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12/30

呪圏戦争

お疲れ様です、アミューズメント集団HOTPLAY所属のぬる岸です。


(2020/03/20)また微修正を…

(2019/06/01) 漢字表記など微修正したです。

(2019/03/09) !!!投稿段取りをミスったので再投稿しました(>_<)。

中身が結構、追記修正あります。大混戦ですっ。


1月に客演本番があった事もあり更新が遅れました…orz

あいつにはこんな事があった、こいつにはあんな事があったと推察するのはいいとして、全部文章に起こそうとすると話のテンポが間延びするなあ。などと思い話を詰め込んでたら時間食っちゃった次第です。当初は久々のデコマヨが受難で一本話を進めてましたけど、ごそっと書き換えてしまいました(^^;。


下手の横好きで書き連ねていますが、

何かの縁からこの作品を読んで下さって、

もし一時でも楽しんで頂けたら幸いです。

 黄昏時を迎える首都テーブルターニングの工場町に不穏な気配が漂い始める。それは水平線の向こうから地上世界を覆い尽くさんが如く圧倒的な存在感を以って粛々と忍び寄って来ていた。滲む夕日に照らされる建造物の落とす影は、その濃密な存在を顕にしながらそれらにじわじわと蝕まれて行く。今宵も町は霧の恐怖に支配される事となるであろう。その様を窓の外に見てマイユネーツェ・メディスンは背筋に冷たいものを感じた。


「──多いわね。」

「作業者の負担を問題視する声は確かにあります。ですが、品質チェックの項目の多さそのものが残業増加の直接的な原因とは言い切れません。問題の切り分けのためにも、主任クラス数名を集め内容の」

「そうじゃなくて、」

「?はい。」

「ごめんなさい。それもそうだけど、私が言ってるのは──霧の事です。」

「えっ×、今日もですか?」


 対面のソファーへ腰掛ける如何にも堅物そうな工場長は辟易した顔で外を垣間見る。土曜の昼下がり、マイユネーツェは製造技術部の部長らと共に作業工程の見直しのため自社工場の一つへ訪れていた。大きな建屋の窓際の一角を衝立で仕切っただけの殺風景な打ち合わせスペースに、彼女はオッサン三人と窮屈そうに納まって未だ会議中である。

 カクテル・キャンペーンの後、メディスン・ビバレッジは蒸留酒と合わせ工業用の酒精製品も販売数を順調に伸ばしていたのだが、早くも頭打ちに到ったようで近頃は横這いが続いている。拡販計画も未だ俎上に留まっており、予算確保のためにもコストカットは喫緊の問題とマイユネーツェは考えていた。


 しかし状況はもっと差し迫っていると工場長は言う。マイユネーツェが首を傾げる。


「え?」

「ですから霧ですよ、霧。雨が続いたせいかどうか知りませんが、最近の夜霧は半端じゃありません。ですので、今回の打ち合わせはまた後日と言う事に」

「←ちょっと待って下さい、議題はまだ半分も終わってない。精査の段取りくらいは擦り合わせを」

「×いやあ、でも霧が」

「霧が怖くて!……まあ怖いんですけど、会社が成り立ちますかっ。」

「お嬢様、落ち着いて。──ひょっとしてお嬢様は、あの噂をご存知ないのですか?」

「警官が霧魔(むま)に襲われたけど命拾いしたと言う話?聞き飽きました、下らない。」

「そんな前の話じゃありません。…出るんですよ、」

「→何ですか、やめて下さいっ×。」

「出るんですよ、あの─────────


『ブラック・ドゥー』が!」




■■■ 呪圏(じゅけん)戦争 ■■■


 役者が揃っていた。舞台も出来過ぎていた。


 濃密な霧に包み込まれる夜の工場町。魔が差したか精霊の気紛れか、或る一ヶ所だけが不自然にぽっかりと穴開き、そこへ上弦の月の光が降り注ぐ。真っ先に煌々と照らし出された人の形は、いつまでも黒い影のまま瓦礫の上に佇んでいた。


 縄を解かれたマイユネーツェは酷く痛む両腕を代わる代わる擦りながら上方の影を仰ぎ見る。自社の従業員に人身売買と関わりのある者が居た事は勿論ショックだが、あわや売り飛ばされる危機の自分を救ってくれた者が余りにも謎めいていて、思考が状況に追い付かない。事態は常軌を逸していた。


「──お前は………っ誰?!」


 崩壊した建物の残骸の上、微風に揺られ影の輪郭が朧気に捉えられる。そこに在るのはつば広の帽子を被る黒いドレスの女性、傍らにはボロ布を纏った塊のような怪人の影が片膝を着き寄り添う。異様な光景。


 月光の下に姿を表したのは彼女らだけでない。


「…おいおいおいおい×、何だあ?どー言う事だ?(やっこ)さんを尾行(つけ)てたら…一体何だってんだ、こいつらは……」


 ハンチング帽を頭へ押さえ込み、すかさず周囲に視線を巡らせる。魔法警察警部バッカス・ワドー。


「~くそっ、大人しくしろ人売りの外道め!───

あいつがブラック・ドゥーだって言うのか?全然違う!奴はドゥーじゃない!あいつはまるで、──まるで…」


 拘束した誘拐犯の激しい抵抗を頭ごなしに捻じ伏せ、瓦礫の上の異形を凝視する。学園プラチナプラタナス大学生にして魔法警察研修生ウィル・アム・バーモント。


「~チッ、魔法警察が出張ってやがったか。ブラック・ドゥーを追って奴らに出くわすなんざツイてねえなあオイ×。どーするよ…」


 懐の得物の具合を確かめる、落ち着かない時にするいつもの癖。プラチナプラタナス高校生に身をやつす秘密組織「洞」の荒事師、「繰り鉤(くりかぎ)」ことギギシ・カカシ。


「~繰り鉤め、何故こっちへ来たっ×?いつもそうだ、余計な所でしゃしゃり出て来てっ~~本当に間の悪い!」


 異形から間合いを取り着地した道路脇に片手を突く。ゆるり立ち上がるとフードの中に一つ目を赤く輝かせた。洞の荒事師、通り名は「食人(グーラ)」。


「ブラック・ドゥーの噂を聞き付けて来てみれば、何だこの状況は?魔法警察まで居るのか。この距離で気付けなかったとはな、後の連中は…何者だ?」


 目許から下をマフラーで覆い、暗色のタイトなボディースーツに身を包む。ジュエリー・オレンジロード取締役は表向きの姿、暗礁密林の虹族第二王子が臣下ビアリス・レズリ・メズリ。


 彼らは一同揃いも揃って互いの存在を確認できる圏内に居合わせていた。この小世界はブラック・ドゥーを中心にうねりを伴って大きく渦を巻く。


 そして最後の役者が舞台袖から現れる。


 そいつは暗闇をくぐり抜け、歪んだ背中の下から頭を持ち上げた。目深に被ったチューリップハットから漏れ出る髪はピンク色、顔はよく見えない。歩を進めるたび撫で肩にぶら下がった長い両腕がだらしなく左右へ振れる。立ち止まり背をまともに正すとかなりの長身、その風貌はタロットの愚者のカードを思わせた。


「─やれやれ、探したよ君ぃ、君達、そこのお。とんだ目に遭ったものだよ、何て事をしてくれるんだあ。──君らなんだろう、なあ?この辺で好き勝手してるのはぁ……」


 低音だが神経質な掠れた声。訴えられていると思しきドレスの影は風に揺らぐまま微動だにしない。他の役者達は状況を判じ切れず行動に躊躇するが、ただ一人だけは全く異なる反応を見せる。大気が震えた。


「★模型屋っ!↑↑おおおまああああええええええええええっ!!」


 チューリップハットを照らし出す月明かりが一瞬だけ遮られ、そこは破壊音と共に土柱が上がった。飛礫が散らばり粉塵に霞む闇の中を愚者は何事も無かったかのように改めてくぐり抜けて来る。雄牛ほどもある大きな廃材を投げ飛ばした剛腕は食人だ。


