2.不遜な騎士
アルヴィン殿下とはその後、少しずつ親交を重ねていった。
最初のうちは王城のパーティーや私が自宅で催すちょっとしたティーパーティーなど、他にも参加者がいる上での気兼ねないやりとりだった。
言葉を交わすごとに私は殿下のことを知り、殿下もまた私のことを知っていく。そうして初対面のぎこちない友人同士は、あっという間に「令嬢」と「王子」をこえて親しくなった。
そして、殿下から「二人で」とお誘いを受けて出かけることも増えていった。
「ブランカ、手を」
「はい」
殿下のさりげないエスコートはいつも丁寧で優しく、どうして気づいたんだろうと驚くほどによく察してくれる。
それは相手が私だからということではなく、殿下の元来の人柄のようだった。誰に対しても朗らかに誠実に対応する殿下は、結婚願望のある令嬢に限らず誰からも慕われる太陽のような人だ。
飾らない殿下を、私も心から素敵だと思っている。
「オペラはどうだった?」
「とても素晴らしかったです。お誘いいただき、ありがとうございます」
「よかった。このあとは食事を予定しているけど、その前に寄りたい所はある?」
「いいえ、特には。いつもアルヴィン殿下にお任せして申し訳ありません」
「僕が好きでやってるからいいんだ。今日も、君の好きそうなお店を予約したよ」
こうして、本心から私を優先してくれるところが。
友人だというのに、お手本のような王子様の振る舞いに、私は甘えていいのだろうかと戸惑ってしまう。
「たまには、アルヴィン殿下のお好きな所をお選びくださいな」
「気にしないでくれ。君の喜ぶ顔を、僕が見たいだけなんだ」
馬車には、私と殿下の二人きり。殿下の頬にはすぐに紅がさした。
人前だと堂々としている殿下なのに、私との時間では想いを隠すことなくストレートに言葉にしてくるのだから侮れない。
はっきりとは言わず、けれどしっかり好意を態度に出されてしまえば、友人だと割り切って付き合っている私もぎゅっと鷲掴みにされるし罪悪感が芽生えてくる。
友人、今はまだ友人だから、と心で念じながらなんとか殿下をかわそうとする私は、そっと馬車の外を見た。
――ほら、また。
馬で並走するユドリムは、のんきにあくびをしている。
「……アルヴィン殿下のおすすめのお店にも、ぜひ連れていってほしいです。私にも、アルヴィン殿下のお好きなものを分けてほしいわ」
殿下が素敵な王子様を発揮してくれている後ろで、ユドリムはここぞとばかりに退屈そうにあくびを連発する。それは今に始まったことではなく、殿下と友人としてのお付き合いが始まったその時から、ユドリムはそんな感じだった。
最初はもちろんぎょっとしたし、殿下に見つかったらまずいのではとヒヤヒヤしていたのに、ユドリムは一切それを改めようとしなかった。あくびを噛み殺す努力さえしようとしない。
殿下の意識が私にしか向いていないのをいいことに、ずいぶんと不敬な態度で私はだんだん呆れていった。
「君は優しいね。僕のことを知ろうとしてくれる」
「友人ですから」
「そうだね、友人だ」
また、視界の端でユドリムがあくびをした。
私に隠そうともしないその能天気さに、今はほんの少しだけ助けられた気がする。
殿下を傷つけずうまくかわせたかなと、私は小さく息を吐いた。もしかしたら、殿下が察して引いてくれたのかもしれないけれど。
「そろそろ着くよ」
「はい」
殿下から向けられる気持ちは素直に嬉しいし、お姫様のように扱ってくれる二人の時間は好きだ。
だけど簡単に答えを出すことができないのは、私に政略結婚ではなく『自由』の選択を与えられたからだろう。この人でいいのか、後悔することはないだろうかと慎重になるのは当たり前なことだった。殿下の、王族という立場も大きく悩む種である。
「降りよう、ブランカ」
馬車が止まり、先に降りた殿下が手を差し伸べてくれる。
私がその手を取り目が合うと、眩いほどの笑顔を向けられた。本当に太陽そのもの。
そんな人だからこそ不思議なのは、どうして私なんだろうということだけれど。その質問をぶつける時はきっと、友人関係が終わる時だと、今は聞けずにいる。
殿下の手を支えにステップに足を置く。その時、近いところから男の怒鳴り声が聞こえた。
驚き気を取られた私の腕を、横から伸びたユドリムの手が掴み引っ張った。とっさのことにステップから滑り落ちた私は、殿下に抱きとめられた。
「な、にが……」
「シッ。このまま僕から離れないで」
キンッ! と金属のぶつかり合う音が響く。
すぐ前にいるユドリムが、いつの間にか腰にはいていた剣で見知らぬ男に応戦していた。
