第5話 哨戒
翌朝、ゼフィロが目を覚ますと、窓の外はすでに白み始めていた。隣の寝台では、トビキリがまだ小さく寝息を立てている。もう一つの寝台では、リオンがすでに起き出し、静かに身支度を整えていた。
「起きろ、トビキリ。もう朝だぞ」
「んん……あと五分……」
揺すり起こしていると、廊下から控えめなノックが響いた。
「おはようございます。もう食堂、開いてますよ」
隣室から顔を出したのはヒナギクだった。すでに身支度を終え、いつも通り姿勢よく立っている。
「今行く」
三人で身支度を整え、食堂に向かった。すでに席についていたヒナギクと合流し、四人で簡単な朝食を済ませていると、又七が食堂に姿を見せた。
「よう、早いな」
軽く手を上げながら、四人の卓に腰を下ろす。
「今日の当番、うちの組から数人出してほしいって話が来てる。組は本来十人編成だが、偵察みたいな小規模任務じゃ、全員で動く必要はねえ。数名選んで出して、残りは砦の警備に回すのが普通だ」
又七はそう説明しながら、視界に詳細を送ってよこした。
【クエスト詳細】
「境界偵察」
昨日撃退した平家方別働隊の動向を確認するため、境界一帯を偵察してほしい
交戦は最小限に留め、情報収集を最優先とすること
達成条件:指定エリアを巡回し、報告を持ち帰る
報酬:経験値、戦功に応じた称号
「今回は、お前ら四人を推しといた。決めるのは俺じゃなく上だが、昨日の動き見てりゃ、まあ通るだろ」
「組頭さんは、行かないんですか」
ヒナギクが尋ねると、又七は苦笑いを浮かべた。
「いや、今回は俺も付いていく。お前ら、まだ正式な当番としちゃ一回目だ。いきなり四人だけで放り出すほど、こっちも無責任じゃねえよ」
その言葉に、ゼフィロは少し安堵した。慣れない任務を、頼れる相手と一緒にこなせるのは心強い。
「昨日追い払ったとはいえ、根城まで叩いたわけじゃねえ。奴らがどこに潜んでるか、どれくらいの規模で動いてるか、それを確かめてきてほしい」
「戦うのが目的じゃない、ってことですね」
ゼフィロの確認に、又七は頷いた。
「その通りだ。見つけても、極力戦闘は避けろ。お前らの役目は情報を持ち帰ることだ。……とはいえ、向こうも同じことを考えてるだろうから、鉢合わせしたらそれなりの覚悟はしとけ」
四人は身支度を整え、又七を先頭に砦の門をくぐった。朝の空気はひんやりと澄んでおり、昨日の戦の熱気が嘘のように静かだった。
草原を抜け、木立の中へと分け入っていく。先頭を歩くのは又七、その後ろにヒナギクとリオン、しんがりをゼフィロとトビキリが固める隊形だった。
「こういう時こそ、俺の出番だよな」
トビキリが小声で言いながら、周囲に神経を尖らせる。昨日の一件以来、彼の「気づき」の力は、組の中でも頼りにされ始めていた。
しばらく進んだところで、リオンが足を止めた。
「あの、これ、足跡だと思います」
地面に残された、複数人分の踏み跡。まだ新しい。又七がしゃがみ込んで確認する。
「三、四人ってとこだな。……方角からして、ここいらを見張ってた可能性がある」
緊張が四人の間に走る。ゼフィロは刀の柄に手をかけ、周囲を見回した。木々の隙間から差し込む朝日が、逆に視界を眩ませる。
「――そこにいるのは分かってる」
又七の声が、静かな木立に響いた。
一拍の静寂の後、木の陰から一人の影が飛び出した。
平家の物見
クラス:郎党
Lv:6
軽装に身を包んだ、身のこなしの軽い敵だった。防具らしい防具はほとんど身につけておらず、逃げることを前提とした装備なのが一目で分かる。案の定、敵はまっすぐこちらに向かってくるのではなく、包囲網の隙間を縫うようにして駆け抜けようとした。
「行かせません!」
ヒナギクが槍の柄を素早く返し、逃走経路を塞ぐように穂先を突き出す。だが敵は最小限の動きでそれをかわし、体勢を崩すことなく反転した。並みの敏捷ではない。
「――速い……!」
声に焦りを滲ませながらも、ヒナギクは体勢を立て直す。敵は今度はリオンの側へと進路を変えた。
「こっち、来ないでください!」
叫びながらも、リオンは咄嗟に剣を横に構えて壁になろうとした。敵はその剣を軽く弾き、体勢を崩させながらすり抜けようとする。だが、その一瞬の接触が、わずかに敵の速度を鈍らせた。
「そこ!」
その隙を、ゼフィロは見逃さなかった。地を蹴り、横合いから間合いを詰める。振るわれた短刀の一撃を、真正面から受けずに刃の角度をずらして受け流した。
【受け流し 発動】
衝撃が横に逸れ、敵の体勢がわずかに泳ぐ。だが、敵もそこで踏みとどまり、体を捻りながら二撃目を返してきた。ゼフィロはとっさに半歩下がってそれをかわし、着地と同時にもう一度間合いを詰める。
三合目、四合目と刃を交わすうち、ゼフィロは相手の動きの癖に気づいた。攻撃の後、必ず一度、大きく後方へ跳んで距離を取る。逃げに特化した動きだからこそ生まれる、防御の薄さだった。
「――斬り込み!」
跳び退ろうとする一瞬、その硬直を狙って踏み込む。刀身が弧を描き、防具のほとんどない胴を捉えた。
【SKILL HIT!】平家の物見 を撃破しました!
