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『VR英雄大戦:Historia Online』  作者: 黒豚
第1章 無名編
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6/10

第6話 境界の砦、討伐戦

 境界偵察の翌朝、砦は普段とは違う慌ただしさに包まれていた。物資を運ぶ荷車が何台も行き交い、兵たちが甲冑を身につけながら広場へと集まっていく。


 朝食の席で、又七がふらりと現れた。


「戦だ」


 短いその一言に、四人の箸が止まった。


 視界に、まとまった通知が浮かんだ。


【新規クエスト「平家方主力、討伐戦」が発生しました】


【クエスト詳細】

「平家方主力、討伐戦」


境界の砦、周辺三拠点合同での大規模合戦。偵察で得た情報をもとに、平家方主力の進軍を迎え撃つ。

この一戦に敗れれば、境界の砦を含む三拠点が同時に陥落する恐れがある。

参加兵力:徳川方およそ千二百、平家方およそ八百と推定


達成条件:戦場において生還し、可能な限り戦功を挙げる


「これまでの防衛戦や偵察とは、規模が違う。境界の砦、周辺の三拠点、合わせて千を超える兵が今日動く。この規模になると、郷田様一人の下にゃまとまらねえ。三拠点の物頭をまとめる、大久保忠世様という御方が全軍の指揮を執られる」


「大久保……なんか、聞いたことある気がするな」


 トビキリが首を捻る。ゼフィロも似たような感覚を覚えていた。


「もしかして、本物っていうか……歴史上の人物、そのものってことですか」


 ゼフィロの問いに、又七は少し考えるように顎に手をやった。


「さあな。俺にも本当のところは分からねえ。ただ、有名な英雄ほど、その名と姿のままヒストとして現れることがあるらしい、って話は聞いたことがある。俺たちが名前を知ってるくらいだ、それなりに名の通った御方なんだろうな」


 ゼフィロは小さく頷いた。無名から始まる自分たちとは違う、最初から歴史上の名を宿している存在がいるかもしれない。この世界の奥深さを、また一つ実感する。


「郷田さんより、さらに上の人がいるんですね」


「物頭が率いられるのは、せいぜい百かそこらだ。千を超える兵をまとめるとなりゃ、また格の違う御方が必要になる」


 砦の広場には、見たこともない数の兵が集結していた。旗印が何本も立ち並び、隊列を整える怒声があちこちから飛び交っている。ひときわ大きな旗の下、馬上で全体を見渡す壮年の武者の姿が見えた。視界の端に、その人物の情報が浮かぶ。


大久保忠世

クラス:侍大将

Lv:42


「あれが、大久保様……」


 その数値だけで、これまで見てきたどの相手とも格が違うことが分かった。ゼフィロたちの組は、二十を超える他の組と合流し、一つの大きな部隊へと編成し直された。


「新顔か。よろしくな」


 隣に並んだ屈強な男が、気安く声をかけてくる。組の枠を超えて、見知らぬ顔ぶれと肩を並べることになった。


「隊列、整えろ! 槍、盾、剣士、弓、それぞれ持ち場に着け!」


 郷田の号令一下、兵たちが、幾重もの横列を組み上げていく。その光景は、これまで見てきたどの戦いとも違う、圧倒的な迫力を持っていた。


 大隊は、朝の光を背に、平家方の陣地へと進軍を開始した。地響きのような足音が、地を揺らす。


 やがて視界の先に、平家方の大軍が姿を現した。想定していたより早い展開に、周囲の空気が一段と張り詰める。


【平家方主力との交戦が発生します】


「全軍、前進!」


 大久保忠世の号令が、拡声された声のように戦場全体に響き渡った。両軍の先頭がぶつかり合う。


 最初の衝突は、これまでとは比較にならない轟音だった。槍と槍がぶつかり合う金属音、盾を叩く衝撃音、無数の怒号と悲鳴。視界のあちこちで、味方と敵が入り乱れて戦っている。


 目の前に飛び込んできた敵は、まだ動きが硬い若い雑兵だった。


平家雑兵

クラス:郎党

Lv:1


 考える間もなく、体が動いた。刀を薙ぎ払い、二人を同時に斬り伏せる。返す刀で、横から迫った三人目を弾き飛ばした。振り向きざま、四人目の胴を貫く。数を数える余裕はない。立ち止まれば、そこが死に場所になる。ゼフィロは戦場の奔流に身を任せ、次から次へと現れる雑兵たちを斬り倒していった。


