14.静かな狂気
建国祭が終わったあと、エトワル様から改めてお誘いを受けた。
場所は王城近くのカフェ。人目もほどよくあり、落ち着いて話ができそうな場所だった。
「時間を作ってくれてありがとう、ブランカ嬢」
「とんでもございません」
他愛のない挨拶を交わすと、紅茶とケーキが運ばれてくる。質のいいお茶の香りが、ふわりと空気を和ませた。
店員に穏やかに接するエトワル様を見て、これなら気負わずに過ごせそうだと肩の力を抜いた。
「私に礼はないのか」
もちろん、兄も同席しているので。エトワル様は「お前は勝手についてきたんだろう」と兄をあしらった。
お茶を飲みながら、エトワル様とほどよく話題にできるのは間近にあった建国祭だ。私や兄の一大イベントは知ってか知らずか、エトワル様から特に話を振られることがなくて安心した。少し談笑したのちに、エトワル様はどこか気遣わしげに何度か窓の外に視線を向けた。
「実は、ブランカ嬢にお願いがあるんだ」
「お願い? なんでしょうか」
「俺の妹のことなんだが」
「妹様……?」
エトワル様は兄の同僚であるが、ロゼンベルク侯爵家の嫡男という身元のしっかりしたお方でもある。二人兄妹で、家族構成は我が家と同じ。妹様の年齢だけ、私より上だったと記憶している。お名前は確か、カルミラ様だったはずだ。
「妹は、内気な性格でね。あまり積極的に、外に出ていくタイプではなかったんだが……」
エトワル様はカップの中に揺れる紅茶を見ながら、気まずそうに声を抑えた。
「ここ最近、完全に引きこもるようになってしまって。性格もあり、友人という友人もいないようだ」
私も、決して友人が多いわけではない。殿下との交流が始まってからというもの、表面上のお付き合いをしていた方たちからは敬遠されてしまっていたりもする。
エトワル様が明かした家族内の繊細な話題に、私も兄も黙って耳を傾けた。引きこもりになったカルミラ様をどうすればいいか、という相談だったら悩ましいわ……など、ほんのり不安を抱きながら。
「そんな妹が、ブランカ嬢に会ってみたいと言ったんだ」
「私にですか?」
しかし、思ってもみない流れに、私は虚をつかれた。
「なぜ、私に?」
「俺が話していたから、興味を持ったようだ」
……どんなお話をしたのかしら。兄経由のおかしな話をしていないといいのだけれど。
「ブランカ嬢、お願いだ。俺の妹に、会ってくれないか」
「えぇ、もちろんです。そんな事情でしたら」
私が承諾すると、エトワル様は再び窓の外に目を向け、席を立った。
「事後承諾で悪いのだが、実は今日、ついてきてしまっているんだ」
「えっ?」
「馬車にいるから、呼んでくるよ」
妹がついてきちゃったパターン、その二だわ……!
いつかの温室カフェでの出来事を思い出して、私の脳裏にそんなことがよぎった。
それまで大人しく静かにお茶を飲んでいた兄が、エトワル様がカフェを出たタイミングで、鼻で笑った。
「これがデートだったら、妹を連れてくる男などありえないな」
予想通りのセリフに、私は兄をやんわりとたしなめる。
「ご本人の前では言わないでくださいね」
「エトワルは気にしないだろう」
「妹様が気をつかうでしょう」
カルミラ様は、真っ白なお肌をしていた。真っ白なお肌だからか、頬や鼻にかけてそばかすが目立つ。
本当に、ずっとお部屋にいるのだろう。日に当たっていないような白さに、私は思わず息を飲んだ。
「ブランカ嬢。妹の、カルミラだ」
エトワル様が自己紹介の流れをつくる。けれどカルミラ様はじぃっと私を見つめるだけで、何も言おうとはしない。内気だと言っていたし、緊張してしまっているのかもと、私は笑顔をつくった。
「カルミラ様。お会いできて光栄です。ブランカと申します」
カルミラ様は瞬きもせず、じっと私を見つめている。気まずい沈黙の中、やがて、ぼそりとお返事があった。
「カルミラです」
本当に、私に会いたいとついてきたのかしら。もしかしたらカルミラ様を心配したエトワル様が、無理を言ってつれてきたのでは……?
