覗き見るが、何処も真っ暗で何も見えない。生き物の気配は無く、動体は部屋の空気だけ。美術室で嗅いだような油の匂いが鼻を掠める。
(そもそも何でこんなに地下室があるんだろ。人が居られそうにないし、物置かな。何かあるとしたってこれじゃ分かんない×。───?)
大人一人がどうにか通れる窮屈な隙間の向こうに微かな明かり。綿ゴミまみれのチューブの束をすり抜け何とか近付く。
(隙間……蓋?───!×~?)
取っ手を探るとハンカチ大の板は簡単に外す事が出来た。真っ先に溢れ出す光に一息つきたくなるが、顔へ吹き付けた異臭混じりの風に彼女は顔をしかめる。不意打ちにめげず鼻ごと口許を押さえ慎重に頭を突っ込むと、中は下から上へ狭い空洞が続いており、上階から光が差し込んでいるようだった。
(ダストシュート??地下だしそんな訳ないか……通風孔かな。~それにしても下から上がって来るこれ…何この臭い、薬臭いっ×。)
強烈と騒ぎ立てる程ではないが、生来嗅いだ事の無い表現し難い臭気。無機質な透き通った色水で生臭さを濯ぎ誤魔化すかの如しイメージに化学の実験を連想させられる。溜まりかねて蓋をしようと物音に注意したその時、彼女は妙な不安に駆られた。
(───────────────────────────)
ほんの微かに声を聞いたような気がする。哀し気な何かが風に乗って運ばれて来ている、どうしてもそんな気がしてならない。異臭のせいで感覚が混乱しているのか、何処かで体験した気がしなくもない生理的嫌悪を喚起させるこの空気。突然湧いた恐怖に慌てて蓋を閉め掛けた刹那、彼女の鼻の頭に何かが衝突しその場に引っ付いた。
刺々した細長い何かが皮膚に引っ掛かる。硬質だが軽くて油っぽい、その黒い生体反応は…
「¥●!!×★↑↑ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイくぁwせdrftgyふじこlp」
調査そのものは無事に終わった。美術館側に不審がられる事も無く、それはもう平和に。
ウィルのキーニングの錯覚は、顔面をゴキブリに蹂躙されたアンの絶叫と言う事で落着する。
無駄骨も良い所、大した収穫は無しとの意見で二人は一致した。
それでも成果が全く無いとは思っていない、微々たる事柄に二人は悶々とする。
妖精達の悲哀に満ちた嘆きの声、そんなものなど彼らは耳にしていない。
でもそれが頭の何処かにこびり付いて、どうしても離れてくれなかった。
☆☆☆
霧に包まれる騙絵横丁の宵の口、弱々しいランプの明かりが病院へ一直線に近付いて来た。照らし出される2つの瓶の底、現れたのは苦学生風の青年ヒュギイである。門の前で立ち止まるとその後ろから燈王の大きな像が光円に映え出した。スーツに刻まれる筋肉の陰影、これなら裸の上にスーツの塗装をしても大差ない。両手をポケットに突っ込んだまま周囲へ視線を巡らせる。瞬きもせず鼻で嗤った。
「相変わらず張っているな、これが定常なのか?ガノエミーめ、余ほど後ろめたい病院と見える。」
「──────?」
「いや、出方を待ってやるとしよう。こうして俺が出向いた以上、一家の庇護があるとて彼奴は安穏と籠もっている訳に行かぬ。──いずれ痺れを切らせる。一か八かの賭けに出ざるを得ぬのだ。」
「───、~~~。」
「~臆するな。貴様らシルキッシュの霧を怖がる神経は未だに解せぬわ。」
(さてどう出るか。先ず闘いは挑んで来るまい、所詮フォースは逃げる事しか出来ぬ。ナスカを嗾け夜陰に乗じ霧に紛れるか、はたまた予め手配していた車に乗り込むか…いずれにせよ監視の目は充分確保してある。逃れられると思うなよ───)
したり顔のセカンドはお付き共ども門の前から姿を消した。訪れた事を示したので後はじっくり待たせてもらだけ。その様を診察室からカーテン越しに見ていたヂャリコは上げていた前髪を下ろして振り向いた。
「筋肉オトコ来た。」
「そうか。」
「いつかコロす。」
「──」
ジェズは替えの予備のボーイ服に着替えている最中である。ここへ運ばれた時に着ていた衣装は黒ワイン専用、ミーシャに見られる訳には行かない。
全く普通に振舞う彼を見てドクター髭モジャは怪訝な顔をした。