 そして、それをかわした愚者の正体こそが「模型屋」だった。


「食人か。いいなぁ…いい匂いだ、君の粘膜はぁ。君も『組み立て』たいとは思うんだが、今回はやめておきたい。今ある僕の構想に君の入る余裕は無いんだ…ご免よ。僕が欲しいと言ったのはもっっっとこう、線が細くてえ、儚げでえ、愛おしい果実なのさあああああ♪。」

「~~!………人買いの注文を…お前自身がしていた訳かい!それなら人身売買の現場は分かるだろうさ×!──でも、どうして売人共は注文の時点でお前に気付かなかった?鈍感じゃ闇商売で生きて行けない、お前みたいな狂人の本性を嗅ぎ分けられないはずがない。」

「酷いな君は。僕を狂人呼ばわりするなんて×、君も偏見が過ぎるねぇ。もっと本質を見抜く力を養い給え、審美眼こそこんな時代を生きる全ての人々にとって最も必要な物なのさぁ。

─いずれ君の誤解も解かなきゃいけないとは思っている、焦らなくていい。」

「~~~っ!」


 のらりくらりの怨敵への怒りに身を震わせながら食人はドレスの影へ向く。フードの中で顔は見えないが、そう思わせる素振りがあった。模型屋への罵詈はあからさまに芝居掛かっていた。


「↑霧魔と噂されて気分はどうだいっ?幅を効かせて満足かい?!

よくもまあ…~ヌケヌケと私の目の前へ出て来たもんだっ、←お前の胸クソ悪い道楽は終いさ!女の解剖なんてフザけた真似はもうさせないよ!ゲスがっ!!」

「?──何を言うんだい。僕が買い取ったなら、僕の好きにしていいだろう?後の事なんて君らには関係ない。」

「★かっ×!……~~~か、か…金を払った事があったかい!?それに、売人を(バラ)した事だってあっただろう!お前は客じゃない!敵だよ!!」


 暴れる誘拐犯の両足を括り終わったウィルが警部の側に立ち寄る。


「←警部。あいつの言った事……僕達の追う連続猟奇殺人事件の犯人が、あの何て言うか……本格的に怪しい男だって事でしょうか??」

「分からん。が、模型屋の名前だけなら聞き覚えはある。暴露したのが食人たあよく分からんがな。」

「食人…★奴が?女だったんですか??」

「それが何だ。見たろ、あの怪力を。…油断するな。何か恰好いい事言ってる風だが、そもそも人身売買の斡旋元、事件当日には君らが見た現場にも居たんだぞ。奴は所詮、大事な取引を邪魔されたくないってだけなんだからなっ。

───しかし模型屋も洞が雇い主だったはず、どう言う事だ?話が見えんな…」

「例の暗器使いも居ます。ここに居る全員の身柄確保は難しいですね…」

「ウィル、『発砲を許可する。』」

「!」

「お前の判断で…撃て。」

「──了解っ。」


 警部の力強い言葉に気を引き締めたウィルが制止命令を発する間も無く事態は動き出す。宙に月光の反射が歪な軌跡を描いた瞬間、ドレスの前へ怪人が立ちはだかり即座に軌跡の行き先を妨げた。その手が握り締める物は長い帯状の黒光り、放ったのはまるで生きている長剣のようなグレーの後ろ髪を靡かせるビアリスだった。帯を畳むように鋼の鞭を手繰るが怪人は黙してぴくりともしない。彼女は接近を嫌いその場に踏み止まる。


「確かめたい。そこな女、お前はブラック・ドゥーかっ?」

「────────────」

「答えろ。ブラック・ドゥーなのか、お前はっ?」

「好きに呼べば良い。」


 ドレスの影は漸く声を発した。お前に興味は無い、明瞭なその声色にビアリスは苛立つ。


「答えろと言っているっ。ドゥーか?否か?!」

(くっっそ、馬鹿馬鹿しいっ。ブラック・ドゥーの噂を自分達で流しておいて、今度は自分達が噂に流される事になろうとは××…)


 苦渋がビアリスの眉に沁み出る。自業自得か因果応報か、彼女は昨今の「夜霧の工場町にブラック・ドゥーが現れる」と言う噂の真相解明に中っていた。


 事はキーニング美術館館長との交渉に端を発している。以来、頑ななまでに呪いの石の所有を認めなかった彼が、如何なる心変わりか急に主張を反転させたのだ。しかし、だからと言ってそれで売却に応じる訳ではない。彼は石を探していると噂の本人、ブラック・ドゥーを連れて来さえすれば、石を直接本人に渡してやるなどと吹っ掛けて来た。呪いの石こと虹族第四王子の証「呪珠(じゅず)」を穏便に入手するビアリスらの口実は通らなくなってしまったのだ。


 こうなれば残るはいよいよもって強攻手段しかない、そう考えていた矢先にまさかの噂の更新である。


 動揺したのは第二王子だ。生きていてはならない第四王子を巡る虹族のお家騒動は、ブラック・ドゥーに暗礁密林の安寧を乱す脅威として判じられかねない。噂はあくまで噂でしかないかも知れない、しかし彼女の一族粛清を何より恐れる第二王子は、大事の前に噂の調査を臣下へ命じたと言う訳だ。


(正直、~王族の都合や居るはずもないブラック・ドゥーなど私にはどうでもいい事っ。その私が、何故こんな目にっ…)

「←答える気が無いならこちらで見定めさせてもらう!」


 伸ばした腕を軸に舞うかの如く翻ると鋼の帯を伝った捩れが怪人の手元で弾けた。刹那ビアリスは一気に距離を詰め、帯を纏めた小太刀で怪人に斬り付ける。その動きは迅速かつ大胆、斬撃を辛うじて凌いだ怪人の背中に血が滲む。悪くない手応えに白鉄の斥候は勢い付いた。


「女っ!←正体を現せ!!───★!?っ→」


 ドレスの影へ跳び掛かろうと踏み込んだ瞬間、マフラーを躍らせビアリスは後ろへ跳び退いた。即座に彼女の居た空間を威圧的な風切り音が脅かす、ちょっかいを出したのは繰り鉤だ。手元に鉤を引き戻すとギザギザの歯を剥いた。


「おうコラ、そこのエリマキ女っ。な~ぁにイキってやがる?勝手に話を進めんじゃねーよ、このズベ公が。」

「─ヴィリジアン──邪魔立てするか、」

「面倒臭えな~、いちいち確かめる必要なんざ無えんだよ。見映えこそアレだが、そこのボロっちいのがブラック・ドゥーだ、間違いねえ。」

「───女には見えないが。」

「それがどーした。とにかくそいつはブラック・ドゥーの闇の法『夜魔(やま)の爪』を持ってる。そこの魔法警察の兄ちゃんとは()り合った事があるんだぜ?嘘だと思うなら訊いてみな。」

「──────。」

(待てよ…仮に奴が本物のブラック・ドゥーだったとして、この後どうすべきた?このまま引き下がるか?…しかし、あの館長の元へ奴が訪れないとも限らない……

いや、呪いの石を探してると言うのは私達が流した噂だ、自分で惑わされてどうする×。


見たところ第二王子(ボス)が恐れる程の者ではなさそうだ、本物のブラック・ドゥーではないかも知れないぞ。…~ぇえい、煩わしいっ。かくなる上は後顧の憂いをここで絶つべきか。)


「ほれ、用は済んだろ、とっとと帰りな。俺様はドゥーと話があるんだ。邪魔だ邪魔、」

「まだそのボロに用がある。話とやらをさっさとするがいい。これから死ぬ相手に無駄な行為だがな、」

「~ぁあ?コイツは俺様の獲物だぜ??引っ込んでろ雑魚が。」

「貴様がそいつを始末すると言うならそれでも構わない。見届けさせてもらう。」

「何言ってんのオマエ?──…まぁ、どーでもいいか。

─よぉ、ブラック・ドゥー。お前、洞の取引を潰しまくるばかりか、その売人をズタボロにして回ってるんだってなぁ。何のつもりだ?洞は手前らに『霧魔の情報を渡してる』んだぞ、どうして洞に楯突く?」


 ブラック・ドゥーに霧魔の情報、その言葉にウィルが我を取り戻す。両手で拳銃を前に構えた。


「っ…止まれ!我々は警察だ!!全員動くなっ!!

