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『VR英雄大戦:Historia Online』  作者: 黒豚
第1章 無名編
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第3話 境界の砦

 防衛線が落ち着いたのを見計らい、郷田が撤収の号令をかけた。


「怪我人を優先して運べ! 残りは隊列組んで戻るぞ!」


 行きは緊急召集ということで、拠点から集合地点まで一瞬で転送されたが、帰りにそういった措置はないらしい。命に関わる急ぎでなければ、自分の足で歩いて戻るのが基本のようだった。ゼフィロはそのことに、妙な納得感を覚えた。この世界は、便利さより現実味を優先する場面がいくつもある。


「歩くのか……地味にきついな、これ」


 トビキリがぼやきながら、隊列の後方につく。ゼフィロも刀を鞘に収めながら、まだ微かに震える手を見下ろした。


「大丈夫か、その手」


「ああ、平気だ。……気づいてたのか」


「そりゃ、隣で見てりゃ分かるって」


 軽口めいたやり取りの中にも、まだ緊張の名残が滲んでいた。ものの一時間足らずの間に、二人はこれまでのどのゲームでも味わったことのない種類の重さを経験してきたのだ。


 隊列は、木立の間を縫うようにして境界の砦へと戻っていく。負傷した兵を担架で運ぶ者、無言で刃こぼれた武器を確かめる者――誰もが、それぞれのやり方で今しがた終えたばかりの戦を引きずっていた。


 その静けさの中、トビキリが不意に足を止めた。


「……待って」


 小さな声だったが、隊列の緊張を一瞬で引き締めるだけの何かがあった。


「どうした」


「鳥の声、してないと思わないか。さっきまで普通に聞こえてたのに」


 言われて初めて、ゼフィロは違和感に気づいた。木立の奥が、不自然なほど静かだった。草の揺れ方も、風のせいにしては規則的すぎる。


「組頭、この先、様子がおかしいです」


 トビキリの報告に、又七はすぐさま足を止め、片手を上げて隊列を制止させた。


「――伏せろ!」


 声が響くのとほぼ同時、茂みの奥から人影が飛び出した。


 平家雑兵

 クラス:郎党

 Lv:5


 最後まで戦場に踏みとどまっていた一人らしい。手負いの獣のような目つきで、逃げ遅れた隊列の末尾――ちょうど負傷者を担いでいたNPC兵に向かって、刃を振り上げていた。


「そっちだ、庇え!」


 叫んだのはトビキリだった。同時に、足元の小石を素早く拾い上げ、敵の顔面目掛けて投げつける。


「ぐっ――!」


 視界を塞がれた一瞬の隙を、ゼフィロは見逃さなかった。地を蹴り、間合いを詰める。


「――斬り込み!」


 刀身が弧を描き、敵の得物を弾き飛ばす。体勢を崩した敵兵に、追撃の一太刀を叩き込んだ。


【SKILL HIT!】平家雑兵 を撃破しました!


 敵兵はそのまま地に沈み、二度と動かなくなった。周囲に、安堵とも緊張ともつかない息が漏れる。


「……ナイス、トビキリ」


「へへ、俺だって役に立つことあるんだよ」


 照れ隠しのように笑うトビキリの声は、それでも少しだけ誇らしげだった。又七が近づいてきて、二人の肩を軽く叩く。


「よく気づいた。おかげで死人が出ずに済んだ」


 その一言に、ゼフィロはトビキリの横顔を見た。剣も槍も振るわない彼の役割が、今日この場では、誰よりも重要な意味を持っていた。


 やがて一行は、境界の砦へと帰り着いた。砦の中は、負傷者の手当てをするNPC衛生兵や、装備を整理する兵たちでごった返している。木箱に腰掛けた新兵らしきプレイヤーが、放心したような顔で空を見上げていた。誰かに肩を借りて歩く者、黙々と武器の刃こぼれを確かめる者――誰もがそれぞれのやり方で、今日という日を消化しようとしていた。


 砦の壁際には、二枚の板が並んで掲げられていた。


【生存者名簿】

本日の防衛戦を戦い抜いた者たちの名


【戦没者名簿】

本日の防衛戦にてこの世界を去った者たちの名


 ゼフィロは自分とトビキリの名を生存者側に見つけ、小さく息を吐いた。隣の板には、思っていたより多くの名前が並んでいる。プレイヤーらしき名も、NPCらしき名も、区別なく同じ書式で刻まれていた。


「……こっちにも、ちゃんと名前あるんだな」


 トビキリの呟きに、ゼフィロは頷くことしかできなかった。生きて名を連ねた自分たちと、この板に名を残した誰か。その差はほんの紙一重だったのだと、改めて実感する。


 ふと、トビキリが視界に掲示板を呼び出した。


「なあ、これ見ろよ。どこの戦場かは分からないけど、もう死んだってやつがいるらしいぞ」


【19:素振り三年目】

どこの戦だったか知らんが、初日から死んだってやつ見かけたわ もう戦ってるとこあるのか


【20:干し柿権兵衛】

それ俺だ 装備全部戦場に置き去りにしてきた あれもう回収不可能なのマジ?