「本当に不気味な奴だ。」
「お世話になりました。」
「医療行為は施したんだ、勘定は耳を揃えて払ってもらうぞ。」
「僕の服を受け取りにまた参ります。お代はお借りしてる服をお返しするのと一緒に。
─お嬢様、」
「着替えた。中は制服、シャツは無いけど。それよりあんた──本当に大丈夫なの?」
「大丈夫です。」
即答。この目で見ても信じられない、ジェズが完治したと言うのだ。
それも医師の正式な診断結果だ、闇医者の診断でへったくれも無いが。しかし全治三ヶ月と見込んだ左腕の粉砕骨折が一週間足らずで治ったとなれば気味も悪くなる。進撃のドカ食い爆睡ラッシュがこれのためであろう事は想像に難くない、黄色の紋様を目撃したミーシャは今さら驚かない。
ジェズとミーシャは6階の高さに相当する医院の屋上へ出た。今宵の霧はそれほど濃くなく、明かりさえあれば地上の様子も視認が可能、逆もまた然り。風は無く天空には月が静かに輝く、満月には少し早い十三夜の月。
「逃げる…の?」
「はい。」
ここは6階の高さだが。彼はミーシャに面と向かった。
「お嬢様、僕はこれからお嬢様を抱えて移動します。」
「うん。」
「僕がいいと言うまで決して目を開けないで下さい。」
「え、何で?」
「怖がられて大声を上げられたらかないません。それに、気絶されたら運ぶのが大変です。」
「×ちょっと待って、何で怖い事になってんの?気絶する程って、」
「行きますよ、←」
「ふわっ★、」
手慣れた感じでお姫様抱っこする。ミーシャは子供の頃、ソファーで眠ってしまった自分を父が抱きかかえてベッドに運んでくれた時の事を思い出した。あの頃から身体は大分成長しているし、ジェズの体格は父に及ばない。正直心許ない。
「いいですか、僕の首に両手を掛けてしっかりしがみついてて下さい。」
「ぇ、」
しかし彼は以前、気絶した姉を抱えて校舎の屋上から飛び降りると言う奇人変人コーナーを成し遂げている。地面に降り立って直ぐに平然と歩いていたくらいだ、まさかと思うが意外に大丈夫なものなのか。そのくらいの事は覚悟しておこう、不安は拭えねど興味はある。
「…ぅ…うん#。」
「いいですね?それじゃ目をつむって、」
「ぇ…ちょっと待って、何かヤだっ×。」
「とにかくしがみつく事に集中して。でないと意識がおいてけぼりになっちゃうかも。」
「★どうゆうことなの?」
「さあ目をつむって。さーん、にーい、いーち。」
「!~~…───」
ミーシャは釣られて目を瞑る。ジェズの胸へ顔を埋めるような格好になり、彼の心臓の鼓動がダイレクトに伝わって来て不安は心なしか和らぐ。聞こえるか聞こえないかの微妙な囁き声に気付いた。
『Suhaimnor wy uoukkuu na omio nw ius zhi im ein...』
(──これ。昨日もこんな感じの言葉、喋ってなかったっけ。)
『Kaiyssh ai hbuer naonkuok kooh ucjci, hiakyi ahksio sruoks eoboa nt oatkiegkai...』
(ジェズの故郷の言葉かな。何て言ってるんだろ、お祈り?おまじない?何か落ち着く…)
『Siursa unmu umnuas ruis.』
呪言の唄にミーシャが不思議な気分でいる内、ジェズの顔にはあの「緑色の唐草模様」が浮かび上がっていた。彼は防寒着姿のミーシャを抱えたまま柵へ歩み寄り、門から見える場所へ堂々と姿を晒す。無論セカンドは気付いた。
「ほぅ。フォースめ、頓狂な恰好で姿を現したかと思えば緑のヤドリとは。何のつもりだ、俺と闘う気か?満身創痍の分際が、気でも触れたか?」
ジェズは口を半開きにして周囲の大気を体内へ取り込む。
何らかの意気込みを読み取ったブンドドは邪悪に歯を剥き総身の筋肉に力を漲らせた。
「←来るが良いッ!使い手の途絶えて耳にも久しい緑のヤドリなど、俺が完膚無きまでに捻り潰し永きに伏してくれるわ!この『橙のヤドリと呪珠』でなああああああああッ!!」
取り込む。取り込む。尚も取り込む。取り込んで取り込んで取り込んで取り込んで。
緑の第四王子は準備が整った。
(【蜻蛉王ノヤドリ「天翔」】っ!!!)
