8.告白のお手本?
「ブランカ様! お越しいただきありがとうございます!」
「お招きいただき、ありがとうございます。マーシャル様」
今日の私は、マーシャル様にお誘いを受けて王宮を訪れている。招待の手紙には詳細は書かれていなかったが、私になにか相談事があるようだ。
外は相変わらず雨のため、応接の間でしばらくお茶をしておしゃべりに花を咲かせた。女子同士のお茶の時間というのは、和やかで心が安らぐものだ。
しばらく会話を楽しんだあと、マーシャル様が騎士に耳打ちをして退出させた。そこでマーシャル様は、ようやく私に要件を切り出した。
「お手紙にも少し書きましたが、ブランカ様に相談したいことがありますの」
「どんなご相談でしょう? 私でお役に立てるといいのですけれど」
「今度のね、建国祭のことなの……」
建国祭は、二日間催される一年で最も大規模なお祭りだ。普段は立ち入りを制限している王城の一部を一般開放し、国民との交流を図る。国民を労うためのお祭りなので、王子や王女は趣向を凝らした催しを任される。
今度のものは、第一王子は武闘会、第二王子は昼のパーティー、アルヴィン殿下は夜のパーティーを担当すると聞いた。マーシャル様に関しては、はじめての企画ということで陛下より「庭園の飾りつけ」をお任せされたのだとか。
「いろいろ悩んだんですが、庭園にお花のアーチを作ろうと思っているんです」
「お花のアーチですか。それは素敵ですね」
王城の庭園は、知識の豊富な専属庭師が丹精込めて手入れをしているので、それは見事なものだ。貴族でさえ招かれた者しか見ることができない。そこにアーチをつくって飾りつけとは、女の子らしい可愛らしい発想だと思う。
「ただ、私にはあまりセンスがなくて。お花の種類や色、どのように飾りつけるか、ブランカ様に一緒に考えていただきたくて」
「なるほど……」
正直、私もお花の種類には明るくない。庭園があまりに見事すぎるので、許されたマーシャル様が飾りつけるのはともかく、私のような素人が口出ししていいのかは悩む。だったら、はじめから庭師に教えてもらうほうが有意義だろう。……けど。
殿下に似たお顔立ちで、殿下よりも可愛らしさを全面に出して訴えるように見つめられては。仲良くしたい、を感じとり、私は思わず笑ってしまった。
「ブランカ様、何がおもしろかったの?」
「ごめんなさい、マーシャル様。アルヴィン殿下にそっくりだと思いまして」
見た目に違い、押しの強さが。柔和な殿下と、花のように可愛らしいマーシャル様に共通点を見つけて、兄妹だなぁと微笑ましく思った。
私は笑いをおさめると、こてんと小首を傾げるマーシャル様にお返事をする。
「私でよろしければ、ぜひお手伝いさせてください」
「本当に?」
「はい。マーシャル様のはじめての企画ですもの。そこに私が携われるということ、大変光栄でございます」
きっと私は、妹がいたら溺愛していたと思う。「嬉しい!」と声を弾ませたマーシャル様は本当に可愛らしくて、殿下がなんだかんだとお願いごとを聞いてしまう気持ちがよくわかる。
とはいえ、マーシャル様は国唯一のお姫様なので、そこはしっかりと線引きしなければならない。
「マーシャル様。一度、庭園を見せていただけますか? アーチをどこに作るのか、今の庭園にはどんなお花があるのか、把握しておきたいのですが」
「えぇ、もちろんです。では、今から見に行きましょう!」
マーシャル様が席からぴょこんっと立ち上がった。
しかし、そのとき。応接の間の扉が、ノックと同時に勢いよく開かれた。驚いてそちらを振り向くと、私の瞳にはマーシャル様とよく似た人物が映り込んだ。
「ブランカ!」
「アルヴィン殿下」
室内に入ってきた殿下は、まっすぐに椅子に座る私の前に歩み寄った。そして、そこで膝をつくと、私の手を握った。
「で、殿下。そのように膝をついては……」
「君が来ていると呼ばれて、飛んできたんだ。久しぶりだね」
眉を下げて微笑まれて、私はまぶしさに言葉が詰まってしまう。ひとまず形式上の挨拶を挟み、「せめて隣に」と懇願し殿下を座らせることに成功した。
あまりの熱意と、いつもとは違う殿下の様子に、私は驚いてしまう。
「前回お会いしてから、まださほど経っておりませんよ」
「僕にとっては長い期間だった。君の顔を見ることができて、嬉しいよ」
……今日の殿下は、まるで、一日家を空けただけで再会を喜ぶ犬のようだわ。
殿下の口調は穏やかなのに、隠しきれない幸せオーラがあふれて、それが目に見えるほどで。しっかりと躾をされた、お利口な犬の姿を錯覚してしまう。
新たに見る殿下の一面に私の驚きがおさまらずにいると、マーシャル様が大きくため息をついた。
「お兄様ったら。王宮内だからと、気を抜きすぎではありませんか? ブランカ様が驚いていますよ」
「あっ、すまない。想定外に君に会えたのが、嬉しくて……」
殿下は私の手を離すと、途端に耳まで真っ赤になって、私から目をそらした。
……えっと、これは、つまり。自らのテリトリー内だから気が抜けて、素が出てしまったということ? 殿下の素は……あまりに可愛らしすぎるのではないかしら。
