1.正反対な二人
「ブランカ、アルヴィン第三王子にご挨拶を」
父が私に挨拶を促す。私は楚々と礼節通りの挨拶をし、アルヴィン殿下もそれに応える。
「ブランカ・シュトラールと申します」
「アルヴィン・オルフェリウスです」
麗らかな陽の下、自宅のテラスに用意された茶席。
淹れられた紅茶に映るのは、はちみつ色の髪と瞳を持つ私……笑顔の下で、とても困惑している。
どうやら茶席の主役は私と招かれた殿下らしく、父は手際よく最初の挨拶だけをして、給仕も連れてとっとと退出してしまった。
一体どういうことなの……と、この状況について何も教えてくれなかった父に私は心の中で訴えた。
「ブランカ嬢。本日はこのような席を設けていただき、ありがとうございます」
「いえ、粗末なもので。アルヴィン殿下に粗相がないとよろしいのですが」
「粗末も粗相も、とんでもない。こちらこそ貴女に粗相をしないようにと、気を張っているほどで」
「え?」
「あ、いえ」
殿下はパッと顔を伏せて、そして窺うように静かに顔を上げた。
陽に照らされた橙みの強い赤毛に、深い碧の瞳が気恥ずかしそうに本来の口調で本音を漏らす。
「……貴女を紹介してほしいと、僕が頼んだんだ。まさか、二人きりにされてしまうとは思わず」
えっ、と私がたじろぐと、殿下はすぐに言葉を続けた。
「構えないでほしい。貴女の意思を無視して、無理に近づくことは絶対にしないから。……友人として、知り合えたらいいなと思ったんだ」
「友人として……」
「人となりをお互いに知り合えたなら、それはとても素敵なことだと思ったんだ」
殿下が頬を染めて言うのだから、私もつられてしまう。
名前と顔、周囲の評判でしか知らないアルヴィン第三王子とは、父をまじえての挨拶は何度か交わしたことはあるけれど、こうして二人きりで話すのははじめてだった。人当たりの良さがどの王子よりも素晴らしいと評される殿下とはいえ、王族と相対すれば萎縮するのが当たり前。
なのに、私をおいてむしろ殿下が申し訳なさそうに、それも余裕のなさそうな表情をするのだから。殿下の緊張の方が大きすぎて、つい笑みがこぼれてしまった。
「ブランカとお呼びください、アルヴィン殿下」
「……いいのか?」
「友人になってほしいと誘われたのは、はじめてです。おもしろいお方」
ふふ、と私は遠慮なく笑う。
そんな私に、殿下の緊張が少し解けたようだった。
「王子という立場は、友人をつくるのも一苦労なんだ」
「いつもお誘いに?」
「まさか。ブランカがはじめてだよ」
殿下がくすぐったそうに口元を緩めて、私を優しく見つめる。
その瞳に下心があることは一連のやりとりで承知しているけれど、殿下が「友人として」と言ったのでひとまずはそこに甘えることにした。
いますぐ好意を突き放すには、私はたしかに本当の殿下を知らなかったから。
まっすぐすぎる瞳がだんだんと気恥ずかしくなって、私は殿下から目線を逃した。
テラスの端、気をつかわない距離に控えた殿下の騎士が、退屈そうにあくびをしていた。
*
私の父は宰相をしている。兄にはすでに婚約者がいて、揺らぐことのない将来が約束されている。
しっかりと盤石を固めた我が家門には婚姻において家柄を強固にしようという考えも必要もないため、その相手は各々で見つけてこいというのが父の考えだった。兄はその通りに相手を見初めたし、私もその通りにする予定でいた。
しかし、先日のアルヴィン第三王子との引き合わせは父のそれまでの意見を覆すもので、王家を相手にお断りなど許されるのかと問うたところ、父は顔色を変えずにこう答えた。
「お前の好きにしていい」
父よ、豪胆すぎやしませんか。
頭を抱えながらさらに話を聞けば、殿下は王位継承権こそ持っているものの第一王子が継ぐことはほぼ明白で、王家がほしい力を持つ家門は第一王子と第二王子で囲い済みなのだとか。