───おい、そこの暗器使い!ブラック・ドゥーを相手に?…洞が霧魔の情報とはどう言う事だ!?」

「~うるせえよルーキー。こないだ俺様の腕を銃でブチ抜いてくれた礼もまだだったが今はお呼びじゃねーんだ。それと……暗器使いってなダッセー呼び方はやめな。─俺様は洞の『繰り鉤』ってんだ、憶えとけ。」


 自分の通り名がいまいち浸透していない。しかし、繰り鉤の不機嫌はそれが原因でなかった。


 霧魔と噂される連続猟奇殺人犯を目の敵にする古参の客「ガノエミー一家」のたっての要望から、洞は犯人たる模型屋が狙いそうな人身売買や誘拐・家出人・不法就労者など犠牲者候補の情報を一家に提供していた。以降、人売りが一家の手と思しき者に取引を邪魔される事は度々起こるようになるが、洞は自分達の活動が一家に阻害されないよう情報を絞っており、思惑通りこれまで商売に差し支えは無かった。

 ところが近頃どう言う訳か、洞の取引にまでも邪魔が入るようになったのだ。しかも売人は悉く酷い暴行を受けて病院送り、洞としては看過できぬ由々しき事態に発展する。


 繰り鉤は思う、洞を恐れぬそんな輩に心当たりのあろう者は洞の中において自分だけ。取引云々はともかく、その行為へ及ぶ輩の態度がどうにも気に入らない。一家に渡していない洞の取引をどうして知り得たのかも含めて。


「で、どうなんだ?ブラック・ドゥーっ、」


 彼がそう呼ぶ者こそその輩、今は不気味なボロの怪人を演じている。

 プラチナプラタナス高等部に席を置く付き人、酒蔵(ワイナリー)メリーベルの使用人。

 その本性は暗礁密林の虹族第四王子、生きていてはいけない「死王」。

 名をジェズワユト・ウ・ナパンティ。愛称はジェズ。


「───全ては、『届け先を知る』ため。」

「あ?」

「我が主が贈り物を届けるため、ただそれだけの事。」

「──洞に従う気はない、好きにやらせてもらう…って事か。~上等じゃねえか。」

「↑(あるじ)よ!!」


 怪人の張り上げた一声に一陣の風が吹き抜ける。ドレスの影は帽子のつばを摘まみ少しだけ顎を上げた。ほんの一瞬だけ影の(ぬし)の口許が覗く。


 妖しく揺らめくドレスの影、喪服に身を包む漆黒の麗人。

 異能の力、暗礁密林の虹族第四王子を使役する淑女。そのカリスマは、闇巫女(やみみこ)か、光皇女(みちみこ)か。

 プラチナプラタナス高校生、老舗酒蔵メリーベル次期当主、


 その名はリュアラ・メリーベル。今の彼女の仕事は届け物。


「御客人は道化に扮した狂人ただ一人の様子…

──(しもべ)よ、


────────贈り主からの黒ワインを、あれへ!」

「御意っ!←←」


 消えた。繰り鉤には会話の相手が忽然と姿を眩ませたかのように見えた。続いて水の中へ深く潜った時のような違和感を耳の奥に覚え、初めて相手が移動した事を理解し度肝を抜かれる。何がどうなるとそうなる、他の者達も状況把握に迷った。

 模型屋も同じだった。怪人の直撃を回避したもののそれは紙一重、通り過ぎた怒濤が自分の内臓を震わせる感覚に機嫌を損ねる。そして思い出した、自分のステキな構想を邪魔する小癪な輩を懲らしめに出向いたと言うそもそもの目的を。今通り過ぎたあれがその輩だ。


「お前が…──ブラック・ドゥーなんだなぁぁあああああ??!」


 振り返り背を見せたかと思いきや、向き直る勢いで横転後転を滅茶苦茶に繰り返し跳び上がって十徳ナイフを振り下ろす。その手首を黒ジェズは片足立ちで蹴り払った。間一髪、内心冷や汗をかく。


(…化け物じみた動き、なんだこいつは?…)


 何処か昆虫のようで軟体動物のような気味の悪い動き、そして俊敏。模型屋と黒ジェズの激しい応酬が繰り広げられる。その最中、黒ジェズが咄嗟に間合いを離すと、そこを何かが通過した。続いて模型屋も間合いを離すが、更に追って飛んで来た何かを避けて再び跳び退く。

 対面の向こうで踵を返した通行人は片手に人の頭ほどの大きさもある石榑(いしくれ)を携えた食人だった。


「~模型屋、お前をここで止める!↑グルルルルルルルルルッ!!」

「君ぃ↓……後にしてくれないかなぁ?」


「──あれは我等の御客人、手出しは」

「←うるさいねっ、横取りされたくなきゃ確りやんな!」


 黒ジェズと食人、ついさっきまでマイユネーツェを連れた人売りに絡み一悶着があったばかりである。互いの表情は装束に隠れて見えないが、今は呼吸と言うか波長のようなものを互いに把握し、その感覚を共有していた。ここに異例の共闘体制が出来上がる。


 別の場所でも小競り合いが起きていた。この町に似合いの渇いた音が小世界に響き渡る。発砲したのはウィル、その標的は白鉄(しろがね)の斥候ビアリス。


「鬱陶しい。脆灰(ぜいばい)風情が。」

「動くなと言ったはずだ。武器を捨てて大人しく投降しろ、」

(あれ?この感覚、以前何処かで似たような事があったような…)


 ()もありなん。ウィルはキーニング美術館の前でブラック・ドゥーに関する会話をビアリスと交わしており、彼女は所持する武器を公安に取り上げらた状況だった。ウィルとて見習いでこそあるものの警官の端くれ、その直感が彼に何かを告げる。


(…既視感(デジャヴ)か。)


 残念である。


 当時ビアリスは事情聴取を素直に応じて相棒のヒュギイ共ども無罪放免、武器もそのまま返却され事無きを得ていた。公僕らは鋼の鞭も伸縮する折り畳み式ブーメランも使い方が判らず、元は原石を扱う道具とのビアリスの詭弁を覆せなかったのだ。公安がお粗末と言うより、ビアリスの饒舌が一枚二枚上手と言った所か。

 問題は彼女がドレスの影へ攻撃を試みていた事にある。ブラック・ドゥーで悩む事に嫌気が差したビアリスは、その感情を喚起させる相手を一人残らず殺してしまおうと思い至ったらしい。口が回る癖に思考は短絡的で物騒極まりない。


 ドレスの影、黒リュアラは声を上げた。


「国家警察よっ。ここは貴方々の居るべき場所ではない、立ち去られるが良い。」

(~ウィル先輩、お願いだから早く何処かへ行って下さい!助けて頂いた事は感謝します。でも私の正体に気付かない内に早くっっ×。)


「動くなと言ったぞ!お前達が大人しく投降すればこんな所とっとと引き上げるさっ、」

「~──公僕が一般市民を巻き添えにするのは如何なものか、」

「何だと!?」


 黒いレースの手袋が瓦礫の下の方をつつくように指差す。そこにはゲジゲジ眉毛を吊り上げるマイユネーツェが身を縮こめていた。


「!×──誘拐の被害者かっ、」

「娘を連れて早々に去られよ。」

「…あんたさっき生命を狙われてたんだぞ?!状況が分かってるのか?!」


「←今も狙っている。」

「★!?」


 鋭い鞭先がドレスの影へ伸びる。しかし、無機質なその殺意は彼女の目の前で敢え無く握り潰された。ボロ布から生える指ぬき手袋、ビアリスの小手先の攻撃などジェズには通用しない。困惑するウィルを他所に黒リュアラも動じない。


「心配無用、私には僕が付いている。」

「──────!?そうだ、思い出したぞっ。あんた確か!」

「!?」

(★そんな、まさか!…っ私の正体が?!)


