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夢のような物語にさよならを〜品行方正な王子より、不遜な護衛騎士に恋をしました〜  作者: 猫じゃらし


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4.優しい王子様(ユドリム視点)


 生まれは平民。育ちは孤児院。

 そんな俺がアルヴィン殿下の騎士になって、はや三年。

 王宮の執務室でコツコツと書類を裁く殿下の後ろに控えていると、一息ついた殿下が体を伸ばした。


「ユドリム、お茶が飲みたい」

「俺は壁なので茶は淹れられません」


 ピシッと背筋を伸ばして断る俺に、殿下は「壁か」と笑った。


「お前は壁じゃなくても、お茶を淹れてくれないじゃないか」

「庶民に上等な茶葉を扱う腕はないんで」


 くすくすと、笑いが続く。先日の俺と小生意気なお嬢様のやりとりを思い出しているのだろう。

 庶民という俺の言葉に何も動じない殿下は、平民である俺のことを一度も見下したことがない。


「読み書きはできるようになったから、次はお茶の淹れ方を学ぶか?」

「そんなに俺の茶が飲みたいんですか?」

「覚えておいて損はないよ。僕でも淹れられる」


 殿下は椅子から立ち上がると、執務室の端に寄せてあるトロリーの上で自らお茶を淹れ始めた。

 ここにメイドがいたら、大慌てで止めていただろう。抜かりなく俺以外を払っている殿下は、自由に自分の身の回りのことをこなす。


「ユドリムも飲むだろう?」

「もちろん」


 ここにメイドがいたら、卒倒していただろう。

 俺は殿下からティーカップを受け取ると、遠慮なく口をつけた。どんなに茶葉が上質だろうとも、殿下が手ずから淹れてくれようとも、お茶はお茶だ。庶民の俺には、お茶の違いなどよくわからない。


「殿下は、なんでも自分でやりたい坊ちゃんですよね」

「お前は、なんでも自分でできるのにやらないよな」

「王子なんだから大人しく座っとけばいいのに」

「大人しく座ってるような王子だったら、お前をそばに置いたりしないよ」


 それは、そうに違いない。

 柔和で受け身そうに見える殿下は、意外と意思のしっかりとした王子様なのだ。


 俺は元々、王宮の騎士団に所属している騎士ではなかった。十八歳まで傭兵をしていて、騎士の大々的な募集があると聞いて王宮にやってきた。

 「身分を問わない」なんて不思議な募集だと怪しむ者も多かったが、騎士という役職は強みになる。それに、傭兵とは比べものにならないほどの給金に惹かれた。

 俺は迷わずその募集に乗り、のちにそれが殿下の騎士選抜だったと知ったのだ。


「俺は平民の中でも、最下層の部類です。殿下の役に立ってますか?」

「王族や貴族を相手に、お前ほど肝の据わったやつはいないよ」


 俺が聞きたかったのは、殿下の望む通りになっているのか、ということだった。だが、楽しげな殿下によって返事はやけにそれて返ってきた。楽しんでいるなら何よりではあるが、俺は苦い顔をした。


 殿下が俺を騎士に選んだのは、一番に俺が強かったからだ。そしてもう一つ、殿下にとって重要だったのが、俺が平民であるということ。

 王都を歩くにしても地方を視察するにしても、連れ立つのが貴族の騎士では自分との目線に差が出ない。だったら、同じ目線に立つ平民を騎士にしてしまえと、強引に選抜の場を開いたのだと教えられた。


 殿下が俺を連れ歩くことに意を唱える者は多い。

 殿下に直接、自身を売り込む騎士や、騎士の息子を売り込む貴族はいたが、そんな正統派は少数だ。大半が陰でひそひそと不満を溜め、殿下ではなく俺に嫌味としてぶつけた。平民が成り上がって王子付きの騎士になれば、的になってしまうのは当然だろう。


 ――貴族とは、本当に面倒くさいものだ。だが、孤児院育ちの俺にとって、差別なんて日常茶飯事だった。「舐めんなよ」と内心で舌を出しながら、俺はひょうひょうと嫌味をかわしていた。