まぁ、つまり言ってしまうと、殿下は私と同じ立場ということだ。選ぶ自由を許されている。
父の「アルヴィン殿下は誠実なお方だ」という評価には私に押し付ける意図はなく、私も素直に頷いた。
父は、私に選ぶ権利を与えたのだ。
「ブランカ、紹介するよ。僕の騎士、ユドリムだ」
次に殿下に会ったのは、王城で催されたティーパーティーだった。
殿下とお近づきになりたい令嬢たちの挨拶を律儀に一通り受け、自分に対する視線が少なくなった頃合いを見計らって私の元へやってきた。
後ろに控えた騎士が、私に対して礼をとる。
「ユドリムです。以後、お見知り置きを」
「先日、殿下がうちへいらした時にご一緒だった騎士様ですね」
テラスで二人でお茶をした時に、端に控えてあくびをしていた騎士だ。
あの時は姿をまじまじ見ることはなかったが、素朴でめずらしさのない黒髪と、同じく黒色の瞳をしている。耳元で光るゴールドのリングピアスが黒髪と黒の騎士服に映えており、殿下の隣に立っても見劣りしない不思議な魅力があった。
ユドリムは私の視線に気づくと、ふいとそっぽを向いた。
「この間は、恥ずかしながら余裕がなくて。ユドリムの紹介をすっかり忘れていたんだ」
二人きりの時とはたしかに違い、今日の殿下は評判通りの王子らしい振る舞いをしていた。
私の目を見ても頬が染まることなく、余裕のある笑みを見せてくれる。
「私も同じです。まさか、アルヴィン殿下と友人になれるなんて」
「友人として、少し話せないかな。ここは賑やかすぎるから、場所を移動したいんだけど……」
そこにちょうど王家の侍従がやってきて、殿下に耳打ちをした。殿下は「今か?」と不満そうにし、私をチラッと見てから仕方なしに息を吐いた。
「すまない、ブランカ。父上が呼んでいるから行ってくるよ」
「あ、えぇ。お気になさらず」
「すぐに戻る。……だから、待っててくれると嬉しいんだけど」
「では、お待ちしておりますね」
離れがたそうな殿下に微笑むと、殿下は笑顔に花を咲かせた。
「ユドリムを置いていくよ。君に変な虫がつかないように」
「まぁ、変な虫だなんて」
「君と懇意にしたい者は多くいるからね。僕が先約なんだ、寄せ付けてはいけないよ」
行ってくる、と殿下は侍従を連れて会場を出ていった。すると――。
「チッ。俺を虫除けにすんじゃねぇ」
……背後から、小声で聞こえた。
とっさにユドリムを振り返る。舌打ちも聞こえた気がした。
ユドリムは殿下の後ろ姿を最後まで見送って、そして私に目線をうつした。
「何か?」
とても、爽やかな笑顔だった。
あまりに爽やかで胡散臭さえある。小声の悪態さえ聞こえていなければ、ときめいてしまうくらいの人をたらす笑顔だ。
「……何も」
「では、殿下がお戻りになるまで端にいましょうか」
ユドリムに促されるままに会場の端の方へ移動する。
その間に周りの令嬢がユドリムにここぞとばかりに話しかけてきた。殿下がいなくなったから、ある意味で遮るものがなくなったのだと私は理解した。
ユドリムが囲まれるのはあっという間で、殿下付きの見目がいい騎士ならそれは取り合いになるわよね、と私は巻き込まれたくなくてそっとユドリムから距離をとる。
ユドリムは令嬢方に笑顔を振り撒きながら、そんな私の肩を引き寄せた。
「申し訳ございません、お嬢様方。ブランカ様が気分を悪くされているため、木陰へご案内の途中なのです。また後ほど、お声がけください」
呆気に取られた私は、ユドリムに肩を寄せられたまま人の囲いを抜けた。悪気のない令嬢たちから謝罪や心配の声があがる。
対して、別の意味で悪気なく嘘を吐いたユドリムは、言葉とは裏腹に飄々としていた。遠慮なく私を押してさっさと会場の端へ逃げようとしている考えが透けて見える。
「虫除け……?」
思い当たった言葉を口にすると、ユドリムは「ふっ」と小狡く目を細めた。