 微かに肩の跳ねるドレスの影。流石に親しい知人までは騙し通せなかったか、今になって激しい不安に見舞われる。それまで冷静を透徹できたはずのリュアラは突如小心になり息を呑んだ。ウィルに考えを見透かされると思った途端、ベール越しでも直視が辛い。


「『酒蔵メリーベル』!」

「!★!★!★」

「────────────の、姉妹を尾行回ってたストーカーの親玉だな!!」


 月の光の恵みの下、黒ドレスのトリプルアクセルがやけくそ気味に決まった。


(××まぁ、私のこの恰好はストーカーの喪服の主人がモデルだし×、勘違いしてくれていた方が都合はいいわ↓。)


 バレなくて良かった、バレなくて良かったのか、リュアラの中で奇妙な葛藤が起きていた。薄らと顕示欲に自省の目が向いたかも知れない、しかしそれを自覚する前に意識は行く手を見失う。多分に困惑していた。ウィルの方は何か腑に落ちる物を感じ改めてドレスの影を凝視する。


「…そうか、繋がったぞ。メリーベル姉妹ストーカー騒ぎは一連の事件!この国に潜む部下達へテロの準備を命じて廻っていて、騒ぎはそれをカモフラージュするための茶番だったと言う訳か。」

「ぇ、」

「←旧世界のおぞましいテロリズムで国家を転覆させ、シルキッシュの文明社会そのものの崩壊を画策する闇の指導者!喪服の女主人…あんたこそが『真のブラック・ドゥー』だったんだな!!」

「★@真と言う概念!?」

「そしてブラック・ドゥーを護衛してるそこの奇人変人が……メリーベルへ潜り込んだ暗礁密林からの刺客ジェズ…いや、本当の名は分からないがな!」

「!!!」


 とんだ見立て違いだが些細な所は当たっている。何故そんな解になるのかとリュアラはその不条理を小世界の中心で嘆いた。

 奇人変人がジェズなのは大当たりだが、リュアラは喪服の女主人が本物のブラック・ドゥーである事を知らない。更にドゥーは暗礁密林の秩序を守ろうとしているだけで、異郷の地を害する意志など持ち合わせてはいない。唯一全貌を知る僕は嘆きの主の足下で斥候と競り合いながら複雑怪奇な気分を味わう。


 ウィルは険しい表情で銃把(グリップ)を握り直し、奇人変人へ銃口を向けた。


「↑半年前の霧魔の事件以来、(ぼく)はお前に一方的に打ちのめされた事が頭から離れなかった!丸腰で成りの小さな細身の未開人に、拳銃で武装した大の大人が負けたっ……文明が負けた、正義が負けたんだっ!~屈辱だった、僕はなぁ………っ僕は↑」

「御客人が待ち兼ねている。」

「何?~」


 黒ジェズは踏み込むと鞭を引き寄せるように跳躍した。ビアリスが持ち手を代え反撃の体勢を整えているその背面へ滑り込み、間髪入れず臀部へ強烈な回し蹴りを食らわせる。尋常ならざる脚力、弓形(ゆみなり)に仰け反る斥候のフライングボディープレスを真正面から受け止めたウィルは、宙に浮かんでビアリスの下敷きになった。


「★!べっっ☆×?」

「×ゴホッゴホ!~~くっっそ、!~おいっ、この(ぜい)ばっ~ゴホ!っ何処を触っている!?」

「ぶはっ!×~~邪魔だ蛮緑(ばんろく)!動くなと言っただろうが!~いいからさっさと退け!」

「~お前も死ぬか、」

「←やってみろ!!」


 喧々諤々、凶器攻撃の大乱闘。その離れでジェズは手元に残る得物を見詰め実感した。白鉄の斥候が自在に操っていた物は家臣の言う鋼の鞭である事、第二王子の魔の手が自分達の生命を脅かしに直ぐそこまで迫っている事を。


 その戦慄に反応が遅れた。


「★?っ!!×→→」

「↑↑あああああああ小賢しいっ!君は虫かい??軟体どーぶつかい!?のらりくらりでシャキっとしないなあ×!」

「───。」

「僕は君を『解体して』あげようとしているだけなのに、どうしてそれを拒む?僕がどんな気持ちでいるか何故解ってくれないんだっ??」

大凡(おおよそ)解せぬ理よ、狂人。」

「君も僕を狂人呼ばわりするのか、」

「───。」

「←君らの物の捉え方はいつも上部ばかりだっ、誰も彼もちっとも本質を理解しようとしない!」


 缶切りを振り回し他人の身体を抉ろうとする、これで正常と言うならそれはヒトと言う生き物ではない。模型屋と呼ばれる人型が連続猟奇殺人事件の犯人であり、黒ワインの依頼人ガノエミー一家の仇敵である事をジェズは確信した。切り傷は削ぎ取られてこそいないが見た目以上に深く、押さえる片手から鮮血が溢れる。素手で模型屋の相手をするには分が悪い。食人も同様だった。


「←グルルルルルルルルルッ!!」

「←君の一途な所はステキだよおおぉぉおおおお!」

「!★×ぎっっ?!→畜生っ、奴の腕の一本でも捕まえられれば!…

~~おい繰り鉤!何ボサッとしてんだい!!」


「あ?今回俺様がやらかした訳じゃねえぞ。手を貸せってんなら報酬次第…つっても、借金塗れだろお前、」

「──模型屋を仕留められれば、洞の爺様達の中でお前の株も上がるよ?」

「ジジイ共にナメられんのは癪だが、機嫌を良くした所でなぁ。」

「模型屋は洞にとっちゃ邪魔者だろ!ここで見逃したら怠慢だよ!

それとも…あいつが怖いのかい!?とんだ腰抜けだね、それでもタマ付いてるのかい?!」

「ケッ、俺様を焚き付けようったってその手は」

「見損なったよっ→、ブラック・ドゥーの方が上手だねっ!」

「…あ?」


 ウィルの銃撃を掻い潜るビアリスが、黒ジェズの攻撃を回避した模型屋と交差する。すれ違い様に妙な言葉を掛けられた。


「←君、良いのかい?」

「→何?」

「ブラック・ドゥーを殺してしまってさぁ←、」

「……→」

(何だ、何を言っている──)


 ビアリスは黒リュアラへ執拗に向かって行くが、弾倉を交換し終えたウィルのがむしゃらな横槍に素早く跳び退く。

 瓦礫の傍に蹲るマイユネーツェは流れ弾に堪り兼ねドレスの影へ怒鳴り散らした。


「★↑ちょっとお前!あの物騒な奴ら何とかなさいよ!一体全体何なのこれはっ?!」

「大人しくするが良いっ。~そもそも何故こんな場所に、」

「好きで来た訳じゃない!工場に居たら霧のせいで帰れなくなって、仕方なく朝を待ってたら~~従業員の一人に…薬を嗅がされてっ、」

「身売りされたと。一企業の跡取りを売り飛ばそうとは豪胆な…」

「え?───お前、何か知って」

「!×」


「←死ね、ブラック・ドゥー!」

「★?×!もぉおおお嫌ぁぁああああああああああああっ!!」


 マイユネーツェは頭を抱えてへたり込む。その上の瓦礫に銃痕がまた増えて、彼女の頭上へまた破片を降らせた。

 ウィルのド根性にビアリスも負けていない。


「!→~しつこいぞ脆灰!」

「浅ましいっ蛮緑!いい加減観念しろ!!」


「←国家警察!何をしている!娘を連れて去れと言ったはず!」

「あんたもだ女主人!下手に動くな!!」


 現場騒然、大混乱、その中を凶気が流れるように罷り通る。それぞれの主張と感情に揉める彼らの中心、黒ドレスの目の前へ狂人はまんまと降臨した。そいつは屈めた上半身を起こすと、頭を横から振り下ろすように黒リュアラへ顔を向ける。模型屋の顔はベールの直ぐ間際、その内側でリュアラは酷く驚くと共に狂人の息遣いと異様な視線を感じた。彼が見ているのは自分の外観ではなくその「中身」、肌・肉・骨・腸の隅々まで舐め回される生々しい感覚があった。強烈な嫌悪感、恥辱に慄然とする。


