5.第三王子はどうだ?
「アルヴィン殿下とはどうなんだ、ブランカ」
焼きたてのパンに、季節の野菜が柔らかく煮込まれたスープが並ぶ朝食の席。
家族が静かに食事を進める中で、私に質問を投げかけてきたのは兄のルーカスだ。
「仲よくさせていただいておりますよ」
当たり障りなく返すと、兄はそんなことわかりきっていると言いたげに質問を変えた。
「結婚相手にふさわしくはあるのか?」
あまりに自分目線な発言に、私はスープをすくっていたスプーンを取り落とすところだった。
「……お兄様、気が早いですわ」
「早くなどない。お前も十八だ。アルヴィン殿下以外にも、お前を紹介してほしいという男はわんさかいる」
貴族社会において十八というのは、結婚という点では確かに早くはない。父に自由を許されている身だからこそ婚約者もおらず、言いようによっては行き遅れの身分かもしれない。でも、それはそうとして、だからといってアルヴィン殿下と話を進めるには今は早急すぎると私は思うのだけれど。
私の事情も考慮してください、と兄を見据えると、兄はそんな私の視線をかわしてにっこり笑った。
「ふるい落とすなら早いほうがいいぞ、ブランカ」
「なんて発言を……」
本当に、何を言い出すのかこの兄は。
我がシュトラール家は代々宰相の役職を賜り王家に仕えている。父が退いたあとに家を継ぐのは兄で、宰相として勤めるのも兄だ。今は同い年で友人でもある第一王子寄りに立っているが、宰相ともなればその立ち位置がいつひっくり返ってもおかしくない。それは必ずしも、第一王子が王位を継承すると決まっているわけではないからだ。
「お兄様、アルヴィン殿下に無礼すぎます」
「兄は妹の相手に妥協をしたくないだけだ」
この発言も、仮に王族という枠を取っ払ったとしても、友人の弟に対して失礼極まりないのでは。
「……それであれば、殿下は特にご心配がないかと思います」
言ってしまえば、殿下は兄以上に気遣いあふれるお方である。周囲の評判もよく、それが誇張された評価じゃないことは殿下と知り合ってよくわかった。はっきり言って、男性としての魅力は兄より断然優っている。
その事実を口には出さず、優しさを見せた私に、兄は眉を寄せた。
「少し前、足を痛めて帰ってきたじゃないか」
「あれは私の不注意だと何度も言ったでしょう」
「お前の不注意をカバーできない者に、兄が安心できると思うか?」
「お兄様。あまりに極端です」
だんだんと、兄の追求が面倒くさくなってきた。
もうこのお話はおしまいですよ、という空気を出して私は止めていた食事を再開する。しかし兄はまだ言い足りないのか、「いや」と否定の言葉を口にした。
「比較対象がいないからそう思うんだ。お前は色恋の経験が浅いからな。そうだ、兄の見立てで良さそうな男を……」
あぁ、まずいわ。また始まってしまう。
口の中のものを飲み込めず、しゃべれない私はふるふると首を振ったが、兄の頭の中の見合い書選別は止まらない。
兄は、幼い頃より私に一番いいものを与えようとしてくれる癖がある。それは物でも、食べ物でも、なんでもだった。父がわりと放任……というよりは、私たち自身に選ぶこと、決定することを任せてくれるものだから、そのおかげで兄が暴走し始めてしまうのだ。その理由は、第三者による目線からすると「ルーカス様はブランカ様が可愛くてしかたないのね」らしいけれど……。ちょっとひねくれている兄の愛に、私は振り回されることが多かった。
「お兄様、結構ですわ」
慌てて断る私に、兄は諭すように名を呼んだ。
「ブランカ。結婚する気があるならいいが、その気がないのに交流を続けていると同情心が芽生えて相手の思う壺だぞ」
「思う壺だなんて」
あの優しい殿下に限って、そんなことあるはずがないのに。
さすがにしつこく、困り果てていると、口元をナプキンで拭った父がようやく口を開いた。
「やめなさい、ルーカス」
父の制止に、兄がぴたりと動きを止めた。
「ブランカが決めることだ。お前が口を出すんじゃない」
