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『VR英雄大戦:Historia Online』  作者: 黒豚
第1章 無名編
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第7話 クラスアップ

 血に染まった戦場を後にし、境界の砦へと戻る道すがら、ゼフィロは自分の掌を何度も見下ろしていた。赤備えの若武者――新しく得た名の重みが、まだ全身に馴染みきっていない。


「なあ、ゼフィロ。お前、まだ実感湧いてないだろ」


 トビキリの指摘に、ゼフィロは苦笑いで答えた。


「正直、湧いてない。敵の総大将を倒したとか、言われてもまだピンとこない」


「俺は見てたからな。マジで無茶苦茶だったぞ、あの一騎打ち」


 砦に戻ると、詰所の前で郷田が待っていた。傷の手当てを済ませたばかりらしく、包帯がまだ痛々しい。


「ゼフィロ、少しいいか。大久保様から、お前の処遇について話が来ている」


 物頭の詰所に通されると、郷田はやや改まった様子で切り出した。


「総大将を討った功績は、並の実績とは重みが違う。本来なら、組頭を経てから、さらに上を目指すのが筋だ。だが、大久保様の裁定で、その段階を飛ばすことになった」


「飛ばす、というと……」


 ゼフィロが問い返すと、郷田は視界に一枚の通知を送ってよこした。


【特例昇格審査】

対象:ゼフィロ

審査項目:実績(総大将討伐)

判定:規定の段階を超える功績と認められました


昇格クラス:物頭


「物頭って、郷田様と同じ……ですか」


「そうだ。異例中の異例だが、大久保様直々のご判断だ。俺も驚いたが、文句を言える立場じゃねえ」


 郷田はそう言うと、詰所の奥にある小さな祭壇のような台に向き直った。台の上には、朱塗りの采配と、家紋の入った陣羽織、そして白い布に包まれた細長い何かが並べて置かれている。


「昇格の儀は、簡素だがこの世界じゃ意味を持つ。受け取れ」


 郷田が采配を差し出す。ゼフィロがそれを受け取ると同時に、視界いっぱいに光の粒子が渦を巻いた。錆びた刀から始まった装備の連なりが、今この瞬間、また一つ新しい重みを加えていく。陣羽織が肩に羽織られ、采配が掌に馴染む感覚とともに、機械的な声が響いた。


『クラス昇格シーケンス、開始します』


 光が収束し、目の前に一枚の紋章のような意匠が浮かび上がる。采配を象った文様の中央に、新しい称号が刻まれていった。


【クラス昇格】

足軽 → 物頭

統率できる人数:100人まで拡大

以後、部隊規模の常設クエストが発生するようになります

新規スキル「突撃命令」を習得しました


 物頭

 クラス(昇格後)

 効果:統率+15、部隊指揮時のステータス補正

 解説:百人規模の部隊を率いる者に与えられる立場。異例の速さでこの座に就いた者の名は、やがて多くの兵の記憶に刻まれることになる。


 突撃命令

 分類:アクティブスキル(部隊指揮)

 効果:指揮下の部隊全体の攻撃力+20%、移動速度+30%(30秒)

 解説:己の声と采配で、部隊そのものを一つの刃に変える技。物頭以上の立場でなければ扱えない。


 視界の端に、見慣れない表示が新しく追加されていた。装備した品それぞれの効果が、個別の数値として一覧できるようになっている。


【装備品ステータス反映】

陣羽織:DEF+5、カリスマ+3

采配:統率+5


 これまでは、装備の効果も他の数値にまとめて溶け込んでいて意識することがなかった。物頭という立場になったことで、部隊運用に関わる細かな数値まで見えるようになったのかもしれない。采配を握る手に、これまでとは違う重みを感じる。単に自分が強くなるだけでなく、他者の力をも動かす立場になったのだと、ゼフィロは改めて実感した。


