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脱衣☆注意報!「使用人は水着痴女の夢を見るか」

2020/03/20 漢字表記など微修正の…

2019/06/01 漢字表記など微修正したです。

■■■ 脱衣☆注意報!「使用人は水着痴女の夢を見るか」 ■■■


 暫く雨が続いた。地元ジェムブルームを蛇行する川に氾濫の恐れがあったため、酒蔵(ワイナリー)メリーベルは全ての従業員で土嚢を積むなど対応に追われた。太古の昔は肥沃な大地にしてくれる貴重な恵みでもあったが、果樹園や田畑などがきちんと整備された近代においては収穫・集客資源に甚大な被害をもたらす災いでしかない。幸いにも夜を徹した活動が功を奏し、地元民らは艱難(かんなん)を乗り越える事が出来た。

 その翌朝である。雨土と濡れた草木の匂う風が吹き抜ける庭先で、家政婦長カルヤ・ハロルはある予感を覚える。


「───妙だねぇ。」


 鼻からすんと一嗅ぎ、訝しむと彼女は販売ホールへ足を向けた。昨晩の喧騒が嘘のように静まり返る薄暗いホールでは、カウンターに売り子が一人突っ伏している。露骨に響く家政婦長の靴音の接近にまるで気が付かない。起きる気配の無い売り子を暫く見下ろしてから無表情のまま呼び鈴を鳴らした。しかし幾度か鈴を試みても売り子は微動だにしない。カルヤの眉間に皺が寄る、何処へ忍ばせていたのかおもむろに金槌を構えた。


「レディーーー……、ファイッ!」


 ゴングよろしく呼び鈴へ一撃。

 快音に跳ね上がった売り子はその勢いで後ろに転げ両脚を天へ上げた。


「★~×いっっっったああああぁ………───!は、」

「~漸くお目覚めかい。」

「→→ぁ、ぉ…お疲れ様です、長さん×。」

「夜通しバタバタしていたから無理も無いが、それは皆同じだよ。私らは外で力仕事をしたって訳じゃないんだ、確りおし。」

「×すみません…」


 カルヤを長さんと呼ぶ売り子の名は【ミソッカス・チマー】。数少ない若年の家政婦で、身の丈はミーシャと同じ程。光沢のある濃い藤色の髪はくせっ毛で、頬を隠すほど横にボリュームがある。前髪から僅かに覗く大きな青い眼は睫毛が長く、ソバカスの散らかるオマケのような鼻におちょぼ口と、髪で隠すのは勿体ない愛くるしい顔をしている。そしてドジっ娘だ。

 主な業務がホールでの販売と言えば聞こえはいいが、果実の収穫や若いワインを売り出す時期でもない限り平日の来客は稀であり、ほぼほぼ暇をしている事が多い。彼女は専らカウンターの中で裁縫や細工物を仕立てるなど、大よそ販売員とは名ばかりの仕事を手掛けている。そんな普段にあって昨晩の野戦病院のような慌しさは生まれて初めての経験、中々どうして身に堪えていた。


 ころんと起き上がりこぼしのように起き上がる。この娘は正味で尻が重たい。


「疲れてるのは私だけじゃない。分かってるんです……でも眠たい@…」

「まあいいさ。さておき、あの()らを見掛けなかったかい?」

「あの娘ら───ああ、はい。今日はまだ見ていません。何かあったんですか?」

「あったんじゃない、ないんだよ。」

「無い?」

「…これはちょいとお灸が必要かねぇ。」


 無いのはザクレアとユーディーの気配である。メリーベルに訪れて以来雨続きだったため、二人は差し当たり他の家政婦らの指導のもと家事の手伝いなどをさせられていた。教えた仕事は何でも卒なくこなす器量良しなのだが、困った事に彼女らはメリーベルの人々の言う事に従順ではない。自分達の主は唯一ジェズだけ、鋼の如きその意志を度々主張するので、従業員達の間では早くも批判的な意見が飛び交っていた。

 ミソッカスが眠たそうに目許を擦りながら家政婦長へ提案する。


「あの娘たち…一端タローさんとこに預かってもらうのはどうです?」

「ヴィリジアンの家庭と言うだけで何の解決にもなりゃしない。あそこは小さな育ち盛りが三人も居るんだ、酷をお言いでないよ。」

「やっぱりジェズ君に何とかしてもらうしかないと思います………ふぁあああぁぁ……@」

「ジェズを挟んだら意味が無いんだ。私らがキッチリ落とし前を付けてやらないと、あの娘達は何も変わらない。」

「……──────」

「──どうしたもんかね、」


 ジェズの心情も鑑みてあの二人を酒蔵に置く事としたミーシャの体面もある。船を漕ぎ出すミソッカスを横目に見据えながら己の疲れを思い出し、カルヤは腰を手に溜め息をついた。


 肝っ玉母さんがミーシャの事を想う一方、想われている当人はプラプラの保健室でベッドにぐったりと横たわっていた。気合いで登校したまではいいものの、疲労と眠気で1時限目から学習にならず、授業半ばで早々に降参したのだ。男衆のように風雨と濁流の荒れ狂う川岸で泥水にまみれながら土嚢リレーをした訳ではないが、姉や家政婦らと共に家屋の中で状況把握や炊き出し、怪我人の手当てに明け方まで追われれば疲弊は無理もない。

 しかし、変わらぬ状況であるはずの姉の姿はここに無かった。登校中も汽車の中ですらいつもと変わらず毅然としていた辺り、やっぱりお姉様にはかなわないと彼女の頭の中では白旗がはためく。


「──────…」


 ミーシャが授業に出られないとなれば付き人のジェズは当然付き添いになる。現場の最前線において過酷な肉体労働で夜を明かした彼の方がダメージはより深刻で、汽車での居眠りはプチ寝に収まらぬ本気の爆睡モード、ワガママ寝相のはずがぴくりともしない有り様だった。ミーシャは傍らへ目をやるが、椅子に腰掛け腕を組んでいたはずのジェズは影も形も無い。


(───あれ…トイレかな……)


 どのくらい寝ていたのだろう、左手の腕時計は程なくして昼休みに差し掛かる事を告げていた。子供のように目許を擦り、背伸びをしてベッドから起き上がる。上着を掛けていたハンガーを壁掛けに戻してベッドカーテンを開けると、保険医と会話の相手がこちらへ振り向いた。大学側の保健室の看護婦トキミである。


「ご気分は如何?」

「まだダルい。─何で高等部の保健室にあなたが?」

「同じ学園内でそんなに不思議がらずとも。こちらに小用があったまでです。それより、ご実家が大変だったそうですね、」

「今の季節は仕方ないの。と言っても、昨日は十年に一度有るかってくらい酷かったみたい。被害が少ないに越した事はないけれど、それがうちの地元だけってのは何だかなあと思う×。」

「滅多な事を言うものではありませんよ、」

「───」


 小言のテンポが家政婦長と被る。ミーシャは内心トキミが苦手だったりした。

 おっとそんな事より、


「ねえ、ジェズ知らない?」

「あなたのお姉さんの所じゃないですか?今から…かれこれ一時間と半くらい前でしょうか、寝顔のまま飛び出して行きましたよ。」

「寝顔のまま?」

「彼なら脊髄反射だけで活動していたとしても驚きませんけど。そんな事をさせられるのはお姉さんの召喚くらいじゃないですか?」

「──なるほど、それもそうね。ジェズだってキツいのに何させてんだか、あたしの姉は~~っ。

──────」

「──どうしました?」

「別に。小用で今から一時間半も前からここに居たんだーと思って。」

「べっ…別に良いでしょう。」

「いや、だから別にって。─それじゃ先生、あたしもう大丈夫だから戻ります。」


 保険医の応答も待たずミーシャはあっさり退室、声を掛け損ねた保険医の差し向けた手がゆるゆる下りて行く。高等部の保険医は見るからに物腰の柔らかそうな壮年の男性で、歳の割りに白髪だらけの頭を掻きながら細眼鏡の下の垂れ気味の小さな目を細めた。


「まあ↓いいか。──あの子の容態が気になって来られたんでしょうに、それを小用だなんて。」

「間違いではないです。正確にはあの子『達』ではありますが。」

「まあ、メリーベルには日頃から私達が使う物の殆どをお世話になってますし、」

「それもありますけれど──小用です。」

「はぁ、まあ↓そうですか。」


 彼女らのマイペースに苦笑いする保険医、そんな彼を意に介さず(いとま)を告げてトキミも退出した。教室の壁一枚を隔てて大人数が控えていると言う独特の人気(ひとけ)の中をトキミは一人進む。


(念のため姉の方も見回っておきましょうか。)


 気掛かりなのはジェズの動向と健康状態、しかし本質はそうではない。トキミが真に警戒しているのは保険医ジュウモンジとの『賭け』の件である。油断ならないあの真っ黒男の戯れ事を万が一にも成就させぬため、彼女は危険因子を排さんと哨戒活動をしていたのだ。小用である。

