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夢のような物語にさよならを〜品行方正な王子より、不遜な護衛騎士に恋をしました〜  作者: 猫じゃらし


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20/30

20.二つの手紙


 王城でのダンスパーティーが終わってから、私は抜け殻のように過ごした。

 悩んでいた殿下との関係に答えを出し、胸に溜まった色濃い靄がすっきり晴れたのも束の間。ユドリムが騎士を辞めたと聞いて、私の胸にはぽっかりと穴が空いてしまった。あのあと、私はどうやって家路についたのか覚えていない。殿下になんと返したのかも、まったく覚えていないのだ。

 それほどに、ユドリムがいなくなったことがショックだった。


「どうして?」


 それも、このタイミングで。

 俺にしとく? なんて言っていたくせに。私のことを、あんなふうに抱きしめたくせに。

 揶揄い混じりだったことはわかる。それでも、ユドリムの言葉に救われたのは事実だったから。


「どうして、何も言わずに消えてしまったの……」


 こんなにあっさり別れが訪れるなんて、思ってもみなかった。

 


 *



「ブランカ様、ごきげんよう」

「エミリア様……」


 兄にお茶に呼ばれて渋々自室を出ると、用意された部屋にはエミリア様が待っていた。

 私を呼んだ兄の姿は見えず、使用人も私が席につくなりみんな退出してしまって。エミリア様と二人きりにされ、会う予定があったかしらと私は困惑した。


「ルーカス様に、ブランカ様が思い悩んでいるとお聞きしました。何か、私にできることはありませんか?」


 なるほど……。お兄様が気を回したのね。


「以前もお見舞いにいらしていただいたのに。二度もお気遣いただいて、申し訳ありません」


 私が謝ると、エミリア様は大袈裟に首を振った。


「違います! 違うんです、ブランカ様。私がブランカ様のお力になりたかったんです」

「いいんですよ、エミリア様。兄が頼んだのでしょう?」

「ルーカス様は関係ありません! 私が、ブランカ様に会いたいとルーカス様にお願いしたんです!」

「エミリア様、そんなに必死にならずとも……」

「私、ブランカ様にお返しがしたいんです。私とルーカス様がケンカをした時、仲を取り持ってくれたのはブランカ様でしたから」


 ケンカ……? というと、建国祭の一件かしら。

 あの時の兄とエミリア様のすれ違いの原因の一端には、不本意ながら私が含まれていた。そのこともあり兄には少しばかり助言をしたが、結局解決したのは当人たちがちゃんと向き合ったからなわけで。エミリア様が私に恩を感じる必要はない……の、だけれど……。


「ブランカ様ぁ……」


 小動物のようなつぶらな瞳に懇願されては、エミリア様の気遣いを断ることができなかった。


「……では、聞いていただけますか」


 私は小さく息を吐いて、エミリア様にこれまでのことを話した。


 殿下に誘われ、ユドリムも交えて過ごした日々は、どれもこれもがひだまりのようにあたたかな思い出だ。

 友人という立場に甘えた時間ではあったけれど、殿下は私にとって本当に良き友人だった。ユドリムだって、最初のうちはお互いにいがみ合ってはいたけれど、それも次第になくなった。思ったことを言い合える仲というのは、とてもいいものだった。

 日々を過ごす私は常に「殿下とどうなるべきか」を悩んでいて、その時間にあまり向き合えていなかった。今なら、あの日々がどれだけ尊いものだったかわかるのに。

 ――ユドリムへの想いに気づくのも、きっと遅かったのだ。


 殿下の立場に障らぬようエミリア様に話し終えた私は、また気持ちが沈み込んでしまった。


「私は、どうしたらいいのかわからないんです」


 思い出は、こんなにも優しいのに。

 鎖で縛られたように、私はどうしてか動けずにいる。


「ブランカ様は、その騎士様のことが本当にお好きなんですね」

「……はい」

「ブランカ様にそれほど想っていただける騎士様は、幸せ者ですね」

「そうでしょうか。私は、嫌われてしまったんじゃないかと……」


 頬に涙を伝わせた私に、エミリア様はふわりと笑んで手を握ってくれた。


「そんなことありません。嫌ったならむしろ、騎士様はブランカ様の前から去ることをしていないはずです」


 涙があふれるままに、私はエミリア様を見つめた。


「私は思うのです。騎士様は、ブランカ様を想っているから離れたのではないかと」

「そんなこと……」

「お話を聞いている限り、そうとしか思えません」


 ユドリムが、私を……?


「ブランカ様も、そう感じていたのではありませんか?」


 エミリア様に言われて、私の中に募っていた感情があふれた。ずっと蓋をして、考えないようにしていたこと。


 ――私だって、同じように思っていたから。

 そうじゃなければ、一人で窓を割って、あんなに荒々しく突入して助けになんか来ないもの。殿下の想い人というだけなら、ちゃんと応援を呼んで万全の体制で助けにくるはずよ。自分がぼろぼろなのに、私の傷ばかり心配しないでしょう?