【21:素振り三年目】

えっまだ初日だぞ どこの戦場だったんだそれ


【22:干し柿権兵衛】

所属先は伏せとくけど、普通にでかい戦だった

レベルもガッツリ下がったし、死んだ戦闘にはそのまま参加不可になった

おまけに「死亡回数:1」ってしっかり記録されてて草も生えない


【23:夜通し茶漬け】

死亡回数って増えてくとどうなるんです?


【24:干し柿権兵衛】

噂だと所属先での評価に響くらしい まあそりゃそうか、何回も死んでる兵士より信用ならんよな


【25:素振り三年目】

逆に一回も死んでない古参兵とかいたら、それだけで箔がつきそうだな


【26:夜通し茶漬け】

みんな絶対HP0にだけはなるなよ……マジで……


 書き込みの下には、同情半分揶揄半分の返信がまだ続いていた。


「……なあ、これ」


「見なかったことにしたい」


 二人は同時に視線を逸らした。数字が0になるということが、この世界ではどういう意味を持つのか。今日、身をもって知ったばかりの重みが、この投稿一つでさらに実感を伴って迫ってくる。世界のどこか別の場所でも、同じような戦が、同じような重さを伴って起きている――そのことを、今更ながら思い知らされた気がした。


 しばらくして、又七がゼフィロたちのもとへとやって来た。汗と土埃にまみれた顔に、それでも隠しきれない満足げな表情が浮かんでいる。


「お前ら、良い動きしてたな。特にお前」


 又七の視線が、トビキリに向く。


「伏兵に気づいたの、お前だろう。あれがなけりゃ、もう一人二人は死んでた」


「……そんな、大したことじゃ」


「いや、大したことだ。戦場じゃ、剣より先に気づく力の方が命を救うことも多い」


 又七はそう言うと、二人を見渡した。


「今回の戦、これで終わりじゃない。平家方は退いたが、完全に諦めたわけじゃないだろう。似たような戦は、この先も続くはずだ。……もし望むなら、この砦の守備隊に正式に名を連ねないか。臨時の助っ人としてじゃなく、常設の兵としてだ」


 ゼフィロとトビキリは、思わず顔を見合わせた。


 これは、単発のクエストの延長線上にある話ではない。この世界に、自分の居場所と役割を持つということだ。まだ何者でもない一兵卒が、その先の道を選び取る、最初の分岐点だった。


「……やります」


 ゼフィロは、迷いを振り切るように答えた。


「俺もやる。ゼフィロだけ先に行かせるわけにはいかないしな」


 トビキリも、いつもの軽い口調に少しだけ真剣さを混ぜて続いた。


 少し離れた場所で指示を出していた郷田が、こちらに気づいて短く頷いた。


「又七が推すなら構わん。手続きを進めろ」


 それだけ言うと、郷田はまた別の兵たちの方へと向かっていった。数百人を預かる立場からすれば、新兵二人への評価は、その程度の重みで十分なのだろう。ゼフィロは、それを不満に思うよりも、むしろこの世界の規模の大きさを実感していた。


 又七が視界に何かを送ってよこす。


【所属登録】

徳川方「境界の砦」守備隊への正式加入が承認されました

以後、この拠点に関する常設クエストが定期的に発生します

称号「境界の砦の守備兵」を獲得しました


 称号

 境界の砦の守備兵

 効果:SP上限+10、統率+1

 解説:この砦を守ると誓った者に与えられる称号。所属する拠点の空気に馴染むほど、その恩恵はわずかずつ濃くなっていくという。


「今日はもう休め。次の当番までは、好きに過ごしていい」


 又七はそう言い残すと、後始末に追われる兵たちの方へと歩いていった。


「なあ、ゼフィロ」


「ん?」


「俺たち、思ったより大変な世界に足突っ込んじまったな」


「今更かよ」


 二人は顔を見合わせて、どちらからともなく小さく笑った。張り詰めていた気持ちが、少しだけ緩む。


 砦の中庭には、乾いていく血と土の匂いが、まだかすかに残っていた。それでも、二人の間に流れる空気は、来た時よりも幾分か軽くなっている。


「これから、忙しくなりそうだな」


「だな。……悪くない」


 ゼフィロは短くそう答えて、自分のステータスを開いた。


ゼフィロ

クラス:足軽(徳川方「境界の砦」守備隊 所属)

Lv:2


HP(体力):150

MP(魔力):55

SP(気力):50 → 60(+10)


ATK(攻撃力):18

DEF(防御力):10

DEX(器用):11

AGI(敏捷):14

LUK(幸運):13


統率:7 → 8(+1)

知略:8

カリスマ:5


所持称号:初陣の勇士、初陣の兵、境界の砦の守備兵(NEW)

習得スキル:斬り込み

所持ヒスト:無名の武士(第1段階)

所属:徳川方「境界の砦」守備隊


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


面白かった、続きが気になる、ここが良かった等、

どんな些細な感想でも励みになります。

ブックマーク・評価・感想いただけると嬉しいです。


次話もどうぞよろしくお願いいたします。

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