 昼休みの鐘が鳴り、教師に続き生徒らが廊下へ溢れて来た。


(あの子の行動は姉妹次第。でもまあ、二人が無事ならそう事件は起きないでしょう。)


 そうでもなかった。リュアラのもとへ直行したミーシャはジェズの姿を見付けられなかった。


「戻った?」

「ええ。悪戯をするつもりはなかったのだけれど、好奇心に駆られて呼んでみたらちゃんと来てくれて、吃驚したわ。」

「何してるの、ジェズだって疲れてるんだからね!」

「×ごめんなさい。私が悪かったわ、そんなに怒らないで、」

「~もぉおっ。──あれ、でもそれじゃジェズは何処に居るの?」

「え?あなたの教室へ戻ったのではなくて?」

「あたしを置いて戻る訳ないじゃない、」


 顔を見合わせた姉妹は迷子の仔犬でも探すかのように彼の名を呼ぶ。しかし、いつもなら空から降って来る勢いで現れるはずの彼がまるで音沙汰無し。またぞろ何処かでいじめられてはいまいか、水害をやっと退け一安心も束の間と彼女らは肩を落とした。

 そこへトキミが出くわす訳で、何故か二人からジェズの所在を問い詰められる。静かな鬱憤に眉間が痛い。


(~そうでもなかった。)


「え?何?」

「いえ何も。あなたはさっきまで私と一緒だったでしょう、何故私が彼の居場所を知ってる事になっているのですか?」

「お姉様の所に居るって言ったじゃない、」

「あれは単なる推測。あなたも納得したし、実際そうだったのでしょう?」

「じゃあ次にジェズの行きそうな所を教えてよ!」

「私は知りませんっ。あなた方が呼べば馳せ参じるのでは?」

「「←呼んでも来ない!」」


「よお。邪魔するぜ、」


 三年生の教室の鼻先で喧々諤々する姦し三人娘の前に、廊下を行き交う生徒らに避けられる中を闊歩して来た人物が立ちはだかる。プラプラに在籍するヴィリジアン、背負う大きな鞄の仰々しい祝・脱ミイラ、ギギシ・カカシがお出ましだ。ミーシャは動じない。


「←邪魔するな、ややこしい!」

「ケケケケケ☆、そう邪険にしなさんなお嬢ちゃん。なあお前ら、アイツを探してるんだろ?」

「★!ジェズの居場所を知ってるの?!」

「まあな♪、」


(~こいつ、ひょっとしてジェズの寝不足と疲れに漬け込んでまたちょっかい出したんじゃないでしょうねえっ。流石に今日は怖いジェズでもこいつに勝てないかも知れない……

─────────!もしかして、いくら呼んでも来ないのって…まさかっ!?)

「←←ジェズっ!」


 脇目も振らずミーシャが駆け出す。咄嗟の出来事に驚いたリュアラは疲れもあって足下を乱し、壁へもたれ掛かって手を付いた。


「★×あっ、…ミーシャ?!」

「何だ、もう分かったのか?凄えな。察しがいいっつーか何つーか、差し詰め女の勘って所か?ケケケ☆。」

「~彼は何処です?」

「あ?あぁ、正解は『屋上』だぜ。」

「?立ち入り禁止だったはずです。」

「だったら何だ、それがどーした。

それよかいいのか?あの嬢ちゃん絶対ぇ無理して屋上へ出るぜ、窓から落っこちなきゃいいけどな。」


「↑貴方は一体彼に何をしたのですっ、」


 今度はトキミが横から噛み付いた。ジュウモンジとの賭けの事もあるが、度々怪我人を出すギギシは彼女にとって最早疫病神に等しい。


「ぁあ?どーぉほもしねえさ♪、今回は俺様何もしてねぇよ。」

「──引っ掛かる物の言い方ですね、」

「俺様がウソ言って何か得するか?」


「用件はそれだけですか?」

「いやあぁ何、単なるご機嫌伺いだぜ。──『儲かってるか?』」

「…あまり芳しくはないですね。」

「そうかい、そいつぁ難儀なこった。せいぜい頑張んな。

俺様これにて失礼するぜ☆。」


 下卑た笑いを上げながらその場を後にする。ポケットに突っ込んでいた片手を抜き出しバイバイ、おどけた調子でそこのけそこのけ歩く様は正に上機嫌。気分を害したトキミと共にギギシの背中を睨み付けるリュアラは、目の下の隈も相まって凶悪な顔付きになる。


 ギギシとリュアラ双方の話は通じていたのだが、実はいささか認識違いがあったりした。


 儲けているかとのギギシの問いは「ガノエミー一家の注文の進捗」を訊いたものである。ギギシは洞の一員であり、リュアラとジェズが霧魔こと連続猟奇殺人犯を捜している事は把握している。伝説の恐怖の権化ブラック・ドゥーと目するジェズが、自らのテリトリーに交わって来た事がギギシはこの上なく愉快でならなかったのだ。

 しかし、リュアラはギギシが洞の一員である事を把握していない。メリーベルで事実を知るのは奴と直に戦ったジェズだけ。リュアラは本業の新サービスが難航している事を茶化されたと思ったのだが、新サービスに因む裏仕事も捗っていない事が引っ掛かり、勝手に嫌な気分を味わっていた。


「!いけない、無理に屋上へ出ようとしたら本当に落ちてしまうかも知れないっ。」

「~ああもうっ、どうして厄介事を次から次へと!」


 走り出すリュアラとトキミ。珍しい取り合わせにも見えるが、医薬品の売買や初めてジェズが来た時の一件で元々付き合いのある仲ではある。

 一方ミーシャは閉鎖中の屋上出入口の扉の対面にある高窓から屋外へ参上つかまつっていた。うっかり足を踏み外そうものならフェンスの向こう、6階相当の高さから真っ逆さまの危険はある。しかし普通の高校生なら往来にそれほど難は無い、こちとら現役お転婆娘だ。


 そして彼女は信じられない光景を目の当たりにする。


 もう一つの出入口の影の下に男子生徒と思しき下半身が横たわっているのを見付けた。登校初日の事件を思い出しながら歩み寄れば建物の陰から褐色の手が覗く。差し詰めの女の勘、やはりジェズは屋上に居たのだ。焦燥に駆られミーシャは走り出した。彼の脚を迂回して曲った角の先に彼女が見たものは、何とも言えないジェズの幸せそうな破顔。急ブレーキに足を滑らせたミーシャはガニ股で踏み止まる。


 それにしてものだらしない目元、締まりない口元、ヨダレよだれ。メリーベルへ訪れて以来、初めて見せる破壊的な寝顔である。

 百歩譲ってそれはいい、信じられないのは「彼が誰かに膝枕をされている」と言う事だった。膝の提供者は女子生徒、ここでもうアウトのボーダーを軽快に跳び越えるのだが、その女子生徒は誰かと言う問題が跳躍中にムーンウォークさせて着地点を見失う。


「──────ケイト??」


 膝枕の相手はそんなまさかのケイトだった。赤いショートヘアーに黒縁眼鏡、鳶色の瞳には明らかな動揺、唇が微かに震えてる。彼女はジェズの顔に両手を添えていたが、我に帰り慌ててその手を自らの背へ隠した。何を今さら。


「っミーシャ………あ、身体はもう…大丈夫?」

「いや。あんまり大丈夫じゃないけど、まぁ。」

「ぁあっそう……無理しちゃ…駄目だよ?」

「うん…ありがとう……」

「「──────」」


 清々しい晴天の下、少し湿っぽいものの風が爽やかに流れる。


「あのさ、ケイト、」

「★っ──何?」

「いや、それ。こんな所で何してるの??」

「あぁ、うんっ。ぇええと…私ね……授業をサボってたんだ。」

「──は?」

「実は私、授業が始まる前に保健室へ行ったの。………っ昨日の、か…化学の宿題をすっっかり忘れててさ!授業で指されそうな気がしたから…誤魔化したくて、ちょっと。」

「ぇ…」


 いつも生真面目な彼女からは想像もつかぬ台詞のオンパレード、ミーシャは自分の耳が俄に信じられない。


「そしたら途中で、ジェズ君と会ってね。ミーシャと一緒じゃなかったの?って訊いたら、ミーシャのお姉さんに呼び出されたんだって。こないだの貧血の時よりもフラフラしててさ、」