目が合ったままそれないほどに見つめられ続け、私は困ってエトワル様を窺った。エトワル様も異様な空気感を察してはいるらしく、「さて」とカルミラ様に笑顔を向けた。
「カルミラは、外に出るのも久しぶりだろう。せっかくだ、ここのケーキを食べることを楽しむといい」
カルミラ様は私から目線を変えて、エトワル様に頷いた。
「ここのケーキ、好きです」
エトワル様はホッとしたように自分のケーキもカルミラ様に差し出した。カルミラ様の気がケーキに逸れて、私もホッとした。
「ブランカ様も、ケーキはお好きですか?」
……のも、束の間だった。
「はい、ケーキは好きです」
「どこのケーキが好きですか?」
「そうですね……表通りにある、セルクルという店のケーキが好みです」
「なんのケーキが好きですか?」
「えぇと、フルーツタルトでしょうか」
「フルーツは一種類ですか? たくさんの種類ですか?」
「タ、タルトの話ですよね?」
「……はい?」
「あ、えっと……たくさんのっていると、嬉しいですね……」
ケ、ケーキが好きなのかしら???
私の返答に対して被せるように矢継ぎ早に次の質問をされ、勢いに戸惑ってしまう。エトワル様も驚いているようだ。無言を貫く兄は……たぶん、引いている。相手が女性でなければ、すでに「なんだこいつは」と席を立っているだろう。
「ブランカ様は、いろんな種類のフルーツがたっぷり乗ったタルトが一番お好きなんですね」
カルミラ様の口元に、はじめて笑みが浮かんだ。
「私はいちごのケーキが好きです。ただシンプルに、真っ赤ないちごだけが乗ったケーキが」
カルミラ様は、食べているケーキからいちごをつまんで取った。赤く熟れたいちごに、クリームがついている。
「いちごだけで、いいんです」
それを、カルミラ様はうっとりとした様子で舐めとった。
「私は、いちごだけ」
場が静まり返る。この異様さは、一体なんなのだろう。
カルミラ様が私に向ける目。口元が笑んでいるのに対し、目はどこか置き去りだった。それに、ずっと見開いていて、狂気さえ感じてしまう。
誰もが口を開きずらい重たい空気の中で、カルミラ様だけがご機嫌にケーキを食べていた。
「今日はすまなかった。妹が、おかしな空気にしてしまって……」
カルミラ様を先に馬車に乗せたエトワル様が、私に謝罪をする。
「家族以外に会うのが久しぶりだったんだ。かなり、緊張したんだと思う」
「普段はあんな様子じゃないのか?」
兄が詰問するように、馬車をちらりと見やった。
「全然違う。妹は内気なんだ。初対面の人を相手に、あんなにペラペラと話すことなんてない」
エトワル様は、本心からカルミラ様をかばっているようだった。私の兄の愛情はひねくれている上に異常だが、本来の兄という存在はこうして妹を心配し、かばうものなのだろう。
私はまた一つ、兄妹の在り方について学んだ。
「……もしかしたら、よっぽどブランカ譲と仲良くしたいのかもしれない」
エトワル様と兄の目がこちらを向いた。どことなく、どちらも同情的なのはきっと気のせいではない。
「妹が先ほど誘っていたが……もし、本当にブランカ嬢さえよければ、我が家にも遊びにきてくれ」
ここで断るのは、さすがに無理がある。
「いちごのケーキをお土産に、お伺いしますね」
エトワル様がホッとする。兄は、なんとも言い難そうだ。
カルミラ様ご本人から直接お誘いを受けてしまったのだから、一度くらいは仕方がない。
私は内心で、気が重い交友ばかりが続くわねと、息を吐いた。




