26.花祭り
ユドリムの故郷であるこの小さな町は、リゼル様を養子に迎えたラシュタイン男爵が王家より賜った領地だった。
考えてみれば、里心のつきすぎているリゼル様のためにとユドリムが家庭教師についていたくらいだ。いつでも故郷に帰れるようにと、男爵は決断したのだろう。
おかげで、毎年の花祭りにリゼル様は欠かさず帰郷しているらしい。いいお家に引き取られたと、パルムが自分のことのように嬉しそうに教えてくれた。
リゼル様のご縁がいいものであったこと。それから、ユドリムが私のことを考えてリゼル様に話を通してくれたこと。嬉しさの中で、私はふわふわとした気持ちで胸がいっぱいだった。
「ブランカ様、揺れないでじっとしてて」
「ブランカ様、痛くない?」
「ブランカ様の髪、つやつやー」
昨夜はみんな眠るのが遅かったというのに、子供の朝はとにかく早かった。うきうきとわくわくが詰まった瞳で「ブランカ様の髪、結っていい?」とおねだりをされ、私は寝ぼけ眼のまま髪をいじられている。
「後ろで一つの三つ編みにしていい?」
「好きにしていいわよ」
昨日は花祭りの手伝いで不在にしていた年上組も、年下組が私に懐いてくれていたおかげですぐに打ち解けることができた。幼い子たちにはなかった王都や貴族への好奇心が矢継ぎ早な質問となり、止まらないおしゃべりをパルムがたしなめたほどだ。
その流れで花祭りの終わりにはダンスがあることを知り、私は子供たちに簡単なステップを教えてあげた。子供とダンスをするのははじめてだったけれど、みんなの笑顔がきらきらとしていて、あっという間に夜が更けていってしまったのだ。
年上の子たちは普段から下の子たちの髪を結ってあげているのだろう。慣れた手つきで、私の髪をあっという間に編んでいった。
「できたよ! ブランカ様、みてみて!」
割れてしまっている手鏡を渡された。そこに映った自分を見ると、ゆるくまとめられた髪にいくつもの花が挿されていた。その中には私が選んだ青い花もある。飾りとして挿された花のひとつひとつにはどこか見覚えがあった。それは昨日、花畑を見にいった時に女の子たちが摘んでいた花だった。
「お花……私に、いいの?」
「ブランカ様が一番だから、いいの!」
屈託のない笑顔を向けられ、私はくすぐったい気持ちで微笑んだ。
「みんな、ありがとう」
それから子供たちと身支度を整え、朝食までごちそうになった。農作が盛んなこの地は、野菜が新鮮でとにかく美味しい。手のこまないシンプルな食事がこんなに美味しいものだと、私ははじめて知ったかもしれない。
そして、朝の支度をすべて終えた、ちょうどその頃。リゼル様がやってきて、私たちは王都から遠い地で再会したのだった。
*
「フード、かぶらなくていいのかしら」
花祭りに出かけた私たちは、人の行き交いが増えてきた町の通りを歩く。ユドリムに渡された外套を羽織ったはいいものの、髪を結ってくれた子たちやリゼル様に「えー!? かぶるの!?」と言われ、フードをかぶれずにいた。
「せっかく綺麗なんですから、ユドリムのいうことなんか聞かなくていいですよ。たくさん見せびらかしましょう!」
そういうリゼル様も、ちゃんと侍女に身支度を整えられているようだ。王都で見ていた装いと特段変わりがなく、二人で歩いていれば私だけ浮くことはなさそうだった。
「ブランカ様のお隣を歩けて、私は幸せ者です」
「まぁ。私も、可憐なリゼル様とこうしてお祭りを見ることができて幸せですよ」
ほわわわっと見えない花を咲かせるリゼル様に、私もユドリムの一方的な言い分を聞く必要もないかと思い直した。
「ところで、リゼル様はユドリムからどこまで話を聞いていますか?」
ここに来てくれたということは、ユドリムからいろいろと聞いているのだろう。そう思っての問いかけだったが、リゼル様はきょとんと私を見返した。
「私は、ブランカ様が花祭りにきていることしか聞いていないですよ」
「……ユドリムが騎士を辞めたことも?」
リゼル様が足を止め、わずかな静寂が訪れる。目をまんまるにさせたリゼル様の頭に、ようやく私の言葉が届いたらしい。
「ユドリム、騎士辞めちゃったの!?」
素のトーンで叫び、リゼル様は慌てて取り直した。
「ごめんなさい、びっくりしちゃって。そんな話、聞いてないです」
「こちらこそ、驚かせてごめんなさい。リゼル様には話しているものだと思って」
「ユドリムは、自分のことはそんなに話しませんから……」
「そうはいっても、リゼル様の家庭教師のことだってありますし。どうするつもりだったのかしら」
「そういえば、頻度を減らそうとは言われていました。それが不安なら、ブランカ様に学べばいいって……」
「……聞いてないわね」
そんな提案、一言も聞いていない。けれどリゼル様に話していたということは、それなりに前からここに戻ることを考えていたということだろう。
「ユドリムはなぜ、騎士を辞めてしまったのでしょうか」
母であるパルムにも打ち明けず、王都で世話をしているリゼル様にも打ち明けず。おそらくその理由の発端であろう私は、何も言えなかった。
私とリゼル様の間に会話がなくなると、そこを目掛けたかのように一人の男性が私に近づいた。驚き振り返ると、髪に花を挿し込まれた。男性はものすごく素朴そうな見た目で威圧感がなくて、こんな状況にも関わらず心の中でホッと安堵した。そしてその男性は、期待を込めた瞳で私を見つめた。
「えっと……?」
「あなたがよければ、お返しがほしいのですが」
お、お返し?