「──」

「昨日大変だったろうに何だか可哀想で…。私はどうせサボりだし、折角だから人の役に立ちたいなと思って。ジェズ君にその……マッサージ、してあげた。」

「マ?」

「←っ得意!得意なんだ!私。──凄く凝ってた、よっぽど大変だったんだね。そのうち血行が良くなって来たかなと思ったら…いつの間にか眠っちゃって#。あはは…」

「──ふううぅん、そう…なんだ。

でもどうしてここ?屋上に出るの、危なくない×?」

「他はどうしても人目があるし、サボりがばれちゃうじゃない、……ね?」


 そうかも知れないが。いつものケイトらしからぬ歯切れの悪さに、ミーシャは不本意ながら友人を勘繰ってしまう。そして不本意を貫けない。


「ジェズも言われる通りにホイホイ来たもんねっ、~あたしを放ったらかしにしてさ。自分の立場を解ってるのかな。」

「それはまあ、私の事を信用してくれているからでしょう。ちょっと嬉しいかな♯。」

「~……膝枕までしなくてもいいんじゃない?」

「もう×。ジェズ君頑張ったんでしょ?もう少し労わってあげたって。」

「皆で頑張ったんだって。何かケイト、ジェズに甘くない?」

「そんな事ないったら→、」


 ジェズがぴくりと動く。二人の会話に目を覚ましたのかと思いきや、口元をちゃむちゃむさせて寝返りをうった。ケイトの腹に顔を(うず)めるジェズを俯瞰しミーシャはあからさまにムッとするが、彼の緩みきった横顔を見る内に腰元の握り拳も緩んで行く。しかし、ここまでジェズをケイトが馴らすなんてとモヤモヤは止まらない。


(汽車の中では、あたしがいつも肩を貸してるんだから…)


 ミーシャが平静を努めているのに、後ろ向こうの出入口は空気未読で盛大に爆発した。


 鉄の扉が乱暴に吹き飛び轟音を上げる。巻き起こる白煙の中から現れたのは、片膝と片手を床について身を屈める実姉の姿。もう片脚と片腕はそれぞれ斜めへ伸びきり「扉は私が破壊しました」と言わんばかりのポーズを魅せる。すっくと立ち上がりロングヘアーを後ろへ薙いで凛々しく目を見開いた。


「ミーシャっ!!」

「なにかな。」

「!ミーシャ。──良かった、あなた無事だったのね☆、」

「何故あたしに無事じゃない可能性が?…って、それよりどうやって」


 野暮な事を口にした。そう思ったミーシャが言い留まる今まさにこの時このタイミング、満を持して出入口からトキミが躍り出た。空になった幾本かの試験管を指に絡め、リュアラと立ち並び何やらスタイルを決める。


「私が酸で(ばく)を解きっ!」

「私が扉を蹴破ったっ!」


 キュピーン。何だこれ、物騒な連中。


「お姉様ー、どーでもいーけどスカートー。下着見えてたよー。」

「★えっ!?~~#何て事、おほほほほ↓。」

「…」

(あたしの姉は事ある毎に下着を露出させなきゃ気が済まないのか?──そう言えば隣の小ちゃいのもこないだ服を脱いでなかったっけ。何であたしの近くに露出狂が二人も)


「何かしら?」

「何だろね。」


 ここまで騒げば流石にジェズも目を覚ます。頬の優しい感触と心地良い暖かさ、ほんのり甘い香りに暫し微睡むが、枕元の手触りと目に映り込む縞々模様がスカートだと把握してゆっくり面を上げる。覗き込むケイトの困った笑顔。


「あ×、起こしちゃった?」

「──♯あれ、ケイトさん?…僕あのっ、寝ちゃって×」

「いいのいいの、気にしないで。でも──」

「はい、」

「その…手、くすぐったいよ#。」

「え?」


 改めて自分の手の感触を確認する。確認する。確認する。ケイトのくすぐったいよをする。普通に触り過ぎ、漸く状況を飲み込めたジェズはケイトにつられて顔を真っ赤にするが、迫り来る瘴気に総身を侵され速攻で真っ青になった。


「~ジェズ、あなたはこんな所で何をしていたのそして今何をしているの?」「ちょっとあんた、いつまでケイトの脚を撫で回してんのよっ、」「へぇぇえ☆、ほーほーフンフン。いいご身分ですねえぇ、まーた太腿三昧ですか?人の心配差し置いて、お楽しみの真っっっ最中ですか??アハー…」


「!×待って!これは私がやってあげた事で、この子は何も」


「↑ちょーっと待ったーーーーぁ!!」

「「★☆!?」」


 待ってほしい二人目の張りのある声が響く。何処か聞き覚えのあるその声の主は、開け放たれた出入口から颯爽と登場した。顔を覆っていた掌を上から振り下ろしリュアラへかざす。


「あなたのドロップキック、見事だったわ!☆」

「★×貴女はっ!?」

「私は待っていた……あなたがレスリング魂を取り戻す、その時をっ!!」


 何処に隠れていたものか、いつぞやの大学のレスリング同好会所属、疾風の紅ことヴァーミリア・セシル女史である。彼女らは未だにリュアラのスカウトを諦めていなかったらしい。高等部の校舎で何をしているのか、よくよく見れば制服姿、ストーカーですねそうですね。また食い付いて来ると身を怯ませたリュアラだったが、宙を舞い着地したセシルが両手を包んだ相手はトキミだった。


「そしてナース・トキミ!貴女も素晴らしい!流れるようなナイスアシストに私は賛辞を禁じ得ない☆!貴女のような逸材が近くに居ながら気付けなかった自分が情けなくて仕方ないっ!」

「え?はぁ、まあ→。そうですか。」

「←あなたには是非セコンドについて欲しい!私とリュアラのタッグにあなたのセコンドが加わればもう怖いものはない!!」

「へ……ぁは?★」

「聞こえるかな?聞こえるでしょう??レスリングを愛して止まない全世界にひしめくファン達の大歓声がっ☆!」

「←それは幻聴ですっ!私には聞こえない聞こえまっせっんんんん←→←→!×」


 どんなに暴れてもこの小柄では女史の熱い抱擁を解きほぐせない。あーもー次から次へ何だこれわー、頭痛をもよおすミーシャの他所で、ちゃっかり姉はトキミを囮に抜き足差し足逃れようとしていた。しかし悪い事は出来ないもの。


「←リュアラくうううぅん!君のレスリングコスチュームは既に出来ているぞう!」「←さあ我々と共に目指しましょーう!♪レスリング界の一番星へ!!」

「★×ひいいいいいいいいっ!?」


 逃げ込もうとした出入口から湧いて出たのは老け顔筋肉とメガホン眼鏡、ゴリ&コッペの解説・実況ペアである。筋肉男の手元ではハンガーに掛けられた白銀のレスリングコスチュームが燦然と輝いていた。フリルはさておき、表裏の大胆なカットと端々の切れ込みがキワど過ぎ。それ以前に何故誂えられるのか、身体のサイズを把握されていると言う事ではないか。

 愕然とするリュアラの逃亡未遂を目撃したトキミが人差し指の腕を上下にバタつかせ断固抗議する。


「←私は人身御供ですかっ?!あなたはそれでも人の子ですか!?恥を知りなさい恥を!!」

「×だっ…誰もそのような事は…→私はただ、その場の…流れ?と言うものを」

「言い訳無用っ!情けない!全くあなたと言う人は!~あなたと言う人は!!」


「安心して!ナース・トキミ☆、貴女のためのコスチュームも既に有るっ!」

「★何で?!」

「あれを!!」


 セシルの声を受け、ほい来たとメガホン眼鏡がハンガーに掛けた衣服を掲げる。

 トキミは憤慨した。


「↑↑小等部指定のスクール水着じゃないですか!こんな物を着る必然が介添人にありますか!?」

「あるのです!」

「皆無です!!」

「貴女はもっと…ご自分の魅力に『素直に』なるべきだ!そうは」

「★思いまっせんっっっ×!」

「さあ☆、いざ行かん!レスリングの聖域へ!!」


 人の話をまるで聞いていない、放出する熱量が途方もない。乗り乗りのセシルが自らの肩口を掴むと一払いして学生服はキャストオフ、中から真紅のレスリングコスチュームがお目見えした。プラプラの人気女子レスラー、ヴァーミリア・セシル爆臨。それに呼応して出入口から生徒らが一斉に雪崩れ込んで来た。高等部に多数居る彼女のファンの面々らしく、圧倒的に女子の比率が高い。屋上は一瞬で黄色に沸いた。


「ナース・トキミ!早速コスチュームチェンジを!!」

「力の限りお断りします!!」

「←そこの女の子達!私と一緒に着替えを手伝ってくれない☆?コスチュームは女の戦闘服、着付けは大事な闘いの儀式だからねっ!」


 殺到する歓喜の声に孤独の悲鳴は塗り潰される。セシルと孤立無援者のもとへ女子生徒らが群がる様はさながらイナゴの大群の如し、その光景を目前にリュアラは両手で口を押さえ震える。恐怖に耐え切れず踵を返すとそこには白銀のコスチュームを携えた筋肉男が笑顔でお待ちかね。次の犠牲者は私、絶望と過度の疲労に彼女の意識は薄らぐ。よろめき髪を解れさせながら辛うじて声を振り絞った。


