21.私が決めたの
――ユドリムは、おそらく故郷に帰っているはずだ。
殿下の手紙には、ユドリムの故郷がどこにあるのかも記されていた。王都から山を三つも越えた先の、小さな町。
何日も馬車に揺られ、日の落ちる頃にようやくたどり着いた私は、馬車の窓から顔を出して王都とは違う空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「何もないけれど、空気の澄んだ綺麗なところね」
小さな町のまわりには田畑が広がり、自然が身近だ。川が流れ、木々がこんなにも茂っている。造られた世界に身を置く私は、新しい世界を見つけたような気分になった。
馬車は町中の整備の行き届いていない道を進み、やがて孤児院の前で停車した。
私が馬車から降りると、孤児院の前庭らしきところに子供たちが集まっている。
「やーめーろー、お前ら。まとわりつくな」
その子供たちの中心に、平民服姿のユドリムが立っていた。
「ユドリム……!」
追い求めた姿に私が声を上げると、ユドリムは驚いて顔を上げた。そしてすぐに、私に冷たい視線を送った。
「……何しに来た?」
瞬く間に、空気が凍りつく。ユドリムからそんな冷たい態度を取られたことがなく、思わず怯んでしまった。
しかし――子供たちは、私たちのそんな空気感などお構いなしに騒ぎ始めた。
「誰? ユドリム、誰!?」
「馬車があるよ! 貴族の人だよ!」
「とっても綺麗なお姉さんね……!」
「お姫様かな?」
「ねぇお姉さん、誰ー?」
ユドリムを囲んでいた子供たちは、わらわらと人懐こく私を囲んだ。
一瞬にしてユドリムの不穏さが散り、「お前らやめろ、あっちいってろ」と子供たちを私から引き離しにかかった。文句を言う子供を「シッシッ」とあしらっている。
「ユドリムぅ、明日もまだ町にいる?」
「いるよ。ここにも来るから、もう中入んな」
その返答に納得したらしい子供たちは、「じゃあねー」と手を振って孤児院の中に帰っていった。嵐が過ぎ去ったように静かになる。ユドリムは私に目を向けず、口を開いた。
「で、何?」
「あなたを追いかけてきたの」
「なんで?」
「急にいなくなったからよ。ここで何してるの?」
「別に、お前に関係ねぇだろ」
「関係なくないわ」
ユドリムが行ってしまおうとするので、私は殿下から預かったユドリム宛の封筒を差し出した。
「殿下から預かってきたわ」
ユドリムは無言で封筒を手に取る。しばらく見つめたのち、ゆっくりと封を開けた。
殿下からの手紙には、いきなり職を辞した騎士に対してさぞかし厳しいことが書かれているのだろう。ユドリムの真剣な瞳に、内容を知らない私はどきどきしてしまう。
しかし、読み進めたユドリムがどんどん顔をしかめていった。その様が不思議すぎて、私も手紙を横から覗き込んだ。
『僕にとってお前は恋敵だが、大事な友人でも、騎士でもある。ブランカほど簡単に、お前を諦めたりしないよ』
ん? と思うような内容が書かれていた。
「これは……?」
ユドリムをおずおずと見上げると、ものすごくしかめた顔で私を見た。
「え、なに。お前もしかして、殿下のプロポーズ断ったの?」
「断ったわよ」
「なんで……?」
「私が選んだのは、殿下じゃなかったから」
ユドリムは「えぇー……」と口元を押さえた。
「本当に、なんで? ていうか殿下、こわっ。片想いしてたお嬢様より、俺への愛のほうが重くねぇ?」
「私への気持ちがあなたに向いちゃったのかしら……」
「いや、違うから。それはないから」
ユドリムは「はぁー……」と深くため息を吐いた。
「吹っ切れるにもほどがあんだろ……」
殿下を振った私を前にして遠慮のないユドリムに、なんともいえない居心地の悪さを感じる。
そこから話のうまい繋ぎかたも思いつかず、軽口の戻ったユドリムに私は強引に要件を伝えた。
「あの、そういうことだから……。ユドリム、一緒に帰りましょ?」
「俺は帰らねぇよ」
「どうして?」
殿下の手紙にも『帰ってこい(意訳)』と書いてあったのに。
見上げた私から、ユドリムが一歩距離を置いた。
「殿下の騎士は、もう辞めたんだ」
ユドリムの言葉が重い。私たちの間を、静かに風が吹き抜けた。
「なぜ、騎士を辞めたの?」
ユドリムが私を見た。まっすぐに、偽ることのない瞳で。――だけど、何も答えてはくれなかった。
「手紙はちゃんと受け取ったよ。ご足労で悪いけど、帰ってくれ」
「あなたが帰らないのなら、私も帰らないわ」
すると、ユドリムは私をバカにするように鼻で笑った。
「帰らねぇって、どうすんだよ。もう日が落ちるぞ。お嬢様が、この小汚ぇ町に宿住まいでもするつもりか?」
「宿があるの?」
「あるよ。お前が見たこともないだろう、古くさい宿が」
それを聞いて、私はにっこりと笑んだ。
「そう、じゃあそこに案内して」
「……は?」
眉を顰めたユドリムをほっといて、私は待たせていた御者に指示を出す。最低限にまとめてきた荷物だけ下ろしてもらい、御者は私に会釈した。
「ご苦労様。ここまでありがとう」
去り行く馬車に、私は手を振って見送った。ユドリムは信じられないという顔をしていた。
「それで、宿はどこ?」
「いや待って。は? お前何考えてんだよ」
「だから、私はユドリムと一緒じゃないと帰らないって」
「つーかお前さ、最初から思ってたけど、なんで護衛連れてねぇの? 自分の身分わかってる?」
「別に、いらないわよ」
「おいおいおい、襲われたの忘れたのかよ。警戒心は? いつでも俺が守ってやれるとは限られねぇんだぞ」
「ユドリムは、いつでも私を助けてくれたものね」
私が言うと、ユドリムは黙った。私が襲われる理由は、殿下と懇意にしていればこそあるもの。それがなくなった今、私が狙われる理由はない。
なぜユドリムがいつでも私を助けてくれるのか、私が核心に触れかけて、ユドリムは口を引き結んでしまった。
そんなユドリムに、私は腰に手を当てて胸を張った。
「聞きなさい、ユドリム。私はあなたを連れ戻したい一心でここまで来たの。これは、私の意思よ」
「知るかよ。俺の意思は?」
「あなたの意思も尊重するわ。だから、あなたが帰りたくなるまで私は待ってる」
「なんだよそれ、ばかじゃねーの?」
ユドリムは、両手で顔を覆って「あー、もー。あー……」と嘆いた。
「せっかく離れたのに、なんでついてくんだよ……」
ちらりと私を見て、ユドリムは首を振る。私が頑として意志を変えないことなど、今までの付き合いで知っているだろう。
「それで、宿はどこ?」
「いや、領主んとこに……」
「ちょっと、私を領主様に押し付ける気?」
「あ、いや。まだアイツは来ねぇんだった」
ユドリムは私の話を聞いていない。
しばらく苦悩して、ようやく顔を上げた。
「……宿、こっち。お嬢様にはつらい環境だぜ」
「かかってこいよ」
「なんでそんな楽しそうなんだよ」
ユドリムに問われ、私は「ふふっ」と声を上げた。
「だって、私が決めたのよ。私が、あなたを連れ戻すって決めたの。絶対に、連れ戻すんだから」
笑顔の私に、ユドリムは複雑な表情をしていた。