花は、一番大切な人に贈るのだと子供たちに教えてもらった。つまりこれは、告白と受け取っていいのだろうか? でも、お返しってなに?
「お気持ちだけ受け取るわ。ありがとう」
とりあえずお礼を告げると、男性は「ですよね……」と肩を落とした。「楽しんで」と言ってくれるあたり、悪い人ではないのだろうけれど。
「軽すぎじゃない?」
私とは初対面だというのに。見た目とは裏腹な軟派さに、私の中に謎が残った。
その後も、違う男性が私の髪に花を挿しにきた。いくつも挿されて断って、を繰り返していると、これはもしかして私が思うよりも気軽に配るものなのかもしれないと考えるようになった。私が断ったあとに、リゼル様に花を渡す男性もいるくらいだったから。
「やっぱり、ブランカ様は人気者ですね」
私と同様に、花で髪を飾られたリゼル様が上機嫌に笑う。
「その花は、夜にあるダンスのお誘いなんですよ」
「ダンスの? どうしよう、私いっぱい受け取っちゃったわ」
ダンスがあることは教えてもらったけれど、その誘いに花が使われるなんて聞いていない。誘いのすべてを断ったとはいえ、「ありがとう」のお礼だけで済ませてしまった男性もいる。もし勘違いが起こっていたらと、私は不安になった。
「大丈夫です。ダンスのパートナーになるには、お互いのお花を交換しないといけませんから」
リゼル様の言葉に、私はすぐに胸を撫で下ろした。
「お花は一番大切な人にあげると聞いていたから、驚いちゃったわ」
「近年はそこに、若者の娯楽が加わっているんです。みんな、社交会に憧れているんですよ」
昨夜、ダンスを教えた子供たちの食いつき具合に納得がいった。こういった大人の流行りに、子供たちも乗っていたのだろう。
「ブランカ様、お花持ってますよね?」
「えぇ。みんなと一緒に探したの」
「そのお花は、絶対にブランカ様が決めた人に渡してくださいね」
決めた人……むしろ、私の花はその人に渡すためだけに選んだもの。髪に飾られた青い花を指先で撫でて、私はリゼル様にはにかんだ。
町の広場に近づくと、花を持った若者が格段に多くなった。ここが夜のダンス会場となるのだろう。簡素なステージが設置され、まわりに装飾がほどこされている。そのステージ横に、見慣れた黒髪を見つけた。
「ユドリム、見つけた!」
リゼル様が声を大きくすると、ユドリムもこちらに気づいた。ユドリムは、花祭りの警備兵の制服を着ている。仕事があると言っていたが、その仕事がこれだったのねと、私はひとり納得した。
ユドリムは私に目を留めるなり、ものすごく眉間に皺を寄せて足早に近づいてきた。
「お前はなんでフードかぶってねぇんだよ」
そして、フードをかぶせられた。
「いいじゃない、隠さなくても。ブランカ様、すごくモテモテだよ?」
「だからだろうが」
ユドリムはリゼル様に何気なく返したのかもしれない。でも、私はその言葉にどきりとした。リゼル様も何を察したのか、口元をにんまりと緩めた。
「ブランカ様がモテたら嫌なんだ?」
「トラブルの元だろうが」
「ふーん?」
ちらりと、リゼル様がユドリムの腰紐に目を落とす。警棒を携えた腰紐の、背中側のほう。ちらちらと、花びらが見え隠れしていた。
「でも、ユドリムも人のこと言えないよね? 自分もちゃんと断らなきゃトラブルの元になるよ」
「俺はちゃんと断ってるよ」
「後ろに、かわいいお花を挿してるのに?」
「は?」
肩で振り返ったユドリムは、腰紐に挿された花を見つけたのだろう。「うわ、いつのまに……」と嫌そうにつぶやくあたり、勝手に挿されたことは確かなんだろうけれど。
なんとなく、私はおもしろくなかった。
「ブランカ様、行きましょ。他の所もご案内したいわ」
「そうね。行きましょう」
リゼル様に誘われ、私はすぐに頷いた。
「おい、フードかぶってろよ」
私は無言でユドリムを見やると、当てつけのようにフードを取った。ユドリムが「おい!」と声を大きくしたが、お構いなしだ。
ツンと素っ気なく、私はリゼル様と並んで人の波に紛れ込んだ。




