第6話 境界の砦、討伐戦
境界偵察の翌朝、砦は普段とは違う慌ただしさに包まれていた。物資を運ぶ荷車が何台も行き交い、兵たちが甲冑を身につけながら広場へと集まっていく。
朝食の席で、又七がふらりと現れた。
「戦だ」
短いその一言に、四人の箸が止まった。
視界に、まとまった通知が浮かんだ。
【新規クエスト「平家方主力、討伐戦」が発生しました】
【クエスト詳細】
「平家方主力、討伐戦」
境界の砦、周辺三拠点合同での大規模合戦。偵察で得た情報をもとに、平家方主力の進軍を迎え撃つ。
この一戦に敗れれば、境界の砦を含む三拠点が同時に陥落する恐れがある。
参加兵力:徳川方およそ千二百、平家方およそ八百と推定
達成条件:戦場において生還し、可能な限り戦功を挙げる
「これまでの防衛戦や偵察とは、規模が違う。境界の砦、周辺の三拠点、合わせて千を超える兵が今日動く。この規模になると、郷田様一人の下にゃまとまらねえ。三拠点の物頭をまとめる、大久保忠世様という御方が全軍の指揮を執られる」
「大久保……なんか、聞いたことある気がするな」
トビキリが首を捻る。ゼフィロも似たような感覚を覚えていた。
「もしかして、本物っていうか……歴史上の人物、そのものってことですか」
ゼフィロの問いに、又七は少し考えるように顎に手をやった。
「さあな。俺にも本当のところは分からねえ。ただ、有名な英雄ほど、その名と姿のままヒストとして現れることがあるらしい、って話は聞いたことがある。俺たちが名前を知ってるくらいだ、それなりに名の通った御方なんだろうな」
ゼフィロは小さく頷いた。無名から始まる自分たちとは違う、最初から歴史上の名を宿している存在がいるかもしれない。この世界の奥深さを、また一つ実感する。
「郷田さんより、さらに上の人がいるんですね」
「物頭が率いられるのは、せいぜい百かそこらだ。千を超える兵をまとめるとなりゃ、また格の違う御方が必要になる」
砦の広場には、見たこともない数の兵が集結していた。旗印が何本も立ち並び、隊列を整える怒声があちこちから飛び交っている。ひときわ大きな旗の下、馬上で全体を見渡す壮年の武者の姿が見えた。視界の端に、その人物の情報が浮かぶ。
大久保忠世
クラス:侍大将
Lv:42
「あれが、大久保様……」
その数値だけで、これまで見てきたどの相手とも格が違うことが分かった。ゼフィロたちの組は、二十を超える他の組と合流し、一つの大きな部隊へと編成し直された。
「新顔か。よろしくな」
隣に並んだ屈強な男が、気安く声をかけてくる。組の枠を超えて、見知らぬ顔ぶれと肩を並べることになった。
「隊列、整えろ! 槍、盾、剣士、弓、それぞれ持ち場に着け!」
郷田の号令一下、兵たちが、幾重もの横列を組み上げていく。その光景は、これまで見てきたどの戦いとも違う、圧倒的な迫力を持っていた。
大隊は、朝の光を背に、平家方の陣地へと進軍を開始した。地響きのような足音が、地を揺らす。
やがて視界の先に、平家方の大軍が姿を現した。想定していたより早い展開に、周囲の空気が一段と張り詰める。
【平家方主力との交戦が発生します】
「全軍、前進!」
大久保忠世の号令が、拡声された声のように戦場全体に響き渡った。両軍の先頭がぶつかり合う。
最初の衝突は、これまでとは比較にならない轟音だった。槍と槍がぶつかり合う金属音、盾を叩く衝撃音、無数の怒号と悲鳴。視界のあちこちで、味方と敵が入り乱れて戦っている。
目の前に飛び込んできた敵は、まだ動きが硬い若い雑兵だった。
平家雑兵
クラス:郎党
Lv:1
考える間もなく、体が動いた。刀を薙ぎ払い、二人を同時に斬り伏せる。返す刀で、横から迫った三人目を弾き飛ばした。振り向きざま、四人目の胴を貫く。数を数える余裕はない。立ち止まれば、そこが死に場所になる。ゼフィロは戦場の奔流に身を任せ、次から次へと現れる雑兵たちを斬り倒していった。
「ゼフィロ、右!」
トビキリの声に反応し、体を捻ってかわす。敵の刃が頬を掠めた。痛みを感じる暇もなく、すれ違いざまに刀を返す。一人、また一人、また一人。何人斬ったのか、途中から数えることをやめていた。気づけば、視界に通知が次々と積み重なっていた。
【LEVEL UP!】
ゼフィロ:Lv.2 → Lv.3
全ステータスが上昇しました
【LEVEL UP!】
ゼフィロ:Lv.3 → Lv.5
全ステータスが上昇しました