「↑ジェズーーっ!私を連れて逃げてええええええっ!!」


 忠実なる(しもべ)は刮目して跳ね起き床に拳を突く。脚を横へ崩したケイトの顔が目と鼻の先、目を丸くする彼女へジェズは冷静かつ口早に呟いた。


「ありがとうございますケイトさん、お礼はまた改めて。」

「ぇ、あの」


 放たれた矢のように翔ぶ。群衆の陰へ姿を眩ますや否や上空にリュアラを抱えたジェズの姿が浮かび上がった。人並外れも程度があろう尋常ならざる跳躍力。離れに着地すると地を舐めるような低姿勢で駆け出し、壁の段差から弾けてふわりとフェンスを跳び越えた。

 彼の名を叫んでミーシャが飛び出す。行く手を阻むフェンスを鷲掴んで見下ろすと、姉のレモン色の髪が軌跡に靡いていた。ジェズはぐったりするリュアラを抱えたまま直角に面する校舎の壁を往復するように飛び交い、やがて地上へ降り立った。二人の無事にミーシャは脱力しフェンスにしがみ付く。


(何あれ↓──────

それにしても人騒がせな奴ねっ。まぁ、後の騒ぎはお姉様が呼び寄せたようなものだけど…


───そう言えばあたし、こんな処で何してるんだろ×。)


 リュアラの逃避行に気付いたセシルが声を上げると、同好会メンバーはこれ一大事と体勢を整え追跡に向かう。他の有象無象らもそれに追従し、屋上にはミーシャとケイトの二名、あと人柱が一本ほど取り残されていた。

 柱は床に両手をつき、腰を横たえ項垂れる。何とかナース衣装は死守したが、はだけた中身は確りスク水に換装済みで、脱がされた下着がポケットからはみ出て垂れ下がっている。半脱ぎガーターとヒールも相まってそれはそれはマニアックな姿へ変貌を遂げていた。衝撃の恥辱ENDにトキミは現実が受け留められない。


「…ど~して………っど~~して私が…こんな目に↓↓………」


(マズい。心配で来てくれたんだろうし、放っとく訳に行かない×。何処か連れてって着替えさせよう、トイレでいいかな。)

「ぁあのー。ねえぇ?あなた、」


「ミーシャ、」

「ケイト?」

「その人、私が保健室行く次いでに連れて行くから、あなたはお昼にして。」

「え?でも」

「…何か…私、本当に具合が良くなくなっちゃったみたい。少し…休みたいんだ、」

「★←それならあたしが保健室へ連れ」

「いいからっ。

──少し落ち着いてから行くから、あなたは戻って。ね?」

「───分かった。その人の事、お願い。」


 ミーシャは座ったまま俯くケイトの顔を覗き込もうとしたが、ジェズと姉の事を思い出して少し躊躇いその試みを諦めた。後ろ髪を引かれる想いで屋上を後にする。


 階段の踊り場で遠雷を聞いたような気がした。




 授業が終わるとメリーベル姉妹と使用人は早々にジェムブルームへ帰って来た。日はまだ高かったが、川の流れは既に落ち着きを取り戻している様子。流石に今日はもう休もう、新サービスも裏仕事もお休みお休み。


「…ただいま、お父様。」「ただいまー。」「ただいま戻りました。」

「あぁ、お帰り。ジェズも身体は大丈夫かね?」

「ミーシャお嬢様と僕は少し休めたので大丈夫ですが、リュアラお嬢様が少し。」

「今日はもうゆっくりしなさい、他の皆も夕方までには仕事を切り上げるようにしたから。私達もつい今し方帰って来たばかりだ。」


「そうでしたか。───あら?カルヤさんは?」

「お義父さんの処へ行ったきりのようだ。腰を痛めてたようだったしなぁ…人手が足りなかったとは言え、無茶をさせてしまった。」


 生粋のハッスル爺さんである。人手が余っていても自ら役を買って出るだろう。


「それならお夕飯の支度をしないと。」

「あぁ、それには及ばん。そこまでは家政婦さんにやってもらうから、部屋へ戻って少し休みなさい。」

「はぁ…分かりました。─ミーシャ、ジェズも、」


「うん。」「戻ります。」


 ジェズの住処は屋敷の離れに在る。宿舎の自室に戻ると溜め息をついて狭いベッドへ腰掛けた。伸びをして横へ倒れ込むが、狭いので結局は身を竦める事になる。冴えない顔、単に疲れたと言う訳ではない。ここ最近、課題は積もる一方で少しも片付かないからだ。


(──リュアラお嬢様、口に出す事はないけれどずっと疲れっ放しだ。訪問販売も契約を取り付けられていないし、霧も掛からないから犯人捜しもはかどらない。あれからそれらしい事件は起きてないけど、あの頭領が痺れを切らせるかも知れないし、お嬢様には早く元気になって頂かないと。)


 そして、実は近ごろ新しいネタが増えていた。と言うより以前からずっと有った。


(それに、やっぱり気のせいじゃなかった。

───まだ僕は「心臓」を見られている─────────


一体誰だ?姐御様は見ていなかったし、理由も無い。そんな芸当が出来る人間なんてそうは居ないはず。少なくとも第二王子(セカンド)じゃない事だけは確か。あとは【第一王子(ファースト)】か【第七王子(セブンス)】か。行方不明のファーストならこの国に居ても不思議じゃないけど…大体、第四王子の僕が生きてるなんて放っとく訳がないし。×気味が悪いなぁ、ヤドリが使えないとのぞき魔は捜し出せないし…


僕も早く呪珠(じゅず)を取り戻さないと。美術館にあるったって、どうすればいいんだい×───)

「──あれ?そう言えばあの二人…」


 酒蔵で良い評判を聞かない我が家臣らはどうしているだろう、急に気になり始める。一悶着を起こしてはいないか不安が募り、ベッドから自分の身体を引っ剥がして立ち上がった。


 同じ建屋に在る彼女らの部屋に向かう。ジェズの部屋と正反対の場所に割り当てられているのは家政婦長の意向である。立ち入った室内は荷物を運ぶためのリュックなどが雑然と転がるばかりで、肝心の住人は不在だった。因みに、留守の際に出入口を施錠すると言う習慣は彼らの身に等しく馴染んでいない。

 ジェズは手の届く雑貨を適当に玩び、またその場へ戻したりしてみる。全て潜伏先から引き揚げて来た物、暗礁密林から持ち出して来た品々を見ると決起当時の想いに色が差した。


「!おぉ、これは☆#──────×いやいや、何やってるんだ僕は。」


 家来とは言えまかりなりにも女性の部屋である。一応、(いじ)った事が分からないよう周りを簡単に整頓する。こんな感じだったかなと見回したまではいいが、自分では勝手の判らぬ事に気付いて彼はそそくさ退散した。宿舎の外へ出てから匂いの変化に気が向いて記憶を巡らせる。


(そう言えば二人の部屋も二人の匂いがするんだなぁ。あんまり意識した事なかったけど、あれが女の匂いなのかな?でもお嬢様たちとは雰囲気違うし、性別で括ったら怒られるかな。どっちかって言うとケイトさんの方が似てるかなあ───)


 昼間の膝枕を思い出し大いに赤面する。帰りのホームルームになってやっと教室へ戻って来た彼女は元気が無く、お礼を述べても何処か心に届いてないかのようだった。彼女はここ暫く気落ちの状態が続いており、近頃持ち直したかと思えば今日のあの始末である。屋上に二人だけで居た時は元気だったのにとジェズは心配になる。


 次に彼が訪れたのは販売ホールだった。考え込んでいていつの間にか着いてしまっただけの考え無しである。

 静かなホールの中に差し込む日の光は赤みを増して東へ伸びつつある。コントラストの強まる暗がりの向こう、カウンターにいつも居る売り子へ家臣の行方を訊いてみようと近付くが、暗がりへ踏み込めばミソッカスのうつ伏せている姿が目に留まる。起こしては気の毒、彼は次の行き先をあれこれ考え始めるが、売り子は緩慢な動作で起き上がり気だるそうな顔を見せた。


「~…あれジェズ君、もう帰ったんだ。おかえり、」

「ああ×、ミソッカス。起こしちゃった?」

「いいって、長さんに見付かったらまた叱られちゃうし。」


 ミソッカスはジェズと同い年。酒蔵において彼より少し後輩であり気安い間柄なのだ。難しい顔で自らの肩を叩き出す。


「ぅあーーー、肩凝る↓。」

「かたこる?」

「昨日の今日でしょ?それにちょっと前まで古布を雑巾に縫ってた。私目も悪いし×、肩がガチガチになるんだー。」

「ふうん…」

(そうだ、ケイトさんがしてくれたマッサージをリュアラお嬢様にしてみると言うのはどうだろう?お嬢様が元気になれるかも知れない☆。ミソッカスには丁度いいから練習台になってもらおう。)