「ゼフィロ、右!」


 トビキリの声に反応し、体を捻ってかわす。敵の刃が頬を掠めた。痛みを感じる暇もなく、すれ違いざまに刀を返す。一人、また一人、また一人。何人斬ったのか、途中から数えることをやめていた。気づけば、視界に通知が次々と積み重なっていた。


【LEVEL UP!】

ゼフィロ:Lv.2 → Lv.3

全ステータスが上昇しました


【LEVEL UP!】

ゼフィロ:Lv.3 → Lv.5

全ステータスが上昇しました


【LEVEL UP!】

ゼフィロ:Lv.5 → Lv.7

全ステータスが上昇しました


【LEVEL UP!】

ゼフィロ:Lv.7 → Lv.10

全ステータスが上昇しました


 立て続けに視界を埋め尽くす通知を横目に、ゼフィロは息を切らしながらも、確かな成長を全身で感じ取っていた。動きが軽い。刀の重さが、最初とは違う。


「後ろ、二人来てる!」


 トビキリの声に振り返る間もなく、彼自身が懐から何かを取り出し、地面に叩きつけた。


「目くらまし、いっとくぞ!」


 白い粉煙が広がり、迫っていた二人の敵兵が目をこすりながらよろめいた。トビキリが新しく身につけたばかりの技だった。


「今だ! ヒナギク!」


 ヒナギクの槍が、視界を奪われた敵の胴を正確に突き刺す。


「トビキリ、いつの間にそんなの!」


「商人系のヒストにも、色々あるんだよ。金で買った道具くらい使わせろ」


 トビキリはそう言って笑ったが、その手はまだ微かに震えていた。それでも、これまでの「気づくだけ」の自分から、確かに一歩踏み出していた。


 少し離れた場所では、ヒナギクが三人の敵兵に同時に囲まれていた。だが、慌てる様子はない。槍の柄を大きく回し、石突きで一人の足を払うと、そのまま穂先を返して二人目の喉元を突く。最後の一人が怯んだ隙を逃さず、槍を横薙ぎに払って弾き飛ばした。三人がほぼ同時に地に倒れる。


「あなたたちじゃ、相手にならない」


 静かにそう言い放つ横顔は、初日に震えていた新兵とは思えないほど、凛としていた。


 その近くでは、リオンが倒れ込んだ味方のプレイヤーを庇うように、正面から三人の敵兵を一人で受け止めていた。


「立って、動いてください! ここは、通させません!」


 剣を両手で構え、次々と振るわれる刃を必死に捌く。一撃、また一撃と受けるたびに、腕が悲鳴を上げる。それでも、後ろの味方が体勢を立て直すまで、リオンはその場を動かなかった。味方が起き上がった瞬間、リオンは大きく踏み込んで一人を斬り伏せる。