【LEVEL UP!】
ゼフィロ:Lv.5 → Lv.7
全ステータスが上昇しました
【LEVEL UP!】
ゼフィロ:Lv.7 → Lv.10
全ステータスが上昇しました
立て続けに視界を埋め尽くす通知を横目に、ゼフィロは息を切らしながらも、確かな成長を全身で感じ取っていた。動きが軽い。刀の重さが、最初とは違う。
「後ろ、二人来てる!」
トビキリの声に振り返る間もなく、彼自身が懐から何かを取り出し、地面に叩きつけた。
「目くらまし、いっとくぞ!」
白い粉煙が広がり、迫っていた二人の敵兵が目をこすりながらよろめいた。トビキリが新しく身につけたばかりの技だった。
「今だ! ヒナギク!」
ヒナギクの槍が、視界を奪われた敵の胴を正確に突き刺す。
「トビキリ、いつの間にそんなの!」
「商人系のヒストにも、色々あるんだよ。金で買った道具くらい使わせろ」
トビキリはそう言って笑ったが、その手はまだ微かに震えていた。それでも、これまでの「気づくだけ」の自分から、確かに一歩踏み出していた。
少し離れた場所では、ヒナギクが三人の敵兵に同時に囲まれていた。だが、慌てる様子はない。槍の柄を大きく回し、石突きで一人の足を払うと、そのまま穂先を返して二人目の喉元を突く。最後の一人が怯んだ隙を逃さず、槍を横薙ぎに払って弾き飛ばした。三人がほぼ同時に地に倒れる。
「あなたたちじゃ、相手にならない」
静かにそう言い放つ横顔は、初日に震えていた新兵とは思えないほど、凛としていた。
その近くでは、リオンが倒れ込んだ味方のプレイヤーを庇うように、正面から三人の敵兵を一人で受け止めていた。
「立って、動いてください! ここは、通させません!」
剣を両手で構え、次々と振るわれる刃を必死に捌く。一撃、また一撃と受けるたびに、腕が悲鳴を上げる。それでも、後ろの味方が体勢を立て直すまで、リオンはその場を動かなかった。味方が起き上がった瞬間、リオンは大きく踏み込んで一人を斬り伏せる。
「今なら、いけます!」
その声に、体勢を整えた味方が加勢し、残る二人も程なく崩れ落ちた。
戦線は一進一退を繰り返していた。周囲では、味方も敵も次々に倒れていく。数えることさえ意味を失うほどの、剥き出しの乱戦だった。
「押し返せ! 気を抜くな!」
又七の声が、味方の隊列を鼓舞する。彼自身も、次々と敵を切り伏せていた。
その時、敵陣の奥から一際目を引く一団が現れた。統制の取れた歩調、揃いの甲冑。先頭に立つ武者の姿に、視界の端で情報が浮かぶ。
平盛俊
クラス:侍大将
Lv:25
「平盛俊……確か、掲示板の誰かが名前だけ書いてたな」
トビキリが記憶を辿るように呟く。郷田はすぐさま険しい顔で頷いた。
「知っててもおかしくねえ。平家の中じゃ、そこそこ名の通った将だったはずだ。……この一帯を仕切ってる指揮官、間違いねえな。俺が抑える、道を開けろ!」
郷田が斬り込んでいく。刃と薙刀が激しくぶつかり合った。
「うおおっ!」
郷田の一撃が、盛俊の籠手を掠める。浅いが、確かな傷だった。
「ほう、やるな」
盛俊が愉快そうに口の端を歪める。だが、その余裕こそが、格の違いを物語っていた。二合、三合と打ち合ううちに、郷田の息が次第に上がっていく。
「ぐっ……!」
四合目、薙刀の重い一撃を受け、郷田が片膝をつく。全力を尽くしてなお、届かなかった。
「郷田様!」
又七が叫んで駆け寄ろうとするが、周囲の敵兵に阻まれて前に進めない。
その光景を見た瞬間、ゼフィロの中で何かが弾けた。目の前の敵を斬り伏せ、地を蹴る。
「ゼフィロ、待て!」
トビキリの声を背に、ゼフィロは盛俊へと真っ直ぐに駆けていった。
「――ここは、通さない!」
振り下ろされる薙刀の一撃を、ゼフィロは横に転がってかわす。地面を蹴って立ち上がりざま、刀を構え直した。
「小僧が、邪魔をするか」
盛俊の視線が、初めてゼフィロを捉えた。放たれる圧が、これまでの敵とは比較にならない。それでも、足は止まらなかった。
薙刀の二撃目が、唸りを上げて振るわれる。ゼフィロは刃の角度を変え、力を横へと逃がした。
「――受け流し!」
【受け流し 発動】
衝撃が逸れ、盛俊の巨体がわずかに泳ぐ。その隙に踏み込み、刀を振るう。
「――斬り込み!」
刀身にわずかな紅い光が滲む。ヒスト付与の瞬間に見た、あの色だった。
【SKILL HIT!】平盛俊 に 48 のダメージ!