 妙案を思い付いたジェズはカウンターの中へ回り込んで行く。後ろに立たれた事に気付いたミソッカスが彼へ顔を向けようとした所、両肩へ掌を置かれた。肩揉みしてくれる事を察し彼女はそのまま彼に背を委ねる。


「…ぅううううん#、」

「どう?今日僕の身体をもみほぐししてくれた人が居て、それが気持ち良かったんだ。真似のつもりなんだけど、」

「ぅうううん、結構いいかも#。ぅあーーー×、目の奥がズキズキするぅうぅうぅ…」

「あれ?ダメ?」

「違う違う、血行が良くなった証拠だって。私、肩凝り易いんだ。」

「凝り易い──目のせいで肩が凝る?」

「それもあるけど、私の場合は…ほら、」

「ほら?」


 ミソッカスがジェズへ向き自慢の胸に両手を載せた。


「胸大きいから♪、特にね。」

「え?胸が大きいと肩が凝る?」

「まぁ、女性ならではの悩みだよね。私の場合、特に。」

「ふうん、」

(昨日の今日か。するとユーディーはミソッカス程じゃないにしても凄く肩が凝ってるはずだな。カルヤさんも凝ってるはずだし、リュアラお嬢様だってそれなりに凝ってるはず………ミーシャお嬢様とザクレアはどっちが凝ってるだろう?ザクレアの方かなあ…微っ妙だなあ…)


 余計なお世話である。


「なあにー殿下☆、私がどうかしたー?」


 ホールに暢気な声が響き渡る。見上げると天窓から人影がカウンターの手前へ跳び下りて来た。着地の衝撃を吸い込むように床から伸び上がる。


「!ユーディー。何をしていた?捜したぞ、」

「周辺地域の見回りをしておりました。水難に民草が疲弊した所で進攻を試みる輩が居ないとも限りません。」

「暗礁密林じゃないんだ、そんな奴居るもんか。」

「そんな事より殿下、」

「うん?」

「私の(ねや)で…一体何をされておいでですか?私はこれでも年頃の生娘なんですよ?」


 カウンターに両肘をつき、両拳の腹の上へ横顎を乗せ上目遣いにニンマリ笑う。彼女の衣装は今の姿勢からだと顎の下から胸の谷間が覗く、ジェズは微かにたじろいだ。


「…っ、あれから部屋に戻っていたのか。やはり気付くか×。」

「どうして気付かれないと御思いで?あんなに御身の匂いを#私の物へ擦り込んでおいて、…私を御誘いなのですね?」

「#からかうな。久しいと思って手に取ったまでだ。」


「ちょっとユーディーさ、長さん『また居ない』って怒ってたよ?」

「仕事はこなしてるっ。殿下の御言い付けだからな。それよりお前、殿下に何させてんだ?」

「これは肩凝りが大変な私を可哀そーおに思ったジェズ君がしてくれてるの。好意に甘えてまぁあす。」

「~何?」


「あぁ、いや。僕が今日学園でしてもらって、自分でも出来るかなと思ってさせてもらっただけだ。」

「それで胸が。ほおぉう……

そーれーなーらー←私にして下さいっ。私胸大きーしぃい、いっっつも肩凝るんですよー?練習相手なら私だっていい訳ですよね?それに、殿下は無断で乙女の部屋を物色したんですよ?幾ら主従の間柄でも男女のマナーからすれば有ってはならない事ですよ??御詫びの印しが欲しいですーっ←。」


 言い出す傍から回り込んで殿下の横へ体当り。お詫びの下りで押し付けていた身体を裏返し、背中からべったりくっ付く。ジェズは王族の力を分け与える儀式で血を吸われるためユーディーとの密着は慣れているが、事情を知らぬミソッカスにしてみれば二人に如何わしい何かがあるように見えて仕方ない。しかし今は自身が唯一他人に自慢できる胸の大きさの優位をユーディーに奪われそうな不安の方が強かった。

 彼女の胸中など知る由もなくジェズはユーディーに構ってやる。


「こんな感じで合ってるかな?──」

「ほおぉう♪、これは思いの外いいですね#。良いスキルを修得なされました、とても心地良いです♪。」

「よし、肩もみくらいならリュアラお嬢様にもして差し上げられるかな。」

「──ぇ…?ヤだ、やめないで、」

「そんなに硬くなってないじゃないか。」

「えぇえ?ミソッカスにはじっくりみっちりやってたじゃないですか★、ミソッカスより短いなんて我慢できませんっ。私の方が凝ってます!ほらっ、」


 半身を捩り組んだ腕から溢れさせた胸をぶつけて来る。雲行きの怪しさにジェズはやや身を引くが、そこを聞き捨てならぬとミソッカスが這い上って来た。


「…いや、私の方が勝ってるから。」

「はァアん?多少張ってるからって勘違いもいい所だ。お前のソレは着膨れしてるだけじゃん!」

「してないしぃいい!あんたこそ寄せてるだけじゃないっ!」

「寄せてないしっ!お前と違ってカタチ見えてるしぃい!」

「←何をーっ!」

「←何だよ!!」


 狭いカウンターの中で互いの衣装を掴みいがみ合う。二人に挟まれたジェズは揉みくちゃ。


「×あの二人とも!───あの、何で…胸の話になっちゃってるの?そんなのどうでもいいじゃ」

「「↑なくないっ!!」」


「中見せろ!その過剰包装、全部剥いてやる!」

「←あんたこそ!その胸寄せバンド取ってやるから!」

「はぁあ↑?!上等だ、盛り盛りの着ぐるみが抜かせっ!!」


 激昂して取っ組み合い、とうとう相手の服を剥ぎ取り始めた。二人の腕や脚などが二人に挟まれるジェズを容赦なく殴打する。とばっちりの立派な暴行事件、何故そこまで頭に血を昇らせているのか、制止も虚しく彼は二人の肘鉄を食らいその場で尻餅を突いた。方々の体で座り込み両頬を摩るその頭上、上半身素っ裸のユーディーとミソッカスが両手で胸を押えながら対峙していた。絶景だがそれ所ではない。


