15.嫉妬せずにはいられない(アルヴィン視点)
カンッと、高く木剣が打ち鳴る。
踏み込んだ攻撃を受け止められた僕は、すぐさま守りに転じて距離を取った。だが、涼しい顔をしたユドリムは、隙があったはずの僕に打ち返してくることはない。――それが、余計に癪に障る。
僕は苛立ちのままに、雑な攻撃を繰り返した。
訓練場でユドリムに稽古をつけてもらっている僕は、ここ最近ずっと胸に溜まっているもやつきを、体を動かして振り払おうとしていた。
「なんか力んでません?」
僕の打ち込みを軽くいなされ、ユドリムからそんな指摘がとぶ。
「少し、そういう気分なんだ」
その直後、僕の木剣が強く弾かれた。ビリビリと手が痺れるほどの打撃に、僕は木剣を離すまいと耐えることに必死だった。
「そういうのは、稽古に持ち込まないでください。無駄な怪我をする」
肩に木剣を担いだ態度でも、ユドリムのその言葉はもっともだった。そんな状態なら、もう稽古はしないということらしい。
手の痺れが引いていくのと同時に、僕の昂っていた感情も一気に萎んでいく。
「……すまない」
素直に謝ると、ユドリムは何も言わなかった。
僕は、ユドリムのこういうところが好きだ。
相手が王子だから、貴族だからと媚びず、口は悪いが思ったことを口にしてしまう堂々さが。――ブランカは、図々しさと言っていたな。
多くの貴族が嫌うであろうその態度を、僕は好ましく思っている。
「そんなお前が好きだよ」
「んっ? 俺、今、告白されました?」
わざと胸元を押さえる大袈裟な仕草に、思わず苦笑する。
「違う。そういう意味で僕が好意を抱いてるのは、ブランカだ」
「わかってますよ。馬鹿正直に名前を出さないでください」
誰かに聞かれたらどうするんですか、と言いながら、ユドリムは軽く周囲を見回す。この訓練場が貸切であることなど、最初からわかっているくせに。
「僕がブランカを贔屓していることは、もう周知の事実だろ」
「外堀も埋まってますしねぇ」
「それは僕の意図じゃない」
「贔屓どころか、寵愛してるって言われてますよ」
「そうか。まぁ、間違ってはいないな」
自然と、昔の記憶が蘇る。
シュトラール宰相に連れられて城に現れた、幼い少女。
はちみつ色の髪と瞳が光を宿したように輝いていて、まるで宝石のようだった。ブランカと目が合った瞬間、僕はあっさりと心を奪われてしまった。赤の髪色から太陽と称される僕よりも、ずっと神に近い存在のように思えたから。
彼女はもう忘れているだろう僕たちの出会いは、僕にとっては衝撃的なものだったのだ。
「だって、あんなに美しい女性を、僕は知らない」
「綺麗なご令嬢なんて山ほどいるでしょうに」
「ブランカには誰も敵わないよ」
「一目惚れパワー、すげぇー」
「一目惚れで、初恋なんだ」
ブランカに近づきたくて、けれど近づけなかった。宰相の娘であるブランカは、当時の僕の立場では手の届かない相手だったから。
僕は王子だけれど、婚約の可能性があるのは第三王子の僕ではなかった。その証拠に、ブランカにあいさつをと父が引き合わせたのは兄王子たちだ。僕の紹介は、ついでのようなものだった。
けれど結局、兄たちはブランカを選ばずに自国の利益を取る婚約をした。もしかしたら、僕の気持ちがバレていたのかもしれない。そのおかげで僕は、諦めかけていた初恋を手放さずに済んだのだ。
「今、こうしてブランカと共にいられるのは、奇跡みたいなものだよ」
僕は、誰よりもブランカの近くにいると自負している。
たくさん言葉を交わして、好きなものを教え合って、同じ時間を過ごしてきたから。友人と言いながら、それ以上の関係であると思っている。
――それでも、踏み切れない。
「貴族ってのは、まどろっこしいですね」
「慎重だと言ってくれ」
ブランカは、あまりに慎重だ。
品定めといっては例えが悪いが、宰相から婚姻相手を自ら選ぶ自由を与えられているブランカは、僕を真剣に評価しているらしい。
僕に対しての悪い印象はないと思うが、確証のない今の段階で踏み込んでいくのは、どうにも悪手な気がしてならない。強引に押せば、僕の勝手に七光りする権力がブランカを頷かせてしまうだろう。
しかし、そんな無理矢理なことは僕が望まない。
「……ユドリム、お前ならどうする?」
興味なさげなユドリムに問いかけると、あっさりと答えた。