 郷田は続けて、台の上に残っていた白い布包みを手に取った。


「もう一つ、大久保様からのご下賜だ」


 布がほどかれると、中から現れたのは、一振りの刀だった。柄には見覚えのない意匠の金具が施され、鞘には使い込まれた艶がある。


「盛俊が佩いていたものだ。総大将ほどの相手が持つ得物だ、並の業物じゃねえ。討った者への論功行賞として、これを持っていけ」


 差し出された刀を、ゼフィロは両手で受け取った。ずしり、と伝わってくる重みは、これまで使っていた刀とは明らかに違う。柄を握り込むと、掌に吸い付くような馴染み方をした。視界に、静かな通知が浮かぶ。


【アイテム入手】

刀「盛俊の佩刀」

分類:武器(刀)

装備効果:ATK+10

解説:かつて平盛俊が佩いていた一振り。使い手を選ぶ重みを持つが、それに応えられる者の手にあれば、これまでの得物とは一線を画す働きを見せるだろう。


 ゼフィロは、それまで腰にあった使い古しの刀を鞘ごと外し、代わりに盛俊の佩刀を差した。抜き身を陽の光にかざしてみる。刃紋の奥に、微かな輝きが揺れている。倒した相手の得物を継ぐということが、この世界でどういう意味を持つのか――まだ全てを分かっているわけではない。それでも、この刀を振るうたび、あの一騎打ちの重さを忘れずにいられる気がした。


「お前にゃ、新しく百人規模の部隊を任せることになる。編成は追って進めるが、又七の組は、そのままお前の下に組み込む形だ」


 郷田の言葉通り、翌日には早速、新しい部隊の編成が始まった。境界の砦に集まった新兵たちの中から、何人かがゼフィロの部隊に割り振られてくる。


「よろしくお願いします、物頭殿」


 列の中から進み出てきたのは、黒髪を長く伸ばした、清楚な雰囲気の女性プレイヤーだった。緊張した面持ちながらも、その立ち姿には芯の通ったものがある。


「ユキハナと申します。回復と支援が得意です。お役に立てるよう、頑張ります」


「よろしく。無理はしないでいいから」


 ゼフィロがそう返すと、ユキハナは少し驚いたように目を丸くしてから、小さく微笑んだ。


「ありがとうございます。……みんなが生きて帰れるように、精一杯やります」


 その言葉に、ゼフィロは小さく頷いた。初日の自分たちがそうだったように、また一人、何者でもない場所から歩き始める仲間が増えていく。


「なあ、ゼフィロ、これ見たか?」


 編成の合間、トビキリが待ちきれない様子で声をかけてきた。


「お前が物頭になった話、もう掲示板に出回ってるぞ。それで見つけたんだけど……こんな機能、いつの間にできてたんだ?」


 トビキリが視界を共有してくる。掲示板の一角に、これまで見たことのない項目が追加されていた。


【新機能「戦功ランキング」が実装されました】


 ウィンドウには、討伐数、戦功、統率力、称号取得数など、様々な指標で順位付けされた一覧が表示されていた。トビキリが呼び出したのは「討伐貢献ランキング(日本方面)」だった。同じ言語圏に属するプレイヤーなら誰でも閲覧できる、公開された順位表らしい。


【討伐貢献ランキング(日本方面)】


1位 テンペスト 貢献値:8,420

2位 ヤコウ 貢献値:7,955

3位 ガンテツ 貢献値:6,102

(中略)

19位 ゼフィロ 貢献値:3,480


「うおっ、お前の名前もしっかり載ってるじゃねえか!」


 トビキリが声を上げる。ゼフィロは自分の名前を見つけ、複雑な気持ちになった。


「テンペストにヤコウ、ガンテツ……名前だけは聞いたことあるな」


「掲示板じゃ結構話題になってる連中だよ。テンペストとヤコウはもうそれぞれ違う拠点で昇格レースの最前線らしい。ガンテツは確か、統率と戦略で名を上げてるとか」


 ゼフィロは画面の上位に並ぶ名前を見つめた。まだ見ぬ誰かたちが、同じ世界のどこかで、自分よりずっと先を走っている。その事実が、静かな闘志に変わっていく。


 その時、視界の端に、見慣れない通知アイコンが点滅した。


【メッセージを受信しました】

差出人:ガンテツ


 プレイヤー同士で個別に連絡を取り合える機能自体は、最初から用意されていたはずだった。ただ、これまで使う相手も機会もなかっただけだ。ゼフィロは名前を見て、思わず目を見開いた。ゲーム内では初めて見る名だが、現実で知らない名前ではない。