「↑ほうら、私の方が勝ってるじゃん☆!」

「~いいや、私の方が勝ってるからーっ!」

「「~~~~~~~~~っっ、

~~~───

─────────────────────何処行くのっっ?」」


 二人の片手が匍匐前進で逃亡を図るジェズの脚を捕らえる。ジェズは床に立てた爪の必死の抵抗も虚しく二人の許に引き摺り戻されてしまう。異様な気配に恐る恐る振り向けば、片手で胸を抱えてしゃがみ込む二人の姿がすぐ真横に迫っていた。乳首こそ隠せてはいるが他はダダ漏れ。


(→っ二人共、目付きが…おかしい。なんだろう、凄くHなはずなんだけど、全然…嬉しくない。て言うか怖い怖い!すっっっごく怖いよ×!)


「「←どっちが大きいっ?」」

「………ぇ、」

「殿下が決めて!私の方が大きいですよね?!」「ジェズ君ほらほら!私の方が大きいよ?大きいよね?!ねっ??」「こんなドジの事は置いといて、私の方がいいですよね?そうでしょ?殿下!」「こんな跳ねっ返りの言う事なんか聞かなくていいからジェズ君!」「殿下!」「ジェズ君!」


 答えたら殺される、そういう波だ。彼はそう悟る。


 直後にユーディーは「あぎっ」と踏み潰されたような声を上げ、諸手で脳天を押さえ仰け反った。正気に戻ったのか殿下の前でフリーダムな自分の胸に気付き慌てて両腕で隠し直す。ジェズはがっつり見てしまう。片手で顔を覆い目の遣り場に困っていると、カウンターのすぐ脇に助け舟の姿を見付けた。渋面のザクレアが拳骨を構えていた。


「~こんな処で何サボッてんだ?それも服なんか脱いで、馬鹿やってんじゃないよユーディーっ。」

「☆おお、ザクレア!捜したぞ、何処へ行ってた?」

「周辺地域の見回りをしておりました。水難に民草が」

「お前もか×。まあ、今はいいや。とりあえずユーディーを連れて戻ってくれないか?見ての通り何だか訳の分からない事に」

「そんな事より殿下、」

「うん?」

「私の閨で…一体何をされておいでですか?私だってこれでも#…」

「×↓↓。」


 先のユーディーと同じ流れ。それもそのはず、ザクレアとユーディーは生まれた時間も場所も同じで育ちも同じの異母姉妹、双子のようなものなのだ。二人の思考・行動もほぼ同じ、ユーディーと同じくジェズが部屋を漁ればザクレアも同じ反応をする。


「御身の在られた証を敢えて私の物に印されるなんて。次は…私……#なのですね?」

「あのねザクレア、」

「そのっ、殿下って…そう言う所!御有りですよねっ!焦らせるなんて、もう…#狡いっ。」

「@そうゆう所?焦らすって何?ズルいって何??」


「ちょっと…ジェズ君さ、一体何したの?二人に……えっ?二人も??」

「★え?僕が何かした事になるの?×」


 しているだろうに。しかし、すぐ隣のミソッカスが想像する程の事ではない。彼女もさっきの拍子で正気を取り戻し、上着は着直していたものの新たな疑惑に着衣が乱れまくっている。傍目は完全に事後である。ザクレアの視線に険が差す。


「~待てミソッカス、それはどう言う意味だ?」「ジェズ君、何か仄めかしたんじゃない?なのに私に優しくして、それでユーディーがヤキモチ焼いて」「★何言ってんの?!ミソッカスがカラダで殿下を誘惑してた癖に!その程度の胸で出しゃばるな!」「ユーディー…~喧嘩を売ってるのかお前、」「あらぁーあ?後から来といてザクレアまで出しゃばるの??そこのドジにだって勝てない癖に♪」「←ちょっと!ドジは関係ないでしょ!!」「~お前は私を怒らせたっ。」「←やるかぁあっ!?」


 一人を囲って三つ巴、二人の主であるジェズにも収拾が付けられない。混乱を収めるには混乱を上回る衝撃が必要だ。だから凄まじい破壊音と爆風が若輩供を襲う。


 カウンター内に入り乱れて倒れ込んだ彼女らが見た物は、肘掛けが砕け脚のひしゃげたソファーの横で肩を怒らせる家政婦長の狂気の影だった。疲労もピークで帰って来た所に世話を焼かせる奴らがこの有り様、彼女の怒りゲージは地獄のパニッシュメント・マキシマムである。

 全身から幽鬼のような物を立ち昇らせ、歯を剥いた口から蒸気を吐き出す。恐らく今地球上で最強の人型生物、一刻も早く逃れねば危険が危ない。しかし四人の身体は狭い中で洗濯物のように絡まり思うように身動き出来ず、もがけばもがくほど破廉恥さが増し最強生物の人を昂ぶらせるばかり。


 とうとうカウンターに手が掛かる。断罪者の憤怒の形相が机上の稜線を乗り越えて来た。

 恐怖に上がる悲鳴、しかしその大音声(だいおんじょう)は毅然とした声に両断された。


「一体何の騒ぎです!!」

「「★×!?」」


 屋敷へ続くホールの入口、その空間を切り取り映えていたのは次期当主リュアラの凛とした姿だった。彼女は目線だけでホール内を見回すと、靴音を立てつつも静かに歩み寄って来た。


「家政婦長。これは何の騒ぎです?説明なさい、」

「─はい。私がここへ戻りましたら、カウンターに居るその四名が何やら諍いを起こしていまして、」

「そう。ならばジェズ。事の詳細を説明しなさい、」


「★っはい!──ぇええと、何からお話したものか…えと……@えと」

「説明出来る者は居ないのですか!!」

「★××っ!→」


「~おい貴様、殿下にどの口を利いているっ?」


 叱咤に身を竦めるジェズを胸元へ受け止める格好でザクレアが怒気を放つ。先の最強生物はともかく、彼女はメリーベルの人間など屁とも思っていない。我が君を支配下と位置付けようがそれはあくまで絹色社会の勝手、所詮は相容れぬ脆灰(ぜいばい)でしかないのだ。大人しくなった手足を漸く解くと、リュアラを睨み付けながらジェズの背後で立ち上がった。

 そのすぐ横までリュアラは近付き立ち止まる。双方、ガン付けの状態である。


「あなたは自分の立場を理解出来ないようね、」

「我らの主は殿下ただ御一人。シルキッシュの戯言など聞くものかよ。」

「勤務時間中に職務と関係ない自分勝手な行動、更にはお客様を迎えるための場所で公序良俗に有るまじき乱痴気騒ぎ。この狼藉の放題、もはや看過する事(まか)りなりません。」

「それがどうした、」

「あなた達に罰を与えます。」

「知った事か。」

「ミソッカス、ザクレア、ユーディー。あなた達は破損したソファーを片付け、周囲を清掃し本日の業務を終了なさい。」

「──は?」


 膝元でハラハラしているジェズに構わずザクレアはリュアラの言葉を素で聞き返す。ソファーを破壊したのは自分達ではなくそこの最強生物だ、呆れているとリュアラは一層表情を険しくした。


「家政婦長!ジェズ!今回の騒動はあなた達の監督不行き届きが招いた結果です!あなた達には厳罰を以って遇します!!」

「「★×!!」」


「!っ……貴様、殿下は」

「ジェズは!──あなた達二人の主なのでしょう?あなた達の起こした不始末ならそれは…その不始末を許した『あなた達の上に立つ者の不始末』なのです。」

「ふざけるな!不始末だの何だの貴様らの都合だろうが!」

「あなた達はシルキッシュの構築したこの世界においてメリーベルの社会的庇護の下に今その生を長らえているのです!!それを戯言と言うなら何処へなりとも行けばいいっ!

──けれど、そこにあなた達の主は居ない。」

「~何っ!?」

「彼はメリーベルで生きて行く事を選びました。この世界の理の中で生きて行く決意をしたのです!だから私達は今その彼に罰を与えます。そして彼をあなた達へは絶対に渡さないっ!!あなた達は自由に生きればいい!自由に死ねばいい!それがあなた達の望みなら!!」


 毅然と言い放つ。その場を完全に支配しているのはリュアラだ。


「──もう一度言います、『メリーベルに従いなさい。』

あなたの口にした唯一の主との絆が、独り善がりの誇りではないと言うのなら。」


 ザクレアの稚拙な殺意を気取りジェズがその前に立ち塞がった。


「やめろザクレア!ユーディーもだ、控えろ!」

「「↑でも殿下ああああっ!!」」


「ジェズ。この子達は私達の社会は勿論、それに適応しているあなたにも不満を持っています。あなたにはより近しい存在であるはずの自分達へもっと気を向けて欲しいと、常に寂しさを抱いているのです。

この国はあなた達の生まれ故郷とは何もかもが違う、あなたがそれをよく知り理解を深めている事は私も知っています。この子達には、より密な心遣いを以って接しなさい。」

「───申し訳…ありません↓↓。」

「ザクレア、ユーディー。あなた達は暗礁密林から続く彼との関係を何より大切に思っているのでしょう?なら私達の言う事を聞きなさい。自分達の心構えと行いが、今居る社会においては主の顔に泥を塗り続ける事になるのだと自覚するのです。彼にはこれから重い罰が科せられます、それがあなた達への罰───それを恥と知りなさい。

ミソッカス、作業はあなたが先導を。」


「はぃ………─掃除道具は私が持って来るから、あなた達は大きな破片を纏めてて、」

「「………。」」