「今なら、いけます!」


 その声に、体勢を整えた味方が加勢し、残る二人も程なく崩れ落ちた。


 戦線は一進一退を繰り返していた。周囲では、味方も敵も次々に倒れていく。数えることさえ意味を失うほどの、剥き出しの乱戦だった。


「押し返せ! 気を抜くな!」


 又七の声が、味方の隊列を鼓舞する。彼自身も、次々と敵を切り伏せていた。


 その時、敵陣の奥から一際目を引く一団が現れた。統制の取れた歩調、揃いの甲冑。先頭に立つ武者の姿に、視界の端で情報が浮かぶ。


平盛俊

クラス:侍大将

Lv:25


「平盛俊……確か、掲示板の誰かが名前だけ書いてたな」


 トビキリが記憶を辿るように呟く。郷田はすぐさま険しい顔で頷いた。


「知っててもおかしくねえ。平家の中じゃ、そこそこ名の通った将だったはずだ。……この一帯を仕切ってる指揮官、間違いねえな。俺が抑える、道を開けろ!」


 郷田が斬り込んでいく。刃と薙刀が激しくぶつかり合った。


「うおおっ!」


 郷田の一撃が、盛俊の籠手を掠める。浅いが、確かな傷だった。


「ほう、やるな」


 盛俊が愉快そうに口の端を歪める。だが、その余裕こそが、格の違いを物語っていた。二合、三合と打ち合ううちに、郷田の息が次第に上がっていく。


「ぐっ……!」


 四合目、薙刀の重い一撃を受け、郷田が片膝をつく。全力を尽くしてなお、届かなかった。


「郷田様!」


 又七が叫んで駆け寄ろうとするが、周囲の敵兵に阻まれて前に進めない。


 その光景を見た瞬間、ゼフィロの中で何かが弾けた。目の前の敵を斬り伏せ、地を蹴る。


「ゼフィロ、待て!」


 トビキリの声を背に、ゼフィロは盛俊へと真っ直ぐに駆けていった。


「――ここは、通さない!」


 振り下ろされる薙刀の一撃を、ゼフィロは横に転がってかわす。地面を蹴って立ち上がりざま、刀を構え直した。


「小僧が、邪魔をするか」


 盛俊の視線が、初めてゼフィロを捉えた。放たれる圧が、これまでの敵とは比較にならない。それでも、足は止まらなかった。


 薙刀の二撃目が、唸りを上げて振るわれる。ゼフィロは刃の角度を変え、力を横へと逃がした。


「――受け流し!」


【受け流し 発動】


 衝撃が逸れ、盛俊の巨体がわずかに泳ぐ。その隙に踏み込み、刀を振るう。


「――斬り込み!」


 刀身にわずかな紅い光が滲む。ヒスト付与の瞬間に見た、あの色だった。


【SKILL HIT!】平盛俊 に 48 のダメージ!


「今の光……」


 盛俊が、一瞬だけ目を眇めた。


「まだだ!」


 振り下ろされた薙刀の三撃目を、ゼフィロは受け流しきれず、まともに肩で受けてしまう。


【HP残量注意】ゼフィロ:HP 270 → 140


 骨まで響くような衝撃に、視界が一瞬揺れた。それでも、膝をつくわけにはいかなかった。歯を食いしばり、体勢を立て直す。


「まだ、立てるか」


 盛俊の言葉に、ゼフィロは答える代わりに刀を構え直した。呼吸を整え、相手の動きを見極める。攻撃の後、必ず一瞬だけ体重が右足に偏る癖がある。案山子で覚えた見極めの感覚が、格上の相手にも通用していた。


 四合目、五合目と刃を交わすうち、ゼフィロは何度も肌を掠める傷を負いながらも、少しずつ相手の呼吸を読み始めていた。


「――そこ!」


 右足に体重が乗った瞬間を狙い、ゼフィロは低く踏み込んだ。


「――斬り込み!」


【SKILL HIT!】平盛俊 に 55 のダメージ!


「くっ……!」


 初めて、盛俊の体が大きく傾いだ。だが、それでも倒れない。反撃の拳が、ゼフィロの脇腹を捉えた。


【HP残量注意】ゼフィロ:HP 140 → 58


 視界の端に赤く点滅する警告が浮かぶ。息が詰まり、足元がふらつく。それでも、ここで退くわけにはいかなかった。郷田が命を懸けて作った隙を、無駄にはできない。


 膝をつきかけた盛俊が、その一瞬の隙にも刀身の紅を睨むように見た。


「その光……今のお前が宿せるものじゃないはずだが」


 その一言に、ゼフィロは一瞬だけ動きを止めそうになった。盛俊が何を見て、何を知っているのか。考える余裕はなかった。


「これで――終わりだ!」


 盛俊が体勢を崩したまま振るう最後の一撃を、ゼフィロは紙一重でかわす。がら空きになった胴へ、渾身の一撃を叩き込んだ。


「――斬り込み!」


【SKILL HIT!】平盛俊 を撃破しました!


 巨体が、地響きを立てて崩れ落ちる。指揮官を失った平家方の隊列が、目に見えて乱れ始めた。


「今だ! 押し込め!」


 郷田が痛む体を押して立ち上がり、声を張り上げた。その号令に、味方全体が奮い立つ。戦況は一気にこちらへと傾いていった。やがて、敵の隊列が完全に崩壊し、平家方は退却を始めた。