 俺がそんな態度でかわしていたから、殿下も俺を庇うことはなかった。嫌味を吐き捨てる面々の前でわざと俺を連れまわし、しまいには人の好い笑顔で堂々とこう言うのだ。


「僕の騎士が、誰よりも一番強いよ」


 助け船のような、けしかけられているような。ただ、殿下がそう言ってしまえば、殿下より立場の低い者は黙るしかない。

 人のいい優しい王子様と評判の殿下は、こっそりとそんなイタズラ好きな面を持っていた。


「まったく。俺が負けたら、殿下の立場はひっくり返っちまいますよ」

「負けるのか?」

「負けませんけど。そうやって、けしかけないでください」

「気を悪くしないでくれ。ユドリムじゃなきゃ、僕はこうして強く立ってはいられなかったよ」


 殿下の言葉があっても、噛みついてくるやつは噛みついてくる。しかし、それはもう王子の言葉を無視したバカでしかないので、俺が力でねじ伏せてきた。殿下にとっては、膿の排出でもあったのだろう。


「僕は第三王子だからね。どうしたって上には立てないけれど、兄上たちの力になりたいんだ」


 だから殿下は、国を、民を、知りたいのだという。

 議会や書類ばかりに向き合う兄王子たちにかわり、国の現状を知る立場に。自らの足を使い、目で見て耳で聞いて、心で触れて。国の在り方を、見定めたいと。


「殿下は、上に立つ気はなかったんですか?」

「……一時、考えたこともあった」

「へぇ」


 それは驚いた。争いごとは嫌いそうなこの王子様に、そんな野心があったのか。

 けれど、頬を染めた殿下に気づき、俺はすぐに理由を察した。


「あー。必要がなくなった、と」

「……兄上たちが、ブランカを選ばなかったから」


 選ばなかった、というのは、殿下や兄王子の立場と俺の立場では語弊が生まれそうだが。

 見目だけはどこの令嬢にも劣らないお嬢様ではあるが、要は、あのお嬢様よりも価値のある令嬢、もしくは他国の王女がいたのだろう。


 とはいえ。


「よく、あの宰相の娘に……」


 シュトラール宰相はとにかく堅物だ。顔面の筋肉が動いたところを俺は見たことがない。殿下に対しても俺に対しても態度は一律で、言いようによっては俺を差別しない貴重な人間であることには違いないのだが。それにしたって、とにかく、堅物で有名なのだ。

 俺の関心に、殿下は深く息を吐いた。


「だいぶ……いや、かなり。勇気のいることだったよ」

「よく認めてもらえましたね」

「それほどに、彼女が恋しかった」


 幸せそうに微笑んで、殿下はカップを見つめる。


 うちの聡明な殿下を骨抜きにするとは、あのお嬢様は、殿下に一体どんな魔法をかけたのだろうか。

 はちみつを思わせる髪は艶やかで、確かに目を惹く美しさがある。気品に溢れ、他の令嬢とは一線を引いた魅力を感じる。……が。

 やたらと強気なんだよなぁ、と出会いから思い出す。


「綺麗なお嬢様ですけど、俺にはわかりませんね」

「わからなくていいよ。わからないでいてくれ」

「あれ、なんか牽制されてます?」


 あくびを見られたことに関しては、まぁ、俺に変な気を向けてくれるなというアピールだった。堅物な宰相を父に持つ娘なら、だらしのない騎士は嫌悪の対象になるだろうと。

 俺のことは虫の類だとでも思って、殿下と愛を育んでくださーい、と考えていた。

 なのに壁だの、足を蹴ってくるだの、あんなに突っかかってくる気の強い女だとは。いくら家柄がよくて綺麗なお嬢様でも、さすがに殿下に同情せざるを得ない。


「苦労しますよ、殿下」

「やはり、そう思うか?」

「尻に敷かれないように頑張ってくださいね」

「……待て、なんの話だ?」


 今は俺だけに向いている生意気な態度は、いつか殿下にも向くだろう。

 説教じみた口うるさいお嬢様の相手を一生するんだなーと思うと殿下が哀れに思えて、俺は優しく微笑んだ。あんな可愛げのないお嬢様を好きになっちまったばかりになぁ、と、他の慎ましく麗しい令嬢を思い浮かべて。


「なんだ、その微笑みは……」


 ――まぁ、でも。あの強気なお嬢様が自分のために泣いたりでもしたら、それはそれでグッとくるのかもしれない。


「ユドリム。お前、なにか失礼なことを考えていないか」

「いや?」


 一生ないな、と笑顔に秘めて、俺は殿下の淹れてくれた紅茶を飲み干した。





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― 新着の感想 ―
殿下良い人だ。幸せになって欲しい!!(人*´∀`)。*゜+
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