「……ガンテツって、まさか」


 開いたメッセージには、簡潔な一文が記されていた。


『おい、ランキング機能できたばっかなのに、もう19位にゼフィロっているんだけど。これ、蓮だよな? リリース前に一緒にやろうって言ってたのに、気づいたら全然違う場所で戦ってたし、まさかいきなりこんなことになってるとは思わなかった――健太』


 署名に添えられた本名に、ゼフィロは思わず息を呑んだ。ゼフィロというのは、蓮が別のゲームの頃から使い続けているコテハンだった。同じ高校のeスポーツ部の先輩、田中健太とは、このゲームのリリース前から「一緒にやろう」と話していた仲だった。ワールド分けのランダム性のせいで、気づけば互いに離れた場所からのスタートになっていたが、まさかこんな形で先に見つかるとは思っていなかった。


「知り合いか?」


 トビキリの問いに、ゼフィロは頷いた。


「同じ部活の先輩だ。リリース前から一緒にやろうって話してたんだけど、気づいたら別々の場所に飛ばされてた」


 この世界は、思っていたよりもずっと近くて、ずっと広い。まだ会ったことのない誰かと、いつかどこかで肩を並べることになるかもしれない。その予感に、ゼフィロは小さく胸を高鳴らせた。


「なあ、ゼフィロ」


 新しい部隊の面々が散っていくのを眺めながら、トビキリが並んで歩きながら言った。


「お前が物頭で、俺たちがその下、か。なんか、あっという間だったな」


「そうか?」


「だって、始めた日は横並びだったろ。今はもう、随分先に行っちまった感じがする」


 その言葉に、ゼフィロは少し考えてから答えた。


「別に、先に行くつもりはない。俺一人が強くなったところで、意味なんかない」


 ヒナギクとリオンも、少し離れたところから歩いてくる。


「私たちも、置いていかれるつもりはないから」


 ヒナギクが胸を張って言う。リオンも小さく、それでもはっきりと頷いた。


「頑張ります。ちゃんと、ついていけるように」


 その言葉に、ゼフィロは小さく笑った。ランキングの上位に並ぶ、まだ見ぬ誰かたちの名前が頭を過ぎる。追いつくべき背中は、まだ遠い。それでも、隣を歩く仲間がいる限り、その道のりも悪くないと思えた。


 新しく手にした刀を鞘に収め、采配を握る手に、改めて力を込める。ゼフィロは静かに拳を握った。


ゼフィロ

クラス:足軽 → 物頭(NEW)

Lv:15


【ステータス】

HP(体力):380(昇格+15)

MP(魔力):120

SP(気力):164

ATK(攻撃力):80(昇格+3/装備+10)

DEF(防御力):47(昇格+3/装備+5)

DEX(器用):37

AGI(敏捷):43

LUK(幸運):26

統率:31(昇格+15/装備+5)

知略:8

カリスマ:8(装備+3)


【装備】

武器:盛俊の佩刀

サブ武器:なし

頭防具:なし

胴防具:物頭の陣羽織

腕防具:なし

脚防具:なし

アクセサリー:采配


【称号】

初陣の勇士、初陣の兵、境界の砦の守備兵、哨戒の目、敵将討取


【スキル】

斬り込み、受け流し、紅蓮の一閃、突撃命令(NEW)


【ヒスト】

赤備えの若武者(第2段階)


所属:徳川方「境界の砦」守備隊


・大久保忠世(戦国〜安土桃山時代)

徳川家康を支え、数々の激戦を勝ち抜いた徳川郷土の功臣(徳川十六神将の一人)


・平盛俊(平安時代末期)

源平合戦(治承・寿永の乱)で活躍した平家一門の猛将


ヒストNPCは今後も紹介していきます。

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