「はい、父上」
背筋を伸ばし、兄はぴしりと良いお返事をした。
兄は、私にひねくれた愛情を向ける一方で、父には異常な敬愛を向けている。だから父が言えば、一つ返事で暴走が止まるのだ。
父が間に入ってくれて、私はほっと息をついた。
「ところでルーカス。お前、ブランカに届いている縁談書を勝手に選別して捨てたな」
「はい、捨てました」
「私宛に届いている。勝手に漁るんじゃない」
「はい、父上!」
なるほど、そこから選りすぐりを私に紹介しようとしたのね……。
白い目で兄を見やると、向かいの席から母のくすくすという笑い声が聞こえた。母は、私と兄と父の、このやりとりを見ているのが好きらしい。
「失礼いたします。お嬢様」
話がひと段落したそのタイミングで、侍女がそっと私のそばに寄った。兄が興味を引かないように、さりげなく手紙を渡される。差出人は殿下からで、兄の興味は引かなかったが、どうやら母の興味は引いてしまったようだ。「どんなご用かしら?」と楽しげな母に押されてその場で封を開くと、少し前にオープンしたばかりの植物園が併設されたカフェへのお誘いの手紙が入っていた。
「あの店か。ふぅん。まぁ、センスは悪くはないな」
母と一緒に手紙を覗きこんだ兄がそうこぼし、私はとっさに手紙を隠した。父に注意されたばかりなのに、性懲りもなく口を出してくる兄を睨むと、今度は母が私たちの間に割って入った。
「あら、ルーカス。あなたからセンスという言葉が出てくるとは思いませんでしたよ。アルヴィン殿下のセンスを問うあなたのセンスで、いつもエミリア嬢をどこにお誘いに?」
エミリア嬢とは、兄の婚約者だ。とても控えめで、話しかけるたびに戸惑っている、頼りない小動物のような方という印象がある。
おっとりとした口調の母に問われ、兄は「ウッ」と一歩引いた。
「は、母上。とっくに成人している息子に、そんな詮索をしないでください」
「母というのは娘以上に息子が気になるものです。よそのお嬢様に失礼をしていないか、母は心配で心配でなりません」
「心配など無用です。私はもう、子供ではないのですから……」
「いいえ、いくつになろうともあなたは私の子供ですよ。それで、ルーカス。最後にエミリア嬢にお会いになったのはいつ?」
兄は、母には弱い。
「いや」「仕事が忙しくて」「エミリア嬢も、わかってくれていて」と壁際に追い詰められた兄は、自分よりも小さな母に怯えていた。母は、小さくなりつつある兄にぴしゃりと言い放つ。
「いくら婚約できたとはいえ、恥ずかしがってろくにデートも誘わず婚約者を放置していては、見放されますよ?」
「み、見放され……ッ」
「嫌われて、婚約破棄ですね」
「婚約破棄……ッ!!」
兄はショックで崩れ落ち、母は終始にこやかだった。
母は、普段はあまり私たちのことに口を出さないが、一度口を開くと止まらない。父もたじろぐほどに、母は笑顔で口撃をするのだ。
そして……兄のあの様子を見ると、あの内気そうな婚約者様は大丈夫なのかと、私はたまに心配になる。
「アルヴィン殿下のほうが、ルーカスよりよっぽどお忙しいはずなのに。とってもまめで、素敵なお方のようですね。ね、ブランカ?」
「お、お母様。お兄様はもうライフがゼロのようですわ」
「ふふっ。いじわるしないで見習ったらいいのに」
「お母様、もうお黙りになって……!」
崩れ落ちた兄は、当分立ち直れないだろう。
さらさらと塵になりかけたところを「仕事だ」と父に引きずられていってしまった。見送る母は、「ただの仕事人間は嫌われますよ〜」と追撃をしていた。その追撃は、おそらく父にも刺さっている。
「ふぅ……」
シュトラール家は、父を筆頭にいろいろな世評がある。宰相という役職柄、イメージとしては堅い印象が多いのだと思うのだけれど。
「たぶん、家族の中でいちばん優しいのは私だわ……」
過ぎ去った嵐の中、おとなしく席に座る私は、使用人たちからの「お疲れさまでした」の眼差しをありがたく受け取った。