「今の光……」
盛俊が、一瞬だけ目を眇めた。
「まだだ!」
振り下ろされた薙刀の三撃目を、ゼフィロは受け流しきれず、まともに肩で受けてしまう。
【HP残量注意】ゼフィロ:HP 270 → 140
骨まで響くような衝撃に、視界が一瞬揺れた。それでも、膝をつくわけにはいかなかった。歯を食いしばり、体勢を立て直す。
「まだ、立てるか」
盛俊の言葉に、ゼフィロは答える代わりに刀を構え直した。呼吸を整え、相手の動きを見極める。攻撃の後、必ず一瞬だけ体重が右足に偏る癖がある。案山子で覚えた見極めの感覚が、格上の相手にも通用していた。
四合目、五合目と刃を交わすうち、ゼフィロは何度も肌を掠める傷を負いながらも、少しずつ相手の呼吸を読み始めていた。
「――そこ!」
右足に体重が乗った瞬間を狙い、ゼフィロは低く踏み込んだ。
「――斬り込み!」
【SKILL HIT!】平盛俊 に 55 のダメージ!
「くっ……!」
初めて、盛俊の体が大きく傾いだ。だが、それでも倒れない。反撃の拳が、ゼフィロの脇腹を捉えた。
【HP残量注意】ゼフィロ:HP 140 → 58
視界の端に赤く点滅する警告が浮かぶ。息が詰まり、足元がふらつく。それでも、ここで退くわけにはいかなかった。郷田が命を懸けて作った隙を、無駄にはできない。
膝をつきかけた盛俊が、その一瞬の隙にも刀身の紅を睨むように見た。
「その光……今のお前が宿せるものじゃないはずだが」
その一言に、ゼフィロは一瞬だけ動きを止めそうになった。盛俊が何を見て、何を知っているのか。考える余裕はなかった。
「これで――終わりだ!」
盛俊が体勢を崩したまま振るう最後の一撃を、ゼフィロは紙一重でかわす。がら空きになった胴へ、渾身の一撃を叩き込んだ。
「――斬り込み!」
【SKILL HIT!】平盛俊 を撃破しました!
巨体が、地響きを立てて崩れ落ちる。指揮官を失った平家方の隊列が、目に見えて乱れ始めた。
「今だ! 押し込め!」
郷田が痛む体を押して立ち上がり、声を張り上げた。その号令に、味方全体が奮い立つ。戦況は一気にこちらへと傾いていった。やがて、敵の隊列が完全に崩壊し、平家方は退却を始めた。
視界に、これまでにない量の通知が一斉に弾けた。
【LEVEL UP!】
ゼフィロ:Lv.10 → Lv.15
全ステータスが上昇しました
称号「敵将討取」を獲得しました
【敵将討取】
称号
効果:ATK+5、統率+3
解説:敵の指揮官を自らの手で打ち倒した者に贈られる称号。数百の兵の中で、その一撃が戦局そのものを動かしたことの証。
膝に手をつき、荒い息を吐きながら、ゼフィロは崩れ落ちた盛俊を見下ろした。全身が悲鳴を上げていたが、それ以上に、確かな充実感があった。
「……やった、のか」
駆け寄ってきたトビキリが、信じられないという顔でゼフィロを見た。
「お前、いきなり突っ込んでいったと思ったら……無茶苦茶だろ、その怪我」
「郷田さんが危なかったから」
「それにしたって……」
呆れたように笑うトビキリの声には、それでも確かな驚嘆が滲んでいた。ヒナギクとリオンも駆け寄ってくる。
「無事ですか? すごい怪我」
ヒナギクが脇腹の傷を心配そうに覗き込む。
「大丈夫。動ける」
郷田が、ゆっくりと近づいてきた。まだ痛みが残るのか、片手で脇腹を押さえている。
「助かったぞ、ゼフィロ。……あそこまで押し込んでおきながら、あと一歩が届かなかった。悔しいが、お前がいなけりゃ俺はここで終わってた」
「郷田さんが崩してくれたから、隙ができたんです。俺一人じゃ無理でした」
少し離れた場所から、馬を降りた大久保忠世がこちらへと歩いてきた。全軍を率いる者らしい、落ち着いた足取りだった。