「!!───、」

「ワインを届けに来た、と…言ったねぇえ?君。」

「…」

「それに、黒いんだって??どれだけさあぁぁ……そそるじゃあああないか☆!↑↑」

「×っ!」


 黒ドレスを覆い尽くさんと広がる醜悪な影、しかしそれはそこで一歩退いた。間隙を急襲する血染めの手刀、割って入った黒ジェズが獣のような殺気を放ち模型屋と対峙した。


「~~調子に乗るな!殺人鬼っ!←」

「もう分かった。君は一途と言うよりただの馬鹿だ。嫌いだよ僕あ。」


 是が非でも喰らい付こうとするジェズの軸足を模型屋はいとも容易く(すく)う。ジェズは咄嗟に姿勢を立て直し瓦礫の下に膝を着けたが、続く奇襲には尺不足。猛烈な勢いで錐揉みに回転する逆さまになった模型屋の意味不明な姿を目撃した時には遅かった。真上へかざした腕に凄まじい衝撃。


「★★★!」


 しゃがみ込む黒ジェズが楯にした左腕の上、両腕で逆さ倒立する模型屋の奇怪なオブジェがここに完成を見た。絶妙な均衡を崩す事無く模型屋は蛇のように口開く。


「黒ワインとやらを饗じてくれるんだろう?ご馳走になろうじゃあないかぁぁ…」

「××~~~っ!」

「ぶち撒けろよブラック・ドゥうううっ!心臓まで辿り着けない、ドス黒い血液をををををを!!」


 ぐにゃりと曲がって飛び跳ねた。踏み台のジェズは弾き飛ばされ左腕を宙へ引き摺る。倒れ込んだその場で必死に体勢を立て直そうとするが、片膝を着いてから中々立ち上がる事が出来ない。右手で押さえる左腕は血みどろ、リュアラは思わず彼の名を叫びそうになる。


 離れから黒ジェズを指差す模型屋の返した掌ではワインオープナーが血を滴らせていた。


「君はさぁ、──恐るべき『うぬぼれ』だね。」


 リュアラの立つ瓦礫の方へ歩みつつ、後ろで脂汗をかく黒ジェズに向けご高説を垂れ始めた。


「僕をどうにか出来るつもりでいたろう?自分には隠された力があるんだー、文明の利器の恩恵に浸りきりのシルキッシュに負けるはずが無い、と───アレかい?第二次性徴が始まる頃のお子さんにありがちなー…何と言ったかなあ………まぁ、アレさアレ、感じ感じ。


いいかい?隠し持ってるつもりの君のそれは『自分で手に入れたモノ』じゃあない。押し付けられたり、与えられたりしたモノでしかないんだ。─その君が?自力で成し得るモノなど何一つ無いよ。いままでもっ、これからもっ、」

「××~っお前に、何がっ……」

「…だから君は馬鹿なんだ。と言っても解からないだろ。だって馬鹿だし、だから馬鹿だし…

↓教えてやる、さっきまでの君の言動・行動が全てなんだよっ。~本質以前の問題さ、云々した所で君が得るモノは何も無いし、だから僕も得るモノが無い…せめて僕に馬鹿を見せないでくれ。」


 くそみそ。この僅かな時間でジェズの本質を看破したとでも言うのだろうか。しかし、単純に悪口雑言でジェズを貶めたいだけでもなさそうである。


「これまでも指摘されて来ているはずだ、『君は生きてるだけで無駄』だと。解からなくていいから分かれ──いや即死しろ、いいからもう×。

そんな『身体が半分しか無い』中身スカスカの奴なんかと僕あ話をしたくないね。」

「~~言わせておけばっ、」

(っ馬鹿にして……

左腕の骨が…粉々だ。それより血を失い過ぎてる……これでは…)


 模型屋は歩みを止めると十徳ナイフを逆手に取り両腕を広げた。


「でさあぁ、果実泥棒を懲らしめたらぁぁあ?

♪果ー実ーが増ーえーたあああぁ☆。わざわざ足を運んだ甲斐があったと言うものだねえ#。」


 果実とは、彼のステキな構想に付き合わされる哀れな生贄。彼の見据えた直線上に佇む二人、マイユネーツェとリュアラが今夜のそれだ。リュアラは模型屋と敵対する立場にあり彼の贄として順当だろうが、マイユネーツェは完全にとばっちりだった。

 彼女を攫って来た「本職は工場勤め」の人売りは、近頃のリュアラとジェズによる黒ワインの影響で、注文に相応しい品物を調達する事が出来ないでいた。迫る期日に焦った当人は、今夜たまたま近くに居合わせたマイユネーツェで間に合わせようとした次第である。結局それも黒ワインのせいで叶わなかったのだが、彼女の惨状は何も変わっていない。


「×っこ、…↑来ないでよおおおおおっ!このヘンタイ!!近寄るなあああああ!!」

「ああ#、君はおでこがステキなんだねええぇ…←」

「★!近付くなって言ってんのよっっ!来ないでったらあ!!」

「前頭骨を疵付けない…頭頂骨だけを切開する?…注文した糸鋸はまだ届いてないし…」

「……やめて→、いやっ………こないで……」

「ここで食人が来る。」


 お辞儀をした。空いた進路を石榑が通過し黒ドレスの足許で爆散する。マイユネーツェが泣き叫ぶ中、咆哮が轟いた。


「←←己えええええっ!」

「あれは鞭が止める。だから僕は、」


「そこのチューリップ!止まれっ!」

「魔法警察、そこから撃つのかい?お嬢さん方に当てない自信があると思うならやってみるといい、それが甚だしい勘違いだと解かるよ。」

「~何だと?」


「↑女~っ、鞭使い!何故お前が邪魔をするっ?!」

「ブラック・ドゥーが居なくなるなら私は都合が良いのだ。引っ込んでいろ、一つ目!」

「~お前、模型屋の仲間か?~~」

「何を言っている、」


 口火を切る怪力と斥候。駆け引きをする魔法警察と殺人鬼、絶壁のように立ちはだかるその狂影の前にマイユネーツェは目を見開いた。食い縛った歯の鳴らすカチカチと言う音が微かに開いた口許から漏れる。全身の震えが止まらない。

 気が触れる、もう絶望に身を委ねてしまおう。彼女が諦めそうになったその時、横から静かに声が掛けられた。


「大丈夫だ、お嬢さん。」

「☆!?」

「──そこまでだ人殺しのクソ野郎、この距離からなら外さねえぞっ。」


 マイユネーツェの斜め直ぐ後方、ひび割れた石柱の陰から姿を現したのは拳銃を横倒しに構えるワドー警部だった。くたびれた煙草を口角に咥え、ハンチング帽のつばの下から殺人犯を()め上げる。彼は怯えきったマイユネーツェを庇うように前へ歩み出た。銃口から標的までの距離はたったの50cm、撃てば先ず当たる。


