第8話 刻の岐路
部隊の編成は、まだ落ち着かない空気の中で続いていた。百人規模の部隊は、実務上いくつかの組に分けて動かす必要がある――郷田からそう説明を受け、ゼフィロは名簿を片手に、組分けの作業に取り掛かっていた。
「大体十人一組で、十個の組か。それぞれに組頭を置くことになる」
名簿には、既にトビキリ、ヒナギク、リオンの三人の名の横に「組頭」の表示が並んでいた。あの討伐戦の直後、それぞれの戦果が認められて自動的に昇格していたものだ。式典もなく、通知が一つ届いただけの、あっさりとしたものだったという。
「俺の時は、大久保様直々に儀式まであったのにな」
ゼフィロが苦笑いで呟くと、トビキリが肩をすくめた。
「お前のは総大将討った特例だろ。俺らは普通に条件満たしただけだよ。それだけの差だって」
「地味だけど、ちゃんと嬉しかったですよ」
リオンが小さく付け加える。ヒナギクも頷きながら、自分のステータス画面を一瞬だけ開いて見せた。
「組頭になったからって、急に強くなるわけじゃないけどね。任される範囲が広がるってだけで」
「その範囲の話だけどさ」
トビキリが名簿を覗き込みながら、自分から手を挙げた。
「俺、前線に立つよりこっちの方が向いてると思うんだよな。斥候とか、情報収集系。目くらまし粉とか、ああいう小細工使うのも得意だし」
「確かに、お前のATKじゃ前に出すのは危ないもんな」
「言い方」
ゼフィロの率直な返しに、トビキリが軽く睨む真似をしてみせる。だが本人も分かっているのか、それ以上の反論はなかった。
「じゃあトビキリは斥候・情報系の組で頼む」
「了解。任せとけ」
「私は槍兵と偵察系を中心にまとめたい。細かい連携が得意だから」
ヒナギクがそう言うと、リオンも少し考えるように名簿を見つめた。
「僕は、前に出る組を持ちたいです」
その言葉に、トビキリが軽く眉を上げた。
「お、意外。お前てっきり後方希望かと思ってた」
「あの討伐戦で、僕、意外とやれるって分かったので。誰かを守るためになら、前に出られる気がします」
あの乱戦で、味方を庇って敵兵三人を一人で受け止めたことを、リオンは思い出しているようだった。自信なさげな口調は変わらないが、その言葉には確かな芯があった。
「わかった。リオンは前衛寄りの組、頼めるか」
「はい。頑張ります」
そこに、少し離れた場所からユキハナが歩み寄ってきた。
「私も、組を一つ任せていただけると聞きました。回復を中心に見ます」
「お前、あの討伐戦にいたのか」
ゼフィロが尋ねると、ユキハナは頷いた。
「はい。千二百規模の合同作戦でしたから、たぶんどこかですれ違っていたと思います。……全然、気づきませんでしたけど」
「あの規模じゃ、そりゃ分からないよな」
トビキリが納得したように言う。同じ戦場にいながら顔も合わせなかった、というのは、あの乱戦の規模を思えば不思議でも何でもなかった。
「回復、頼りにしてる。組頭としてもよろしく」
「はい。まだ至らないところも多いと思いますが、頑張ります」
どんな戦い方をする相手なのか、ゼフィロたちはまだ何も知らない。それも、これから一緒に組んでいく中で分かっていくことなのだろう。
四人がそれぞれの役割に収まっていく様子を眺めながら、ゼフィロは名簿に目を通した。それぞれが、それぞれの判断でここに立っている。自分一人が引っ張っているわけではないのだと、改めて実感する。
そんな折、視界いっぱいに、これまでと違う形式の通知が展開された。周囲を見渡すと、その場にいた全員が同じように動きを止めている。名簿を持っていた足軽たちの手も、一斉に止まっていた。
【重要通知】
対象:先の討伐戦に参加した全プレイヤー
件名:所属選択権の解放について
貴殿は、先の討伐戦への参加、並びにその後の功績が認められ、「所属選択権」を得る資格を満たしました。
これより、対象者は境界の砦を離れ、新たな配属先へと移動することになります。配属先は、日本方面に存在する以下いずれの時代の勢力からも、自由に選択することができます。
一、黎明郷(邪馬台国・大和時代)― 統治者:卑弥呼
呪術と神託によって導かれる、史書以前の時代
二、斑鳩郷(飛鳥時代)― 統治者:聖徳太子
律令と仏教によって国を治める、他に類を見ない統治型の勢力
三、壇ノ浦郷(平安時代・源平合戦)― 統治者:平清盛
雅な都と血みどろの合戦が同居する、栄華と滅びの勢力圏
四、鎌倉府(鎌倉幕府)― 統治者:源頼朝
御恩と奉公で結ばれた、武家による初めての政権
五、吉野郷(南北朝時代)― 統治者:足利尊氏
二つの朝廷が並び立つ中、寡兵を持って大軍に挑む知略の戦場
六、乱世郷(戦国時代)― 統治者:徳川家康
下剋上と群雄割拠の時代。実力さえあれば誰もが天下を狙える
七、維新郷(幕末〜明治初期)― 統治者:西郷隆盛
旧き武家の世を終わらせようとする志士たちがぶつかる、最後の内乱の時代
いずれを選んだ場合も、これまでの実績・装備・称号は全て引き継がれます。同じ時代を選んだ者同士は、引き続き行動を共にすることができます。一度正式に所属を確定させた後の変更には、一定の制限が課されます。詳細は所属確定時に別途通知されます。
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
「一から七まで……レベルじゃないな、これ」
トビキリが通知を見上げたまま、呆れたように呟く。
「名前まで載ってる。卑弥呼とか、源頼朝とか……これ、全部本人がいるってことだよな」
「僕、正直、名前は知ってても、どんな時代かまでは分からないです」
リオンが正直に言う。
「私も、選ぶならちゃんと調べてからにしたいです」
ユキハナが控えめに頷いた。
「又七は、どうするんだ」
ゼフィロが尋ねると、又七は肩をすくめた。
「隊長が決めた先に、俺もついていくだけだよ。ここでずっと突っ立ってても暇なだけだしな」
「え、良いのかよ。ネイティブなのに」
トビキリが驚いたように言うと、又七はにやりと笑った。
「そういう決まりがあるわけじゃねえよ。慕う相手についていくかどうかは、こっちの人間にも選ぶ自由くらいあるってだけだ」
「――今すぐ決めなくていいんだよな、これ」
ゼフィロが確認するように言うと、又七が短く頷いた。
「猶予はある。焦って選ぶようなもんじゃねえ」
「なら、一回ログアウトして、それぞれ考えたい」
ヒナギクが言うと、他の三人も異論はなかった。現実で相談したい相手が、それぞれにいる。誰にも言わなかったが、四人とも同じことを思っていた。
「一旦、それぞれ考える時間を取らないか。慌てて決めることじゃないと思う」
ゼフィロの提案に、誰も異論を挟まなかった。トビキリは小さく肩をすくめ、ヒナギクとリオンも顔を見合わせて頷いた。ユキハナも、静かに頭を下げた。
「わかりました。また、こちらでお会いしましょう」
その言葉を最後に、それぞれが視界の端にあるメニューへと視線を移していく。ゼフィロも同じように、ログアウトの通知を呼び出した。
【ログアウトしますか?】
はい/いいえ
部隊の喧騒が、少しずつ遠くなっていく。采配を握っていた感触だけが、最後まで手のひらに残っていた。ゼフィロは迷いなく「はい」を選び、静かに意識を手放した。