 ……あんなふうに、抱きしめたりもしないわ。


 エミリア様は、ハンカチで私の涙をそっと拭ってくれた。


「私、お話を聞いて最初は、ブランカ様はどうして追いかけないんだろう? って思ったんです。そんなに想ってる方を、諦めちゃうの? って」


 一拍置いて、エミリア様は憐れむような眼差しになった。


「……でも、違うんですね。ブランカ様は追わないんじゃなくて、追えなかったんですね」

「……」

「騎士様を追えば、殿下に申しわけが立たないと思うのでしょう。だから、追えずに塞ぎ込んでいたんですね」


 心がからっぽで、考えようとしたら思考はとりとめがなくなって。それでも理性で留まっていた私をエミリア様が言語化してくれた。それが、ストンとからっぽの心に落ちていった。

 「でもね、ブランカ様」とエミリア様は続ける。


「もし、今回のことで騎士様が殿下の元に残られたとしても、ブランカ様は想いを秘めたままだったと私は思います」

「……そうだと思います。ユドリムは、殿下の騎士ですから」


 ユドリムが殿下の騎士である以上、私はユドリムに想いを伝えない。エミリア様のいうとおり、殿下に申しわけが立たないから。

 もしユドリムが本当に私に想いを寄せてくれていたとしても、ユドリムも私を望むことはないだろう。きっとずっと、想いは平行線のままだった。


 答えた私に、エミリア様は諭すように柔らかな口調になった。


「ブランカ様。もっと、心のままに自由にしていいんですよ」

「心のままに?」

「アルヴィン殿下も、それを望まれているのではないでしょうか」

「殿下も……」


 その言葉に、私の涙がぴたりと止まった。

 ――どうして、そのことに気づかなかったのかしら。


 殿下は、あんなにも優しい人なのに。勝手に申し訳ないと遠ざけて、決めつけて。殿下なら、当たり前に私の気持ちを押してくれるだろうに。ユドリムのことだって、私以上に一緒に過ごしてきた騎士なんだから。

 私たちが殿下に遠慮して何もせず、想いを隠したまま離れ離れになってしまうほうが、殿下は傷つくだろう。


「ブランカ様は、どうしたいですか?」

「私は……」


 ユドリムが好き。それは、揺るぎのない想い。

 ただ、行動に移す勇気だけがなかった。エミリア様のおかげで、私の心はようやく決まった。


「ユドリムを、諦めたくない」


 私の決意に、エミリア様は笑顔に満ちた。


「えぇ、えぇ、ブランカ様! それでいいんです。心のままに求めていいんです!」


 席を立ったエミリア様が、わざわざ私のほうへ小走りで回り込んで抱きついてきた。

 私の決意に、私よりも嬉しそうに涙をにじませる。殿下にしても、ユドリムにしても、エミリア様にしても。私のまわりにいる人たちは、いつだって私の背中を押してくれる。優しい人たちばかりだ。


 そこに、コンコンと扉がノックされた。


「お兄様」

「決めたようだな、ブランカ」


 部屋に入ってきた兄は、ジャケットの懐から二通の封筒を取り出して私に見せた。


「アルヴィン殿下から手紙を預かっていた。お前が決めたら渡してくれ、と」

「殿下から?」


 私は手を差し出す。しかし兄は、封筒をさっと引っ込めた。


「……お兄様? 手紙をください」

「本当は、こんな手紙など私は燃やしてしまいたかったのだが」


 兄の封筒を持つ手に力が入り、くしゃりと皺が入った。


「お前を振り回した張本人だ。振られてなお、まだお前を振り回そうとしている。そんな男の手紙を、私がお前に渡したいと思うか?」


 兄なりの心配なのだろう。兄だって、私に優しさをくれる大切な一人だ。けれど、決意をした今の私に兄のその心配は邪魔なだけだった。兄の心配と優しさは、これまでに私の背中を押してくれたことはなかったから。


「お兄様、ご心配おかけしました。エミリア様にお話を聞いていただいて、私は心が決まったのです。手紙をください」


 兄は便箋を持った腕をあげて、私が届かないようにした。


「お兄様……」

「ブランカ、男は他にもいるぞ。お前を振り回したりしない、穏やかな男が他にも」


 大人気のない兄にどうしようか困っていると、そこでエミリア様が口を開いた。


「ルーカス様がそれをおっしゃるの?」


 途端に、固まる兄。エミリア様からそんな言葉が、と驚く私。エミリア様は兄に、無邪気な笑顔を向けた。


「でしたら、私にも紹介していただきたいですわ」

「エ、エミリア!」


 焦った兄は、封筒を放り捨ててエミリア様の前に膝をついた。エミリア様の両手を握って、涙を溜めて懇願し始める。


「そんなことを言わないでくれ。こんな私だが、君への愛は誰にも負けない。不器用ゆえどうしても君に心配をかけるが、それでも私は……っ!」


 兄の告白をにこにこと聞きながら、エミリア様が横目でちらりと私に視線を送った。

 私はハッとして兄が落とした封筒を拾う。そのまま、自室へと戻った。



 殿下からの手紙は二通。一通は私宛。もう一通は、ユドリムに宛てたものだった。

 私は、私に宛てられた封筒を開いた。




————


 君がこの手紙を読んでいるということは、ユドリムの元へ行く決意をしたということだね。

 これまで君の気持ちを我慢させてすまなかった。

 前を向いてくれてありがとう、ブランカ。


 僕は、君とユドリムの間に何があったのかは知らない。

 僕が踏み込むべきじゃないことはわかっているから、詮索もしない。

 けれど、ユドリムが僕の元を去った理由を、僕は理解することができる。

 だから、僕ではあいつを連れ戻せないんだ。


 ブランカ、お願いだ。

 ユドリムを連れ戻してくれないか?

 君なら、あいつを連れ戻せるだろう。

 僕の騎士も、僕の友人も、君たち以外にはありえない。

 一人の友人として、僕は君の心を応援するよ。


 最良の友 アルヴィン・オルフェリウス


————




 殿下は、どこまでも誠実であたたかい。太陽そのものだ。

 手紙を抱きしめた私は、ぼろぼろと涙をこぼした。悲しい涙ではない。最良の友にもらった、優しい涙だ。


「ありがとうございます、アルヴィン殿下」


 私は涙を拭うと、ユドリムの元へ行くために荷造りを始めた。




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兄、めっちゃ尻に敷かれてるの図( *´艸`*)
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