「俺に落とせない女はいないんで」
「そうか。お前が羨ましいよ」
「殿下は何をもたついてんですか?」
僕は一瞬、言葉に詰まった。
「……ブランカに、嫌われたくない」
それが、すべてだった。
時間をかけて築いてきた距離を、壊したくない。嫌われたくない。僕のことを、好きになってほしい。だから、僕も慎重になる。
それなのに……ユドリムが、そんなことを考えもしない顔で、簡単にブランカの内側に入り込んでいく。僕がまだ踏み込めていない場所に、ユドリムはもう立っている気がして。
今はそれが、たまらなく怖いと思ってしまう。
「僕は、お前に嫉妬しているんだ」
気づけば、口にしていた。
「えぇ……」
ユドリムは呆れたような顔をした。
「大丈夫ですよ。殿下もちゃんとかっこいいですから」
「その言い方は腹が立つな」
「自信のなさが僻みに繋がるんです」
「自信なんて、あるわけがない」
剣の腕も、気を晴らすためにと付き合わせたこの稽古でさえ、八つ当たりを見透かされて涼しくかわされてしまう。ユドリムのそんな余裕が、ブランカの心を開かせるのかもしれない。
ユドリムは、僕がなぜそんなに僻んでいるのかと、首を傾げた。
「ブランカと仲いいだろ、僕よりも」
「そんなことないでしょう」
「建国祭の時だって、二人でいた」
「それは殿下を探してたからでしょうが」
「……あの時、何を話していた?」
よくない詮索だとわかっている。それでも、気になって仕方がなかった。
ユドリムを毛嫌いしていたはずのブランカが、当たり前のように名前を呼んでいたから。それはほんの些細な変化のはずなのに、胸の奥に小さなトゲが刺さったように、妙に引っかかって離れない。
ユドリムは少し間を置いてから口を開いた。
「俺、あのお嬢様に……つい最近まで、幼女趣味の変態だと思われてました」
「……なんだそれ」
気の抜ける答えに、思わず呆れる。本当に、なんだそれ。
深刻そうなユドリムは「俺の妹と、姫様を誤解していました」と続けた。
「年下の女の子をたぶらかして遊ぶな、と怒られました」
「遊んでいたのか?」
「そんなわけないでしょ」
ユドリムが重たい演技を解いて、息を吐いた。
「殿下まで、俺を変態にしないでくださいよ」
「そうだな。僕の騎士が変態だと困る」
ため息まじりに頷いて、そのまま地面を見つめた。
ユドリムは、僕の気を和らげてくれたつもりなのだろう。しかし今の僕に、それは通用しなかった。マーシャルのことはともかく、ユドリムの妹にはいつ会ったのか。どこで誤解する場面に出会したのか。その誤解だって、僕の知らないところで二人で解いたんだろう?
「それで、名前を呼ばれるようになったのか?」
何気ないふうを装って顔を上げる。無意識に、木剣を握る手に力がこもった。
すると、ほんの一瞬だけ、ユドリムの表情が消えた。何かを言いかけて、飲み込んだように見えた。
「ユドリム……?」
それは、どういう意味なんだ。僕の心がざわつくのと同時に、ユドリムがパッと表情を変えた。僕に近寄ると、紳士を演じて胸に手を置いた。
「安心してください。俺が好きなのは年下の女の子じゃなく、殿下ですよ」
「……僕も、お前を好きではあるが」
「両想いですね」
「また違う誤解が生まれるだろ」
質問を流された。
けれど、いつも通りのユドリムに安心してしまった。芽生えた不安が薄らいで、少しだけ心が軽くなる。
そんな僕に、ユドリムが手を差し出した。
「ダンスでもしますか?」
「お前が女性役か?」
「いえ、それは殿下にお願いします。俺よりちっちゃいんで」
無礼なことを言われ、僕は差し出された手を叩いた。
「振られた」
「僕も、僕より背の高いパートナーはごめんだ」
「そこは頑張って背伸ばしてくださいよ。まだ、伸び代あるでしょ」
「言っとくが、僕は決して小さくなどないからな」
「あぁ、すみません。俺の容姿が優れているばっかりに」
本当に、こういうところだ。自信過多なユドリムを、思わず殴って笑ってしまった。
僕が王子であることなど、まるで気にしない。僕にそうなのだから、ブランカにだって同じように接する。
――そんなの、魅力しかないじゃないか。堅苦しい世界に身を置く僕たちに比べ、ユドリムはどこでも自分らしさを貫いている。ずっとずっと、惹きつけてくるんだ。
……だからこそ。
僕はお前に、嫉妬せずにはいられないんだ。