飛んだ。
「──────」
「──────」
「「────────────────────────────────────」」
今夜の獲物を門前から余裕で眺めていたセカンドらは何処か夢見心地だった。イキ巻いていたノリノリの空気ももはや何処吹く風。前振りこそあったものの、角張った断崖絶壁の上を人間が脈絡も無くカッ飛んで行ったのだからもう、訳が分からないよ。
一方、訳が分からなくて大慌てなのは飛んで行ったに付き合わされているミーシャである。顔をくしゃくしゃにしながら必死に悲鳴を堪えていた。跳び下りるくらいはと心に決めていたが、爆発したのかと吃驚する程の衝撃に思わず目を開けたら、月を背景に建物で出来た谷間の上空を飛んでいたのだから訳が分からない。
「★ふぎ×っっふっ~~ぃぐっ!……ぅふうううぅうううううっっ×!×!」
人が単身で空を飛べる訳がない、正確には「跳んだ」のだ。それでも50m以上は確実に超えているであろう形容するのも馬鹿馬鹿しい超常的な跳躍力。これでは視界の悪い夜霧の中を注視する見張りなど役に立たない。
ジェズは尚も大気を取り込みつつ建物の屋上へ脚を接すると、助走から続けざま衝撃を発し更に跳ぶ、風に乗る。ミーシャの涙目鼻水お構い無し。彼は断続的に長距離跳躍を繰り返し、騙絵横丁を遥か飛び越えて、周囲に人気の無い霧の開けた河の近くへ降り立った。
ジェズは着地の衝撃を和らげた弾みでふわりとミーシャを解放すると、その勢いのまま飛び込むように水辺へ倒れ込んだ。仰向けになり肺腑の中の空気を方々の体で入れ換える。
ミーシャは暫く茫然と佇んでいたが、腰を抜かしてそのまま河原にへたり込んだ。焦点が定まらない、まるで生きた心地がしない。水面に映る月が目に入ると夜空を仰ぎ、何となく危機は免れたなと他人事のように認識した。あの月はいつ墜落するかも知れぬ恐怖の空で見た月、彼女は瞳孔全開でガクガク震える。そして、
(───~~ふ★、ぁ×はぁぁああああ#×…)
ジェズの服ごと水に浸かった身体中から湯気が立ち、月の明かりにもうもうと照らされている。彼の荒い息遣いが中々治まらない。ミーシャは辛うじて立ち上がるとジェズの許へ歩み寄り、ずぶ濡れになるのも構わず隣へしゃがみ込んだ。
「ジェズ、───ジェズ、あんた大丈夫なの?」
「×××~~…っはああああああああぁぁぁ…↓。
はい、まだ動けます。─お嬢様、だから目をつむっててって言ったのに。」
「×仕方ないじゃない、あんな事になるなんて──~想像してなかったもん。まだ、足が…震えてるよ…」
「でも悲鳴は上げなかったですよね、偉いです♪。」
「何それ。~あんたちょっと生意気じゃない?」
「あははは。……びっくりされたでしょう?一通り済んだら、今日の事も含めてちゃんとお話しますね、」
「──────うん。絶対だからね、それ。」
「さて、威張り散らしの筋肉野郎を思いっきりバカにして煙に巻きました。ここからなら倉庫街はすぐ、人目に付かず車に乗って帰れます。もうひと頑張りしましょう。」
「分かった。」
水面に月光が揺らめく河川敷、二人は手を取り合うと微笑みあって立ち上がり河原を歩き出した。ジェズは上着を、ミーシャは帽子とコートを脱ぎながら土手を上がって行く。
隠し弾を連発したジェズは心底疲労していたが、尊大なセカンドをまんまと出し抜きミーシャお嬢様を護る事が出来たと大きな満足感を得ていた。ミーシャも姉と駆け引きしたり血を吸われたり空輸されたりと散々な目に会ったが、漸くジェズと一緒に酒蔵へ帰る事が出来てとても安心していた。
しかし、彼女はほんのちょっぴりドキドキしていた。
月の呼び覚ます恐怖の空、ガクガクの失禁はジェズに気付かれていないはず。多分。
登場一回こっきりのモブと思っていたキャラが再登場して名前を名乗った。物語りを描いてると面白い事が起こるものだなぁと感心した。素敵なシーンをイメージしてたのに、いざ登場人物にやらせてみると全然ステキじゃなくなったりするし。とりあえず今回やりたかったのは月夜の逃避行だったけど、途中からやさぐれ優等生のヘッドバンキングとヒロインのお漏らしに変わったですよ。…仕方なかったんや……