 理解は出来るが納得は出来ない、そんな面持ちでユーディーとザクレアはミソッカスに続く。流石リュアラお嬢様とジェズは感心するも、家臣を御しきれていない自分が恥ずかしく消沈する。更に課せられる重い罰に思い至って顔色を無くした。


(あれ…そう言えば、何でこんな事になってるんだろう?僕、今日何したっけ??……)


 Hな目に遭った自覚は無かった。




☆☆☆


 月明かりの照らし出す靄の掛かった夜の工場町に銃声がまた響く。三日に一度は必ず起こる名物のように言われているが、当り前にまでレベルアップし、話題に上がらなくなるのは時間の問題かも知れない。良好な視界の中では飛び道具を持っている方が有利、しかし食人は素手の攻撃に拘る。


「ライフルなんて一般人は手に入れられないからね。私じゃ石投げても当たらないし。」

「え?何だって??」

「何でもないさ。」


 今夜の仕事は強盗の手助けである。工場町を根城にしているヴィリジアンの小悪党共が、豪商宅に押し入っての自宅預金の強奪を企てた。精強な警備隊を私設している事で有名な商人だったため、彼らは洞へ用心棒を頼んだと言う訳である。手に負えぬ相手なら辞めておけば良いものの、得られる額の桁違いに奸智が働いたのだそうな。

 一行は封鎖された旧国時代の地下の避難経路を予めこじ開け、犯行当日まんまと屋敷へ潜入し、家人に暴行を加えた上で千金を手にした。警備隊は食人が難なく退け、あとは地下ルートを通じ工場町に待機させた車で逃亡する手筈だったのだが、その車が見当たらない。待っていたのは警察だったと言うオチである。


 地の利はこちらにあるはずだが警察も経験値を上げている。自分一人だけなら何とでも出来るが、依頼人の悪党四名を逃がすには如何な食人とて骨が要る。入り込んだ小路に身を隠し様子を窺う。


「距離を置くね。どれだけ頭数が居るかハッキリしない。」

「おい、どうすんだよこれからよ!?」「俺達、ちゃんと逃がしてくれるんだろうな?!」「洞にゃ前金を払ってんだぜ!」

「~うるさいね。車が無いのはあんた達の落ち度だろっ、私の仕事は車の置場所までの用心棒さ。本当ならもうとっくに終わってたはずなんだよ!」

「@チキショウ!どうなってやがる!×」


 首尾は上々、小悪党の分際で手際がいいと食人は呆れながら半ば感心していたが、詰めで想定外のアクシデントに取り乱す連中を見て彼女は感心を無かった事にする。しかし、ここでこの客らを逃がしてやらねば成功報酬は得られない。洞からのペナルティーで首の回らぬ身としては見捨てる訳にも行かず、彼女はまた憂鬱を味わう。


「で、逃げる宛てはあるのかい?」

「ここを離れられればそれでいいんだっ。」

「無いんだね…。あとは警官全員ブチのめすしか無いか。」

「助っ人さんよお、ホント頼むぜぇええっ×、」

「~報酬は弾んでもらうよ!」


 微かな赤い光を靡かせ食人が駆け出す。光は黄色へ変じ、路傍の大きな木箱が宙を飛んだ。食人の放り投げたそれは20mほど先の建物の角に当たり派手に壊れる。飛び散る破片の陰に何やらチラつくのを見て、食人は脇道へ滑り込み壁を背にした。銃声が響く。


(1、2、───

──────

───────────────何だいケチ臭いね、無駄弾は歓迎なのにさ。)


 元の道へ転げ出し背中を晒して逃げてみせる。フードの端を銃弾の風切り音が掠め、彼女は更に姿勢を低くし距離を伸ばした。赤い一つ目が前方の物陰に隠れる生き物の存在を捉える。見えるのだ、食人には。


(集まって来たか。ひょっとしたら目的地は同じかもね。)


 一瞬躓いたように浮き上がると減速なしに道を曲がる。銃声、道を曲がる。銃声、銃声、道を曲がる。追っ手の気配を確かめながら港に近い資材置き場まで駆け巡り、大量の木製コンテナが建物のように積まれて出来た細道へ飛び込んだ。

 奥へ進むと小さな屋敷ほどの広さの空き地に出くわす。周囲はコンテナの絶壁、大人一人なら通れる程の隙間が空き地の中央から見て放射状に五ヶ所。その全てを見渡せる位置で食人は立ち止まる。


 思惑通り隙間から人影が染み出て来た。三ヶ所、同士討ちを避ける配置で狙撃手は月明かりの下に姿を現わす。空いた二ヶ所は出口の向こうに待ち伏せが居るはず、居てもせいぜいこの場は八人と言った所か、相手をするには少し多い。この場に誘い込むつもりではいたが、向こうも追い込むつもりだったようだ。

 警官の一人がお決まりの文句を垂れた。


「犯人に告ぐ!お前は完全に包囲されている!無駄な抵抗は止めて、大人しく投降しろ!」

「周到だねぇ。私一人に大袈裟じゃないかい?」

「強盗の幇助及び暴行と公務執行妨害の罪で現行犯逮捕だ!抵抗するなら射殺もあり得るぞ!」

「あっさり殺すよねえ。文明気取りの蛮族国家だね、ヴィリジアンに嗤われるよ?私ゃこの方、人殺しなんてただの一度もやった事ないけどねぇ。」

「──撃てっ!」

「半殺しはするけどさ←←」


 真横へ跳んだ。両腕を前へ組み前傾姿勢で突っ走る。ライフルの次弾装填の間を連番による発砲で補う警官らの銃撃には隙が無い。食人は走った勢いで積まれたコンテナの横面を踏み締めると、垂直の壁を地面のように駆け上がり今度は距離を詰め始めた。高さに加えて移動は単なる放物線でないため銃の狙いがつけ難い。


「←グルルルルルルルルルッ!!」

「★うわっ!!」


 降りかかる黄色に光る一つ目を間近で見た警官の身体がくの字に折れる。その斜め後方の二人目はすかさずライフルを構えるが、食人は手元の一人目の首を片腕で楽々掲げ盾代わり。怯まないのかそうかいそうかい、なら返してやるよと盾を射手へ投げ捨てれば、人のごちゃ混ぜをぶつけられた壁が賑やかに暴れる。これで二丁上がり。

 食人が衝撃を感じたのは銃声より遅れてだった。


「………。」

「──────」

「…どうした、もう終わりかい?」

「ぇ…★は?はっ!×」


 三人目の放った銃弾は標的へ確かに命中した。しかし食らった当人は着弾の痕跡はあるもののケロリとしており、一つ目から灯火の如き妖しい光を揺らめかせた。

 排莢したまでは憶えている。次の瞬間、警官は頭を壁に叩きつけられた事を知らない。


 空だったコンテナの壁にめり込んだ自分の腕を引き抜くと食人は佇む。足元に弾丸が落ちて転がった。


「相手は女だってのに酷いもんだね。あと少し近かったらヤバかったけど、来る方向とタイミングさえ分かれば一発くらいなら身体で受け止められるのさ。入り組んだ路地裏じゃ何処から何発来るか分からないからねぇ。

──おや、そろそろおかわりか。」


 予想の通り、潰した三人の居た後方より第二陣が迫って来る。騒ぎに気付いたとてもう遅い、今度はコンテナやパレットを上から降らせて下敷きにしてやろう、そんな事を思い付く。しかし意思と裏腹に身体が仰け反り彼女は片膝を着いた。右太腿の裏に激痛が走る。


「★×っ!~~~~~~後ろ?」


 予想に反し、待ち伏せ方面から見積もりを上回る頭数が乱入して来た。お呼びじゃないね、どれだけよこしたのさと強がれど今一恰好がつかない。被弾した脚へ不意に重心を傾けてしまい、庇おうとした挙げ句地面に倒れ込んだ。立ち上がろうとするが引き摺る脚の正面へまさかの追い討ちを貰い、流石に腿を抱え横へ転げる。脂汗を滴らせながら顔を上げるとライフルを構えた隊列が近付いて来るのが見えた。


「×~~~っこいつら、本当に警察かい×!」


 これは詰んだ。無茶と分かってはいたが、あまりのあっさり加減に嘲笑が込み上げる。逃げ場の無い開けた場所へ来た事が(あだ)となってしまった、近頃こんな事ばかりと悔しがる。追い駆けて来た激痛に歯を食い縛った。


 その刹那、隊列端の一人が二回ほど翻り地面に倒れた。その反対側も続いて舞うように倒れる。警官らが混乱する、この隙に体勢を立て直そうと痛みを堪えてしゃがみ込んだ食人は、コンテナ上の一角に月を背にする奇妙な影を見た。それは左右に伸びると月が二つに割れ、風切り音と共に今度は隊列の両端が同時に倒れる。この音は、


「なーにやってんだお前?らしくねえなあ、」

「★繰り鉤(くりかぎ)っ!?」

「遊んでんじゃねえっつのっっ!←←」


 コンテナの上を疾駆する影は繰り鉤ギギシだった。


 奴の存在に気付いた警官らが一斉に的を変える。射手は総勢十名、上方への攻撃は同士討ちの危険がないため全員でライフルによる波状攻撃を仕掛ける。

 対する繰り鉤はコンテナの高低差と起伏を盾に余裕綽々。腕の一振りで懸糸は(くう)を舞い、鉤が犠牲者を次々に宙へ躍らせる。胴を穿たれる、巻き付かれ引き回される、顎を砕かれる。警官らが可哀想になるほど一方的な蹂躙が続く。


 最後の一人になると繰り鉤は地上へ跳び下りた。入れ違いで首吊りにさせられた警官がもがき苦しむ最中、食人は木箱に寄り掛かり何とか立ち上がる。やがて執行人は下品な哄笑を上げ獲物をリリースした。地面に落ちたそれはもう動かない。


「ザマあ無えな、」

「~~余計な事をっ…」

「ケッ。命拾いさせてもらった一言がそれかよ×。」

「~←っプラプラでもそうだ!余計な事するんじゃないよ!!★っ()!×~~」

「ぁあ?──放っときゃ良かったか?手前ぇが捕まえられるようなら俺様が片付けんのはお前の方だったんだぜ、」

