19.男色王の結婚
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自分の頭を覆う部屋の向こう側まである豪奢なヴェールが、子供が数人首からぶら下がっているかのようだった。
「……実は私のことを子どもとかが引っ張ってないわよね?」
アルティアラインの言葉にポネーがくすくすと笑うと、周りの侍女達もつられて笑いだす。
「笑い事じゃないわ」
アルティアラインはポネーを睨んだつもりだったが、怒りたい本人よりも周りの侍女の方が畏縮してしまっている。
本当に笑い事ではない、と思う。心なしか、試着の時よりもずっと重く感じる。
「殿下、式典まで時間がかかりますから、座られてはいかがですか」
座るだけでも疲れる。が、座らなければもっと疲れるので、座らせてもらうことにした。
侍女に出来るだけ丁寧にヴェールを外してもらう。
「ありがとう」
淑女らしく微笑むと、ポネーにお茶を淹れるように頼む。
いつものように足を投げ出すわけにもいかない。
はっきり言うと、窮屈だった。
今日は、アルティアラインがいつも居る後宮の部屋ではなかった。
後宮からだと広間から遠いからと宰相の手配で王宮内の広間にほど近い客室に通された。
宰相の手配と聞き、それから手配された侍女を見ると、面と向かって宰相にこう言ってやりたい。
『せめて、間者として使える侍女を寄越せ』
と。
アルティアラインはファガースのように、もしくはノーランドのように宰相に対しての印象は良くも悪くも薄い。
最低限の夜会のみにしか会っていない男をどうとも思えないが、それにしたって侍女の人選は元老院を牛耳っている、国王の座を欲する男のやる事ではないと思う。
ずっと、あの、男だらけの後宮に居た王女である。少しくらい使える侍女を寄越したって罰は当たらないのではないか。
アルティアラインからしてみれば、「やる気あんのか」である。
「式典なんだからさー、もうちょっと私たちも華やかな格好してもいいんじゃないかしら?」
そんなことを一応、本日の主役であるアルティアラインの前で堂々と言う侍女ばかりを派遣した宰相に物申したい。
やる気あんのか、どころではない。
失礼な侍女であるという理由で部屋から追い出してやろうかと何度か考えもした。
しかし、先程のヴェールの件といい、人手が欲しいのも事実である。
それでもなぜ彼女たちは目の前の自分を完全に無視、というか空気のように扱っているのだろうか、と不思議でたまらない。
首どころか身体ごと傾げたかった。
一応、私、王女です。
これから貴女達の国の王妃になります。
「失礼します、殿下」
入室を促すと、茶の髪がドアの隙間から覗く。
「そろそろ式典の時間です。準備の方は……」
顔を見せたノーランドに、ほっとする。
なんだかんだ言って緊張はしていたらしい。
「えぇ、大じょ、」
「キャー!クラウド様よ!!やっぱり、凛々しいわ!」
「そりゃそうよ!だって、元老院派の中でも一番有力じゃない?!」
声が大きい。あと、王女と騎士の会話を遮ってまで何の話をしているんだ。
「……よろしいようですね。では、参りましょうか」
ノーランドが無視するものの、その行為さえも火に油だったようだ。
「素敵!」
「その冷たさがいいわ!」
扉を開け放ち、礼をとる騎士が後宮付きであることに気がつく。
「……ノーランド様、一緒にいらした騎士達にヴェールを持っていただいてもよろしいかしら?」
「は……」
何のことかという顔をするノーランドに苦笑を向ける。
「彼女達にヴェールを長時間任せたら、香水の匂いが移ってしまうから」
彼女たちは騒がしいだけではなく、香水の臭いもきつかったのだ。
「……わかりました。二人でヴェールを持ってくれ」
ノーランドが振り返ると、二人の騎士が侍女からヴェールを受け取った。
言わずとも、侍女は不満気な顔をしている。
「それから、あの侍女たちを雇用しておくのはおすすめしません。私が戴冠したら侍女不足になるかもしれないわね?」
言外に暇をやれ、王妃になったらこんなやつらは即刻クビにしてやる、と言っておく。
その言葉にノーランドは冷静に頭を下げた。
「御意」
その言葉を聞いて、顎を引いて胸を張る。
「行きましょう」
本を持たない書籍王女の姿にノーランドはただ無言で礼をとった。
……甘く見ていた。
それが素直な感想である。
ヴェールが重いだけでも、もう嫌になっている。
しかし、それでも座ればなんとかなる。なんて甘い考えを持っていた。
甘い。甘かったのだ。
まさか、二人で大司教の前に立ってからの方が長いなんて!!
あー、なんか大司教がすごく頑張って話してるけど、正直そんな話はいいから!要らないから!
や、要るけど。重要だけど!
お願いします、首があらぬ方向に曲がってしまう前に、どうか私を座らせて。
外したいなんて贅沢な願いはいたしません。
座らせて。座らせてくれればいいから。
「……重いか?」
小声で聞いてくるその声に、視線だけを動かす。
「顔に出てますか?」
「いや……、顔が引きつってはいるが大丈夫だ」
それは大丈夫とはいいません。と返したくなる。
「……もう少しだけ耐えてくれ」
陛下がそう言ったのは励ましの言葉だろうけど、その時の私に一番欲しい言葉だった。
「……誓いますか?」
話を聞いていなかったが、大司教はこちらを見ている。
アルティアライン・アイルファードは美しい微笑みを張り付けたまま頷いた。
「はい。誓います」
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誓いの口づけを、と言われ、ファガースの顔はこれ以上ないほどに炎上した。
「あの、陛下?」
首を傾げるアルティアライン。
その仕草にさらに顔を赤らめる。
「……もう少し嫌そうにできませんか」
アルティアラインの言葉に正直耳を疑う。
「何故」
「陛下は『男色』ですから」
この婚姻は嫌々ということを賓客には印象付けたい、と言いたいのだろう。
事実ではあるが……、新婦に言われると良い気分ではない。
「あ、陛下そのまま、そのままですよ」
そういうと、アルティアラインは少しだけ背伸びをしてファガースに口づけた。
いい気分ではないファガースの表情は、不機嫌とも呼べる表情だった。アルティアラインはしめた、と思ったのだ。
これが、二人の初めてのキスである。
余談だが、このキスは賓客から、
『男色王が嫌々女人とキスをし、すぐに離れたものの屈辱と憤怒で顔が真っ赤になっていた』
と言われ、ファガースとしては不名誉ではあるものの、アルティアラインの目論見通りの結果を産んだのである。