 視界に、これまでにない量の通知が一斉に弾けた。


【LEVEL UP!】

ゼフィロ:Lv.10 → Lv.15

全ステータスが上昇しました


称号「敵将討取」を獲得しました


【敵将討取】

称号

効果:ATK+5、統率+3

解説:敵の指揮官を自らの手で打ち倒した者に贈られる称号。数百の兵の中で、その一撃が戦局そのものを動かしたことの証。


 膝に手をつき、荒い息を吐きながら、ゼフィロは崩れ落ちた盛俊を見下ろした。全身が悲鳴を上げていたが、それ以上に、確かな充実感があった。


「……やった、のか」


 駆け寄ってきたトビキリが、信じられないという顔でゼフィロを見た。


「お前、いきなり突っ込んでいったと思ったら……無茶苦茶だろ、その怪我」


「郷田さんが危なかったから」


「それにしたって……」


 呆れたように笑うトビキリの声には、それでも確かな驚嘆が滲んでいた。ヒナギクとリオンも駆け寄ってくる。


「無事ですか? すごい怪我」


 ヒナギクが脇腹の傷を心配そうに覗き込む。


「大丈夫。動ける」


 郷田が、ゆっくりと近づいてきた。まだ痛みが残るのか、片手で脇腹を押さえている。


「助かったぞ、ゼフィロ。……あそこまで押し込んでおきながら、あと一歩が届かなかった。悔しいが、お前がいなけりゃ俺はここで終わってた」


「郷田さんが崩してくれたから、隙ができたんです。俺一人じゃ無理でした」


 少し離れた場所から、馬を降りた大久保忠世がこちらへと歩いてきた。全軍を率いる者らしい、落ち着いた足取りだった。


「郷田、この者が敵将を討ったのか」


「はい、大久保様。私が崩し、この者が仕留めました」


 大久保忠世は、値踏みするようにゼフィロを一瞥した。


「名は」


「ゼフィロです」


「ゼフィロか。よく戦った。名は覚えておく」


 それだけ言うと、彼はすぐさま踵を返し、戦場全体を見渡せる高台へと馬を進めた。そして、太い声を張り上げる。


「聞け、全軍! 敵の総大将、平盛俊を討ち取ったのはゼフィロである!」


 簡潔なその一言が、戦場の空気を一変させた。周囲の兵たちから、どよめきと歓声が一斉に上がる。


「うおおおっ、ゼフィロ!」


 見知らぬ兵たちの視線が、一斉にこちらへと集まった。


「……なんか、すごいことになってません?」


 リオンが困惑したように呟く。ゼフィロ自身も、この状況にまだ実感が追いついていなかった。


「よくやった、全軍! 総大将を討ち取ったんだ、この一帯の平家方はもう纏まりを失った! 当面、この方面から攻めてくることはねえだろう!」


 郷田の声に、周囲から改めて歓声が上がる。戦場に、勝鬨とも安堵ともつかない声が広がっていった。


 その時、ゼフィロの視界に、これまで見たことのない通知が静かに浮かび上がった。


【ヒスト進化条件を確認しました】

ヒスト進化シーケンス、開始します


 体の奥から、あの日と同じ紅い光が滲み出してくる。ヒスト付与の瞬間に見た、深く沈んだ紅。円を描くように並んだ六つの粒の紋章が、ゼフィロの視界に淡く浮かび上がった。光は徐々に形を変え、紋章の中央に、新たな文字を刻んでいく。


【ヒスト進化完了】

無名の武士(第1段階) → 赤備えの若武者(第2段階)

進化ボーナス:ATK+5、DEF+3、AGI+3、HP+20

新規スキル「紅蓮の一閃」を習得しました


 紅蓮の一閃

 分類:アクティブスキル(近接・上級)

 消費MP:15

 効果:斬り込みを上回る威力の一撃を放つ

 解説:赤備えの若武者としての力が、刃に宿り始めた証。振るうたびに纏う紅が、そのまま斬撃の重さへと変わっていく。


 「無名の武士」だった自分に、初めて名がついた。それが何を意味するのか、まだ全貌は見えていない。それでも、体の奥から込み上げてくる高揚感だけは、確かなものだった。


「ゼフィロ、お前、なんか光ってなかったか」


 トビキリの問いに、ゼフィロは自分の掌を見下ろしながら答えた。


「ヒストが、進化したみたいだ」


「マジかよ! 俺たちの中で一番乗りじゃねえか!」


 興奮気味のトビキリに、ヒナギクとリオンも驚いた顔を向けてくる。


 燃え尽きぬ緊張と、新しい名を得た高揚、そして全軍からの視線を同時に抱えたまま、ゼフィロたちは血に染まった戦場を後にした。


ゼフィロ

クラス:足軽(徳川方「境界の砦」守備隊 所属)

Lv:2 → 15(+13)


HP(体力):150 → 365(+215)

MP(魔力):55 → 120(+65)

SP(気力):60 → 164(+104)


ATK(攻撃力):18 → 67(+49)

DEF(防御力):10 → 39(+29)

DEX(器用):11 → 37(+26)

AGI(敏捷):14 → 43(+29)

LUK(幸運):13 → 26(+13)


統率:8 → 11(+3)

知略:8

カリスマ:5


所持称号:初陣の勇士、初陣の兵、境界の砦の守備兵、哨戒の目、敵将討取(NEW)

習得スキル:斬り込み、受け流し、紅蓮の一閃(NEW)

所持ヒスト:無名の武士(第1段階) → 赤備えの若武者(第2段階)(NEW)

所属:徳川方「境界の砦」守備隊


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


面白かった、続きが気になる、ここが良かった等、

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次話もどうぞよろしくお願いいたします。

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