ギチギチと刃がぶつかり合い、嫌な音を立てている。
「ユドリム」
「殿下、お下がりを。そこにいられると剣が振れません」
「はいはい」
途端、ひょいっと殿下に抱き上げられ私は泡を食う。自分で歩けます、とか、重いので……! という主張は笑顔ですべて受け流された。
他の護衛騎士に囲まれ安全が確保されたところで、殿下はユドリムを振り返った。ユドリムは、殿下が離れたのを確認するやいなや男の剣を振り払った。
「誰の差し金だぁ? おいコラッ!」
そのまま反撃の隙を与えず、力の限りに男の剣を叩き落とした。というより、叩き折った。
男は武器を破壊され、当たり前に怯えて敗走した。その背中にユドリムが声を荒げる。
「はぁ? もう終いかよ! 命取りにくんならもっと命懸けでこい。雑魚が!」
「やめろ、ユドリム。ガラが悪い。どっちが悪者かわからないじゃないか」
男の捕縛は他の騎士の仕事らしい。殿下に窘められたユドリムはその場に残り、ふんっと鼻を鳴らした。
あまりの口の悪さに、私はただただ言葉を失っていた。
「すまない、ブランカ。怖かっただろう」
「あ、はい……あ、いえ」
小狡くて、怠惰。不敬だけど殿下の護衛はしっかりとしていて、剣の腕もおそらく群を抜いている。殿下の騎士に選ばれているのだからそこは偽りのない事実だし、何より殿下もユドリムのその態度を大目に見ているようではあったけれど。
掴めない人だなと、これまでの認識にさらにガラの悪さが加わり、ある意味で印象がひっくり返ってしまった。
「殿下。そのお嬢様、重くないんですか? 下ろせば?」
「こら、ユドリム!」
……ううん、複雑なことはない。ただの無礼な男だった。
「ブランカ、気を悪くしないでくれ。口は悪いが、悪い奴ではないんだ」
「アルヴィン殿下が庇わずとも、気にしておりませんので大丈夫です」
そっと殿下の胸を手で押して合図すると、すかさず察して下ろしてくれた。決して重くなどないから、と満点のフォロー付きで。
私はにっこりと笑顔を張り付けてユドリムに向き合った。
「あなた、アルヴィン殿下がお優しいからといって甘えていてはいけませんよ」
「ご忠告感謝いたします。お嬢様」
ユドリムも紳士らしく笑顔で返してきた。
その変わりようがすでに私をバカにしていて、つい言葉に棘が混じる。
「変わり身がお上手ですこと」
「えぇ。ですのでご心配はご無用です」
「あれだけ私の見えるところであくびをしておいて、どの口がおっしゃるの」
「ふふ」
悪びれないユドリムは目を細めて笑った。
以前にも見た小狡い表情に、笑いごとでは……と怒ろうとして、被された声に思わず私は口を閉じた。
「お前、ブランカにそんな態度をとっていたのか?」
殿下の言葉に、ユドリムは焦った様子もなくあっけらかんと返す。
「失礼しました。つい」
「無礼にもほどがある。宰相殿のご息女だぞ」
無礼は、私にではなく殿下にです……!
なぜか自分よりも私を立ててくれる殿下に、違う違うそうじゃないと思いながらも口は出さずに飲み込んだ。
ユドリムはちらっと私を見て、鼻で笑った。そんな気がした。
「殿下と、そのお嬢様のためでもあります」
「と、いうと?」
「俺は殿下の恋路の邪魔をするつもりはないということです」
「……お前な」
「俺、顔だけは誰よりも整ってるので」
ぱち、とウインクを飛ばされた。
二人のやりとりを一拍遅れで理解した私は、ユドリムにずっとバカにされていたことにようやく気がついた。
――は? 自意識過剰では!?
「私があなたに惚れると、勝手に思い込まないでちょうだい!」
「はは、剛気」
「やめろユドリム、煽るな。ブランカもすまない、落ち着いて」
どうどうといなされ、すっかり忘れていた食事の席へと連れていかれた。
そこで改めて殿下から謝罪……最初のものは殿下を狙う襲撃だったと教えられ、私は神妙に事態を把握した。第三王子で王位継承権から遠いとはいえ、だからといって完全に危険がないわけではないらしい。たまにあることなんだと、巻き込んで申し訳ないと頭を下げられた。
そのことについては私も少なからず覚悟はしていたので良かったが、二つ目の謝罪はユドリムについてで、私は不服を漏らした。
「よくあれで、アルヴィン殿下の騎士になれたものです」
殿下の後ろに控えるユドリムは、お店の壁。そう思うことにしている。
壁なので遠慮なく発言したところ、ユドリムは勝ち誇った顔で口の端を吊り上げた。
「俺が一番強かったからなぁ」
「まぁ。壁がしゃべったわ」
「やめないか、二人とも……」
ピリつき始める空気に、殿下がため息を吐いた。