そんなことを思っていると、殿下は「王子としての振る舞いをしっかりなさってください」とマーシャル様に叱られシュンとしていた。か、可愛い……。
「申し訳ありませんでした、ブランカ様。では、庭園へ向かいましょうか」
改めて動き出そうとしたマーシャル様に、殿下が目を向けた。
「今から庭園に? 雨が降っているが……」
「えぇ、建国祭の相談にのっていただいているの」
「そういうことか」
「そうだわ! せっかくですし、お兄様も一緒にいらっしゃる?」
マーシャル様は、殿下ににっこりと笑いかけた。
「ブランカ様のお隣、お兄様に譲って差し上げますわ」
……お隣? 並んで歩く、話し相手ということかしら。
私と殿下が目を見合わせると、マーシャル様が続けた。
「ブランカ様に、傘をさしてあげて?」
あっ、なるほど。私が気恥ずかしくも納得すると、殿下も「んんっ」と咳払いをした。
マーシャル様はさらに笑顔で、両手を胸の前で組んだ。
「そのかわり、私にユドリムを貸してくださいね」
あ、なるほど……。
そこに殿下を追ってきたユドリムがタイミングよく登場し、「ん?」と状況もわからぬままにマーシャル様に腕を組まれ引っ張られていった。同じく戻ってきたマーシャル様の騎士は、哀れにも置き去りにされていた。
マーシャル様にはユドリムが、私には殿下が傘をさしてくださり、庭園に案内される。
王城の庭園は、雨に濡れてしっとりと色を深めていた。石畳は鏡のように光を映し、芝は翡翠の絨毯のように輝いている。低く垂れ込めた雲の下でも、色とりどりの花々は凛と咲き誇り、晴天の日とは違う美しさを見せていた。
そして庭園の中央へ続く小道の途中に、白いアーチが立っていた。まだ骨組みだけの、未完成のアーチだ。
「こちらのアーチの真ん中に、銀のベルをつけようと思っているんです」
マーシャル様は、まだ何も飾られていない白いアーチを指差した。その中心には、確かにベルを吊るすためと思われる小さな金具が取り付けられている。
銀のベル。きっと、風に揺れれば澄んだ音を響かせるのだろう。建国祭の賑わいの中で、その音は祝福の合図のように庭園に広がるに違いない。
「では、銀のベルが映えるお花を飾りたいですね」
「えぇ! 可愛らしい色のお花がいいわ。このアーチには意味を持たせたいので」
マーシャル様は見上げていたアーチから、私のほうへ振り向く。その瞳は、いたずらを仕掛けた子供のように輝いていた。
「ここで想いを告げてベルを鳴らすと、恋が実る――そんなスポットにしたいのです!」
「恋が実るアーチ、ですか」
マーシャル様は「きゃー!」と大はしゃぎだ。恋に恋する、そんなお年頃なのかもしれない。
「それでね、建国祭では一般の方々も庭園に入るでしょう? だから、このアーチの意味をきちんと伝えなきゃと思いまして」
はしゃいで火照った頬で、マーシャル様は声を弾ませた。
「最初に、素敵なお手本が必要なのです」
「お手本……とは……」
なんだか急に嫌な予感がした。そして私は、ハッとした。殿下が部屋に飛び込んできたとき、「君が来ていると“呼ばれて”」と言っていた。
マーシャル様は私たちしかいない庭園をぐるりと見回して、そしてわざとらしく一拍置いた。
「うん、そうね。お兄様とブランカ様、お手本を引き受けてくださる?」
……やっぱり、そうくるのね。
殿下の様子が違いすぎて、すっかり殿下の言葉を聞き逃してしまっていた。マーシャル様が騎士を外させたのは、殿下を呼びに行かせていたんだわ。まさか仕組まれているなんて思わなかったけど……やられたわ。
横目で殿下を見ると、口元をむずむずとさせて嬉しそうに頬を染めていた。殿下、違います。そこは困るところです……。
「いや、ブランカにそんなことはさせられない。兄上たちに頼めばいいだろう」
思い直したらしい殿下が、理性的なことを言った。私はほっと安堵した。
「お兄様がたはもう婚約してるもの。まだ成立していないからお兄様にお願いしてるのよ」
にこりと、無邪気さを残したマーシャル様の笑顔。悪意はない顔で、その裏には殿下を言い負かそうとしている魂胆が見える。……騙されたばかりの私には、わかる。
しかし、マーシャル様の無垢さを信じきっている殿下は、動きを止めた。まるで本当に、心臓まで一瞬止まったかのように。
「……成立していない、って」
「事実でしょう?」
マーシャル様は悪びれない。女の子は内面の成長が早く、強かだ。口も達者である。「いや、だが」「そんな調子だからお兄様は」と兄妹ゲンカに発展しそうな言い合いが始まってしまった。
その二人ごしに、私はふとユドリムと目が合った。先日のことを思い出して、自然とユドリムに軽蔑の目を向けてしまう。ユドリムが眉根を寄せて「なに」と口パクで訴えてきた。この状況でユドリム相手に声を出すことは憚れ、私も口パクで返す。
――へ、ん、た、い
――は?
――よ、う、じょ、しゅ、み
――なんだって?
いまいち理解できていない様子のユドリムに、私はふんっとそっぽを向いた。