「噂の霧魔。連続猟奇殺人事件の実行犯は…お前なんだな、」

「殺人事件↓……下世話な表現が好きだねえ。わざとだろ、そう言う奴らだよ君らは。軽蔑に価するね、」

「大人しく縄に付け。話はそれからだ。」

「~君らの言葉はいちいち不快だ。僕の周りを滑り落ちるばかりでちっとも頭に入って来やしない。心が篭ってない、魂が入ってない…イライラするんだよっ。」

「ああそうかい。自分の感情を起こしたままじゃ、お前みたいな糞ド外道を法の裁きに掛けられねえからな。~心の底じゃあこの場で今直ぐお前を蜂の巣にしてやりてえくらいなんだぜっっ。」

「←してみろよ。

どんなに言葉を繕った所でどぉぉせ君ら国家権力の人間がする事は今も昔も変わらない、違いは手続きを増やしたくらいだ。~(さか)しいんだよ、『正道を(かた)るな。』」

「───…お前、何処かで」


 何かに気付いた警部の一瞬の隙だった。顎下を晒す模型屋、警部の銃弾はその肩を撃ち抜くが、銃その物は模型屋の長い足に蹴り上げられてしまう。後転から襲い掛かる模型屋の凶刃、即座に警部は腕の裾へ忍ばせた金属棒でそれを次々と去なした。足払い、回し蹴り、突き、薙ぎ払い、警部の体術は模型屋を寄せ付けない。


「↑ウィル!!」

「←はいっ!───★なっ?×」

「★?!」


 間合いを離した模型屋へ銃の狙いを定めるウィルの握り手が金属の帯に絡め取られる。食人のダウンを奪ったビアリスの差し金だった。ウィルから受けた横槍の報復のつもりか、彼に睨まれたとて彼女の眼差しは刃のように鋭く揺るぎない。


 警部の腹部には十徳ナイフの(やいば)が深々と(うず)められる。


「!××~~~っぐう、」

「★★警部っ!!」


「ぐ……ごのっ…げっ…外道っがあぁあぁあぁっ!!」

「あー。そもそも君の中身に興味は無かったんだ、貴重な時間を浪費してしまったよ。まぁ…それも僕の不徳の致す所だ、改めよう。もっと早くこうしておくべきだったね、」

「~~おっ…おっっ前っ~~まさ…かっ……」


 腹へ伸ばされた模型屋の腕を意地で鷲掴み、身を震わせながら一太刀振り上げようとするが、腹の刃は駄目押しで90度反時計回りに強く捻じ込められた。喉に詰まった呻きがガ行で絞り出される。家族の顔が脳裏に浮かんで「おい馬鹿やめろ」と心でボヤき走馬灯をお断りした。

 模型屋は指先の血の滑りに不快感を覚え腕を横へ薙ぐ。払い除けられた警部は尚も体勢を立て直さんと脚を踏ん張るが、口惜しげに顔を歪ませ崩れ落ち、横倒しに俯せた。動く気配は感じられない。


 ウィルの叫ぶような警部への呼び掛けも意に介さず模型屋は嗤う。そして一歩、また一歩と生贄に近付き始めた。瞳から光を失い呆然と立ち尽くすマイユネーツェの肩を模型屋は両手で優しく包んだ。


「ご免よ、待たせたね。…さあ僕と一緒に行こう。大丈夫、君はステキさ。」

「──────」


 肩を持つ模型屋の腕に彼女の手が添えられる。あまりの恐怖に心が逝ってしまったのか、彼女はか細い指で慈しむように撫で摩り、やがてその手で腕を押さえた。初めは柔らかく、徐々に確りと、そして情熱的に。その感触に興奮した彼は上気して自分の直ぐ上に佇むリュアラへ熱く言葉を投げ掛けた。


「↑#いい子だろぉぉほおおおお?さあ君もおいで!!この僕が@!君が内に秘めてる真の輝きを解き放ってあげよおおおおおおんっっ☆↑♪!卍卍卍」


 その高揚はしかし次第に変質して行く、彼が異常に気付いた時にはもう遅かった。情熱的だった果実の押さえる手は、今やまるで万力で締め付けるかの如く彼の腕に食い込んで来ている。耐え難い鈍痛を堪え改めて相手の顔を窺うと目は虚ろなまま。これは、この匂いは、


「!…マンドラゴラか!?」

「ケッ。←よく判ったな脆灰、」


 悪態を吐いて脇道の陰から繰り鉤が姿を現した。身に纏うローブをひらめかせ腕を振るい、忍ばせていた懸糸をマイユネーツェから引き戻す。屋上事件の際に彼がジェズに対して使った傀儡(くぐつ)の術である。操り人形と化し火事場の馬鹿力を解放されたマイユネーツェはもはや拘束用の拷問道具、模型屋は初めて苦悶の声を上げた。


「~古風じゃあないか…元々扱いの難しい野草、精製や処方の技術を未だ持ち得るマニアが居っ!×…ようとはっ、驚きだねぇえぇ~~」

「俺様も驚きコオロギだぜ。手前ぇ…見た目通りの歳じゃねえな、」

「…栽培は法で禁じられて久しいっ。これだけの効果…薬の純度を高めるにはっ×~~それなりに量が必要なは…ず…」

「そのザマでベラベラよく喋るぜ×。なあぁに、こいつあお取り寄せよ。東方産で向こうじゃ『マンダラゲ』と呼ばれるモンだ、効きが違うぜ?」


「…繰り鉤?……」

「勘違いすんな食人っ、別に手助けしてやる訳じゃね~からっ。」


 繰り鉤は模型屋の上の黒ドレスを見上げる。互いに表情は見えねど窺い知る事は出来た。


「今回の件はチャラにしてやる。

だがその代わり!────────────『お前の力を見せろ。』」


「↑↑僕よーーっ!!!」


 黒リュアラの響き渡る高らかな声に小世界がざわめく。

 この限られた空間の中に介在する何某かが呼応する確かな気配があった。

 空気が逆巻く流れ舞う、濃密な夜霧は未だこの小世界を覆い尽くせない。


 僕は傷だらけの身体を立ち上げる。そして呟いた。


「──今この時、この血は、我が主のため…」


 リュアラは迷いを捨てた。


「『力を振るえ』っ!!!」


 血塗れの左腕を押さえていた右手を横へ下ろす。


「Maerga ukri uhwcaa ggaaiw nuor cuhgiem...」


 右手が戦慄(わなな)き滴りは増して地面に流れ落ちる。傷創によるものではない大量の出血。


「ued oe dhues atfiurrae tsahti...」


 血が沸く。灼けた石に水を掛けたかのような蒸気が立ち込め、右手はこの世から姿を消す。


「dearna zn aeimn uost...」


 奔流に遮られた人の意識の及ばぬ領域で収束する、凝縮する、顕現する。


「soawbi ak kaibwa os soawbi ak.」


 囁くような唱が終わる。

 微風に撫でられ領域が人の意識に繋がると、それは既に存在していた。



 右手を悪魔のような「巨大な黒い鉤爪が(よろ)って」いた。



 爪は自らの存在を確かめるかのように一指ずつゆっくりと動き始める。殻が砕け肉が押し潰れる、そんな聞き心地の嫌な音に混じり、ガラスや金属を擦り合わせるかの如き何処か澄んだ摩擦音が(くう)を伝わった。拳は厳かに握られる。次の瞬間、


 ジャバンッ!!


 雄叫びを上げるように五指が開いた。鈴や鐘を思わせる透き通った鳴動が爪から放たれる。まるで水晶で出来た長大な猟銃に重金属の弾丸を装填したかのようだとウィルは思った。そんな彼の目が血走る。恐れ・怒り・悲しみ、自分の感情の整理が着かない。


「~そうだ…あれはブラック・ドゥーの大爪!!武装した警官隊が束でも敵わなかった!…そしてっ~~僕を屈辱のドン底に陥れた…あの!!」


 鞭を回収したビアリスは自身の身体が震えている事に漸く気付く。あの黒い爪を見てからと言うもの動悸が止まらない。戸惑っていた。


(くっっそ×、何だ?何故私が震える?!これは…暗礁密林の血に刻まれた記憶だと言うのか?…まさか、奴は本当に闇巫女ブラック・ドゥーっ?伝説が本当だとするなら……あの第二王子が恐れる程の?)


