24.一番の花
翌日、ユドリムと共に再び孤児院を訪れた。
太陽の下で改めて見る孤児院はかなり古びた建物で、壁にはヒビが入り屋根にかけて植物の蔓が張っていた。けれど、中から子供たちの賑わう声が聞こえてくるおかげか薄暗い印象はまったくなかった。
ユドリムが軋む玄関扉を開けると、「わぁ!」と子供たちがすぐに集まった。私にも「昨日のお姫様だー!」と取り巻きができる。
「母さん、ただいま」
ユドリムが部屋の奥に声を張る。呼ばれて出てきたのは、腰を曲げて杖をついた、小柄なおばあさんだった。
「おかえり、ユドリム。その方は?」
「俺の……お客」
ユドリムが言いにくそうに答えてから、私を振り返る。おばあさんは私と目が合うと、朗らかに微笑んだ。
「パルムと申します。この孤児院の院長をしております」
「はじめまして、パルム様。ブランカ・シュトラールです」
「シュトラール……」
パルムが驚き、すでに曲がっている腰をさらに深く折り曲げた。杖をつく年長者にそんな体勢をとらせてしまい、私は慌てて声をかけた。
「不躾に押しかけてしまい、申し訳ありません。どうか、頭を上げてください」
「不躾など、とんでもない。このような所にお出向きいただき、恐縮でございます」
なかなか頭を上げてくれないパルムの肩にユドリムが手を置くと、ようやくパルムの顔を見ることができた。その顔は、緊張に強張ってしまっていた。
「母さん、大丈夫だよ。このお嬢様は堅苦しいやりとりに頓着しないから」
「そうはいっても、宰相様の……公爵家のご息女でしょう」
「あれ、知ってんのか」
「宰相様の家名なら、この国の誰もが知っているよ」
ユドリムがちらっと私を見る。へー、そんなに有名なんだとでも言いたげな瞳だった。家柄をひけらかすつもりなんてないけれど、シュトラールは当たり前に誰もが知る名だと私も思っていた。ユドリムは殿下の騎士になってはじめて貴族の家名を覚えたんだろうなぁと、ちょっと呆れた。
「おい、顔に出てるぞ」
「ごめんなさい、つい。頑張って覚えたのね」
「オルフェリウスもシュトラールも、覚えにくいんだよ」
「王家の名前くらいちゃんと覚えておきなさいよ……。あなた、それでよく殿下の騎士になれたわね」
「殿下は笑って許してくれたからな」
「殿下も殿下だわ」
皮肉めいた久しぶりのやりとり。私たちはまた、こんな会話をできるんだと思うと嬉しい気持ちになる。
パルムはユドリムの軽口に青ざめていたが、そのうち私たちの口元に笑みを見つけて「堅苦しさは不要」を理解したようだった。
ユドリムはまとわりつく子供たちを見回して、パルムに尋ねる。
「今いるのって、もしかしてチビたちだけ?」
「そうね。上の子たちはみんな、花祭りのお手伝いに行っているから」
ユドリムや私にまとわりついている子たちは、年齢の大きい子で五歳くらいだろうか。あどけない、きらきらとした瞳がずっと「遊びにきたのー?」と訴えかけてきている。ユドリムが「んー……」と唸って私に向いた。
「子供、好き?」
「小さい子は可愛らしくて好きよ」
「んじゃ、いいか」
「なにが……?」
不穏を感じるユドリムのあっさりとした物言い。ユドリムは、小さな子たちに目線を合わせるようにその場にしゃがんだ。
「このお姉さん、花祭りに行きたいんだって。お前ら、一緒に花を探してやってくれるか?」
これまで聞いたことのない、小さな子に向けるユドリムの優しい声音。一瞬、心臓が止まったかと思うほど驚いた私は、子供たちの「いいよー!」という元気なお返事で意識を引き戻された。ぎゅっと、小さな手が私の手を握る。
「綺麗なお花がある場所、僕知ってるよ!」
「わたしが知ってるお花のほうが綺麗だよ!」
「ねぇ、私も手を繋ぎたい!」
「順番してよー!」
ケンカし始めた小さな子たちに引かれて歩く私は、戸惑いながらユドリムを振り返る。
「いってらっしゃい。俺も出るから、あとよろしく」
よろしくって何……!?
さすがに止めようとしたパルムをユドリムが止め、私にひらひらと手を振る。玄関を出ると、お行儀のいい子が扉を閉めてにっこりとした。
「しゅっぱーつ!」
小さな体で力強く引っ張る子供たちに連れられて、私は近場の花畑へと案内された。
花畑の横には、細くて浅い川が流れている。綺麗なお花のある場所を知っていると私の手を引いて先頭を歩いていた男の子は、もはやお花への興味はなく川を覗きこんでいた。お魚がいるんだよ、と他の男の子も集まって夢中になってしまっている。
対して女の子は、ちゃんと私の横にいてお花のことを教えてくれる。会話の成り立ち度やいきなり走り出さない落ち着き具合から、こんなに幼くても女の子のほうが大人なのね、と私は感心した。
「花祭りには、お花が必要なの?」
「そうよ。みんな持ってるの」
「お花をどうするの?」
「一番の人にあげるの!」
屈託のない笑顔を向けられて、私の頬がふにゃりと緩んだ。
「じゃあ、とびっきり綺麗なお花を探さなくちゃね」
「うん! とびっきりのね!」
私は、色とりどりの花を女の子たちと一緒に見て回った。あれが綺麗だよ! これも綺麗だよ! と、女の子たちは私が見つけられない可愛らしいお花をいっぱい教えてくれる。庭師のいない花畑はいろんな種類の花がたくさん咲いているが、だから雑多ということではなく、彩り豊かでとても綺麗だ。その中から一番の花を探すなんて、まるで宝探しのようだった。
「あっ」
女の子たちが通り過ぎる中、私は一輪の花に目を留めた。私が足を止めたことで、女の子たちもその花に気づく。
「ブランカ様、青が好きなの?」
そこにあったのは青い花だった。女の子たちがすすめてくるようなピンクや赤などの可憐な色合いじゃないし、花びらに丸みもなく可愛らしい見た目でもない。けれど、だからこそ、似合うと思った。
「……そうね、好きよ」
私にとっては、くすりと笑える思い出の色。温室カフェでユドリムと私の触れた花は、もっと深い青だったけれど。——こうして心が変わるだなんて、あの時は思ってもみなかった。
「私、これにするわ」
「ピンクとか、可愛い色じゃなくていいの?」
「えぇ。私は、この青がいいの」
青い花を摘み取ると、とても満足した気分になった。そして、どきどきと胸が高鳴る。受け取ってくれるかしらと、緊張と期待が胸を巡った。
そんな私の気持ちが、顔にも出てしまっていたらしい。「一番が見つかってよかったね」と小さな子に言われて、思い改める。存外、私は今の状況にはしゃいでしまっているのかもしれない。
「帰ろう、ブランカ様。摘んだお花は水に差すんだよ」
「そうね、帰りましょう」
片手に小さな花束をつくった女の子の手を握る。花畑の中、ふわふわとして、なんて和やかな時間なんだろう。
そう思ったのも束の間、私たちの背後で、ばしゃーんっと大きく派手な水音が立った。驚いて川を見ると、男の子たちが全身ずぶ濡れで水を掛け合っていたのだった。