「郷田、この者が敵将を討ったのか」
「はい、大久保様。私が崩し、この者が仕留めました」
大久保忠世は、値踏みするようにゼフィロを一瞥した。
「名は」
「ゼフィロです」
「ゼフィロか。よく戦った。名は覚えておく」
それだけ言うと、彼はすぐさま踵を返し、戦場全体を見渡せる高台へと馬を進めた。そして、太い声を張り上げる。
「聞け、全軍! 敵の総大将、平盛俊を討ち取ったのはゼフィロである!」
簡潔なその一言が、戦場の空気を一変させた。周囲の兵たちから、どよめきと歓声が一斉に上がる。
「うおおおっ、ゼフィロ!」
見知らぬ兵たちの視線が、一斉にこちらへと集まった。
「……なんか、すごいことになってません?」
リオンが困惑したように呟く。ゼフィロ自身も、この状況にまだ実感が追いついていなかった。
「よくやった、全軍! 総大将を討ち取ったんだ、この一帯の平家方はもう纏まりを失った! 当面、この方面から攻めてくることはねえだろう!」
郷田の声に、周囲から改めて歓声が上がる。戦場に、勝鬨とも安堵ともつかない声が広がっていった。
その時、ゼフィロの視界に、これまで見たことのない通知が静かに浮かび上がった。
【ヒスト進化条件を確認しました】
ヒスト進化シーケンス、開始します
体の奥から、あの日と同じ紅い光が滲み出してくる。ヒスト付与の瞬間に見た、深く沈んだ紅。円を描くように並んだ六つの粒の紋章が、ゼフィロの視界に淡く浮かび上がった。光は徐々に形を変え、紋章の中央に、新たな文字を刻んでいく。
【ヒスト進化完了】
無名の武士(第1段階) → 赤備えの若武者(第2段階)
進化ボーナス:ATK+5、DEF+3、AGI+3、HP+20
新規スキル「紅蓮の一閃」を習得しました
紅蓮の一閃
分類:アクティブスキル(近接・上級)
消費MP:15
効果:斬り込みを上回る威力の一撃を放つ
解説:赤備えの若武者としての力が、刃に宿り始めた証。振るうたびに纏う紅が、そのまま斬撃の重さへと変わっていく。
「無名の武士」だった自分に、初めて名がついた。それが何を意味するのか、まだ全貌は見えていない。それでも、体の奥から込み上げてくる高揚感だけは、確かなものだった。
「ゼフィロ、お前、なんか光ってなかったか」
トビキリの問いに、ゼフィロは自分の掌を見下ろしながら答えた。
「ヒストが、進化したみたいだ」
「マジかよ! 俺たちの中で一番乗りじゃねえか!」
興奮気味のトビキリに、ヒナギクとリオンも驚いた顔を向けてくる。
燃え尽きぬ緊張と、新しい名を得た高揚、そして全軍からの視線を同時に抱えたまま、ゼフィロたちは血に染まった戦場を後にした。
ゼフィロ
クラス:足軽(徳川方「境界の砦」守備隊 所属)
Lv:2 → 15(+13)
HP(体力):150 → 365(+215)
MP(魔力):55 → 120(+65)
SP(気力):60 → 164(+104)
ATK(攻撃力):18 → 67(+49)
DEF(防御力):10 → 39(+29)
DEX(器用):11 → 37(+26)
AGI(敏捷):14 → 43(+29)
LUK(幸運):13 → 26(+13)
統率:8 → 11(+3)
知略:8
カリスマ:5
所持称号:初陣の勇士、初陣の兵、境界の砦の守備兵、哨戒の目、敵将討取(NEW)
習得スキル:斬り込み、受け流し、紅蓮の一閃(NEW)
所持ヒスト:無名の武士(第1段階) → 赤備えの若武者(第2段階)(NEW)
所属:徳川方「境界の砦」守備隊
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