 食人は両膝を着き片腕を抱き寄せて肩で息をする。狂人と短絡思考の相手でさしもの荒事師も満身創痍、彼女のケチは未だ尽きない。赤い一つ目に光を灯らせながら黒ジェズをただただ見詰めている。

 その仲間を差し置いて繰り鉤は一人だけ上機嫌だった。ローブの中で不敵な笑みを浮かべ額の汗を拭う。


「これだ#…これだぜっ、ブラック・ドゥーの闇の法『夜魔の爪』!あの色、形、それにこの音だ!忘れねーぞ!!半年前に出くわした物と全く同じ、間違い無え!──まさか手前ぇの血を固めてこしらえてたとはな…どんなバケモノだよ×、ケケケ☆。

──↑華を持たせてやるブラック・ドゥー!見せろよお前の力を!!」


 繰り鉤の浮ついた声に反応して、模型屋は伸ばした両腕の間より頭をもたげ、ピンク色の髪の陰から黒ジェズを横目に捉えた。露骨に口元を歪ませる。


「~耳障りぃいぃ…耳障りだなぁああぁ、それ。──何だよそれ?止めろよ?………

↑気取ってんじゃないぞ死に損ないがあああああああああっ!↑↑↑」


 何処が癇に障るのか突如ブチ切れ。跳び上がって両足でマイユネーツェの肩口を蹴り飛ばし、無理やり自らを戒めから引き剥がした。後ろへ宙返り、服の千切れた両腕は弛緩したまま振り回されて血を撒き散らす。ぎこちなく震えながら頭が横へ傾斜して行き、身体に紐を通したオモチャの人形のように起立すると前のめりに身構えた。


「~何様だお前…何様だよお前は?お前の如きが───お前もか。お前も自分こそが正しいとほざくのか……力に物を云わせて!他者を顧みず!自分の道理を押し通そうとするのか!!」

「言ったはずだ。──大凡解せぬ理よ、狂人。」

「→っ~~音を鳴らすな…その音を止めろ!黒光りを見せるなっ!存在を認識させるな!!

…ぁぁぁぁああああああっ!★アアアアアアアアアアッ↑↑!」

「──────」

「@★もおおうぃぃいひいいっ!爪ええぇぇ!傲慢なっ!そのみっぎっうっでっかっら~↑↑切り落としてやるうううううぅうぅうぅうっ!!」


 伸び上がった模型屋が右手の十徳ナイフを一気に自身の肩へ突き刺し、豪快に掻き回す。痛みを感じないのだろうか、ワドー警部から受けた弾丸を穿り出すとお構いなしに後ろへ放り捨てた。けたたましい嗤い声を上げて猫背の前傾姿勢でふらふらと爪が来る方へと足を進める。

 衆々の目は両者へ釘付け。双方の距離は徐々に、着実に狭まって行く。


 爪は微かに開いた。音と言うには確かでない不可思議な爪の鳴動は高まり、それがゆっくりと狂人の前に翳される。


 ───… ド ッ ク ン ッ …─────────


 硬質であろうはずの爪が「拍動」した。


 震撼する小世界、錯覚ではない脈打つ感触、爪はその内側に(あか)く鈍い光を宿らせつつあった。

 それを見た模型屋は息を荒げる。湿った空気を吸い、乾いた空気を吐いて咳き込んだ。


「!ゴホッブゴホッッ~~───…糾そう。それしかない。」

「──…」


 (まみ)える狂人と怪人。

 双方が大きく構え激突しようとした正にその瞬間、


 銃声が木霊した。


「「★?!」」


 一発二発ではない、それもライフルの物だ。彼らは周辺のあちらこちらから一斉に銃撃を受け、急遽それぞれ飛び退いた。ジェズは即座に瓦礫の上へ翔び移り、リュアラを右腕だけで抱き上げ飛び降りる。陰を背にすると素早くリュアラの耳許で問い掛けた。


「察知できませんでした、申し訳ありません。いつの間にか囲まれてしまったようです。それと客が逃げます、いかがしましょう?」

「ここは退きます。私達は警察に捕まる訳にいかない。」

「マイユネーツェお嬢様は、」

「警察に任せます。犯人も逃げたのでしょう?大丈夫。それよりあなた…逃げられる?」

「行きます──」


 リュアラに疲労を気付かれぬよう息を整える。横たわるマイユネーツェを肩越しに垣間見、ジェズは右腕で護るようにリュアラの肩を持ち退路へ導いた。巨大な爪が肩を持つ様はかなり異様である。銃声は鳴り止まない。が、


(妙だな───)

「←こっちです。お身体を低く、」


「動くな!ブラック・ドゥー!」

「…まだ居たか、魔法警察。」


 逃げ込んだ路地裏に拳銃を構えたウィルが入り込みにじり寄って来た。勇ましいのは結構だが、この今更感ではもう結構。流石にジェズも余裕が無かった。


「気概は買おう。今は去ね。←」


 当然と言うべきか、背後から銃声が鳴り響きジェズは撃たれる。被弾したのは右の二の腕、下手をすればリュアラに当たる所。彼女と知って撃った訳ではなかろうが、余程の自信があったのか私怨に狂ったのか。


「動くなと命じたんだ。言われた事が解らないのか?」

「……~貴様っ、」

「次は頭だ。それが嫌なら従えっ。」

「─」


 一瞬だった。彼は突如失神しかける。衝撃に襲われたとの理解に長い時間が掛かった錯覚、天から地へ墜ちたかのような未体験のダメージに何が起きたか判らない。痛手に負けじと気合いで顔を上げれば自分は俯せ、目の前では巨大な黒い鉤爪が拳銃ごとウィルの両腕を地面に縫い付けていた。禍々しいその絵面に血の気が引き絶句する。肩から先の感覚がまるで無い。


「★!?……っ!?!」

「止めておけ。」

「~~~に、逃げても無駄だぞっ、警察を甘く見るな!」


 息をつきジェズは立ち上がる。そして吐き捨てた。


「戦士でなくば去ね。」


 ウィルは分かっていた。今自分の出来る事はもう無いと。だがしかし、


「★↑ブラック・ドゥーっっ!」

「我はドゥーにあらず。」


 ボロの怪人と漆黒の麗人は脇道の暗がりの更に奥、再び侵蝕して来た霧の向こうへと消えて行った。歯を食い縛りながらその光景を睨み付けウィルは悔し涙を滲ませる。闘いらしい闘いもせぬまま再び敗北した自らの不様を大いに恥じ、稚拙を心底呪った。


「~ちくしょうっ、ちくしょうっっ、~~ちくしょうっ………」


 野暮な凶弾の対象は模型屋と黒ジェズだけではない。長剣のような長いグレーの髪を後ろにビアリスも退却を始めていた。防具に多少の被弾はあったが何とか逃げ切れそう。鳴り止まぬ銃声に違和感を覚えつつ物陰を疾走する。


(何から何まで妙だ。ブラック・ドゥー、魔法警察、洞、狂人、そしてこの銃撃は…


───勢力図が描けない──────


とりあえず、ブラック・ドゥーが本物なら第四王子(フォース)の呪珠になど興味はあるまい。後は第二王子がどう出るかだな、)


