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『VR英雄大戦:Historia Online』  作者: 黒豚
第1章 無名編
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第4話 篝火の訓練

 防衛戦を終えたプレイヤーたちは、隊列を解かれた後、砦の受付詰所で簡単な手続きを済ませることになった。名簿への記帳、装備の確認――机の向こうに座るNPCの事務係が、淡々と手続きを進めていく。詰所の奥では、負傷者を寝かせた簡易寝台がいくつも並び、包帯を巻くNPC衛生兵たちが忙しなく行き交っていた。呻き声と、金属の触れ合う音と、慌ただしい足音が入り混じり、まだ戦の余韻が色濃く残っている場所だった。


「今回の防衛戦、参加者は延べ三百を超えていた。だが、常設の守備兵として残るのは、各組頭が推薦した組のみだ。お前たちの組は、又七殿の推薦で残留が認められている」


 事務係の説明に、ゼフィロはようやく合点がいった。ここに残っているのは、決して大勢ではない。戦った者たちの大半は、今日限りの助っ人としてそれぞれの拠点へ戻っていったのだろう。又七が示してくれたのは、やはり特別な信頼だったのだと、改めて実感する。


「お前らの宿舎は三号棟だ。同じ組は同じ棟にまとめるが、部屋は男女で分けている。お前とトビキリ、それにリオンという者が同室、ヒナギクという者は別室になる」


 名前を告げられ、ゼフィロは小さく頷いた。震える手で槍を構えていた女性と、独り言を漏らしていた青年――どちらも、今日一日を共に戦い抜いた顔だった。


 割り当てられた部屋は、木组みの寝台が三つ並ぶ、質素だが清潔な造りだった。窓から差し込む夕刻の光が、床板をオレンジ色に染めている。ゼフィロが荷物を整理していると、廊下の向こうから足音が近づいてきた。同室になるリオンだろう。


 控えめなノックの後、扉が開いた。


「リオンです。よろしくお願いします」


 名乗る声は、どこか自信なさげだった。背は高いが猫背気味で、視線をどこに置けばいいか分からないような落ち着かなさがある。手には、まだ使い慣れていないらしい細身の剣を提げていた。


 少し遅れて、隣室からヒナギクが顔を覗かせる。


「あ、さっきの組の人たちだ。同じ棟なんですね」


 防衛戦で震える手のまま槍を構えていた、あの女性プレイヤーだった。肩口で切り揃えられた黒髪が、動くたびにさらりと揺れる。背丈はゼフィロよりやや低いが、槍を構えていた時の姿勢の良さからも分かるように、芯の通った雰囲気を纏っていた。頬にはまだ、乾ききらない土埃の跡が薄く残っている。


「ヒナギクです。改めてよろしく。さっきは、情けないとこ見せたけど」


 伏し目がちに言う彼女に、ゼフィロは小さく首を振った。


「震えるのは普通だろ、あんな状況で。俺だって手が震えてた」


 その言葉に、ヒナギクの表情がわずかに緩む。意志の強そうな目元に、初めて柔らかな色が差した。


「学校が休みの間に、ちょっと腕試しのつもりで始めたんです。まさか初日からあんな戦になるなんて、思ってなくて」


「まあ、今日始めたばかりなのはみんな同じだしな。俺らも似たようなもんだよ」


 トビキリが気安く応じると、ヒナギクは少し驚いたように笑った。


「リオンは、どういう経緯でここに?」


 ゼフィロが尋ねると、彼は小さく頷いた。


「友人に誘われて、勢いで始めたようなものです。まさか初日に戦場に放り込まれるとは思ってなくて、正直まだ実感が追いついてません」


 四人はそれぞれの得物や装備を見せ合いながら、自然と自己紹介の輪を広げていった。


 ヒナギクは槍持ちで、ヒストは「無名の巫女」。リオンは剣士枠だというが、話を聞くうちに、彼のヒストが「無名の乙女」であることが分かった。


「……乙女、なんだ」


 トビキリが思わず声を漏らすと、リオンは苦笑いを浮かべた。


「はい。びっくりしますよね、自分でも」


 からかうような空気になりかけたが、ゼフィロはふと、掲示板か何かで見かけた話を思い出した。ヒストの付与には、遺伝子の適性によるものだとか、魂の相性によるものだとか、いくつか説があったはずだ。どれが本当かは運営も明言していないらしいが、もし後者が正しいなら、外見的な性別と、宿す魂の性質が必ずしも一致しないことも、あり得るのかもしれない。


「別に、変なことじゃないと思うけどな。魂の相性で決まるとかいう説、聞いたことあるし」


 ゼフィロが何気なくそう口にすると、リオンは驚いたように顔を上げた。


「そう、ですかね」


「本当かどうかは知らないけどな。ただの噂かもしれないし」


「それでも、ありがとうございます。そう言ってもらえると、気が楽になります」


 ヒナギクも隣で小さく頷いている。四人は互いの得物を見せ合いながら、これからのことを少しずつ言葉にしていった。誰もが、まだ何者でもない場所から始まったばかりだった。


 夕刻、砦の食堂で簡素な食事が振る舞われた。玄米に似た主食と、干し肉を煮込んだ汁物――決して豪華ではないが、体の芯に染み渡るような温かさがあった。長い木の卓に並んで座ると、あちこちから疲れの滲んだ雑談が聞こえてくる。NPCの炊事係が、寡黙に大鍋をかき混ぜる湯気の向こうで、夕日が窓枠を赤く縁取っていた。