「お前がか?っ笑えないね。~そもそも何故お前がここに居る?港の仕事はどうした、」

「ぁあ@?何だって?聞こえねえな、」

「↑仕事は」

「サックリ片したに決まってんだろ。学校わざわざ早引けして長々と…ツマんねえ仕事だったぜ。」

「~~、」

「魔法警察が出張ってねえとナメて警官共を取り逃がしたのは不始末だがな。点数稼ぎに追ってたらお前ん所とガッチャンコするとは、流石の俺様も驚きコオロギ☆。」

「警官が増えたのはお前のせいかい!」

「~うるせえな、だから纏めて始末してやっただろーがっ。つか、むしろ何でお前が港に出てる?今夜の仕事は工場で上がりじゃなかったのかよ、」

「そうさ。客がドジ踏んで逃げ足が無くなってたのさ──連中の所に…戻らないと…」

「医者を先にした方が良くねえか?」

「グルルルルルッ、」

「→何だよお前×?」


 食人が姿勢を正し俯き加減で赤い目を光らせる。唸り声に繰り鉤は構えるが、敵意は向けられていない事に気付き冷や汗を拭った。暫くして食人は寝違えた頸を治すかのように頭を振る。コップ一杯分はあるだろうか、生々しい音を立て彼女の足下に血の華が咲いた。大輪の中に転がる二つの弾丸が湯気を立てる様を見て繰り鉤は絶句する。食人の一つ目が黄色へ変じ、今度はトレードマークの雨合羽のような服の中から湯気が上がった。


「?!…何だよ、気味が悪いっ×、」

「──────────────────────────────」


 内ポケットからくたびれた布切れを無言で取り出し、雨合羽の下を捲って血で汚れた脚を拭き始める。銃創は傍目からよく分からないが、真新しい皮下組織に埋められているように見えた。再生したとでも言うのだろうか、繰り鉤は固唾を呑む。それよりも、


「おっ、お前……」

「──何だい、」

「…いや、───何でもねぇ…」


 繰り鉤は見た。食人の雨合羽の中は下着だけだった。


(マジかよ→…何考えてんだこいつ?しかも白たあ××)


 動き易さ優先なのは想像に難くない。そこだけ見れば性的興奮に充分価する艶めかしい姿だったが、だからこその気味悪さを感じる。こいつは体内に埋没した弾丸を自身の内圧だけで押し出す化け物なのだ。繰り鉤はギザギザの歯をヘの時に剥き、息苦しさを覚えて襟元を緩めた。


 それから食人と繰り鉤が客の元に戻るとそこでは何故かバトルが展開されていた。全員ズタボロ、二人が昏倒し、もう二人は壮絶に殴り合う。食人が割って話を聞けば、逃亡用の車が無かった事から仲間を警察へ売った売らないの疑心暗鬼に陥ったらしい。それは普段から仲間に抱く不満のぶつけ合いへ転じ、そして今に至るそうな。ここで聞き手は完全に呆れ果てる。


 無かった車と警察の待ち伏せの真相はさておき、新たな追っ手は暫く来ない。無様(ブザマ)様御一行を放免すると洞の二人も帰路に就いた。


「──おい、戻らねえのか?」

「ちょいと寄り道してく。先に行っとくれ、」

「まぁ、いいけどよ───」


 ローブを翻し繰り鉤が背を向ける。遠ざかる影を靄が次第に覆っていった。食人は独り工場が立ち並ぶ殺風景な谷間の底から月を仰ぎ見る。フードの影から照らし出された口許は何かを言い掛けるが、力なく顎を弛緩させ彼女はゆっくり唇を閉ざした。


(───どうしたいのさ、私…)


 迷い。心の中で渦巻くそれが自らの不調を呼び起こしている。最近どうにもついていない、今日は何か変われるかもと思ったのに結局散々だった。

 痕が気になり右腿の内側を擦る。完全には元に戻らない。


 諦めに背を押され彼女は今宵も歩き出す。




☆☆☆


 野犬の遠吠え。月夜に相応しいがメリーベルの果樹園では珍しい。

 重い罰とやらのためジェズはリュアラの部屋へ引き込まれていた。


「…ぅううううん、いいぃ気持ち#。」

「リュアラお嬢様…」

「肩揉み上手ね♪、」

「☆ありがとうございます。とりあえず、罰のお話が嘘で安心しました。」

「方便とお言いなさい。あんな状況では、ああするしかないでしょう。あの二人にはここで生活してもらうのだから。」

「最後のお言葉、#かっこよかったです!」

「──────」

「?──どうかされましたか?」

「ぁーあ…いえ、別に…」


 ジェズに肩揉みをされながらリュアラは明らかにバツの悪そうな顔をした。ナスカの二人に言い放った最後の台詞「恥を知れ」とは、日中屋上で自分がトキミから浴びせられた言葉である。結局は当人を置き去りにし、自分はジェズに命じて楽々逃げたのだ。臆面もなく同じ言葉をよくも口に出来たものだと今更ながら大いに恥じる。


 今日の騒動を振り返った次いでに、リュアラはふと思い出した事があった。


「そう言えば──私を抱えて逃げてくれた時に、あなたにご褒美をあげると言って私…まだあげてなかったわね、」

「え?えっと……そう…でしたっけ、」


 ジェズは完全に失念していた。ご褒美の件は、商売敵でありライバルでもあるマイユネーツェ・メディスンのカクテル・キャンペーンにリュアラが打ちのめされた時の事だ。池の畔で上がった話題だが、リュアラがジェズに抱えられ逃げ着いたのは夕刻で、その時にご褒美の文言は出て来ていない。正確には、日の出前に目覚めたリュアラが一人でふらりと立ち寄った時の話である。


「何か私にして欲しい事、ない?」

「☆えっ?して欲しい事ってそんな、ぇえええと@───」

「ぁ…ぁあまり、無茶な事はちょっと、やめて欲しいのだけど……」

「☆っあ!!」

「★えっ、何??」


 暫しお待ちを。ジェズは部屋から飛び出して、あっという間に戻って来た。何やら期待に頬を染めている。いそいそと近付きジェズが後ろ手から前へ差し出し見せた物は、質素ながら装飾が施された木箱だった。彼がナスカの二人に預けていた物である。ノートを広げた程の大きさで厚みは菓子箱ほどの平たい形状、見た目はかなりの年代物。手渡されたそれをリュアラはまじまじと見回し、蓋を開けてみる。


 三白眼になった。


「水着ですやん、」


 ジェズのテンションは高い、頬っぺのツヤが違う。


「あははは☆、水着じゃありません。これは僕の生まれ故郷の伝説の人が普段身に着けていたとされる衣装なんですっ。」

「ほう。」

「僕の中でその人のイメージがー…、☆リュアラお嬢様にぴったりなんですよ!」

「で、」

「お嬢様に#それを着て欲しいですっ☆!」

「××↓。」


 昼のレスリングスーツに続いて今度はセパレートの水着と来た。一見シルクのような肌触りの良い謎の布地で出来ており、虹の七色をアクセントとして銀の見事な飾付けがされている。銀は金属ではなく光沢のある繊維質の物で形作られており、とても未開の地の産物とは思えない。髪飾りや首飾りに腕輪、サンダルなどの付属品は付いてるが、そんな事より下の水着の食い込みのエグさよ。リュアラの眉間が痙攣する。旧時代の踊り子でもこれほど扇情的な衣装は身に着けないと思われた。


「…何て人かしら?」

光皇女(みちみこ)ホワイト・レディー。【光の法】を以って暗礁密林に知恵と秩序、文明をもたらしてくれた人物です。」


 リュアラは決定する。『ホワイト・レディーは痴女』。


 自身が痴態を散々晒した過去を棚に上げ、その認識すら微塵も無いと言うこの清々しさ。恥を知れと臆面なく言えるだけの事はある。


「これ、───着なきゃ駄目?」

「☆#着て欲しいですっ!!」

「──────────────────、」


 そっ閉じ。目を瞑りリュアラは無言で木箱をジェズに返した。


「★!リュアラお嬢様ぁぁああぁ××、」

「いーやーでーす×。そんな#スゴい物、着れるものですかっ。」

「××おじょうさまああぁぁあぁあぁ↑↓↑↓。」

「★とてもじゃないけど見合ってないわっ。それを…#私に着て欲しいのなら、もう一つ成果を上げなさい。」

「成果?」

「黒ワイン、」


 二人の目付きが変わる。二人だけの冒険、宿命に抗う一歩「黒ワイン」。


 そこで少しだけ不思議が起きた。


 二人は今、互いにそれを成し遂げられる確かな兆しを感じた。力を感じた。


 ジェズがリュアラに抱いていた心配も今は杞憂、確信にすんなり安堵する。


 何かに魔法を掛けられたような、不思議な感じがしていた。


「───」

「───」

「──ちょっと待ちなさい、」

「何ですか?」

「やっぱりそれ渡して、」

「☆←えっ#!」

「×勘違いしないでっ。単に『私が預かる』と言ってるんですっ。」

「はぁ↓↓↓、」

「っもう#…」

(まさかとは思うけど、この衣装を眺めて私が着ている姿を妄想されたりしたら…ちょっぴり嫌かしら×。)


「何ですか?」

「肖像権の侵害、」

「え?」

「×まぁ、いいわ。」


 明日からまた頑張れそう。

 今日はもうお休みなさい、良い夢を。






水着回が書きたかっただけ…


でも大して出ない。

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