第9話 約束
視界が白く弾けて、意識が現実に引き戻される。ヘッドセットを外すと、いつもの自分の部屋の天井が広がっていた。全身に、まださっきまでの熱気が残っている。総大将を討った時の高揚、物頭への昇格、新しい仲間、そして七つに分かれた勢力。リリースを待ちわびていた分だけ、興奮が冷め止まない。
リビングに降りると、味噌汁の匂いがしていた。父の姿はもうない。壁の時計を見ると、いつもの出勤時間をとうに過ぎている。
「お父さん、もう出た?」
「うん。お母さんは夜勤で、帰ってくるのお昼過ぎだって」
妹の美咲が、トーストを咥えたまま答える。中学の制服に着替え終わっていて、鞄はもう玄関に置いてあった。
「お兄ちゃん、なんかテンション高くない?」
「そりゃ高くもなるよ。色々ありすぎた」
「私も! 友達とグループチャットがもうすごいことになってて」
美咲がスマホを掲げて見せてくる。友達数人とのやり取りが、とんでもない勢いで流れていた。
「全然まとまんないの。お兄ちゃんは、もう勢力決めた?」
「一応、方向性は固まったかな。これから友達とも話してくる」
「決まったら教えてね!」
学校に着くと、廊下も教室も、いつもよりざわついていた。あちこちで「所属」という単語が聞こえてくる。悩んでいるのは自分たちだけではないらしい。
「なあ、さっきの続き」
教室に入るなり、悠真が寄ってきた。
「放課後、健太さんにもちゃんと話そう」
「だな。部室行こう」
放課後、eスポーツ部の部室では、いつも通りの練習が続いていた。蓮も自分の分の対戦を一通り終え、健太の画面が落ち着いたところを見計らって声をかける。
「健太さん、ちょっといいですか」
「所属の話だろ。分かってる」
健太がキーボードから手を離す。
「俺たちは、乱世郷に残ろうと思ってます。健太さんは、今どこにいるんですか」
「俺は、別のとこだな」
少し間が空いた。ずっと気になっていたことを、蓮は思い切って口にした。
「――今回のことで、健太さんと同じ場所に行けたりしないですかね。リリース前、一緒にやろうって話してたのに、結局ずっとバラバラで」
健太は少し驚いたような顔をしてから、ふっと笑った。
「俺も、実はそれ考えてた」
「本当ですか」
「今のところにも思い入れはあるけどな。お前らと同じ場所で暴れる方が、正直楽しそうだ」
「じゃあ――」
「乱世郷、行くわ。お前らがそこに残るなら」
悠真が横で声を上げた。
「マジっすか! ようやくですね」
「元々、そのつもりで始めたゲームだしな」
健太が軽く肩を竦める。ようやく形になった約束に、蓮は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「――俺は、乱世郷に残ろうと思う」
蓮が改めて言うと、悠真も頷いた。
「俺も。みんなと同じ場所にいられるならそれでいい。それに、健太さんまで来てくれるなら尚更だ」
「決まりだな」
健太がパソコンの電源を落としながら言う。三人の間に、静かな納得が流れた。
部室を出ると、夕方の校舎はまだ人の気配で賑わっていた。あとは、他の三人――ヒナギク、リオン、ユキハナがどう答えを出すかだけだった。