防御に回す力のほとんどない敵だったのだろう。一撃を受けきれず、そのまま地に崩れ落ちて動かなくなった。四人の間に、緊張と安堵が入り混じった沈黙が広がる。
「やった、んでしょうか」
リオンが呆然と呟く。ヒナギクが彼の肩をそっと叩いた。
「あなたが足止めしてくれたおかげだよ。ナイス」
「そう、ですかね」
自信なさげな返事だったが、その口元には、わずかな達成感が滲んでいた。
又七は倒れた敵の懐を検め、一枚の紙片を取り出した。目を通すなり、その表情が険しくなる。
紙片は、決して丁寧な作りではなかった。粗い麻紙に、木炭のような黒い線でいくつもの記号が書き込まれている。だが、その粗雑さとは裏腹に、線の一本一本には迷いがなかった。境界の砦らしき四角い印を中心に、周辺の拠点と思しき印が三つ、四つと並び、それぞれに小さく×印がつけられている。さらに、砦と砦を結ぶ細い線には、数を示すらしい漢数字がいくつも書き添えられていた。行軍経路と、投入兵力の見積もりだろう。片隅には、見たことのない紋――丸に三つ並んだ鱗のような意匠――が小さく記されている。
「……これは、まずいな」
「何か書いてあるんですか」
ゼフィロの問いに、又七は紙片を掲げてみせた。
「この一帯の砦の配置が記されてる。奴ら、思ってたより本格的に、この先を狙ってるみたいだ。……こいつは俺の判断で握りつぶせる話じゃねえ。すぐ持ち帰って、上に報告する」
その言葉に、四人の顔から緊張が抜けきらないまま、それぞれの表情が引き締まった。
「よくやった、お前ら」
又七はそう言うと、視界に達成通知を送ってよこした。
【クエストクリア】「境界偵察」
戦功記録:平家の物見1体撃破、敵方の偵察資料を確保
称号「哨戒の目」を獲得しました
称号
哨戒の目
効果:DEX+2、知略+2
解説:戦うことより、見極めることを選んだ者に贈られる称号。剣の腕だけが、戦場で価値を持つわけではないという証。
砦に戻ると、又七はその足で郷田のもとへと向かった。ゼフィロたちも、報告の場に同席するよう言われ、物頭の詰所へと通される。
郷田は紙片を机の上に広げ、しばらく無言のまま、×印の並びを指でなぞった。四つの拠点を結ぶ線の先に、微かに描き足されたような追加の書き込みがある。まるで、これから何かが起きる順番を示すかのように。
「……この配置、ただの偵察隊が持つには詳しすぎる」
「どういうことですか」
ゼフィロが尋ねると、郷田は険しい顔のまま口を開いた。
「これを描いたのは、下っ端の物見じゃねえ。もっと上の誰かが、この一帯を本格的に攻め落とすつもりで用意させたものだ。……平家方は、単なる小競り合いのつもりで来てるわけじゃなさそうだな」
部屋の空気が、一段と重くなった。
「境界の砦だけの話じゃすまねえかもしれん。周辺の拠点にも、警戒を強めるよう伝えてくれ」
郷田は側近らしきNPCにそう指示を出すと、改めてゼフィロたちに視線を向けた。
「お前らの働きで、事が早めに分かった。この砦にとっちゃ、十分すぎる功績だ。……だが、これで終わりじゃねえぞ。この先、もっと大きな戦になる可能性がある」
「今日はもう休め。次に何が起きても動けるよう、体を休めておくことだ」
郷田の言葉に、四人は頭を下げて詰所を後にした。
外へ出ると、又七が小さく息を吐いた。
「……正直、ここまで大事になるとは思ってなかった。だが、お前らが見つけてくれたおかげで、後手に回らずに済む」
「これから、どうなっていくんでしょう」
リオンの問いに、又七はしばらく黙り込んだ後、静かに答えた。
「分からねえ。だが、備えられるだけ備える。それしかできることはねえよ」
「なあ、辛気臭い顔すんなって。飯行こうぜ、腹減った」
トビキリの一言に、ヒナギクとリオンが小さく笑う。張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
四人は連れ立って、灯りが一つ、また一つと灯り始める砦の中へと戻っていった。
ゼフィロ
クラス:足軽(徳川方「境界の砦」守備隊 所属)
Lv:2
HP(体力):150
MP(魔力):55
SP(気力):60
ATK(攻撃力):18
DEF(防御力):10
DEX(器用):11
AGI(敏捷):14
LUK(幸運):13
統率:8
知略:8
カリスマ:5
所持称号:初陣の勇士、初陣の兵、境界の砦の守備兵、哨戒の目(NEW)
習得スキル:斬り込み、受け流し
所持ヒスト:無名の武士(第1段階)
所属:徳川方「境界の砦」守備隊
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