 そう考える当人も勢力図をややこしくする一員ではあるのだが、彼女にその自覚は無かった。


 繰り鉤は競技走のような正しいフォームで猛ダッシュを敢行中。地べたを這うように退却していた食人の腰を片腕で抱え、瓦礫の陰から陰へと直走る。


「うおおおおおっ!×重ってえ!!いつも何食ってんだ手前え!?」

「★~何すんだいっ×!」

「呑気してんじゃねえ!警察に囲まれてる、数がやべーぞ!それも完全に殺しに掛かってやがる!!チクショウっ、いつの間に!?」

「おっ、っ降ろせ!馬鹿!」

「お前が一人で走れりゃなっ!」

「助けろなんて言ってないぞ!」

「この先ゃまだ霧が掛かってんだ!数(さば)けんのか?!一人で逃げ切れる保障は無えっ!」

「~─分かったよっ、」

「折角の見処がパーだぜ×、クソったれ!ポリ公共がいつもいつも余計な所でしゃしゃり出やがって!!」

「……」

(おっ前が言うな、繰り鉤っ~~。


全く…まさかこいつが私の取引現場の方に張ってたなんてね、あの子達が目当てにしたって勘の鋭い男だよ。

──それにしても、あの模型屋がこんな場所にのこのこ出て来るとは予想外もいい所だ。黒ワインとやらで焦れたって訳か。


『効果はあった』んだ。


私のやった事も無駄じゃなかった……魔法警察やら短絡バカの邪魔さえ入らなければ今ごろ奴を血祭りにしてやれたものをっ~~~───これじゃ…また)

「やり直しか。」

「←←うおおおおおおおおっ!!」


 暗闇の中で息を潜める者も居る、早々に工場の一角へ潜り込んだ模型屋だ。とても人間の入り込めそうもない窮屈な隙間に身体を押し込め、ほとぼりが冷めるまでその場に留まるつもりらしい。肩と両腕の痛みがぶり返し変な格好で痙攣する。


(~──ブラック・ドゥー…暗礁密林の想像上の人物ではなかったのか。何故そんな奴が僕の邪魔をする?知能が低いのは見た目通りだが、見た目を通り越して更に知能が低いのか??それにあの銃撃…


───本当に「警察」か?───


とにかく急がないと保管してある果実が先に傷んでしまう、こうなったら僕自身が摘むしかないじゃないか。ぁああ…今夜の二人は実に惜しい事をしたよ↓、悲しませる事をしてしまった。思えば食人だって申し分なかったんじゃないか?ああ、僕あ…僕あ、欲張り…#なんだろうか。)


 痙攣する。何かに取り憑かれたかのように気味の悪い言葉を羅列し、息も絶え絶えになったところで惚けた事を抜かす。


「──────何とかして、彼女らにもう一度会う事は出来ないものかなあ。」




 続いていた銃声は散発になり、建物の陰から警官達が姿を現し出した。俯せていたウィルは状況の変化に気付き、地面に擦り付いて汚れた顔を上げる。離れで下を覗き込む一行の足下にワドー警部の横たわる姿が目に入ると飛び起きた。


「★×そうだっ~~~け…警部っ、」


「───研修生か。彼について来たのか、」

「警部!!容態は?!警部の容態は?!警部がそのっ、ナイフで!!」

「分かってる、応急処置はしたが出血が不味い。そこで気絶してる被害者と一緒にすぐ運ぶ。」

「ああ☆!ありがとう…ございますっ↓。」


 安堵と憔悴、ウィルはそもそも警部について来た訳ではない。キーニング美術館館長の周辺の動きに疑念を抱いた警部が館長を尾行するため工場町へ向かうと聞き、ブラック・ドゥーの噂を確かめがてら警部に隠れてついて来ただけと言う子供染みた経緯だったのだ。念願叶って噂の実物と対面できたのはいいが、独断専行の立派な職務放棄で酌量の余地など欠片も無い。売人を召し捕ったのも黒ワインのお零れで、挙句の果てにアシストをしくじり警部は瀕死の重体。救い所の何一つ無い始末である。


 自責の念と猛省の渦中にある彼は肩を落とす。警部らを担架で運び出している警官の一人に目が合うと、相手は何気に視線を反らした。ウィルは一瞬それを恥ずかしいと感じたが、心に何かが引っ掛かって記憶を拙く辿る。しかし今は思い出せない。


(既視感かな…

──────それにしても、今夜の騒動は何だったんだろう。一体…何が起きていたんだ……)




 そしてジェズとリュアラは未だ建物の谷底を縫うように駆けていた。何とか銃撃を免れたものの、徐々に霧が立ち込め何処を進んでいるのか一目では判らない。頼み綱はジェズの身体の記憶のみ、しかし、


「はぁ、──はぁ、──はぁ、」

「…静かになったわ。少し休みましょう、」


 リュアラはジェズの背へ腕を回し、路傍の木箱の陰へ導き座らせてやる。彼らの頭上では隣接する建物の陰から月が僅かに光を与えてくれていた。湿度が上がって来たのか、着衣が纏わりついて身体が重たい。


 片膝を着きぐったりするジェズの右手はいつの間にか爪が消え失せていた。指ぬき手袋は赤黒く染まっていたが、乾いて来ているのか端々から下の生地が見え始めている。身に纏うボロ布は正真正銘ボロボロで、血を吸った事もあり最早ゴミにしか見えない。

 彼をこんな有り様にしてしまった、采配をろくに振るえなかったリュアラは自らの力の無さを痛感する。


「──────」

「…惜しい事を……しました……」

「──今日は…今日は成果があったわ☆。犯人の事が少し分かったし、私達の行動に効果のあった事が分かったもの。」

「…御客人、──模型屋と呼ばれてた、あの男の言葉は…当たっているかも…知れません。」

「ぇ、」

「負けるはずがない。……そう思ってました。それがこの…体たらく……~情けない。」


 肺腑の底から吐き出すようにしていた息が、今は上澄みを吹くように浅く長くなっている。彼は既に目の焦点が合っていなかった。


「……今までは…奴隷商が……相手だったから…」

「それも成果で」

「結局、…人売りの取引を教えてくれる…あの『手紙』が無ければ……」

「───っ、」


 リュアラとジェズが夜の工場町に訪れたのは、霧魔が狙いそうな人身売買の現場を抑えるべく当所も無く探し回る事が目的ではない。実は事前に取引の手掛かりを得ての行動だったのだ。


 学園にあるリュアラの靴箱は手紙を投函される事がしばしばある。大概は恋文で彼女も慣れたものなのだが、近ごろ一文字も書かれていない手紙が見付かった。中味は図形が随分と雑に描かれているだけで、当初は嫌がらせの類いかと思われた。しかしある時、それが地図と時計を模した物ではないかと気付き、意図を探るため密かに現場へ赴いてみた。そこで彼女らは人身売買の取引現場に出くわしたと言う訳である。


 それからメリーベルへのタレ込みは続き、彼女らの黒ワインは漸く捗りを見せるに到った。投函主の意図も正体も分からない。黒ワインの成果はその姿無き協力者のお陰であり、リュアラとジェズの功績と言うにはどうしても憚られてしまう。それでもリュアラはジェズを褒めてやりたかった。


「それも成果でしょう?あなたの働きがあったからこそ今日ここまで成し得たのよ?あなたが気にしている言葉は人殺しの口から出たもの、気にする事ないわ。」

「──────」

「ジェズ?」

「──────ぁ…はい、……あれ、リュアラお嬢様…」

「どうしたの?ジェズ、」

「あれ……よく…聞こえません…───あれ、リュアラお嬢様…何処ですか?…よく…見えないや…」

「…確りなさいジェズ、私ならあなたのすぐ傍に居ます。」

「あぁ、少し…寒いですね───お嬢……さ─────────」

「ジェズ…───★ジェズ!?」


 限界だった。あまりにも傷を負い、血を流し過ぎたのだ。

 ジェズは冷たい地面へ身体を預ける。空っぽの紙袋が落ちたような軽い挙動だった。

 身体を揺さぶられても、名前を呼ばれても、それから彼が反応を見せる事はなかった。




 こうして奇跡的な月夜は不粋な銃火の下に幕を引く。

 小世界はもう、濃密な夜霧の奥深くに呑み込まれていた。






(2019/03/09) うっかり自動投稿にしとくとダメですね…ブラッシュアップの途中だったのにしくじりました。

まあ、それで困る人は居ないんですけど(^^;。

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