 食事の途中、又七がふらりと現れ、ゼフィロたちの卓に腰を下ろした。胴丸を脱いだ普段着姿は、戦場で見せていた鋭さが幾分和らいで見える。


「お前ら、明日から本格的にここの兵として働いてもらうことになる。とりあえず、今日みたいに死なずに戦えりゃ十分だが……せっかくだ、一つ教えといてやる」


 又七はそう言うと、汁物の椀を置き、自分の得物を軽く構えてみせた。


「戦場じゃ、力で受け止めるより、受け流す方が長生きする。今日のお前も、それで命拾いした場面があっただろう」


 ゼフィロは、あの二人目の敵兵との攻防を思い出した。確かに、力任せに受けていたら、もっと早くに消耗していたかもしれない。


「型を教えてやる。気になるなら、飯食い終わったら来い」


 食後、ゼフィロとトビキリ、そしてヒナギクとリオンも誘われるまま、砦の訓練場に集まった。すでに日は落ちかけ、篝火が焚かれた訓練場は、橙色の光と長い影が交錯する幻想的な光景になっていた。


 炎は風に煽られるたびに大きく揺らぎ、その度に四人の影が地面の上で伸び縮みする。パチ、パチと薪が爆ぜる音が、木剣同士のぶつかる硬質な音と交互に響き、静かな夜の訓練場に不思議な律動を刻んでいた。煙の匂いと、土埃の匂いが入り混じり、昼間の戦場とはまた違う緊張感が、四人の間に漂っている。


 又七の指導のもと、敵の一撃を真正面から受けるのではなく、刃の角度を変えて力を逃がす動きを、何度も繰り返し練習する。何度も同じ動きを繰り返すうちに、汗が額を伝い、篝火の光を受けて赤く光った。


「――そうだ、今の感覚を覚えとけ」


 何十回目かの反復の末、視界の端に小さな通知が灯った。


【新規スキル「受け流し」を習得しました】


 受け流し

 分類:パッシブスキル

 効果:敵の攻撃を適切なタイミングで捌くと、わずかな反撃猶予が生まれる

 解説:力ではなく勢いを利用する、古くから伝わる型。格上の相手と渡り合うための、最初の一歩となる技術。


「これが、あの人が言ってた『数字じゃ測れない勘』ってやつなのかもな」


 トビキリが額の汗を拭いながら呟く。ゼフィロも、刀を握る手に新しい感覚が馴染んでいくのを感じていた。隣では、ヒナギクが槍の穂先を巧みに返す練習を、リオンが剣先の軌道を確かめるように素振りを、それぞれ黙々と繰り返している。誰も、まだ上手くはない。それでも、篝火に照らされたその横顔には、今日の戦いを経たからこそ宿る真剣さがあった。


 訓練が一段落した頃、又七はふと真剣な顔つきになって続けた。


「お前らも、いずれ気づくだろうが……この世界には、まだ何者でもない者が、やがて名を持つ者へと変わっていく道筋がある」


「ヒストの進化のことですか」


 ゼフィロが尋ねると、又七は小さく頷いた。


「詳しいことは、俺も又聞き程度にしか知らねえ。だが、ただ強くなるだけじゃ足りねえらしい。実績と、何か特別な条件……何かの『節目』を越えた者だけが、次の段階に進めるとかいう話だ」


 その言葉に、ゼフィロの胸の奥が小さく高鳴った。今の自分は、まだ「無名の武士」という、何者でもない一段階目に過ぎない。だが、この積み重ねの先に、確かに次がある。


「まあ、焦る必要はねえさ。今日みたいに、目の前のことを一つずつこなしていきゃいい」


 又七はそう言うと、片手を上げて訓練の終わりを告げた。空はすでに茜色から藍色へと変わりつつあり、砦の灯りが一つ、また一つと灯され始めている。


 部屋に戻る道すがら、トビキリがぽつりと言った。


「なあ、ゼフィロ。俺たち、明日からどうする?」


「決まってるだろ。ここで役割を果たしながら、上を目指す」


「シンプルだな、相変わらず」


 トビキリは笑いながらも、その言葉に反対はしなかった。


 ヒナギクとリオンも、それぞれの部屋へと戻っていく。別れ際、ヒナギクが小さく手を振った。


「また明日。よろしくね、二人とも」


「はい、また」


 リオンも、初めて見せる自然な笑みでそれに続いた。まだ出会って一日も経たない四人だったが、今日という日を一緒に乗り越えたという事実だけで、不思議な結びつきが生まれていた。


 ゼフィロは自室の寝台に腰掛け、静かに息を吐いた。窓の外では、藍色の空に一番星が瞬き始めている。まだ何者でもない。それでも、今日という一日で、確かに何かを積み重ねた手応えがあった。


ゼフィロ

クラス:足軽(徳川方「境界の砦」守備隊 所属)

Lv:2


HP(体力):150

MP(魔力):55

SP(気力):60


ATK(攻撃力):18

DEF(防御力):10

DEX(器用):11

AGI(敏捷):14

LUK(幸運):13


統率:8

知略:8

カリスマ:5


所持称号:初陣の勇士、初陣の兵、境界の砦の守備兵

習得スキル:斬り込み、受け流し(NEW)

所持ヒスト:無名の武士(第1段階)

所属:徳川方「境界の砦」守備隊


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


面白かった、続きが気になる、ここが良かった等、

どんな些細な感想でも励みになります。

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次話もどうぞよろしくお願いいたします。

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